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2013年1月

2013年1月31日 (木)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。(仮)【4】

千葉県北西部を震源としたマグニチュード6.8の地震は、東京都内にも小さくない被害をもたらしていた。揺れの大きかった場所では最大震度6弱に達し、古い建物の倒壊や交通機関への被害によって犠牲者も何人か出ていた。しかし大規模な火災やインフラへの重大なダメージはほとんど無く、地震から数日が経つと、街は急速に落ち着きを取り戻して行った。

衛はあれから、どのタイミングで三崎麗奈に連絡をしようかと、そればかりを考えていた。早すぎてもなんだかがっついているようだし、遅すぎてあまり興味が無いとも思われたくない。結局、地震の次の週の木曜日、昼休み中に電話をすることにした。名刺に書いてある番号だから、きっと仕事用の携帯だろうし。

穏やかに晴れた木曜日、衛は外回りの途中で早めに昼食を済ませ、ビルの谷間にある小さな公園のベンチに陣取った。時間は、12時45分。普通なら、彼女もそろそろ昼食を済ませている頃合いだ。衛は名刺入れから彼女の名刺を抜き出し、ひとつ大きく深呼吸してから、携帯のボタンをプッシュした。心臓の鼓動が、少し早くなる。

二回コールしたあと、繋がった。
《はい、MCコーポレーション総務課、三崎でございます》
やっぱり仕事モードだ。取り澄ましてはいるが、確かに良く通る、あの声だ。
「あの…先日お目にかかった、岩城です。今、大丈夫ですか?」
《あ…あの…ちょっとお待ちいただいてよろしいでしょうか?》

仕事中だったのか、周りにだれかいるのか、なんだか少し慌てた様子だ。声が少し素に戻っている。衛は彼女があたふたしている様子を想像した。かわいらしい人だ…。
「すいません。お忙しければ、またあとでかけ直します」
《…申し訳ございません。後ほどこちらから折り返させていただきます。お電話番号頂戴できますでしょうか?》
彼女の声はすぐに仕事モードに戻った。衛は自分の携帯の番号と、返信の時間はいつでも大丈夫だと伝える。
《…承知いたしました。申し訳ございません》
「いえ、お忙しいところすいませんでした」
《いえ、大変失礼いたしました。では後ほど…あの…》
「はい?」
彼女は、少し声をひそめるようにして、言った。
《…お電話、ありがとうございます》

衛はその声に、あの朝地下鉄駅で別れる時の、彼女の笑顔を思い出した。身体全体がじーんと熱くなる。でも声が上ずらないように、意識して低い声で答える。
「いえ、こちらこそ。では、お待ちしています」
《はい、失礼いたします》
電話を切った衛は、木立越しの冬の太陽を見上げて、大きくひとつ息を吐いた。そして思わず頬が緩んでしまうのを自覚しながら、呟いた。
「これって…脈アリだよな…」

その日の午後7時過ぎ、西新宿のオフィスに戻っていた衛の携帯電話が震えた。彼女の番号からの着信であることを確かめた衛は、すぐに席を立って人気の無い応接ブースに向かって歩きながら、少し大袈裟な声で応える。
「あ、どうも、岩城です。いつもお世話になっております!」
静かな時間帯に馴染みの顧客から電話がかかって来た時には、よくある行動。ごく自然に決まったはずだ。こんな電話をうわさ好きの女子社員に感づかれると、ろくなことが無い。

衛はパーティションで仕切られた応接ブースのひとつに入り、声のトーンを落として、それでも思い切り意識した低い声を作った。
「お待ちしてました、ありがとうございます。こちらは大丈夫です」
《まだお仕事中ですよね。ごめんなさい》
彼女はもう会社を出たようだ。声の後ろに、街の喧騒が聞こえる。
「いえ、大丈夫ですよ。もうすぐ上がりますし」
本当は、まだ当分帰れそうにも無いが。
《あの時は、本当にありがとうございました》
「いえ…なんだかバタバタしてしまって…」
《岩城さんに最後までお手伝いしていただいて、本当に心強かったんですよ》
少し強張ってた頬が緩む。
「そう言っていただけると…」
《あの後、大丈夫でしたか?》
「ええ。会社の中が少しやられましたけど、大した事も無くて。そう言えば、いただいたあれ、昼メシにいただきました。助かりました」

実際、あの地震の日はどこも店を閉めていて、弁当を持ってきている女子社員以外は、衛を除いて誰も昼食にありつけなかったのだ。
《お役に立ててよかった》
そう嬉しそうに言う彼女の笑顔が、衛の頭の中いっぱいに広がった。そろそろ、頃合か。あまりのんびり話してもいられない。衛は目をつぶって鼻から息をひとつ吸い込むと、切り出した。

「…あの…一度ゆっくりお話できたら…なんて思ってます」
ほんの少し、間が空いた。心臓がひとつ、どくんと大きく打つ。
「はい、喜んで…ってなんだか居酒屋みたいですね」
自分の言葉に突っ込みを入れてクスクス笑う彼女につられて、衛も声を上げて笑いそうになるが、それを慌てて呑み込みながら、調子を合わせる。
「では、そんな流れで」
「そうですね」
彼女の笑顔が、目に見えるようだ。ああ、12月なのにやたらと早い春が来たかも。

その後さらに声を潜めながら話し、明後日、土曜日の夕方に彼女と食事をすることに落ち着いた。展開が早い。こういう時は、きっと上手く行く。電話を切った衛は、小躍りしたいような気持ちをぐっと堪えて自分の席に戻ろうとすると、三期上の先輩がパソコンに目を向けたまま、仏頂面で声をかけて来た。
「岩城」
「はい?」
「女か」
しまった、ばれたか。とりあえず、誤魔化す。
「いえ…得意先と食事を…」
聞く耳を持たずに、先輩は続ける。
「ほどほどにしとけよ」
衛は、無理に半笑いになって言った。
「…決め付けてるし」
やり取りはそれで途切れたが、衛はあまり風采の上がらない先輩に向かって、心の中で毒づいた。
《うるせえっての。そっちこそ早く嫁もらえって》
なんだか、強気だ。


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facebookはじめました

突然ではありますが、本日1月30日よりfacebookのアカウントを作成いたしました。
名称は「Smc防災研究所」です。facebookの規定によると「SMC」というような連続大文字表記はできないそうで、おおいに不満ではありますが、変則表記になっています。というわけで、早速
Like_3
SMCとは、Self-help Mutural-aid Co-operation(自助、互助、協働)の頭文字を繋げたものですから、本来は小文字表記じゃダメなんですけどね。

さておき、とりあえず始めてはみたものの、どんな風に使って行こうかなどは全く考えておらず、それ以前にfacebookの使い方自体がほとんどわかっておりません。それは追々勉強して行こうとは思いますが、とりあえずはブログ記事の更新情報や、裏話的なことをちょこちょこ書いて行こうかなと思っています。

でも、短文で済ませられない管理人の性格(笑)からして、書くときはがっつり書きます。その代わり更新はあまりしないかなと。もし目に付いたら、覗いてやってください。特に「イイネ」とかいりませんから。

最近、facebookから当ブログにお越しいただく方が急増しているようでもあり、ならば一応そちらの世界も覗いておかねばな、というのもあります。

最近はSNS、Twitter、facebook、Skype、LINE、Google+など様々なソーシャルメディアが花盛りですけど、あちこち手を出すと確実に手が回らなくなりますので、ほどほどにしております。管理人は元祖パソコン通信時代からのネットユーザーですから、その辺は重々承知。正直、ブログだけで結構あっぷあっぷなもので(笑)、ほどほどのペースでまったり(死語)とやって行こうと思います。

ところで、掲載の画像は管理人作成のパロディイラストです。いきなりfacebookにケンカ売ってますね(笑)なお、このデザインのTシャツを某所で販売しております。

☆☆☆1月31日追記☆☆☆
こんな記事書いといて、ページへのリンク貼るの忘れてました(笑)
http://www.facebook.com/pages/Smc%E9%98%B2%E7%81%BD%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80/438245389580262

今のところまだ何も書いていませんけど、ぼちぼちやって行きます。


2013年1月30日 (水)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。(仮)【3】

衛と彼女は、六両編成すべての負傷者が駅員によって搬出されるまで、車内に留まって手助けをした。他にも数人が残って手伝っていたが、最後の担架と一緒に皆が車両を出て行った。衛が駅員から借りていたマグライトを返して、“彼女”のLEDライト一個の明かりだけになった車内は急に、不気味なほど静まり返った。衛は改めて、暗い車内を見回した。つい先程までの混乱がまるで夢の中だったように思えるし、張り詰めていた気が少し緩んだ今も、自分が置かれた異常な状況をどうにも理解することができない。

これは現実では無く、まるでパニック映画の助演男優、それも駆け出しの役者になって、必死に演じ続けていたような気がする。しかしパニックシーンが終わった今も、監督のカットの声も無ければ、スタッフからのお疲れ様というねぎらいも無い。あるのは無言の闇だけ。ひとつだけ映画のようなことがあるとすれば、暗がりの車内には自分と『ヒロイン』のふたりきりだということだ。しかし衛には、次のシーンを演じ始める余裕は無い。衛は自分のワイシャツの袖口についた、負傷者の小さな血のシミに目を落とした。そこだけがただやたらと生々しく、これがフィクションの世界ではないことを物語っていた。

"彼女”は車内をぐるりとLEDライトで照らして最後の確認をすると、衛の方へ向き直った。そして衛の目の前まで歩み寄り、
「手伝っていただいて、ありがとうございました」
と、丁寧に頭を下げた。カールした長い髪が数本、彼女の形の良い唇にまとわりつく。
「い、いえ」
「突然、救護をお願いしてしまって、すいませんでした」
衛は、“そこのキミ!”の迫力は凄かったぞと言いたかったものの、自分の反応のみっともなさも思い出して、それは言わずにいた。
「役に…立てたかな…」
「ええ、もちろん。本当に助かりました」
小柄な彼女は少し見上げるようにして、衛の目をまっすぐ見つめた。床に向けたLEDライトの反射が彼女の大きな瞳に飛び込み、きらっと光る。

《やっぱり、かわいい…》
衛の胸の中に、再び熱い衝動が広がった。脱線した真っ暗な地下鉄車内という、異常な状況で始まる…恋。そんな勝手な思いが衛の中に湧き上がる。なんだか本当にハリウッドのパニック映画みたいじゃないか。せめて名前を聞こうと衛が口を開こうとした時、彼女は
「さあ、わたしたちも早く脱出しましょう!」
促した。その言葉に衛は、はっとして現実に引き戻された。
《そうだった。おれたちも被災者なんだよな…》

右に傾いて床にガラスの破片が散乱する先頭車両を通り抜け、車両正面のドアに備え付けられた避難用はしごから線路に降りる時、衛は前に出て、彼女に手を差しのべた。衛の手に乗せられた彼女の手のひらは、もう汗ばんではいなかった。でも、その手は彼女の見かけから想像するよりもずっと厚みがあり、暖かな量感を伴って、衛の手をしっかりと握り返してきた。


駅員の誘導で暗い階段を上って地上に出ると、朝の街中は人々が右往左往し、異様な空気に包まれていた。停電で信号が消え、渋滞した大通りの車列は全く動いていない。サイレンの音があちこちから響いている。それほど遠くない場所で、黒い煙の筋が何本か立ち上っている。この辺りはビル街なのでひどく損傷したり倒壊している建物は見当たらないが、窓ガラスが割れ落ちているビルは思いのほか多かった。

つい今しがたの騒ぎは地下鉄の中だけの出来事ではなく、かなり大きな地震が発生して、広い範囲で被害が出ているのだということを説明するかのような光景を見て、衛はまたもや映画を演じ続けているような気分になる。まるで深夜の暗がりから騒乱の朝のシーンへ、いきなり場面転換したかのようだ。あまりに非日常的な光景をそのまま現実として受け入れるを、思考のどこかが拒否している。できることなら、この辺でカットの声がかかって欲しい。

それでも衛は少し芝居がかって、もうかなり高く上った朝日に手のひらをかざした。そして眩しさに顔をしかめて空を見上げたまま、彼女に聞いた。
「これから、どうしますか?」
「そうですね…とりあえず、会社に向かってみます」
衛もそのつもりだったので、次に彼女の勤め先の場所を聞いてみて、落胆した。同じ電車に乗っていたのだからこの先一緒に行けるかと思っていたが、その駅からは、衛の会社とは別方向だったのだ。このまま別れたら、もう二度と会えないかもしれない。

その時、ふたりが同時に、同じ言葉を口にした。
「あの…」
彼女ははっとして、すぐにクスっと笑うと、言った。
「そちらからどうぞ」
「…じゃあ…あの…お名前を教えてください」
彼女の顔に微笑みが広がる。
「わたしも同じ事を聞こうと思っていました」
彼女の微笑みが、刺々しく張り詰めた冷たい街の空気をそこだけ暖かい陽だまりに変えたように、衛には思えた。

「わたしは、ミサキレイナといいます」
うわ、アイドルみたいな名前。
「おれ…いや僕は、岩城衛です。岩に城に、衛は人工衛星の衛」
「素敵なお名前ですね」
「いや、ありふれてますけど・・・」
反射的にそうは言ったものの、普段ならば唯の社交辞令でしかないそんな言葉も、衛の目をまっすぐに見つめる彼女の口から出ると、どんな褒め言葉よりも衛の胸を熱くしていた。

彼女は、大きめの黒いハンドバッグから濃いグリーンの名刺入れを取り出して、一枚を抜き出すと衛に渡した。衛も慌てて自分の名刺を出し、彼女に渡す。
「あ、それから」
彼女はそう言いながらハンドバッグから黄色い紙箱を取り出すと、それを開けてアルミパックをひとつ、衛に渡した。高カロリーのエネルギーバーだった。
「お礼と言ってはこんなもので申し訳ないですけど、今日は役に立つと思うので」
「あ、ありがとうございます」
衛は受け取りながら、彼女のハンドバッグからそんなものが出てきたことに、心底驚いていた。

「それでは、行きますね。岩城さんも、気をつけて行ってくださいね」
衛は慌てた。これが映画なら、このまま別れる場面では無い。衛は大きく息を吸ってから、言った。
「あの…落ち着いたら…連絡させてもらってもいいですか?」
彼女は一瞬目を伏せたあと、衛を見た。華やかな微笑みが広がる。
「ええ。では名刺の携帯番号にお願いします」
「か、かならず連絡します」
「はい。お待ちしてますね。では、本当に岩城さんも気をつけて」
「ありがとう。ミサキさんも、気をつけて」

するともう一度、彼女の大きな目が、衛をまっすぐに見つめた。稟とした強さの中に、少女のような可憐さも感じさせる瞳だ。明るい場所で見る彼女の顔は暗がりで見るよりずっとかわいらしいと、衛は思った。ただ、最初に思ったより少しだけ、歳が上のようだけど。

彼女は白い歯を少しだけ見せて微笑みながら頭を下げると、すっと踵を返して歩き出した。その後ろ姿を、衛は呆けたように見つめている。背筋をきれいに伸ばして、ベージュのコートのうしろ姿が、朝日に照らされて遠ざかって行く。カールした長い栗色の髪が、背中で揺れている。すると彼女はビルの角を曲がる前に足を止め、こちらを振り返った。そして佇む衛の姿を認めると、軽く頭を下げた。そしてそのまま数秒の間こちらを見つめたあと、ふわりと角の向こうへ消えた。

衛は、彼女が消えた曲がり角をしばらく見つめていた。そしてふと我に返ると、左手に持ったままの彼女の名刺に目を落とす。そして彼女の名前をゆっくりと一文字ずつ、記憶に刻み込むように、声に出してみる。
「三・崎・玲・奈…さんか…」

