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2013年2月20日 (水)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。【9】

激しく揺れる暗闇の中、最初にレストランのエントランスへたどりついた男が停電で開かない自動ドアに手をかけて力ずくで半分ほど引き開けると、身体をねじ込むようにして通り抜けた。そのまま続く何人かは通り抜けられたが、一人が転ぶと次々に折り重なり、真っ暗なドアの前で文字通り黒山になった。背中を踏みつけられた女が、絶叫する。

ドアを出られた客は表の螺旋階段を下りようとしたが、激しい揺れで手すりにしがみついていることしかできない。そこへ後ろから駆け下りようとした数人の客がつまづき、悲鳴と共に階段を転げ落ちて、大理石貼りの床に叩きつけられた。どすっという鈍い音が続けざまに響く。

衛と玲奈は、テーブルの下で必死に耐えていた。正確には、恐怖で身動きができない衛の頭を玲奈がしっかりと胸に抱いて、脱出のタイミングをはかっていた。衛は頬に玲奈の胸の柔らかさと重量感を感じながら、
「玲奈ぁ…助けてくれ…」
と搾り出すように繰り返していた。身体が、全く動かない。と言うより、恐怖に混乱した頭が、身体を動かす指令を出すことを完全に放棄していた。
「玲奈ぁぁ…」

頭上で狂ったように跳ね回っていた豪奢なシャンデリアの鎖がついに切れ、二人のテーブルの上に落ちて派手な音を立てて砕け散った。さすがの玲奈もそのはじけるような大音響に全身をビクっと固くしたが、すぐに
「大丈夫!、もう少し、もう少し待って!」
と、自分に言い聞かせるように声を絞り出した。息が荒い。壁にかけられた大きなリトグラフの額が吹っ飛び、観葉植物の鉢が床を転げ周る。

狂ったような揺れが少しずつ収まって来るのを、二人は感じた。衛はやっと少しだけ我に返り、一刻も早くここから逃げ出さなければと思った。玲奈から身体を離そうとすると、しかし玲奈は衛の頭をさらに強く抱き寄せながら、叫ぶように言った。
「バカっ!まだ、まだよっ!」


やがて揺れは潮が引くように小さくなって行き、完全に収まった。辺りに静寂が戻る。玲奈は肩にかけていたハンドバッグから小型のLEDライトを取り出し、点灯した。あの地下鉄の中で放たれたのと同じ、白く強い光の束が辺りを走る。衛はその光がなんだか懐かしくさえ感じたが、店の中はあの時の車内どころでは無い。あちこちで人が倒れ、椅子やテーブルが散乱しているのが見える。その様子を見た玲奈は一瞬迷ったようだったが、
「とにかく一旦出ましょう」
と言い、ふたりはテーブルの下から這い出した。

すぐに自動ドアを目指そうとする衛の腕をつかんで、玲奈は
「こっちよ!」
と、店の奥へと衛を引っ張って行った。

店の一番奥まった場所に来た時、衛はそこに非常口のサインが緑色に点灯しているのを見た。二人の席からは全く見えていなかった。衛は、その時初めて気付いた。玲奈は、席に座る前に奥の非常口の場所を確認していたのだ。そして大きな地震が来たら、店の出入り口と表の螺旋階段からの脱出は困難だと考えて、裏手の非常口に近い席をリクエストしたのだ。

この店に入る前に玲奈が立ち止まったのは、こんな時のために建物の造りを見て、脱出路を考えていたのだということにも気付いた。食事の内容を考えていたんじゃないんだ…
《玲奈…すげえよ…》
衛はライトで非常口ドアの周囲を照らしている玲奈の真剣な横顔を見ながら、心の中でつぶやいた。
 
すると玲奈は、非常口のドアノブにそっと、右手の甲で触れた。そして
「大丈夫ね、熱くない」
そう言うとドアノブを回して、装飾のために木製のラティスで覆われた鉄製のドアを開けた。一階へつながる非常階段は真っ暗だったが、煙や異臭は無い。ふたりはライトを持った玲奈を前にして、階段を下りて行った。

店の外は、大混乱だった。ビルが大きく損傷するほどの被害は無いようだったが、袖看板やガラス片が路上に散らばり、あちこちで人が倒れている。螺旋階段から転げ落ちた客が、何人もうずくまって呻いている。周辺のビルから続々とあふれ出てくる人々が、車のライトの明かりだけの暗い路上で、右往左往している。あちこちから消防車や救急車のサイレンが聞こえて来るが、一体どこへ向かっているのかわからない。

衛は厳しい表情で周りを見回している玲奈に言った。
「は、早く逃げよう!」
すると玲奈はキッと衛を振り返って言い放った。
「バカ!負傷者救護が先!」
見ると、玲奈はもう、半透明のゴム手袋をはめている。血液感染防止用のラテックス手袋だ。それを見て、衛はひとこと、今度は声に出してつぶやいた。
「玲奈…すげえ…」


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