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2013年3月

2013年3月30日 (土)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。【16】

玲奈が率いる、30人ほどに人数が増えた隊列は、何十年も前から建っていたような古い家が何軒かぺしゃんこに潰れている、小さな集落を抜ける。玲奈はそこにいた屈強そうな中年男に声をかけた。
「この辺は…大丈夫ですか?」
潰れた家から誰かを助け出したのだろう。中年男は埃まみれになった顔をほころばせながら言った。
「ああ、みんな出られた。あんたらも早く山へ行かないと」
「はい!」
玲奈の顔が輝いた。

隊列は集落の裏手に迫った山肌を切り開いて造られた津波避難所の下へ到着した。斜面を上る30メートルほどの急な石段は、恵子の報告の通り、下から10メートルほどの部分から上が、崩れた土砂に覆われて見えなくなっていた。赤茶色の土で覆われた崩落斜面は、四つんばいにならないと登れないくらいの傾斜だ。足場も悪い。

《これは年寄りにはきついな…》
衛が思った時、崖の上から恵子の大声が降ってきた。
「はんちょーうっ!」
大きく手を振ると、赤いザイルの束を投げ落とす。ザイルはするするとほどけて、石段の下まで届いた。

玲奈は恵子を見上げて黙ってうなずくと、率いてきた集団に向かって言った。
「登れそうな方は、このロープを手がかりに先に登ってください。あなたとあなた、あなたは手伝ってください」
と、3人の若い男を補助者に指名した。指名された男たちは、緊張した顔で黙ってうなずく。最後の“あなた”は衛だ。

また、上から恵子の声が降ってくる。
「津波到達予想まで、あと3分っ!」
「了っ!さあ、急ぎましょう!まず、あなたたちから!」玲奈は若いカップルを指名した。
「途中でサンダルや靴が脱げても、止まらずに上まで登ってください!いいですね!」
体力のある者は、途中で少し足を滑らせたりしながらも、するすると斜面を登って行く。幼児は父親が背負い、背負う男がいない子供は、補助の若者が背負って登った。しり込みする中年女性は玲奈が一緒に励ましながら登り切り、すぐに玲奈は土埃を巻き上げながら下りてきた。

最後に、衛、玲奈と70代後半くらいに見える老夫婦が残った。玲奈が自衛隊だと衛に言った男と、その妻だ。
「お待たせして申し訳ありませんでした!」
玲奈はきちっと45度の礼をした。老夫婦はおだやかに微笑んでいる。玲奈は衛を向いて言った。
「あなたはご主人と一緒に先に上って」
「わ、わかった」

衛は老人を先に行かせ、うしろからその腰を押し上げるようにしながら、なんとか登り切った。玲奈は自分の腰のパレオを取り、折りたたんで老婦人の腰の後ろに当てると、ザイルの端をその上から巻きつけて、あざやかな手つきで身体の前に結び目を作った。
「ちょっと痛いかもしれませんが、少しだけ我慢してください」
「いいのよ。これくらい大丈夫」
老婦人が答えると、上から見下ろしている恵子に向かって右腕を上げ、握った拳の親指を立てた。

うなずいた恵子は両腕でたぐるようにして、ザイルをゆっくりと引き上げ始める。玲奈は老婦人のすぐ後ろについて、身体のバランスを崩さないように、足を滑らさないように気をつけながら押し上げる。何度も
「痛くないですか?」
「少し休みますか?」
「もう少しです!」
と、声をかけている。途中で何度か休みながら、ついにふたりは高台の広場へたどり着いた。周りにいた人々から拍手が巻き起こる。

恵子が玲奈に駆け寄り、すっと背筋を伸ばして言った。
「お客様の避難、完遂できました!ご協力ありがとうございました!」
玲奈は穏やかに微笑みながら答える。
「間に合ったわね。ありがとう」
恵子は挙手の敬礼をしそうな勢いでさらに背筋を伸ばすと、もう一度
「ありがとうございました!」
と言って45度の礼をした。拍手が大きくなる。

恵子は白い歯を見せて笑いながら言った。
「さすが玲奈班長です」
「いえいえ。わたしたち、がんばったもんね、あの頃」
「そうですね!がんばりました」
「でも…」
「は?」
「…やっぱりその“班長”はやめて…」
玲奈は視線だけで衛の姿を探しながら言った。

玲奈の背後で拍手をしながら、ふたりの遣り取りを聞いていた衛は、玲奈の困った様子を見て声をかけた
「玲奈!」
すぐうしろから聞こえた衛の声に、玲奈はびくっと肩をすくめて振り返った。つい先ほどまでの毅然とした玲奈ではなく、彼氏に隠し事がばれた女の子の困り顔になっている。衛が穏やかな表情で続ける。
「いいんだよ。もう知ってる。おれの彼女は自衛隊出身!」

「え…どうして…」
「あの人が教えてくれたんだ。おまえの彼女は凄いぞ、って」
衛は少し離れた日陰で腰を下ろしている、あの老夫婦を指差した。老夫婦は微笑みながらこちらを見ている。
「最高にカッコよかったよ、玲奈」
「…そんな…」
「でも、なんで隠してたんだよ」
「なんでって…」

その時、誰かが叫んだ。
「来たぞ!」
全員の視線が、眼下に続く家並みの向こうに見える海に注がれる。真昼の太陽に照らされてきらきらと輝く水平線がむくむくと盛り上がり、波頭が霧のように舞い上がるのが見えた。誰も、言葉を発しない。さわやかな夏の日にはあまりに不似合いな沈黙が、辺りを支配した。

沖から伝わって来るゴーっという海鳴りが皆の耳に届いた時、また誰かが叫んだ。
「子供が、子供がいる!」
全員の視線が、今度は家並みの路地を走る。
「あ、いた!」
300メートルほど離れた路地に、小学校低学年くらいの男の子だろうか、よたよたとこちらに向かっているのが見えた。怪我をしているらしく、足元がおぼつかない。


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2013年3月29日 (金)

【シミュレーション解説編】地震・一戸建て住宅【1】

シミュレーションの解説編です。本文は下記をご覧ください。
■シミュレーション本文はこちらから
なお、当シリーズ記事の主旨は、災害における、ある「最悪の結果」を提示し、登場人物の行動は何が間違っていて、どうすれば最悪の結果を避けられたかを考察するものです。


舞台は12月の東京。空気は乾燥しており、その日は強い北風が吹いていました。家は1979年(昭和54年)築の木造一戸建てです。つまり、1981年(昭和56年)に強化改正された建築基準法の耐震基準に準拠していない、大地震で倒壊の恐れがある「既存不適格建物」です。そのような建物の場合、理想的には耐震補強工事を行うべきなのですが、それができない場合は、まず自宅に倒壊の危険があるということを認識し、それに合わせた対策を講じなければなりません。すべては、そこからです。

発生した地震は、阪神・淡路大震災と同じタイプの直下型地震です。このような地震の場合、緊急地震速報が出ても、ほぼ同時に強い揺れが始まります。震源により近い場所では、揺れの方が先に来ることもあります。直下型地震の特徴は、下から突き上げるような強いたて揺れを感じた直後、震動周期の短い、振り回すような激しい横揺れになりやすいことで、この揺れが建物に大きな破壊力をもたらします。


まず、最初の間違い。台所に立っていた母親は、強い揺れを感じた瞬間、コンロの火を消すことだけを考えてしまいました。かつては、防災標語に「グラっと来たら火の始末」というものがあったりもして、まず火事を出さないことが最優先されました。これは、大火災で膨大な数の犠牲者が出た、1923年(大正12年)の関東大震災の教訓が色濃く残っていたためです。

しかし現在では、強い揺れを感じたら、まず自分の身の安全を確保することが最優先という考え方に変わっています。揺れを感じた瞬間に火を消せる場合を除き、強い揺れの中で無理に火を消そうとして、火にかけた熱湯や油を浴びてしまう危険から一旦遠ざかり、比較的頑丈な玄関やテーブルの下に避難すべきです。現代では、強い地震を感じると自動的にガスを止めるマイコンメーターや、コンロや暖房器具などの自動消火装置が普及しているので、地震による出火の可能性はかつてに比べてかなり小さくなっているからです。

このような行動は、普段から意識していないととっさに動けない可能性が高いので、折りに触れて思い出してください。特に、小さな地震を感じた時には、実際に同じ行動をしてみるなどの「訓練」を繰り返しておくことが効果的です。もちろん、お子さんと一緒にやってください。幼稚園の年長さんくらいになれば、訓練していれば自分の判断でも動けるはずです。


次の間違い。この家では、家の中の地震対策が全く行われていません。台所の天袋には重量のある鍋や大皿が入れてあり、扉のロックもありません。居間の家具にも、転倒防止対策が施されていませんでした。このため、最初の激しい揺れの時点で天袋の中身がぶちまけられ、家具がひっくり返りました。本文のように、この時点で重傷を負ってしまい、家が倒壊しなくても脱出の機会を失うかもしれません。子供部屋でも、子供が潜り込んだ机に本棚が倒れかかり、脱出路を失ってしまいました。

建物が頑丈でも、家の中が未対策だったら危険度は大して変わりません。家の中での最大の危険は、重量のあるものや家具類なのです。直下型地震の短周期の揺れは、高い場所にある重量物や重い家具にも最大の破壊力、つまりばらまいたり転倒させる力を及ぼします。

なお、東日本大震災においては、残された数多くの映像でもわかる通り、震度6級以上の揺れでも建物被害は阪神・淡路大震災に比べて非常に少なく、家具類が吹っ飛んだようなこともあまり報告されていません。これは、陸地と海底の震源が比較的離れていたことによる、揺れかたの違いによります。一般に、地震は震源との距離が離れているほど伝わって来る震動周期が長くなる性質があり、そのせいで建物を破壊したり、家具類を倒す力が直下型に比べて小さかったためです。これは揺れが小さいということではなく、あくまで揺れ方の問題です。

一方で、比較的長い周期の震動は高層建物を大きく揺らす力が強くなります。東京の高層ビル群が目で見てわかるほど大きく揺れ、震源から1000kmも離れた大阪では、震度3程度だったのに、高層ビルが大きく揺れたのはこのためです。


本文では、激しい揺れが始まってから10秒もしないうちに家が倒壊してしまいますが、これは、最大震度7を記録した阪神・淡路大震災で、実際に広範囲で起きたことです。特に1971年(昭和46年)以前に建てられた木造家屋、その多くが昭和20~30年代築の家は軒並みこのような倒壊をし、ほとんど屋外へ逃げる間もありませんでした。

しかしそれより新しい建物からと言って、倒壊までにもっと時間的余裕があるとも、旧い建物だからと言って必ず倒壊するとも限りません。建物の状態は、痛みの程度や増改築の方法などで千差万別だからです。確かなことは、耐震強度が低い建物は、大地震に遭うと高い確率で倒壊するということです。

次回へ続きます。


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2013年3月28日 (木)

近所で火事が起きました

今日の午前零時過ぎ、管理人宅の近所で火災が発生しました。昨日、地震火災に関するシミュレーション記事をアップしたばかりというタイミングなので、何か複雑な気分です。もちろん単なる偶然なのですが。

消防車のサイレンが鳴り響き、管理人宅からも猛煙が上がるのが見えましたので、現場へ行ってみました。野次馬と言われれば何も反論できませんし、焼け出された方々には大変申し訳ないと思いつつも、実際に現場を見ておく必要があると思ったのです。実は、この火災現場は小規模ながらも「木密地域」の特徴を持っている、古くからの住宅街なのです。

車がすれ違うのも難しい細い道路から、さらに細い路地が縦横に走り、そこに築数十年というような旧い木造家屋が、今でもかなり残っている場所です。今日の火災についてはまだ詳しいことはわかりませんが、出火した建物は、どうやらそのような旧い家屋のようです。

管理人が現場についたときには、すでに出火点の建物は全焼し、焼け焦げた骨組みだけになって白煙を上げている状態でした。しかし消防の懸命の消火活動に関わらず、軒を接する隣家と、さらに隣へと延焼している最中です。消防車は30mほど離れた表通りまでしか入れず、そこからホースを路地に引き込んで放水しています。

最初の出火から約30分くらいで、出火建物に並ぶ三軒目の二階に火が入りました。見る間に室内は火の海になり、天井裏にまで火が回って、ある時点で爆発的に火が大きくなりました。軒先から数メートルの炎が噴き出しています。恐らく、燃える木材から出る可燃性ガスが一気に燃焼する、フラッシュオーバーという現象が起きたのでしょう。

その建物に向けて、消防は三本のホースから放水していますが、その家の前は車が入れないような路地で、隣家との間にもほとんど余地がありませんから、放水できる場所が家の正面からのみで、放水角度も限定されてしまっています。二階の床部分や天井裏などへ直接水がかからず、見る間に火勢が強まって行き、ついには炎が屋根を突き抜けました。

消防隊は火が移っていない隣家の二階ベランダに進入し、そこから二階へ向かって水平に放水を始め、やっと火勢を弱めることができました。そのような努力により、三軒目の家までで延焼が阻止できたようです。消火活動が始まってから約1時間ほど経っていますが、その間の必死の消火活動に関わらず、そこまで燃えてしまったのです。


なぜこのように細かく書いたかというと、「木密地域」における火災の恐ろしさを、まざまざと見せ付けられたからなのです。まず火点に軒を接した旧い木造家屋に延焼し、燃え広がるまでの速さ。そして消防車が火点の近くまで入れず、はしご車などで高い場所からの放水ができないこと。さらに火点の周囲が狭く、効果的な放水角度が取りにくいという問題などです。

それだけでも恐ろしいのですが、それでも今日はまだ良い方です。今日は雨上がりで湿度が比較的高く、ほとんど無風でした。これがもっと乾燥していて、強い風が吹いていたら、さらに速く延焼していたでしょう。

そして「平時」の今日、消防は当然ながら全力で消火活動に当たっていました。しかし、もしこれが大地震の後だったら、まず消防は速やかに臨場できません。消防が来ても、断水している可能性が高いのです。防火水槽などから水利が確保できたとしても、大地震直後には消火よりも倒壊家屋からの人命救助を優先せざるを得ず、火災は事実上燃えるにまかされることになります。そんな状況が、特に「木密地域」で多数発生することは、阪神・淡路大震災で証明されました。

一旦火が出たら、「木密地域」ではごく短時間で延焼して行きますから、速やかに安全な場所へ避難しなければなりません。そのためには、「避難できる」状態でいること、つまり、まず地震による家屋の倒壊や、家具の転倒などの危険から身を守らなければならないのです。


阪神・淡路大震災では、6434名の犠牲者のうち86%が、自宅内で死亡しました。そのうちの83.3%が建物や家具等の倒壊による死亡、残り12.2%が、「生存時焼死」と分類されています。つまり、自宅から脱出できないまま、炎に巻かれたということです。それがどういうことか、自分自身の「痛み」として捉え、対策をしなければならないと、猛火に包まれる家を見ながら、強く思いました。

そして自分の家が、財産が、大切なものがすべて灰になり、自分が火元だったら延焼先への責任も負うという恐ろしさを改めて突きつけられたのですが、やはり何より自分や大切な人が猛火に焼かれるという恐怖が一番です。

そうならないために何が必要か、改めて考えてみてください。当ブログでも、過去記事で地震火災に対する具体的な対策をまとめています。


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2013年3月27日 (水)

