2022年3月23日 (水)

久しぶりにYouTubeラジオ番組を更新しました(#1397)

大変お待たせいたしました。生き残れ。Annex Radio on YouTubeに新番組をアップいたしました。

中断しておりましたEDCシリーズの3回目で、これで当シリーズは完結です。今回はかなり尺が長くなってしまいましたが、少ししゃべり過ぎたかなと反省しております。でもブログで書いた内容を音声でお伝えしようと思うとどうしても長くなってしまいます。

この先ブログ記事の音声版を目指すのか、エッセンスを凝縮して聴きやすい短縮版を目指すのかは、正直いまだ模索中です。理想的には音声のすべてを字幕で書き出すスタイルですが、そこまで手間をかけられない感じでもあります。

とりあえず、内容を薄くしてまでアクセス数を稼ごうという考えはありませんので、お伝えできる情報の量と質をいちばん重視して行きたいと考えております。

それでは、YouTubeラジオの方もぜひよろしくお願いします。

生き残れ。Annex on YouTubeの最新番組はこちらから


■当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2022年3月11日 (金)

まもなく再開します【#1396】

今日は東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から11年目です。ここで改めてあの超巨大災害で犠牲になった皆様に心からご冥福をお祈りし、あの日から大変なご苦労をされている皆様にお見舞いを申し上げます。

今日だからというわけではないのですが、久しぶりに出てまいりました。またご無沙汰してしまい大変申し訳ありません。管理人のてばでございます。

YouTubeチャンネル【生き残れ。Annex Radio】や公式Twitterアカウントで少し告知しておりましたが、スタート早々からYouTube番組の更新が滞っておりました。

その理由をさりげなく『病気』とだけ言っておりましたが、ここでカミングアウトさせていただくことにしました。実は心臓の冠動脈に狭窄部分が見つかり、バイパス手術を受けました。幸いに早期の受診によって狭心症の明確な症状や心筋梗塞の発作が起きる前に覚知できたので、生命の危険や後遺症の問題はなく、手術も問題なく終わって現在手術による傷の療養中です。

来月くらいから本業の方にも復帰できそうな状況ですので、YouTubeの方もそろそろ再開して行こうと考えております。

YouTubeチャンネルは出だしでいきなりつまづいたような形になってしまいましたが、仕切り直してまいります。とりあえず滞っているEDC編の3回目をお送りしますので、改めてよろしくお願いいたします。

YouTube版生き残れ。Annex Radioのチャンネルはこちらから

当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2022年1月15日 (土)

YouTube ラジオ更新しました(#1395)

お待たせいたしました。生き残れ。Annex Radio on YouTube を更新しました。今回はEDC編の2回目です。

ただし今回は事情によりナレーション無しの字幕バージョンでお送りしています。

変則的な形とはいえ皮肉なことにこの方がこのブログの形態に近かったりもしますが、あくまで一時的措置ということでご了承ください。

https://youtu.be/RHPlQOKDWp8


◼️当記事はカテゴリ【日記•コラム】です。

2022年1月 8日 (土)

【YouTube】EDC編第1回目をアップしました【#1394】

YouTubeチャンネルの方に新番組をアップしました。タイトルは

【視界と水分を確保せよ】災害から生き残るためのEDC 1/3

で、3回連続の第1回目です。ブログでお送りした『普段持ち歩く防災グッズ』やEDCシリーズでお送りした内容のエッセンスをまとめてお送りしています。

YouTube番組へはこちらから

皆様からのご意見ご要望なども頂戴できれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


■当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2022年1月 1日 (土)

【謹賀新年】YouTubeラジオ始まりました(#1393)

あけましておめでとうございます。管理人のてばでございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

こちらでの告知が遅くなりましたが、昨年来お知らせしておりました『生き残れ。Annex Radio on YouTube』の本編が昨年末にスタートしております。最初の特集は当ブログのスタート時と同じく地震雲についてお送りしておりますが、時間的な制約もありエッセンスのみおお送りするような感じですね。

第2回配信は当ブログの人気コンテンツ『普段持ち歩く防災グッズ』の流れであるEDCのシリーズをお送りする予定ですが、どのような構成にすると良いのか考えつつ制作中です。

YouTubeラジオへのご意見ご希望などもありましたしたらYouTubeチャンネルのコメント欄または当ブログコメント欄でも結構ですので、何なりと頂戴できれば幸いです。

YouTubeラジオ本編第1回目配信番組へはこちらからどうぞ。

しばらく休眠状態でした当ブログも、今後YouTube番組と連動した記事などもアップして行きたいと考えておりますので、改めまして本年もどうぞよろしくお願いいたします。


当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2021年12月14日 (火)

緊急告知 アカウント修復が完了しました(#1392)

昨日アップしましたYouTubeラジオ番組が原因不明ながらアカウントごと消えてしまったようです。現在修復しております。完了しましたら再度ここでお知らせします。

チャンネル登録やコメントをしていただいた皆様大変申し訳ございません。少しお時間ください。 


  【2021年12月14日12:40追記】 大変失礼をいたしました。アカウントの修復が完了いたしました。しかし前回のチャンネルとはURLが異なっておりますので、大変お手数ながらブックマーク等がありましたら再登録をお願いいたします。 


  新たにアップした動画へのリンクはこちらから 


 改めまして、生き残れ。Annex on YouTube をよろしくお願いいたします。


 ■当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2021年12月13日 (月)

お待たせしましたスタートします(#1391)

かねてから予告しておりましたYouTube版生き残れ。Annexである『生き残れ。Annex Radio on YouTube』がいよいよスタートの運びとなりました。現在は専用アカウントに予告編をアップしております。

 

Img_2911

Phonto

喋っているのは管理人のてばでございます。あまり堅苦しくならないように敢えて軽いBGMを使ったりしつつ制作いたしました。オープニングのBGMはこれからもテーマ曲的に使って行こうと考えておりますが、これは曲調もさることながら曲タイトルが刺さりましたね。

 Do you have any evidence?【証拠はあるんですか?】という曲で、作曲者の方の解説によると【いちいち正論を吐く面倒な人(褒め言葉)のテーマ】ということなので。これは管理人にぴったりだと思って採用した次第ですw

