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2013年11月

2013年11月29日 (金)

【ニュース解説】埼玉県が遡上津波被害想定を見直し

管理人は埼玉県在住です。そして、荒川が近くを流れています。

本日11/28のNHKテレビで、海なし県である埼玉県が、津波被害想定を見直すというニュースがありました。河川を遡上する津波による被害を、より現実的に想定しなおすようです。

東日本大震災では、東北地方の沖で発生した津波が房総半島を回り込み、東京湾内にも達しました。東京湾南部の木更津市や船橋市沿岸で2m以上、最大2.83mの津波を観測したそうです。東京湾最奥部では最大2m程度だったと思われますが、それでも津波は東京湾に注ぐ荒川を、埼玉県志木市付近まで約35kmも遡上したのです。そして、最後は志木市の取水堰に当たって止まったとのことで、もし堰が無ければ50kmは遡上したのではないかと言われています。しかし波高は低く、河川敷が深く冠水するようなことはほとんどありませんでした。

今回埼玉県は、相模湾や東京湾内でマグニチュード7〜8超クラスの地震が起きた場合に、東京湾に突入した津波が荒川を50km以上遡上し、県内の河川敷が2〜3m程度浸水する可能性があるとの想定を採り入れるとのこと。東日本大震災の教訓による、現実的な変更と言えましょう。東日本大震災では、房総半島を迂回した勢いが弱まった津波でさえ、50kmは遡上しそうだったのですから、東京湾口方向から直接突入して来たり、ましてや東京湾内で発生した津波ならば、かなりの高さを維持したまま東京湾に注ぐ河川を遡上することが考えられるわけです。


もっとも、埼玉県内の荒川の場合は、基本的には遡上した津波が堤防を越えることは無いとされるようで、地震による堤防の決壊などが起きなければ、市街地が浸水する可能性は現実的にはあまり考えられません。しかし問題は、大規模地震が発生した後には、広い河川敷には多くの人々が避難しているということです。実際に、一時避難場所や広域避難場所に指定されている河川敷も少なくありません。そこへ津波が遡上して河川敷を襲ったら、数十cmの水深でも人間は簡単に流されるでしょう。

東日本大震災においては、、例えば宮城県石巻市の北上川では、河口部がリアス式内湾の奥という条件もあったものの、河口から5km以上内陸で10m以上という、堤防をはるかに超える水位となりました。関東付近で想定される地震では、そこまでの水位は想定されていませんが、河川敷を危険に晒すレベルの津波遡上はあり得るのです。

ではどうするかという話ですが、当ブログの過去記事で、河川敷へ避難する場合の注意点をまとめていますので、併せてご覧ください。

■関連過去記事(河川敷避難所の危険)はこちらから
■関連過去記事(避難所チェックリスト)はこちらから

最終的には行政の想定云々ではなく、あなた自身の判断と行動が、あなたの運命を決めます。少なくとも、埼玉県のような関東の内陸で想定される河川遡上津波の危険からは、確実に逃れる方法があるのです。あとは、「その時」にあなたがそれを覚えていて、正しい行動ができるかどうか、それにかかっています。

ここでは埼玉県のニュースを採り上げましたが、河口に津波が到達する河川沿いならばどこでも同じようなことが起こりますし、条件によってはさらに大きな被害が起こりうるということは、東日本大震災でも明らかになったことです。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


2013年11月26日 (火)

小説・声無き声 第一部【7】

■この物語は事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体等はすべて架空のものです。


被災動物保護シェルターのボランティア二日目の朝が来た。玲奈はいつも通り、午前6時にセットしておいた携帯電話のアラームが鳴る直前に、自然に目を覚ました。窓の外を見ると、見事な五月晴れだ。

昨晩は、ボランティア用借り上げアパートの女性部屋に泊まるのは玲奈だけだった。玲奈は、どんな場所でもぐっすりと眠れるのが"特技”だったが、部屋にひとりになってからは、"歓迎会”中の地震の事を思い出し、しばらく寝付けなかった。突き上げるようなたて揺れと振り回されるような横揺れという、震源近くならではの強い揺れは、初めて体験するものだったのだ。でも震災後には、ここではあれが"日常”なのだという。夜中にも何度か小さな地震があったようで、玲奈はその度に目を覚ましていた。

そのせいで多少の寝不足を感じてはいるが、体調は良い。玲奈は手早く身支度を整えると、隣の男性部屋のドアをノックした。するとドア横の小窓が開き、眠そうな顔の佐竹が、歯ブラシをくわえたまま顔を出した。玲奈が挨拶する。
「おはようございます!」
「おはふぉ・・・すまねぇ少し寝坊したわ。下で待っててくれぇ・・・」
どうやら"猫部隊”の青年と、遅くまで呑んでいたらしい。

相変わらず眠そうな佐竹の運転でシェルターに着くと、まずは犬たちを犬舎から外に出すことから朝の作業が始まる。人の気配を感じた犬たちは、早く外に出たくてケージの中で大騒ぎだ。ケージの扉を少し開けると、その隙間から飛び出そうとする犬を捕まえ、ぐっと押さえ込んでリードをつける。その勢いは凄まじく、確かにおとなしい小型犬しか扱ったことが無い人には大変な作業だ。それでも、中にはお座りして静かに待つ犬もいる。

犬を外に出すと、周辺をちょっと歩いておしっこやうんちをさせてから、それぞれ決まった場所に繋いで行く。犬を出す順番も決まっていて、例えば中の悪い犬同士がなるべく近付かないように配慮されているのだ。玲奈は佐竹の指示を受けながら、犬たちを外に出して行った。ラブラドールリトリバーなどの大型犬に思い切り引っ張られると、小柄な玲奈は抑えるのに一苦労だ。でも、そんな犬たちの元気さが、何より嬉しかった。

そこへ、別の場所に宿を取っている飯田夫妻の、銀色のワゴン車がやってきた。しかし、何故か妻の美咲の姿は無かった。挨拶もそこそこに、とりあえず三人で手分けして犬を外に出し終えると、次は犬舎の掃除だ。指示を受けた玲奈は、犬舎の床をモップで水拭きする。その間に、飯田がケージ内のすのこを外へ出して、水洗いして行く。ケージの中には抜け毛や糞尿が溜まっているから、その掃除もする。玲奈は、子供の頃に憧れた、動物園の飼育員をしているような気分になった。確かに"ダーティ・ジョブ”だが、好きなればこそだ。

中にはケージの中で下痢をしていたり、昨日の餌を吐いている子もいる。掃除をしながらその記録も取り、佐竹に報告する。佐竹はそれをノートに記録すると、三十匹分の朝ごはんの準備を始めた。仕出し弁当を入れるような大きなプラスチックケースの中で、大量のドッグフードを混ぜ合わせる。さらに特別メニューが必要な犬用に各種の缶詰を開け、それらを一匹分ごとに量と内容を調整しながら、ステンレスボールに取り分けて行く。佐竹はすべての内容を記憶しているようで、実に手際良く進めて行く。

その頃になると、腹をすかせた犬たちが餌の臭いを嗅ぎつけ、早く早くと大騒ぎが始まっている。三人で餌を配り終えると、一匹ごとにボウルに入れた飲み水を配り、周辺の糞をバケツに集めて行く。それが終わると餌のボウルを回収しながら食べ残しをチェックして記録する。そして、ボウルを水洗いして片づけると、朝の作業はやっと一段落という感じだ。

玲奈にとって初めてのそんな作業は、自宅で犬を飼うというイメージとはほど遠い、思っていた以上に大変な作業という感じではあった。しかし自宅と違うのは、こんなにたくさんの犬たちと身体ごと触れ合えることで、その喜びの方が大きかった。玲奈は《動物園の飼育員のやり甲斐ってこんなのかな》と感じていた。

