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2012年4月12日 (木)

【シミュレーションストーリー】地震・オフィス

この物語は、災害に直面し、最悪の結果になって しまった状況を想定したフィクションです。 登場人物の行動や周囲の条件に、防災の視点からすると問題のある部分が含まれています。この場合、 どのような準備や行動をすれば生き残れる可能性が生まれたかを考えてみてください。後ほど、解説編もアップします。
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20XX年 12月19日 午後6時17分
東京都品川区某所 
8階建てオフィスビル(1979年建造)の7階
新藤賢一 36歳 貿易会社営業課長
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どんよりとした黒い雲が低く垂れ込めた、底冷えのする 日だった。天気予報では、今晩はこの冬一番冷え込みに なりそうだと告げている。陽が落ちてからは次第に北風が強くなり始め、とにかく寒い晩になりそうだった。

新藤は外回りから会社に帰ると、休憩コーナーの自販機で紙コップのブラックコーヒーを買ってから、7階のオフィスにある自分のデスクに戻った。少しかじかんだ手に、コーヒーの温かさが染み込んで行くようだ。
「課長、お帰りなさい。」
「お疲れ様です。」
部下から声がかかる。

「外、寒そうですね。」
「ああ、かなり冷えてるぞ。風が出てきた。」
新藤の向かいのデスクに座った、入力オペレーターの島村美紀に答える。このフロアには新藤の部下10人がデスクを 並べているが、まだ外回りから戻っていない若手の竹内を除いて、他の全員が揃っていた。

とりあえず一息入れてから書類の整理を始めるつもりで、新藤は自分のデスクの椅子に腰を下ろした。ふた口目のコーヒーを口に含んだその時、窓から見える南東の空 ―東京湾の方向― で、真っ黒な雲の中に稲妻のような閃光が走り、ずっと遠くまで連なるビル群の稜線が影絵のようにくっきりと浮かび上がった。その閃光は地上から空へ向かって走っているように見え、少し間をおいて2回、3回と繰り返された。

「なんだあれは。雷か?」
そうつぶやきながら、コーヒーの紙コップをデスクに置いたその時、ビル全体がギシッと軋んだような気がして、新藤は思わず椅子から腰を浮かせた。次の瞬間、巨大な獣の咆哮のような地鳴りが、地底から湧き上がって来た。ほぼ同時に、ビル全体より数倍も重いハンマーで真下からぶち上げられたような衝撃が連続して、ドン!ドン!
ドン!と襲いかかって来た。

デスクにうず高く積んだ書類の山が崩れ、パソコンの液晶モニタが衝撃にあわせてデスクの上を飛び回った。新藤は頭の隅で
「地震だ、でかい・・・。」
と思ったものの、中腰になったままなす術もなくデスクにしがみつきながら、デスクの上からコーヒーの紙コップが飛び上がり、スローモーションのように床に向かって落ちて行くのを眺めていた。

ベージュのリノリウムタイルにコーヒーが撒き散らされた時、ほんの一秒にも満たない間、静寂が訪れた。
「逃げなければ・・・。」
新藤は机にしがみついたまま周りを見回すと、ほとんどの部下は椅子に座ったまま恐怖で固まっていた。何人かは机の下にもぐり込もうとしたが、足元に置いた書類の詰まった段ボール箱が邪魔をして果たせなかった。しかし、幸運なことにこのフロアの全員が、ともかく無事のようだった。

新藤が部下に声をかけようとした瞬間、ビル全体がビリビリと震えたかと思うと、床がゆっくりと少しだけ左右に揺れ、ほんの半秒後には猛烈な加速度と振幅を伴った横揺れが始まった。視界全体が突然流動体になったように、妙な形に歪む。中腰のままだった新藤は、そのまま足元をすくわれて尻餅をつき、隣のデスクに後頭部を打ちつけた。すぐに立ち上がろうとするが、床は巨大なミキサーの中で渦を巻くかのように激動し、四つんばいになることさえ出来ずに転げまわった。

揺れ始めて数秒後には照明がすべて消え、視界が全く失われた。暗闇の中でロッカーや書棚がデスクの方に倒れ掛かり、ガラスが 砕けて飛び散る音が響く。11台のデスクは島になったまま床の上を狂ったような速度で左右に動きまわり、何人かはデスクと壁や書棚の間に挟み込まれて、大腿部や骨盤や肋骨を何箇所もへし折られた。さらにその上にロッカーや段ボール箱が崩れ落ち、ロッカーの角が側頭部に深く食い込んだ派遣社員の高多恵と、20kg以上はある段ボール箱が後頭部を直撃した営業係長の下山信吾が一瞬で絶命した。倒れて来た書棚のガラスに頭を突っ込んだ新婚の中原達也は、首の右側を割れたガラスで深く切り裂かれ、血が噴水のように吹き上がった。

