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2013年10月23日 (水)

小説・声無き声 第一部【1】

■【ディザスター・エンタテインメント】新作の連載を始めます。この物語は事実を参考にしていますが、基本的にはフィクションです。開始早々なんですが、タイトルを変更させていただきました■


新幹線の車窓に、早春の田園風景が流れていく。薄曇りの空の下に、ところどころ水が張られ始めた水田が連綿と続き、そのずっと向こうには、頂近くに雪を抱いた山並みが霞んでいる。桜の季節には少し早いが、あと半月もすれば、固いつぼみもほころびはじめるだろう。ここにも、もうすぐいつものような穏やかな春がやってくる、はずだった。

車窓を飛び去って行く、誰もが懐かしさを感じそうな風景をぼんやり眺めながら、三崎玲奈は小さくため息をついた。程なく、目的地に着く。列車が減速を始めるのとほぼ同時に、この土地の民謡をアレンジした軽快なチャイムの音に続いて、到着を告げるアナウンスが流れた。玲奈にはその“日常”が、なんだかとても場違いなものに感じられた。

玲奈は空いていた隣の席に置いた登山用の大型リュックを引き寄せながら、上半身を少し伸ばして、半分くらい埋まった車内をぐるりと見回した。何人かが降りる準備を始めているが、みな地味な服装だ。グリーンの作業服にゴム長靴姿の若い男もいる。ほとんど、会話は聞こえない。普段ならば昼前に最初の目的地に着いて、さあこれから旅が始まるぞという華やぎに満ちるはずの車内は、まるで最前線で初めての戦闘を待つ初年兵が放つような、硬質の緊張感で満たされていた。みな、無言で車窓を見つめている。

列車の速度がさらに落ちて、車窓はまばらな住宅街から地方都市のそれに変わった。玲奈はカールした長い髪を頭の後ろで一本に束ねてから、カーキ色のベースボールキャップを目深にかぶった。そしてずしりと重いリュックのハーネスを右肩にかけると、シートから立ち上がった。本当はここへ来る前に髪を短く切って来たかったのだが、昨日の深夜まで仕事をして、そのまま今日の未明に出発だったから、美容院に行く時間も無かったのだ。デッキに向かって通路を進んで行く玲奈に、ここからさらに北へ向かう乗客たちの視線が集まった。

この列車に乗り合わせている、年齢層がかなり幅広い男女の多くが、自分と同じ目的であろうことが玲奈にはわかっていた。そんな彼らは、モスグリーンのマウンテンジャケットにイエローカーキ色のカーゴパンツ姿の小柄な玲奈に、誰もが『こんな女の子が、ここに、ひとりで・・・?』というような小さな驚きと、そして少し好奇が混じった視線を投げかけたが、皆すぐに真摯な目つきに戻った。その視線はみな『がんばって』、『気をつけて』と語っているようで、玲奈も少し無理をしてかすかに微笑むと、見返す視線に『あなたも、がんばって』という思いを込めた。いまここでは、初対面で言葉を交わしたこともない人々の間に静かな、でも少し奇妙とも思える連帯感のようなものが生まれていた。

列車がホームに停まってドアが静かに開くと、がらんとしたホームを、列車から吐き出された地味な服装の集団が、ぞろぞろと階段へ向かって行く。ほとんど言葉を発する者はいない。階段の上に掲げられた大きな看板には、この土地の有名な大祭のワンシーンが映し出されている。ここに再びその華やぎが戻るのは、いつになるのだろう。程なくホームに電子音が鳴り響き、背後で列車が動き出す。玲奈がふと振り返ると、車掌室の窓から顔を出している車掌が、地味な集団に向かってきっちりとした挙手の敬礼をしたまま、遠ざかって行った。

その姿に少し目頭が熱くなった玲奈は、思った。
「いったい、何が起こったというの・・・」
いまこの地に立った玲奈の、それが偽らざる心境だった。東京で見てきた洪水のような報道も、繰り返し流されている凄惨な映像も、ここの本当の空気のかけらさえ伝えられてはいない。テレビやネットの中の情報だけで、安易に理解されることを拒絶するような空気に満たされている、そう感じた。ここはモニタの中に映し出される世界ではなく、生身の人間が生きる、現実の空間なのだ。

でも、この辺りはまだ表向きは平穏だ。しかしその静けさが、これからおそらく目にするであろう凄惨な現実への恐怖を掻き立てるようでもあった。そして、玲奈の中に早くもひとつの疑問が沸き上がった。
「わたしなんかが来て、一体何になるんだろう・・・」
東京からここまで、かなり長い距離を移動してきた。でもその何倍、何十倍にも渡るあまりにも広大な地で、数知れない人々が助けを求めてあえいでいる。それを思うと、その広大な地の中の自分の存在があまりにも小さく、まるで巨人の爪先辺りに巣くっているだけの小さな寄生虫でもあるかのように思えてきた。そんな存在には巨人の全身を見ることなど決して出来はしないし、巨人を倒すどころか、軽い痒みを与えるくらいが精々ではないのか。ここに来たのも、ただの自己満足ではないのか・・・。

しかし、やはりがらんとしたコンコースを改札に向かって歩きながら、玲奈はその考えを無理に振り払った。
「なに考えてるのよ私は・・・」
助けを求めている人がいて、そして自分ができることがある。だからそれをやるだけ。その思いだけで、勤め先の上司に無理を言って一週間のボランティア休暇を取り、ここまでやって来た。より困難な状況があるから、敢えてこの地を選んだ。そして、今この時も玲奈の「仲間」たちが、各地で困難な任務を遂行し続けている。だから、下手な理屈を考えてる暇なんかないんだ。自己満足かもしれないが、そんなことは後で考えればいい。今は、自分がやれることをやるだけ。そして、誰かが少しでも楽になってくれれば、それだけでいい。

そこに思いが至ると、胸のつかえが少し取れたような気がした。玲奈は肩にずしりと重いリュックを背負い直すと、改札を抜けて駅前広場に歩み出た。

【つづく】

■このシリーズは、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

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