一通りの作業を終えて、犬たちの様子を見て回っている玲奈に、飯田が近づいて来た。改めて挨拶を交わした後、玲奈は飯田に尋ねた。
「・・・今日は、奥様はどうされたんですか?」
「いや、実はちょっと体調を崩しましてね。今日は宿で休ませてる。ちょっと張り切りすぎて疲れが溜まったみたいで」
「・・・そうなんですか。お大事にされてください」
飯田夫妻は震災の一ヶ月後からここへ来て、連日被災地域を回っては放浪動物を保護して来たという。ボランティア活動への参加はあくまで自由意志だが、この状況では、ましてや美咲のあの感じでは、きっと休み無く駆け回っていたに違いないと、玲奈は思った。

すると、飯田が言った。
「今日も"中”へ行くんだけど、玲奈さん、一緒に行きませんか?」
「え、わたしが?」
「実は、美咲が言うんですよ。玲奈さんを連れて行ってあげてって。もちろん無理強いはしません。いろいろリスクはありますから、そこは玲奈さんのご判断で」
飯田の言葉に、玲奈は即答した。
「ぜひ、ご一緒させてください!」
そうと決まれば、すぐに準備だ。飯田と玲奈は、銀色のワゴンの荷室にブルーシートを敷き、荷物の積み込みを始めた。

ドッグフードを40キロ、キャットフードを20キロ、水をポリタンクふたつに40リットル、100円ショップで仕入れたボウルを30個くらい。さらに、犬猫を保護した時のためにリードと大小のバリケン(筆者註:プラスチック製の犬猫運搬用ボックス)を積めるだけ。それらはすべて、全国の有志から寄贈された援助物資だ。

そして、あの白い防護服にブーツカバー、カップ型マスクと防護ゴーグルも新品を二セット積み込んだ。それを手にした時、玲奈は少し身体が震えるような思いがした。震災後、報道でいやというほど目にした、福島の異常事態を象徴するようなあの防護服を、自分が着ることになるとは。陸上自衛隊時代にも、化学防護演習で迷彩柄の戦闘防護服を着た経験はあったし、あちらは防毒面も含めた完全装備だ。しかしあくまで演習だった。今度は、ある意味で"実戦”なのだ。

準備が整うと、玲奈はシェルターに一人で残る佐竹に詫びた。
「こちらのお手伝いができなくてすいません」
佐竹は笑顔で言う。
「なぁに、ひとりは毎度のこったぁ。気にすんな。それより、腹すかせて待ってる奴らがいるから、頼むよ」
「はい、わかりました」
「"中”の様子をしっかり見てきてくれよ。ニュースなんかじゃあ本当の事は何もわからねぇ」
「はい。では、行ってきます!」


■このシリーズは、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2013年11月24日 (日)

対岸の火事ではない【フィリピン台風被害】

去る11月8日、台風30号がフィリピンを直撃し、レイテ島を中心に大規模な被害が出ています。

基本的には暴風と高潮による被害ですが、その後の調査によると、強風によってレイテ湾の潮位が短時間で大きく変動し、波高3~5mに達する「段波」(だんぱ)という現象が起きたようです。

まず最初に陸風、つまり陸から海へ向かって吹く強風によって海水が沖に向かって吹き戻され、潮位が下がりました。ウインドセットバックという現象です。次に、台風の接近によって風向が急激に海風、つまり海から陸に向かって吹く風に変わったために、吹き戻されていた海水が一気に陸に向かって押し寄せました。その際、海水が段状に盛り上がり、津波のように陸地を襲ったとのことで、映像でも津波のような高波が一気に陸地に到達しているのが確認できます。

今回はフィリピンで恐るべき大災害となってしまいましたが、これは決して「対岸の火事」ではありません。あのような超巨大台風が、日本列島を襲っていても全くおかしくなかったのです。

なお、気象による高波と地震による津波の根本的な違いは、高波は水面近くを波のエネルギーが伝播するだけなのに対し、津波は海底から海面まで全層を波のエネルギーが移動し、高波よりはるかに大量の水が実際に動くという点です。


台風30号の発生時には、日本列島上空には大陸からの高気圧が大きく張り出していたために、台風は偏西風に流されて日本列島方面へ曲がらず、高気圧の縁に沿う形で北西方向へ直進して、フィリピンを直撃しました。

これは、日本列島上空が大陸からの高気圧に覆われるという「秋の気圧配置」だったからです。つまり8月~10月初旬くらいの「夏の気圧配置」の季節だったら、台風は南シナ海上で右旋回し、高い確率で日本列島に接近していたはずです。

さらに問題なのは、11月という時期にあのような超巨大台風が発生したということです。

近年、フィリピン近海から日本列島周辺にかけての海水温が高くなる傾向にあり、特に今年(2013年)はそれが顕著でした。台風の勢力は海水温、すなわち海面から蒸発する水蒸気の量によって大きな影響を受けます。

現実に、今年の日本列島はいくつもの強い台風に襲われました。そして11月という「晩秋」になっても、海水温は超巨大台風を発生させるレベルを維持しているということであり、この傾向は今後さらに顕著になって行くものと思われます。単純に言えば、日本列島周辺の「亜熱帯化」が進むのです。

つまり、あのような超巨大台風が、いつ日本列島を襲ってもおかしくないということです。しかも、台風だけの問題ではありません。海水温の上昇は、秋冬にいわゆる「爆弾低気圧」の発生増や強力化も促します。すでに秋冬でも暴風、豪雨、豪雪、さらには落雷や竜巻の被害が以前より発生しやすくなっており、それはこの先さらに顕著になって行くでしょう。「過去に何も無かったから、これからも大丈夫」という考えが、全く通用しない時代になっているという意識を持たなければなりません。

過激な気象現象は、災害に対する脆弱性をピンポイントで突いて来ます。しかしそれは、どこに脆弱性があるかを事前に知り、対策を進め、安全マージンを大きく取った行動をすることで、少なくとも人的被害は最小限にできるということでもあります。

そのためには、行政や他人任せではなく、あなた自身が知り、対策し、あなたの判断で動くという意識と備えが必要です。

「こんなことになるとは思ってもいなかった」などという「後悔先に立たず」の言葉を吐くことになりませんように。言うまでも無く、災害から生き残らなければ、そんな後悔をすることもできませんし、犠牲になった人は決して戻って来ないのです。

当ブログが、あなたとあなたの大切な人が「生き残る」ための一助になれば幸いです。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。

2013年11月23日 (土)

☆再掲載☆高層ビル編10【首都圏直下型地震を生き残れ!36/54】

■当記事は過去記事の再掲載です。

今回は、前回(高層ビル編09)で解説した家具の動きを、効果的に押さえる対策を考えます。

でもその前に、ちょっと補足を。前回の解説と実験動画の倒れ方が違うじゃないか、というご指摘があるかもしれません。それはあの実験で加えた揺れが、高層ビルに「長周期地震動」が加わった状態を再現しているからです。地上よりはるかに振幅が大きく、ゆっくりした揺れであり、そんな揺れは、短周期の揺れよりも、家具を倒したり移動させたりする力がはるかに大きいのです。

逆説的な言い方ですが、それだけ高層ビルにおける「長周期地震動」は、危険が大きいということでもあります。前回記事で解説した転倒メカニズムは、どちらかというと「短周期地震動」で顕著になります。1995年の阪神・淡路大震災で起きた、ピアノが倒れたり「吹っ飛ばされた」という事例は、ほぼすべてが背後に壁があったが故なのです。