彼女が消えた曲がり角から救急車が現われ、渋滞の車をかき分けるように、けたたましいサイレンが近づいて来た。もしこれが本当に映画だったとしても、ふたりの始まりのシーンとしては、それほど悪くないんじゃないか。そう思いながら、目の前で停まった救急車から救急隊員が飛び降りて来るのをぼんやりと見ていた衛の頭の中で、今度は想像の映画監督の声が響いた。

《カット!OK!》


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2013年1月28日 (月)

【何か腑に落ちない震度5弱】地震関連情報【1/28】

1月28日、午前3時42分頃、茨城県北部内陸、深さ70kmを震源とするマグニチュード4.9の地震が発生し、水戸市内で最大震度5弱を記録しました。

この地震の震央を、下図の赤い×印で示しました。この図も久々の登場ですので少し解説させていただきますが、これは震災後に東北から関東南部にかけての地域で地震が多発している震源域と、そこで発生する地震の主な震源深さを、管理人独自の観察によってまとめたものです。
0128
この地震は震央位置と震源深さからすれば、タイプ的には黄色い震源域内で現在も多発している地震に近い「スラブ内地震」と思われます。

しかし管理人が腑に落ちない部分は、最大震度5弱を記録した水戸市内原町が震央から南南西方向へ30km以上ずれており、震度4を記録した地域はさらに南側の霞ヶ浦北側に集中していることです。

震源直上付近では最大震度3で、すぐ近くに震度2の場所もあります。普通に考えれば、霞ヶ浦の北20〜30km辺り、つまり気象庁発表の震央から南南西方向30〜40kmくらいの内陸部が震央の地震に見えます。

なお、震源深さが100kmより深いような「深発地震」になると、震源直上より少し離れた地域の揺れがの方が大きくなる「異常震域」という現象が見られることが多いのですが、深さ70km程度の地震で発生したような例は、少なくとも管理人は知りません。

気象庁の発表を疑ってかかるわけではありませんが、発表の通りならば、かなり珍しいタイプではないかと思われます。

最大震度5弱以上の地震になると、気象庁から解説のプレスリリースが出ることが多いのですが、1月28日午後4時の時点ではまだ出ていません。今後何か発表があれば、また記事にてお知らせしたいと思います。でも、マグニチュード値がそれほど大きくないので、リリースは無いかもしれませんが。

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【一周年記念企画】小説・生き残れ。(仮)【2】

六両編成の地下鉄電車は先頭車両がふたつの台車ともに脱線して右に傾き、二両目も前方の台車が脱線していて、重傷者の多くはその二両に集中していた。ほとんどは急減速や脱線の衝撃で投げ出されて車内のどこかに激突したり、なだれかかった乗客の下敷きになって負傷したものだが、割れた窓ガラスの破片で深い切り傷を負った者もいた。

衛の乗った三両目では、大半が人の下敷きになって負傷したようで、骨折するような重傷者も出ているようだったが、ほとんど暗闇の、しかも人がぎっしり詰まった車内では負傷者に近づくどころか、倒れている負傷者の脇にかがむことさえ容易ではない。それでも、皆が取り出した携帯やスマホのディスプレイが放つ薄ぼんやりとした明かりを集め、少しずつ負傷者の様子を見る者も出始めた。

そこへ、トランジスタラジオの音声をイヤホンで聞いていた若い男の声が響いた。
「津波の心配は無いそうです!津波は来ません!ラジオで言ってます!」
その声に、張りつめていた車内の空気が揺れた。だれもが大きく息を吐き、さざ波のようにざわめきが広がる。携帯やスマホでネットに接続しようとしていた者も一斉に顔を上げた。ネット回線は生きていたようだが、地下であることと激増した通信トラフィックのために、情報が得られそうなサイトには全く接続できていなかったのだ。

この地下鉄線は海に近い低地を走っている区間があるために、東京湾で大きな津波が発生した場合、トンネルの一部が水没する危険性が指摘されていた。しかし現在電車が止まっている区間は浸水する可能性は無かったし、それ以前にほとんどの乗客はその事実を知らなかったのだが、とにかく大きな危険がひとつ無くなったということが重要だった。薄明かりの中で黒い人波の動きが激しくなり、窓を開ける者、周りに声をかけて負傷者を楽な姿勢にしようとする者など、早くもひとつの"秩序”が生まれつつあった。

衛が乗った電車は幸いにして駅のすぐ手前で止まったため、程なく支援の駅員が駆けつけた。傾いた先頭車両のドアにはしごをかけて、乗客の救出が始まる。駅員が持つ強力なライトの光が、暗闇のトンネル内を交錯する。自力で歩ける乗客がぞろぞろと車内から出始め、15分ほどかかってほぼ全員が車外へ出た。しかしあの“彼女”はその間も車内に残り、動けない人の脇にしゃがんでは、皆の身体に手を置きながら、声をかけて回っている。
「どこか痛みますか?すぐに助けが来ますから、がんばって!」
「ゆっくり息をしてください。大丈夫ですよ」
「もう大丈夫です。すぐに手当てしてもらえますよ」
と、実にテキパキとした動きだ。衛はその様子を、突っ立ったままぼんやりと見ていた。手伝おうにも、何をして良いのかわからない。

しばらくして、ヘルメットのヘッドランプを光らせながら、担架を抱えた二人の駅員が貫通扉から車内に入って来た。“彼女”はすぐに床に横たわる一人の男の足をLEDライトで照らすと、
「あの方からお願いします。ちょっと、急がないと」
と伝えた。どうやら皆の怪我の程度を見ながら、救出の優先順位を決めていたらしい。きっと看護師か何かに違い無い。それにしては髪型とか派手だけど…ぼんやりとそんなことを考えていた衛に顔を向けると、女は強い口調で言った。
「キミ、ちょっと手伝って!」
「…は、はいっ!」

またもや小学生のように声が裏がえった返事をしながら、衛は暗い車内を小走りに近づいた。負傷者を担架に乗せるのを手伝うのかと思ったら、
「これ持ってて。顔を直接照らさないでね」
と、“彼女”は衛の右手を包むようにしながら、銀色に光る小さなLEDライトを手渡した。衛はその時、"彼女”の温かい手のひらがじっとりと汗ばんでいるのを感じ、はっと気付いた。
《この人も、怖いんだ…》
この混乱の中でテキパキと気丈に動いていても、当然ながら強い恐怖を感じている。でもそれを意思の力で押し殺して、他を救うために行動しているのだ。

そう気付くと、衛の胸の中にじわりと暖かいものが拡がった。そして思わず、自分でも意外な言葉が口をついた。
「大丈夫です。おれが、ついてます」
床にしゃがんで担架に乗せられた負傷者の様子を見ていた“彼女”は、はっとしたように顔を上げて衛を見た。見下ろす衛の視線の中で、彼女の大きな瞳が、ライトの反射できらりと光る。すると彼女は少しだけ目を細めて、微笑んだ…と、衛には思えた。

「では、お願いします」
しかし彼女はすぐに駅員に向き直ると、担架の搬送を促した。それを見送ると、シートにもたれて泣きじゃくっている女子高生の肩を抱いて、
「もう少し待ってね…もう大丈夫だから。足、痛む?」
と、優しく声をかけた。それを見た衛も、駅員が置いていったマグライトを手にして、床にうずくまったり、ドアにもたれて座り込んでいる負傷者の横にしゃがんでは、励ましの声をかけて回った。
「もうちょっと待ってくださいね。助けが来ますから」
彼女がやっているように、やればいい。

「心配無いですよ。おれら、最後までここにいますから」
足首を強くひねったらしく、シートに座ったまま動けずに不安そうな表情を浮かべている中年女性にそう声をかけた時、"彼女”が顔を上げて、衛の方を見た。衛がそれに気付いて見返すと、小さなライトふたつだけが照らし出す薄ぼんやりとした闇の中で"彼女”は、今度は確かに、にっこりと微笑んでいた。

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2013年1月26日 (土)

海外で生き残れ【アルジェリア・テロ事件に寄せて】

アルジェリアで、我が国の国民10名を始め、多くの無辜の人々がテロリストの襲撃及び掃討作戦によって命を落としました。この事件についてはまだ不明確な点が多いこともあり、ここで管理人ごときが意見すべきものではありません。ただ、はるかな外地で現地のために尽くした方々の無念の死を悼み、心よりご冥福をお祈りいたします。後になってみればいかなる言葉もただ空しいだけですが、世界の過酷な現実のひとつを突きつけられました。


政情不安定などカントリーリスクの高い場所へ赴かなければならない人は、それなりの知識や対策を備えて行かれるでしょう。しかし現実には、普通の海外旅行でこのようなトラブルに巻き込まれることも無いとは言えません。

1997年には、エジプトの有名な観光地ルクソールで、日本人10名を含む63名の観光客などがテロリストによって無差別に射殺された、「ルクソール事件」が発生しています。テロばかりではなく、最近では2010年から続くタイの反政府暴動では、多くの観光客がホテルなどで身動きできなくなり、鎮圧に出動した軍隊によって、日本人カメラマンが射殺されました。

その他にも、観光客が滞在先で突然戦闘やクーデターに巻き込まれることも現実に起きています。理由もわからず身柄を拘束される可能性もあります。そんな時には、どうしたら良いのでしょうか。

ここで述べる内容は、海外の多くの紛争地帯を渡り歩いて来られた方の著作から抜粋させていただいた事例を中心としています。


まず、絶対に守らなければならないことは、「銃(武器)を持った人間には絶対に逆らうな」ということだそうです。丸腰の我々は、銃を持った人間に運命を完全に支配されます。抵抗して相手を怒らせたりすれば、引き金を引くことなど造作も無いのです。

間違っても「話せばわかる」などと勘違いして、無闇に話しかけないこと。聞かれた質問にだけ穏やかに答えるのです。言葉がわからなければ、ジェスチャーでそれを伝えること。決して黙っていてはいけません。反抗と見なされる可能性があります。相手を落ち着かせようと笑いかけたりするのは言語道断。バカにしていると思われても仕方ありません。日本の常識は全く通用しないのです。

少なくとも外国人観光客に銃を向けるような人間は、その場の雰囲気に流されたり説得を受け付けるような精神状態ではありません。ですから静かに、集団の中でもなるべく目立たず、相手の指示に従うしか無いのです。意外に思われるかもしれませんが、銃をつきつけている側も恐怖を感じています。拘束した人間にいつ反撃されるかわかりませんし、警察や鎮圧部隊の攻撃があるかもしれません。そんなことできる状態じゃないとか言う理屈は、全く通用しないのです。「危険」や「面倒」と見なした者を、先に「排除」しておこうという考えになっても全くおかしくありません。

とにかく銃を持った人間には絶対に逆らわず、静かに相手の指示に従う。これが鉄則だそうです。


次に、ホテルにいるときに突然銃声が響き始めたような場合。クーデターや紛争の勃発、軍隊による暴動の鎮圧などが考えられます。

ここで絶対にやってはいけないことは、「窓から外を見る」ということだそうです。戦闘状態にある兵士などの精神状態は一般人が想像できないくらいに張り詰めていて、とにかく「撃たれる前に撃て」、「動くものは撃て」という状態です。

地上の兵士が最も恐れるのが、高い場所からの狙撃やロケット砲攻撃だといいます。狙われたら避けようがありません。そこで、周囲の建物の窓に見える人影はすべて敵の狙撃手と見なして、先制攻撃をかけて来る可能性が高いのです。銃声を聞いて窓から顔を出したら、ロケット砲や機関銃で攻撃されたということも現実に起きています。

ましてやカメラを構えたりすれば、ほぼ確実に攻撃されます。兵士はそれがカメラかどうかなどは関係なく、自分や仲間に「何か」を向けている者は、すべて敵だと判断するでしょう。それが兵器だったら、先に攻撃しなければ自分や仲間がやられるのですから、いちいち確認などしません。

現実に、戦場でカメラを構えていたカメラマンが攻撃された事例は枚挙に暇がありません。原則として攻撃対象としてはならない正規PRESSの表示をしていても撃たれることがあるくらいですから、素人がやったら確実にやられます。正規軍兵士でさえ例外でないことはタイの事例でもわかりますが、これがゲリラや民兵だったらどうなるか、言うまでも無いでしょう。カメラを兵器と誤認しなくても、映されたく無い人はいくらでもいます。


では、そんな時はどうするか。まず、すぐに窓とカーテンを静かに閉めて、明かりも消します。兵士の注意を引かないようにするのです。その際も、姿勢を低くして窓に人影が映らないように。人影が隠れるような様子を見られたら、攻撃対象と見なされるでしょう。カーテンが動いただけでも、裏に狙撃手がいると思われる可能性もあります。

そして、窓際には絶対に近づかないことです。できるだけ窓から死角となる壁の裏側などで姿勢を低くします。状況によっては廊下に出た方が良いこともあるでしょう。たとえ狙われなくても流れ弾が飛んでくることもありますし、近くの部屋が戦車砲で攻撃されて、周辺もまとめて吹っ飛ばされるようなことも現実に起きてます。

なお、ベッドの厚いマットレスは、一枚でもロケット砲や手榴弾の爆発で飛散する破片を効果的に食い止めます。ライフル銃や機関銃弾の直撃にはあまり効果はありませんが、壁などで跳ね返った跳弾を止める効果はかなりありますから、部屋の中に立てて、その後ろにいると安全性が高まるでしょう。管理人がそのような状況に陥ったら、マットレスを部屋のカドに立てて、その後ろに入ります。ツインルームなら、当然二枚重ねです。

そんな事態になるような地域では、ホテル側が宿泊客を地下室など安全な場所に誘導することが多いでしょうから、その場合はそれに従います。その際、パスポートや渡航、滞在に関する書類、クレジットカードは必ず身につけておきます。


最後に、不当逮捕。現地の警察や軍隊などに理由もわからず身柄を拘束されたらどうしますか?問題は、世界の警察や軍隊は、まともなところばかりでは無いということです。濡れ衣を着せたり、無関係な人間を誘導尋問で「自白」させて、手柄にするようなこともあります。地域によっては、反社会勢力と裏で繋がっていることも少なくありません。

そんな場合は、現地の言葉が完璧に理解できないならば、絶対に尋問に応じてはいけないとのこと。英語にしても、不慣れな人間にはYesとNoを逆に取れるような聞き方をして、「自白」させるという手段もあります。そんなワナに引っかかったら、確実に有罪とされるでしょう。相手の言うことが良くわからないのに、絶対にYesやNoを言ってはいけません。わかったつもりになっても、だめです。相手はプロです。

そんな時はどうするかというと、ひたすら言葉が全くわからない、日本語しかわからないという態度に徹するのです。そして何を言われても返す言葉は一つです。

「Please contact with the Japanese embassy.」(プリーズ コンタクト ウィズ ザ ジャパニーズ エンバシー)
意味は「日本大使館に連絡を取ってください」です。領事館の場合はembassy がconsulate(コンシュレイト)となります。あまり流暢に言うのは危険です。思い切りカタカナ英語で、これだけ覚えて来たという感じで。

ひたすらこれだけ繰り返し、後は一切わからない、日本大使館または領事館員を通して日本語でしか話せないという態度を貫くのです。相手に不正があれば、国民を拘束していることを大使館に知られてはまずいですから、そんな「面倒」な奴は放り出される可能性が出てきます。日本大使館に実際に連絡が取れたら、日本語で事情を説明して指示を仰げば良いのです。

実際にはさらに手の込んだワナもあるのですが、それはまた別の話です。とにかく理由もわからず身柄を拘束されたらすぐに大使館や領事館に連絡を取ることで、それまでは言葉がわからないで通すと覚えておくことです。そんな時やパスポートが盗難に遭った時などのために、滞在先の日本大使館や領事館の電話番号を、すぐわかるように控えておくべきでしょう。ちなみに、日本のパスポートは闇市場で高く売れるので、「需要」はかなりあるとのことです。


これらのような方法とて、言うまでもなく確実に安全を確保できるわけではありません。しかし、何も知らずに自らリスクを高めてしまうようなことは、なんとしても避けたいものです。管理人は他人にこんなことを言えるほど海外経験があるわけではありませんが、経験者からの忠告に耳を傾け、こんなリスクもあり、こんな対処をすべきだということは常に忘れずにいたいと考えています。