しかし実際に収録してみると滑舌は悪いわ録音レベルは一定しないわ環境音は入るわでお聞き苦しい部分も多々あるかと。これは私のトーク能力だけでなく録音機材や環境の問題でもありますが、今後少しずつながら改善して行きたいと考えておりますので大目に見てやっていただければ幸いです。


そんなわけで現在本編第1回目を制作中ですが、できれば年内にアップできればと考えております。初回のテーマはブログの初回特集と同じく『地震雲』から行きます。具体的な防災情報ではありませんが、そこはまあツカミということで。加えて、毎回何らかの具体的な情報もお送りして行こうとも考えております。 なお、予告編では一定のタイトル画面しか表示しておりませんが、本編では必要に応じて図表や画像も使用してまいります。 チャンネル登録をして本編をお待ちいただければ幸いです。

YouTube チャンネルへはこの次の記事にリンクがありますのでそちらからどうぞ。

 YouTube番組の補足情報などもこちらに掲載して行こうと考えておりますので、引き続き当ブログの方もよろしくお願い致します。 ■当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2021年12月 5日 (日)

Coming soon!(#1390)

生き残れ。Annex管理人のてばでございます。告知記事です。

これまで予告させていただいておりました生き残れ。Annexのyoutubeラジオ版のスタートが決定いたしました。

名付けて『生き残れ。Annex Radio on YouTube』というタイトルで、来年1月中に本編をスタートできる算段となりました。それに先立ち、予告編を今月12月中にアップいたします。当ブログは2012年1月にスタートいたしましたので、まる9年目の新企画となります。

予告編の内容はこれまで当ブログをご愛読いただいてきた皆様はご存知の内容が多くなりますが、全く新しいフィールドに打って出るに当たってまずはご挨拶も兼ねた予告と解説などをお送りします。

ラジオ版の音声は管理人の生声で、必要に応じて図表や画像を挿入して行くスタイルとなります。podcastではなくyoutubeをプラットフォームにした最大の理由がそこで、できるだけわかりやすい形での情報をお届けして行きます。

以後はこれまで当ブログでお送りしてきた内容をアップデートしたものを中心にお送りしつつ、皆様からのご質問などにもお答えして行きたいと考えております。

ラジオ版スタートに当たり、ロゴもラジオ専用のものを作りました。ほんの細かい変更だけではありますが。
Radio-rogo

実は明日12/6日に予告編の収録を行います。専用youtubeアカウントも作りましたので準備が整いましたらまずは当ブログで告知いたします。正直なところ最初は手探りで何かと不備もあるかと存じますが、肩の力を抜いた堅苦しくないスタイルでやって行ければと考えておりますので、まずはお聴きいただければ幸いです。

余談ながら、タイトルの読みは『いきのこれ アネックス レイディオ オン ユーチューブ』としました。理由はいきのこれアネックスラジオというより言いやすかったというだけです(笑)

そんなわけで予告編、もう間もなくです。


■当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2021年10月25日 (月)

急遽取りやめます(#1389)

こんにちは。『生き残れ。Annex』管理人のてばでございます。

ひとつ前の記事で防災ポッドキャストを始めると宣言いたしましたが、それは取りやめとさせていただきます。ご期待いただいた皆様、大変申し訳ございません。

そこで代わりと言ってはなんですが、防災YouTubeを始めることにしました。すいませんただプラットフォームを変えるだけです。釣りみたいで恐縮です。

諸々考えた結果、やはりYouTubeの方が視聴環境が整っている方が圧倒的に多いこと、必要に応じて画像や図表を使いやすいことなどから変更することにしましたが、単純にYouTuberという響きに憧れたと言うのもあります(笑)配信内容は主に音声のみで、必要に応じて画像や図表を挿入するスタイルとなります。

既に防災分野でのYouTubeチャンネルや番組は存在しますが、それらとはちょっと違った切り口でお送りします。基本的には今まで当ブログでお送りした内容になりますが、視聴者の皆様からのご質問にもお答えして行きたいと考えております。

なお前の記事で一度YouTuberは有り得ないと書いていますが、その段階ではYouTubeラジオという発想が無く、あくまで映像制作が前提と考えていたためです。

とりあえず年内スタートを目標に準備中です。もう少しお時間ください。

2021年10月 6日 (水)

【管理人からのお知らせ】ご無沙汰しております(#1388)

皆様大変ご無沙汰しております。『生き残れ。Annex』管理人のてばでこざいます。当ブログは長いこと休眠状態になっておりますが、今日は皆様にお知らせがあって出て参りました。

まずは新型コロナに関して報告させていただきます。管理人の本業はいわゆるエッセンシャルワーカーの範疇ですが、幸いにも今まで感染しておりません。既にモデルナワクチンの2回接種も完了しましたが、副反応は皆無というかなりレアなクラスターに入っております。

さておき、当ブログは何度か再開を目論んだものの、やはり管理人の時間的な都合とモチベーションの問題でなかなか上手く行きませんでした。しかし今までお送りしたコンテンツを何らかの形でまた皆様にお伝えしたい、という思いは常にありました。

そこで今回、新しい形態にチャレンジしてみようと思い立ち準備を始めようかな、という段階です。管理人の本業と無理なく両立できて、さらに管理人自身が楽しみながらできる形はないかと諸々考えた結果たどり着いたのは、

音声による配信、でした。

一部の方から防災YouTuberやらないかと勧められたりもしましたが、顔出し云々以前に継続的な映像コンテンツの制作などはほとんど無理、顔出ししないVtuberならなおさら、という状態です。

しかし音声ならばなんとかやれそうだし、実は管理人マイクの前で喋るのが子供の頃から大好きというタイプなのです。

具体的なプラットフォームはやはりポッドキャストということになるかと思います。とりあえず年内スタートを目標に準備しておりますので、時々進捗状況をこちらでお知らせして行きます。

既に防災関係のポッドキャスト番組はいくつか存在しますが、学者さんや『プロ』の方々の番組はいろいろ制約が大きそうです。しかし防災士である以外は素人の防災ヲタという立ち位置から、楽しみながらできる肩の凝らない災害対策情報をお送りできたらいいなと考えております。

まだ何も具体的な構想さえも無いので『乞うご期待』と言うのもおこがましいのですが、一度聴いてみようかなくらいでお待ちいただければ幸いです。

これに関する情報はまたこちらでお知らせします。


当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。



2020年11月16日 (月)

メインテナンス記事です(#1387)

