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2012年4月 6日 (金)

宮城・震災から8ヶ月の光景【2】

※画像にある赤い線は、その場所での冠水高さを示しています。

■東松島市・東名(とうな)地区
“奥松島”とも呼ばれる、風光明媚な場所です。小さな漁港がある海沿いの平坦な土地に、広大な住宅街が広がっていました。

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JR仙石線・東名駅付近です。一枚目は画面右から、二枚目は左から、5m以上の水流が来ました。JR仙石線は山側への移設が決まっているので、既に線路は撤去されていますが、その他の施設は被災時のままです。ホーム部分以外は、垂れ下がった架線もそのまま残っています。

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東名地区の住宅街(だった場所)を望む。手前の水面は東名運河。画面奥、400メートルほど先の海から、一階軒先に届く程度の水流が来ました。二枚目写真の奥に比較的家が残っているのは、海近くのために瓦礫の量が少なかったので、建物に対する破壊力が比較的小さかったためと思われます。また、ここ数年以内くらいに建てられた新しい家の骨格は、ほぼ完全なまま残っている例が多く見られました。新しい家の強度の高さがわかります。この後、そちらの方面に向かいます。

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比較的家が残っている場所と言っても、8割以上の家は流されるか大破して撤去されています。土台を見れば、家が密集していたことがわかります。あくまで、他の「すべてが流されてしまった」場所に対して、多少は残っているというレベルです。

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一階が石造りというこの地方独特の構造のために流されなかった家。水流は画面左手前から来ました。原型を留めないトラクターが、凄まじい破壊力を物語ります。

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これはここにあった家ではなく、流されて来たまま、放置されているようです。手前の石造りの家の構造部分は、津波の威力に完全に耐えています。

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残った家の間には、瓦礫と一緒に軽自動車が引っかかっていました。

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流されて来た赤い屋根と、破壊された漁船が引っかかったままです。頑丈なFRP船が文字通り真っ二つになっていることが、津波と瓦礫に巻き込まれることがどういうことかを、無言のうちに物語っています。背筋が寒くなるような光景です。

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画面手前からの水流により、水深よりはるかに高い位置まで破壊された建物。おそらく大きな瓦礫が突入したのでしょう。鉄骨造りのため、辛うじて原型を留めています。余談ながら、メジャーリーグ、アリゾナ・ダイヤモンドバックス所属の斎藤隆投手が故郷の被災地を訪ねる映像をNHKでやっていましたが、斎藤投手が変わり果てた故郷を呆然と眺める映像に、この建物が映っていました。この辺りのご出身のようです。

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墓石もすべてなぎ倒されてしまっています。ボランティアの方々が手動クレーンで復旧作業をされていましたが、もはや元の位置も良くわからない状態です。

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東名漁港です。美しい奥松島の穏やかな海が、5m以上も水かさを上げて襲い掛かって来たとは、その場に立っても信じられません。当時、少しずつ漁が再開されていたようですが、ほとんど静まり返っています。二枚目写真では、地盤沈下の様子がわかります。沖に見える石積みは、水面下に沈んでしまった防波堤の上に、石を積んでかさ上げしたものです。水面から1mはあったはずの船着場も水面近くまで沈み、海に向かって傾いているのがわかります。満潮の時には冠水してしまうようです。

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更地となった場所に、ぽつんと花が供えてありました。他にも、遺体発見を示す赤い旗が、あちこちに残されたままでした。ここでも、多くの命が失われたのです。何度も手を合わせながら、静まり返った街を進んで行きました。

次は、東名の隣の駅、野蒜(のびる)地区へ向かいます。


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