なお、本文中における兵器関係の記述については、すべて実際に使用、体験された方の著作を参考にさせていだきました。


アルジェリアでの事件は、いかなる手段を持ってしても安全が確保できるような状態では無かったようです。あまりにも厳しく悲惨な現実です。しかしこれを機に、特に海外におけるセルフディフェンスについて、企業も含めて誰もがもう一歩踏み込んで考えるべきではないかと、管理人は思っています。世界は、より混迷の度を増しているのです。

■当ブログは、カテゴリ【日記・コラム】です。

2013年1月24日 (木)

ステマにご用心【管理人ひとりごと 1/24】

世の中には、ステマと「ステマのようなもの」がはびこっています。

先ごろ、芸能人が大挙してペニーオークションのステマ(ステルスマーケティング)に絡んでいたとして、結構な騒ぎになりました。ちなみに業界内では、批判を恐れて「ステマ芸能人は当分使うな」という暗黙のコンセンサスができているそうで、たった数十万円の報酬のために、とんでもないカウンターパンチを食らってしまったようです。

でも、完全にプライベートを装わない、ギリギリの「ステマのようなもの」は今でも普通に行われています。ぺ二オクの場合はそれ自体が違法であったために騒ぎになりましたが、ステマ自体に違法性はほとんど無いのです。芸能人で言えば、ブログに「メーカーさんから○○をいただいたので、使ってみたらなかなか良かった」というような、あくまで自分で選んだものではないですよ、いただきものですよという前提でホメるパターンが主流です。

これとて、ホメたら報酬がもらえることに変わりはありません。その芸能人のファン層にとって、本人の「肉声」は絶大な効果があるので、販売サイドにしてみれば、安価な割には、ターゲットを絞った効率の良いプロモーション手段となるわけです。数百万円かけて広告打つよりずっと効果的だったりもします。


というわけで、芸能界以外にもこの手法はかなり広まっていて、その「主戦場」は、やはりブログです。一時は、いかにもそのためだけに立ち上げられたようなブログが乱立していて、関連ワードで検索すると、そんなのばかりが上位にヒットするようなこともありました。その特徴は、やたらと記事関連商品や業者へのリンクが多いという感じで。

でも、最近はそんな露骨なものは減って来たように思えます。影響力の無い素人がいくらホメてもあまり信憑性がありませんし、ステマという手法が世に知られるようになってしまったため、そんな手法をおおっぴらに使う業者はかえってイメージダウンにもなります。

そこで、最近はかなり作りこんだサイトやブログが多いですね。あくまで販売を表面には出さず、関連記事の中に、ニュアンス的には「よろしかったらどうぞ」という感じで販売サイトへのリンクがあったりします。もちろん、そんなスタイルのすべてがヤバいなどと言うつもりは毛頭ありません。

ただ、防災グッズに関しては、特に気をつけなければならないと思います。世の中には、実地ではろくに役に立たない防災グッズも少なくありませんし、商売以外でも、そんなものが当たり前のように薦められていたりします。防災グッズは大災害下という極限状態で使うものであり、その性能が生死を分けることもありますから、とにかく頑丈、機能的、効果的なものでなければなりません。化粧品や食品などとは訳が違うのです。

そこで問題となるのは、販売サイトの目的は業者が「売りたいものを売る」ことであり、それが必要なものだとも、必要な性能を満たしているとも限らない、ということです。いきおい、自社が売りたい商品が注目されるような記事構成になり、本当に必要なものの優先順位とは異なることになります。自社が扱う商品の性能をガンガンとアピールするくらいなら、まだ信用できるんですけどね(笑)


以前、某ブログでこんなのがありました。断水した時は給水車から水を運ぶのが大変だから、「折りたたみバケツ」を用意せよという記事に、販売サイトがリンクされてました。そんな記事を書いた人は、自分で水など運んだことが無いか、あっても「売りたいもの」のために節を曲げたかのどちらかでしょう。

これなど誰でもちょっと考えればわかりますが、重い水を数百メートルとか、下手をすれば何キロも運ぶのにフタの無いバケツを薦めるなど、机上の空論もいいところですよね。これは絶対にキャップつきのタンクでなければならないし、台車なども欲しいところです。でもバケツを売りたければそうなる。信じちゃったら、苦労するのはあなたですよ。

ちなみに、当ブログの関連記事はこちら

また、こんなのもありました。断水下の避難生活ではトイレに不自由するし、衛生状態を維持するためにもトイレ用資材を備蓄しておけと。そして販売サイトへ。その通りです。何の間違いもありません。でも衛生状態を維持するために最も大切なことは、別にあります。断水下では、「手が洗えない」のです。トイレに行った後も、汚れ作業をした後も、手が洗えない。そのまま食事をしたりする方が、衛生的にはずっと大きな問題です。

それについては阪神・淡路大震災の時から、被災者の声として「ウエットティッシュがとにかく重宝した」というものがあるのですが、ウエットティッシュは売ってもあまりもうからないせいか(笑)、十分に備蓄しておけという被災者の声も重視されていません。このような教訓を伝えることが、「風化させない」ということでもあると思いますが。

当ブログでは、ウエットティッシュからさらに進めて、衛生を考えています。
関連記事はこちら
こちら

あまり他をあげつらって批判めいたことをするのは趣味ではありませんが、間違いは間違いとしてはっきりさせておきたいですし、個人的にもステマのようなものは大嫌いですので、敢えて記事にしました。これで全部じゃないですけどね。

ステマでなくても、大手新聞や雑誌でも平気でやる、あの「記事広告」という奴も管理人は大嫌いなんですが。あれだってステマの一種ですよね。「中立」であるはずの記事で取り上げられたのだから安心、という印象操作を狙っているわけですから。でも、はじっこに【広告】と小さく入れておくことだけで責任逃れできるんですよね。

念のため申し添えますと、当ブログでお勧めする商品などは、すべて管理人が実際に入手した上で、良いと思ったものだけをお勧めしています。でも、販売サイトなどへのリンクが無いことでおわかりいただける通り、アフィリエイトやキックバック、もちろんステマとも一切無縁です。

ついでに言えば、管理人は自分が熟知していない、自分がやったこともないことをを他人に指導したりすることはありません。というか、それはごく当然のことだと思いますけどね。


情報を、特に生命に関わる情報を集める際には、皆様ご自身でよく吟味されることをお勧めします。中途半端、机上の空論、間違い、ウソなどいくらでもあります。「有名」=「真実」という図式も、防災の世界では必ずしもなりたちませんし。

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2013年1月23日 (水)

【大川小からの報告3】宮城・震災から1年8ヶ月【13・最終回】

前回からだいぶ間が空いてしまいましたが、このシリーズ記事も今回で最終回として、考察とまとめをしてみます。管理人が現地で撮影してきた資料動画もアップしましたので、ぜひご覧ください。

youtube動画「大川小学校現場資料映像集」(4分5秒)はこちらから
http://www.youtube.com/watch?v=xHv6fV8kEvU


前回までの状況をお読みいただいて、もしあなたがあの場の管理者だったらどのような判断をしたかを考えて見てください。あまりにも困難な状況です。

もし管理人だったらと考えると、果たしてすぐに「裏山へ全員避難」と決断できたかどうか、正直言って自信がありません。ハザードマップの評価や過去の災害史を知っていることが、逆に判断を甘くしてしまったかもしれません。

情報が無ければ判断を誤る可能性が高かったでしょうし、あったらあったで「想定外」への対応を甘くするかもしれない。そして「現場」では大抵は情報が無いか、錯綜するかのどちらかです。ならばどうするか。

これはもう「なりふり構わず怖れる」しかない、つまり後のことは考えずに「最悪の状況を想定する」しかないかなと思います。そうして最大限の危機回避行動をする。

その結果、実際には大したことがなかったら、やりすぎだの大げさだのと批判を受けるのが世の常であり、それが判断を鈍らせる原因のひとつでもあります。でも、とにかく「生き残る」ことを優先するのだと、日頃から腹を決めておかなければなりません。死んだら終わりです。


ここで、皆様に軍隊の指揮官になっていただきましょう。下記の状況で、あなたはどんな判断をするでしょうか。

あなたは3つの部隊を指揮しています(それぞれA、B・C部隊とします)。AとBはそれぞれ第1地点と第2地点で敵と交戦中で、あなたは予備兵力のC部隊と共に後方にいます。あなたの任務は、第1、第2地点共に敵の攻撃から守り抜くことです。

そこへA部隊から連絡が入りました。「敵の数が多く突破されそうだ、増援を頼む」

C部隊の全部を第1地点へA部隊の増援に送れば、確実に敵を圧倒できます。でも、全部を送りたくない。半分送れば、とりあえず敵の数と拮抗します。実は、第2地点のB部隊は現時点では敵と互角に戦っているものの、少しずつ押し込まれています。今後増援が必要になる可能性があるので、手元に予備兵力を残しておきたいのです。

そこで指揮官であるあなたは、どのように部隊を動かしますか?

正解は「第1地点へC部隊全部を投入する」です。それ以外はすべて不正解です。状況は第1地点が赤信号、第2地点が黄信号と言えます。その状況でも、目前の最大の危機に対して、全力で対応しなければなりません。

ここでもし第1地点にC部隊を半分だけ送り、それでも危なければさらに半分を送ればいいと考えたり、C部隊を第1地点に三分の二、第2地点に三分の一を送る、一見合理的に見えるような判断をすれば、高い確率で両地点とも突破されてしまうのです。

ここで最も危険なのは、第1地点における敵の勢いです。同じ数の兵力を揃えただけでは圧倒されます。まず持てる全力でその芽を潰すことを最優先しなければ、結果はさらに悪くなるのです。まずは第1地点を確実に確保し、場合によっては第2地点を放棄、撤退という選択肢も考えなければなりません。

その場合、任務を達成できなかったあなたは後で責任を追求されることになるでしょうが、両地点を失ったり、部隊を全滅させるよりはマシなのです。

このようにすべてをうまくやろうとした結果、それぞれへの対応が甘くなり、結果的にすべて悪い状況に陥ってしまうことは絶対に避けなければなりません。でも、わたしは兵隊じゃないから関係無いと思ったあなた、違いますよ。
ここではわかりやすい例として軍隊を例に取りましたが、これはビジネスにもスポーツにも人間関係にも、もちろん災害対策にも、そのまま当てはまることなのです。

つまりは、最優先の目的のために、今できることをすべて全力でやらなければならない、ということです。軍隊を例にとったことにご批判の声もありましょうが、どちらも「命がかかっている」という点において共通です。

ビジネスやスポーツの失敗はやり直しもできますが、命がかかっているとそうは行きません。少なくとも、災害対策においては「中庸を得る」ことがベストとは言えません。できることを最短時間で徹底的にやるのです。「中庸」が良いのは主に処世術です。それ以前に、まず生き残らなければ。


こんなことを力説するのも、大川小はじめ各被災地を訪ねて、あまりに理不尽な状況をたくさん見聞したからです。その時できることを完璧にやったとしても、生き残れないことなどいくらでもあったのです。

でも、そんな中で一筋の光明を見い出す可能性を少しでも大きくしたい。そのために必要な基本的な考え方と行動が、ここで述べたようなことだと確信します。特に、他の人の運命を左右する立場の管理者、責任者の方は是非このことを覚えておいていただきたいと思います。

あの「釜石の奇跡」とは、普段からの教育と訓練により、結果的に皆が指揮官としての判断力を持った結果、最短時間で最良の避難行動が完成した例です。しかし、そんな集団はあまりありません。ほとんどの集団では、管理者、責任者の判断にかかっているのです。

災害犠牲者の恐怖と無念を想い、その「声無き声」を聴き取って、同じような悲劇を繰り返さないこと。それが生きている我々の責務なのです。

これで「大川小からの報告」を終わります。


■このシリーズは、カテゴリ【被災地関連情報】です。

2013年1月22日 (火)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。(仮)【1】

大変お待たせしました。「生き残れ。Annex」開設一周年記念企画として、管理人オリジナルの災害小説の連載を始めさせていただきます。作品はほぼ完成しているものの、タイトルが決まらなくて悩んでいましたが、この際「生き残れ。」でいいんじゃないかという気がしてきました(笑)とりあえず、仮タイトルとしてスタートしますが、こんなタイトルどうだろうというようなご意見などありましたら、ぜひともお知らせください。

また、連載の途中でも作品に対するご感想やご意見をいただけましたら幸いです。コメント欄か管理人宛メールにてお願いします。

当作品はもちろんフィクションであり、登場する人物、団体等はすべて架空のものです。ストーリー展開上、多少大袈裟な設定もありますが、作品中で起こる災害やその対処方法などは、すべて現実に即したものです。連載第一回目の今回は、ちょっと長めに掲載します(初回拡大版って奴ですね)。それでは、お楽しみください。

(以下本文)--------

「ぐっ…いでぇ…」
衛は呻いた。電車が線路の分岐に差しかかって大きく揺れた途端、すぐ隣の男が肩にかけたバッグの角が、脇腹に思い切り食い込んできたのだ。毎朝のことながら、この線の無茶な混雑にはうんざりだ。衛は手すりのポールをしっかりと両腕で抱えこみ、つま先にぐっと力を入れて押し寄せる人の圧力に耐えた。男の自分でもこんなに苦しいのに、よくもまあ女性が乗っていられるものだと、いつも思う。年の瀬も近い今頃はみんなかなり着膨れしているせいで、尚更だ。
 
次はやっと地下鉄への乗り換え駅に着く。見ず知らずの人とのおしくらまんじゅうから、やっと開放される。衛が両足の間の床に置いたショルダーバッグを取ろうとしてもぞもぞと動き始めたその時、車内のあちこちからくぐもった、しかし神経を鋭く逆なでするような音が一斉に鳴り響いた。携帯電話の緊急地震速報。車内の誰もが一瞬息を呑み、何人かがもがくような手つきで慌てて携帯を取り出した。一瞬固まった衛も、なんとかズボンのポケットから自分の携帯を取り出して、ディスプレイを開く。

『千葉県で地震発生。強い揺れに注意してください。』
ディスプレイに表示された無機質な短い文章を一瞥してから、思わず顔をあげて周りを見た。周囲の乗客も不安を宿した目できょろきょろと見回しているが、それ以上の動きは無い。
《まあ、大したことはないだろう…》
《今までにも大きい地震来たことないし…》
《前に鳴った時も小さかったし…》

突然頭をもたげて来た不安を、誰もがそんなふうに考えて打ち消そうとしているようだった。だれにとっても、ここで地震など来てもらっては困るのだ。今は仕事場や学校に遅刻せずに行くことが最優先課題だ。地震ごときに今日の予定を邪魔されるわけにはいかない。それに周りの誰も動かないし ―そもそもほとんど動けないが― 騒ぎ出さない。だからきっと大丈夫だ。そう、きっと大したことは無い。現に、揺れなんか全然感じないじゃないか…。

衛もそう思って息を吐いた時、電車の揺れとは明らかに異質の、足元がぐいっと持ち上げられるような動きを感じた。次の瞬間にはドスンと落ちるような衝撃が来て、車内の空気が再び一瞬で凍りついた。
「で…でかい…!」
衛が思わず声に出した途端、いきなり電車ごと大きく振り回すような揺れが来て、車体がギシっと軋んだ。車内がざわめき、女の短い悲鳴が響く。その時、電車に急ブレーキがかかった。地震を感じた運転士が、非常ブレーキをかけたのだ。

普段駅に止まる時の数倍の減速度に、すし詰めの乗客は身構える暇も無く、車内前方に向かってドドドっと押し寄せた。吊革や手すりにつかまっていなかった乗客が人の壁に向かって投げ出され、何人かは転び、さらに後方から押し寄せる人波にのしかかられた。肺から空気を叩き出される、ぐえっと言うような奇妙な呻きが車内に満ちる。