当エントリはブログ編集機能維持のためのメインテナンス用記事です。

2020年4月29日 (水)

Twitterに出ています(#1386)

大変ご無沙汰しております。今世界はすっかり新型コロナウイルスにやられてしまっていますが、皆様は大丈夫でしょうか?管理人は仕事柄ステイホームという訳にはいかずに、かなりの頻度で東京都心部を中心に動いています。でもいまのところ、とりあえずは無事に過ごしております。管理人は基礎疾患があって年齢もそれなりですので、感染したら重症化しやすいクラスタに属しているものですから気を抜けません。

ブログを見捨てたわけではありませんが
これまで何度もブログを復活させると宣言しましたが、やはりまとまった記事を書く時間がなかなか取れません。しかし書きたいことはいろいろ溜まって行くばかりです。

そこで現在はTwitterの当ブログ公式アカウントに活動の中心を移行し、いろいろつぶやいています。最近はやはり新型コロナウイルス関係が多いのですが、それだけに限りません。管理人はブログで長文を書くために数時間の集中が必要ですが(分割しては書けないタイプです)、最近はなかなかその時間が取れないので、さしあたりTwitterでの発信を主にしていきたいと考えています。

よろしければ下記Twitterアカウントをフォローしてやってください。何か必要な時はブログにも出て参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

生き残れ。Annex Twitter公式アカウント


■当記事はカテゴリ【日記・コラム】です。

2020年1月 3日 (金)

新年のごあいさつと気になること(#1385)

新年あけましておめでとうございます。2020年、令和2年が明けました。最近はなかなか更新できておりませんが、本年も『生き残れ。Annex』をよろしくお願いいたします。

今回は新年のごあいさつでもあるのですが、皆様にお伝えしたいことがあって、急遽出て来た次第です。


■新年早々の気になる地震■

2020年1月3日の午前3時24分頃、千葉県東方沖の震源深さ30kmを震源とするマグニチュード5.9の地震が発生し、茨城県南部などで最大震度4を観測しました。

管理人はおとそ気分で夜更かししており、そろそろ寝ようと床に入った直後にケーブルテレビの緊急地震速報が発報し、その数秒後に携帯電話のエリアメールが発報しました。過去記事にも書いたのですが、ケーブルテレビ回線による緊急地震速報は常にエリアメールより先に発報し、一般家庭用としては最速の警報と考えられますので、管理人としては導入をお勧めしております。

さておき、管理人としてはこの地震がとても気になっているのです。


■イヤな感じだな■

当ブログの長い読者様はご存じかと思いますが、管理人はあの2011年3月11日、日本にいませんでした。米国ワシントンD.C.のホテルで巨大地震と大津波の発生を知り、CNNやNHKワールドの速報を観ながら、ただ呆然とするばかりだったのです。

その旅の出発は2011年3月9日。午後発のフライトでしたので、成田空港のレストランで昼食を食べている時に、それは起きました。後に東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の前震とされた、午前11時45分に宮城県沖で発生したマグニチュード7.3、最大震度5弱の地震です。

成田空港では震度4程度でしたが、すぐに震源と規模を確認した管理人は、同行者にこう言ったのです。

「あの場所であの規模か。イヤな感じの地震だな」


地震ヲタを自認する管理人は、長年に渡って各地の地震をモニタしています。その地震の震源はそれまで東北地方で多発していた"よくある地震”に比べて明らかに陸地から遠く、そして規模が大きかったのです。あの場所であんなのが起きるのか。もしかしたら我々の知らない『何か』が動き始めているのではないか、という感覚でした。

そしてそのイヤな感じは、その2日後に現実のものとなってしまいました。


■それでも伝えておきたい■

ここで改めて明記しておきますが、管理人は地震を予知などできませんし、する気もありません。当ブログも、地震をはじめとする災害に対処する方法を考えることが目的であり、その危機をアオる意図は全くありません。

過去記事で何度も書いていますが、できもしない地震予知を喧伝したり、ましてやそれで商売をしている手合いには虫酸が走ります。それでもあえて、このタイミングで言いたいことがあるのです。

今回の、1月3日未明に千葉県東方沖で起きた地震に接し、管理人は思わずこうつぶやきました。

「イヤな感じだな」と。2011年3月9日に感じたのと似た、違和感のようなものを感じたのです。以下、その理由を述べますが、これは地震予知でも予想でもない、あくまで管理人の個人的感覚に過ぎないことを、改めて明記しておきます。



■ちょっと違うんだ■

東日本大震災の前震が起きた震源は、それまでほとんど大きな地震が起きたことが無い場所であり、それは後の本震の震源域に含まれる場所でした。

2020年1月3日の千葉県東方沖地震の震源は、一見すると過去、特に東日本大震災後に地震が多発している震源域ではあります。しかし、ちょっと違う。


千葉県東方の犬吠埼沖では、震災後に震源深さ10〜20kmの地震が多発する傾向がありました。これは過去記事で何度も触れています。しかし今回の地震は震源深さ30km。これまで多発している地震とは明らかに深さが異なります。


■実は危険な場所■

この震源域が危険な理由は3つあります。まず、青森から北海道南岸沖と並んで、東日本大震災(東北地方太平洋地震)の震源域に隣接していて、震災による巨大地殻変動によって通常ならあり得ないレベルで”引っ張られて”いる、すなわち震災後に大きなストレスがかかっている場所であること。

次に、房総半島東方沖では西暦1600年代にマグニチュード8以上と推定される巨大地震と津波が発生していることが、古文書の記録と津波堆積物調査によって事実だと確認されています。しかし、その後400年以上に渡って大規模地震が発生しておらず、ひずみエネルギーが蓄積している可能性が高い場所であること。

最後に、この場所では北方の北アメリカプレートの下に南方からフィリピン海プレートが潜り込んでいて、今回の震央と震源深さはフィリピン海プレートの先端部、すなわち北アメリカプレート下部とこすれ合って大きなストレスがかかっている部分である可能性が高いこと。

これだけの条件が重なっている場所で、これまであまり起きていなかったタイプの地震が起きたことが、管理人が感じた『イヤな感じ』の理由であり、それはあの2011年3月9日と同じような感覚なのです。


