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2012年2月25日 (土)

【シミュレーションストーリー】地震・帰宅困難

本日2月24日、NHKテレビ地上波で(関東ローカルだと思いますが)、首都圏スペシャル「都市に生きる覚悟~首都圏大地震に備えて~」 という番組が放送されました。首都圏における地震や津波の新たな被害想定や、発生しうる帰宅困難などのシミュレーションなどの内容でしたが、それらは決して最近わかった事では無く、東日本大震災前からずっと指摘されていたことです。それが震災時の、管理人に言わせれば「最良の帰宅困難」によってクローズアップされたに過ぎません。

当ブログ本館、mixiのコミュニティ「生き残れ。~災害に備えよう~」では、災害の様々な状況で発生する状況を少しでもリアルに感じていただくために、小説形式でシミュレーションを行っています。そのAnnex版の初回として、大都市圏を巨大地震が襲った時起こる、「最悪の帰宅困難」とはどんな状況かというシミュレーションをお送りします。正直なところこれでも最悪では無いと思いますが、ひとつの起こりうる現実として、ご覧ください。後ほど解説も掲載します。なお、このシミュレーションは2011年10月15日に、本館コミュニティにアップしたものです。

■ここから、本文です。かなり長文です。

この物語は、様々な災害に直面し、最悪の結果になって しまった状況を想定したフィクションです。 登場人物は、災害の危機に対して、何か「正しくない」行動を 取ってしまっています。 どのような準備や行動をすれば、災害から生き残れる可能性が生まれたかを考えてみてください。
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【想定】
20××年 12月19日 午後7時32分
東京都港区 - 大田区某所
館山 綾乃 27歳 経理事務担当
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暗がりの中で、真っ黒な人波に押し流される様に歩きながら、綾乃は後悔し始めていた。

冷たい北風が強くなり始めた夕刻、東京の内陸直下でマグニチュード8.1の地震が発生した。 都心部は震度6強の揺れに襲われたが、綾乃が勤める港区のオフィスでは、室内はメチャメチャに なったもののそれほど大きな建物被害は無く、幸いなことに同僚も皆ほとんど怪我も無く無事だった。

激しい揺れが収まると、綾乃はすぐに横浜市内の会社に勤務している夫の真治に連絡を取ろうとしたが、携帯も 一般電話もメールも不通になっていたので、迷わず川崎市内の自宅に帰る事にしたのだ。 上司や同僚には『今動くのは危険だ』と止められたが、それを振り切って出て来てしまった。 夫は無事だろうか。そして自分の無事も早く知らせたい。その思いだけが、綾乃を 突き動かしていた。

しかし当然ながら電車もバスも止まっている。幹線道路は交通規制されているが、ほとんど動かない車の列に埋め尽くされている。その他の道路も大渋滞で、タクシーでも動きようがない。それどころか、あちこちのビルから吐き出される人波が車道にまで溢れ、サイレンを鳴らしながら大音量で道を空けろとがなり立てるパトカー や消防車さえも、人波に遮られてろくに進めない。

そんな中、綾乃は今まで一度も実際の距離など考えたことも無い、自宅まで歩き通す覚悟でオフィスを出た。でも歩き始めてまだ30分ほどだというのに、、強さを増す北風がカシミヤのコートを 突き通して、身体の熱を奪い始めていた。そしてそれ以上に、タイトスカートにパンプスという およそ歩くことに向いてない自分の服装に苛立ち、ほとんど何も考えずに出てきてしまった 事を後悔し始めていたのだ。とにかく足が痛くて、この先どれだけ歩けるか、早くも不安が 頭をもたげて来ていた。

それに、停電で明かりの無い夜がこんなに暗いものだったとは。せめて、足元を照らすライトのひとつでも用意しておけばと、真剣に後悔した。明かりには、暗闇で萎えかけた心を奮い立たせる力があるのだという事も、その時始めて理解した。暗がりは、心細さをどこまでも増幅する。

明かりの落ちたビル街をゆっくりと流れる黒い人波が、渋滞している車のライトとビルの非常灯のぼんやりした明かりに、その輪郭だけを浮かびあがらせている。 あちこちのビルの暗いエントランスでは、冷え切ったコンクリートの上に座り込んだり、寝転んだまま動かない男女の姿もあったが、 だれもがちらっと視線を走らせるだけで、皆一様に目を伏せて通り過ぎる。

コンビニエンスストアがランタンの明かりだけで店を開いてはいたが、既に店の棚はほとんど 空っぽだ。文房具や雑誌類だけほとんど売れ残っているのが、この異常な状況を際立たせているようだ。 店の前を通る誰もが、ガラス窓越しにそんな状態を見て、さらに入口の
【断水のため、トイレは使えません】
という貼り紙に目をやっては、ため息をつきながら通り過ぎて行った。僅かな明かりに白い息がふわりと立ち昇り、風に流れる。この先、ずっとこんな状態なのだろうか。不意に身体が大きく震え、 綾乃はコートの襟を両手で合わせた。