【シミュレーションストーリー】地震・一戸建て住宅

久しぶりの「災害シミュレーション」カテゴリの記事です。下記のシミュレーションは、当ブログ本館のmixiコミュニティに2008年3月13日付けでアップしたテキストを、一部加筆修正したものです。

なお、この記事は当ブログ読者の方から、小さなお子さんがいる場合の地震対策に関わる内容のご要望いただきましたので、それにお応えして掲載するものです。ストーリー本文掲載に続き、解説編をアップします。

なお、本文中には子供が犠牲になるシーンがありますので、お読みいただくかどうかは、皆様それぞれのご判断にてお願いします。

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【想定】
20××年 12月19日 午後6時18分
東京都北区某所 住宅密集地
木造モルタル造2階建て住宅(1979年築)
篠田康子 32歳 主婦
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日が落ちてから、北風が強くなってきた。乾ききった冷たい風が、甲高い口笛のような音を立てて路地を吹き抜ける。康子は家じゅうの 雨戸を閉めて回ると、台所に戻った。今日の夕食は小学校 2年生になる上の娘、梨奈のたってのリクエストで鶏の水炊き だった。女の子のくせに父親の正治とそっくりな、なんだか酒飲みが好みそうな献立が大好きな梨奈のことを考え、 康子は少し呆れたように微笑んだ。正治からは、今日も遅くなるから食事は外済ませて来るとメールが入っていた。

踏み台に乗って流しの上の天袋から土鍋を取り出した康子は、隣の居間でテレビアニメに熱中している、小学校2年生の梨奈に声をかけた。
「ごはんの前に宿題やっちゃいなさいよ!」
返事がない。
「ちょっと梨奈、聞いてるの!」
「はーい」
梨奈はしぶしぶ立ち上がると、玄関脇の子供部屋へ行った。居間では下の息子、幼稚園の年長組に通っている久志が、康子の声など全く聞こえないくらい、相変わらずアニメに没頭している。

ガスコンロにかけた土鍋の湯が煮立ち、そろそろ具を入れようと思った時だった。はるか地の底から湧き上がって
来るような、不気味な地鳴りに康子は凍りついた。 それとほぼ同時に、居間からかすかに聞こえていたアニメの音が途切れ、チャイムのような音が繰り返し、康子の耳に届いた。
「なに、これ?」
そう思った瞬間、最初の衝撃が下からズシンと突き上げて来た。家全体がギシっと激しくきしみ、ゴムボールの様に跳ね上がったように思えた。

地震!とにかく火を消さなければ。康子の頭の中はそれだけで一杯になった。ガスコンロへのほんの3歩を踏み出そうとするが、続けざまに突き上げて来る縦揺れにバランスを崩され、流しに手をついて堪えた。数秒後、突然揺れが収まり、静寂が訪れた。居間のテレビから聞こえてくる、無機質な男性の合成音声を聞いて我に返った康子は叫んだ。
「久志!梨奈!大丈夫?早く逃げなさい!」
返事は聞こえなかった。まず火を消してから助けに行こうと思いコンロに手を伸ばした時、爆発的な横揺れが襲ってきた。康子は一瞬でバランスを崩して流しに腰から叩きつけられ、跳ね返ってダイニングの床に転がった。

子供を助けに行かなければ。すぐに立ち上がろうとするが、床に手を着いて上体を起こすだけで精一杯だった。天袋の扉が開いて普段は使わない鍋や大皿がぶちまけられ、床に落ちて砕け散る。大皿の一枚が康子の肩に当たり、康子は痛みに呻いた。そこへ、コンロの上でひっくり返った土鍋から、熱湯が康子の腰に降りかかった。一瞬なにも感じなかったが、次の瞬間刺すような激痛が襲い掛かり、痛みと恐怖で康子が引き裂くような悲鳴を上げた時、照明が消えた。

子供部屋では、梨奈が最初の揺れ始めとほとんど同時に、学校の避難訓練の通りに勉強机の下に潜り込んだ。 しかし激しい横揺れが始まってすぐに、机のうしろにあった本棚が倒れ掛かり、机の下から身動きができなくなったが、梨奈は狭い机の下で、頭を抱えて猛烈な揺れに耐えていた。家全体が激しくきしむ音の向こうから、母親の悲鳴が響いてきたものの、どうしようもない。数秒後、明かりが消えた暗闇の中で、梨奈の耳は床下で太い柱が折れ曲がるような、メリメリという音を捉えていた。

居間にいた久志は最初の揺れで立ち上がろうとしたが、すぐに足を取られて転がった。そのまま立ち上がれずに うつ伏せで床に張り付いていた。おかあさんと叫ぼうと思ったが、声が出ない。縦揺れが一瞬収まった後、猛烈な横揺れが始まると、久志の上に木製の整理たんすが倒れてきて、小さな身体を押しつぶした。久志は背中を強く圧迫されて息ができなくなり、肋骨が折れた。

最大の地震波が到達したとき、ねじれるように大きく揺れる家の、柱と土台を結合するほぞ組みが何ヶ所かで破断し、次いで梁と柱のほぞ組みも折れた。そして一階部分が大きなガラス戸がある南側へ向かって歪んで行き、そのまま二階部分の重さに押し潰されるように倒壊した。激しい揺れが始まってから10秒も経っていない。

揺れはじめから30秒ほどが過ぎると、振り回すような揺れはまるで地面に吸い込まれるかのように引いて行き、1分半ほど経つと完全に収まった。辺りは不気味な静寂に包まれる。暗闇の路地に、倒壊を免れた家から住人が次々に出て来たが、家が大丈夫でも、散乱した家具に阻まれて外に出られない者も多くいた。路地にうごめく明かりは、数人が手にしている懐中電灯だけだ。無事だった住人は、倒壊した家に向かって外から声をかけるが、どの家もほとんど返事が無い。

康子は腰の周りに重度の熱傷を負った上に落下した梁が背中を直撃し、息はあるものの意識を失っていた。久志はたんすの下敷きになった上にさらに倒壊した梁の重量も加わり、すでに事切れていた。 梨奈は机の下で無傷だったが、天井裏からの大量の埃を吸って喉をやられ、外からの呼びかけに応えたくても声が出なかった。でも、こうしていれば、きっとお母さんが 助けに来てくれる。梨奈はそう信じて、気を失いそうな恐怖と心細さに耐えていた。しかし、しばらくすると梨奈は、暗闇の中から焦げ臭い臭いが漂って来るのを感じた。そして、その臭いはどんどん強くなって行った。

倒壊した家の前には、近所の住人が集まってきていた。ひとりが折り重なった瓦礫の奥に炎を認めて叫ぶ。
「篠田さんちから火が出てる!」
携帯電話を持っていた者が119番通報してみるが、回線は完全に沈黙している。その間にも倒壊した一階部分の奥から、最初の炎が立ち上って来る。隣家の住人が庭の蛇口を捻ってみるが、断水していて水は出ない。

何人かが町内に備え付けの消火器を持ってきて、潰れてゆがんだ一階の窓から屋内へ向けて噴射したが、火元が倒壊部分の奥なので、火勢を弱めることはまったくできない。乾燥した木材は乾き切った北風に煽られて見る間に燃え広がり、数分で潰れた家全体が炎に包まれて行った。しかし近所の住人には延焼を防ぐ手立ては何もなく、ただ見守っていることしかできなかった。

そして吹き上がる炎の猛烈な輻射熱に皆が後ずさりし始めた時、何人かは炎の中からわずかに漏れてくる、女の子のくぐもった悲鳴を聞いたような気がした。


【おわり】

管理人註:このストーリーは、阪神・淡路大震災で実際に起きた状況を参考にしています。この後、解説編を掲載します。


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2013年3月26日 (火)

【思いつき記事】お花見の危険

今年は関東地方などで桜の開花が観測史上最速だそうで、管理人のいる埼玉南部でもほぼ満開です。この分では、関東でも入学式の前には散ってしまのではないでしょうか。とりあえず我が家とは直接関係ないものの、なんだかとても気をもんでいる今日この頃です。

入学式はまだしも、「桜祭り」のようなものを企画されている皆様は、かなり慌てておられるのではないでしょうか。管理人はかつてイベント業にも携わっていただけに、他人事とは思えないのであります。

さておき、桜と言えばお花見です。でも、楽しいお花見の最中にも、大きな地震が起きないとは限りません。そこで、ほとんど思いつきなのですが、お花見中の危険について考えてみました。

そこでのいろいろな危険要素を考えて見ると、ひとつ良いことに気付きます。それは「お花見をするような場所は、地震の第一撃に対して比較的安全」ということです。地面にシートを敷いてお花見をするような場所は公園、河川の土手沿い、河川敷など開けた場所が多く、一般に建物の倒壊や落下物の危険が少ないというわけです。多くの場合で、揺れている最中にはその場に留まるのが最良の対応となるでしょう。

ついでに言えば、終了間際でなければ、とりあえず腹に入れたり、しばらく持って歩ける食品類や飲料(酒以外です!)が手元にあるということもメリットと言えるでしょう。屋外で被災した場合の初期状態としては、かなり恵まれているのです。

対して最大の問題は、何よりも酔っ払っている(人が多い)ということでしょう。酒酔いは、言うまでもなく判断力と行動速度及び行動の確実性を損ないます。その対策は、とにかく飲みすぎないこと(笑)と、場所に応じた行動シミュレーションを事前にしておくことです。

例えば、山間部ならば強い揺れによる山崩れや、土砂で川がせき止められることによる土石流の危険、河川の下流域沿いならば、津波が遡上する危険、都市部の公園などでは、周辺の建物の倒壊や火災の危険などです。そして、多数の人が集まる桜の名所のどこにも共通する危険が、群衆のパニックです。それらの危険を避けるためには、その場でどのような行動をしなければならないか、事前に考えておかなければなりません。

現地に行く前の情報検討も大切ですが、現地で自分たちの場所を確保した後に、その場所の周囲の危険要素と避難経路を確かめておくことも忘れてはいけません。倒れそうな電灯や灯篭などの設備はないか、近くに崩れそうな崖や石垣などは無いか、川を津波が遡上した場合に浸水する場所ではないかなどを見極め、それぞれの危険要素に対して、どちらの方向に逃げれば安全かを確認しておきます。そんなちょっとした作業が、地震の瞬間と直後の危険度を最も小さくすると言っても過言ではないのです。

さらに細かく考えて見ると、夜桜の名所では大抵ライトアップしていたり、照明設備があったりしますが、停電したら真っ暗闇で、足元には人とモノがゴロゴロしています。市街地から離れている場所では、街や道路の被災状況がわからず、移動すべきなのかどうかの判断が困難になりますし、不慣れな場所なら尚更です。携帯電話やネット接続はダウンすると考えるべきです。そうこうしているうちに、雨が降ってくるかもしれません。

そこで何が必要かを考えると、ある程度強力なライト(ペンライトくらいでは、屋外ではろくに役に立ちませんよ)、情報収集用のトランジスタラジオ、カッパなどの雨具です。これらはお花見に限らず、常時持ち歩く防災グッズとしてお勧めしているものですが、屋外の広い場所や、市街地を離れた場所で被災することになり、その場所が比較的安全なだけに、しばらくそこから移動しない可能性が高いお花見の席には、特に用意しておきたいものです。

地震でなくても、夜桜のお花見中に停電になったら自分の靴や荷物を探すことも困難になりますし、天候の急変でにわか雨に見舞われることもあります。そんなことが起こる可能性は地震よりはるかに高いわけで、むしろ、そのための装備が大地震でも役に立つ、くらいに考えるべきでしょう。

ところで上記装備のうち、普段はほとんど聴かないトランジスタラジオまで持ち歩くというのは抵抗がある、という方も多いかと思います。管理人のバッグにはAM・FMラジオが常に入っていますが、バッグを持たずに外出する時もあります。

そんな時のために、必ず常時持ち歩いている携帯音楽プレイヤーは、一番人気であるA社のiナントカではなく、S社の「歩く人」にしました。こちらには、ほとんど同じ価格でFMラジオがついていることが決定打となりました。理想的にはAM・FM両用が良いのですが、特に都市部では、FMだけでもかなり対応できますし。これから購入される方は、そんなことも参考にしてみてください。

なお、スマホにはラジオが聴けるアプリもありますが、スマホや携帯電話のバッテリーは、できるだけ通信用に温存しておく方向で考えています。


そんなわけで、ほとんど思いつきでお花見に触れてみました。特に幹事さんには、上記のようなことを、ちょっとだけでも気にしておいていただきたいと思います。


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2013年3月25日 (月)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。【15】

浜辺から海沿いの県道に出ると、道路はあちこちで大きく波打ったりアスファルトにヒビが入ったりしていて、普通の車はとても走れそうもない。車高の高い衛の大型四駆車でも困難だろう。渋滞が無くてもすぐに身動きが出来なくなっていたはずだ。

道路沿いの古い家が倒壊して道路を半分塞いでいたり、電柱が大きく傾いて、電線が垂れ下がっている場所もある。街の方からは、火災と思われる黒煙が上がり始めている。
その時、玲奈が手に持ったトランシーバーから恵子の大声が飛び出した。
《サクラカラナデシコ カンメイイカガ オクレ》
え、なんだ?
玲奈はすかさずトランシーバーを口許に寄せ、反応する
「ナデシコ感明良好 送れ」
玲奈…なんだそれ…?