■少し身構える時かも■

というわけで、この感覚は直感やもちろんオカルト的なものでもなく、あくまで巨大地震が起きる理由がある場所で、これまでほとんど起きていなかった、ちょっと大きめの地震が起きたことによる『イヤな感じ』なのです。

もちろん、2011年がそうだったから今回もそうなるなどと言うつもりもありません。ただ、もし房総半島沖で巨大地震が起きるなら、東日本大震災がそうだったように、プレート境界域の地震では前震が起きる可能性が比較的高いという事実からしても、しばらくの間は少し”身構えて”いるべきかな、と考えています。

新年早々楽しい話ではありませんが、巨大地震はいつどこで起きてもおかしくないのです。



■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


2019年11月 1日 (金)

巨大台風襲来の時代に【その2】(#1384)

2019年の台風15号、19号並びにその後の豪雨によって、広域で甚大な被害が出ています。

■巨大すぎる被害を前にして
当初、当ブログでは各地の被害の状況を検証した上で、我々の生活に落とし込むべき対策について考えるつもりでした。しかしあまりに広域、同時多発的、連鎖的な被害の拡大を見るにつけ、報道だけの情報で全体像を把握するのは全く不可能ではないかと考えるに及びました。

そこで個別の被害状況ではなく、ここで起きたこととその理由を単純化して、その上で我々の生活への影響と、これからできること、しなければならないことを考えることにしました。

■天災は忘れる前にやってくる
古くから『天災は忘れた頃にやってくる』と言われており、我々それを当然のものとして受け止めていました。一旦大規模災害が起きれば、その場所はその後しばらくの間は落ち着いて、復興と共に記憶も薄れて行くということを繰り返して来たからこそ、それを戒める意味でこのフレーズが言い伝えられて来たのです。

しかし近年、最も恐れられている巨大地震よりはるかに高い頻度で発生する、巨大気象災害が頻発しています。そしてついに2019年、おそらく過去に無かったことが起きました。それぞれが単独でも巨大な破壊力を持つレベルの台風と豪雨の『連続攻撃』です。それも毎年というターム(それでも十分脅威だけど)ではなく、ほぼ1ヶ月というごく短期間にです。


■次元が変わった
いわゆる『風台風』だった15号、そして『雨台風』だった19号が連続して東日本中心の同じような地域を襲い、さらにはかつてならば災害などほとんど引き起こすことは少なかった、強力とはいえ"普通の”低気圧による豪雨災害が追い打ちをかけました。

こんなことが、かつてあったでしょうか。でも、今現実に起きているのです。特に東日本では、河川が決壊するレベルの広域豪雨災害が、これほどの広域にまたがって発生することは、ほとんど無かったのです。

そのような状況となった理由については、ここでは採り上げません。乱暴に言ってしまえば、理由などどうでも良いのです。今必要なのは、また確実に、それも近いうちにまたやってくる強敵に対し我々はどう備え、どう立ち向かうべきか、ということだけです。

ひとつ確かなことは、もうこれまでの考え方、すなわち万一に備えてという考えは捨てなければなりません。それは、確実にまたやってくるのです。

■それでも前へ進まなければ
当ブログで何度か使っている、少し諦観も含んだフレーズがあります。

防災に完全は無い

ある意味当然のことなのですが、今改めてその恐るべき意味を突きつけられています。昨今の状況は、我々の備えをさらに"完全”から引き離そうとしています。

それでも、我々は自らの生命と財産を守る、いや守りきれないからその被害を極小化するための対策を行わなければなりません。

次回から、具体的な考察に入ります。あまり頻繁に更新できないことをご勘弁ください。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。

2019年10月21日 (月)

巨大台風襲来の時代に【その1】(#1383)

台風15号における災害の検証をしようと考えているうちに、もっと強力な台風19号の襲来を受けました。このため予定を変更して15号、19号による災害を総合的に考察していくことにします。


2019年10月、東日本を中心に襲来した台風15号及び19号によって、各地に大きな被害が発生しました。被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。被災地へボランティアに入る余裕は残念ながら無いので、義援金等で支援させていただいております。

■本当に変わりはじめた
当ブログ管理人としては、この《大災害》に接し、やはり静観はできません。久しぶりに記事を更新しようと考えたのですが、15号から19号への“連続攻撃”によって、今まで考えが及ばなかったようなことまでが浮き彫りにされ、そこから得られる考察や教訓は膨大ですから、正直言ってどの切り口から始めようか、というだけで混乱しそうです。

明らかなことは、当ブログで何年も前から指摘してきたこと、地球規模の気候変動によって、これから気象はどんどん容赦なくなって行くということが、ついに目に見える形で始まった、ということでしょう。昨年(2018)9月の台風24号襲来に際し、管理人は記事内でこう述べました。

この2018年は、後年になって『あの年から変わったよね』と言われる年になるだろうと。

しかし、恐らく後年までより多くの人の記憶に残るのは今年、2019年ではないかと考えを改めました。今年の台風をはじめとする気象災害は、それほど大きな変化だったと考えます。

■とりあえず下世話な話から
台風19号が東日本に接近している中、管理人はネットニュースである情報に接しました。ホームセンターから『養生テープ』が消えたと。管理人はほとんど民放のテレビを観ないのでどこがネタ元かわかりませんが、暴風によるガラス破損を防ぐためにはガラスに米印にテープを貼るのが有効であり、そのためには『養生テープ』が最適である、という情報がテレビで流れたそうで。で、皆がホームセンターに殺到したとか。

しかし、昨年2018年の台風24号襲来時から、ガラスに米印にテープを貼って破損及び崩落防止、という話はネットを中心にかなり拡まっていたと感じます。管理人は、それを受けて当ブログの記事を書きました。2018年9月29日の記事です。(下記リンク)

台風24号襲来に備えて(#1357)

その中で、これは完全に管理人自身の経験からのオリジナル内容、すなわちどこからの受け売りではない内容として、『養生テープ』が強度、剥がしやすさ、価格などから最適であると書きました。布ガムテープは強度は抜群ながら比較的高価、濡れた場所には貼り付かない、剥がすと糊が残りやすいなどの理由から、全く不向きなのです。

あれからほぼ1年経って、それをいきなり『防災のプロ』の誰かさんが言い出したようで、過去に何度もやられたように、素人のブログからのネタパクリを、またやられたのかなと。

