2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

« 【お知らせ】チャリティーオークションスタート! | トップページ | 福島レポート【2013/11/9】その3 »

2013年11月19日 (火)

福島レポート【2013/11/9】その2

福島レポート二回目です。

福島市郊外のSORAシェルターを後にして、飯舘村を経由して海沿いの南相馬市へ向かいます。実は管理人、福島-南相馬のルートは何度も走っているものの、福島市から飯舘村経由で行くのは初めてです。

2011年中は飯舘村付近の放射線量がかなり高かったために、飯舘を通る国道114号線ではなく、一本北側の115号線で相馬市へ出て、そこから国道6号を南下して南相馬へ入るルートを使っていたのです。主に谷間を走る114号線に対し、115号線は山越えなので線量がずっと低く、南相馬までは一時間近く余計にかかるものの、当時はそちらが浜通りへのメインルートになっていました。

飯舘村付近は、今が紅葉の見頃という感じでした。美しい場所です。
Sany0032
現在は国道を走る交通量は多いのですが、少し山に入ると線量はいまだに高く、住民はほとんど戻って来ていません。村内ではあちこちで「除染作業中」の幟が立てられて、作業員の姿だけが目に付きます。

国道を逸れて飯舘村役場に立ち寄ると、駐車場は除染作業関連と思われる車で埋まっていますが、住民らしい姿はほとんど見られません。家々も、ほとんどが雨戸やカーテンが閉まったままです。

高台にある飯舘村役場から谷筋に下りて、ちょろちょろと水が流れる道路脇の側溝の上1mで放射線量を測ってみました。低地で雨水が集まる場所という、線量が高くなりやすそうな場所です。
Sany0031
ご覧の通り、役場近くの道路脇でも2.28マイクロシーベルト毎時という、非常に高い線量が出ました。なお、測定にはエステーのエアカウンターSを使用しており、プラスマイナス20%の誤差を含んでいます。

村内には、未だ非常に線量が高いために立ち入り禁止の「帰還困難区域」も設定されており、この場所に「日常」が戻るまでには、厳しく遠い道のりが続くことを感じさせます。


飯舘村を出て、国道114号線で南相馬市へ向かいます。ここから先、国道はずっと谷筋走っていて、地形的に原発から北側に流れた放射製物質が集中しやすかったことがわかります。

南相馬市では、まず原発20km圏のすぐ北側になる、原町区の原ノ町駅付近へ行きました。2011年中は、警戒区域外とはいえ線量が高く、街はほとんど無人でした。1年後に訪ねた時は商店も少し開き始めて、少し活気が戻ったように思えました。そして2年8ヶ月後の今回は、知らなければ原発事故被災地とはわからないくらいに、街は活気を取り戻しているように見えました。

しかし、表向きからはわからない多くの問題を抱えていることを、この地区から避難された被災者の方から伺っています。決して震災前の状態に戻った訳ではありません。でも、再生への息吹は確実に感じられたのです。

原ノ町駅の側線には、あの日緊急停車したまま取り残された、特急スーパーひたちと普通列車の車両が今もずっと留置されたままです。
Sany0017
JR常磐線は、ここから南側は当初の警戒区域に入るために休止、北側は隣の相馬駅から先が、津波被災のため休止されています。現在は、原ノ町-相馬駅間のみ区間運転が行われていますが、それ以上の復旧の目処は立っていません。

次に、旧警戒区域である小高区へ向かいました。次回へ続きます。


■当記事は、カテゴリ【被災地関連情報】です。

« 【お知らせ】チャリティーオークションスタート! | トップページ | 福島レポート【2013/11/9】その3 »

被災地関連情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 福島レポート【2013/11/9】その2:

« 【お知らせ】チャリティーオークションスタート! | トップページ | 福島レポート【2013/11/9】その3 »