2023年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

« 首都圏直下型地震を生き残れ!【2】 | トップページ | 首都圏直下型地震を生き残れ!【3】 »

2012年4月 5日 (木)

宮城・震災から8ヶ月の光景【1】

もうひとつ、新シリーズを始めます。

管理人は東日本大震災後、福島県内でボランティア活動に参加し、あの白い防護服が必要な場所など、かなりディープな所へも行きました。福島へ行ったのは様々な理由からですが、埼玉からの行き帰りにかかる時間もそのひとつでした。管理人がボランティアに行くときは、基本的に単独で車中泊の自己完結スタイルですから、時間的な制約からあまり遠方へは行けないのです。

しかし、やはり最も甚大な被害を受けた被災地もこの目で見ておきたい。そういう思いも強く持っていました。その後仙台在住の方と交流ができ、被災地の案内をしていただけることになったので、2011年11月初旬、雪が降る前にと、宮城県の被災地を訪ねました。できれば岩手県にも入りたかったのですが、やはり時間的な制約で、宮城県内の一部のみとなりました。しかし、そこだけでも想像を絶する光景を目の当たりにしたのです。あれから8ヶ月も経っているのに、何故こんなに「そのまま」なのだろうかと。

なお、この被災地訪問は防災士としての調査活動として、行程中は防災士の制服を着用していました。決して物見遊山のつもりは無いのですが、被災地に入って撮影などを行うのは、やはり心苦しいものがありました。防災士の制服が免罪符というわけではありませんが、こちらの意志と目的を現すせめてもの方法です。


管理人が訪問したのは、市街地から瓦礫の撤去がほぼ終わった時期です。それから既に5ヶ月が経過してはいますが、被災地の状況は今でも当時とあまり変わっていません。行程は、釜石市、松島町、東松島市、仙台市、石巻市、女川町の順です。このうち、釜石市と松島町についてはあまり詳細に見ていませんので、今回は割愛させていただきます。

次回より、東松島市の東名(とうな)地区からレポートを始めます。当時からメディアにはあまり乗らない、海沿いに広がる普通の住宅街だった場所です。

■このシリーズは、カテゴリ【被災地関連情報】をクリックしていただくと、まとめてご覧いただけます。

■■当ブログがお役にたてましたら、下の各ランキングタグへご支援のクリックをよろしくお願いいたします。

↓ 4/5現在、自然災害系ブログ第1位です。

↓ 4/5現在、地震・災害系ブログ第2位です。
にほんブログ村 その他生活ブログ 地震・災害へ

« 首都圏直下型地震を生き残れ!【2】 | トップページ | 首都圏直下型地震を生き残れ!【3】 »

被災地関連情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 宮城・震災から8ヶ月の光景【1】:

« 首都圏直下型地震を生き残れ!【2】 | トップページ | 首都圏直下型地震を生き残れ!【3】 »