例によって、別に管理人に先見の明があったとかを自慢したいわけではありませんし、どんな形だろうと正しく有効な災害対策が拡まることは、管理人の望むところです。しかし、これもいつも指摘している通り、メディア露出の多い『商業ベースの防災のプロ』のレベルがあまりに低くて、実はロクに使えなくてもとりあえずキャッチーなネタばかり流して災害対策でござい、という輩の多さに辟易としているわけです。あの『水のう』とか『水害避難時には長靴を履くな』とかが典型的ですね。

今年の連続台風では、非常に広範囲に大きな被害が出ましたが、そんな情報がどこかで本当に役に立ちましたか?どこかで『水のう』で浸水を防げたのですか?長靴を履いて避難して、危険な目に遭った人がいるのですか?ちょっと浸水対策すれば長靴ほど水害対処に有効なアイテムはない、ということを当ブログでは昔から指摘してきたのですが。

■自分で考えよう
この先、気象災害はさらに多発するようになるでしょう。台風だけでなく豪雨、豪雪、竜巻、落雷、それに伴う洪水や土砂災害などが、さらに頻発すると考えなければなりません。

そんな時代には、直前になって話題になった対策など、ほとんど実行できないでしょう。何故なら、特に今回の台風19号で見られたとおり、大都市圏が広域災害に見舞われる可能性が、急速に高まっているからです。大都市圏=人が多い。多数の人が同じ方向や方法に殺到することは、それ自体がすでに災害なのです。

今回、台風上陸前日には被災予想地域のスーパーやコンビニから保存が効く食品がほとんど消えました。ホームセンターからは養生テープやカセットガスコンロ、ブルーシートなどが消えました。ガソリンスタンドは、深夜まで給油待ちの長い行列ができていました。それは、テレビなどで「台風にこう備えろ」と聞いてから動き出した人が非常に多かったことを示しています。

手前味噌ながら、台風19号では管理人居住地にも避難指示が出るような状況になったのですが、新たに備える必要は何もありませんでした。当たり前のように、普段から備えてあるものを引っ張り出しただけです。車の燃料は、直前にはスタンドが混雑することを見越して、台風上陸3日前には満タンにしました。

ちょっと考えれば、ちょっと手間をかければできることであり、それをやってあっただけです。それは、防災ヲタだったり防災士だったりするからではありません。災害を本気で怖れていて、自分が被災した時にできるだけひどい目に遭いたくないから、備えておけばよかったなと後悔したくないから、ただそれだけです。

災害の情報も教訓も、いくらでもあります。でも、自分で情報を選んで行かないと、本質とかけ離れたロクでもない情報に踊らされて、その結果ひどい目に遭うのはあなたやあなたの家族、大切な人なのです。

そのために、当ブログのテーマのひとつであるThink yourselfを実践してください。あなたの災害対策は、あなたが正しい情報に基づいて考えたことが最良なのです。

次回からは、具体的な考察と対策を考えて行きます。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。

2019年10月 1日 (火)

台風15号と千葉大停電《その3》(#1382)

2019年9月に関東地方を直撃した台風15号により、関東各地では軒並み観測史上最高やそれに近い風速が観測されました。この台風は、いわゆる『風台風』だったと言えそうです。

そのため、千葉県を中心として電柱の倒壊や倒木による電気設備の損傷などのために広い範囲で停電となり、かなり深刻な状況だったものの、被害の全貌を電力会社や行政が把握するのに『想定外』の時間がかかってしまったのです。


■装備が役に立たない!■
それでも、電力会社は早期の復旧を目指して、台風通過後早い段階から復旧作業を始めました。ところが、損傷が想像以上に酷かったことに加え、『想定外』の障害が行く手を阻みました。道路をふさいだ大量の倒木です。

復旧部隊が被災地へ到達するためには、まずは道路の『啓開』作業が必要でした。通常、災害時にその役を担う中心となるのは国土交通省管轄の道路管理部隊です。2011年の東日本大震災では、東北地方を南北に貫く国道4号線から太平洋側の被災地への道路を短時間で啓開して救援部隊の展開を可能にした、『くしの歯作戦』を成功させました。

しかし今回は勝手が違ったのです。道路を塞ぐのが土砂や瓦礫ならば、パワーショベルやブルドーザーなどの重機を装備した道路啓開部隊が活躍できるのですが、今回の敵は倒木、それもかなり太く長い杉の木が中心です。通常の重機ではなかなか歯が立たないのです。道路を塞いだ倒木に対しては、まずチェーンソーなどで切断したあと、主に人力で移動しなければなりません。大量のチェーンソーとマンパワーが必要ですが、それらをすぐに手当てできる状況ではありません。

倒木を除去するためには、パワーショベルのアームに装着する巨大なカニばさみ状の『グラッパー』というアタッチメントが有効ですが、これは主に建物の解体用などで、通常はあまり装備されていませんから、重機があっても啓開が進まない、という状況も起きました。

このため、電力会社の復旧工事部隊はあちこちで足止めを食ったのです。


■応援が来ない!■
さらに悪いことに、東京方面から千葉県に向かう大動脈である東関東自動車道や東京湾アクアラインが、台風通過後もしばらく通行止めでした。このため千葉県内に向かう一般道は大渋滞となり、管理人が聞いた話では、台風の翌日には東京都内から成田空港まで9時間以上かかったとか。そこからさらに房総半島を南下するためには、どれだけ時間がかかったのでしょうか。

発災数日後には遅ればせながら自衛隊への災害派遣も要請され、電力会社の応援部隊も全国各地から集結してきたものの、効率よく被災地へ進入することはかなわず、広範囲に渡る通信のダウンでその先の状況把握もできない、という状態がしばらく続きました。


■着いたら着いたで■
遅ればせながら自衛隊に災害派遣要請が出され、装備とマンパワーに優れた自衛隊が投入されて、やっとのことで被災地に進入した復旧部隊を待っていたのは、『想定外』の損傷でした。

過去最高レベルの暴風に加えて、幹が空洞化する病害のせいで多発した倒木のせいもあって電柱の倒壊や送電線の切断が酷く、復旧には想定以上の時間がかかることがわかってきたのです。報道で、電力会社が発表する復旧予想日がどんどん伸びていったのが、この頃です。

