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2012年10月17日 (水)

【はじめに】宮城・震災から1年8ヶ月【1】

東日本大震災から、約1年8ヶ月の月日が流れました。管理人はこのたび3日間に渡って、宮城県の震災被災地を訪ねてきました。昨年11月初旬、震災後初めて宮城県に入って以来、約11ヶ月ぶりの訪問です。

今回行った場所は南三陸町、雄勝町、女川町、松島市内、東松島市内各地、石巻市内各地、仙台市内各地。南三陸町と雄勝町は今回初めてで、その他の場所は前回とほぼ同じです。

これから何回かに渡り、被災地の現在を前回訪問時からの変化も交えて、写真と動画でレポートしたいと思います。さらに、今震災の象徴的場所となってしまった南三陸町の防災庁舎と石巻市の大川小学校からは、管理人なりの検証記事をお送りします。

なお、仙台市内及び周辺部の訪問には、前回と同じく仙台在住のMさんに同行していただき、被災地の現状について多くの情報と示唆をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。また、今回は時間的な都合で福島県の震災・原発事故被災地には行けませんでしたが、現地で活動を続けるボランティア仲間にも、ここからエールをお送らせていただきたいと思います。


さて、管理人は10月11日の深夜に車で埼玉を発ち、途中仮眠をとりつつ、12日の朝にまず南三陸町に入りました。既に多くの被災建物は撤去されており、町の再生に向けた建設作業が随所で行われ、ダンプカーが走り回っています。

南三陸町は、リアス式海岸の奥の町としては市街地の面積がかなり広い方なのですが、その町がほとんど全部「無くなってしまった」という光景は、今見てもただ言葉を失うしかありません。

そして、これでも全被災地から見れば何百、何千分の一でしかないという現実にも、改めて背筋が寒くなります。メディアに乗る部分だけが被災地では無いのです。管理人は、まず南三陸町の一番奥、津波が最後に到達したと思われる場所付近へ向かいました。


なお、管理人がこの被災地レポートをお送りする目的は、最近あまりメディアにも乗らない被災地の現状をお伝えするためもありますが、それより「その時自分が、そしてあなたがそこにいたらどうしたのか?何ができて、何ができなかったのか?」という根源的な疑問の答えに近づくためというのがが主です。

それを現場に立って検証することが、同様の災害だけでなく、あらゆる災害に対して「生き残る」力をアップさせることに繋がると信じるからです。災害の専門家の分析ももちろん有用ではありますが、それを自分の身体感覚にまで落とし込んで「感じる」ためのフィールドワークを行うことで、初めて「本番」で有効に機能する対策にまで昇華することができるのです。

次回へ続きます。

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