しかし、揺れの周期に関わらず、家具の転倒対策の方法に違いがあるわけではありません。転倒の仕方は共通しているからです。ただ、高層ビルの場合は、揺れの特徴と長い持続時間のために、特に「多重化」が望ましいということになります。それを、これから解説します。

さて、ここで前回記事の図を再掲します。
01
揺れる家具の図の上辺に緑色の線を入れてありますが、そこがポイントです。家具が転倒する場合、その「支点」は床に接している長辺の部分です。これに対し、上辺は「作用点」であり、「支点」からの距離が一番遠い場所です。すなわち、、てこの原理により、最も小さい力で家具の揺れを押さえられる部分であるわけです。

では、どのような動きを押さえたら良いのでしょうか。それは、図中の「1」。つまり、家具の上辺が最初に壁から離れようとする動きです。すべての家具転倒対策は、この一点に集約されると言っても過言ではありません。力学的に最も小さな力で、転倒につながるいちばん最初の動きを押さえる、これができれば良いわけです。

では、その具体的な方法ですが、その前に、ぜひやっておきたいことがあります。それは「低重心化」。家具の上に物を置かないのは当然として、重い物をなるべく下の方に収納し、上の方を軽くします。つまり、家具をなるべく自己復元力の高い状態、言うなれば「起きあがり小法師」に近づけてやることで、倒れにくくなるわけです。これは、上記「1」の動きで働く力を小さくすることでもありますので、転倒対策の効果もより大きくなります。


家具転倒防止器具として代表的なものは、天井との間に入れる、いわゆる「突っ張り棒」、壁と家具をベルトなどで結着する器具、家具前面の下に挟み込むクサビ状の器具の三種類だと思います。

まず「突っ張り棒」は、家具を天井と床と一体化させる、つまり造り付け家具の状態に近づけるものです。これが効果的に働くための条件は二つ。天井と家具に十分な力がかけられることと、圧力がかかる部分が動かないことです。そのためには、地震動が加わった際に、天井と天板が破損しない強度を持っていることが必要です。加えて、天井と家具天板の距離が近いほど、その効果が増します。

しかしそのような条件を満たせるケースが意外に少ないことは「家の中の地震対策」シリーズで述べ、その対策も述べましたので参照してみてください。
■家の中の地震対策【7】はこちらから
注意しなければならないのは、この器具が効果を発揮するためには、「一体型」の家具でならないということ。食器棚や書類キャビネットによくある、上段と下段を積み重ねたタイプの場合は、上下段の異なる揺れが発生するによって器具が外れることがありますから、上下段が固定されていることが前提です。そのための器具もいろいろ市販されています。

次に、家具の上部と壁をベルトやチェーンなどで結着するアンカーベルトです。これの問題点も「家の中の地震対策シリーズ」で述べています。(上記リンクの記事内にあります)それらの問題をクリアできれば、かなり効果的に家具の転倒を防ぎます。家具が上図「1」の動きをするのを、最初の段階で止めてくれるわけです。この器具も、家具の上下段が固定されていないと、十分な効果を発揮しません。下段だけが外れて倒れる可能性もあります。

最後は、家具前面底部に挟み込む、クサビ状の器具です。これは家具の前を7~10ミリほど持ち上げて家具を後ろの壁に「寄りかからせる」ことで、上図「1」の動きと逆の力を働かせるものです。わずかな重心の移動ですが、底部から一番距離のある家具上部では、てこの原理によってその何十倍もの距離を移動しなければ、転倒するほどの重心の移動が起きないわけで、イメージ以上の効果を発揮するものです。最も安価で、簡単に設置できるのも魅力です。

この器具の問題点は、床が畳やカーペットなど固くない場合は効果が減殺されるということ、激しい揺れの最中に器具がずれてしまう可能性があることと、器具の性能を超える揺れなどの条件が加わった場合には、なすすべが無いということです。

このように、どんな器具でも一長一短があるわけですが、間違いなく言えるのは、どれも家具が転倒するまでの「時間稼ぎ」の効果は、確実にあるということです。

さらに、複数の器具を組み合わせることで、転倒防止効果を何倍にも高めることができるのです。次回は、効果的な器具の組み合わせと、その他の方法について考えます。


■このシリーズは、カテゴリ【地震・津波対策】です。

火災旋風 対処法

今回は読者の方からのご指摘にお答えしたいと思います。

当記事のタイトルは、当ブログを訪れていただく方の検索ワードの中でかなり目立つものです。火災旋風については「首都圏直下型地震を生き残れ!大火災編」の中で、詳細に述べていますが、先日、「結局どうすればいいんだ?結論が無い」というご指摘をいただきました。

ご指摘の通り、「こうすれば大丈夫」というような、わかりやすい内容はありません。何故なら、火災旋風に対しては、そのような単純で確実な対処法は存在しないと、管理人は考えているからです。

しかしそれではあまり役に立ちませんので、ここで改めて火災旋風についてまとめてみたいと思います。

まず、火災旋風とは何でしょうか。
■大火災による強い上昇気流が渦を巻くことで発生する「炎の竜巻」である。
■高層ビルの近くで大火災の近くで大火災が発生すると、いわゆる「ビル風」でも発生する可能性があり、炎を伴わない「熱風の竜巻」となる可能性もある。
■風によって火点から流され、周囲に火を放ちながら移動することもある。

過去の例では、1923年の関東大震災において、三方向を火災に囲まれた東京市本所区(当時)の陸軍被服廠跡の広場で発生し、そこへ避難していた約3万8千人が焼死した。広場では、人や家財が空中に巻き上げられたとの証言がある。

1945年3月の東京大空襲による大火災では、東京都東部の隅田川付近で発生して隅田川上を移動したため、橋の上に避難していた人々が数千人以上焼死した。

1995年の阪神・淡路大震災では、大火災となった神戸市長田区付近で発生し、地震で倒壊した木造家屋が再び立ち上がるように見えたとの証言がある。

過去の例からわかることは、大火災による火災旋風とは高温の炎や熱風による竜巻であり、その威力は竜巻の規模を表す藤田スケールでF0~F1クラス、移動速度は普通の竜巻並みかそれ以上になることもあるということです。つまり、火災旋風が自分のいる方向に移動して来たら、高い確率で「近くに見えてからでは遅い」こともあると考えられます。

次にそのリスクです。
■数百度に達する炎または熱風により、直撃された人間は気道及び体表の熱傷で短時間で焼死する。移動した場合は、周囲の可燃物に一瞬で火を放つ。さらに強風により、火災域を拡大させる。
■木造家屋の屋根を吹き飛ばす以上の強風によって、人間は簡単に吹き飛ばされる。高温・高速の飛来物による被害も考えられる。
■大火災によって発生する複雑な風により、移動方向が一定では無い可能性がある。

では、どのように対処すべきでしょうか。

まず、火災旋風を竜巻として見た場合は、普通の竜巻からの避難方法が当てはまります。それは、竜巻の移動方向を見極め、その方向からできるだけ「直角の方向へ」逃げて距離を取るということです。

しかし、普通の竜巻は移動移動方向が急に変わる可能性が小さいのに対して、火災旋風の場合は前述の通り、複雑な動きをすることありますから、移動方向の見極めが困難なこともあるでしょう。

さらに、自分のいる方向に来ないからと言って安心はできません。火災旋風は移動経路に火を放って行きますから、安全な方向への経路を火で塞がれたり、最悪の場合は短時間のうちに周囲を火で囲まれてしまうことも考えられます。竜巻が同時に複数発生することがあるように、火災旋風もひとつだけとは限りません。