綾乃は時々、ビルから落ちて来たガラスの鋭い破片を踏みつけ、そのジャリっという冷たい感触に驚いた。歩道に大きな袖看板が落ちている場所もあり、そこだけは黒い人波が左右に割れている。綾乃はひしゃげた看板の下に血溜まりらしい黒い染みがあるのを横目で見たが、それを現実とは認めないと言わんばかりに顔を背け、小走りに通り過ぎた。

その時、足下にズシンという衝撃を感じた。黒い人波にざわめきが拡がる。誰かが叫ぶ。
「余震だ!」
「でかいぞっ!」
次の衝撃とほぼ同時に、地面が振り回されるように回転し始めた…綾乃にはそう感じた。それまである一定の秩序を保っていた群衆の動きが、乱れた。手近なビルに駆け込む者、渋滞した車道に飛び出す者、その場でしゃがみこむ者。男の怒号と女の悲鳴、けたたましい車のホーンが入り乱れ、それを地鳴りのような轟音がかき消した。

恐怖に立ちすくんでいた綾乃は、すぐ横のビルに駆け込もうとした男に突き飛ばされ、エントランスのガラス壁に背中からぶつかった。後頭部をしたたかに打ち付け、その場に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ瞬間、ビルの上からガラスの破片が降り注いで来た。

エントランスの庇の下にいる綾乃の目の前で、歩道にいた何人かが、ぐえっ、ひゅうっという奇妙な息の音を立てて、頭や首を押さえながらバタバタと倒れた。車のライトを反射したガラス片がきらきらと光る暗い歩道に、十数人がうめき声を上げながらうごめき、地面に黒い染みが拡がって行く。 何人かは、全く動かない。綾乃は、すぐ近くで誰かが凄まじい悲鳴を上げるのを聞いた気がしたが、それが自分の悲鳴だということに気付くまでに、しばらく時間がかかった。

どれくらい、歩いただろうか。綾乃の身体は凍え、頭がぼんやりしてきている。パンプスを履いた爪先は、おそらく血が滲んでいるだろうと思うほどに痛んだが、その痛みも自分の身体のものでは無いように、なんだかずっと遠くに感じる。薄手の革手袋をしただけの指先はもうだいぶ前から感覚が無く、コートのポケットに突っ込んでいても、全く回復しない。

どこか暖かい場所で、休みたかった。せめて暖かいものを飲みたかった。しかしそんな場所は、その機能のほとんどを停止した都市には無く、水一滴を手に入れる事さえできなかった。歩きながら、何度か携帯電話を操作してみたが、電話もメールも全く反応が無い。周囲からどこかの体育館やショッピングセンターが臨時避難所になっているという話も聞こえて来たが、道を外れてそこへ行く気も無かった。一度休んだら二度と歩き出せないような気がして、休まずにずっと歩き続けて来たのだ。少しでも早く、夫の元に行かなければ。

都心部を抜けると、周りに損傷した家屋やビルが目立つようになってきた。完全に倒壊している家も少なく無い。幸いにしてその辺りでは火は出ていないが、空が少し広く見渡せるようになると、遠くの空が赤く染まっているのが見えた。綾乃の目指す方向とは少し違っていたが、おそらく大きな火事が起きているのだろう。

街を抜ける広い道路は交通規制されているものの、まだ多くの車が身動き出来ない渋滞の中に捕らわれていた。そんな車の間にまで歩く人々が広がり、まるでアリの隊列のように、静かに進んで行く。時折、鋭いホーンの音が冷たい空気を切り裂く。


夜半近くになって綾乃はやっと、都県境に架かる長い橋の近くにまでやってきた。その橋を渡れば、家までは一時間、いや、今の綾乃の足では二時間以上か、とにかくそれくらいあれば家にたどりつけるはずだ。夫は、家に帰っているだろうか。それ以前に、家は無事だろうか。そんな思いが、気を逸らせた。

しかし夜が更けるにつれて気温はさらに下がり、北風も強まっている。綾乃の身体は芯から冷え切り、強い渇きと空腹も感じていた。足の痛みはとうに限界を超えたというか、既にほどんど感覚が無い。そして次第に、手足に力が入らなくなって来ている。頭もさらにぼうっとしてきて、細かいことは何も考えられない。綾乃は頭の隅で感じていた。ここで止まったら、本当にもう二度と動き出せないに違い無い。

