おすすめ書籍のごあんない【8/7後編】
今回は、本書「南海地震は予知できる」の内容が、次の南海地震予知に本当に役に立つのかについて考えます。
結論から先に述べてしまえば、仮に潮が引かなくても、本書にある何らかの異常現象の発生があれば、予知は可能でしょう。但しそのための絶対条件は、「ほぼ同じタイプの地震が再び発生するならば」となります。
「前回」の安政南海地震では、津波が沿岸の斜面を25mほど遡上した痕跡が確認されています。つまり非常に強い津波が押し寄せたわけで、それだけでも安政と昭和が異なるタイプであったことがわかります。安政は昭和に比べて断層の変位速度が速く、より激烈な地殻変動が起きたと考えられるわけです。このように同じ震源域で発生する地震でも、毎回同じタイプが発生するとは限らないのです。
さらに言えば、仮に同じタイプの地震でも、同様の前兆現象が発生するとは限りません。しかし、本書の証言やそれに似た異常現象に注意していれば、それが発生した時には速やかに警戒態勢を取ることができます。
問題は、本書に記されたような前兆現象は、現時点では公式に認められていませんので、仮に潮が異常に引いたりしても行政からの警報は出ませんし、公的な防災態勢は発動しないのです。ですからあくまで個人レベルで情報を取得し、個人レベルで警戒しなければなりません。そしてそれができるのは、事実上海岸近くにいる人に限られてしまいます。
ところで、前回記事(中編)をアップした後に、ちょっと驚いた事があります。昨晩(8/6)、NHKテレビで8月31日に放送予定の「MEGAQUAKE」新シリーズの告知を観たのですが、次回は南海トラフで観測された新事実をやるようです。それによれば、最新器機での観測により、今まで知られていなかった変動が検知されたとのこと。それを「スロークエイク」と言っていましたが、要は従来の観測器機では検知できない、非常にゆっくりとした揺れが発生しているということのようです。
管理人の想像通りであれば、手前味噌ながら「中編」で考察した昭和南海地震のタイプや、「前震」が観測されなかった理由が、どうやら的を得ているようではあります。そうなると、本書の内容が急に信憑性を帯びてきます。詳しくは番組の放映を待ちたいと思いますが、もしかしたら本書の内容を「専門家」も認めざるを得なくなるのかもしれません。新しい発見によって、「常識」は、変化して行きます。
最後に、本書において残念だったことも記しておきたいと思います。巻末において、著者は収集した情報のまとめと分析を行っているのですが、その中に「エセ科学」に類するような部分があるのです。
ひとつは、地震前に非常に暖かい日が続いた理由。「海底に生臭い堆積物が出ていた」、「津波が白く泡立っていた」ということから、高知県沖(はるか沖水深500~1000メートルくらいですが)に存在するメタンハイドレートが地殻変動によって気化し、温室効果が非常に高いメタンガスが付近に滞留したために、気温が上がったのではないかというもの。
断定こそしていませんが、全地球的な気候変動要素と局地の気象を一緒くたにしています。地震の後には普通に寒くなったのは、地震が起きて気化が止まったからということなのでしょうか。それに、メタンガスが開けた場所に滞留して温室効果を発揮するという根拠でもあるのでしょうか。これはあまりに非現実的な話であり、「メタン=温室効果=異常高温」という、エセ科学の発想で良くある、表面的な知識を繋げたパターンにしか見えません。
もうひとつは、地震直前に、海上で「ズバーン」という爆発音のようなものが聞こえた理由。爆発音のようだから、爆発と決めてかかってしまっています。そしてその理由が、プレート境界域の変動で、そこに「マントル熱」が浸透し、ガス爆発や水蒸気爆発が起きたと。しかしプレート境界域のような深い地下にはメタンハイドレートは存在しませんし、水蒸気爆発を起こすようなマグマもありません。そもそも「マントル熱」というのが意味不明。完全に「エセ科学」の類です。深い地下は地熱が高いから、くらいの感じでしょうか。
水中では、音波は空気中よりはるかに速く、秒速1500mほどで伝播します。さらに海中の密度、温度、塩分濃度変化、変温層、汽水境界などで屈折、反射を繰り返しますから、深海底の音がそのまま海上に伝わることはまずありません。本来は「バーン」という雷の音が、雲の中で屈折、反射を繰り返して、遠方では「ピシャーン、ゴロゴロ」と聞こえることの逆も起こるわけです。「ズバーン」や「ズルズル」が、断層が破壊される音が伝播したものである可能性は高いのですが、決して爆発では無いのです。
ちなみに、東日本大震災でも断層の破壊音は捉えられています。本来は人間の耳には聞こえない低周波なのですが、30倍速程度で再生すると、「ゴー」という地鳴りのような音として聞こえます。つまり、地震前の地鳴り自体が、本来の音ではないということです。
著者は専門家ではありませんから(管理人もです。念のため)、どのような考察をするのも自由なのかもしれませんが、このような内容があると作品全体のクオリティに響きますし、せっかくの生情報も、何かバイアスがかかっているのではないかと勘ぐられかねません。本書は、非常に真摯な姿勢で丹念に情報を集められた労作だと思いますので、敢えて苦言を呈させていただきました。
これで当シリーズを終了いたしますが、ここで採り上げた内容は本書のごく一部にすぎません。他にも、昭和21年12月に起きたと思われる「異変」が、たくさん掲載されていますし、終戦直後の混乱期に起きた大地震と津波の様子を、経験者の言葉で最もリアルに伝える本ではないかと思います。
さらに南海地震だけでなく、東南海地震、東海地震の震源域でも同様のことが起こる可能性もありますから、南海トラフ沿岸、つまり関東西部から九州南部に至る太平洋沿岸の、すべての皆様にお薦めします。もちろん、地震の前兆などについて研究されている方、興味がある方には必読の書かと思います。
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