しかも、特に夜間や「熱風の竜巻」の場合、火災旋風が目視できるとは限らないのです。都市部では周囲の見通しが悪いので、そのリスクはさらに高まります。


次に、火災旋風を「移動する火災」として見た場合の対処法です。

火災から身を守る方法は、「首都圏直下型地震を生き残れ!大火災編」でも述べた三要素、「距離・遮蔽・冷却」です。このうち「距離」は上記の通り、火災からできるだけ距離を取ることです。「遮蔽」とは熱を遮って身体を守ることですが、周囲が短時間で超高温となる火災旋風の場合は、効果的な方法は考えられません。

普通の竜巻対処法のように、頑丈なビルの中や地下室に避難して直撃をかわせたとしても、火災旋風の通過後は、周囲が火に囲まれている可能性が高いのです。強風や飛来物がビルの窓を破り、内部に火を放つこともあるでしょう。さらに、炎の火災旋風は周囲の酸素を大量に奪うので、地下室など閉鎖空間では窒息する可能性さえあります。

「冷却」とは、火の熱を主に水で冷やすことですが、火災旋風が接近した場合に現実的に考えられることは、川や海、プールなどに飛び込んで、水中でやり過ごすことです。運が良ければ助かる可能性もありますが、また別のリスクがあります。

前述の東京大空襲のケースでは、火に追われた人々が次々に墨田川に飛び込みました。そのため、水中で人々が折り重なり、多くの人々が溺死したのです。

以上のようなことから、火災旋風から確実に「生き残る」ためには、十分な距離を取ることしか無いと言えるでしょう。そこで着目すべきは、火災旋風は大火災によって発生するということです。つまり、火災旋風以前に大火災から十分な距離を取っていれば、そのリスクを極限することができるのです。

そのために必要なことが、「首都圏直下型地震を生き残れ!大火災編」で述べたことです。すなわち、移動経路上の火災の状況がわからなければ、帰宅などのために移動を始めるべきではない、ということ。

そして、避難場所に待機する場合は、周囲の火災の勢力が収まるまでは、意識して「24時間の監視体制」を作り、火災が迫って来そうな場合には、危ない「かもしれない」という段階で安全な方向へ移動しなければならないということです。

特にお年寄りや幼児が一緒の場合や、避難所などで多人数の場合は、より早い段階での判断と避難行動しか、火災旋風のリスクを減らすことはできないと考えなければなりません。


まとめますと、火災旋風から確実に「生き残る」ためには、大火災から常に安全な距離を保つことが最善であり、そのためには、発災後しばらくの間は「24時間の監視体制」を構築しておき、危険を察知したら、早い段階での避難行動が必要である。

もし近くで火災旋風の発生を認知したら、すぐに可能な限り進路の直角方向に移動し、できるだけ距離を取る。直撃コースではないと判断しても、進路の急変や火災域の急拡大も想定して、予防的な避難行動をしなければならない。

以上二点が、当ブログが提唱する火災旋風対処法の「結論」となります。それ以外の方法は、上記の通り運に左右される確率が大きすぎるのです。

基本的に、火災旋風を「間近に見てしまったら手遅れ」だと考えなければなりません。

皆様からのご意見、ご感想なども伺えれば幸いです。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2013年11月20日 (水)

福島レポート【2013/11/9】その3

南相馬市原町区を後にして、国道6号線を南下して小高区へ向かいます。ここは原発から20km圏内の警戒区域だった場所で、2012年の4月に警戒区域指定が解除されたものの、現在でも夜間の入域や宿泊は禁止されており、かつての生活は全く戻っていません。

管理人は2011年中からこの地区を見ており、さらに1年後も訪れていますが、今回同じルートを走ってみても、事実上何も変わっていません。地震で崩れた壁なども、あの当時と全く同じ状態でした。しかし、昼間だけでも稼働している工場なども散見され、除染作業も含めて、再生への努力が続いているのも見られました。

小高区内を南下し、現在も立ち入り禁止の浪江町との境界方面へ向かうと、打ち捨てられた牛舎が深い草の中に沈んでいます。2011年当時は、その付近でも牛舎から放たれた牛が群れていましたが、1年後も現在も、もうその姿は見られません。牛たちは、おそらく浪江町内方面へ移動したのでしょうが、閉じこめられたまま全滅となった牛舎も少なくなく、改めてその中を覗く勇気は、管理人にはありませんでした。間もなくあれから二回目の、放浪動物にとって過酷な冬がやってきます。

小高区内で、浪江町との境界付近の道路際、地上1mで測った放射線量が下画像です。
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平坦な草地の脇でしたが、2.35マイクロシーベルト毎時と、一年前とほとんど変わっていない高線量のままです。さらに奥に入れば、数十マイクロシーベルト毎時を超える高線量地域も少なくないとのことです。

次に、小高区の海沿いへ向かいました。震災から1年後、管理人は小高区の村上海岸へ行っていますので、まずそこへ行ってみました。旧警戒区域の北限付近に当たるその場所では、津波で破壊された家の撤去作業がやっと始まっており、家の土台だけが残されていました。前回訪問時に比べて、被災車両の数もかなり減っています。しかし、かつての田畑の中には、少なくなったとはいえ、激しくひしゃげ、赤さびた車やトラクターが未だ点々と残っています。

今回、さらに南側の海岸付近へ初めて行ってみました。そこでは、一階部分を津波で破壊された建物が、まだほとんどそのままです。約一年前の警戒区域解除直後には、破壊された家の中に生活の痕跡がそのまま残っていることが多かったのですが、現在はとりあえず片づけられている家が多く見られました。しかし、全く「あの日のまま」という家もあります。誰も、一度も戻って来ていないのです。

海沿いの堤防のかなりの部分は津波で破壊されており、大型土嚢が積まれています。さらに一帯はかなり地盤沈下しているようで、かつての田畑は湿地帯のような状態です。その中に原型を留めない車が放置されています。

その付近は津波後も長い間水が引かなかったと思われ、取り残された車は下画像のような状態です。
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Sany0039
車体に、フジツボなどがびっしりと付着しており、何ヶ月も水没していたことがわかります。管理人はあちこちの被災地を見て来ましたが、こんなのは初めて見ました。この辺りでは、あの日の状態から、今やっと時間が進み始めたばかりのように感じます。


原発に対しては様々な考え方がありますが、大切なことは事実を事実として正しく認識し、その上で今後の在り方を考えなければならないということではないかと、時間が止まった被災地に立って、改めて考えさせられました。できれば、より多くの方がこの状態を実際にご覧になられることをお勧めしたいと思います。

南相馬からの帰路は、かつてはそのまま国道6号線を南下して常磐自動車道に乗れば良かったのですが、国道6号線も常磐自動車道も警戒区域で分断されている現在は、一旦福島市方面に戻って東北自動車道に乗らなければなりません。

日が落ちた後、再び飯舘村を通過したのですが、その市街にほとんどが明かりが無く、真っ暗闇でした。それらの地を追われた被災者が未だ20万人も避難生活を送っており、特に原発事故被災地では、その多くが帰還の目途も立っていないという事実を、我々は決して忘れてはならないのです。

今回の福島レポートは、これで終了します。


■当記事は、カテゴリ【被災地関連情報】です。

2013年11月19日 (火)

福島レポート【2013/11/9】その2

福島レポート二回目です。

福島市郊外のSORAシェルターを後にして、飯舘村を経由して海沿いの南相馬市へ向かいます。実は管理人、福島-南相馬のルートは何度も走っているものの、福島市から飯舘村経由で行くのは初めてです。