都県境の橋に近づくにつれて、人の群れが進む速度が何故か遅くなり、ついには完全に止まってしまった。耳をこらすと、ずっと前の方から、男の怒号や女の叫びが風に乗って聞こえて来る。その時、綾乃の耳に、周りで話す人の声が届いた。
「橋が、落ちているらしい…」

綾乃は、それを他人事のように聞き流していた。驚く気力も無く、凍えて疲れきった綾乃の思考は、その事実を受け入れる事を拒否していた。ただ、これ以上進めない、夫の元にたどり着けない、それだけは理解できた。綾乃の目から、涙が溢れ出した。声を上げて泣くような感情はもう残っていない。ただ、ここまでの道中でも見てきた、あまりに理不尽で過酷な現実へのショックも加わり、ただ呆然と涙を流すことしかできなかった。

しかし現実は、そんなひとりの感情など全く意に介さない。その時、再び大きな余震が襲ってきた。悲鳴と怒号が渦巻き、群衆は我先にと川に向かって走り始めた。とにかく河原へ降りれば、なんとかなる、皆がそう思っていた。

周りの動きに流されて、綾乃も駆け出した。足が、思うように動かない。忘れかけていた痛みが甦り、綾乃は歯を食いしばって走った。転んだ人間の上にはあとから何人もが圧し掛かり、絶叫が響き渡る。

それでも綾乃は、なんとか堤防にまでたどり着いた。滑り落ちるように土手を下り、河川敷のグラウンドにまで下りて来た。河川敷には既に何万人もの人々が避難しているようで、真っ黒な群衆の中で、ライトの光があちこちで交錯している。発電機もあるのだろうか、遠くには強い明かりを放つサーチライトも灯っていたし、大きな焚き火も見えた。ここでなら少し休めるかもしれない。綾乃はそう思うと、全身の力が抜けて行き、枯れ草の上に崩れるように座り込んだ。

そんな綾乃の姿を気遣って、何人かの人々が声を掛けてきたが、もうそれに答える気力は無い。反応の無い綾乃に、皆少し困惑した表情を見せながら立ち去って行った。それ以上他人を気遣う余裕など、ほとんどだれにも残っていないのだ。

北風の通り道になっている河川敷は、街中よりずっと冷え込んでいた。でも、ここならとりあえず地震の危険からは逃れられるはずだ。それだけでも、綾乃は十分過ぎるほどに安心できた。ずっと続いてきた緊張が少しほぐれると、なんだか身体が温かくなって行くような気がした。そして次第に綾乃の意識は薄れて行き、枯れ草の上にうずくまった。


綾乃はふと、意識を取り戻した。誰かが、周りで叫んでいる。
「逃げろ!」
と言っているようだった。綾乃はぼんやりした頭で、なんとかそれを理解しようとした。何故、逃げなければいけないのだろうか。自分がうずくまっている冷たい地面は揺れていないし、ここなら安全だと思っていたのに…。

叫び声が続く。 「火が来る!」

火…?ここには燃えるものなんか無い…綾乃はうずくまったままやっと頭だけを動かして、川の上流の方向を見た。自分が意識を失ってからだいぶ時間が経ったのか、その方向の空は大火災で真っ赤に染まっている。意外なほど近くまで火が迫っているようだが、直接火が見えるわけでもない。なんでそんなに…

その時、綾乃は見た。北風が吹き抜けてくる川の上流から、高さ百メートル以上もあろうかという炎の柱が迫って来ていた。オレンジ色に光るそれは渦を巻きながら、周囲にきらきらと光る火の粉を撒き散らしていて、“きれい”としか表現のしようが無い姿だった。綾乃はそれが何か理解できず、しばらく見とれていた。

「なに…あれ…?」
綾乃がつぶやいた時、誰かの声が耳に届いた。
「火災旋風が来るっ!」
上流の大火災現場で発生した火災旋風が強い北風に流され、風の通り道になっている河川敷を駆け下って来たのだ。猛烈な輻射熱と火の粉で河川敷の枯れ草が一瞬で燃え上がり、さらには堤防の裏側の家々にまで火を放った。

綾乃はうずくまったまま、周りの群衆が自分の周りを駆け抜け、下流の方向へ逃げて行く地鳴りのような足音を感じていた。自分も逃げなければと、頭では考えていた。しかし極度の低体温状態に陥った綾乃の身体は、意志に反してまったく言う事を聞かなかった。

人が走るより速い速度で、炎の竜巻が迫ってくる。綾乃はその熱を頬に感じた時、頭の隅で、自分の運命を悟った。

【おわり】


■このシリーズは、カテゴリ【災害シミュレーション】をクリックしていただくと、まとめてご覧いただけます。後ほど、解説も掲載します。


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