車両前方のドア脇に立っていた衛は、後方から押し寄せる人の波に押されて手すりにしがみついている腕を振りほどかれそうになったが、なんとか踏ん張った。しかし右腕がポールと男の背中の間に挟まれて、骨が折れるんじゃないかというほどの苦痛に呻いた。
《うぅっ…ウソだろおい…》
衛が普段からなんとなく想像はしてはいた“大地震”のイメージがいきなり現実になり、頭の中は真っ白で、身体は硬直していた。窓から見える電線と架線柱が、ぐらぐらと揺れている。電車の速度はかなり落ちたが、揺れはさらに激しくなり、このまま電車が脱線転覆するんじゃないかと思ったが、衛はシート脇の手すりにしがみついたまま、足を踏ん張っていることしかできなかった。

電車は、車輪を軋ませながらなんとか停止した。揺れは次第に収まって行く。どうやら、大地震と言うほどではなかったらしい。車内では皆が一斉に携帯やスマホで地震情報を確認し出す。遅刻するかもしれないと、早速勤め先に電話をし出す気の早い者もいる。衛は携帯を持ったまま相変わらずポールにしがみついているだけだったが、周りから聞こえて来る声によると、今の地震はこの辺りで震度5弱だったらしい。でも感覚的には、それよりずっと大きかった気がした。
「なんとかなった…」
ざわめき始めた車内で、衛はやっと一言だけ、つぶやいた。
 
電車は数分間その場で停車した後、既に目の前に見える次の駅に向かって、人が歩くような速度で動き出した。それにつれて、車内の空気は急速に“日常”に置き換わって行く。これなら遅刻せずに済むかもしれない。電車が駅に着くと、開いたドアから溢れ出した乗客は我先にと地下鉄ホームへ続く階段を駆け下りた。

今の地震で地下鉄が動いているかわからないが、とにかく行ける所まで行く、それがサラリーマンの本能でもあるかのようだ。ホーム上では幾人かが座り込んだり倒れたりしているが、それを気にかける人はあまりいない。きっと誰かが助けるだろうし、自分がわざわざしゃしゃり出ることは無い…。

衛は人波に押されるように階段を駆け下りながら、自分の後ろの方で女の悲鳴と男の怒号が飛び交うのを聞いた。
《ここで転んだらヤバイな…》
頭の隅でそう思いながらも、振り返りもせずに階段を駆け下りた。実際、こんな人の流れの中で、立ち止まることなどできはしない。だから、何もできないのは仕方ない…。


地下鉄ホームは、人が線路にこぼれ落ちそうなくらいの混乱だった。でも、少しの間だけ施設点検のために止まっていた電車は、既に動き出しているようだ。電車の入線を知らせる放送ががなり立てる。衛は二本目の電車になんとか乗り込んだが、車内は先程よりひどいすし詰めだ。電車が動き出すと、車体が大きく揺れる度に車内に呻き声が満ちた。電車が遅延回復のためにいつもより速い速度にまで達したその時、車内のあちこちからまた、あの警報音が鳴り響いた。しかし車内の空気は先程よりは張り詰めなかったし、それは衛も同じだった。
《またかよ…きっとさっきの余震だ。大したことはない…》

次の瞬間、いきなりドン!と地の底から突き上げられるようなたて揺れが来た。厚いフェルトで包んだ巨大なハンマーで下から叩き上げられるような衝撃で、電車が線路から飛び上がるのではないかと誰もが感じるほどだった。電車の轟音に重なってトンネル全体がゴーっと唸りを上げ、車内の悲鳴をかき消す。
《さっきより、でかい…》
衛が、そして誰もがそう悟ったとき車内の照明が消え、いくつかの小さな非常灯の明かりだけになった。誰もが息を呑み、もうほとんど悲鳴も上がらない。すぐに非常ブレーキがかかり、すし詰めの乗客は激しく前方に圧縮される。たて揺れと横揺れが混ざった振り回すような激しい揺れが、どんどん強くなって行く。

その時、電車の前の方からガーンという衝撃音とも爆発音ともつかない轟音が車内を駆け抜け、そのままガガガガガっという鋭い金属音と共に、車体が飛び上がるように感じた。実際に先頭車両では乗客が飛び上がり、天井や荷物棚に頭から衝突した者もあった。その他の車両には激しい減速ショックに襲われ、ほとんど暗闇の中で真っ黒な人波がなだれ落ちるように、車両前方に押し寄せた。

トンネルの天井から落ちたコンクリート塊に乗り上げた先頭車両が脱線して、傾いた車両がトンネル壁に接触していた。ガガーっという轟音と共に激しい火花が長く尾を引き、車内がまだらなオレンジ色に照らし出される。とっさに手すりを掴んで、なんとか衝撃に耐えた衛が視線だけで車内を見回すと、想像もしていなかった状況に、呆けたような表情がいくつも目に飛び込んできた。しかし、衛自身も同じような顔をしているということには気付かなかったが。

電車は飛び上がるような激しい震動を繰り返しながら次第に減速し、やっと止まった。脱線によって車両間に渡した電線が切れ、いつの間にか非常灯も消えている。自分の手元も見えない。文字通りの真っ暗闇だ。車内放送も沈黙している。辺りが静まると、たくさんのうめき声が暗闇の中から湧き上がるように、衛の耳
に届き始めた。
「い、いてえよう…」
「ううぅ…やられた…くそ…」
「助けて…おねが…たすけ…」
すぐ足下の暗がりから聞こえてくる若い女の声に向かって、衛は気休めとは思いながらも
「大丈夫だ。なんとかなる」
とかすれる声で言葉をかけたものの、どうして良いのかは全くわからない。

その時、トンネルの奥からゴーっという地鳴りが聞こえて来るのと同時に、再び振り回すような激しい揺れが襲ってきた。視界ゼロの暗闇で誰もが息を呑んだ瞬間、車内に野太い男の声が響き渡った。
「トンネルが崩れるぞっ!」
その声に、多くの脳裏にはっきりと“死”、それも暗闇で電車ごと押しつぶされる、苦痛に満ちた最悪の死のイメージが浮かび上がった。何も見えない中、倒れている人などかまわず踏みつけながら、だれもが近くの窓を開けようとしたが、脱出用の窓は車両中央部と車端部にしかなく、それも人ひとりがやっと通れるくらいの広さしかない。それでも、暗闇でパニックを起こしかけた乗客は、窓を開けようと遮二無二人を掻き分けた。踏みつけられた人々が上げる悲鳴など、もうだれの耳にも届かない。誰かが
「非常コックだっ!」
と、ドアを手動で開けられるコックの存在を叫ぶが、それがどこにあるかわからず、探そうとしても、人間がぎっしり詰まった暗闇ではろくに動くこともできない。

「ヤバいぞ…これはマジでヤバイ…」
ひたすら手すりにしがみついていただけの衛も、とにかく脱出口を捜そうと真っ黒な人波を掻き分け始めようとした時だった。突然、衛からほんの2メートルほど離れた場所で、強く白い光の束が天井に向かって放たれた。白い天井で反射した光が、暗闇の車内を薄ぼんやりと照らし出す。その光に皆が息を呑み、一瞬車内が静まる。ほとんど同時に、よく通る若い女の声が響き渡った。
「全員その場を動かないっ!トンネルは崩れませんっ!必ず出られます!指示があるまで静かに待機するっ!」

衛は、手のひらに収まるほど小さいけれど、強力なLEDライトを左手に掲げる女の横顔を見た。カールした長い髪が肩にかかる、ベージュのロングコートを着た小柄な女だった。しかしその横顔には、この状況をまったく恐れていないような、凛とした強い意志がみなぎっている、衛にはそう思えた。

すると女がくるりと顔を衛の方に向け、再び叫んだ。
「まず負傷者を救護してくださいっ!」
衛と女の目が合った。衛は自分が置かれた状況も忘れ、思った。
《か、かわいい…》
女はそのまま、大きな目で衛をまっすぐ見据えながら言った。
「そこのキミ、すぐに負傷者救護!」
衛は女の迫力に押されて、先生にしかられた小学生のように、あたふたしながら反射的に返事をしていた。
「は、はい…でも、救護ってどうすれば…」
「そんなこともわからないの?バカっ!」
「…すいません…」

女の剣幕に、衛は固まったまま動けなかった。30歳の自分より年下の女に、こんなに本気で怒鳴られたのは初めてかもしれない。それでも衛は、女の瞳の中に恐怖や怒りとは全く異質の、なにか暖かい光のようなものも感じ取っていた。どこか人をほっとさせるようなその光が、一度は圧倒された衛の背中をやさしく押し返した。
「…教えてください。手伝います」
思わず、そう口が動いていた。

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2013年1月20日 (日)

離陸の時はどうなの?【対災害アクションマニュアル番外編】

前の記事で、飛行機が着陸した直後に大地震が来たら、という想定をしました。では、離陸の時はどうなの?と思われた方もあるかと思います。そこで、番外編として離陸時の対応にも触れておきたいと思います。

当然ながら、どんな大地震でも機体が浮いた後なら何も問題ありません。「空へ逃げる」のが一番安全です。では、離陸滑走中だったとしたら。結論から言えば、機長の判断にすべてがかかっています。その場合の手順について、今回は完全に個人的趣味に走って、超マニアックにお送りします。


ここでは、コールサイン「All Japan 001」という架空の機体が離陸する場合の、管制との無線交信やコクピット内でのやり取りを再現します。機体が滑走路に入り、離陸許可が出るところからです。

管制「All Jpanan 001,Wind 300 at 10 knots,cleared for teke off, runway 34 right」
(オールジャパンゼロゼロワン、風向は磁方位300度から風速10ノット、34番右滑走路から離陸を許可する)

副操縦士「Roger cleared for take off runway 34 right,All Japan 001」
(34番右滑走路から離陸許可了解、こちらオールジャパンゼロゼロワン)

ここで、機長と副操縦士は一緒にスロットルレバーを離陸出力位置にまで押し込みます。完了すると副操縦士がコールします。
「power set」(パワーセット=エンジン出力セット完了)

副操縦士はエンジン計器をチェックし、全エンジンが正常に回転していることを確認するとコールします。
「stabiilized」(スタビライズド=全エンジン安定)

機体は加速して行きます。次に副操縦士がコールするのが、一番重要な速度に到達した時です。
「V1」(ブイワン)
このV1は「離陸決心速度」といい、離陸を取りやめた場合、滑走路内で停止できる限界の速度です。この時点で機長が離陸継続か中止かを判断し、コールします。継続の場合は「continue」(コンティニュー)、中止の場合は「reject」(リジェクト)となります。

V1速度までに強い地震を感じ、離陸継続が危険だと機長が判断した場合はすぐさま「reject」がコールされ、エンジンの逆噴射と車輪のブレーキで、機体の能力一杯の急制動がかかります。乗客にはどの時点で離陸中止になったかわかりませんが、離陸中に急制動がかかった場合には、自分の判断ですぐさま耐衝撃姿勢を取る必要があります。

原則としてV1速度までならば滑走路内で停止できるはずですが、例えば滑走路が雨や雪で滑りやすかったり、強い地震で機体が跳ね上がったりした場合には、滑走路逸脱やオーバーランの可能性が出てきます。ですから、とにかく離陸中にエンジンが絞られ、加速が鈍ったらすぐに耐衝撃姿勢を取ることです。地震でなくても、何か緊急事態の可能性が高いからです。


なお、離陸継続の場合にも触れておきます。これはほとんど管理人が書きたいだけですが(笑)

V1速度を超えて離陸継続の場合、次に副操縦士がコールするのがこれ。
「VR」(ブイアール)
これは引き起こし速度、つまり操縦桿を引けば機体が浮く速度に達したことを表します。操縦桿を引くことを「rotation」(ローテーション)と言いますので、ローテーション開始速度という意味です。この時点では既に滑走路内で停止することは不可能なものの、まだ車輪は地面を離れていません。

管理人としては、この段階で強い地震が来ないことを祈るばかりです。ここまで来たら、もう離陸するしか選択肢はありません。ここから数秒で機体が浮きはじめますから、なんとか「空へ逃げて」欲しいものです。

機体が浮いてさらに加速すると、離陸時の最後のコールです。
「V2」(ブイツー)
これは離陸上昇に必要な速度に達したことを表します。ここまで来ればもう安心です。そして、機長がコールします。
「positive climb , gear up」(ポジティブクライム、ギアアップ=加速上昇中、車輪格納)

車輪が格納される時は地上からはもちろん、機内でも「ウィーン…ガッコン」というような音でわかりますが、あのタイミングです。


1996年に、福岡空港を離陸中のガルーダ・インドネシア航空のDC-10型機が滑走路をオーバーランして中破、3名が死亡し18名が重傷を負う事故がありましたが、これは既にVRを超えて機体が浮き始めた時点で三基のエンジンのうち一基が故障、本来ならば離陸継続をすべきところを、機長が離陸中止という誤った判断をしたために起こりました。残りの二基のエンジンで、十分に離陸が可能だったのです。

これなど悪い意味でレアケースではありますが、ひとつの事実でもあります。このような例が皆無ではないという意味でも、離陸中にエンジンが絞られたらすぐに耐衝撃姿勢、そのように覚えておいてください。


■このシリーズは、カテゴリ【災害対策マニュアル】をクリックしていただくと、まとめてご覧いただけます。


読者の皆様にお聞きしたいことが。

すいません非常に個人的なお願いなんですが。

昨年12月くらいから、当ブログにアクセスしていただく皆様のパターンが、大きく変わって来ました。過去記事を閲覧していただく数が急増し、その入り口としてカテゴリー区分のページから入って来られる方がそれ以前の数倍以上にもなり、現在もその状態が続いています。つまり、過去記事をご覧いただく前提で当ブログを訪れていただく方が急増しています。

さらに、特定の記事のURLや記事名の検索から、当ブログへ来ていただく例も急増しています。もちろん、過去記事をご覧いただけることは管理人の望むところですので、大変ありがたく思っております。

ただ、なぜこのような形になったのか、やはりそこを知りたいのです。どちらかのブログやサイトで記事やURLを紹介していただいており、それをたどって来ていただいているのかなと想像をしておりますが、真相は全くわかっておりません。

もしよろしければ、「ここで紹介されていた」とか、「ここで叩かれていた」(笑)などの情報をいただけるとありがたいのですが。

当記事へのコメントか、管理人宛メール(下記リンク)でお願いします。

お手数ですが、「○○で見た」だけで結構ですので、是非ともよろしくお願いします。

■管理人宛メールはこちらから
※リンクできない場合は、こちらへお願いします。  smc-dpl@mbr.nifty.com

2013年1月18日 (金)

飛行機での危険【対災害アクションマニュアル 24】

第1章 危険を知れ(その22) 【飛行機での危険】

今回はシリーズの主旨と少し異なりますが、飛行機に乗っている時に大地震が発生した時の対応について触れてみたいと思います。

飛行機の場合、個人でできる対策はあまりありません。基本的には係員の指示に従うことになります。ただ、どのような対応が行われるかを知っておくだけで、混乱しないで済むでしょう。

まず、飛行機が地上にいる時に、強い地震に遭った場合です。大規模な地震の場合、実際の揺れ以上に機体は激しく揺れるでしょうが、機体が大きく破損することは無いでしょう。地上走行をしている時ならばすぐに停止しますから、まずは揺れが収まるまでシートベルトを外さずに、床に足を踏ん張ってしっかりと身体を保持します。

オーバーヘッドストウェッジ(頭上の荷物棚)が開いて重い荷物が落ちてくるかもしれませんから、両腕で頭をかかえ、首に力を入れて縮め、衝撃に備えます。できれば、シートの背もたれよりも頭を低くして、落下物の直撃をできるだけ避けるようにします。