2011年中は飯舘村付近の放射線量がかなり高かったために、飯舘を通る国道114号線ではなく、一本北側の115号線で相馬市へ出て、そこから国道6号を南下して南相馬へ入るルートを使っていたのです。主に谷間を走る114号線に対し、115号線は山越えなので線量がずっと低く、南相馬までは一時間近く余計にかかるものの、当時はそちらが浜通りへのメインルートになっていました。

飯舘村付近は、今が紅葉の見頃という感じでした。美しい場所です。
Sany0032
現在は国道を走る交通量は多いのですが、少し山に入ると線量はいまだに高く、住民はほとんど戻って来ていません。村内ではあちこちで「除染作業中」の幟が立てられて、作業員の姿だけが目に付きます。

国道を逸れて飯舘村役場に立ち寄ると、駐車場は除染作業関連と思われる車で埋まっていますが、住民らしい姿はほとんど見られません。家々も、ほとんどが雨戸やカーテンが閉まったままです。

高台にある飯舘村役場から谷筋に下りて、ちょろちょろと水が流れる道路脇の側溝の上1mで放射線量を測ってみました。低地で雨水が集まる場所という、線量が高くなりやすそうな場所です。
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ご覧の通り、役場近くの道路脇でも2.28マイクロシーベルト毎時という、非常に高い線量が出ました。なお、測定にはエステーのエアカウンターSを使用しており、プラスマイナス20%の誤差を含んでいます。

村内には、未だ非常に線量が高いために立ち入り禁止の「帰還困難区域」も設定されており、この場所に「日常」が戻るまでには、厳しく遠い道のりが続くことを感じさせます。


飯舘村を出て、国道114号線で南相馬市へ向かいます。ここから先、国道はずっと谷筋走っていて、地形的に原発から北側に流れた放射製物質が集中しやすかったことがわかります。

南相馬市では、まず原発20km圏のすぐ北側になる、原町区の原ノ町駅付近へ行きました。2011年中は、警戒区域外とはいえ線量が高く、街はほとんど無人でした。1年後に訪ねた時は商店も少し開き始めて、少し活気が戻ったように思えました。そして2年8ヶ月後の今回は、知らなければ原発事故被災地とはわからないくらいに、街は活気を取り戻しているように見えました。

しかし、表向きからはわからない多くの問題を抱えていることを、この地区から避難された被災者の方から伺っています。決して震災前の状態に戻った訳ではありません。でも、再生への息吹は確実に感じられたのです。

原ノ町駅の側線には、あの日緊急停車したまま取り残された、特急スーパーひたちと普通列車の車両が今もずっと留置されたままです。
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JR常磐線は、ここから南側は当初の警戒区域に入るために休止、北側は隣の相馬駅から先が、津波被災のため休止されています。現在は、原ノ町-相馬駅間のみ区間運転が行われていますが、それ以上の復旧の目処は立っていません。

次に、旧警戒区域である小高区へ向かいました。次回へ続きます。


■当記事は、カテゴリ【被災地関連情報】です。

【お知らせ】チャリティーオークションスタート!

大変お待たせいたしました。予てから告知しておりました、福島の被災動物救援団体SORA支援のチャリティーオークションがスタートしました。

第一弾として、「名門!多古西応援団」、「疾風伝説 特攻の拓」などでおなじみの漫画家、所十三先生のご厚意で提供していただいたTシャツを、ヤフオクでオークション販売しています。

今回販売するのは、「疾風伝説 特攻の拓」の登場人物、「獏羅天の三鬼龍」と呼ばれるヒロシ、キヨシ、天羽時貞のトレードマークである「風神・雷神・龍神」をデザインモチーフにしたTシャツです。もちろん、所先生のオリジナルデザインです。

それに加え、所先生直筆サイン入り「特攻の拓」ポストカードが一枚付属するプレミアムセットとなっています。

現在、「風神」Tシャツをデザイン、サイズごとに6件、ヤフオクに出品しています。以後「雷神・龍神」デザインについても、順次出品して参ります。

この企画の収益金の全額はSORAに寄附され、福島の津波・原発事故被災動物保護のために役立てられます。「特攻の拓」ファンの方はもちろん、チャリティーの主旨にご賛同いただけましたら、ぜひともご入札をお願いいたします。

福島の被災動物のために、皆様からの暖かいご支援をお待ちしております。

オークションページは、下記リンクからどうぞ。オークションページ内の【この出品者のその他のオークション】をクリックしていただくと、全出品商品がご覧いただけます。

■ヤフオクのオークションページはこちらから
http://page13.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/r107987302

■第一弾の出品商品の画像は前記事でご覧いただけます。こちらから
http://hurry911.cocolog-nifty.com/survive/2013/11/post-07a8.html

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2013年11月18日 (月)

千葉県北西部の地震について

去る11月16日の午後8時44分頃、千葉県北西部の深さ90kmを震源とするマグニチュード5.4の地震が発生し、茨城県坂東市などで最大震度4を観測しました。その後、ほぼ同一の震源で、余震と思われる小規模地震が5回ほど連続しています。

この地震の震源域は、関東南部の震源域の中でも、ちょっと変わった場所です。下図をご覧ください。これは、関東南部の活発な震源域を、管理人がまとめたものです。図中の文字は関係ありませんので、無視してください。
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東日本大震災後、関東南部では、オレンジ色で着色した震源域での地震が数多く発生して来ました。その発生頻度は時間の経過と共に漸減していますが、現在でも同様の傾向は続いています。オレンジ色の震源域では、震源深さは40~70km程度が多く、最近は70km程度の深さで発生することが多くなっています。

その中で、ピンク色で示した震源域だけは、独特な動きが見られており、16日の地震もこの場所で起きています。この震源域は、発生頻度はそれほど多くありませんが、ここでの地震は周辺の震源域とは明らかに異なり、震源深さが80km~90kmとなります。16日の地震と、その余震も約90kmでの発生です。

この震源域で地震が起こると、東京湾岸に近いことから、東京23区内や埼玉南部、そして東京湾の対岸となる神奈川県東部まで、比較的大きな揺れをもたらします。16日の地震でも、上記の地域では震度4を観測し、はっきりとした縦揺れ(初期微動)や、振り回すような横揺れ(主要動)を感じられた方も多かったかと思います。つまり、この場所で大規模に発震した場合、東京湾岸北部とその近郊に、いわゆる「直下型」の強い揺れをもたらすのです。

今後この震源域で、被害が出るような大規模地震が発生するかどうかはわかりませんが、上図でピンク色で示した狭い範囲でだけ、深さ80~90kmの地震が多発して来ている状況がありますので、何か特殊な発震メカニズムが存在する可能性も考えられます。

いずれにしても、ここの地震は横浜・川崎付近、東京23区、千葉北部、埼玉南部という高度市街化地域に強い揺れをもたらしますので、今後も強く警戒しなければならない震源域のひとつだと管理人は考えています。


■当記事は、カテゴリ【地震関連】です。

2013年11月17日 (日)

小説・声無き声 第一部【6】

■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体等はすべて架空のものです。


ボランティアの宿舎になっている二階建てのアパートは、静かな住宅街の中にあった。二階の二部屋を借り上げていて、男女ひと部屋ずつ、六畳間で雑魚寝というスタイルだ。

玲奈は女性部屋でシャワーを浴びてジャージに着替えると、隣の男性部屋を訪ねた。佐竹が、ちょっとした歓迎会を開いてくれるという。部屋に入ると、二十代後半くらいの、色白で痩せた青年がいた。青年は、佐竹の紹介によると、東京から来ている"猫部隊”の常駐だという。