新藤は床に這いつくばったまま、窓ガラスが爆発するようにはじけて、粉々になった破片が階下からのわずかな明かりに きらめきながら落ちていくのを呆けたように見ていた。暗闇と轟音の中で島村美紀の悲鳴が聞こえたような気がしたが、自分が転げ回らないようにするのが精一杯だった。

揺れ始めてからどれくらいの時間が経っただろうか。狂ったような揺れが少しずつ小さくなって来た。その時になって新藤は、全く身動きできなかった自分の方には、何も倒れかかって来なかった幸運を自覚した。後頭部に違和感を覚えて手をやると、かなりひどく出血しているのがわかったが、骨は大丈夫そうだった。1分半ほど過ぎて、揺れは完全に収まった。

暗闇の中、新藤は手探りでデスクにつかまって立ち上がる。舞い上がった大量の埃の臭いが、鼻腔の奥を刺激する。大変なことになった。
「みんな、大丈夫かー?」
「大丈夫です。でも、動けません・・・。」
最初に返事があったのは、島村美紀だった。小柄な美紀はなんとかデスクの下にもぐり込んだが、その上に書棚が 倒れ掛かってきて、撒き散らされた重いファイル類が身体にのしかかり、身動きができなくなっていた。

「ほかはどうなんだ、生きてるのか?」
そう言ってから、新藤は自分が当たり前のように恐ろしい問いかけをしていることに気付いて戦慄した。新藤の問いに、返事は無かった。その代わり、苦痛に満ちたうなり声がいくつも暗闇から聞こえて来た。
搾り出すような
「骨が・・・やられた・・・」
という声は一番若い松阪真一郎のようだ。

「もう大丈夫だぞ!すぐに病院に連れてってやるからな!」
気休めかもしれなかったが、新藤はそう言わずにはいられなかった。やがて暗闇に目が慣れてくると、想像もできなかった光景が浮かび上がってきた。壁際のロッカーや書棚はひとつ残らず倒れ、デスクの上にあったパソコン類もすべて床に投げ出されていた。自分以外は皆倒れたロッカー類の下敷きになっていて、だれも自力で這い出せないのだ。コンクリートの壁面には、深く抉られた無残な亀裂がいくつも走っている。

自分一人ではどうにもならないと考えた新藤は、とにかく助けを呼ぶためにビルの裏手にある非常階段に向かおうとして、目の前を塞ぐロッカーを乗り越えようとした。その瞬間、再び地底から湧き上がるような地鳴りと共に、激しい横揺れが襲ってきた。
「もうやめてぇっ!」
島村美紀のくぐもった悲鳴が聞こえてきた。新藤は、今度はどうにかデスクの下に身体を押し込むことに成功した。きっと、なんとかなる・・・。

今度の揺れは最初よりかなり小さく、時間も短かった。新藤はデスクの下から這い出しながら、部下に声をかけた。
「みんな、ちょっと待ってろ。助けを呼び・・・。」
そこまで言った時、新藤は一瞬身体が浮き上がったような気がした。そして、暗闇の中で重力がどんどん捻じ曲がって行く様な感覚に数秒間抗ったが、ついには床に座り込みながら、自分が置かれた状況を正確に悟った。

自分達はビルの7階にいて、そのビルが少しずつ、そして確実に加速しながら、傾きはじめている!最初の揺れで、築30年近くなるこの古いビルは、一階の店舗部分がほとんど潰れ、主要な柱に致命的な挫屈が生じていたのだ。階下からは不気味な軋みやコンクリートがはじける音が、ビルの躯体を伝わって、新藤のまわりの真っ暗な空間を満たし始めた。

床はどんどん加速しながら傾きを増して行く。新藤は数秒後に自分に訪れることを想像しようとしたが、まるで悪い夢を見ているかのように、現実感が無かった。床の傾きはさらに増し、新藤はもう一度立ち上がろうとして、足を滑らせて転んだ。そのまま尻で床をすべり落ちながら、はるか遠くから聞こえてくる、男の悲鳴を聞いたような気がした。

それが自分の声だと気付く前に、新藤の身体はなだれ落ちて来たデスクやロッカーの中に飲み込まれた。


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