揺れが収まったら、勝手に動かずに落ち着いて客室乗務員の指示を待ってください。場合によっては、その場で機外へ脱出する必要があるかもしれません。


空港は海沿いにあることが多いので、地震の際に懸念されるのはまず液状化です。もちろん十分な対策が施されてはいますが、水や砂の噴出など多少の影響を受ける可能性はあります。このため機体がそこから動けなくなったりするかもしれませんが、いかなる場合も係員の指示に従うことです。

海沿いの空港の場合、津波も懸念されます。東日本大震災における仙台空港の惨状は記憶に新しいところですが、係員はそのような場合の避難誘導の訓練も受けています。とにかく勝手な動きをせず、落ち着いて指示に従ってください。


管理人が最も危険だと考える状況は、着陸直後でまだ高速のうちに強い地震に襲われるケースです。その場合、最悪の場合は滑走路逸脱やオーバーランにつながる可能性があり、その場合は激しい減速ショックが襲いかかります。

その場合、首がむちを打つように振り回されることによる頚椎損傷、頭が前のシートに叩きつけられることによる打撲や顔面骨折、シートベルトが腹に食い込むことによる内臓損傷、足が跳ね上がって前のシートにぶつかることによる膝や脛の損傷が考えられます。頭上の荷物が落ちてくることもあるでしょう。

それに対処するベストの方法は、不時着時に取る耐衝撃姿勢です。しかしこの場合、客室乗務員の指示はほとんど間に合わないでしょうし、仮に指示があっても、心構えがなければとっさに身体が動かないでしょう。対処できる時間は、おそらく数秒以下しかありません。

ですから、特に着陸時はいつでも自分で耐衝撃姿勢を取れるような心構えが必要です。地震でなくとも、滑走路逸脱が絶対に無いとは言えません。もちろん耐衝撃姿勢がどんなものか知らなければ問題外ですので、飛行機に乗る際は各席に備え付けられた「安全のしおり」(セーフティ・インストラクション)や機内放送を必ず見て、耐衝撃姿勢や脱出方法を確かめ、自分の周りの非常口の位置を確認してください。

滑走路逸脱の場合は、高い確率で脱出シュートを使って機外に脱出することになりますが、機外の状況によっては別の非常口を指示されることもあります。その場合もあわてないように、自分の周りの非常口をすべて確認しておくのです。その行動だけで、緊急時にパニックに陥らずに済む心理的効果も大きいのです。


次に、飛行中に大地震が来た場合です。言うまでも無く乗客にできることはありませんし、何もする必要はありませんので、ちょっとトリビア的なことなど。

飛行中に目的地の空港が大地震に襲われて閉鎖されたら、すぐに安全な代替空港へ行き先が変更されます。出発地へ引き返すこともあるでしょう。仮に、本来の飛行予定時間より長い時間飛ぶことになっても心配ありません。燃料は十分に積んでいます。

例えば羽田-千歳線であれば、羽田-千歳間を一往復半くらいできるほどの余裕を持って燃料が積まれていますから、国内線であれば、どこでも燃料切れの心配はありません。国際線でも、燃料が少ない機体から優先的に下ろしますので、事実上心配ありません。


ここで、ウソのような本当の話をひとつ。東日本大震災では、史上初めて成田と羽田が同時に閉鎖されました。混雑する大空港ふたつが同時に使えなくなったのですから、大混乱です。

その時に両空港に向かっていた機体は、国際・国内線合わせて約70機。そのすべてを他の空港に下ろさなければなならなくなりました。特に遠距離を飛んで来た国際線は、国内線ほど燃料の余裕がありません。

国際線に多い747やA340などの大型機は、滑走路が長い大空港にしか下ろせませんし、着陸後の駐機スペースも必要です。それらの要素をすべて勘案しながら、必死の管制が行われました。

結果的に、すべての機体が千歳、米軍横田基地、中部国際、県営名古屋、関空、伊丹やその他の地方空港に無事下りることができましたが、実はこの神業的管制業務の裏に、まさに神がかり的な事実があったのです。

従来は成田と羽田が同時閉鎖するという事態は具体的に想定されていなかったのですが、関東で大地震が起これば、高い確率であり得ます。そこで具体的な対処計画が作られ、管制官の合同訓練が行われていました。

その訓練が行われたのが、なんと震災前日の3月10日だったのです。

もちろんその訓練をしていなくても、全機をさばく能力はあったでしょう。でもよりスムーズに、安全に管制が行えたのは確かです。

緊急事態を想定した訓練の翌日に、突然本番がやってくる。それも想定した関東地震ではなく東北の巨大地震ですから、代替となるはずだった仙台はじめ東北の各空港が使えないという、より厳しい条件で。

良くも悪くも、こんなことが起こるのが現実の世の中です。これなど、まさに常に備えておくことの大切さを象徴するような出来事ではあります。


次回からは、自動車での危険をお送りします。


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2013年1月17日 (木)

【ニュース解説】787の問題とは@ヲタ目線

最新鋭のボーイング787型機に連続トラブルが発生しています。燃料漏れ、コクピット窓破損も看過できないものですが、最も重大なトラブルは、バッテリー過熱(事実上の火災)の連続発生です。

787型機の最大のセールスポイントは、従来型機にくらべて最大20%も燃費が改善されていることなのですが、このトラブルはそのために採用された新システムの根幹に関わることだからです。

787型機で初めて採用された燃費改善の方法は、エンジンの負荷軽減です。従来型機では、機内の与圧(高空でも機内の気圧を高く保つこと)や空調を、エンジンから圧縮空気(=ブリードエア)を引くことで行っています。高温高圧の圧縮空気を冷たい外気とブレンドして機内に送り、程良い気圧と温度にしているわけです。

余談ながら機内の気圧は地上の1気圧より低く、最大でも高度2500m程度の気圧ですから、機内では1気圧が封入されたお菓子の袋がパンパンに膨らんだり、万年筆のインクが吹き出したりするわけです。また、圧縮空気には水蒸気がほとんど含まれませんから、機内はとても乾燥しています。特に女性の方は、お肌の保湿対策も怠りなきように。

さておき787型機では、この与圧・空調を電気で作動するシステムに代替したためにエンジンの負荷が軽くなり、燃費が改善しました。このため従来型機に比べて多くの電力が必要になり、大容量の発電機やバッテリーを搭載しているわけです。

その大容量バッテリーが過熱する事故が連続したわけですから、これはバッテリーの個体不良というレベルではなく、システム自体に重大な問題が潜んでいる可能性があります。米国のNTSB(国家運輸安全委員会)が、すぐさま全787型機の飛行停止を指示したのも当然です。事故原因が究明されて対策が施されるまでの間、しばらく787型機は空から消えることになりますが、短期間では原因究明できないのではないかとも思います。


ところで、機内で煙や火災が発生するということは、どんな事態につながるのでしょうか。

航空機の火災事故は、おおむね三種類に分けられます。まずエンジン火災。この場合は燃料をカットして、エンジンに装備されている消火装置を作動させれば大抵は消火できますし、エンジンがふたつ以上の機体ならば、残ったエンジンで飛行を続け、着陸することができます。

あとのふたつのうちひとつは、貨物室で可燃物が発火する事故。これも燃え広がれば確実に墜落に至りますが、貨物や手荷物の事前チェックが徹底されるようになり、ほとんど起きなくなりました。そしてもうひとつが今回起きたような電気系統の火災であり、これが最も重大な結果を招く可能性があります。

実は、電気系統の火災による墜落事故は過去に多発しています。電気系統とはすなわちシステムの血管であり、それが焼けることで、操縦不能など致命的な結果となる可能性が高いのです。しかも、天井裏や床下を走っている電気系統は、一旦火が出ると消火が困難です。もちろん、現代の航空機には二重三重のバックアップシステムが備わっていますが、出火する場所によっては効果が薄いこともあります。

このため、電気系統に関しては多くの対策が施されて来ました。電線被覆材や周囲の断熱材、内装材の不燃化、万一出火しても、他のシステムに影響を及ぼしにくい配置などです。その効果で従来型旅客機での機内火災による重大事故は激減し、管理人の記憶では、ここ20年以上起きていないはずです。

それが今回、最新のシステムで発生してしまったということに、重大な意味があるのです。もっとも、過去の教訓を生かした徹底的な対策と現代のハイテクにより、この程度で済んだということもできます。バッテリーが過熱しても周囲を焦がしただけでそれ以上拡大せず、コンピュータの自己診断機能によって出火場所と機能不全がすぐに把握されたので、最短時間で対策が行われました。

過去には、出火場所を探しているうちに操縦不能に陥ったり、緊急着陸が間に合わずに墜落してしまった例もあるのです。

今回、宇部山口空港から羽田空港に向かったANAの787型機が、一旦通過した高松空港にUターンして緊急着陸したのは、そのような教訓を生かした最良の判断だったと言えます。つまり、機内出火したらとにかく最短時間で下ろす、ということです。乗客の利便性やその後の対応を考えれば、関空、伊丹、中部国際、県営名古屋辺りに下ろす方が良いと思われますが、一旦通過した高松空港に戻るのが最短時間と判断されたために、このような対応となったはずです。

ちょっとうがった見方をすれば、緊急着陸の影響を考えれば、トラフィックの少ない高松の方が影響が小さいという判断もあったかもしれません。緊急事態が宣言されると、その機体を最優先で下ろすために他の機体は滞空させられるか他の空港に回され、出発機も制限を受けます。さらに滑走路脇には消防隊が待機するなど、空港全体が非常体制に移行します。さらに今回は乗客の緊急脱出の必要があったため、長時間の滑走路閉鎖も予想されたわけで、その影響は甚大です。いずれにしろ、最良の対応だったと言えるでしょう。


このような緊急対応は、すべての災害対策に通じるものでもあります。つまり、危険が迫った時には、今できることを最短時間で全力で行うということです。そこに「大したことはない」や「なんとかなるだろう」という根拠の無い希望的観測を、絶対に差し挟んではならないのです。今回のANA機でも、着陸までにもっと時間がかかっていたら、操縦不能に陥る可能性も十分にあったということです。

管理人はしばらく飛行機に乗る予定はありませんが、もし乗る機会があっても787型機は当分避けますね。飛行再開時にはそれなりの対策が施されているでしょうが、過去に例の無い新システムの根幹に関わるトラブルですから、しばらくの間は様子見という感じです。

こんな「臆病」な考え方も、フェイルセイフ(=予防安全)のひとつと言えます。航空機は、フェイルセイフの考え方が最も徹底された分野のひとつと言えますが、乗客側ができることはごく限られます。そんな中、航空会社や機体を選ぶということは、数少ない対策のひとつなのです。

最後にちょっとえげつない、しかし大切なことを付け加えれば、万一墜落など重大事故に巻き込まれた場合、国や航空会社によって補償額は天地の差があります。もちろん日本は最高レベルですが。航空機に乗る時には、その辺も考えておくべきでしょう。

なにしろ、いちヒコーキ好きとしては、このトラブルが重大事故に発展せずに収まったことに胸をなで下ろしています。そして、十分な原因究明と対策が行われることを期待しています。こういうハードルを乗り越えて、技術は進歩して行くのですから。


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18回目の1月17日

あれから、もう18年も経ちます。

1995年1月17日、午前5時46分。神戸市と淡路島の間の海底、深さ10kmを震源とするマグニチュード7.3、最大震度7の直下型地震が発生しました。

この地震で、神戸市の海沿いに広がる軟弱地盤地帯を中心に、約10万棟の建物が倒壊しました。倒壊した建物からは多くの火災が発生し、ほとんど手がつけられいまま延焼、火災旋風も発生して、神戸市長田区を中心に広い範囲が焼け野原となりました。

地震発生から15分以内に発生した火災は53件で、当時の神戸市消防局の同時火災対応可能件数である10件を最初の段階ではるかに超えて、時間の経過と共にさらに増えて行きました。

しかも道路は大渋滞し、緊急車両も立ち往生。火災現場に到着しても断水で消火栓は使用不能。遠くの水利から道路を渡って水を引いたホースは車に踏まれて破れ、十分な消火活動ができないケースも多発しました。

さらに消防隊は、火災現場に急行する途中で人命救助の要請を受け、多くのケースでそちらを優先せざるを得ませんでしたこのため神戸市消防局は活動方針を変更、人命救助を最優先としたのです。この時点で、ほとんどの火災は燃えるに任せられることとなりました。

その結果、6434人が犠牲となったのです。そのうち約86%が、自宅内での死亡でした。その原因の大半が、家屋の倒壊、家具の転倒による窒息や外傷死と、火災による焼死です。焼死者の多くは、倒壊した建物に挟まれたまま、火災に焼かれたのです。


この、いわゆる阪神・淡路大震災(正式名称は兵庫県南部地震)を語るのにはいろいろな切り口がありますが、管理人がこんな書き方をするのは、それがそのまま他の大都市でも発生することだからです。もちろん関東でも。

あの当時と条件が異なるとすれば、建物の耐震化や難燃化が多少は進んでいることです。しかし、それ以外はあまり変わっていません。同じような条件の「木密地域」が、例えば東京都区内には、当時の神戸市よりもはるかに広い範囲で存在します。同じ条件の場所で同じ規模の地震が起きれば、同じような結果を招くことは自明の理なのです。

なお東日本大震災は、地震の規模としては阪神・淡路大震災と比べものにならない巨大地震でしたが、震源がかなり沖の海底だったために揺れが比較的長周期となり、建物への破壊力はそれほど大きくありませんでした。同じ最大震度7でも、全く別物だったのです。最も恐るべきは、大都市直下の浅い場所で起きる阪神・淡路大震災タイプの地震であり、東京を含む南関東直下でも、いつ発生してもおかしくありません。

阪神・淡路大震災は在宅率が高い冬の早朝に発生したために、繁華街やオフィス街、交通機関での犠牲者は多くありませんでした。しかし時間帯が異なれば、全く別の結果になっていたでしょう。そして、それは今後現実のものになる可能性が高いのです。


我々が18年前の教訓を生かすためにできることは、まず「その時」に何が起きるかを詳細に知ることです。大都市の直下型地震に対する教訓は、東日本大震災からはあまり多くは得られませんから、改めて18年前に起きたことを思い出すのです。そして、個人でできる正しい対策を知り、実際に行い、継続することです。

それについては、当ブログの過去記事で具体的に述べて来ましたので、是非過去記事をご覧ください。そして、これからも補強してして行きます。まだお伝えすべき情報は山ほどあります。


世間には、災害に関して「何が起きる」とか「なぜ起きる」という情報はいくらでもありますが、本当の意味で「どうしたら良いか」という情報はあまり見かけません。一見、役に立ちそうに思えるものばかりです。

繁華街では落下物に「注意しましょう」とか、家具の倒壊に「気をつけましょう」とか、「情報を集めましょう」とか、そんなこと言われなくてもバカでもわかる。問題は、そのためにどのような知識、心構え、装備を持ち、どのタイミングでどのような行動をするかということであり、得られた情報を元に、状況に応じてどのような判断や行動につなげるか、ということです。

そこまで落としこんでおかなければ、とっさに正しい行動などできません。半端なエセ防災情報に騙されないようにしてください。現実は冷酷です。不十分な備えは、不満足な結果につながる。それだけのことです。


あなたを取り巻く街の状態は、あなたの意志ではどうにもなりません。ならばその中で、あなたの周囲3mの危険要素をできるだけ取り除き、普段からなるべく危険要素に近づかない。そしてあらゆる状況を想定し、そこから脱出する方策も考えておく。それがセルフディフェンスであり、それだけで「生き残る」確率は何倍にも上がるのです。

この機会に、ぜひあなたが「生き残る」ために何をしているか、それは正しいのか、さらに何ができるかを改めて考えてみてください。それが、災害で無念の死を遂げた犠牲者に報いる、「声なき声を聞く」ということなのです。

ご質問、ご意見などありましたら、コメント欄かメールにてお気軽にどうぞ。メールの内容、個人情報等の秘密は厳守します。

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2013年1月16日 (水)