程なく、スーパーで買い込んだ惣菜と缶ビールを開けて、ささやかな玲奈の歓迎会が始まった。アルコールが回るにつれて佐竹はさらに饒舌になり、震災の日からこれまでに見たこと、聞いたことをあれこれ語り始めた。それは、新しいボランティアが来る度に語られたのだろう。まるでひとつの"話芸”とも言えそうな滑らかさだった。

「・・・原発がはねたってテレビで見ても、こっちゃぁどうすりゃいいのかわかんねぇし、逃げろってもどっち行きゃいいのかわかんねぇし、北風だから南かと思ってたら、北側の飯舘の線量計振り切ったとか言うし、そりゃもう大騒ぎでなぁ・・・」
その口調は、まるで祭りの裏側のドタバタを語っているかのようで、傍目には楽しげでさえあった。聞いている玲奈も、つられてつい笑ってしまいそうになるが、なんとか堪えた。

そんな玲奈の様子に気付いたのか、佐竹が言った。
「玲奈さん、笑ったっていいよ。しかめ面しててもはじまらねぇ」
「でも、やっぱり・・・」
佐竹は玲奈の言葉を遮るように言った。
「不謹慎だとかは外で考えりゃいいって。ここじゃあこれが日常なんだよ。津波で何もなくなっちまった街も、人が消えちまって牛が群れてる街も、戦場みてぇに自衛隊が走り回ってるのも、最初はなんだこりゃって思ったけど、二ヶ月も経ちゃ慣れっこだ」
玲奈は答えた。
「でもやっぱり・・・たくさんの方々が亡くなったし・・・」
すると佐竹は急に真顔になると、言った。
「すまねぇな。気ぃ遣わせて。でも正直なところ、こうして聞いてもらえるだけで、こっちも少しは助かるんだわ」

佐竹の言葉に、玲奈はあることを思い出した。自衛隊でも、災害派遣で過酷な体験をした隊員には、宿営地に帰った後、とにかくその体験を話させるという。辛い思いを自分の中にため込み続けると、精神的な負担が大きくなりすぎるので、言葉にして泣いたり笑ったりすることで、精神のバランスを保つ効果があるからだそうだ。だから佐竹が凄惨な状況を饒舌に語るのも、あまりにも異常な現実と自分の気持ちの折り合いをつけるための、実は苦痛に満ちた作業なのだと、玲奈は思った。

話が途切れて、一瞬の静寂が訪れた。その時、ズシンという突き上げるような衝撃が襲って来た。同時に軽量鉄骨製のアパートがギシっと音を立てて歪む。すぐにドドドっという細かい突き上げが続く。地震!大きい!玲奈は弾かれたように腰を浮かして片膝を着くと、一瞬で考えを巡らせた。
《ここは二階だからこのまま待機、揺れが大きくなったら玄関ドアから脱出、脱出経路障害なし!》
雑魚寝用のアパートだから、家具らしい家具も無い。

すぐさま、ぐわっという感じで振り回すような横揺れが来た。アパート全体がギシギシと音を立てる。玲奈が佐竹たちに脱出準備を促そうとしたが、佐竹と"猫部隊”の青年は、平然とあぐらをかいたままビールを煽っている。揺れが続く中、佐竹はふうと大きく息を吐くと、言った。
「浜通り南部、深さ10km、震度5弱。マグニチュードは5の半ばぐれぇだ」
玲奈はあっけにとられて訊いた。
「なんでわかるんですか?」
「なんでって、あの日から何千回と揺すられてるんだぜ。いいかげん揺れの感じで規模も場所も大体わかるようになってらぁ。テレビつけてみぃ」
青年がテレビをつけると、程なく地震速報のテロップが出た。

それは佐竹が言う通り、福島県浜通り南部、震源深さ10km、マグニチュード5.6で、福島市の震度は5弱だった。玲奈は佐竹の正確な判断に、言葉が出なかった。すると佐竹は、うんざりしたように言った。
「ここじゃあ、これが日常なんだよ」

■このシリーズは、【ディザスター・エンタテインメント】です。

福島レポート【2013/11/9】その1

管理人は去る11月9日、久しぶりに福島へ行って来ましたので、最近の様子をレポートしたいと思います。別記事でも触れていますが、今回は被災動物支援チャリティーにご協力いただく、漫画家の所十三先生に同行していただきました。

9日未明に都内を出発し、朝一番で福島市街を見下ろす山の上にある、SORAシェルターに到着しました。設定は多少異なりますが、連載中の「小説・声無き声」のモデルとなっている場所でもあります。
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眼下に拡がっているのが福島市街です。周囲は自然に囲まれ、人家もあまりありませんので、どんなに吠えても大丈夫。都市部の保護シェルターに比べれば、犬たちは非常に良い環境で過ごしています。

管理人がここに最初にボラとして入ったのは、震災から二ヶ月経った2011年5月でしたが、震災から二年八ヶ月になる現在も、シェルターにいる犬たちの顔ぶれはあまり変わっていません。それでも何匹かは里親に引き取られ、代わりに新顔が来ていたりもします。

避難によって飼育不能になった飼い主から預かっている犬も、一部は近々家に帰れることになったそうです。津波や原発事故で住む地を追われ、避難所や仮設住宅を経て再び「犬が飼える」状態にまで生活を戻された飼い主の、この二年八ヶ月間のご苦労が偲ばれます。もちろん、集合住宅住まいに変わったりしたために引き取れない飼い主も、まだ数多くいます。

犬たちを少し紹介しましょう。
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上画像は、「小説・声無き声」で、主人公の三崎玲奈が最初に散歩させるビーグル犬のモデル、ナナちゃん。警戒区域内からの預かり犬です。

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当時から管理人ととても気が合った(笑)黒柴のヤンちゃんです。やんちゃだからという説が有力。飼い主不明。

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一見柴犬ですがたぶん雑種の、サンちゃんです。原発から30km圏内で保護されたので、サンちゃんです。飼い主不明。

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シェルターのアイドル、モフモフです。津波跡で保護された時は汚れたモップそのものだったので「モップ」と呼ばれ、それが転じてモフモフとなりました。飼い主不明。

こんな犬たちが30匹以上います。預かり犬以外の名前は、保護後に名付けられました。もちろん本名はわからないのですが、震災から二ヶ月後でも、なんだかみんなすっかり新しい名前を受け入れていたように思えました。

こんな犬たちが、これからずっと長い間に渡る支援を必要としていて、その終わりは見えません。

今回は事情により猫舎訪問は見合わせましたが、猫もたくさんいます。犬猫シェルターの最新状況はSORAブログやライブカメラでご覧いただけますので、文末のリンクからどうぞ。

今回、山を下る時に、道端に突然野生のカモシカが現れました。写真を撮っても気にせず、悠然と草を食べていました。本当に自然豊かな場所です。
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シェルター訪問の後は、飯舘村を経由して海沿いの南相馬市へ向かいました。その様子はまた次回お送りします。

■SORA公式ブログへはこちらから
 http://blog.goo.ne.jp/sora-fukushima


■当記事は、カテゴリ【被災地関連情報】です。

2013年11月16日 (土)

【商品紹介】福島動物支援チャリティー情報

福島被災動物支援チャリティー企画に関する情報です。当初、今週スタートと告知させていただいておりましたが、都合により来週からとさせていただきます。スタートが遅れますことをお詫びいたします。

今回は、企画第一弾として販売する商品を紹介いたします。漫画家の所十三(ところ じゅうぞう)先生のご厚意で提供いただいたTシャツで、人気漫画「疾風伝説 特攻の拓」(かぜでんせつ ぶっこみのたく)に登場するデザインです。デザインは三種類あり、それぞれ作品中に登場する「獏羅天の三鬼龍」をモチーフにした、所先生のオリジナルデザインです。

