2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

« 【シミュレーションストーリー】地震・一戸建て住宅 | トップページ | 【シミュレーション解説編】地震・一戸建て住宅【1】 »

2013年3月28日 (木)

近所で火事が起きました

今日の午前零時過ぎ、管理人宅の近所で火災が発生しました。昨日、地震火災に関するシミュレーション記事をアップしたばかりというタイミングなので、何か複雑な気分です。もちろん単なる偶然なのですが。

消防車のサイレンが鳴り響き、管理人宅からも猛煙が上がるのが見えましたので、現場へ行ってみました。野次馬と言われれば何も反論できませんし、焼け出された方々には大変申し訳ないと思いつつも、実際に現場を見ておく必要があると思ったのです。実は、この火災現場は小規模ながらも「木密地域」の特徴を持っている、古くからの住宅街なのです。

車がすれ違うのも難しい細い道路から、さらに細い路地が縦横に走り、そこに築数十年というような旧い木造家屋が、今でもかなり残っている場所です。今日の火災についてはまだ詳しいことはわかりませんが、出火した建物は、どうやらそのような旧い家屋のようです。

管理人が現場についたときには、すでに出火点の建物は全焼し、焼け焦げた骨組みだけになって白煙を上げている状態でした。しかし消防の懸命の消火活動に関わらず、軒を接する隣家と、さらに隣へと延焼している最中です。消防車は30mほど離れた表通りまでしか入れず、そこからホースを路地に引き込んで放水しています。

最初の出火から約30分くらいで、出火建物に並ぶ三軒目の二階に火が入りました。見る間に室内は火の海になり、天井裏にまで火が回って、ある時点で爆発的に火が大きくなりました。軒先から数メートルの炎が噴き出しています。恐らく、燃える木材から出る可燃性ガスが一気に燃焼する、フラッシュオーバーという現象が起きたのでしょう。

その建物に向けて、消防は三本のホースから放水していますが、その家の前は車が入れないような路地で、隣家との間にもほとんど余地がありませんから、放水できる場所が家の正面からのみで、放水角度も限定されてしまっています。二階の床部分や天井裏などへ直接水がかからず、見る間に火勢が強まって行き、ついには炎が屋根を突き抜けました。

消防隊は火が移っていない隣家の二階ベランダに進入し、そこから二階へ向かって水平に放水を始め、やっと火勢を弱めることができました。そのような努力により、三軒目の家までで延焼が阻止できたようです。消火活動が始まってから約1時間ほど経っていますが、その間の必死の消火活動に関わらず、そこまで燃えてしまったのです。


なぜこのように細かく書いたかというと、「木密地域」における火災の恐ろしさを、まざまざと見せ付けられたからなのです。まず火点に軒を接した旧い木造家屋に延焼し、燃え広がるまでの速さ。そして消防車が火点の近くまで入れず、はしご車などで高い場所からの放水ができないこと。さらに火点の周囲が狭く、効果的な放水角度が取りにくいという問題などです。

それだけでも恐ろしいのですが、それでも今日はまだ良い方です。今日は雨上がりで湿度が比較的高く、ほとんど無風でした。これがもっと乾燥していて、強い風が吹いていたら、さらに速く延焼していたでしょう。

そして「平時」の今日、消防は当然ながら全力で消火活動に当たっていました。しかし、もしこれが大地震の後だったら、まず消防は速やかに臨場できません。消防が来ても、断水している可能性が高いのです。防火水槽などから水利が確保できたとしても、大地震直後には消火よりも倒壊家屋からの人命救助を優先せざるを得ず、火災は事実上燃えるにまかされることになります。そんな状況が、特に「木密地域」で多数発生することは、阪神・淡路大震災で証明されました。

一旦火が出たら、「木密地域」ではごく短時間で延焼して行きますから、速やかに安全な場所へ避難しなければなりません。そのためには、「避難できる」状態でいること、つまり、まず地震による家屋の倒壊や、家具の転倒などの危険から身を守らなければならないのです。


阪神・淡路大震災では、6434名の犠牲者のうち86%が、自宅内で死亡しました。そのうちの83.3%が建物や家具等の倒壊による死亡、残り12.2%が、「生存時焼死」と分類されています。つまり、自宅から脱出できないまま、炎に巻かれたということです。それがどういうことか、自分自身の「痛み」として捉え、対策をしなければならないと、猛火に包まれる家を見ながら、強く思いました。