《○○町郵便局付近、道路陥没のため通行不能 ××スーパー前を北進し、 東方より迂回されたし 送れ》
「ナデシコ了 送れ」
《なおラジオ情報により、当地への津波到達予想時刻は 現在時よりヒトマル分後、ヒトフタサンマル時 予想高さは5メートル以上 送れ》
それを聞いた皆がざわめくが、玲奈は全く意に介さずに返信する。
「ナデシコ了 自身の安全を最優先せよ 送れ」
《サクラ了っ! 終わりっ!》

妙な言葉を使うふたりのスピーディーで無駄の無い交信は、それが経験に基づいたプロのものであることは、衛にもわかった。これが玲奈が言いかけたナントカ国家公務員…なのか?すぐにでも聞いてみたかったが、列の先頭を歩きながら時々後ろを振り返る玲奈の姿はあの毅然としたオーラに包まれていて、余計な質問など跳ねつける緊張感に満ちている。

だがそれどころではない。5メートル以上の津波が10分後に来るという。しかし本物の津波など一度も見たことが無いし、台風で大波が堤防に当たってくだけるみたいなイメージしかない。海岸から山に向かって進み続け、もうだいぶ高度を稼いでいるが、ここでもまだ危険なのだろうか。

その時、衛の脳裏に今朝見た『想定津波浸水高さ5m』の標識が甦った。車の中から見上げた水深5メートルを示す赤線の位置…。これは只事ではない。一刻も早く、少しでも高い場所に逃げなければ。衛は先頭の玲奈に叫んだ。
「玲奈、急ごう!」

しかし玲奈は振り返りもせずに、左手を軽く上げて
《わかった》
というような合図を返しただけだった。でもその直後、突然振り返って叫んだ。
「みなさん走って!早く!」
突然の事に皆訳もわからず、それでも玲奈の真剣な声につられて走り出した時、地面が突然歪んだ様に感じた直後、縦横に振り回すような余震が来た。揺れに足を取られてよろめく者もいたが、強い揺れの中をなんとか転ばずに駆け抜けた。衛も目の前にいた幼児を抱え上げて走った。

すると今駆け抜けて来たまさにその場所で、道路脇の古い木造の商店が道路に向かってメリメリと傾き、道路の三分の二を塞ぐように倒壊して濛々と土ぼこりを巻き上げた。大音響に皆が立ち止まって振り返り、ついで皆が玲奈を見た。皆が呆然とする中、若い男が玲奈に声をかける
「お陰で助かりました。でも、なんであれがわかったんですか?」
玲奈はなおも周囲に視線を走らせながら答えた。
「感じたんです。たて揺れを。で、傾いた家があったから…」

その遣り取りを聞いていた老人が、衛を振り返って言った。
「あんたのお連れさんは頼もしいのぉ」
「いえ、まあ、あ、ありがとうございます…」
まるで自分が頼もしくないと言われているような気がしないでもない。でも確かに玲奈は時々、野性的とも言える鋭さを見せる。今がまさにそれだ。衛は、ふたりが初めて出会った、真っ暗な地下鉄の中を思い出した。あの時から、何回バカって言われたかな…などと余計な事を考える。

老人は言葉を続けた。
「しかしさすがに鍛え方が違うのぉ、自衛隊さんは」
「…じ…じえい…?」
「そうじゃろ?あの無線交信は、陸さんじゃろ?」
「え…は、は…はぃ…」

周りはかなり埋まっているものの、真ん中の部分だけがほとんど空白のジグソーパズルのピースが衛の頭の中で飛び交い、一瞬ですべて正しい位置にはめ込まれたような気がした。完成した画は、まだらの迷彩服にヘルメット姿でにっこりと微笑む玲奈の姿だ。今まで玲奈に感じてきた多くの疑問が、一瞬ですべて解けた。今も見せている毅然とした力強さと鋭い判断力は、自衛隊で積み重ねた訓練で培われたものだったのだ。でも、なんでそんなこと隠していたんだろう…。

衛は左右に視線を走らせながら列の先頭を行く、玲奈の後ろ姿を見つめた。
《玲奈、すげえよ…》
そう思ったとき、玲奈が半分だけ後ろを振り返りながら言った。
「避難所まであと200メートルくらいです。慌てなくても大丈夫で…」
言い終わらないうちに、玲奈が左手に持ったトランシーバーから、恵子のかすれ気味の声が流れ出た。
《サクラからナデシコ 送れ》
「ナデシコ感明良好 送れ」
《サクラ第一目標地点に到達するも、小規模の山体崩落により階段使用不能。目標地点第二に変更の要あるか? 送れ》

玲奈は一瞬考えてから、トランシーバーを口元に寄せた。
「ナデシコ了 山体の登攀は可能か? 送れ」
《…補助等あれば可能と判断する 送れ》
「崩落部分の状況はいかが? 送れ」
《さらに崩落の危険は小さいと判断する 送れ》
「ナデシコ了 目標は変更せず。サクラはそのまま待機、登攀補助に当たれ。本隊はふた分以内に到達する 送れ』
《サクラ了 終わり!》

玲奈は足を止めずに、後ろに続く集団を振り返りながら言った。表情が少し、険しい。
「お聞きの通りです。でも、我々…私たちが補助します。少し急ぎましょう!」
玲奈は前に向き直ると、歩みを速めた。


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2013年3月23日 (土)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。【14】

その時、それと知らなければ、何かお知らせのチャイムにしか聞こえないような音が、波の音に混じってかすかに聞こえてきた。玲奈はびくっとして上体を起こすと、海の家を振り返る。すると開け放たれたガラス戸から、恵子が店のカウンターに置かれたマイクスタンドを引っつかむのが見えた。すぐに軒先に吊るされたラウドスピーカーから、恵子の声が大音量で叩き出される。
《緊急地震速報が出ました!すぐに海から上がってください!地震が来ます!すぐに海から上がってくださいっ!

真っ黒に日焼けしたライフガードの男が、監視やぐらの上から弾かれたように飛び降りて波打ち際へ駆け寄ると、海に入っている人に向かって大きく手を振りながら、トランジスタメガホンで叫び始める。
《地震が来ます!海から上がってください!すぐに!地震が来ます!》
続いて店のスピーカーからは、大音量のサイレンが鳴り響いた。

「玲奈…どうしよう…」
突然のことにうろたえる衛に、砂の上に片膝を立てて周囲をすばやく見回しながら、玲奈は言った。
「今はこのまま待機。砂浜にいる方が安全。荷物まとめて…」
玲奈が言い終わらないうちに、ズシンという衝撃を感じた。それがどんどん大きくなって行く。岬の崖から小さな岩がばらばらと落ちて、海面で水しぶきを上げる。玲奈は海の家の方に振り返ると、鋭い声で叫んだ。
「恵子!退避!」
すぐに大声で返事が来る。
「退避誘導中っ!」
恵子は店の中にいた数人の客を屋外に誘導しているようだ。

下からの突き上げが収まらないうちに、振り回すような横揺れが来た。
《近い…》
緊急地震速報から数秒で最初のたて揺れである初期微動が来た。それもかなり強い。しかもその後にやって来る横揺れ、主要動との時間差がほとんど無かった事を感じた玲奈は、震源地がここからそれほど遠くないと判断した。ということは、ついに“あれ”が来たのか…。玲奈の頭の中に、次に取るべき行動が電光のように走った。

横揺れが始まってから数秒後、最大の地震波が到達した。衛は、四つんばいになったまま動けない。砂浜が風をはらんだ巨大な旗のように波打って見える。並んだ海の家が揃って身もだえするようにねじれ、大きなガラス窓が鋭い音と共に砕け散った。周囲の空気を震わせるドーンという大音響に振り返ると、海の近くにまで迫った山の斜面が幅20mくらいに渡って崩れ落ち、濃い緑の山肌に赤茶色の爪跡が刻まれた。青空に、濛々と土煙が沸き上がる。

海の家の中で一番簡単な造りの一軒が、海に向かって開いた縁側に向かってメリメリと押しつぶされるように倒壊して行くのを、四つん這いのままの衛は口をぽかんと開けて見つめていた。現実感がまるでない。一分ほど経って、揺れが収まって来た。玲奈はさらに周囲の状況を観察する。ライフガードが、波打ち際で座り込んでしまった家族連れを励ましている。倒壊した海の家の周りでも、慌しい動きは無い。どうやらこの浜で重傷者は出ていないようだ。良かった。

「衛、行くわよ!」
「え、どこへ?」
地震の揺れが収まったので、衛はもうすっかり危険が去ったものと息を抜いていた。
「津波が来るわ。すぐに高台へ避難するよ!」
半信半疑ながらビーチパラソルを畳もうとした衛に、玲奈は怒鳴るように言った。
「そんなのいい!持てるものだけ持って!時間が無いっ!」
ふたりが恵子の店まで砂浜を駆け上がって来ると、店の裏手の方から、ボリュームを一杯に上げたラジオの音が聞こえてきた。そこから流れる緊張した男性アナウンサーの声に、玲奈は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

『…ただいま、神奈川県、千葉県、静岡県、愛知県、三重県の太平洋沿岸に大津波警報が発表されました…巨大な津波が予想されます!命を守るために、すぐに高台へ逃げてください!』
ついに、この時が来た…。防災無線のスピーカーから、けたたましいサイレン音が鳴り響き始めた。砂浜の監視やぐらには大きな赤い旗が掲げられ、ライフガードがトランジスタメガホンで叫んでいる。
『大津波警報が出ました!すぐに高台に、山に避難してください。時間がありません!大きな津波が来ます!すぐに避難を…』

「恵子!」
玲奈が叫ぶと、店の裏手の駐車場から
「はいっ!こちらです!」
と返事が返ってきた。ラジオは恵子が持っているらしい。貼り付けたガムテープに“非常持出”とサインペンで書かれた、迷彩色の大型リュックを背負った恵子は、既に駐車場に店の客を集めていた。皆、水着の上にシャツなどを羽織っただけだ。着替えている時間は無い。衛と玲奈もすぐに水着の上にTシャツだけ着て、マリンシューズを履いた。玲奈はいつのまにか腰のパレオを外して、一本にまとめてTシャツの上から腰に巻きつけている。

衛は当然車で避難するものだと思っていたので、玲奈に言った。
「玲奈、早く車に乗って…」
言い終わらないうちに玲奈が言った。
「車はダメ!身動きが取れなくなる」
「でもおれの四駆なら水にも強いし…」
「渋滞したらどうするの!それに、車なんてタイヤ半分くらいの水で流されるのよ!」
初耳だった。
「じゃあ、車は水浸しに…?」
「バカっ!車と命のどっちが大事なの!」
玲奈が衛に初めて見せる、凄まじい剣幕だった。衛は玲奈に気圧されて、腹をくくるしかない。確かに、生き残れなければ車どころでは無い。しかしまだ、半信半疑でもあった。

恵子が玲奈の脇に駆けて来て、ピンと背筋を伸ばして言った。
「自分は先行して、目標地点までの経路を偵察します。班長はお客様の誘導を願います。目標地点は…」
「もちろん、わかっているわ」
「では、これを」
恵子は、玲奈に黄色い小電力トランシーバーを渡した。
「呼び出し符号は…」
そう恵子が言いかけると、玲奈はかすかに微笑みながら、言った。
「…当然、あれで」
「リョウっ!では」
「状況開始っ!」
玲奈が鋭く言うと、恵子は一瞬白い歯を見せて笑い、回れ右をして山へ向かって駆け出した。重そうなリュックをものともせず、大柄な身体からは想像できないリスのような機敏な動きだと、衛は思った。それにしても、さっきの妙な遣り取りはなんだ?

玲奈はすぐに、十数人ほど集まっている客に向かって、良く通る声で言った。
「これから津波避難所へ移動します。距離は約1キロ先の、山の中腹です。私について来てください!」
そして衛に向かって言う。
「衛は列のうしろにいて。途中、急な階段があるから、遅れる人がいないか、いたら手を貸してあげて」
「わ、わかった」
客の中には年配の夫婦や、小さな子連れの家族もいる。大津波警報発表から1分後、津波避難所に向かう隊列が動き出した。

海から県道に上がる途中では、古い木造の納屋がぺしゃんこに潰れていた。玲奈はだれかを見かけるたびに、
「大きな津波が来ます。すぐに山へ避難してください」
と声をかけている。そのまま玲奈たちの隊列に加わる者もいて、だんだん人数が増えて行った。

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2013年3月20日 (水)

異論反論意見質問要望苦情大歓迎!【管理人ひとりごと3/20】

いつも当ブログをご愛読いただき、ありがとうございます。今回は、読者の皆様に管理人からのお願いです。

最近、当ブログのアクセス傾向に大きな変化が出ています。まず、これが一番ありがたいことなのですが、当ブログをブックマークし、そこから訪れていただける方が急増していることです。この先、ブックマークを解除されることなどありませんように(笑)、引き続き「本当に役に立つ」記事をお届けして行きたいと思っております。

もうひとつの大きな変化は、これも非常にありがたいことに、過去記事を閲覧していただける方の急増です。日によっては、最近の記事よりも過去記事のPV数が多くなるくらいです。最近は、一日当たりのPV合計が1000を超える日が多いのですが、そのうち70%以上が過去記事という日もあったりします。

正直申し上げて、当ブログのエッセンスというか、管理人が皆様にお伝えしたいことの骨子は、すべて過去のシリーズ記事に凝縮してあると言っても過言ではありません。特に、カテゴリ【防災用備品】、【地震・津波対策】、【気象災害】の記事が、その中心となっています。

現在のシリーズも含め、この先やって行くことは、そのエッセンスをさらに深く掘り下げるような内容が中心となります。「本当に大切なこと、本当に必要なこと」は基本的に不変ではあるものの、時代に即したアップデートや、新しい理論や方法の登場などにも即応して行かなければなりません。

そこで、読者の皆様にお願いがあります。タイトルにもありますように、どんなに細かいことでも、異論反論はもちろん、ご意見、ご質問、ご要望などを頂戴できればと思っております。


ここまで、かなり多くの情報を流して参りましたが、それはほとんどすべて管理人個人が研究し、考察したことから導き出して来た内容です。もちろん多くの情報、資料、専門家の見解は参考にしていますが、そのままの受け売りはしておりません。その結果、現在の「防災」に関する報道や社会の潮流に、大きな疑問を呈するスタンスにならざるを得なくなっていることは、当ブログ読者の皆様はご理解いただけているかと思います。

できることなら、管理人が批判の対象としている方々からの異論反論を頂戴したいものですが、「プロ」や「専門家」の方々は、どこの馬の骨ともわからない、いちブロガーの意見などはどうでも良いのでしょう。反論しても、一銭にもなりませんしね。下手すれば儲けが減るかも(笑)まあ、管理人は儲け無しどころか持ち出しで、プライドだけでやっているのですけれど。

だからという訳でもないのですが、やはり、読者の皆様のご意見などを直接お聞きしたいなと思っております。管理人が目指す方向は、皆様のご要望と合致しているのか。独善に陥ってはいないか、「これは違うだろう」というご意見は無いかなど、実はかなり気にしております。記事内容にはそれなりに自信を持っておりますが、管理人の拙い表現力のせいで、考えをすべてお伝えすることの難しさも、日々痛感してもいます。

各記事のへのコメント、管理人宛メールは常に歓迎しておりますので、お気軽にどうぞ。個人情報等の秘密は厳守しますが、もちろん捨てアド、ニックネーム等でも全くかまいません。皆様からのコンタクトをお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。


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2013年3月19日 (火)

自動車の危険・落水02【対災害アクションマニュアル 30】

■第1章 危険を知れ(その28) 【自動車の危険・落水02】

今回も、自動車で水中に落ちた時の危険を考えます。

ところで、お気付きの方もあると思いますが、ここまで運転者ひとりの場合の対処方法を述べて来ました。でも、実際には同乗者がいることもあります。

その場合の理想的な対処方法は、同乗者それぞれが自ら脱出行動を行うことです。とは言え、現実にはお年寄り、チャイルドシートの乳幼児、泳げない人、恐怖で動けない人など単独で脱出できない人が同乗していることもあります。仮に単独で動けても、最良の対処方法を知っている人の方が少ないでしょう。

それ以前に、運転者自身が最良の行動ができるとも限りません。これは知識だけではどうにもならず、ここで言うような行動が本当にできるのか、管理人も含めてその時になってみなければわからないのです。

しかし、最短時間で脱出するという意識を持ち、必要な装備を備え、チャンスを逃さないという考えがあるだけでも、最良で無くても何らかの行動を起こせる可能性が出て来ます。そのために普段から正しい知識を習得し、「こうなったらこうする」というシミュレーションを自分自身で繰り返しておくことで、その時に動ける可能性を高めることはできます。


中でも、最も大切なのがシミュレーションです。文章や伝聞の知識だけで満足してはいけません。少なくとも、ご自分の車の中で、実際に身体を動かしてみることです。

視界ゼロを想定し、目をつぶってシートベルトを外し、ドアロックを解除し、レスキューハンマーを取り出し、必要ならばシートベルトを切断できるか。自分ができたら、運転席から同乗者のために何ができるかもやってみます。チャイルドシートは外せるか、どの席のシートベルトを外せるか、子供は車内をどのように移動できるか、同乗者には何と声をかけ、どんな指示をするかなどを、実際にやってみてください。