まず、登場人物「ヒロシ」着用のデザイン、風神です。
■風神前面プリントバージョン
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■風神背面プリントバージョン
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販売数は前面プリントがMサイズ×2、Lサイズ×1、XLサイズ×1の計4着、背面プリントがMサイズ×1、Lサイズ×1、XLサイズ×1の計3着、雷神合計7着です。

次は「キヨシ」着用のデザイン、雷神です。
■雷神前面プリントバージョン
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■雷神背面プリントバージョン
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販売数は、前面プリントがMサイズ×1、Lサイズ×1、XLサイズ×1の計3着、背面プリントがMサイズ×1、XLサイズ×1の計三枚、風神合計5着です。

最後は、天羽“セロニアス”時貞着用のデザイン、龍神です。
■龍神前面プリントバージョン
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■龍神背面プリントバージョン
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販売数は前面プリントがMサイズ×1、Lサイズ×1の計2着、背面プリントがMサイズ×1、Lサイズ×1の計2着、龍神合計4着で、第一弾の販売合計数は16着となります。

各デザインともボディ色はブラックのみで、プリントしていない面は無地となります。

これに、所先生直筆サイン入りカラーポストカードをおつけします。
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ご覧のカードの中から、一着につき一枚をセットさせていただきますが、大変申し訳ありませんが絵柄はご指定いただけません。ランダムでのセットとなります。

これらのアイテムを、ヤフオクに作成したチャリティー専用アカウントで風神、雷神、龍神の順にオークション販売いたします。各アイテムごとの出品になりますので、ご希望のデザイン、サイズにご入札ください。

スタート価格は3500円とさせていただきます。チャリティーの主旨もご理解の上、多数の入札をいただければ幸いです。収益金の全額は、当企画の主体であるSMC防災研究所が責任を持って、福島の被災動物救援団体SORAへ寄付させていただきます。

オークションがスタートしましたら、当ブログおよびfacebookページで詳細をお知らせいたしますので、今しばらくお待ちください。11月18日(月)から、まずは風神からスタートの予定です。

皆様のご入札をお待ちしております。

【11/18追記】風神デザインと雷神デザインの販売予定数が入れ替わっておりましたので、本文の通り訂正させていただきました。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2013年11月13日 (水)

福島動物支援チャリティーに関する重大発表

管理人は去る11月9日、久しぶりに福島を訪ねてきました。まず福島市の被災動物救援団体SORAのシェルターへ行き、その後飯舘村を経由して南相馬市の原町区から旧警戒区域の小高区というルートで、ほぼ日帰りという強行軍で行って来ました。

実は今回の福島行き、いよいよスタートするSORA支援チャリティー企画の関係でした。facebookページの方では一足先に公表していますが、この企画にご協力いただく漫画家先生を現地にご案内し、福島の現状をご覧いただくためでした。人気漫画家の、所十三(ところ じゅうぞう)先生です。

先生の名前はご存じでなくても、下画像をご覧いただければ、「ああ、あの漫画の!」とお分かりいただける方も多いのではないかと思います。
Tako
Taku
最初の画像は「名門!多古西応援団」。少年マガジンに1984年から92年に連載され、実写映画化、ゲーム化もされた所先生原作の作品です。次の画像は「疾風伝説 特攻の拓」(かぜでんせつ ぶっこみのたく)。こちらは少年マガジンに1991年から97年に連載され、所先生は作画を担当されています。両作品とも、現在の若い方にもファンが多い、世代を超えて読み継がれている名作です。

管理人は、ご縁あって所先生にお目にかかれた時に、不躾ながら福島の被災動物チャリティーへのご協力をお願いしたところ、その場でご快諾いただけました。そして、その一環としての現地視察のために、今回の福島行きと相成ったわけです。

チャリティー企画の方は、間もなく第一弾がスタートします。先生から頂戴したオリジナルデザインTシャツ+α(これが結構貴重)をヤフオクで販売し、売上げ全額をSORAに寄付させていただきます。第二弾は、先生にチャリティー用のオリジナル画を描いていただき、それをグッズにプリントして販売します。こちらは必要経費を除いた収益を、SORAに寄付させていただきます。

第一弾のTシャツデザインは、「疾風伝説 特攻の拓」から、「獏羅天の三鬼龍」をモチーフにしたものです。わかる方はすぐに「ああ、あれか」とお気づきでしょうが、そうです。あれです。もちろん三種類あります。

両企画とも、準備できしだい、当ブログとfacebookページで詳細を告知しますので、ご期待ください。今回の福島行きについてのレポートは、次回お送りします。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2013年11月12日 (火)

☆再掲載☆高層ビル編09【首都圏直下型地震を生き残れ!35/54】

■当記事は過去記事の再掲載です■


今回は「家具はなぜ倒れるか?」について考えます。もちろん、これはあらゆる場面に共通する問題ですが、高層ビルの大きな揺れに対抗する場合に、特に重要になりますので、このテーマ内で述べることにします。

地震の際に、家具はどのように倒れるのでしょうか。まずそこから行きましょう。実は、これは地震で建物が破壊されるメカニズムと、基本的には同じ理由なのです。そこには建物と家具の「固有振動周期」が関係しています。地震による建物の揺れと、それによる家具の揺れの周期が異なるために、家具は安定を失って倒れるのです。

では、家具がどのような過程で安定を失うかを解説します。まず最初の動きが、下図の1の状態。地震の揺れで、家具の上部が、「慣性力」によって壁から離れる動きをします。揺れが最初からとても強ければ、このまま一気に転倒することもあります。脚払いを受けたような状態です。なお、下図はわかりやすくするために、家具と壁の間隔を誇張しています。
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しかし多くの場合、次の段階があります。一旦バランスを取り戻そうとして壁の方向に戻った家具は、慣性力によって、つまり勢い余って壁側に傾き、壁に接触します。上図の2の状態です。家具と壁の間に隙間があれば家具の上部が、完全にぴったりくっついている場合は、全体が壁に押しつけられます。

このとき家具の動きと壁、すなわち建物の動きが全く同期していれば、同時に壁が後ろに「退がる」ことで慣性力を吸収し、一旦は安定状態に戻ります。しかし建物と家具の振動周期は異なりますから、壁と家具は衝突し、家具に押し戻す、あるいは弾き飛ばすような反発力を加えます。その反発力によって、今度は反対側、つまり部屋側にさらに大きく傾くか、転倒します。

そこで転倒しなかった場合、家具は再びさらに大きな速度で壁側に傾き、壁と衝突します。速度が大きいということは運動エネルギーが大きいということですから、壁に加わる衝撃力も大きくなり、その分大きな反発力で跳ね返されます。このような動きを繰り返すことで、家具の揺れ幅はどんどん大きくなり、最後には転倒して3の状態になります。これは理科で勉強した「慣性の法則」と「作用と反作用」の連鎖なのです。

家具の背後に壁が無い場合には、家具と床の揺れの周期が異なることで、家具の揺れが増幅されて転倒します。ですが背後に壁があることで、より早い段階で、より重量のある家具でも転倒しやすくなるわけです。阪神・淡路大震災のような強い地震では、数百kgの重量があるアップライトピアノでさえ、このような動きの連鎖よって転倒してしまいます。特に高層ビルにおいては、低層建物より振幅の大きな揺れがより長時間続きますから、対策はより厳重にしなければならないわけです。

このメカニズムをご理解いただいた上で、前掲の実験動画をもう一度、家具の動きに注意してご覧いただければと思います。

家具の転倒を防ぐ最も効果的な方法は、家具の「固定」です。しかし本当に固定と呼べるものは、造り付けの家具だけです。ごくわずかの隙間があれば、つまり家具を手で押してわずかでも動けば、その動きが地震によって増幅されます。

