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2012年10月22日 (月)

【南三陸町編】宮城・震災から1年8ヶ月【2】

2012年10月12日。管理人はまず、宮城県の南三陸町に入りました。国道が山間の低地に出ると、町の中心部のかなり手前から、津波で押し流された建物の痕跡が現れます。

中心部に比べれば被災規模が小さいので、メディアに乗ることもほとんど無い地域。しかしそこにも、当然ながら人間の営みがありました。でも今は、何もありません。まず、南三陸町郊外の様子をYoutube動画でご覧ください。約2分20秒です。
■南三陸町郊外の動画へはこちらから
http://www.youtube.com/watch?v=1AsRdbJ4dFE&feature=plcp

町の中心部に入ります。南三陸町はふたつの町が合併してできた町で、リアス海岸の町としてはかなり町域が広い方です。実際にそこに入ってみて、失われた地域の広大さに改めて圧倒されました。それでも、全被災地の何百分の一かに過ぎないのです。

震災から1年8ヶ月、町の再生に向けた工事があちこちで行われ、ぱっと見には大規模な新興住宅街の造成工事現場のようにも見えます。しかし、ほとんど撤去が終了したとはいえ、未だ被災建物の骸が点在し、瓦礫の山は高く、潰れた車は山積みになったままで、ここが惨劇の現場であったことを鮮烈に物語っています。南三陸町中心部の現在の様子を、Youtube動画でご覧ください。2分51秒です。
■南三陸町中心部の動画へはこちらから
http://www.youtube.com/watch?v=DAC4x6jFKtk&feature=plcp

管理人は町の中心部を抜け、国道沿いで市街地が途切れる、一番山側に近い場所付近に行きました。南三陸町では、町の中心部での水深が約15mに達したことが、多くの記録で確認されています。そこで、一番水深が浅くなったと思われる市街地最奥部ではどれほどになったのか、その痕跡を探しに行ったのです。

その周辺でも、低地にいたら全く為す術が無かったことは、すぐにわかりました。残された建物の土台の状態から、濁流と瓦礫の巨大な力で根こそぎ引きちぎられたことが見て取れます。では、そこでの水深はどれくらいで、そこにいた人々に逃げ場はあったのでしょうか。海岸から約1km、町の最奥部のYoutube動画をご覧ください。38秒です。
■南三陸町市街地最奥部の動画はこちらから
http://www.youtube.com/watch?v=fKwp2hkSrhY&feature=youtu.be

山の木が切り倒されている辺りまで水が達したと思われ、その高さは8mくらいはあります。実際には、さらに上まで達していたでしょう。言うまでも無く、この場所も津波が来る前は建物が建て込んでいて見通しが効かず、海など全く見えないどころか、津波が迫って来る様子もほとんどわからなかったはずです。情報は、あまりにも有名になってしまった、あの防災対策庁舎からの防災無線放送だけです。

仮に、津波到達の1分前に管理人が立っていた場所から避難をはじめたとして、逃げきることはできたのでしょうか。あの場所からは、目の前の山に登るしかありません。しかし当時はもっと木が多く、藪が深かったはずです。津波は、海岸部で時速約50km、上陸後に建物にぶつかりながらでも、時速30km以上で迫って来ます。海に注ぐ川があれば、陸地の奥まで速度を落とさずに一気に遡上して来ます。

現場で管理人が出した結論は、1分前では「全く不可能」でした。これが3分前だったとしても、体力のある人ならばギリギリ間に合うかどうかというものです。

それも「逃げる方向を間違えなければ」という条件つきです。一番近い山までまっすぐ向かった場合のみ、なんとかなるかどうか。もし「海から離れる」という固定観念や、広い道路を行くことにとらわれて町の奥の方に向かっていたり、山に上れる道を探したりしていたらすぐに津波に追いつかれ、全く為すすべが無かったはずです。


山に着いても、急斜面に深い藪があります。それをかき分け、よじ登って10m以上の安全高度まで達するためには、体力のある人がひとりでよじ登っても1分近くはかかります。お年寄りや幼児では、ほとんど前進できないでしょう。そうしている間に濁流と瓦礫が足下に達し、その水深が急激に増して行くのです。この場所でも、おそらくそのようなことが実際にあったでしょう。そして、周囲のあらゆる場所でも。

忘れてはならないのは、この場所は南三陸町でも最も山に近い場所だということです。海岸部からここまで到達するためには、大人が普通に歩いて10分近くはかかります。普通の人が全力で走りきれる距離ではありません。ましてやお年寄りや幼児がいたら。

つまり、海岸部からこの山に登って避難するためには、最低でも津波が海岸に到達する15分前、お年寄り、幼児、病人など要援護者がいる場合は30分以上の余裕がないと、確実な避難は不可能だったでしょう。


結論はやはり、ある意味で有り体な内容にならざるを得ませんでした。海岸近くで強い地震を感じたら、津波警報の発表や防災無線の情報を待たず、ましてや「様子を見る」ことなど絶対にせず、すぐに避難行動を始めなければならない、ということです。

そして、普段から周辺の地形を良く考えて避難ルートを複数決めておき、最短時間で迷わずに避難しなければなりません。大地震直後は、いつもの道が通れるとは限らないのです。

これは、津波が高くなりやすいリアス式海岸である、南三陸町のある条件の場所における検証ではあります。でも各地の海岸部には似たような場所や、さらに厳しい条件の場所も少なくありません。もちろん、大都市圏でも全く例外ではありません。

今震災では、津波の到達までに最短15分の時間がありましたが、震源が陸地に近ければ、さらに短時間で津波が到達します。高台に逃げるにしろ、頑丈なビルに逃げるにしろ、残された時間は長くは無いのです。

次に、南三陸町防災庁舎へ向かいます。


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