そうすれば意外に簡単にできることも、とても困難なことも自分の感覚で理解し、身につけることができます。そんな備えが、極限状況での「命の一秒」を稼ぎ出すことにつながるのです。

しかし、やはり車が水中に落ちた場合、確実に全員が「生き残る」方法はありません。ここでは主に静かな水面での脱出を考えていますが、洪水や津波など水の流れが速く、流木や瓦礫が流れて来る中では、車から脱出した後に何が起きるかは、正直なところ考えたくありません。でも、車に乗ったまま沈んだり流されていたら、その結果どうなるかは、過酷な現実が証明しているのです。


車から脱出とは異なりますが、こんなシミュレーション方法もあります。普段の街中で渋滞にはまっている時、ちょっと考えてみてください。「今、私は津波から車で避難している」と。渋滞は動きません。車間は詰まり、Uターンもできません。そこへ、突然目の前の路地から濁流があふれだし、車が真っ黒な飛沫に覆われます。ワイパーを動かしても何も見えません。そして車が流されだし、周りの車や家に衝突する・・・。

それが、現実に起きたことです。

そこまで自分の感覚で理解できれば、「津波の危険がある時は車で避難するな」という言葉の意味が、より重いものとして感じられるのではないでしょうか。

避難するつもりがなくても、大規模地震の直後などは、特に都市部の多くで大渋滞となります。例えば、東日本大震災での石巻市内中心部では、車が全方向に全く動かなくなる、グリッドロックと呼ばれる「超渋滞」状態になり、そのまま多くの車が津波に呑まれました。

その原因のひとつとなったのが、地震の後に大型ショッピングセンターの駐車場から一斉に出てきた大量の車だそうです。そのままショッピングセンターに留まっていれば助かった人も、すぐに帰宅しようとしたばかりに渋滞にはまり、多くの人が犠牲になってしまいました。

震災後は、だれかを救い出すために車で移動するという行為も多くみられましたが、それが成功したのは、渋滞などの状況が悪化する前の、一部の人だけです。むしろ、その行動が仇となったケースも少なくありません。


ならばそうならないように、危険が想定される場面では車の中にいないようにすることです。洪水に対しては、気象情報や交通情報をよく確認し、危険が予想される場所では車に乗らないことです。停めてある車を放棄する決断をしなければならないこともあるでしょう。また、津波が予想される大規模地震後の沿岸部、特に都市部では、車で避難しようとするのは自殺行為だということは、現実が証明しています。

車からの脱出の話からはだいぶ逸れてしまいましたが、私たちが車で水中に落ちるようなケースは、良く考えてみれば、ほとんど洪水か津波しかありません。そして洪水も津波も、事前に予想もできれば警報も出ますから、自分の意思と事前の備えで、その危険の大半を回避できるわけです。

洪水や津波が予想されるときには車に乗らない。乗っていたら、車を放棄してでも、速やかに安全な場所へ避難する。そして、それができる備えを普段からやっておく。それが車で水に巻かれるという事態を避けて「生き残る」ために、最も確実な方法だと言うことができます。

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2013年3月18日 (月)

【一周年記念企画】小説・生き残れ【13】

海沿いの県道をしばらく走ると、海に突き出た小さな岬の向こうに、こじんまりとした砂浜が見えてきた。海水がエメラルドグリーンに澄み切っていて、海面から数メートルの深さにある岩までが見通せる。それを見た磯が大好きな衛は、早くもテンションが上がりまくっている。

玲奈の案内で、県道から逸れて海に向かって進むと、程なくして白くペイントした木造二階建ての、洒落た海の家に着いた。衛と玲奈が車を降りた途端、まるで待ち構えてでもいたように、建物の中からグリーンのタンクトップにベージュのショートパンツ姿の大柄な女が駆け出して来た。そして玲奈の前で急ブレーキをかけたようにピタリと止まって背筋をピンと伸ばすと、少しかすれた大声で言った。

「お待ちしておりました!玲奈は…いえ、玲奈さん!」
玲奈は衛に気付かれないように、人差し指を立てて自分の唇に当てながら、言った。
「久しぶりね、恵子」
「は、お久しぶりです!」
「だからぁ…」
玲奈は少し困ったような顔で笑っている。
「…すいません。あ、彼氏さんでいらっしゃいますか?」
恵子と呼ばれた女は衛に向き直り、
「初めまして!この海の家をやっている須田恵子と申します。玲奈さんは高校の先輩で、あと…とにかくいろいろお世話になってます!どうぞごゆっくりなさってください!」
と、きっちり45度で頭を下げる。やたらと元気がいいというより、体育会系丸出しだと、衛は思った。

肩幅が広くて筋肉質で大柄、頭の後ろでひとつにまとめた、細かいウェーブがかかったセミロングくらいの髪型を見て、衛の中で恵子のあだ名はすぐ決まった。
『女ランボー』
陸上部なら絶対に砲丸投げか槍投げか、とにかくパワー系の選手だったに違いない。小柄な玲奈と並ぶと、なんだか質量が2倍以上あるようにさえ感じる。とはいえ良く日焼けした丸い顔だけ見ると、その身体の迫力をほとんど感じさせずに普通にかわいらしいのが、妙にアンバランスだ。

「恵子はね、こっちで結婚して、民宿と海の家やってるの。民宿がだんなさんで、恵子が海の家担当」
玲奈が説明する。衛はそれには答えず、ニヤニヤしながら恵子に聞く。
「玲奈って、意地悪な先輩だったでしょう?」
すると恵子は何故か再び背筋をピンと伸ばして、
「と、とんでもありません。いえ、自分は頭が悪いものですから、課業中も玲奈班長には良くしかられまして…」
それを聞いている玲奈は、唇をへの字にゆがめてヤレヤレという困り顔だったが、“班長”が出た時には心臓が止まるかと思った。せめて先輩と言って…。

でも、どうやら衛はカギョウとかハンチョウという耳慣れない言葉はあっさり聞き流したようだ。恵子の言葉に、相変わらずニヤニヤ笑っている。もう、余計なこと聞くから…。危うく玲奈の秘密がばれるところだった。あとで念押ししとかなくちゃ。昔の事はいまのところあの人には秘密なんだから!宿を予約する時に良く言っておいたのに、これでは先が思いやられるわ…。玲奈は何食わぬ顔で車からバッグを取り出すと、衛に言った。
「さあ、早く海へ行きましょう!」

その海水浴場は、小さな岬に挟まれた差し渡し300メートルほど入り江の中にきれいな白い砂浜が続いていて、その奥に数軒の海の家が並んでいる。客はほとんど近場の家族連れかカップルのようで、7月初旬の今は、まだあまり人影は多くない。衛は先に着替えを済ませて砂浜に降り、恵子の店で借りたビーチパラソルを砂浜に立てながら、ここに来ることを提案した時の、玲奈の言葉を思い出していた。
『ちょっとした穴場よ』
確かに、こうやって砂浜から海を眺めている分には、どこかのホテルのプライベートビーチ気分だ。この辺の海って、こんなにきれいだったんだ。

玲奈は“全身塗り塗り”だろうから、まだしばらく降りて来ないはずだ。衛は砂の上に敷いた大きなタオルの上に寝転がって、サングラス越しのまぶしい太陽に目を細めているうちに、いつの間にかまどろんでいた。
「お待たせー!」
玲奈の声に衛はっと目を覚まし、上体を半分ひねって玲奈を見た。そして初めて見る玲奈の水着姿に、思わず感嘆の声が口をついた。
「ほー」
さすがにビキニでは無かったが、胸元が深く切れ込んだ、鮮やかで大きな花柄があしらわれたワンピース水着の腰に揃いのパレオをゆったりと巻き、つばの広いストローハットを少し傾けてかぶっている。その姿は、何かのグラビアから抜け出して来たみたいだと、衛は本気で思った。水着が玲奈のスタイルの良さを見事に強調しているし、着こなしもこなれている。清楚で、かわいらしい。

《これで本当に三十路過ぎかよ…》
と、いつもながら口に出せない言葉を呑み込みつつ、こんな“いい女”が自分の連れであることに、なにかくすぐったいような、周りに自慢しまくりたいような気分だ。でも幸か不幸か、玲奈に羨望のまなざしを送りそうな若い男は、周りにはひとりもいなかったが。衛は、隣に腰を下ろした玲奈に一言だけ言った。
「この浜、いや、静岡イチだ」
「バカ…」

ふたりはエアマットにつかまって波にゆられたり、衛は磯場で指を挟まれながらワタリガニを捕まえてきたりして、海の休日を十分に堪能した。ひとしきり遊んだ後、パラソルの下にふたりで寝そべっていると、玲奈が話しかけて来た。
「ねえ衛」
「ん?」
「わたし、むかしのこと、あまり話して無かったよね…」
「そう言えば、そうだな」
久しぶりに地元に帰ってきて、玲奈の中には様々な思い出が蘇っていた。そして、衛とのこんな楽しい時間。今ならもう、昔の自分の事を話していいかな、そんな気になっていた。それに恵子のあの様子だと、明日帰るまでに、衛に気づかれてしまうかもしれない。ならばその前に、自分からきちんと言わないと。

もちろんあの頃のことは玲奈の誇りでもあり、本当ならば隠し立てする必要は無い。ただ、衛と知り合っていきなり言う気にもなれなかった。ああいう仕事に偏見を持つ人もいるのは確かだし。でも、衛ならきっと「ふーん」の一言くらいで受け入れてくれる、そう思えた。

「高校出て、東京の短大に行ったまでは話したよね」
「うん」
「その後、今の仕事する前に、ちょっと別のところにいたの」
「…どこ?」
「特別職国家公務員」
「…? なにそれ。お役所かなにか?」
「あのね…」


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2013年3月15日 (金)

自動車の危険・落水01【対災害アクションマニュアル 29】

※久々にレギュラーシリーズ記事に復帰します。

■第1章 危険を知れ(その27) 【自動車の危険・落水01】

今回は自動車の危険のうち、落水について考えます。具体的には水中への転落、洪水や津波に巻き込まれる危険です。車に乗っていて水中に入ってしまったら、確実に「生き残る」方法は無いどころか、その確率は非常に低いと言わざるを得ません。これは、過去のあまりにも多数の実例が証明する、過酷な事実です。

では、車で落水した場合の死因は何でしょうか。これはほぼすべてが水による窒息、つまり溺死であることに疑いはありません。すなわち、車で落水した場合には、呼吸を維持できるかどうかが、生死の分かれ目となります。

とは言え、車は水よりはるかに重い鉄の箱です。本来ならばあっと言う間に沈みます。比較的静かな水面で、窓が閉まっていればしばらくの間は浮いていられますが、それもせいぜい1分程度と考えるべきです。強い流れの中では、転覆して流れに巻き込まれる可能性が非常に高くなります。これは百万言を費やすよりも、現実の映像がすべてを物語っています。

いずれの場合も、車の中が水で満たされた時点で、そのままでは生き残れる可能性はゼロになりますから、生き残るためには、その前もしくは直後に「脱出」することが、唯一の方法ということになります。

もちろん水深が車高より浅かったり、流れがそれほど強くなければ、車の中にいても生き残れる可能性は出てきますが、それはあくまで受動的な結果に過ぎません。ここでは、あくまで能動的に「生き残る」可能性を高める方法を考えます。

そのためにできることは、車が水中に入った場合には最短時間で脱出する、もしくは脱出できる態勢を作る、ということしかありません。躊躇している時間は全く無いのです。特に、重心が高いミニバンは水に浮いた時点で転覆する可能性が高いので、急がなければなりません。転覆したらガラスが割れて一気に水没する可能性も高く、それ以前に、逆さまの状態からの脱出は困難を極めます。


車から脱出するためには、ドアや窓を開ける必要があります。しかし車のドアは、車体が半分程度、タイヤの高さより少し上くらいまで漬かった時点で、水圧によって開かなくなります。水に浮いた状態では、ドアを開けることはまず不可能です。仮にドアが開けられても、水が一気に流れ込んで来て数秒で水没します。

一気に流れ込んで来る水の力は非常に強く、シートベルトをしていないと、車内で身体ごと吹っ飛ばされるでしょう。ですから、水中でドアを開けるという選択肢は事実上ありません。そうなれば窓を開けるしかありませんが、水に落ちた時点で車の電気系統が水没していますので、パワーウインドウはまず作動しないでしょう。

そこで必要になるのが、レスキューハンマーです。
Photo
(シートベルト切断用ハサミつきの一例)

既に車内に装備されている方も多いとは思いますが、問題は緊急時にすぐに手に取れる場所にあるかということです。理想的なのは運転席から手が届く場所に取り付けられている状態ですが、せめてグローブボックスの中にでも入っていないと、「自分のため」には役立てられません。既に備えている方も、トランクや荷室に入れっぱなしになっていませんか?

車のサイドウインドウは、力を一点に集中できる、つまり鋭く尖ったもので強く叩くと、比較的容易に割ることができます。その場合、一気にガラス全体にヒビが入り、小さな破片となって崩れ落ちるように割れますから、一発で脱出口を開くことができるのです。

注意すべきは、窓枠の部分にガラスの破片が残る可能性が大きいので、そのまま窓枠をすり抜けようとすると、皮膚が切り裂かれたり、衣服が引っかかったりします。可能な限り窓枠に衣服などをかけて、怪我を防ぎます。
理想的なのは、車内のフロアカーペットを外して窓枠にかける方法です。

レスキューハンマー以外でも、鋭く尖った金属ならば他のものでも代用することが可能です。詳しくは別項で述べたいと思いますが、ここでは管理人が常時持ち歩いているものを一つ紹介しましょう。
Photo_2
長さ12cmの小型バールです。これは以前にも紹介しましたが、むしろ交通事故などで他者を救護するときに、外からガラスを割るのに役立つものです。もちろん、その他にも利用価値は絶大です。使用時には、こんな感じになります。
Photo_3

尖った金属と言えば、こんな方法も不可能ではありません。
Photo_4
但し、この方法は手を傷める可能性が非常に大きいので、画像のように手袋は必須でしょう。

その他にも、シートのヘッドレストを抜き取り、鉄製の脚の部分を叩きつけてガラスを割る方法もありますが、脚の先は安全のために丸くなっているので、鋭く尖ったものにくらべて何倍もの力が要ることは知っておかなければなりません。ヘッドレストの脚を使う方法は一部でトリビア的に語られており、不可能ではないものの、実際にはかなり困難なのです。

レスキューハンマーでも、加工不良で先端部が一見してもわからないくらいに丸まっていたため、実際にはほとんどガラスを割ることができずに、回収命令が出た商品もあるくらいです。


窓ガラスを割る場合、水深が窓ガラスより高い位置になっていたら、水が猛烈な勢いで流れ込んで来て、しっかりと身体を保持していないと吹っ飛ばされます。理想的にはシートベルトを締めたまま、しっかりと掴まった状態で車内が水で満たされるのを待つとされていますが、これは訓練を受けた人間でも困難だとも言われます。その恐怖たるや、想像を絶するものでしょう。

そこで管理人としては、やはりシートベルトを外してから、息を大きく吸って、ハンドルやグリップにしっかりつかまり、足を踏ん張ってからガラスを割る方が良いのではないかと考えています。水中でシートベルトを外し、身体に絡まないようにするのは、かなり難しいことだと思います。