里親は楽じゃない

先の記事で書いた通り、管理人は福島県の被災動物救援ボランティアに関わっております。

どこぞのブログでは、ネットで見ただけの情報で里親の薦めみたいなのが書かれていましたが、やはりこのことにも触れておかなければならないでしょう。

言うまでもなく、ペットの里親はそんなに簡単なものじゃありません。もちろん最初は純粋に動物を愛する気持ちと、飼い主がいない動物たちに安住の地をという気持ちから里親を希望される方が大半でしょう。ただ、そこに「能力」と「環境」が伴っていないケースが、実は少なくありません。さらには「悪意」までが介在することがある。


当然ながら、一度里親を引き受けたら、一生に渡って幸せな暮らしをさせてあげる義務があります。そんなの当然じゃないかと思われるかもしれませんが、人間の暮らしもいろいろ変化しますから、そうもいかないこともあります。そんな時に、安易に「都合が悪くなったから引き取って」と言い出すような人には託せません。

一方で、絶対に面倒を見続けるという強い意思は持っている人でも、飼育環境が劣悪な場合も少なくありません。例えば限界を超えた多頭飼育で近隣に迷惑をかけていたり、費用や人手が追いつかずに飼育環境が崩壊して栄養失調や病気が蔓延、最悪の場合は餓死や共食いが発生するような例も実際にあるのです。

さらに、最近増えているのが、「里親詐欺」や虐待のために里親に名乗り出る例。里親詐欺にはいろいろなパターンがありますが、要は金銭が目的であり、用が済めば動物は放棄されます。虐待目的など言語道断ですが、そんな連中も善人のフリをして近づいてきますから、注意していないと騙されます。


里親募集とひとことに言っても、そんな問題もあるのです。多くの人が、かわいそうなペットをなんとかしてあげたいという気持ちはお持ちだと思いますが、こと里親に関しては、それなりの覚悟を持って申し出ていただきたいと思います。もしそこまで気持ちが固まらなければ、動物を保護している団体への募金や物資の支援で協力する方法もあります。

もちろん、団体側でも里親をお願いする場合は慎重になります。希望者との連絡や面接を繰り返し、飼育環境を実際に見に行き、十分お任せできると判断してからお願いして、その後も定期的にフォローします。しかし、実際にはそこまで手間をかけられず、もっと簡単に引渡してしまう例が無いとは言えず、里親関係の問題は完全にはなくならないのです。多くの人の意思によって助け出された動物が、人間の都合や悪意によって再び不幸な目に遭うことは、耐え難いものがあります。

里親になるということは、タダでペットが手に入るということではありません。そんな考えの人は話してみれば大抵わかりますから排除されますけど、最初から近づいて来ないでいただきたい。不快極まりないから。なんだか、「行き先の無いペットを引き取ってやるんだ、ありがたいだろう」というような、足元を見て来るような輩もいるんですよね。動物というフィルターを通すことで、人間の崇高な部分も汚い部分も、いろいろ見えてきます。

正直言うと、管理人自身は里親方面の最前線に直接関わってはいませんし、マンション暮らしのために自分で引き受けることもできません。でも、日々真剣に取り組んでいる仲間がいますから、ここで代弁させていただきます。


しかしまあ、そんな現状など知らないし、知るための努力もしない人に安易に語って欲しくないものです。少なくとも、管理人にとっての「プロ」とは、他に指導できるレベルの経験や十分な知識を持っていることが必要条件であって、ネットで見つけた情報を流すだけの人じゃないですけどね。

こういう、「自分は十分経験があります」とか言うけれど、調べて見たら半端な知識と経験しかないような人もいるから、里親募集は難しいんですが(笑)

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2013年1月14日 (月)

雪を甘く見ないで!

関東地方の広い範囲で激しい雪が降っています。13:00現在、こちら埼玉県南部でも、北海道暮らしが長かった管理人でも危険を感じるくらいの降りです。

これからさらに気温が下がり、風が強くなる事が予想されます。外出している方は、なるべく早く帰宅してください。

夏用タイヤの車は、もう運転しないでください。雪で路面が見えなくなったら、もう走れるレベルではありません。しかもまだ当分降り続きそうです。

他車に突っ込まれる危険も高くなっています。この状況でも車間を詰めて来るドライバーは数多くいます。

郊外ではホワイトアウト状態になる可能性があるレベルの降雪です。非常に危険な状態です。特に雪に雪に慣れていない方は、決して甘く見ないでください。

すべての判断を、セーフティサイドに。「なんとかなるだろう」は、通用しないレベルなのです。

2013年1月13日 (日)

おかげさまで一周年

ちょっとバタついていて、タイミングを逃してしまいました(笑)

実は「昨日」1月12日は、当ブログ開設一周年記念日でありました。この間、PC、スマホ、携帯あわせて約272000件のページビューをいただき、参加しているふたつのブログランキングでも、常に上位にランクさせていただいています。

ご愛読、ご支持いただいている皆様に、改めて心から感謝申し上げます。ありがとうございます。


さて、先に予告しました通り、一周年記念企画として新カテゴリ「ディザスター・エンタテインメント」を新設し、管理人オリジナル小説の連載を開始いたします。実はいまだにタイトルが決まっていませんが(笑)とりあえず仮タイトルでスタートします。

内容は、あまり重くない災害小説という感じで、役に立つ情報もいろいろ織り込んでみました。お楽しみいただければ幸いです。もちろんこれと並行して、従来からのシリーズ記事も連載してまいります。

では、新連載が間もなくスタートです。二年目も、「生き残れ。Annex」をよろしくお願いいたします。

2013年1月11日 (金)

ペットの被災に備えて

大災害時には、常に愛するペットと一緒にいられるとは限りません。首尾よく人も動物も無事だったとしても、大抵の避難所では動物の持ち込みは禁止されます。これは、ただでさえストレスの多い避難所での環境と衛生状態の維持のためには、致し方ないことだと思います。

このため、自宅が被災してもペットと一緒にいるために敢えて避難所に入らず、自家用車などで不自由に過ごしていた人は、阪神・淡路大震災でも東日本大震災でもかなりの数に上りました。

むしろ、一緒にいる場所があれば幸いだったのです。福島の原発事故においては、緊急避難用のバスにペットは一切乗せられませんでした。しかも避難時にあまり詳しい情報を知らされず、「とりあえず避難してくれ」というようなニュアンスで伝えられた例が多かったため、せいぜい一週間以内でまた帰って来られると思った人が多く、えさや水と共に断腸の思いでペットを置いて出ました。事実上、そうするしか方法が無かったのです。

しかし多くの地区でそのまま警戒区域が設定されて立ち入りができなくなったため、何万匹というオーダーで警戒区域内にペットが残されました。もちろん家畜に関しても、救い出す手立ては全く無かったのです。

本来は、福島県をはじめ各自治体に「動物愛護条例」に類するものがあり、災害発生時に残された避難者のペットや家畜については行政が捕獲や保護などを行うというような枠組みはありますが、そのための体制が事実上存在しないことも多く、さらには未曾有の超巨大災害となった東日本大震災では被災者対応さえ十分に出来ない状況が続いたため、動物に関しては長期間に渡って事実上放置されることとなったのです。

一部に、ペットを置いて「逃げた」福島の原発事故被災者を非難する声も聞こえてきますが、ペットに対する気持ちは当然ながらどこでも違いがあるわけではありません。そうせざるを得ない、異常な状況だったのです。そして愛するペットと強制的に引き離されて安否もわからず、いよいよ絶望かという段階になっても、周囲に家族や友人などを喪った人が大勢いるなかでは、「ペットごときを」喪った悲しみを表に出すこともできず、凄まじい後悔と自責の念に苛まれている人たちが、いまだに多くいるのです。

福島へ入った動物救援ボランティア達の多くは、動物を救うことでそんな人たちの心を救いたいという想いを、モチベーションのひとつとしていたのです。少なくとも管理人はそれが目的でした。普段は動物愛護活動などやっていないただの動物好きですが、震災以来、福島の被災動物救援だけを手伝っています。

当然ながらすべてのグループが同様の想いとは限りませんし、活動に問題点があるのも事実です。現場にいればわかります。でも、誰も手を差し伸べられなかった動物たちの、それでもかなりの数が助け出され、命を繋いでいます。行政ができなかったことを、ボランティアがカバーできた部分も大きいのです。なお、ボランティア団体はすべてネットワーク化されているわけではありませんから、実際には公式にカウントされた数字よりはるかに多く、警戒区域などから動物を助け出しています。

被災直後は、警戒区域内で自衛隊が捕獲した放浪ペットを境界まで受け取りに行くというような、本来はあり得ないような連携も生まれました。みな、今できることを必死にやっていたのです。


さておき、前置きがやたらと長くなりましたが、現在犬猫などのペットを飼っている方に、福島の最前線で救援活動を行っているボランティア仲間が、飼い主さんにぜひとも知っておいて欲しいと言っていたことが二点あります。

まずひとつめは、マイクロチップの埋め込み。大災害時でも原発事故のように警戒区域が設定されなければ、ペットが逃げても高い確率でどこかで捕獲されるでしょう。その時、飼い主情報が記憶されたマイクロチップがあれば、ほぼ確実に再会することができます。もちろん今震災の被災地でも絶大な威力を発揮しています。費用は数千円程度ですので、愛するペットと確実に再会するための保険くらいの気持ちでいかがでしょうか。詳しくは獣医師に相談してください。

もうひとつは、保健所への相談。災害発生時、実は動物救援ボランティア団体の多くが保険所を事実上の情報拠点としていますから、例えば避難時に連れて行けないというような場合は、まず地域の保険所に連絡してみてください。もちろん保健所では預かれませんが、そこからボランティア団体へ情報が行き、預かりなどの対応ができることがあります。

災害時にペットとはぐれた場合でも、ボランティア団体が各地で保護したペットの情報が保健所に集まりますので、特徴などを伝えておけば、再会できる確率が高くなります。言うまでも無くこれらは大災害発生時の対応であって、平常時にはこのような活動はありませんので注意してください。

大災害時にペットのことで困ったら、とりあえず保健所へ。あくまでボランタリーなので絶対とは言えませんが、何らかの解決策が見つかるかもしれません。

以上二点、是非覚えておいてください。


というわけで、あまり外にレスポンスばかりしていると当ブログ本来のシリーズが進まなくなりますので、これにて終わりします。


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皆様はじめまして

いつもご愛読ありがとうございます。当ブログももうすぐ一周年ということでもありますので、ここでちょっとカミングアウトしたいと思います。

管理人は記事内で、震災後に何度も福島入りしているとは書いてきました。でもそこで何をしたかについては言及していません。別に隠すつもりは無いのですが、説明が面倒なのでとりあえず伏せておきました。

でも、ここへ来て黙っているのをやめることにしました。これは管理人だけでなく、身体を張っている仲間すべてのプライドの問題でもあります。

管理人は、福島の被災動物救援ボランティアに参加しています。まずはその様子を一部ご覧ください。すべて2011年中の撮影です。

まずは、私が管理人です。皆様はじめまして。こんな格好で失礼します。車のガラスで自画撮りしてみました。
Photo_2
N町では、放された牛があちこちにいました。
Photo_4
いきなり牛に囲まれることも。でも、刺激しなければ「大抵は」大丈夫。
Photo_5
シェルターでは保護した数十匹の犬猫を世話しています。じゃれ付く黒ラブちゃんを押さえ込んでブラッシングする管理人。動物好きには大変ながら楽しい作業ですが、すべてが飼い主不明か、飼育不能の被災者から預かっている犬猫なのです。
1

画像はありませんが、人が原則として立ち入れない地域では、取り残された動物たちの屍が随所に見られます。牛舎など、文字通り死屍累々の場所も少なくありません。少ないえさを奪い合い、牛も犬猫も弱いものから力尽きて行きます。そしてそれは、現在進行形でもあるのです。

管理人は最近あまり現地には行けていませんが、今も酷寒の中で保護動物の世話をしている仲間がいます。その一切見返りを求めない精神と行動を、関わっていない人間が別の目的にすり換えるのは容認しがたい。

と、ここまで書けば管理人が何に憤っているのかおわかりですよね。さらに具体的な内容については、次回に続きます…と思ったら、そんな活動をディスインフォメーションするような記事がアップされたようです。ほとんど管理人は釣られてますね(笑)でも、急遽追記します。


その通り、活動に関して問題はいくらでもあります。あのような報道は事実でもあり、そうでないものもあります。報道にある「首都圏のグループ」という書き方が、いかにも「余所者が無茶をやっている」というニュアンスに取れますが、福島や宮城の団体も活動しています。ちなみに、管理人は福島の団体を手伝ってます。

まあ、こういうのは水掛け論になるので深入りはしませんけど、ああいう報道だけを見たら、動物ボラはどこかの過激な環境保護団体と同じような見方をされるでしょうね。しかし、多くの被災者にペットとの再開を実現していますし、被災者の依頼で動くことも多いのです。

でもそれが免罪符になるとはだれも思っていないでしょう。もちろん管理人も。それくらいの覚悟は持ってやっています。ただ、このようなボランティア活動が行われる裏には、行政の対応が遅すぎたという理由が大きいのです。もちろん人間優先は当然であり、動物にまで手が回りきらないというのが現実でしょうし、それを一方的に批判するつもりもありません。

ただ、現場の近くにいると、それだけでは割り切れない理不尽がいろいろ見えても来ます。そんな中、どんどん生命が失われて行くのを座視していられない人々が、リスク覚悟で動いているのです。

被災地の動物が野生化して問題を起こす、それが「好ましからざる」ボランティア活動で助長されている。一面の真実かもしれません。でもそれに異論を唱えないあなたは、今生きている動物たちの放置と全滅を支持しますか?

