【シミュレーションストーリー】地震・地下街
「首都圏直下型地震を生き残れ!」シリーズで、デパ地下の危険を採り上げましたので、それに関連して「地下街」の地震シミュレーションストーリーを掲載します。後ほど解説編もアップします。なお、このストーリーはmixiのコミュニティ「生き残れ。」に、2008年3月に掲載したものです。
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この物語は、大災害に直面し、最悪の結果になって しまった状況を想定したフィクションです。 登場人物は、災害の危機に対して、防災上問題のある行動をしてしまっています。どのように準備や行動をすれば、この状況から生き残れる可能性が生まれたかを考えてみてください。
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20××年 12月19日 午後6時19分
東京都渋谷区某所
大規模地下街
森本雪江 27歳 システムエンジニア
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雪江はこの地下街が好きだった。特に夕方のこの時間帯、人込みにまぎれてどこを目指すともなくぶらぶら歩くのを好んでいた。口の悪い友人に言わせれば、
「あんたはパソコンばかりいじって引きこもっていたから、太陽が当たらない地下が落ち着くのよ」
ということになる。しかしどう言われようと、ちょっとリフレッシュしたいときなどは、ついこの街に足が向いてしまう。お気に入りのスイーツ店があるのも大きな理由なのだが。
いつもの階段を下りて地下街に入る。軒を並べる店の装飾は、数日後に迫ったクリスマス一色だ。雪江は年末一杯まで仕事に追われて、クリスマスどころではなくなりそうだが、それでもカラフルな街並みは少しだけ心を浮き立たせてくれる。雪江はいつもより込み合っている通路を、ゆっくりと歩いて行った。
その時、通路のずっと奥の方 ―雪江にはそう感じられた― から、ドーンという地鳴りが駆け抜けて来て、周りの空気を重く震わせた。一瞬のち、地下街全体がビリビリと細かく振動し、それがだんだん振幅を増していったかと思うと、突然猛烈な横揺れが始まり、ほとんど同時に照明が消えた。棚から商品が床にばら撒かれる音、ガラスが砕ける音に、女の悲鳴が暗闇を満たした。
雪江は激しい横揺れに足を取られて転び、数秒の間床に四つん這いになっていたが、通路の各所に取り付けられた小さな非常灯が点灯し、非常口の場所を示す緑色のサインも明かりが消えていないことに気付いた。
「早く地上に逃げなければ」
その考えだけが頭の中を支配した。まだ激しく揺れている床に立ち上がろうとした時、ほとんど視界が利かない通路の奥から、とてつもない人数が押し寄せて来る地響きと女の悲鳴、男の怒号と絶叫が暗がりに響き渡った。通路の中央に立っていた雪江は走って来ただれかにぶつかって通路の端まで跳ね飛ばされ、壁に背中を激しく打ち付けて転がった。
自分の周りにいた数人は、そのまま群集に飲み込まれて踏み潰された。その上に何人もが次々に圧し掛かり、その場で何人もが押しつぶされた。 1分程が過ぎ、揺れが収まるにつれて、怒号と共にさらに多くの群集が通路の奥の暗闇から黒い塊となって押し寄せて来た。皆、狂ったように非常口の明かりを目指し、出口へ向けて殺到して行く。雪江も意を決して群集の流れに飛び込み、地上への出口へ向けて駆け出した。
非常口に近づくと、もうすぐ地上だという期待も手伝って、群集は速度を上げて上り階段に殺到し、暗がりの中で何人もが階段につまづいて転倒した。すぐに多くの人が折り重なったが、後ろからの群集は人の山を踏みつけ、よじ登りって前へ進もうとした。悲鳴も絶叫も制止する叫びも、もう誰の耳にも届いていなかった。雪江も狂ったように人の山を四つん這いになってよじ登った。地上へ。とにかく地上へ。
群集の先頭が地上へと続く最後の階段に差し掛かった時、地上から地下街へ逃げ込もうとして階段を駆け下りて来る人の群れと衝突した。地上では周辺のビルから大量の看板やガラス片が容赦なく降り注ぎ、歩道上は引き裂かれた人々が折り重なって血の海になっていた。 逃げ場を失った群衆は、とにかく落下物を避けられる地下街へ向かって殺到し始めたのだ。
二つの流れが衝突した階段では、たちまち数十人が押しつぶされて折り重なった。動きを止められた階段下では、我先に脱出しようとする人々が動かない人の壁に掴みかかって殴り合いをはじめ、倒れた人はすべての理不尽と恐怖の責任者とばかりに踏みつけられた。
雪江は階段を数段上がったところで行く手を阻まれた。その時、後ろの方から、
「火事だ!」
と叫ぶ声が聞こえ、群集がどよめいた。それが事実なのか、すぐに逃げなければ危険なのかは判断のしようが無かったが、それを聞いた群集は、自分が閉鎖された地下街で焼き殺されたり、有毒ガスを吸って倒れる想像におののき、力のある者はとにかく目の前の人の壁を取り払おうと、手当たり次第に前の人につかみかかり、階段を引きずり下ろし始めた。女性や老人、子供はなす術もなく投げ飛ばされ、踏みつけられた。
雪江は後ろから襟首をつかまれて悲鳴を上げたが、構わずうしろに引き倒され、冷たいコンクリートの床に転がった。そこへ、火事に恐れおののいた数百人の群集が、地響きを立てて殺到した。雪江は立ち上がろうとしてもがいたが、 床に転がったまま群集に飲み込まれ、姿が見えなくなった。
【おわり】
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