車内が水で満たされれば、かなり水の抵抗は受けるものの、ドアを開けることができるようになります。しかし、その時点から車体は一気に沈み始めますから、最短時間で脱出しなければなりません。その時点でシートベルトなどが身体に絡んだら、冷静に外すことなど不可能でしょう。ですから、管理人としてはガラスを割る前にシートベルトを外すことを推奨したいと思います。「一発勝負」ですから、脱出を阻害する要素は、できるだけ排除しておかなけばなりません。

その後のことはマニュアル化できるものではありませんが、とにかく、そのままでは死に至る可能性の高い、一つの大きな危機から脱出する方法ということです。


ところで、ここまでにドアロックの事は述べていません。最近の車は電動集中ドアロックが主流なので、水中では作動しないものと考え、脱出までにそれぞれのドアの手動用のロックノブを解放しておかなければなりません。実は自動ドアロックの方式には二種類あります。それは「走行中にロックするか、しないか」というもので、国やメーカーによって考え方が違い、国産車でも統一されていないのです。

まず、主流である米国式。これは一定の速度を超えると自動的にドアをロックし、乗車中はロックされている方式です。これは、米国では信号停車中に車に乗り込まれるような強盗犯罪が多いので、それを防ぐためという発想からです。

一方で、乗車中には自動ロックしないのがヨーロッパ式。これは、事故発生時の脱出や、車外からの救助活動の障害にならない事を最優先に考えているものです。管理人の知る限りですが、国産車ではスバル車がこの方式です。我が国にはこちらの方が向いていると思うのですが。

なにしろ、ご自分が乗る車がどちらの方式であるかを知り、緊急時には手動でドアロック解放の必要があるかどうかを、普段から意識しておくことが大切です。その知識ひとつが生死を分けることも、十分に考えられるのです。

次回も自動車での落水について考えます。


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2013年3月14日 (木)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。【12】

【作者より】しばらく更新が滞ってしまっていましたが、再開します。ここから、最終章に入ります。

-------------

7月初旬の三連休。衛と玲奈は、衛の車で早朝に都内を発ち、東名高速道路に乗った。

6月中旬に起きたマグニチュード6.5の東京直下型地震では、都内を中心にかなり大きな被害が出ていて、一ヶ月近く経った今も混乱が続いている。そんな中で旅行に出るのはどうか・・・という思いもあったものの、ふたりで話し合った末、予定通り出発することにした。

あの地震の後は、ふたりとも様々な後始末のために連日深夜まで働きづめでもあり、この辺で気分転換をしたいという思いもあった。それでも最後まで迷っていた玲奈の背中を押したのは、衛の
「玲奈の育った街を見てみたいな」
という言葉だった。

「見て!海が見えるよ!」
「お、いいねえ。盛り上がるねえ!」
ふたりの大型四駆車は御殿場の手前で左に分岐して、新東名へ入った。しばらく山間の高台を走ると、視界の左側はるか先に、朝の陽光にきらきらと光る海が見下ろせるようになった。はるか眼下に並ぶ製紙工場群が、まるで未来都市のミニチュアセットのようにも見える。

ふたりの行き先は、玲奈が生まれ育って高校卒業まで過ごした、静岡県の小さな街だ。玲奈の家族は、10年ほど前に東京郊外に引っ越している。玲奈の両親がまだその街にいたら、ちょっと引いちゃったかもな…と、衛は思っていたが、もちろん口には出していない。

まだ梅雨は明け切っていなかったが、この日はもうすっかり真夏のような陽光が肌を刺す、雲ひとつない晴天だった。サングラス越しでも、アスファルトからの反射がまぶしい。
「天気がいいのはうれしいけど、早くも紫外線くんは全開ね」
「全身、塗れ塗れ」
「もちろん、対策はばっちり」

助手席の玲奈は、カールした長い髪をひとつにまとめて肩に流し、青い花柄のゆったりとしたスリーブレスのワンピースに身を包んでいる。露わになった肩に白いレースのカーディガンを羽織っているが、その肩口は、意外なほどの量感を感じる。
《玲奈って、やっぱり着痩せするタイプだな…》

衛は初めて玲奈の身体を見た時のことを思い出す。小柄で、少し華奢にさえ見える雰囲気からは想像できないくらいに、筋肉の存在を感じるしっかりした身体だった。なんでも高校までは陸上部で短距離走をやっていて、その後もずっとトレーニングは続けているという。一度、衛が『他にはなにかやってたの?』と聞いたとき、玲奈は冗談めかしてこう言ったことがある。
『穴掘り』
その場はそれだけでごまかされたけど、ありゃ一体どういう意味だったんだ…?

玲奈の育った街は、もうすぐだ。玲奈は眼下を流れる街並みを眺めながら、先程からしばらく黙ったままだ。
《昔の彼氏のことでも思い出しているのか?》
高校時代の玲奈は、この辺りでどんな青春を過ごしたのだろう。玲奈のことだから、言い寄る男にはこと欠かなかったはずだ。衛は少し、嫉妬した。

「次のインター、下りてね」
運転席の衛に向き直った玲奈は、なんだかとても嬉しそうに言った。衛は、玲奈の想像の過去に嫉妬している“小さな男”を気取られないように、それでもちょっと不機嫌に、前を向いたまま
「あいよ」
とだけ答えた。玲奈が真顔に戻って言う。
「ねえ」
「ん?」
「衛って、なんでそんなにわかりやすいの?」
「なにが」
「どうせ私が昔の彼氏のこととか思い出してると思っているんでしょ」
「うっ…」
見事に図星だ。何も言い返せない。
「安心して。こっちを出るまで、つきあった人はいなかったわ。いいとこグループデートまでね」
「そ、そうか」
「でもね、この辺りには大切な思い出がいっぱいあるの」

ふたりの乗った車は、インターチェンジを下りて市街地に入って行った。いまだ昭和の匂いが色濃く残る街を走っていると、衛は自分が玲奈の思い出の一部に取り込まれて、その登場人物のひとりになって行くような気がする。隣に座っているのは、セーラー服を着てショートカットの ―衛の勝手な想像だが― 高校時代の玲奈。

海沿いの道を右に折れ、左手を流れる集落のすぐ先に海が見える道路を走っているときに、玲奈が言った。
「私が住んでいたの、あの辺よ」
玲奈が指差す方を見ると、海の近くまで迫る山の麓に、マンションが何棟か建っている。
「あの辺りは、昔とはだいぶ変わっちゃったけどね」
「いわゆる再開発って奴?」
「まあ、そんなとこ」
玲奈一家が東京に引っ越したのも、そんな事情が絡んでいるのだろうと衛は思ったが、自分がそんな仕事にも少しは関わっているだけに、車窓を過ぎていく瀟洒なマンション群を横目で見ながら、それ以上は何も言わずにいた。新しい街を造ることは、誰かの思い出を傷つけることにもなるんだな…。

すると衛の気持ちを見透かしたように、玲奈が言った。
「でもね、良かったのよ。昔のままだったら、津波が来たら大変だった」
「津波なんて来るのかよ」
「あら、この辺りは有名な東海地震の本場ですのよ」
妙な言い方をする。
「有名って…、そんなにか?」
「ええ、30年も前から」
「ふーん」
「再開発のおかげで、裏山に上がる道も広くなったし、津波避難所もできたし。ほら、あれ見て」

玲奈が指差す先に、道路上にオーバーハングした大きな標識が見えた。それには天気予報に出るような高波のイラストと共に、『想定津波浸水高さ 5m』と大きく書かれていて、標識を支える白い支柱の上の方に、赤い帯状のペイントがしてある。あれが5mなのか。
「つまり、津波が来たらこの辺は水浸しだと」
「水浸しで済めばいいけどね…」
そう言う玲奈の表情からは笑顔が消え、少しだけあの“毅然”とした表情になっていた。


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2013年3月12日 (火)

【宏観続報と全体傾向】地震関連情報【3/12】

今回は、先にお送りした「宏観現象による地震警戒情報」の続報及び、最近の地震発生傾向についてまとめます。

3月1日に、千葉県北部の井戸水の変化による地震警戒情報をアップしました。その後予想発生期間とした3月6日頃までの間に、予想と重なる地震が震度1という小規模ながら、1回発生しました。

但し、井戸水の変化が比較的長く続いたために、念のため3月10日頃まで警戒としていましたが、その期間中に予想範囲とほぼ重なる地震が2回発生しています。

ひとつめは3月8日の午前7時45分頃、茨城県南部(霞ヶ浦の西側)、深さ70kmで発生した、マグニチュード3.0、最大震度1の地震です。

これは、発生予想地域の北限付近で、震源深さが予想範囲より10km深い地震ですが、過去の例からすれば、関連ありと考えても良いかと思います。

もうひとつは3月9日の午前5時46分頃、千葉県北西部の東京湾沿い、深さ80kmで発生したマグニチュード3.2、最大震度1の地震です。

こちらは3月1日の記事で「千葉県北西部の東京湾沿いで発生すると、都内から神奈川県東部までが大きく揺れる」と書いた地震そのものですが、幸いにして小規模でした。

震源深さは80kmと全体の予想範囲より20km深いのですが、この場所に限っては過去ほとんど80km程度で発生しており、ある意味で「いつも通り」です。カテゴリ「地震関連」の記事中で、過去にその点にも触れています。

2月28日から3月10日までの延長予想期間中に予想震源域内で発生した地震は、3月8日のまとめ記事で書いた、「3月1日、茨城県南部(埼玉県境寄り)マグニチュード3.5」と、上記の2回の計3回のみです。

過去の経験則からして、この3回の地震は、今回の井戸水の変化と関連があると考えて、今回の最終的なまとめとします。


次に、全体的な傾向について。ここ2週間ほどの間、全国での地震発生傾向に少し変化が現れています。

まず東日本ですが、茨城県北部〜福島県浜通り南部の震源域で、深さ10km以浅の地震が若干増加傾向です。

2月25日に栃木県北部で発生した震度5強の余震は、一旦終息に向かうように見えたものの、再び増加傾向です。

その他、東日本の広い範囲で小規模の地震が増え始めました。北海道の根室半島付近、長野県北部・中部、伊豆大島近海、新潟県中越地方など、しばらく静かだった場所での散発的な地震が目立ち始めています。

一方西日本でも、全体的に小規模地震が増加傾向です。特に目立つのが、宮崎県内陸及び日向灘付近です。その他、熊本県内陸及び沿岸部、和歌山県北部及び紀伊水道付近、広島県内陸部、奄美大島付近、沖縄本島付近が目立ちます。

小規模地震が頻発する震源域では、時々大きめの発震をすることがありますので、警戒するに越したことはありません。


全国の地震発生状況を日々モニターしていると、その変化はまるで生き物の身体でもあるかのように流動的で、何か有機的な繋がりさえも感じられるような気がします。震災前にはこのような短期的な変化はあまり見られませんでしたし、発生回数自体もはるかに少なかったのです。

震災から二年。日本列島全体が、未だ大地殻変動という巨大な力に翻弄され続けていることを感じます。まだまだ、何が起こるか全く予断を許しません。今も、そしてこれから何年もの間も、危機は続いているのだと肝に銘じておかなければならないのです。

東日本大震災の風化を叫ぶ前に、全国どこでも、今、そこに危機が存在するのだということを忘れずに。


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2013年3月11日 (月)

風化させないとは?

東日本大震災後、管理人は福島県内を中心にボランティア活動を行い、宮城県内へは、被災状況の視察に何度か足を運んで来ました。

福島県内では、南相馬市の警戒区域など原発事故被災地から被災動物を救出、保護、飼育する活動に参加し、宮城県内では、実際の被害の現場に立つことで、個人レベルの災害対策に生かせる教訓を得るための調査活動を行いました。

当ブログでは、それらの活動の一部を、記事として公開しております。まだご覧いただいていない方は、この機会に是非ご覧いただければと思います。報道ではない、個人の眼で見た被災地の様子が、少しだけお解かりいただけるかもしれません。

それらの記事は、カテゴリー「被災地関連情報」にまとめてあります。画像とyoutubu動画もありますので、下記リンクからどうぞ。
■カテゴリー「被災地関連情報」はこちらから


ここで、いままで未公開だった動画を一本、追加公開します。

2011年11月6日、宮城県石巻市の沿岸部を走る国道398号線を、女川町方面から石巻市中心部の旧北上川河口周辺部に向かって走りながら約10分間に渡って撮影した、震災から8ヶ月後の被災状況です。映っている地域は、すべて5mくらいの津波に押し流された街です。

延々と続く被災地域を、無編集でご覧ください。これでも管理人が見たものの何百分の一、全被災地の何万分の一でしかないのです。

動画中の音声は、仙台から放送している東北放送(TBC)ラジオのものです。撮影時は震災から8ヶ月、放送はすっかり「日常」を取り戻していますが、それが流れる街とのあまりのギャップの大きさに、ひどい違和感を覚えました。

■youtube動画「石巻市街 震災から8ヶ月」はこちらから

なお、この撮影から1年後に同じルートを走りながら撮影した動画もあるのですが、それはいずれ機会を見て公開することにします。


震災から二年、メディアでは風化がどうのこうのとかまびすしいですが、当事者以外の記憶は風化して当然です。大切なのは、悲劇から得られた教訓を後世に伝え、具体的な形として残し、共有することであり、それが「風化させない」ということです。それなくして、記憶だけを語り継ぐことだけでは、片手落ちというものです。

もし、あなたご自身が震災の記憶を風化させたくないとお考えなら、迷わず被災地を訪ねてみてください。実際に「何も無くなってしまった」あの地に立てば、あなたの中での風化は絶対に無いでしょう。現場は、今でもそれくらい凄まじい状況なのです。これは、いくらテレビやネットを見ても、いくら情報を集めてもかなうことではありません。

管理人としては、特に若い方には、被災地のリアルを目の当たりにしていただきたいと思っています。


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3月11日に寄せて

あれから二度目の3月11日が巡って来ました。

本日一日、当ブログでは東日本大震災で犠牲になられた方々への哀悼の意を表し、黒バックとします。


あの日から何が変わり、何が変わっていないのでしょうか。

私たちは何を知り、何を知らないのでしょうか。

私たちは何がしたくて、何をしたくないのでしょうか。

そして、私たちはこの先何をしなければならず、何をしてはならないのでしょうか。

日付はひとつの節目に過ぎませんが、ここで改めて考えてみてください。

人が生きるということ、生活するということ、そして、死ぬということは、どういうことなのか。

平穏だった"日常”が理不尽な力で破壊された時、人は何を思い、何を守ろうとし、何を叫ぶのか。

私たちは砂上の楼閣に巣食うだけの、運命に翻弄されるだけの矮小な存在なのか。それとも、自らの意志で未来を変えられる力があるのか。

そして私たちはなぜ、「生き残りたい」のか。

あまりにも巨大な破壊と死という現実から目を逸らさず、ひとりひとりが自らの奥底に秘めた、普段は開くことのない扉を、今日は叩いてみてください。

それができたときに心の深い場所から沸き上がって来る思いこそが、私たちがこれからすること、しなければならないことへの、力の根源となるはずです。

私たちは、考えることができます。行動することもできます。でも、もうそれができなくなってしまった人々の声、声無き声を思い、そして聴きとり、それぞれの思いと重ねてみてください。


今日は、そんな日でありたいと思っています。

2013年3月 9日 (土)

