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2013年4月12日 (金)

【一周年記念企画】小説・生き残れ。【19】

男は土砂崩れの斜面もまるで平地のように駆け抜けると、ふたりの元にたどり着いた。
「玲奈、ありがとう!後は任せろ。早く上へ!」
恵子には、
「宿で負傷者が出て、遅くなった。すまん」
と声をかけるが、再び意識が朦朧とした恵子は、須田の方を見て少し微笑んだだけだった。

玲奈は、こんな場面でも思わず挙手の敬礼をしそうになった自分に驚きながら、
「恵子をお願いしますっ!」
とだけ言って、恵子を須田に託した。全力で恵子を支え続けた腕にうまく力が入らないが、四つんばいになってなんとか斜面を登る。上の広場の手すりから皆が乗り出して、大声でふたりに励ましの言葉を叫んでいたことに、今になって気付いた。

玲奈は斜面を登りきり、広場に上がった。衛が駆け寄って来る。玲奈はこのまま衛の胸の中に飛び込んで行きたかったが、その気持ちをぐっと堪えて崖を振り返ると、手すりから身を乗り出した。状況は、まだ、まだ終わってはいない。

須田は恵子のぐったりとした身体を水から引き上げ、うつ伏せにして左肩の上に担ぎ上げた。そして右腕で恵子の身体を押さえ、左腕を崩れた斜面についてバランスを取りながら、慎重に足を踏み出した。2メートルほど登った時、先程まで玲奈が踏ん張っていた石段が、押し寄せる強い水流に一気に飲み込まれて見えなくなった。あのまま須田が来なかったら、恐らく今が、玲奈と恵子の最後の瞬間となったに違いない。

しかし須田は確実に、恵子を担いで崩れた斜面を登ってくる。もう大丈夫だ。恵子の怪我が心配だが、レンジャー資格者は優秀な“衛生兵”でもある。須田が適切な手当てをしてくれるだろう。それに恵子が海の家から背負って来た陸自迷彩色の非常持ち出しリュックには、恵子がアレンジした衛生キットが入っているはずだ。

つい先ほどまでの、八方塞がりとも言えるような状況が嘘のようだ。芝居でもこうはいくまいと思えるくらいの、死の恐怖から生の希望への、鮮やかな場面転換だった。広場に張り詰めた先程までの緊張が幾分ほぐれて、笑顔で声援を送る者もいる。
「がんばれ!」
「もう少しだ!」

しかし、ほぐれかけた空気は再び一瞬で凍りついた。恵子を背負った須田の足が次の一歩を踏み出した瞬間、足元の斜面が小さな崩落を起こした。足を取られた須田は、恵子を背負ったままずるずると斜面をずり落ちて行った。須田はすぐに身体全体を斜面に投げ出し、両手足でブレーキをかけようとするが、ふたりの身体は、そのまま渦巻く真っ黒な水の中に飲み込まれて行った。

あっという間の出来事に、誰も言葉が出ない。数瞬して、玲奈の振り絞るような叫びが空気を引き裂いた。
「いやあぁぁぁーっ!」
玲奈の身体が、がたがたと震え始める。
「うそ…うそ…」
目の前で起きた現実を全く受け容れられずに、玲奈はふたりが消えた渦巻く水を震えながら見つめている。玲奈の横で、衛はこんな理不尽な現実に、無性に腹が立った。そして、手すりから身を乗り出して、渦巻く水に向かって目を剥いて怒鳴った。
「ふざけるなよ!なんだよ!ふざけるなよ!」
自然の猛威の前に、人間の力などこんなものだと言うのか。

少し離れた場所で、叫び声が上がった。
「あそこにいる!」
声の主が指差す方に、皆の視線が一斉に注がれるが、渦巻く瓦礫しか見えない。
「あそこだ!あの緑の屋根のとこ!」
流されて来た家の屋根の端に、恵子がしがみついている。ぐったりとしていて、屋根の端に両腕をかけているのがやっとの様に見える。しかし須田の姿は見えない。
「恵子っ!」
玲奈が叫んだ時、恵子のすぐ後ろに、頭がぽっかりと浮かび上がった。須田だ。ぐったりとした恵子を、濁流の中から屋根に押し上げたのだ。そうだった。濁流に呑まれても、それで諦めるはずは無かったんだ。恵子も須田も、最後の瞬間まで諦めるはずがない。

しかし須田も負傷しているようだった。水面に現れた頭からすぐに血が噴き出し、顔が真っ赤に染まって行く。須田は恵子を瓦礫からかばうように身体を寄せながら、辺りを不自然に見回している。その様子から、玲奈は須田の意図と状態を悟った。

須田は、つかまっている屋根が崖に近付くタイミングを計っている。そして崖に近付いたら恵子を抱えて屋根を離れ、崖に取り付くつもりなのだ。しかしおそらく、負傷のせいで目が良く見えないに違いない。水面下の両腕は、恵子の身体を支えることで精一杯で、顔に流れる血をぬぐうことも出来ないのだ。

ふたりが取り付いた屋根は、渦のなかでゆっくりと回転しながら崖に近付いて来る。おそらく、チャンスは一回だ。引き波が始まったら確実に、成す術も無く、海へ向かって流される。そうなったら生き残れる可能性は、ほとんど無い。

玲奈は、須田に向かって叫んだ。
「須田さんっ!離脱時期を指示します!そのまま待機っ!」
玲奈の声は須田に届いた。須田はこちらを振り向いて大きく頷いたが、顔の向きが微妙に違う。やはり目が良く見えていない。玲奈は息を呑んで見つめる周囲の人たちに向かって叫んだ。
「しばらく声を出さないでください!お願いします!」
状況を理解した皆は、強張った表情で黙って頷いた。

玲奈は踵を返すと、崖を滑り降りて行った。既に水かさの増加は止まっている。水深は、おそらく4メートルくらいだ。しかし水際まで降りた玲奈は、そこで自分が判断ミスをした事に気付いた。そこからでは、ふたりが取り付いた屋根が見えないのだ。玲奈は、崖の上にいる衛を振り返った。懇願するような目つきだった。衛にはすぐに、玲奈の思いが電流のように伝わった。

おれが、ふたりの運命を握るのか。おれに出来るのか。いや、やるしかない!衛は声を出さずに、思わず右腕をあげて、親指を突きたてた。玲奈の唇が、《おねがい…》と言うように動くのが見えた。


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