【シミュレーション解説編】地震・帰宅困難【2】
【シミュレーション解説編】地震・帰宅困難【1】から続きます。
綾乃が意識を取り戻したとき、川の上流で起きた大火災がさらに広がり、火災旋風が発生します。火災旋風とは、大火災の上昇気流が巻き起こす炎の竜巻で、風に流されて気圧の低い方向へ移動します。
大正12年の関東大震災では、火災旋風が東京、本所区(当時)の広場を襲い、そこに避難していた約4万人が、一瞬で焼死しました。火災旋風はすべての可燃物に火を放ち、酸素を一瞬で燃焼しつくすのです。
昭和20年3月の東京大空襲でも、焼夷弾攻撃による大火災で火災旋風が発生し、それが隅田川を北から南に下りました。隅田川の両岸の火災で逃げ場を失い、橋の上に避難していた人々は、ほとんど逃げることも出来ずに、そのまま焼死しました。隅田川にかかる橋のひとつ、言問橋(ことといばし)上だけでも二千人以上が焼け死んだとされていますが、他の橋でも同じようなことが起きたはずです。
このように、火災旋風は周囲に比べて相対的に気圧が低い、つまり風が吹き込むひらけた場所や、風の通り道になる川沿いに移動するのです。風上で大火災が発生すると、広い河川敷でも絶対安全とは言い切れません。最近は、避難場所を高層建物で囲い、防火壁のような役割を持たせているところもありますが、それはまさに火災旋風対策なのです。
綾乃は、火災旋風というものは知らなかったものの、火の竜巻が迫ってくる危険は理解しました。しかし極度の低体温症のため、すでに手足に力が入らなくなっていました。少しでもカロリーを補給したり、血流を確保する運動をしていたら、逃げられる可能性があったかもしれません。しかし、手遅れでした。
このストーリーでは、火災旋風の危険を題材にしています。しかし実際の危険はこれだけでは無く、大火災でなくても、行く手を火災に遮られる可能性は非常に大きいのです。ラッシュ時のように混雑した道では、戻るに戻れません。後方の群衆は状況がわからず、ひたすら前進してきます。橋が落ちていても、近くに行くまではわかりません。
沿岸部や河口付近では、津波の危険もあります。東日本大震災では、津波は川を最大6kmも遡り、そこで氾濫しました。さらに道路が陥没したり、地盤が液状化したりして通行不能になることもあります。そこへ間断なく余震が襲い、建物の倒壊や落下物によって、さらに人的被害が増えて行きます。そして、逃げ場を失ったり動転した人々がパニックを起こし、状況は連鎖的に悪化して行きます。
という最悪のシミュレーションを、あなたは「大袈裟だ」と笑い飛ばせますか?
このストーリーに込めた最大のメッセージは、大災害直後には、徒歩帰宅を始めるべきでは無い、ということなのです。そのために家族などとはできる限り多くの連絡手段を確保し、普段から行動を打ち合わせておきかなければなりません。そして出先には、理想的には三日間、最低でも一日分の水と食料、歩きやすい靴、防水、防寒装備を用意しておき、状況がある程度落ち着いてから、徒歩移動を始めるべきだということなのです。
家に帰るために命を危険に晒すなど、全くのナンセンスです。もし、3月11日の東京近郊などで、徒歩帰宅できて「なんとかなる」と思っている方がいましたら、大きな間違いです。あの日は大きな地震が起きて交通が止まっただけで、その他の都市機能はほとんど生きていたのです。管理人に言わせれば、あれは「最良の帰宅困難」でした。 逆に、それでもあの混乱だったという意味を考えてください。
繰り返しますが、大地震後の都市、つまり「最悪の帰宅困難」時には、 停電、断水、道路や橋の途絶、大火災、水・食料の入手困難、群衆のパニック、津波、液状化、余震による被害などが襲い掛かってきます。そしてそれに暑さ、寒さ、悪天候が加わったら、あなたは何十キロも歩いて家に帰りつくことができるでしょうか?
大切なことは、大災害時にはすぐに帰宅行動に移らず、周辺や行先の状況を見極めてから移動を開始することであり、そのための装備や備蓄を、普段から整えておかなければならないということなのです。
最後に、この画像をご覧ください。
これは東京都が作成した、冬の北風が強い午後6時過ぎに、東京直下型地震が発生した場合の火災発生想定図です。赤色が濃いほど、大火災が発生する確率が高い地域です。これを見ればわかるように、都心部からどの方向へ向かっても、大火災が想定される地域を通らなければならないのです。
さらに、東京を震度6強クラスが襲った場合、70ヶ所で橋が落ちると想定されています。そしてこれは東京だけでなく、多くの大都市で、似たような状況が起こるのです。
あなたは、それでもすぐに帰りますか?
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