ここまでの経緯を見ると、被害の内容や規模も含めて『想定外』の連続が早期復旧を阻んだと言えます。


■これは複合災害である■
被災地では、家屋の損傷に加えて電気、水道、通信の途絶が広い範囲で発生しました。そして、状況をさらに過酷にしたのが、酷暑です。

台風通過後の関東地方は、気温が35℃を超えるような日が続きました。その中で電気と水道が途絶することで、熱中症による死者も出てしまいました。そこまで行かなくても、健康を害した人が多発していたはずです。

さらに発災数日後には強い雨も降り、屋根に損傷を受けた家屋では、被害が拡大しました。雨漏りを防ぐブルーシートが不足し、屋根にかけるための作業員も不足しました。屋根などの高所作業には特別な資格が必要で、通常のボランティアは作業できないのです。ボランティア保険でも、高所作業によるケガなどは補償されません。

この台風では、これら諸々の悪条件が複合的に重なることで、通常の台風被害とはかなり異なった被害状況となりました。被害の数字的規模だけ見れば、激甚災害とまでは言えません。しかし、住民にとっては大規模地震などの巨大災害後に匹敵するような、過酷な状況となりました。

そしてそれは、決して今回の被災地だけのことではなく、日本中どこでも起こることなのです。

次回は、改めてこの災害の経緯をまとめて、今後我々が対策するために生かせる教訓を考えて行きます。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。

2019年9月27日 (金)

台風15号と千葉大停電《その2》(#1381)

2019年9月の台風15号による千葉県を中心とした大被害は、その全貌が中央に伝わる経緯において、1995年1月の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の時と良く似ていると、管理人は感じたわけです。

■想定自体の誤り■
千葉県南部を中心とした被害の種類は、まず暴風による建物被害が甚大でした。屋根瓦が飛んだり、屋根ごと吹き飛ばされたりという被害が、広い範囲で多発したのです。

台風における暴風被害は当然『想定内』ではありますが、発生した件数と範囲が、行政などの想定をはるかに超えていたのではないかと思われる節があります。

その一方で、これまでの台風被害の"定番”である豪雨による浸水、河川の氾濫、山崩れなどは、想定していたほどではなかったのではないでしょうか。これはもちろん幸いだったのですが、そのせいで自衛隊への災害派遣要請が遅れたきらいはありそうです。過去や他所の経験則から、最も危惧された『想定内』の災害が『想定以下』だったわけです。

そのような“定番”の災害は、国土交通省や消防、警察、自治体などのネットワークにより比較的把握しやすい体制になっていますし、行政側としては主にその辺りにフォーカスした防災体制を組んでいたはずです。

しかし、家屋の被害については、基本的に当事者からの通報が無いとわかりにくい。ところが、広範囲に渡る停電に加え、固定電話も携帯電話もネット回線もダウンして、被害を通報したり情報を発信する手段が奪われたのです。あたかも携帯もネットも無かった1995年当時のように。


■意外な想定外■
そのような状況の原因となったのが、電柱や送電線など送電設備への甚大な被害なわけですが、それを引き起こした大きな原因が、『倒木』でした。もちろんそれ自体は『想定内』ではありますが、その規模が尋常ではなかった。

房総半島の山はあまり高くないものの実はかなり急峻で、海岸の市街地近くにまで山が迫っていたり、山間部に集落が点在していたりなどの地域的特性もありますが、後の専門家の調査によれば、倒れた主に杉の木の多くが、幹の中が空洞になる病気にかかっていたそうです。これなど、完全に『想定外』の状況でした。

一方、台風接近中には各地から「電柱から火花が出ている」という通報が相次ぎました。これはいわゆる『塩害』で、台風が巻き上げた電気を通しやすい海水が吹き付けられたために、電気設備の絶縁破壊、つまりショートが起きていたのです。

この現象は過去の台風でも経験がありますから、電力会社側は当初、広範囲に起きていた停電の主原因はこの『塩害』のせいである、という誤解をしたのではないかと、管理人は考えます。すなわち設備自体の損傷はそれほどでもないと判断し、しかし大量の倒木により設備が広範囲で損傷しているのを知る手段はごく限られ、特に山間部の被害状況調査は範囲の広さと道路の寸断などで進まない状況だったので、当初は電力は数日内で完全復旧できる、という誤った発表をしてしまったのでしょう。

ところが、各地から正しい状況が徐々に集まるにつれ、過酷な事実が見えてきました。この頃には電力会社は各地の電力会社に復旧工事の応援を呼びかけ、短時間のうちに総力戦とも言える規模の応援部隊が、全国から集結しつつありました。

ところが、そこでまた大きな問題が見えてきたのです。それについてはまた次回。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。


2019年9月25日 (水)

台風15号と千葉大停電《その1》(#1380)

ご無沙汰しております。本当に久々の更新です。実は今回、長年の読者の方からリクエストをいただきました。当ブログを忘れないでいていただいて、ありがとうございます。

そのリクエストは、2019年9月関東を直撃した台風15号がもたらした大被害について総括せよ、というものでした。もっとも、管理人も報道されたこと以上の情報を持っているわけではありませんが、せっかくお声がけいただいたので、管理人なりの分析をさせていただきます。なお、以下の記事は特定の個人、団体、行政組織等を批判または擁護する意図は全くありません。あくまで知り得た事実のみから、この『巨大災害』を俯瞰していきます。

■何が起きているんだ?■
大型で非常に強い台風が関東地方を直撃する、それも陸上を進んでくるのではなく、海上からほぼ直接上陸するというケースは、かなり長きにわたって記憶がありません。少なくとも、台風による豪雨災害以外で大きな被害が出たことは、ほとんど無かったはずです。

しかし台風の通過から時間が経つにつれて、主に房総半島南部で広域に渡る暴風被害と停電の情報が「徐々に」入ってきました。その一方で、東京周辺の鉄道の計画運休や高速道路の通行止めによる混乱や、一部の建造物に生じた暴風被害が報道されてはいたものの、少なくとも管理人の感覚では「この程度で済んで良かった」というレベルでした。

台風15号の規模と勢力からすれば、東京都内でも巨大被害が生じるかもしれない、という危機感があったのです。しかし、少なくとも都心部やその周辺では、多くの人にとって『最悪の想定をかなり下回る』レベルの被害という感覚だったはずです。