【ニュース解説・今度は多重衝突】暴風雪の恐怖

先日、北日本各地を襲った暴風雪により、北海道では子供も含めて9人もの犠牲者が出る惨事となりました。そして、今度は暴風雪におけるもうひとつの恐怖、多重衝突事故が発生してしまいました。時事通信の記事を引用させていただきます。

(以下引用)-----------------------
【北海道 吹雪で20台が事故】
 9日午前、北海道岩見沢市で、猛吹雪のため視界が遮られた車が相次いで衝突し、事故処理で駆け付けたパトカーや救急車も含む約20台が絡む事故となった。2人が病院に搬送されたが命に別条はない。岩見沢署や岩見沢消防署によると、午前6時から9時にかけ、国道234号で、乗用車やトラックなどによる玉突き事故が断続的に発生。パトカーと救急車は、事故状況やけが人の確認をするために停車していたところ、追突されたという。
(引用終了)-----------------------

事故が発生したのは、岩見沢市から栗沢町、栗山町を経由して恵庭市や千歳市方面へ至る国道です。街を外れると、遮るもののない広大な耕作地や原野の中を走る道で、暴風雪や地吹雪の発生時には非常に危険な場所でした。実は、管理人が北海道在住時に日常的に走っていたルートで、現場の様子が目に浮かぶようではあります。

ニュースによれば、事故処理中のパトカーや救急車までが巻き込まれています。過去記事にも書いた通り、最悪の視界状況の中では、追突を防ぐことはほぼ100%不可能です。前方に車が停まっているのが見えた時には、既にスリップして停まれない距離にまで迫っているからです。もしぶつからずに停まれたとしても、今度はほぼ確実に後方から突っ込まれます。

では、そんな時にはどうしたら良いのでしょうか。一番確実なのは、暴風雪や地吹雪の中では車に乗らない、ということが何よりです。もし出先で遭遇してしまった場合は、出来る限りガソリンスタンドや店舗などに避難することです。言うまでもなく、視界を失ったからと言って、絶対に道路上で停車してはいけません。確実に追突されます。路肩の非常駐車帯でも安全とはいえません。後から入って来た車に追突される可能性があります。

では、走行中に前方に事故や駐車車両を発見した場合はどうすべきでしょうか。まずはとにかくできるだけ減速です。そして、通過できる余地を探すのです。もし見つかれば幸運ですが、多重衝突現場ではあまり期待できません。でも最後まであきらめずに。

前方が完全に塞がれていたら、最後まで減速の努力をしながら、衝突に備えるしかありません。残された時間は数秒以下です。ひとつ幸いなのは、暴風雪や地吹雪の中では、車の速度はせいぜい時速40km以下ですから、重傷事故や死亡事故には滅多にならないということです。

衝突の衝撃をできるだけ正面から受けるために、強くブレーキを踏み込んだままでスピンしないように、最後までコントロールをあきらめないでください。横向きに衝突して、さらに後続車に突っ込まれると、脱出できなくなる可能性が高くなります。そして可能ならばホーンを鳴らして、警告をします。事故現場では、車外に出ている人もいるかもしれません。但し、寒冷地ではホーンが凍り付いて鳴らないこともあります。

最後までコントロールの努力をしながら、全身の筋肉を緊張させ、首に力を入れて縮め、背もたれに上体を押し付けるようにして衝撃に備えます。ハンドルには軽く手を添える程度に。ハンドルを力いっぱい握っていたり、腕を突っ張っていると、衝突した瞬間にハンドルが一気に回転したり、ハンドルに衝撃が伝わってきたりして、指や腕の骨を折ることがあります。特に、首には思い切り力を入れて縮めていないと、むち打ち症(頚椎捻挫)になりやすくなります。同乗者がいたら衝突を警告します。このような事もありますから、後部座席でも必ずシートベルトを締めさせることを忘れずに。視界が良くても、スリップして雪山に突っ込むなどは日常茶飯事です。

衝突、もしくは幸運にも手前で停止できても、すぐに車から降りてはいけません。後続車がいれば、突っ込んで来る可能性が非常に大きいのです。この場合の最大の問題は、後続車が大型トラックなどの場合です。それでも、車を完全に押しつぶすようなスピードは出ていないので、安全が確認されるまでは、車内で衝撃に備える方が良いでしょう。基本的に、後続車がいればすべて追突してくると考えなければなりません。

なお、大型トラックなどは運転席の位置が高く、地吹雪の中でも乗用車よりは遠くまで視界を確保しやすいために、より早く危険を察知できますので、突っ込んで来る可能性は多少は下がるでしょう。

安全が確認できたら、本来ならば車外に脱出すべきですが、外は暴風雪か地吹雪です。しかも地吹雪で視界を失うような場所には、普通は店や人家どころか、風避けになるものもありません。スキーウェア以上の防寒装備が無ければ、短時間で低体温症に陥って生命に関わる状況になるのは、先日の事故の通りです。ですから、避難場所が無ければ、車の中で待機することになります。

その場合、ガソリン漏れなどの危険もありますから、エンジンは切らなければなりません。そうなると、十分な防寒装備を車内に用意しておくことの大切さがお分かりいただけると思います。

管理人が北海道各地を走った経験からしても、暴風雪の中で前方で事故が起きたら、どう考えても事故を避ける方法はありません。奇跡的に衝突は避けられたとしても、暴風雪の中で立ち往生させられるのです。実は管理人もギリギリの状況は経験しました。

視界5mも無い地吹雪の中、江別市の国道12号線を走行中に、風が息をついた瞬間、すぐ前方に横向きに止まる車が「見えたような気が」しました。反射的にできるだけ右へ移動したところ、車一台分だけ通れるスペースが空いていたのです。そこでは、車5台くらいがダンゴになっていました。

片側3車線道路だったために奇跡的に通り抜けられましたが、その後その現場では数十台が絡む大事故となり、しかし猛烈な地吹雪で事故処理もできずに、吹雪が止むまで国道が閉鎖されたのです。もしあの時、現場を通り抜けるスペースが無かったら、あの中に「閉じ込められた」かと思うと、今でもぞっとします。

このように、暴風雪や地吹雪で視界が効かない時は、「前で事故られたら終わり」だと考えなければなりません。ですから、そのような状態の中ではなるべく車に乗らないこと、危険を感じたら、Uターンしてでも安全な場所に避難すること(前述の通り、視界を失うような場所には大抵は避難場所などありません)、それでも車に乗る時は、スキーウェア上下セット以上の防寒装備を必ず用意しておくことを、強くお勧めします。

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2013年3月 8日 (金)

【東京直下型発生】地震関連情報【3/8】

3月8日の午前7時19分頃、東京23区(気象庁発表)の深さ40kmを震源とする、マグニチュード3.5の地震が発生し、東京都内各地で震度2~1の揺れを観測しました。

この地震の震央は杉並区の荻窪付近に当たり、非常に珍しい場所です。東京23区内で地震が起きる場合はもっと東京湾沿いの方面が多く、管理人の記憶では、杉並区を震央とする地震は震災後初めてか、前例があっても震災直後の超多発期に1~2回というレベルでしょう。

この地震の震源深さは40kmということで、南関東の地下の状態を表した下図の3もしくは4に該当するタイプと思われます。
Mini
3は、二層目のフィリピン海プレート岩盤内で発生する「スラブ(岩盤)内地震」、4はフィリピン海プレートと三層目の太平洋プレートの境界で発生する「プレート境界型地震」です。震源深さからすれば、4の可能性も十分に考えられます。

なお、地震規模としては「スラブ内地震」よりも、「プレート境界型地震」の方がはるかに大規模化する可能性があり、最も警戒しなければならないタイプの地震です。東京における最悪のケースは、上図の2に当たる、最上層のユーラシアプレートと、二層目のフィリピン海プレートの境界で発生する「プレート境界型地震」です。以前、東京に震度7が来るとメディアが騒いだのは、この境界が従来の想定よりも10kmも浅い場所にあることが調査の結果わかったためでした。震源が浅ければ、それだけ地表の揺れが大きくなる可能性があるのです。

さておき、前記事で「プレート境界型内陸直下地震」の可能性が高い例として「安政江戸地震」や「明治東京地震」を挙げたばかりなのですが、いきなり「本物」が起きてしまったようです。「安政江戸地震」の震源はもっと東京湾沿いの方、「明治東京地震」の震源は東京湾直下と推定されていますが、メカニズム的には、ほぼ同じものと考えられます。これがまさに「東京直下型地震」であり、今回は「たまたま」小規模だったというだけです。大規模地震を発生させるだけのエネルギーは、既に地下にあるのです。

震災後には、数ヶ月に一度くらいの非常にまれな頻度で、東京23区内を震源とする小規模地震が発生していますが、ほぼすべての例で1回きりで終息し、連続発生するようなことはありませんでした。しかし、今後もそうであるとは誰にも断言できません。珍しい場所で地震が起きると、どうしてもそれがさらに大規模な地震の「前震」である可能性を考えざるを得ません。

結果的にそうでなければ良いのですが、やはりしばらくの間は警戒レベルを上げておくべきかなと、管理人は考えています。

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【一旦まとめます】宏観現象による地震警戒情報【3/8】

2月27日頃に、千葉県北部の井戸水が変色する変化があってから、一週間以上が経過しました。変色がその後もしばらく続いたことから、関連する地震の発生予想期間を少し長めに見ていましたが、とりあえずこの時点でまとめをしてみたいと思います。

この期間中、警戒すべきとした震度4以上の地震は発生しませんでした。もっとも、井戸の変化から地震規模を予想するのは現時点では困難ですので、震度4以上というのは、あくまで「大きめの地震もありうるので警戒を」という意味合いでした。過去には、井戸の変化後に震度5クラスが発生したこともあるのです。

なお、予想期間中に、発生予想地域とした茨城県南部、千葉県北西部、千葉県北東部の震源域で発生した地震は下記の1回のみです。

予想期間中3日目の3月1日の午前8時53分頃、発生予想震源域の筆頭で、しかも最も可能性が高いと予想した茨城県南部の埼玉・千葉県境寄り、深さ50kmでマグニチュード3.5、最大震度1の地震が発生しました。

発生時期、震央位置、震源深さが、予想と一致する地震が1回のみ発生したということから、この地震が今回の井戸水の変化と何らかの関係がある可能性が非常に高いと言えます。これは、昨年夏頃までの、ほぼ100%の精度で予想できていた頃と同様の結果です。

ただし、震災から時間が経つにつれて、井戸水の変化後に発生する地震の規模が小さくなって行く傾向も見られます。これは震災後の余震、誘発地震活動が次第に沈静化して来たためと考えて良いかと思います。でも、もう大きな地震が発生しないという事は全く言えませんので、警戒を緩める訳にはいきません。

震災後2年が経過し、当初は膨大な数が発生していた余震、誘発地震もかなり減ってきてはいます。しかしその一方で、震災直後には見られなかった、東北地方沿岸部の比較的深い地震の多発などの新たな動きも出てきています。日本列島全域は、いまも震災による巨大な地殻変動のまっただ中にあり、その強い影響は少なくとも震災から10年間、長期的な影響は数十年間にも渡って続くのです。

当ブログでも何度か触れていますが、特に巨大地震の発生から5年ほどの間は、本震震源域の近隣で大規模な誘発地震が発生する可能性が非常に高くなります。過去のマグニチュード9クラスの地震では、ほぼ5年以内に例外なく大規模誘発地震が発生しているのですが、東日本大震災後には、その規模に見合うようなプレート境界型の大規模誘発地震は、まだ発生していません。それがいつ発生してもおかしくないのです。

プレート境界型と言っても、震源が海底とは限りません。例えば南関東の地下、つまり東京直下ではユーラシア・フィリピン海・太平洋の各プレートが三層になっており、その境界での地震、あまり耳慣れない言葉ですが「プレート境界型内陸直下型地震」もあり得ます。実際に、1855年の「安政江戸地震」(M7程度)や1894年の「明治東京地震」(M7程度)は、そのタイプではなかったかと推定されています。

最近、震災後に多発していた大きめの地震が明らかに減って来ていますので、それと共に警戒心が緩みがちになります。でも、表向きの状況にとらわれず、実際には状況はより緊迫の度を増している、敢えてそう考える意識が必要ではないかと思いますし、あながちそれは的外れでは無いでしょう。そして、そんな意識と備えは、いざという時の「結果」となって現れるのです。

井戸の話から逸れてしまいましたが、今回の結果からは、千葉県北部の井戸水の変化と近隣震源域での地震は、やはりある一定の相関関係にあると考えて良いと思いますので、井戸水の変化については、今後もお伝えして行きたいと思います。

なお、今回は井戸水の変色が少し長く続いたために、3月10日頃までは、関連する地震が再度発生する可能性が無いとは言えません。


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2013年3月 6日 (水)

なぜ「福島」?

先日、以前からお話を伺っている福島の原発事故被災者の方と、またお話をする機会がありました。その方は、南相馬市で津波と原発事故に遭遇し、埼玉県で避難生活を送られていました。

最近まで、いずれ地元に戻ることも考えられていたそうですが、今は埼玉に定住されることを決意されたそうです。震災から二年。これからは「避難生活」ではなく、新しい生活の場として、前向きに生きて行かれるとのことです

報道では、東京電力からの補償金に関する話が多いので、誤解無きように記しておきますが、原発事故被災地から福島県外などへ独力で避難した被災者への補償金などの多くは、すでに打ち切られています。特に20Km圏外居住者は、もとより手厚い補償の対象外なのです。ですから、今後は自分で収入を得る方法を見つけ、生活を立て直して行かなければなりません。もちろん、もう義援金の配分を受けることも基本的にはありません。

でも今の場所で生きるとは決めたものの、決して福島への愛着が薄れたという訳ではなく、地元へ戻る道もいろいろ模索されたそうです。しかし、詳しいことは書きませんが、現地には人間関係、カネ、仕事などを巡って、復興の「美談」では語れない、報道には決して乗らない複雑な問題も生じているそうです。

そのような現実の中、本当は福島に戻りたいものの、それが叶わない人もたくさんいるのです。想像してみてください。理由はともかく、ある日突然地元を追われ、当面の資金だけは渡されて、あとは知らない場所で独力で生きて行かなければならないとしたら。

管理人もかつては仕事絡みであちこちへ移住して来ましたが、それとは全く次元が違う話です。とりあえず食い扶持が稼げ、自分が存在するべき「枠組み」があれば、人はどこでもそれほど苦労せずに生きて行けるとは思います。でもそれらをほとんど全部、独力で作り上げて行かなければならないとしたら。それも、震災前にはそんなことは全く考えていなかった人々が。

そのような問題は震災被災地のどこでもあるわけですが、特に福島の原発事故被災地には、知られざる過酷な現実が重くのしかかっています。

原発に関しては、皆様それぞれが様々なお考えをお持ちだと思いますが、原発の問題を考える時には、そこで生きる、そして「生きた」人々の過酷な現実を、ぜひお考えいただければと思います。そして、なんらかの形の支援を、今後も継続していただければと思います。

それは、震災後に何かと福島に関わるようになった管理人からのお願いでもあります。


ところで、本文には妙なタイトルがついていますが、その件について。実は、上記の方をはじめ、福島の方が実は心を痛めていたり、場合によっては「とんだとばっちりだ」と思われていることがあるそうです。

