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2012年4月10日 (火)

宮城・震災から8ヶ月の光景【3】

※掲載画像にある赤い線は、その場所での冠水高さを示しています。

■東松島市・野蒜(のびる)地区
JR仙石線下り方面で東名の次の駅、野蒜へ向かいます。この辺りは、震災直後には仙石線の4輌編成の列車が津波で流された空撮映像が繰り返し流されましたが、その後はあまりメディアに乗ることもありません。

ここは米軍の「オペレーション・トモダチ」の一環として、2011年4月後半から行われた米陸軍の仙石線復旧支援作戦「オペレーション・ソウルトレイン」の中心地であったため、その成果を是非見たいと思って訪ねました。余談ながら、米軍はこの「ソウルトレイン」をはじめ、被災した子供にお菓子や文房具を詰めたリュックを贈る「オペレーション・バックパック」などの民生支援作戦を展開していたのですが、その辺りは何故かあまり報道されませんでしたね。

さておき、震災から8ヶ月、「オペレーション・ソウルトレイン」から半年以上が過ぎた野蒜の様子を見て、管理人は愕然とさせられました。まだ、ほとんど何も変っていなかったのです。

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野蒜に向かう途中の、コンビニ「だった」建物。案内してくれた方によると、セブンイレブンだったそうです。

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野蒜駅近くの道路標示が、無残にも倒されてしまっています。頑丈な鉄製の支柱が、完全に180度折れ曲がっているのです。

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野蒜駅前の信号柱も、倒れたままでした。水と瓦礫が越えた橋の欄干も捻じ曲がっています。復旧の目処が立たない仙石線の、代行バスの停留場がつくられています。結局、仙石線は現路線での復旧を断念し、山側の高台を通る新線にて復旧することになりました。

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駅構内です。架線柱が流出し、架線を吊るビームがホーム上屋の上に崩れ落ちています。たるんだ架線もそのままです。

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ホーム上からの撮影。架線ビームが崩れ落ちている様子です。水は画面右側から押し寄せ、ホーム上屋すれすれまで水没しました。

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水は、画面奥800mほど先の海から、途中の家を押し流した瓦礫と共に殺到しました。駅名票が完全に水没した跡がわかります。赤線の位置まで水が上がり、ホーム屋根だけが辛うじて水面に出ている状態だったはずです。

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野蒜駅付近から仙台方の線路を望む。画面左から5メートル以上の水が来ました。水流が強かった場所では路盤が削り取られ、線路が宙に浮いています。東名駅付近は既に線路が撤去されていましたが、野蒜駅周辺では、当時は瓦礫がされた以外は、まだほとんど被災直後のままでした。

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石巻方の踏切では、警報機も機器ボックスも根こそぎなぎ倒されています。

野蒜駅周辺の様子からは、自衛隊・米軍・地元の方々の共同作戦は瓦礫や堆積物の撤去を行ったもので、鉄道施設はほとんど手付かずだということがわかりました。JRの管理物ですから、いくら破壊されていると言っても、勝手に撤去はできなかったのでしょう。しかし8ヶ月も経って被災時のままの惨状を晒していることに、大きな衝撃を受けたのもたしかです。

次に、野蒜周辺の住宅街へ向かいます。この辺りは、広大で平坦な土地に敷地の広い家が並ぶ、ゆったりとした住宅街でした。

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この辺りでは、東名地区より2m近くは水位が高かったようで、残った家も二階まで完全に水流が抜けています。道路脇にはなぎ倒された電柱が集められています。草がほとんど茶色くなっているのは季節のせいもありますが、海水の塩分による影響も大きいのです。

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東名地区より新興の住宅街だったので、強度の高い新しい家も多かったと思われますが、ほとんど残っている建物がありません。

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一階が完全に水没した野蒜保育園。建物は完全に津波の威力に耐えています。園庭には、水に使った電子オルガンやおもちゃ、子供の持ち物が山積みになっています。子供たちは皆無事だったのでしょうか。周辺は全く平坦な場所なのです。

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凄まじい破壊の様相を見せる自動車。人が乗ったままこうなった車も少なくなかったと思うと、背筋が寒くなります。この車には救出活動の跡がありませんから、おそらく犠牲者は出ていないはずです。しかしずっと放置されているということは、持主とずっと連絡が付かず、処分方法が決まっていないということです。

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こちらはつい今しがた誰かが乗ってきたようにしか見えない、あまり損傷が目立だたない車です。でも、フェンダーに描かれた赤い×印は、遺体が発見されたことを示しています。乗り手を喪ったまま、あれからずっと放置されているのです。

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野蒜地区のコミュニティセンターです。平坦な土地に高さ5m以上の土盛りをしているのは、まさに津波対策だったのでしょう。でもご覧の通り、階段の一番上の支柱まで水と瓦礫になぎ倒され、建物一階の天井付近の高さにまで瓦礫が衝突した跡がありますから、一階の天井付近まで水没したと思われます。ここに避難していた人も多かったはずだと思うと、管理人にはこの階段を上って行く勇気はありませんでした。ただ遠くから、鎮魂の祈りを捧げるしかできなかったのです。

次は、一旦仙台市内に戻ります。


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