しかし、時間の経過と共に千葉県内の惨状が明らかになるにつれ、多くの人が「おいおい千葉が想像以上ヤバいぞ」という感じになってきたのではないでしょうか。

結果論から言えば、特に千葉県南部は台風通過後すぐに自衛隊に災害派遣を要請すべきレベルの災害だったのですが、政府も千葉県も、あきらかに初動が遅れたと言わざるを得ません。


■あの日を思い出した■
そんな中、管理人は『あの日』とよく似ている、と感じていました。1995年1月17日朝、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の日です。あの日、テレビの東京キー局では、朝ワイドショーの中などで『関西地方で大きな地震が起きた』と速報されたものの、ほとんど通常編成でした。

インターネットも携帯電話も無い時代、有線電話がほとんど途絶した中では、テレビ局とて被害の中心部からの情報はほぼ無く、現場から衛星中継できるSNG車も無く、マイクロウェーブ中継回線が生きていなければ映像素材も送れない時代では、現場からはるかに離れた東京では、その甚大な被害を把握するまでに何時間もかかったのです。

鮮明に覚えているのは、日本テレビ系の朝ワイドのエンディング。発災から2時間以上経過した午前8時の段階で、やっと神戸の街を遠望するお天気カメラのライブ映像が繋がり、キャスターが大して緊張感の無い声で「大きな火災が起きているようですねぇ」と言いながら、それでもその段階で初めて、「これは大変だぞ」という空気に変わって行きました。

そしてその後、遅々としながらも情報が入るにつれて、未曾有の都市直下型地震であるということがわかって行ったのです。


■なんだかよく似ている■
なぜそんなことになったかというと、あの当時は前述の通りインターネットが実用になる前の時代だったこと【当時のネット環境はNifty-serveなどのパソコン通信の時代。事実上ほぼ文字通信のみの環境で、アナログ電話回線を使っていたので、音声通話と共に広い範囲でダウンした。余談ながら、日本初のウェブサイトは1993年に茨城県の高エネルギー研究所(KEK)が作成したもの】

携帯電話もなくて個人が情報、ましてや映像を発信することなど夢の時代だったこと、地元の放送局も、撮影した映像素材をマイクロウェーブ中継回線に乗せなければ他所へ送信できないが、被災地周辺では停電や機器の障害などで支障していたことなどが大きな理由です。

そして忘れてならないのは、今の若い方には信じられないかもしれませんが、あの当時は『関西では大地震は起きない』というのが半ば定説というか、普通に信じられていたのです。

歴史をひもとけば、関西でも大規模地震が起きていないわけではありません。でも人々の記憶に残るような大地震は事実上ほとんど無く、普段もごく小さな地震がまれに起きる程度で、そんな関西の人が地震が比較的多い関東へ来て震度3くらいに遭ってパニックを起こしたとかが、笑い話になっていたくらいです。

管理人も、あの当時は特に根拠もなくそう考えていました。それが突然、神戸で大地震。多少の情報だけでは、にわかには信じられなかったのです。

つまるところ、阪神・淡路大震災の正しい情報がなかなか東京に伝わらなかったのは、情報伝達手段の途絶に加え、「そんなことが起きるはずがない」という、想定の不備と思いこみのせい、と言えます。

これ、今回の台風15号被害における千葉県の状況と似通っていませんか?それについては、次回に続きます。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。

2019年3月28日 (木)

《再掲載》【防災の心理16】あなたの道を見つけよう(#1379)

巷に溢れる防災情報の中から、「本当に役に立つ」情報を選択するための方法として、人間の生存本能と種族保存本能が叫ぶ「怖れ」に従えということを、前回述べました。
今回は、もうひとつの条件について考えます。

 

それは「知る」ということ。当テーマでは、「生き残る」確率を下げてしまうような場合、人間の本能でもある群衆心理に打ち勝つ方法として、正しい情報を「知る」ことが必須であると述べました。二度目の登場です。

 

でも「本当に役に立つ」情報を選択する、つまり正しい情報を「知る」ために「知る」ことが必要だとは、卵が先か鶏が先かというような話で、またもやメビウスの輪状態、などと考えるのは言葉遊びの世界で、基本的には単純なことなのです。この場合の「知る」とは、「道を知る」と言うことです。

 

あなたが知らない場所に行こうとしたら、まずそこまでの道路や交通機関を調べるのは当然ですね。数学の成績を上げようと思ったら、良い参考書や塾を探したり、勉強の時間を増やすでしょう。それは、我々が目的を達成するための「道を知っている」からに他なりません。

 

しかし災害対策の場合、多くの人にとって、絶対に達成しなければならないという最優先課題ではありませんし、体系的な教育を受けたことも無い。交通や勉強などとは違い、確立された方法論も無いし、そもそも「これで絶対大丈夫」という到達点も見えない。

 

しかし何も知らず、何も備えていなければ死ぬかもしれないという、本能的な「怖れ」がつきまといます。目的地に着けなかったり、成績が悪くても対処の方法はありますが、「死」とは対処しようのない究極の「怖れ」であり、そのあまりに大きなギャップが問題なのです。そこで目に入って来やすいのは、「生き残ってから」の情報、災害トリビア、エセ科学、オカルトのようなものばかり。そんな情報と「怖れ」は、とても親和性が高いのです。

 

「生き残ってから」の情報も大切なことには変わりありませんが、その前に生き残らなければならないのです。それは心の奥底では誰もが判っているものの、そこで前出の「正常化バイアス」や「楽観バイアス」が頭をもたげ、具体的に考えることを邪魔します。

 

自分が被災して、備えた防災グッズを駆使して被災生活を切り抜けていたり、または何も備えておらず、被災後に大変な思いをしている自分の姿はまだ想像しやすいのですが、自分や家族が死んでしまう姿はなかなか想像できません。それは、生きているから。人間は、本能的に「死」のイメージを拒絶するのです。

 

余談ながら、ラテン語の「メメント・モリ」という言葉をご存じでしょうか。これは「死を想え」ということで、生命の対極としての「死」の姿を受け入れないと、生命の意味や尊厳を本当に知ることはできない、というような意味合いです。

 

まあそこまで哲学的でなくても、社会的な意味で考えれば良いのです。自分がいなくなったら、家族はどうなるか。家族がいなくなったら、その先の人生はどうなるか。「死」そのものを考えず、「死=存在の消滅」と考えれば、少しは楽に想像できるでしょう。

 