それは原発の名前。

全国の原発の名前を改めて思い出して見てください。基本的には、所在地の地名が冠されていますよね。泊、女川、刈羽、大飯など。その中で、福島第一と第二だけは、なぜか県名が冠されているのです。一般的な命名法に従えば、福島第一原発は、所在地の町名を冠して「双葉原発」となっていたはずです。

詳しい理由はわかりませんが、とにかくこの名前のおかげで「原発事故=福島」という強烈なイメージが醸成されてしまい、世界的にも、「FUKUSHIMA」が負のイメージを背負ってしまったのは確かでしょう。震災以来、世界中でおそらく何億回と「フクシマ」が連呼されたのですから。

そのせいで、福島と言えば中通りだろうが会津だろうが、原発からの距離がどれだけあろうが全部が一緒くたに危険だというような巨大な風評被害を生み、ずっと県外に住んでいる人まで、福島出身と言うだけで、妙に腫れ物に触るような扱いを受けたりということもあったそうです。いや、今でもあるのです。

全く、実に愚かな話なのですが、名前のイメージはいかに恐ろしいかということでもあります。

そんな話も、実際に地元の方に聞かなければ、外の人間にはなかなかわからないものです。震災直後、福島からの避難者に対して、県外の一部の人がとったあまりに理不尽な対応を思うに、言葉にならない部分にも、複雑な思いが見え隠れしているように感じました。「たかが名前」という問題では無いのです。


第一原発はいまだ予断を許さない状況ではありますが、それでも次第に改善されています。「福島=原発=放射線=危険」ではありません。出荷される産品は、すべて安全が確認されています。それを消費することが、外の人間ができる一番手軽な支援ではないかなと思います。

今回は福島の話ですが、震災被災地全体が、これからも支援を必要としています。少しずつでも、支援の気持ちを行動に移していただければと、管理人は願っています。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2013年3月 4日 (月)

疑問だらけなんですが・その2【日経新聞防災記事に寄せて】

前回に続いて、3月2日(土)の日本経済新聞「NIKKEIプラス1」に掲載された防災特集記事について、管理人の考えを記させていただきます。今回は、記事内における「専門家」のコメントなどについて。

ところで、この記事の大見出しは『私の防災 ここを補強』となっています。前回引用させていただいたネットでのアンケート結果を踏まえ、「専門家」が補強ポイントを指導するという形と考えて良いでしょう。記事には三人の「専門家」の「補強内容」がコメントとイラストで掲載されていますが、その内容と優先順位が、これまた疑問だらけと言わざるを得ません。

まず『震災の経験に学ぶ』と題して、家族などが居所不明の場合、避難所に情報を求めるメモが貼り出されたことが紹介されています。そして、『そんな時に重宝したのが顔写真』として、家族などの顔写真を用意しておくことを勧めています。確かに文字情報より注目度は高いものの、写真があったおかげでスムーズに再会できたという話も、管理人は聞いたことがありません。

もちろんそういう例もあったでしょうが、写真のおかげで発見率が劇的に上がったという話も聞きません。被災者の声として、不明者の写真が欲しかったという声も実際にあったのでしょうが、、これがアンケート結果を受けて筆頭に挙がるべき内容でしょうか?管理人には枝葉末節の「防災トリビア」の類にしか見えません。


『水分補給しずらい状況では、乾パンよりものどに通りやすいゼリー状の食品やようかんなどが体力の消耗を防いでくれる』というのも、間違いではありません。水無しで乾パンをたくさん食べるのはキツいという話は、阪神・淡路大震災の時から言われていたことではあります(それでも、いまだに非常食と言えば乾パン、みたいな信仰が…というのはまた別の話)

しかし管理人は、ようかんはともかく、ゼリー食品は非常食の主力としてはお勧めしません。一般的なアルミパック入りゼリー食品は重量が200グラムほどありますが、補給できるカロリーは180キロカロリーほどです。そこで管理人がお勧めするのは、大塚食品の「カロリーメイト」です。(大塚さんとは何のしがらみもありませんよ)

もちろん水なしでは食べにくいのですが、90グラムで400キロカロリーを補給できますから、携帯や備蓄する非常食の主力として最もお勧めできるものです。食事が十分に取れないときは、できるだけ多くカロリーを補給することが最優先と考えます。食べやすくても、行動するためのカロリーが得られなければ問題外です。
これについては過去記事で詳しく触れていますので、併せてご覧ください。
■関連記事「普段持ち歩く防災グッズ【3】」はこちらから
■関連記事「カロリーメイトトライアル」はこちらから

『水道復旧までに便利なのは携帯トイレ』というのも、間違いではありません。しかし、一般に大地震後には上下水道の復旧が最も時間がかかります。被害が甚大ならば一ヶ月以上かかることもあり、その間を持ちこたえるためには、携帯トイレよりも、十分な量の便処理剤と大量のビニール袋こそが必要です。目安として、最低でも家族の50回分は用意しておきたいものです。さらにゴミ収集が再開されるまでは、便は各戸で保管しなければなりませんから、そのための容器も含めて備蓄しておかないと大変なことになります。この点についても過去記事をどうぞ。
■関連記事「家に備える防災グッズ【15】」はこちらから


『直下型大地震などが起きたときに同じ行動をとったら、危険きわまりない』。これは東日本大震災後の首都圏で、多くの人がすぐに帰宅行動を始めたことに対するコメントです。もちろん間違いではありません。でも、直下型大地震に限ったことでもありません。大被害が出るような地震後すぐに帰宅する場合のリスクとは、大火災、津波、余震による落下物、倒壊、道路障害や、群衆のパニック、治安の悪化などですから、どんな種類の地震でも一緒です。

『家庭の事情で帰宅を急ぐときはグループで帰るのが望ましい』。これもその通りです。しかし、非常時に同じタイミングでずっと同じ方向に徒歩で帰る社員などがどれだけいるでしょうか。現実には、いればラッキーくらいでしょう。一般的でないことをアドバイスすべきでは無いと思いますが。

東日本大震災時には、会社側は社員の帰宅を押しとどめたのに、どうしても帰るという人の安全のために同行者をつけたら、それが他の社員の帰宅行動を誘発して、なしくずし的に全員帰ってしまったという実例もあります。もっとも、これは最終的には個人の責任に帰結する問題ではありますが、社員の安全を確保して事業継続を支障しないようにしなければならない、会社側のBCPとしては大問題です。

災害時に統一行動を取るためには、社員間における普段からのコンセンサス醸成が不可欠の問題と言えます。普段からそのような体制を組んでおかなければ、その時になって上司や総務課がいきなり言っても機能しません。その「下準備」こそが何より大切なことです。
■関連記事「首都圏直下型地震を生き残れ!【53】☆大火災編」はこちらから


最後のコメントは、『留守宅の家族が安全でいられるように、事前に自宅の対策を徹底しておきたい』というもの。全くその通です。この記事は昼間に家を空けているビジネスマン層を主ターゲットとしているのでこのような表現なのだと理解しますが、問題はこれが「補強」の筆頭に上がっていないことなのです。これは編集側の問題なのかもしれませんが。

前記事で掲載したネットアンケート結果では、掲載された15位までに自宅建物や家具などの地震対策が入っていませんでした。本来ならば、「専門家」はその点を最も強く指摘しなければならないはずだと管理人は信じます。自宅とは、就寝中という災害に対して最も無防備な時間を過ごす場所なのです。


それにしても、阪神・淡路大震災から18年、東日本大震災から2年。それだけ経って、マスコミも専門家も、いまだにこの程度なのですか?あまりにも多くの犠牲の上に立った「本当に大切な」教訓は、一体どこへ行ってしまったのですか?スポーツ紙とかではなくて、日本経済新聞がこの程度の内容を出すとは。災害対策とは、言葉遊びでもトリビア披露の場でも無いんですよ。

もちろん、限られた記事の中で多くの情報を盛り込むことは困難ですし、短くカットされたコメントでは、発言者の真意と異なるニュアンスになることもあるでしょう。さらに、「プロ」には様々なしがらみもあると思います。しかし、一旦記事や放送などの体裁になってしまったら、その内容が「プロの指導」として一人歩きを始めます。正しい情報を持たない人に、誤った優先順位やポイントのズレた情報が拡散されてしまい、それはすなわち「生き残る」確率の低下をもたらすのです。

「専門家」の方々に伺いたい。こんな記事の内容に、満足されているのですか?これが「本当に役に立つ防災記事」だとお考えなのですか?管理人としては、むしろ否定していただきたいのですが、まあ「プロ」にはそれも出来ない相談なのでしょうが。

本当は記事に対してまだまだ言いたいことは山ほどあるのですが、枝葉末節をつついている場合では無いので、これで終わりにします。3月11日を目前にして、あの記事は一体何を意図して作成されたのか、全く理解に苦しみます。


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疑問だらけなんですが・その1【日経新聞防災記事に寄せて】

管理人は日本経済新聞を購読しております。3月2日(土)の特集記事版「NIKKEI プラス1」に防災特集記事が掲載されていたのですが、その内容に疑問がとても多いので、記事内容を引用させていただき、二回にわたって管理人の考えを書かせていただきます。

この記事は、ネット上で1000人にアンケートを取り、その結果と共に「専門家」のコメントが掲載されるという体裁です。まず、アンケート結果を1位から15位まで列記してみましょう。質問は「東日本大震災以降に見直した防災対策」です。ところで、いつも思うのですが「防災対策」って言葉おかしくないですか?「災害対策」でしょうに(笑)

■1位(213人) 家族で安否確認の方法を決めた
■2位(205人) 家族の集合・避難場所を決めた
■3位(145人) 貴重品をすぐ持ち出せるように整理した
■4位(106人) 風呂水をためておくようになった
■5位(98人)  非常食を実際に食べてみた
■6位(95人)  地域の地盤の強さを確認した
■7位(78人)  徒歩での帰宅ルートを改めて確認した
■8位(65人)  最低限の防災用品をいつも携行するようになった
■9位(64人)  防災訓練に参加するようになった
■9位(64人)  近所の避難場所まで歩いてみた
■11位(61人)  保育園が学校などの非常時の対応を確認した
■12位(58人)  防災アプリを揃えた
■13位(50人)  消火器の使い方を確認した
■14位(44人)  津波に備えて高台の避難場所を確認した
■15位(42人)  近所の避難場所まで歩いていみた

この結果、どう思われますか?もちろんアンケート結果ですから一面の真実ではあるのですが、これを注釈なしでそのまま掲載するのはどうなんでしょうか。まるで、これが望ましい災害対策順位だとでも思われそうです。

災害対策で最も大切なことは、まず「生き残る」ことだということに、誰も異論は無いでしょう。でも、ランキングを良く見てください。驚くべきことに、地震に遭遇した瞬間の最も危険な時間帯に「生き残る」ための備えがひとつも無く、すべては「生き残ってから」の話ばかりです。9位の「防災訓練への参加」というのがギリギリ該当するくらいです。

東日本大震災では津波被害が甚大で、一方で地震の被害が規模の割には小さかったことから、地震そのものへの恐怖感が薄らいでしまっているような節もありますが、阪神・淡路大震災では、早朝の発生だったという理由もあるものの、犠牲者の86%が自宅内で死亡しているという事実がすっかり忘れられています。今後、東京などの南関東で危惧されている大地震は、阪神・淡路大震災タイプの内陸直下型となる可能性が高いのです。

その理由として、当ブログでも何回か採り上げている、自分自身への危険を積極的に過小評価してしまう、「楽観バイアス」や「正常化バイアス」という心理状態の影響もあるでしょう。自分や大切な人が家や家具に押しつぶされるという、最も恐ろしい瞬間を想像することを、無意識のうちに避けてしまっているのです。

これを「風化」と言わずになんと言いましょうか。「風化させない」とは、恐怖や悲しみを語り継ぐことではなく、悲劇から得られた教訓を後世に伝えて対策を行い、同じような悲劇を繰り返さないことではないかと管理人は考えているのですが。


ともあれ、このアンケートは「生き残るためには、まず自宅建物と家具類などの地震対策が最優先」という、阪神・淡路大震災以来、心ある防災研究者が提唱してきた「本当に大切なこと」が、一般にはほとんど浸透していないということを、図らずも証明する結果となっているようです。

さらに、勤務先や学校、買い物など行く先々で大地震に遭遇した場合に「その時何が起きて、そこでどうするか」という行動シミュレーションもありません。本当は、このふたつが1位2位にならなければならないのです。しかしこの二つにはお金も手間もかかるし、広範な知識も要求されます。はっきり言って、取っ付きにくくて面倒なことですから、意識的に避けられてしまっているのでしょうか。

いずれにしろ、本当に必要な災害対策の有無と程度は、そのまま「生き残る」確率に直結するだけのこと。それをどうするか、どこまで備えておくかは、あなた自身の判断です。

次回は、「専門家」のコメントなどについてです。


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2013年3月 3日 (日)

【ニュース解説】暴風雪の恐怖

暴風雪に見舞われた北海道・中標津町で、痛ましい事故が連続して発生しました。下記に、時事通信の記事を二本引用させていただきます。

(以下引用)--------------------
【暴風雪、車内の親子4人死亡=マフラー詰まりCO中毒か】
2日午後9時20分ごろ、北海道中標津町俣落の道道で、雪に埋もれた乗用車内で4人が心肺停止状態でいるのを地元消防が見つけた。4人は搬送先の病院で死亡が確認された。道警中標津署によると、死亡したのは近くに住む宮下加津世さん(40)、高校2年の長女未彩さん(17)、中学2年の次女彩世さん(14)、小学5年の長男大輝さん(11)。車はマフラーに雪が詰まっていたといい、同署は4人が排ガスの逆流による一酸化炭素(CO)中毒で死亡した可能性があるとみている。宮下さんは同町中心部に子どもを迎えに行き、自宅に戻る途中だった。
同署によると、2日午後5時40分ごろ、宮下さんが「雪山に埋もれた」と知人男性に携帯電話で連絡。同6時半ごろ、依頼を受けた別の男性が車内でぐったりした4人を発見、消防に通報した。発見時、車は雪に埋もれ、屋根の一部しか見えなかったという。

【「雪で立ち往生」23歳女性死亡=車から300メートル】
北海道警によると、2日午後8時半ごろ、北海道中標津町俵中のアルバイト従業員北川陽菜さん(23)から、「雪で立ち往生している」と父親に連絡があった。父親が捜索したところ、自宅から約500メートル離れた場所で車を発見、さらに車から約300メートル先で倒れている北川さんを見つけた。病院へ搬送されたが、3日午前7時ごろ、死亡が確認された。 
(引用終了)--------------------

当ブログでは、昨年末の特集記事【年末年始の災害対策】で、寒冷地ドライブの危険性について指摘しましたが、その通りの事故が今年も起きてしまいました。北海道ではこのような死亡事故が毎年数件以上発生しているのです。これらの事故は、記録的な暴風雪によって雪山に突っ込んだ事が端緒なので全国ニュースなりましたが、暴風雪による通行止め中や駐車中にドライバーが死亡するような事故は、道内以外ではほとんど報道されません。

■【年末年始の災害対策4】寒冷地ドライブ編はこちらから
http://hurry911.cocolog-nifty.com/survive/2012/12/post-3b08.html

管理人は、かつて札幌に住んで道内各地を走り回っておりました。中標津町も何度か行っていますが、郊外は遮るものがほとんど無い広大な場所です。そこで暴風雪になれば、地吹雪で文字通り「ホワイトアウト」となります。最悪の状態は、自分の腕を横に伸ばしたら指先が見えないくらい、つまり視界1m以下になります。5m先が見えないのは当たり前です。その中を車で走ることがいかに困難か、想像できるでしょうか。

