【シミュレーションストーリー】津波・漁港付近
今回掲載するのは、当ブログ本館のmixiコミュニティ「生き残れ。~災害に備えよう~」に、約4年前の2008年3月13日にアップした津波シミュレーションです。当時の管理人の津波知識を総動員して書いたシミュレーションがほとんどそのまま、いやそれ以上の規模で現実になってしまったことに、書いた本人が強いショックを感じました。テレビから流れる映像は、管理人のイメージそのままだったのです。
震災後、津波に対処するための知識は、かなり一般化しては来ていると思います。それを踏まえて、登場人物たちはどうすれば良かったのか、考えてみてください。当時の文章をそのまま掲載し、後ほど当時の解説も掲載します。
改めまして、東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福を、心からお祈りいたします。
■ここから本文です。
この物語は、様々な災害に直面し、最悪の結果になって しまった状況を想定したフィクションです。登場人物は、災害の危機に対して、何か「正しくない」行動を 取ってしまっています。 どのような準備や行動をすれば、災害から生き残れる可能性が生まれたかを考えて見てください。
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20××年 12月19日 午後6時○○分
千葉県館山市某所
漁港付近
篠山啓次郎 64歳 漁業
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北風が強い夕方、家の目の前に拡がる海はシケ模様だった。 時折、防潮堤に砕けた波頭が風に飛ばされ、海岸を走る道路にまで、しぶきが霧のように降り注ぐ。 冬型の気圧配置が強まり、テレビの天気予報では、これから夜にかけてさらに北風が強まる予報が流れている。普段なら未明の出漁に備えて準備を始める時間だが、漁協の寄り合いで今日の出漁はシケのために見合わせることになったので、啓次郎は早めの晩酌を楽しんでいた。
一升瓶から湯呑みに二杯目の酒を注ぎ、昨日上がったイカの刺身に箸をつけた時、テレビの音声が急に途切れ、聞き慣れないチャイムの音が二回流れ出た。無機質な男性の声のアナウンスが続く。
《緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください》
「緊急地震…?なんだこりゃぁ?」
啓次郎は初めて聞く速報に一瞬慌てたが、それでも、台所で夕食の準備をしていた妻の久江に向かって叫んだ。
「おい!地震が来るらしい。火を消せ!」
すぐにガスコンロの火を消した久江は、青ざめた顔で居間に駆け込んで来た。
「地震って、どうしましょ…」
「どうするって、おめえ…」
そこまで言った時、海の方から、ジェット機が離陸する音にそっくりな、ゴーッという海鳴りが響いてきた。次の瞬間、床がぐっと持ち上がったような気がしたかと思うと、地中深くから突き上げて来るような激しいたて揺れが襲って来た。台所で食器が棚から落ちて砕ける、派手な音が響く。
久江は腰が抜けて座り込み、声も出せずに啓次郎にしがみついている。啓次郎にしても、久江の肩を強く抱いたまま身動きできない。そのまま数秒が過ぎ、一瞬収まりかけたと思ったたて揺れが、そのままさらに大きな横揺れに変わった。天井を見上げた啓次郎は、居間の電灯が飛び跳ねるように振り回されるのを見た。
「これはやべえかも知れねえ…」
築二十年になる木造二階建ての家が今にも屑折れそうにギシギシと悲鳴を上げる。居間の茶箪笥が突然倒れ掛かってガラスが砕け散ったが、八畳間の反対側だったので助かった。そうするうちに、啓次郎は揺れが次第に収まって行くのを感じ、啓次郎にしがみついたまま目をつぶって震えている久江に声をかけた。
「もう大丈夫だ。収まってきた」
まだ腰が抜けている久江の手を振りほどいて立ち上がろうとした時、啓次郎は突然思い出した。
《津波が来る》
とはいえこの街に生まれ育ってこの方、防潮堤を超えるような津波に遭った事は無かったのだが、今の地震は初めて経験する大きさだった。用心に越したことは無い。啓次郎は立ち上がると、怯えた目で見上げている久江に向かって怒鳴った。
「俺は船を見てくるから、おめえは二階に上がってろ!」
「あんた、気をつけてね…」
久江はやっとそれだけ言うと、啓次郎の手を借りてよろよろと立ち上がった。
啓次郎が家の外に出ると、辺りは暗くなりかけていた。隣の家から僚船の高橋源一が飛び出して来たので、啓次郎は怒鳴るように声をかけた。
「おう、おめえんとこは大丈夫か?」
「ああ、みんな無事だ。船が心配だ。急ぐで!」
二人は港に向かって駆け出した。
「津波が来るかな?」
「なあに、津波の前には潮が引くから、それから逃げても遅くねえだよ。」
港に着くと、防波堤の内側の水面が地震の余波で大きくうねっていた。舷側を接して係留された漁船群は、お互いにこすれ合いながらギシギシと軋んでいたが、見渡したところどの船も大きな破損は無さそうだった。二人は桟橋から自分の船に飛び移って船内を確認しながら、潮の動きにも注意を払っていた。地震の発生から五分ほど過ぎたが、潮位に変化は見られなかったので、啓次郎は源一に声をかけた。
「潮は引いてねえようだ。津波は来ねえな。」
「ああ。今動いてなければ大丈夫だ。いやあぶったまげたな」
すっかり安心した源一は、煙草でくすんだ歯を見せて笑っている。
「さあ、ウチへ戻るか。ウチん中がちょっとやられちまったから、片付けねえと」
啓次郎と源一は、桟橋によじ登った。その時、沖に目をやった源一が声を上げた。
「なんだ、ありゃぁ?」
その声に啓次郎が沖を振り返ると、まだわずかに夕焼けの光が残る黒い水平線がむくむくと盛り上がり、ざわざわと波立つように見えた。その時、二人の耳に遠雷のような海鳴りが届いた。
「来やがった!」
「急げ!」
二人は家へ向かって全力で駆け出しながら、声を振り絞って集落へ向けて叫んだ。
「津波だ!」
「山へ逃げろ!」
「でかいのが来るぞ!」
家まであと100メートルほど残すまでになった時、海岸に近づくにつれて高さ12メートルにまで立ち上がった津波が防波堤を超え、数隻の漁船を渦の中に巻き上げた。桟橋に波頭が叩きつけられる大音響に啓次郎は走りながら振り返ると、すぐ目の前に真っ黒な壁が迫っていた。恐怖に叫び声を上げる形に口が開かれた瞬間、源一と共に巨大な波の壁に飲み込まれて、消えた。
津波はその巨大なエネルギーで地上のすべてを引きちぎり、押し流しながら、集落を呑みこんで行った。荒れ狂う水位は一階の軒先に届くほどもあった。
家の二階に上がっていた久江は、啓次郎の叫び声を聞いて立ち上がり、窓から外を見た途端、真っ黒な奔流が目の前に 迫っているのを見た。見る間に一階を埋め尽くした奔流は家を土台から引きちぎり、そのまま押し流した。
久江は為すすべも無く、呆然と 窓枠にしがみついているしかできなかった。そのまま家は裏山の崖まで押し流され、崖にぶつかって跳ね上がり、猛り狂い渦巻く奔流の中に崩れ落ちた。
【おわり】
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