まずはそれを受け入れる、つまり「知る」ことが大前提であり、そこから、そうならないためにはどうするかという「道」が始まります。その段階で、初めて「死ぬのが怖い」という漠然とした「怖れ」から、一歩を踏み出せるのです。その軸がブレていると、「本当は役に立たない」情報の海に呑み込まれてしまいます。

 

基本的な軸が定まったら、次に「知る」べきは具体的な方法論であり、交通や勉強の方法を考えることと同じです。その方法は、また次回に。

 

 

■当記事は、カテゴリ【防災の心理】です。

《再掲載》【防災の心理15】本能を解き放て!(#1378)

私たちは、死にたくない。私たちは、家族の命を守りたい。特に、子供の命は。誰もが持っているはずのそんな気持ちは、どこから来るのでしょうか。それは、人間の「本能」です。生物としてDNAに組み込まれた能力の発露なのです。

 

太古の昔から、弱い生物は群れを成すことで外敵に対抗して来ましたから、仲間と一緒にいること、そして仲間を減らさないことが、すなわち生存の確率を高めたのです。ですから、危機になるほど生存本能が集団への帰属を求め、それが「群集心理」に繋がっています。そしてその最小単位が、家族です。

 

幼い子供や小さなものをかわいいと感じ、守りたくなるのは、種族保存本能です。まだひとりでは生きられない、庇護が必要な幼子を自然に守り育てられるように、そのように感じる感覚が備わっているわけです。それを「母性」と言っても良いでしょう。子供がかわいいから守りたくなるのではなく、弱い存在を守って命を繋ぐため、ひいては種を保存するために、子供をかわいいと感じているということです。もしこの本能が無く、代わりとなる感覚や機能が無かったら、弱い幼子は放置されて、あっと言う間に種が絶滅してしまいます。

 

簡単に生命が失われる状況が恒常的であれば、人間は誰に教えられなくとも、常に本能を発露させ、五感を研ぎ澄ませて安全な場所を探し、逃げ、隠れ、時には戦って、自分や仲間の生命を守ろうとします。しかし、生命の危険に滅多に晒されることの無い現代社会では、そんな本能の「上澄み」だけが、強く現れていると言うことができるでしょう。

 

「生き残る」ための本能の「上澄み」だけで暮らせるのは、平和の証です。平和のおかげで「生き残る」ためのスキルが必要無いに越したことはないものの、しかし我々には、そのための能力が実は備わっているのです。それは、自らの本能で生命に関わる危険を見つけ出し、基本的にはそこから逃げる能力です。さらに、高度な知性を身につけた人間は、情報の蓄積から危険を予測し、事前に回避することもできるのです。

 

では、私たちが本来持ち合わせている、本能による危険回避能力を最大限に発揮するためには、何を拠り所にしたら良いのでしょうか。

 

それは、「怖い」という感覚です。

 

生命に危険を及ぼすかもしれない存在に対しては、私たちの生存本能や種族保存本能が「怖い」と感じさせます。これは特に説明の必要は無いでしょう。しかし「怖い」と感じるものでも、それが実際に生命を奪うことが滅多に無い現代社会では、大抵は「怖い」だけで終わりであり、具体的な対処をする必要があまりありません。ですから、それを考え、学ぶことを忘れかけています。

 

多くの生命を奪う大災害は誰でも怖いのですが、一体何が怖いのでしょうか。例えば巨大地震に遭っても、広い野原の真ん中にいたら安全です。では、何があったら怖いか。落ちて来るもの倒れて来るもの燃えるもの爆発するもの毒があるもの襲って来るもの。そして、危険の接近を気付かせない暗闇など、あなたや家族を「殺す」、怖いものは何でしょうか。

 

まず、あなたの本能が叫ぶ「怖さ」を、ひとつひとつ感じ、向き合うのです。死ぬのが怖い、ではだめです。何故死ぬのかを考えるのです。でもその作業は、具体的な死のイメージをしなければなりませんから、大抵は大きな苦痛を伴います。「そうあって欲しくない」という、これも本能の叫びが理性的な考えを妨害し、それが心理的な苦痛となって現れます。そして前記事で述べた「自分は大丈夫」、「そんなことあるわけない」、「なんとかなる」というような「確証バイアス」や「楽観バイアス」が頭をもたげます。場合によっては、肉体的にも影響が出てしまうかもしれません。

 

そこで考えを止めるか、それを乗り越えるのかは、それぞれの考えや状況によるでしょう。しかし「怖い」ことが絵空事ではなく、現実に起きていることである以上、それがあなたや家族の身に起きないとは、誰にも言えません。そこに、向き合えるかどうかです。

 

「臆病」になってください。それは恥ずかしいことではありませんし、いつもびくびくしながら生きることではありません。危険を素早く察知し、そこから「すばしこく」離れる能力のことです。管理人は、自信を持って言えます。「私は臆病だ」と。「臆病」は、弱い生物である人間が本能的に身につけた、「生き残る」ための感覚です。その感覚を能動的に研ぎ澄ますことができた時、「本当に役に立つ」情報は、自然にあなたの周りに集まって来ます。いや、あなたが引き寄せると言っても良いでしょう。

 

それが、結果的に情報を「選択する」ということなのです。まず、本能的に怖いことを直視し、具体的な対処を知りたいという「軸」がしっかりしていれば、「本当に役に立つ」情報は、自然に目に入って来ます。もし入って来なかったら、探さずにはいられないでしょう。そして、気づきます。巷には大した情報が無いじゃないかと。でも、あります。仮に無くても、その時は自分で考えるのです。本能の発露に、他人任せという発想はありません。

 

自然災害に関しては、いつもどこかで発生していて、余程大規模でもなければ、報道を見てもあまり恐怖を感じないのが現実でしょう。東日本大震災にしても、多くの人はメディアを通じてあくまで断片的な情報を得ただけで、生命に関わる怖さも限定的です。しかし、現実はとてつもなく「怖い」のです。それを「明日は我が身」と、我がこととして感じられなければなりません。

 

では、情報を「選択する」ためには、「臆病」になれれば良いのでしょうか。実は、外せないもうひとつの条件があります。これがまたメビウスの輪のようなことなのですが、それはまた次回に。

 

 

■当記事は、カテゴリ【防災の心理】です。

«《再掲載》【防災の心理14】続・東大教授とカリスマ店員(#1377)