そして自分の家が、財産が、大切なものがすべて灰になり、自分が火元だったら延焼先への責任も負うという恐ろしさを改めて突きつけられたのですが、やはり何より自分や大切な人が猛火に焼かれるという恐怖が一番です。

そうならないために何が必要か、改めて考えてみてください。当ブログでも、過去記事で地震火災に対する具体的な対策をまとめています。


■■当ブログがお役にたてましたら、ブログトップまたは下の各ランキングタグへご支援のクリックをよろしくお願いいたします。

☆にほんブログ村 ブログランキング
にほんブログ村 その他生活ブログ 地震・災害へ

☆人気ブログランキング


« 【シミュレーションストーリー】地震・一戸建て住宅 | トップページ | 【シミュレーション解説編】地震・一戸建て住宅【1】 »

日記・コラム」カテゴリの記事

コメント

よりにもよっててばさんが貴重な経験をされたと思います。詳細なレポートありがとうございます。読んでてゾッとしました。

もう30年ほど前にいわき市の平競輪のそばに住んでいたのですが、外出中に近所で火事がありました。車で30分ほどのところからも黒い煙が見えていて、はじめは父も「うちが燃えてるんじゃないの?」と言ってたのですが、煙の方角がズレることなく次第に無口になったのをよく覚えています。近隣が消防車で埋め尽くされ家に近付けなくなるに至って、在宅中の母に公衆電話から安否の確認をして一息付きました。
結局畑を挟んだ50mほど先の丘の上の家が出火場所だったのですが、自宅に着いても燃えていましたし、輻射熱も感じました。今にして思うと細い曲がりくねった道でしかアクセスできないところでした(レースと称して自転車で駆け下りたりしてました)のでなかなか消し止められなかったのだと思います。

平時で消防態勢が万全の状態でも、環境によっては消すに消せないものなのですね。大震災が起きたら、そもそも「消さない」ことになるのですから、木密地域そのものをどうにかしないととんでもないことになりそうです。我が区もご存知の通りの状況ですから、離れていても安心できませんね。

>tntさん

正直なところ、見ていてかなり怖かったです。これが大地震の後なら、比べ物にならないくらいの混乱の中、閉じ込められた人も多数いる状態で燃え広がって行くのですから。

この火事で、出火元の家が燃えている時点の写真を、近所の人がツイッターにアップしているのを見つけました。それによると、記事に書いた家は、まだ電気がついているんです。その写真の時点から約30分後に、自分の家まで延焼するとは考えてもいなかったのでしょう。現場を見ても、そう思っても不思議ではない位置関係です。

現場はまさに「ミニ木密地域」で、路地に入ると都内などの同地域とそっくりです。火元の家が全焼する頃から、消防は他の建物への延焼防止措置として周辺の家に放水して冷却していたのですが、それでも延焼して行きました。細い道路のせいで放水する方向が限定されていたのも大きいと思います。

これで消火活動が行われなかったら、1時間後には周囲一帯が火の海になっていたでしょう。それが神戸で起きた現実なわけで、同じような条件下ではどこでも起こるでしょう。木密地域では、それくらい「簡単に」延焼して行ってしまうということを目の当たりにさせられました。

それにしても、細い路地の中での消火活動は本当に困難そうでした。ほとんど建物の一方向からしか放水できず、他にも、例えば屋根上の火を消したくても、道が狭いために放水の仰角が大きくなりすぎて、屋根上が死角なのです。最終的には送水圧力を落として、雨のように水を落とすことで、やっと制圧するような状態です。

やはり木密地域では、火が出たら早い段階で避難が必要であり、そのために「避難できる状態」でいることが何より大切だと痛感させられましたよ。焼け出された方々には本当に申し訳ないのですが、まさに百聞は一見に如かずという体験をさせていただきました。


私も、自宅方向へ消防車が走っていくと、時々不安に駆られる時があります。うちは集合住宅ですから、他の部屋から火が出てもかなり大変なことになりますし。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 近所で火事が起きました:

« 【シミュレーションストーリー】地震・一戸建て住宅 | トップページ | 【シミュレーション解説編】地震・一戸建て住宅【1】 »