まだ携帯電話が一般化していない時代、管理人も各地でそのような状況に遭遇し、明かりの一切無い郊外で、車通りも無い夜間などは「ここで脱輪でもしたら死ぬな」と、何度も本気で感じたものです。ちなみに、夜間の方がヘッドライトの光で路肩の雪山が多少は見えやすいので、昼間よりは路外逸脱の可能性は減るのですが、そのヘッドライトにも、雪が熱で溶ける以上のスピードで積もり、視界がどんどん悪くなって行きます。

上記事故の犠牲者は、いずれも地元の方々です。それでもこのようなことが起きてしまうのですから、不慣れな人がこのような暴風雪に遭遇したらどうなるでしょうか。このような状態は北海道だけでなく、降雪地ではどこでも起きる可能性があり、特に雪が比較的軽くて、積もった雪が風で大量に舞い上がる地吹雪が起きやすい、東北北部や北海道が危険となるのです。

上記のようなケースの場合、まず雪山に突っ込んだりして動けなくなったら、排気管が塞がれていないか確かめる必要がありました。車外に出られない状態ならば、エンジンを切るべきだったのです。仮に最初は排気管が塞がれていなくても、激しい降雪や地吹雪の中では短時間で吹き溜まりができることがありますので、アイドリング停車が長時間に及ぶ時は、最低でも30分に一回は排気管を確認しないと危険です。

当ブログの上記リンク記事にも書いていますが、そんな場合は十分な耐寒装備がある場合を除き、絶対に車内で眠ってはいけません。排気の逆流事故だけでなく、燃料切れ、エンジンの過冷却や排気管が雪で塞がれてエンジンが止まり、ヒーターが切れて凍死する事故も後を絶ちません。

この事故の場合、エンジンがかかっていたのですから、パワーウインドウも作動したでしょう。しかし、窓を開ければ大量の雪が車内になだれ落ちて来る状態だったと思われます。運転者はそれを嫌ったのでしょうか。でも、やはり換気を最優先にすべきでした。

もうひとつの事故は、地吹雪の恐怖をまざまざと見せつけます。若い人でも、十分な耐寒装備が無ければ、猛烈な地吹雪の中では300メートルという短距離で行き倒れてしまうのです。これは管理人も実感としてわかります。
しかも、どうやら自宅とは反対方向に歩いていたようです。周りが開けた郊外で猛烈な地吹雪になったら、周囲数メートル以上は見えなくなるのは普通ですから、地元の人でも方位を失うことも十分にあり得ます。

このケースでは、携帯電話で連絡がついていたのなら、車の中で救援を待つべきでした。エンジンが止まっても、すぐに低体温症になることは無いのですから。

今年の冬は、降雪地ではまだまだこのような荒天になることもありそうです。雪に不慣れな方はもちろん、雪国の方でも、暴風雪時にはくれぐれも無理な行動をされませんように。暴風雪でなくても、晴天時の強風でも地吹雪は発生します。いざという時のために、せめて車の中に予備の防寒装備と非常食くらいは常備しておくことをお勧めします。


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2013年3月 2日 (土)

【続報・井戸水の変化その後】宏観現象による地震警戒情報【3/2】

千葉県北部の井戸水の変化に関する続報です。

2月27日頃から発生している井戸水の変色は、その後も続いているとのことです。

一方、非常に小規模ながら、予想範囲内での地震が発生しています。井戸水の変化から3日目の3月1日の午前8時53分頃、茨城県南部の深さ50kmを震源とするマグニチュード3.5の地震が発生し、茨城県笠間市などで最大震度1を記録しました。

この地震の震源は、茨城県南部の埼玉県境近くで深さ50kmと、前記事での予想と完全に重なるものです。さらに、この震源域での地震は過去2週間以上発生していませんので、井戸水の変化と何らかの関係があると考えて良いかと思われます。

しかし、井戸水の変色が現在も収まっていないようですので、発生予想期間を少し延長し、3月10日頃まで様子を見てみようかと考えています。過去にも、井戸水の変化は出たものの、小規模の地震しか発生しなかったことは何度もありますが、それでも昨年夏頃までは、予想範囲内の地震がほぼ100%と言える確率で発生してきました。

井戸水の変化には変色、粘土粒子の混入、砂の混入、臭いの発生などの種類があり、毎回種類や組み合わせが違います。現在のところ、何が起こると大きめの地震になるかという関係までは良くわからないのですが、ひとつの傾向として、大粒の砂の混入が起こると比較的大きめの地震(震度4以上)が多く発生するような傾向は見て取れます。

今回は水が褐色に変色しているのだけですので、そのパターンからは外れます。しかしあまり多くは無いサンプル数による傾向にすぎませんので、今回は小さいなどと判断することもできませんから、敢えて震度4以上を警戒としています。

引き続き、何か変化がありましたらお知らせします。

なお、他のブログ等で流されている地震絡みの予想(のようなもの)と、当ブログの内容に仮に重なる部分があったとしても、それらとの関連は一切否定します。エセ科学やオカルトマニア向けと一緒にしないでください(笑)


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2013年3月 1日 (金)

【井戸水に変化あり】宏観現象による地震警戒情報【3/1】

久々の宏観情報による地震警戒情報です。千葉県北部の協力者様宅の井戸水は、ここしばらく変化が出ていませんでしたが、2月27日頃から水が若干褐色に変化しているとの情報をいただきました。

昨年夏ごろまでは、この井戸水になんらかの変化が出ると、一週間程度の間にほぼ100%の確率で近隣震源域での地震が発生していたのですが、昨年10月頃から年末くらいにかけて、井戸周辺のの震源域では小規模の地震が多発するようになり、それと同時に井戸水の変化と地震発生の相関がわかりにくくなりました。

このため、このシリーズ情報はしばらくお休みしていたのですが、現在は周辺震源域での地震発生回数が落ち着いており、昨年夏ごろまでの状況と良く似て来ていますので、今回は敢えて井戸水の変化をお知らせする次第です。

しかし、表面上は過去と似ていても、地面の下の状況が同じだとは限りません。むしろ変化し続けていることは、地震発生状況が刻々と変わっていることからもわかります。ですから、この変化によって過去ほどの精度で地震発生が予想できないかもしれません。この発表は、今後の推移を見守るためのテストケースでもあります。

では、以下にどんな地震を警戒すべきかを記します。これは、昨年夏ごろまではかなりの確率で、各項目とも的中していた予想内容です。一方、井戸水に極端な変化が出た場合を除き、地震規模の予想は困難ですが、ここでは警戒すべき地震規模として、震度4以上とさせていただきます。

■発生予想期間
2月28日から7日間程度の間(3月6日頃まで)
■発生予想場所
茨城県南部(特に埼玉・千葉県境付近)、千葉県北西部、千葉県北東部
■予想震源深さ
40km~60km(40km程度の可能性大)

このような内容で、一応「震度4以上」を警戒していただきたいと思います。このうち、千葉県北西部の東京湾沿岸が震源になった場合、東京23区内から神奈川県東部にかkても、比較的大きく揺れます。

もちろん、これは「予知」ではなく、この通りの地震が発生しないことも、他の場所で起きることもありますので、あくまで参考として考えていただきたいと思います。

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【一周年記念企画】小説・生き残れ。【11】

三十代後半に見える調理師は、倒れている男の脇にかがんですばやく脈拍と呼吸を確かめた。そして頭に巻かれたスカーフの代用三角布を指さして、ふたりに向かって言った。
「これ、どなたが?」
「あの、わたしです」
玲奈が答える。
「見事な手際ですね。ご経験あるんですか?」
その言葉に、玲奈は衛をちらっと横目で見ながら、なぜかしどろもどろになりながら言った。
「え、まあ、あの・・・講習受けたりとか・・・」
調理師は少し白い歯を見せて笑顔になると、言った。
「プロ並みですよ。すばらしい」
「・・・は、あ、ありがとうございます・・・」
玲奈の目が泳いでいる。

玲奈、どした?褒めてくれてるのに。衛は男に向かって訊いた。
「あの、プロの方なんですか?」
調理師は少しはにかんだように笑いながら、答えた。
「昔ね。クウジ・・・いや航空自衛隊の救難隊でした。いわゆる衛生兵ですよ。ヘリとか乗って」
それを聞いた玲奈の表情が少し緩むと、背筋がすっと伸びたように、衛には思えた。

調理師は続ける。
「そんなわけで、この場は私に任せてください。店にはいろいろ資材も用意してありますし」
「はいっ!よろしくお願いします!」
玲奈は妙に力の入った調子で言うと、深く頭を下げた。つられて、衛も最敬礼してしまう。まさか、ここで元とはいえプロに会えるとは。良かった・・・。

それから三人は床に畳んだ段ボール箱を敷いて、その上に動けない怪我人を寝かせた。意識の無い男は三人で少しずつ段ボール箱の上に乗せた。そしてそれを引きずって、一階の廊下の中まで全員を移動した。そこまで終わると調理師は一旦店に戻り、紙の手提げ袋を持ってくると、言った。
「ご協力ありがとうございました。あとは任せてください。これ、どうぞ」

調理師が差し出した紙袋を衛が受け取って中を見ると、ミネラルウォーターの1リットル入りペットボトルと、店用の食材なのだろう、海外ブランドのソーセージなどの缶詰が数個入っていた。缶詰はもちろん、缶切りのいらないプルトップ缶だ。プラスチック製のスプーンとフォークにペーパーナプキンの束まで入っている。

「ありがとうございます!」
衛と玲奈が同時に礼を言った。実際、これは本当に助かる。よく考えたら食事前に地震が来たので、実はものすごく腹がすいているということに、衛はその時やっと気づいた。衛の腹がぐーっと鳴る。

「この坂の上のNHKが帰宅困難者支援拠点ですし、代々木公園は広域避難場所ですから、そちらへ行けば支援が受けられるでしょう。どうぞお気をつけて」
衛と玲奈は、元"衛生兵”の調理師に、もう一度深々と頭を下げた。すると調理師は、笑顔で付け加えた。
「落ち着いたら、また店にいらしてくださいね」
「ええ、もちろん」
「必ず、来ます」
ふたりも笑顔で答え、レストランを後にした。

宇田川町の坂を上ってNHKに向かう途中、渋滞する車のライトだけが照らし出す歩道には、ところどころにビルから落ちた窓ガラスの破片や壁材が散らばっている。それを踏むたびに、ジャリっという冷たい感触に背筋が寒くなる。これを浴びたら、ただでは済まない。ビルの壁から落ちた、ひしゃげた袖看板が転がっていることも少なくない。こんなのを食らったら、即死だ。

ふと上を見ると、ビルの壁に半分ひっかかったまま、今にも落ちそうになっている看板類も少なくない。そんな場所に来ると、玲奈は必ずその手前で衛の腕を引いてピタリと足を止め、数秒間様子を見てから、その下を小走りに駆け抜けた。玲奈は頭上も警戒しているんだ・・・。確かに、頭上はかなり意識していないと見えていないことに、衛は気づいた。

不思議なことに、衛たちとは逆方向に、坂を下って渋谷駅の方向に向かう人の方がずっと多い。この地震では電車やバスが動いているはずもないし、タクシーがつかまるとも思えない。仮につかまったとしても、大渋滞で動けないはずだ。この地震では、幹線道路は一般車両通行止めじゃないのか?車好きの衛は、それくらいは知っている。

それでもわずかな可能性に賭ける・・・というより、ただ人の流れについて行ってしまっているように、衛には思えた。大勢が行く方向が必ずしも安全とは限らないし、人が密集した繁華街で大きな余震が来たら、かなりヤバいだろうに。衛は歩きながら、先ほど暗い店の中で思ったことを、心の中で反芻していた。

《慌てずに、考えろ、よく考えろ・・・》

その時、足元にズシンという衝撃を感じた。来た!でかい余震だ!今度は衛もすぐに身体が動いた。ふたりは同時に、すぐ脇の頑丈そうなビルの暗いエントランスに駆け込んだ。ここなら落下物を避けられる。

本震ほどではないと感じたが、すぐに振り回すような激しい揺れが始まった。歩道では走り出す人も少なくない。坂の下の方からガラスがばら撒かれる鋭い音や、何かが大きなものが落ちるような金属音が響いて来て、男女の悲鳴が重なる。それを聞いた玲奈の身体が固くなり、音のした方角に顔を向けた。きっと玲奈は、揺れが収まったら負傷者が出た現場へと駆け戻るに違いない。

その時、ハイヒールにタイトスカート姿で坂を駆け下って来た若い女性が、ふたりの目の前で、悲鳴と共につんのめるように転倒した。あっと思う暇もなく、女性の背中の上に、ビルの壁からはがれ落ちた外装タイルがバラバラと降り注いだ。玲奈の肩を抱いていた衛は、玲奈の全身の筋肉が緊張するのを感じた。衛の腕を振りほどいてすぐに駆け出すかと思ったが、しかし、動かない。

玲奈はそのまま、揺れが収まるのを待っていた。しばらくして揺れを感じなくなると、
「衛、ちょっと待ってて」
と言い、ハンドバッグを頭上にかざして駆け出した。そのまま転んだ女性の脇を駆け抜けると、ガードレールの切れ目から一旦車道に出て振り返り、渋滞する車のライトの反射でぼんやりと照らし出されているビルの外壁を見上げた。それ以上落ちて来るものが無いか確かめているのだ。そしてとりあえずの安全を確認すると、歩道に駆け戻りながら
「衛、お願い!」
と叫んだ。

玲奈の行動から、衛はひとつ学んだ思いだった。こんな時はすぐに怪我人に駆け寄ってしまいそうだが、まずは自分の安全確保をしなければならないということだ。それは臆病でも卑怯でもなく、自分が倒れてしまったら他を救うことはできない、ただそれだけの理由なのだとも。

衛と玲奈は、うつぶせでコンクリートの粉まみれになって呻いている女性に駆け寄った。転んだ直後だったのが幸いして、頭は直撃されていないようだ。背中の痛みを訴えている。ふたりは女性をゆっくりと抱き起こすと、ビルのエントランスに運んだ。

表情をゆがめて喘いでいる女性に、玲奈はにっこりと微笑みながら
「もう大丈夫ですよ」
と、穏やかに声をかけた。数秒前までの厳しい表情からは思いもつかないような、穏やかな表情だ。不安のどん底にある負傷者は、救護者の微妙な表情も読み取ってしまう。口では大丈夫と言っても、厳しい表情を見せたら《本当は大丈夫じゃなんだ》と思ってしまうこともあるのだ。

特に重傷者は、気の持ちようで容態が大きく変わるから、救護者はできるだけ自分の不安や動転を表情に出さないように、負傷者を励まさなければならない。軽い怪我でなかったら、怪我の程度を本人に伝えるなど言語道断。

玲奈は、女性の意識がしっかりしているのを確認すると、身体を軽く触りながら、痛みのある場所を確かめて行った。どうやら、ちょっとひどい打撲だけで済んだらしい。しばらく休めば、自力で歩けるようになるだろう。衛と玲奈は、ほっとした表情で顔を見合わせた。


結局、衛と玲奈がNHK本局に開設された帰宅困難者支援拠点にたどり着いたのは、夜半を大きく回ってからだった。


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