少なくとも、それは外野ではなく、現地に関わっている人が決めることですけどね。

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AEDは魔法の小箱じゃない

AEDの話題が出たついでと言ってはなんですが、ちょっとAEDについて確認しておきましょう。AEDとはAutomated External Defibrillatorの頭文字で、日本語では「自動体外式除細動機」となります。文字通り心臓の「細動」を取り除く機械です。

心臓は規則的な心拍が維持できなくなると、「心室細動」と呼ばれる状態になります。これは心臓の筋肉(心筋)がぶるぶると細かくけいれんするような状態で、血液を送り出すポンプとしての働きが失われます。AEDとは、そのような状態の心臓に電気ショックを与えることで、正常な心拍に戻そうとするもので、心臓が完全に停止している状態、いわゆる「心停止」の状態にまで陥ると、その効果は無くなります。

ですから、「心室細動」が続いているうちにAEDを使わなければなりません。時間との勝負なのです。しかしそれ以前に、心臓が血液を送り出せない状態が続けば確実に死亡しますし、脳への血流が止まることで脳細胞の壊死が始まり、生命を取り留めても脳に障害が残る可能性が大きいのです。脳細胞の壊死が起き始めるまでのタイムリミットは、一般に約3分と言われており、5分経過すると大脳皮質の大半が壊死するそうです。その時間内にAEDを作動させられる可能性は、あまり高いとは言えません。

そこで重要になって来るのがCPR、いわゆる心臓マッサージや人口呼吸のことです。これは「強制循環」という意味で、つまり機能を失った心臓の代わりに血液の、肺の代わりに呼気の循環を強制的に行うことなのです。

意識が無く、心拍を感じず、呼吸も止まっている要救護者を発見したら、まずは最短時間でCPRを開始しなければなりません。最大の目的は、脳への血流の確保です。脳への血流、つまり酸素が供給されていれば、その間は脳細胞の壊死を防げる可能性が高くなります。

当然ながら、同時に人口呼吸を行える方が効果的なのですが、マウスツーマウス法によって体液が直接接触すると、要救護者が感染症を持っていた場合、高い確率で感染してしまいますから、現在ではキューマスク(人口呼吸用フェイスマスク)など感染防護装備が無い場合は、次善の策として心臓マッサージのみ行うことが推奨されています。

キューマスクをご覧になったことのない方も多いと思いますので、管理人の備蓄をひとつ開けてみました、たくさん持ってますから(笑)いつもの床の上だとわかりづらいので、白い紙に載せました。ちょっとピンボケですいません。
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ビニールのマスクで要救護者の顔全面を覆って直接接触を防ぎ、口の部分についた逆流防止弁で、体液や吐しゃ物の逆流を防ぐものです。「キューマスク」で検索すれば、通販サイトがみつかります。1個100~150円くらいです。


ともあれ、AEDの使用はCPRが前提だとご理解ください。仮にAEDだけ使えても、CPRができる人がいなかったら救命率が激減し、脳障害が残る可能性が激増するのです。AEDは、あくまでCPRの「補助器具」に過ぎませんから、ゆめゆめ「ここにAEDがあるから安心」というようなお考えはされませんように。そして現実には往々にして、緊急事態は思いもよらない場所で起こるのです

AEDが無くても、CPRを正しく行うことができれば、救命率は比べものにならないくらい高ります。CPRだけで心拍や自律呼吸が回復することも少なくありませんし、救急隊や病院の専門的な処置を受けられるまでの間の「時間稼ぎ」ができるのです。

そこに倒れている人が、もしあなたの大切な人だったら?AEDが無いからと、あきらめますか?救急車が来る間にも、助けを呼びに行っている間にも生命のともしびは消えて行き、取り返しのつかない障害が進むのです。
それが怖いなら、答えはひとつ。あなた自身が「救命力」を身につけることです。ためらわず、訓練を受けてください。身につけた技術と心構えは、いつでもどこでもあなたと共にあります。もちろん、日本赤十字社や消防署の救命救急講習では、CPRとAED使用法及び、外傷の応急処置も学べます。


私事ですが、管理人は長年オートバイに乗り、モータースポーツにも関わった中で、数多くの救護経験があります。CPRの実地経験は無いものの、大出血、身体の変形、開放性骨折、さらにはほぼ即死状態など、凄惨な現場に立ち会って来ました。

血溜まりの中で苦痛にうめく要救護者に近づき、応急処置を行うのは、「素人」にはとてつもない勇気と覚悟が必要です。そんな時の支えは「自分がやらなければ誰がやるんだ」という気持ちだけです。

逃げるのも自由、手を出さずに野次馬でいるのも自由ですし、その方が楽です。でも、そうしたくなかった。そしてそれなりの経験を積んだ今は、その経験を少しでも生かしたいという気持ちであり、実際に交通事故の現場などで役に立っています。

現場では、「なんとかしてあげたい」という気持ちを多くの人が持っているのはわかります。しかし、どうして良いかわからない人が大半です。気持ちだけではどうにもならないのです。だから、救命や応急処置の技術を学んでください。その経験が、足がすくみそうな現場で、あなたが一歩を踏み出すための力になります。もちろん、それはあなた自身と、あなたの大切な人を守るための力でもあるのです。


ここでは主にCPRについて述べて来ましたが、実際には交通事故などで外傷を負った人を目の前にすることの方が多いでしょうし、災害発生時はそんな負傷者が多発し、さらに困難な状態になるでしょう。傷を負っているのは、あなた自身かもしれません。

そこで、生命を繋ぐための技術と心構えを持っているかどうかが問われるのです。まずは応急処置のテキストを読み込むことからでも良いでしょう。それから訓練を受けることで、より理解が進んで技術も向上します。とにかく皆様に「救命力」のアップに努めていただきたいと、切に願っています。

管理人はこんな奴ですから、現場で使えない情報が「防災情報」とか言われて大手を振っているのを見ると、我慢がならんわけですよ。

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2013年1月 9日 (水)

【かなり毒入り?】管理人ひとりごと【1/9】

管理人は、当ブログを始めたきっかけを、世間に溢れる防災情報に誤り、ポイントのずれ、机上の空論など、つまり「本当は役に立たない」ものが多いからだと、常日頃から言ってきました。当ブログのプロフィール欄にも書いています。

実際に、何度か「防災のプロ」が流す明らかに低質の情報に対して、抗議も行ってきました。でも、いちブロガーの意見などことごとく無視されて来ましたけどね。でも、そうせずにはいられません。それが管理人と当ブログのレゾン・デートル(=存在意義。カッコつけてみた笑)だからです。

そんな中、ブログランキングで、「その道のプロ」を名乗る方(その道ってどの道だろう)の防災ブログの人気が出てきたようです。もちろん前から存在は知っていたのですが、特に絡むつもりもなかったというか、むしろ「世間に溢れる不十分な防災情報」の実例として、どんどんやってくれくらいの感じだったのですが(笑)

でも、ここへ来て考えが変わりました。素人ならともかく、プロを名乗っているからです。プロとは、信頼の証でなければなりません。今までの記事にもいろいろ言いたいことはありますけど、とりあえずは最新のAEDの記事、ご覧になりましたか?(あっちのアクセス増やしそうだな)別に、当ブログのランキングが下がったことなどどうでも良くて、あの程度で支持を受けてしまうということに驚いているのです。でも、わかっています。当ブログをご支援していただいている皆様とは、「客層」が違うのでしょう。

あの記事を読まれて、AEDが使えるような気になった方いらっしゃいますか?はっきり申し上げます。無理です。管理人が申し上げるのはただひとこと。使えるようになりたかったら、人の命を救えるようになりたかったら、日本赤十字社や消防署でやっている講習を受けてください。それ以外に方法はありません。

最大の問題は、書いている人間が自分でやったことが無いのが明らかだということ。でも「プロ」を名乗って、通り一遍のどこのテキストにも書いてあるような半端な内容を流してる。「基礎知識」だからあの程度でいいという考えなら、全くナンセンスですね。人命に関わることに、基礎も応用も無いんですよ。まあ、この例に限らず、この世界はこんなのが多いから、管理人はブログ始めたんですけど。

参考までに、日本赤十字社式のAED使用法を列挙しましょう。あちらの記事と比べて見てください。先に言っておきますが、これを読んでも使えるようにはなりませんよ。「簡単じゃないんだ」ということを感じてください。なお、【 】内は管理人の注釈や補足です。ここでは、傷病者を要救護者、略して要救という言葉で呼びます。

■要救発見。四方と上方の安全を指差し確認。
■身体状態の確認。出血、変形などを確認する。ここでは出血、変形は無いものとする。
■意識の確認。要救の横にかがみ、自分のほほを要救の顔に近づけ呼吸の有無を観察しながら、肩口を軽く叩きながら「わかりますか!」と耳元で言う。叩く力と声を三段階に強めて、最後まで反応が無ければ意識喪失と判断する。
■頚動脈に人差し指と中指の先を当て、心拍の有無を測る。
【これは十分な訓練を受けていないと、特に事故現場などの喧騒の中では困難。とりあえず、強い心拍があるかどうかは確認できるだろう】
■心拍無しまたは微弱と判断したら、周囲の人にAEDを持って来てもらい、119番通報も依頼する。その際に「あなたはAEDをお願いします。あなたは119番お願いします」と特定の個人を指定する。「だれかお願いします」ではだれも動かないことが多い。
■AEDが来るまでの間、CPR(いわゆる心臓マッサージ等)を行う。この時間帯の処置が、最も救命率を高める。胸部を圧迫するもの、女性ならブラジャーははずす。その際、周囲の人に「要救に背を向けて」人垣を作らせ、野次馬の視線を防ぐ。
■CPRが出来る人がいないか声をかけ、いたら交代要員になってもらう。ひとりが続けて胸部圧迫を続けるのは、いいところ3分が限界。これなど一度やってみればわかる。
■CPRを実施する。心拍があるかどうかわからなくても、強い心拍を感じなければ行ってよい。
【押す回数などはどこでも書いてあるが、押す位置、押し込む量、長時間押しやすいポジション、肋骨を折りやすい危険な押し方など、知っていますか?】
■キューマスク(人口呼吸用フェイスマスク)などの感染防護装備があれば、マウスツーマウス人口呼吸を行う。胸部圧迫30回に対して吹き込み2回。
【気道確保の方法、息の吹き込み方、その後の様子の見方など、知っていますか?なお、感染防護装備が無ければ、胸部圧迫のみで良いとされている】

■AEDが来たら要救の頭の横に置き、バッグを開いてコードを本体に接続し、コードに粘着パッドをつけ、電源を入れる。その間もCPRは継続する。
【要救の身体を冷やさないようにするのは基本。ジャケット、毛布等で保温する。アルミレスキューシートは導電性なので使えない】
■要救の胸部をあらわにし、4つの確認をする。1・汗や水濡れなど水分。あればふき取る。2・ネックレス等。あればはずず。女性はブラジャーに金属が使われていることがあるので、はずす。3・心臓ペースメーカー。装着者は左胸鎖骨の下に盛り上がりがある。4・濃い体毛。体毛が濃すぎると、通電を阻害することがある。
【実はAEDセットの中に体毛剃り用のカミソリも入っているが、そんなことやっている時間は無いので、必殺技(後述)がある】
■確認できたらパッドを装着する。場所はここでは省略(あちらさんでも見てください)
【心臓ペースメーカー使用者や乳幼児の場合は場所が異なる。そこまで知っていないと現場では使えない】
■AED機械の音声ガイダンスが「心電図をとっています」などと言うので、CPRを止めて静かにする。事故現場などの喧騒の中では音声が聞き取りずらいことがあるので、機械のすぐ脇で聞き取る担当者を決めておくと良い。
■通電が必要な場合、つまり心室細動状態ならば音声で「電気ショックが必要です」などと言うので、周囲の人にすべて両手を上げさせ、だれも要救に触っていないのを確認してから通電ボタンを押す。
■通電後、機械が「心電図をとっています」と言うまでCPRを再開する。約2分後に再度心電図をとるが、それまでの間は明らかに心拍や意識が回復していなければ、CPRを継続する。心拍が再開しなければ、この手順を繰り返す。
■救急隊が来たら、状況を伝えて引き継ぐ。AEDの機械は、一緒に救急隊に渡す【記憶された心電図データが病院での治療に有効なため】

とまあ、こんなのが実際の「基礎編」です。大変でしょ?AEDを使うとは、心臓マッサージや人口呼吸の技術があることが前提なんですよ。音声ガイダンスに従えば大丈夫なんて、口が裂けても言えません。繰り返しますが、正しく使えるようになるためには、講習を受けるしか方法はありません。

救命の現場には、知らなかったとかやり直しは無いんですよ。それを、あの程度でだれもが簡単にできますみたいなニュアンスで言うのは理解しがたい。まあ、あとは皆様が判断してください。当ブログの情報がどうのではなくて、「本当に使える情報とは何か」を見極め、自分で選んでください。半端な情報で満足していて、「その時」に使えなくて泣くのは自分なんですから。

でも、こんなに大変なことなら、自分はやらなくていいやなんて思いませんか?まあ、それでもいいんです。でも、管理人は講習を受けるかどうか迷っている方に、一言だけ言いたいのです。

目の前に倒れているのが、あなたの大切な人だったらどうしますか?

最後に、体毛が濃い場合の必殺技について。AEDには粘着パッドが最低2組入っていますから、予備の粘着パッドを身体に貼り付け、一気に「むしり取る」のです。凄く痛そうですけど、痛み感じられればAED必要無いんですよ(笑)


※異論反論は歓迎しますが、誹謗中傷の類は無視させていただきます。

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2013年1月 8日 (火)

【大川小からの報告2】宮城・震災から1年8ヶ月【12】

今回は、大川小の悲劇を取り巻く状況を明らかにし、その時「何ができて、何ができなかったか」を検証します。

まず、過去の津波の状況です。北上川は、1933年(昭和8年)の昭和三陸津波、1960年(昭和35年)のチリ地震津波が遡上した記録があります。しかし両津波の浸水域は河口から最大でも2km程度までで、河口から約5kmの大川小付近では、地上の被害は全くありませんでした。

次に、過去の津波被害を参考にして宮城県・石巻市が作成した震災前の津波ハザードマップにおける評価では、大川小付近での予想津波高さは0~1m。現在の堤防は低い場所でも水面から2m以上の高さがありますから、ハザードマップの評価からはこの場所が浸水する可能性は考えられず、大川小は地域の指定避難所にもなっていました。

仮に津波が堤防を越えても、鉄筋コンクリート造り校舎の2階に上がるか、水面から約5mの高さがある「三角地帯」へ行けば、津波に呑まれる可能性は無いはずでした。このためもあり、大川小が危険になった場合を想定した二次避難場所については、事前に決められていなかったのです。

では、「三角地帯」以外に避難場所はあったのでしょうか。画像を見ればわかりますが、大川小の裏手にはすぐに山が迫っています。一番近い斜面は校庭から約50mほどで、ゆっくり歩いても数十秒で斜面の下に着きました。
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上の画像は校庭付近から見た様子、次は三角地から見た様子です。ご覧のように急斜面に深い藪が密生していて、大人でもそれをかき分けながら登るのは困難です。事実上、避難場所には使えません。

もうひとつの場所もありました。学校の敷地の裏手、「三角地帯」とは敷地を挟んで正反対の方向にある斜面です。校庭からは、それでも歩いて2分以内に着きます。
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上画像は校庭から見た様子。木の無い斜面の奥に見える杉木立の部分です。次の画像からもわかる通り、深い森ながら藪は薄く、細い道もついているので、登ること自体はそれほど難しくありません。この山は小学校の実習授業で使われたこともあり、教師や子供たちも登った経験があったそうです。できることなら実際に登ってみたかったのですが、立ち入り禁止になっていますし、ご覧のように犠牲者の仮の墓標がしつらえられています。そんな場所へ立ち入ることは、厳に慎まなければなりません。

この山の問題は、急な斜面の土質が泥炭質ですべりやすく、当時は少し雪が降った後で、さらにぬかるんで滑りやすかったということです。しかしこの山なら十分な高さに上がることができ、津波の直撃からは確実に逃れることができます。学校のすぐ裏手に、このような避難場所が存在したのです。


この悲劇の最大の直接的原因は、避難開始が遅すぎたということですが、その理由はつまるところ「二次避難すべきか、するならどこへ行くべきか」という決断がなかなかできなかったということです。では、なぜすぐに決断できなかったのでしょうか。管理者の立場で考えてみました。

まず、ハザードマップの問題。それを全面的に信じれば、二次避難の必要は無いと考えられます。次に、集団の把握と一般避難者の存在。深い山の中で児童の安全を確保し、だれも迷わないように把握し切るのは容易ではありません。しかも一度山に入ってしまえば、児童を迎えに来た父兄への引き渡しもできません。

さらに地域の避難所でもあった大川小には、近隣のお年寄りも集まっていました。お年寄りにぬかるんだ急斜面を登らせることはためらわれます。これは実際に山を見た管理人の感想としても、無理からぬことだと思います。

しかも、雪がちらつくほどの寒さなのです。山に入れば、その中で津波の危険が無くなるまでの数時間以上(実際には24時間以上)を持ちこたえなければなりません。停電していていて明かりもなければ暖もとれず、時間は午後3時過ぎ。間もなく日が落ちて、一気に寒くなります。


これは責任云々ではなく、人間の心理として「できることなら動きたくない」という方向に傾くのは仕方ない状況だったでしょう。そして、そんな場合に人は「楽観バイアス」または「正常化バイアス」と呼ばれる心理状態に陥りやすいのです。つまり、正当な根拠もなく「きっと大丈夫だ」、「大したことはない」と危機を過小評価してしまう心理状態です。管理者がそう思ったかどうかは定かではありませんが、その可能性は高いでしょう。この心理は、知識を持った防災の専門家でさえ、意識していないと簡単に陥るものなのです。

しかし、地震の大きさから「ここにいては危険だ」という進言が相次いだそうで、管理者は混乱したでしょう。いくつかの証言を総合すると、その時管理者は事実上思考停止状態に陥ったまま、ただ時間だけが過ぎて行ったようです。もとより、学校管理者は一般避難者に対する避難指示などを行う立場でもありません。制度的にも当然ですし、当初から二次避難自体が想定されていなかったのですが、そこにいる全ての人の運命が、事実上管理者に委ねられたのです。

恐怖で泣き叫び、腰が抜け、吐く子供もいたそうで、全く「想定外」の混乱状況です。そして地震から約50分後、下された決定は、5mほどの高さがある「三角地帯へ避難する」ということでした。結果的にそれも「誤り」ではあったものの、過去の例やハザードマップの情報からすれば、ある意味で「次善の策」としては合理的とも言えます。「想定内」か、それを少し超えるくらいの津波だったら、それでもほとんどが無事だったはずなのです。

しかし、「三角地帯」へ向けて移動を始めた隊列を、正面から津波が襲いました。仮に、その前に「三角地帯」へ着いていたとしても、結果はあまり変わらなかった可能性が高いことは、前述した通りです。むしろ、もっと悪かった可能性さえあります。


このように、何もかも「想定外」の状況だったということができます。震災後、「想定外」という言葉は言い訳のニュアンスでとらえられることが多いのですが、基本的に想定無くして対策もありません。問題は、その想定をどのレベルまでしておくか、そして「想定外」をも想定するオプションが存在するかどうかということなのです。

では、この場合は具体的にどうすれば良かったのでしょうか。結論だけを単純に言えば、「最短時間で裏山に上がるべきだった」ということですが、なぜそれができなかったのか、そこに働いた様々な要素をどう理解し、判断するかという考察なくしては、この悲劇の教訓を後世に生かすことはできません。

つまり、同様のケースに直面した時、私たちはどうすべきなのかというレベルにまで落とし込んで考え、その結果をだれもが出来るように一般化、制度化しておかなければならないのです。責任の追求だけで終わっては、また似たような悲劇が繰り返されることになります。

次回は「どうするべきだったのか」を考え、最終回となります。


■このシリーズは、カテゴリ【被災地関連情報】です。

【大川小からの報告1】宮城・震災から1年8ヶ月【11】

当シリーズ最終記事となる「大川小からの報告」を、これから三回に渡ってお送りします。最終回には、動画もアップします。

本文に入る前に、まずこの記事の主旨についておことわりしておきます。管理人は、この悲劇に関わるいかなる人々に対しても、責任の追求または擁護などすることを目的としていません。この記事の目的はあくまでも、あの時の条件下においてどれだけの判断や行動が可能だったのかを現地に立って自分なりに検証し、その結果を報告させていただくものです。

場合によっては、ご遺族や関係者様の感情にそぐわなかったり、責任問題の方向性と異なる部分があるかもしれません。しかし、最大の目的はあのような悲劇を繰り返さないために現場から学ぶことであり、他意は全くありません。そのような前提でお読みいただきたいと思います。なお、管理人が現地を訪問したのは、2012年10月12日です。では、本文です。


宮城県石巻市の大川小学校は、追波(おっぱ)湾に注ぐ北上川河口から約5kmほど遡った川沿いに位置しています。この辺りから河口までの北上川は川幅も非常に広いゆったりとした流れで、川というよりはリアス式の湾のほとりにいるような印象を受けます。
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上画像は河口から約3km地点から上流方向を見たものです。画面奥にかすかに見えるのが新北上大橋で、その左岸に大川小学校があります。

大川小学校の近くでは新北上大橋が北上川を渡っており、そのたもとは橋の高さに合わせて堤防が高くなっています。水面からは優に5m以上はあるでしょう。そこが、避難者の隊列が目指した「三角地帯」です。
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上画像は「三角地帯」から大川小を見下ろしたもので、これだけ高低差があります。二階の屋根の高さとほぼ同じ高さくらいです。校舎手前の校庭からここまで、道沿いに歩いて約200m。ジョギング程度に走れば、1分半もあれば着くほど近い場所です。

川は画面左側の堤防の裏で、水面の高さは校舎の地面とほぼ同じ。海は画面奥方向の約5km先です。もちろんここから海は全く見えません。それどころか、この三角地帯からも、北上川の水面はほとんど見えません。
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この場所からでも意識して河口方向を見ていなかったら、津波が遡上して来るのは気付かなかったでしょう。しかもここから1mでも下に降りたら、川は堤防の陰で全く見えなくなります。なお、堤防の手前の水面は富士川という小河川で、こちらには堤防がありません。最終的に河口付近で北上川に合流します。あの時は、背後の山の上から津波の遡上を発見した人が小学校に危険を知らせようとしたそうですが、その情報は届きませんでした。

地震発生から約50分後、津波の接近を全く察知できていなかった教職員と子供たちの、そして近隣の避難者の隊列は、校庭から三角地帯を目指して移動を始めました。しかし隊列がまだ低地にいる時に、津波は三角地帯を超えて、前方から襲いかかったのです。
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上画像は、校庭付近から三角地帯を見たものです。橋の左側、信号が立っている辺りが三角地帯です。津波襲来時はあの信号柱がなぎ倒されており、それほどの水流がこの場所を超えたということがわかります。津波前はここにも家並みがあってこれほど見通しは良くなかったはずですが、三角地帯は同じように見えたと思われます。

そこにいた皆が、三角地帯を超えてなだれ落ちてくる真っ黒な濁流を目の当たりにしたのです。海は右後方です。しかし濁流は堤防を超えて前方から流れ込んで来たのだといいます。ほぼ同時に、濁流は右後方の堤防の低い部分も超えて来たそうです。

目の前100mもない三角地帯を超えて、そして背後からも突然襲いかかる濁流。数秒で足下に水が来たでしょう。逃げる時間はほとんど無かったはずです。最終的に、この場所は小学校の二階の屋根がほとんど水没する5m近い濁流に覆われ、鉄筋コンクリート造りの小学校を除き、周囲のすべての家は跡形も無く流されました。近くの山の斜面に最大水位の印が残されていますが、濁流はさらに山の斜面を10m近くまで遡上したそうです。
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校舎二階屋根のひさしに瓦礫がぶつかった跡があります。その高さまで水没したのです。

そして、児童76名と教職員11名が死亡または行方不明という凄惨な結果となりました。隊列の後方にいた児童のひとりは、津波を見て後方の山に向かって走り、押し流されながらも這い上がって助かったそうです。しかしそれも奇跡的なことであり、現場に立ってわかることは、濁流を見てからでは、安全な場所に逃げ切れる可能性はほとんど無かったということです。もちろん、自分がそこにいたとしても。


実際に惨劇の場所に立つと、言葉では表現できない重苦しい感情にとらわれます。現場ではまず最初に、校門跡にしつらえらえた祭壇に献花をして、祈りを捧げました。
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完全に破壊された校舎の姿に、こんな巨大な力に為すすべも無く襲われた子供たちの恐怖と無念を感じ、ただ悔しさに歯ぎしりをする思いです。
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それから周辺を歩いて、実際の位置関係や距離を調べ、そして感じます。考えているのは、「もし自分があの時ここにいたら、どのような判断と行動をしたのだろうか」ということです。

この悲劇において、直接的な原因は二つに絞られます。まず、避難開始時間が遅すぎたこと。そして、避難場所も適切でなかったこと。仮にもっと早く三角地帯に到達していても、全員が津波に流されたはずです。あとで動画でご覧いただけますが、三角地帯からさらに高い場所へ避難することは、ほとんど不可能でした。

では、なぜそのような判断になったのでしょうか。次回はあの時の条件と周囲の状況を総合し、「あの時何ができたのか、何ができなかったのか」について検証します。

■このシリーズは、カテゴリ【被災地関連情報】です。

2013年1月 6日 (日)

【ほとんど静穏】宏観現象による地震警戒情報【1/6まとめ】

昨年末の12月30日、千葉県北部の井戸水に久し振りに臭いが出たとの情報をいただき、1月5日辺りまでの地震警戒情報を出しました。

しかし、結果的に対象となる震源域はほとんど沈黙しています。この期間内に茨城県南部、千葉県北東・北西部の震源で起きた地震は、1月4日に発生した茨城県南部、深さ50km、マグニチュード3.0、最大震度1の一回のみです。

昨年前半くらいまでは、この井戸に変化が出た後には必ずと言って良いほど近隣震源域である程度の大きさの地震が発生していました。しかし昨年10月初旬くらいから近隣震源域で小規模地震が一週間に数回という頻度で多発し始め、その頃から井戸水の変化と地震発生の関連が良く見えなくなり始めました。

その後、昨年12月初旬ごろからは多発傾向が収束方向へ向かい、12月中旬以降はほとんど発生しなくなりました。そんな中で久し振りに井戸水の変化が出たために、多発期以前の経験則に則って警戒情報を出したものです。しかし、かつてのようにはっきりとした傾向は見えてきませんでした。やはり多発期以降は、地下の状況が何か変わってきているようです。

今後は改めて井戸水の変化と地震の発生パターンをつき合わせ、新たな傾向を見出せるようにデータを集積して行きたいと思います。


井戸水との関連はともかく、一時は一週間に数回以上という地震を発生させていた茨城県南部、千葉県北東・北西部の震源域は、この三週間ほどの間はほぼ沈黙しています。その一方で注目すべきことは、関東南部での多発傾向が収まるのと入れ替わるようにして、フォッサ・マグナ以西の西日本各地や、伊豆諸島での地震回数が明らかに増えてきたことです。

これがどのような理由によるものかは管理人にはわかりませんが(恐らく専門家にもすぐにはわからないでしょうが)、ひとつの事実として、フォッサ・マグナ以西はフィリピン海プレートの北西向きの動きに押されている部分ですので、その辺りに理由がありそうです。そして、フィリピン海プレートの先端は、地下40~60km辺りで関東南部の、まさに茨城県南部、千葉県北東・北西部辺りまで達していますので、やはりフィリピン海プレートの動きがカギを握っているのではないかと考えられます。

関東南部の震源域が発生傾向を大きく変えている一方で、茨城県沖、福島県沖、宮城県沖で発生している地震は、ほとんど一定のペースで続いています。それらの地震は地理的にフィリピン海プレートの動きの影響を受けず、もっぱら太平洋プレートの西向きの動きによって発生していますから、このことからも関東南部以西における地震活動の変化は、フィリピン海プレートの動きの影響を受けていると考えられます。

ただし、この動きが今後どのようになって行くかは全く予断を許しません。関東南部の震源域が今のところ沈黙しているからと言って、このまま震災前の発生ペースに戻るようなことは全く考えられません。巨大地震の発生後5年から最大10年程度の間は、近隣の震源域で大規模地震が連鎖する可能性が高まることが統計的に明らかですので、当分は「いつ起きてもおかしくない」状態が続きます。

そしてフィリピン海プレートと、その上に乗っている陸側のユーラシアプレートの境界で起きる地震こそが、東京をはじめとする関東南部に最も強い揺れをもたらすタイプの地震なのです。このことからも、しばらくは関東南部の地震発生傾向について、特に注目して行こうと考えております。


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2013年1月 5日 (土)

あけましておめでとうございます。

これより、2013年の記事を始めます。本年も「生き残れ。Annex」をよろしくお願いいたします。なんとなくバックの色を変えてみましたけど、また変えるかもしれません(笑)


さて、新年一本目は「防災的に今年はどんな年なのか」について考えてみたいと思います。

まずは地震。東日本大震災の発生からもうすぐ2年を迎えますが、過去、歴史に残るような被害が出た大地震の後には必ずと言って良いほどの確度で、近隣の震源域で大きな地震が起きています。それはほとんどの場合前の大地震から5年程度の間に発生しており、その後も最低10年は影響が続くとされています。

既に、震災直後の2011年3月12日に長野県栄村で震度6強、3月15日に静岡県富士宮市で震度6弱が発生していますが、それで終わりではないと考えなければなりません。これから2016年くらいまでの間は、東日本を中心に大きな地震への警戒を特に強めなければならない期間と言えます。

一方、震災による地殻変動の影響は東日本だけではありません。西日本から南西諸島にかけても、震災後明らかに地震が増えています。直近を見れば、昨年12月中旬くらいから、西日本各地や伊豆諸島での地震が明らかに増加していますし、いわゆるフォッサ・マグナ(=大地溝帯、静岡-糸魚川構造線)周辺でも、小規模の地震が増えています。

今年を含め、引き続き当分の間は「いつどこでも起きる可能性が高まっている」という意識を、より強く持ち続けなければなりません。


次に火山。過去の観測史上、世界で起きたマグニチュード9クラスの巨大地震の後には、100%の確率で震源域近隣の火山が噴火しており、それらはほぼすべてが大地震の発生から「3年以内」に起きています。

世間では富士山噴火の可能性ばかりが取り沙汰されますが、北海道から富士山辺りまで、東日本のどの火山が噴火してもおかしくないのです。さらに、日本列島すべてに及ぶ震災の影響を考えれば、西日本でも決して安心はできないと考えなければなりません。特に九州の霧島火山帯や桜島では震災以前から活動が活発化しており、現在は危機的状況ではないものの、現在進行形の危険です。

この状況にかんがみ、我が国には世界の約10%に当たる、110もの活火山があるということを、改めて意識すべき時であると言えます。かつては「死火山」という定義がありましたが、現在はありません。現在噴煙を上げている山だけが活火山ではなく、太古から噴火によって形成されたいわゆる火山は、またいつ噴いてもおかしくないと考えて、備えを進めておく必要があります。

なお、火山噴火の前は必ず前兆現象が現れます。多くの場合は遅くとも数日前くらいから現れますが、中には現在も活動が続いている霧島火山帯の新燃岳のように、噴火の数時間前まで全く静かなこともありますから、やはり「いつどこで噴いてもおかしくない」のです。


続いて気象です。この冬は全国的にとても寒いので、地球高温化(当ブログでは、今後「温暖化」ではなく「高温化」と表記します)という言葉を忘れてしまいそうですが、実はこの寒さも高温化の影響と言えるのです。

地球の気候は、赤道付近から極付近へ海流が熱を運ぶことによって、ある程度平均化されています。しかし高温化が進んでその流れが変わり、地球の熱分布がどんどん極端化しつつあります。それがジェット気流の流れや強さを変えて、気候に影響を与えています。端的に言えば、暑い場所はより暑く、寒い場所はより寒くなり、降水量も増える場所と減る場所がはっきりと分かれてきます。しかもその場所は時期によって変化するのです。

例えば、英国では3年ほど前にはかなり降水量が少なくて干ばつと言える状態だったのですが、昨年は年間平均降水量を大きく上回り、ほとんど「水浸し」と言える状態です。一方で北米やオーストラリアでは、干ばつが続いています。我が国におけるこの冬の寒さと多雪も、大局的にはそれらと関連していることなのです。

そのような傾向が自然災害面に与える影響として、降水量が増えることによる洪水、土石流、地滑り、崖崩れ、雪崩の増加、台風の大型化、強力な積乱雲の多発による豪雨、竜巻、雹の増加、海面上昇による高潮の増加などが考えられます。

我が国でも既に竜巻が急増していることは、皆様も実感されているかと思いますが、この先どんどん気候の極端化が進むのは間違いないでしょう。


このように2013年の我が国は、防災的には非常に厳しい状態のまっただ中にあるということを、本気で意識しなければなりません。新年早々めでたくない話ばかりですが、これが現実です。

でもなんだか、あまりにも救いが無いようですね。しかし、自然災害はいつも最大級で襲って来るわけでもありません。正しい知識と備えがあれば、その危険の大半から身を守ることができるのも事実です。そして、最悪の大災害に見舞われたとしても、正しい知識と備えは確実に「生き残る」確率をアップさせます。

誰でも、雨が降りそうならば傘を持って出かけますが、その意識を一歩も二歩も進めるべき時が、まさに今なのです。

あなたとあなたの大切な人を守るのは、どこかの誰かではありません。あなた自身の意識と行動です。当ブログでは、そのために「本当に役に立つ、本当に使える」知識と備えについて、今年もお伝えして行きます。

改めまして、今年もよろしくお願いいたします。


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