家具の転倒対策とは、すなわちこの動きを防ぐこと、言い換えれば「建物と家具の振動周期を強制的に同期させる」、もっと平たく言えば、「家具と建物を一緒に揺らす」ということなのです。

そのための効果的な方法は、次回へ続きます。

■このシリーズは、カテゴリ【地震・津波対策】です。

2013年11月11日 (月)

小説・声無き声 第一部【5】

4人で手分けして約30匹の犬たちの散歩が終わり、すべての犬を犬舎のケージに戻すと、もう夕方の5時半を回っていた。佐竹が大きく伸びをしながら、皆に言った。
「お疲れさんでした!さぁて、さくっと後片づけして上がるべ!」
今日半日、初めてシェルターの作業を体験した玲奈は、心地良い疲れを感じながらも、思っていた以上に大変な仕事だとも思っていた。それでも犬好きにとっては、普段の生活ではあり得ないほど"犬まみれ”になれることもあって、辛いという感覚は無い。

後片づけを済ませ、宿舎になっているアパートに向かう車中、玲奈は運転する佐竹に訊いた。
「佐竹さんは、ずっと常駐なんですか?」
佐竹は答えた。
「ああ。震災の一週間後くらいかな。ありがてぇことにうちは無事だったんで、それからずっと」
玲奈は、気になっていたことをさらに訊いた。
「お休みとか・・・取れるんですか?」
すると佐竹は、前を見たまま小さなため息をつくと、言った。
「正直、ほとんど無ぇ。人手がある時とか、ときたま引っ込ませてもらうけど、なんか気になっちゃって、休んでる気ぃしねえんだこれが」
「大変なんですね・・・」
「最初の頃は、ほとんど毎日津波跡とか原発周りまで行ってな、ぼろぼろの奴ら集めて来たりしてたんだわ」
「佐竹さんだけで?」
「まあ、その頃から来てくれる人はいたけど、いっつも手は足りねえな。自衛隊さんから引き取り頼まれることも結構あった」
「え、自衛隊から?」

被災地に災害派遣されている自衛隊には、放浪動物を保護するという任務は無いはずだ。しかし佐竹によれば、活動中に見つけた犬猫はかなりの数が保護され、保健所を通じてボランティア団体に引き取り依頼が来たそうだ。そんな場合は警戒区域の境界まで出向いて犬猫を引き取り、保健所で放射線スクリーニング検査を受けた上で連れて来るのだという。
「自衛隊さんも人の子さぁ。遺体の収容とか大変なことやってる時に、生きてる奴を見捨てる気にはなれねぇってことだな。上の人も、その辺は堅いこと言わねぇんだろ」
佐竹は続けた。
「若い隊員とか、泣きながら『この子を頼みます』とか言うんだわ。俺もちょっとは見てきたけど、"中”はほんと無茶苦茶な状態だからな。人は誰もいなくなって、出会うのは遺体ばかりだ。そんな中で見つけた命は、とりわけ大切に思えるんだっぺな」

佐竹の言葉に、玲奈は被災地の最前線で今も過酷な任務に従事しているはずの、かつての仲間たちのことを思った。報道には一切乗らないが、最前線ではこんな、自衛隊とボランティアという普通ではあり得ない連携も生まれていたのだ。そこにあるのは理屈ではなく、ただ"命を繋ぎたい”という強い思いだけだ。震災から二ヶ月が過ぎ、いまだ行方不明者の正確な数さえわからない時に、なんで動物なんだ?人間が先だろうという声も当然ながらある。でも、誰かがやらなければならないのだ。


二人の乗ったワゴンは、夕食の買い出しのためにスーパーマーケットに立ち寄った。夕方にしては客の姿が少ない感じはあったが、店内はどこの街の店とも変わらないように、玲奈には思えた。違っていたのは、『がんばろう福島』という大きなバナーがあちこちに掲げられていることと、客のほとんど、特に女性がマスクをしていることだった。

その頃の福島市内の空間放射線量は、ラジオによると1.5マイクロシーベルト毎時程度だったが、雨水が集まる場所や木立の中などで、数十マイクロシーベルト毎時にも達する"ホットスポット”があちこちに見つかっていた。そんな中でも、当然ながら日常生活が営まれている。しかし子供たちは外で遊ぶことや屋外の部活動を事実上禁止され、登下校の一時間程度の外出に限られていたし、大人もできるだけ外出を控えることが勧められるなど、不自由な生活を強いられている。

それでも、日々の暮らしがある。客のほとんどがつけた白いマスクが、先の見えない人々の不安を象徴しているかのように、玲奈には思えた。とにかく、報道を見ているだけではわからないことが、あまりにも多い。そんな現地の空気のようなものに触れられただけでも、ここまで来た甲斐があると玲奈は思った。異常事態はまだ始まったばかりで、この先も延々と続いて行く。そして、外野の大騒ぎとは関係なく、ここに生きる人々の暮らしも粛々と続いて行くのだ。


■このシリーズは、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2013年11月 8日 (金)

福島へ行ってきます

管理人はこの週末、久しぶりに福島へ行ってきます。

お手伝いしている福島市の被災動物救援団体SORAを訪問し、その後飯舘村から浜通りの南相馬市へ出て、旧警戒区域の小高区などへ行く予定です。

このため、11日月曜日までブログの更新をお休みさせていただきますので、ご了承ください。

戻りましたら、現地の様子を当ブログでもリポートさせていただきます。


なお、兼ねてから告知しております福島の被災動物支援チャリティーは来週からスタートの予定ですので、よろしければご支援、ご協力をお願いいたします。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2013年11月 7日 (木)

☆再掲載☆高層ビル編08【首都圏直下型地震を生き残れ!34/54】

■当記事は、過去記事の再掲載です■


今回は、特に高層ビルで想定される地震被害に対応するための、具体的な対策を考えます。

ここまで述べて来たように、超高層を含む高層ビルの中層階以上では、地震の揺れが増幅されたり、独特の揺れが発生することで、低層建物に比べて室内の被害が大きくなる傾向があります。このため「安全の多重化」が、低層建物に比べてより重要度を増すのです。

まずオフィスですが、とにかくキャビネット類の転倒防止とデスク、コピー機などの移動防止、そしてガラスの飛散対策、これに尽きます。しかし、会社ぐるみで対策を進められない場合も多いのが実情です。ならば、個人の行動でリスクを減らすことを考えましょう。一般に、オフィスには住居に比べて空きスペースが多く、応接・商談スペースなどあまり物がない場所もありますし、頑丈なデスクもあります。オフィスが狭いなら狭いで、整然とした配置ゆえの、生存空間が確保できる場所も見つけやすいはずです。そこでの考え方と行動は、当シリーズ「首都圏直下型地震を生き残れ!」の【4】~【7】、「オフィス編」で述べましたので参照してみてください。
◎首都圏直下型地震を生き残れ!【4】☆オフィス編はこちらから


これに対し、様々な家具類がある一般住居の場合は、オフィスに比べて格段に対策が複雑になります。ですから重要なポイントを押さえ、優先順位を考えて対策することで、最小の手間で最大の効果を発揮させなければなりません。まず管理人が考える最重要ポイントは、前記事で述べた通り、最も無防備な「寝ている時」です。理想的なのは何も無い部屋にベッドや寝床だけがある状態ですが、なかなかそうも行きません。

そこでの考え方は、ベッドや寝床の上から全く動けなかった場合でも、揺れが収まるまで身体の安全を確保しなければならないということです。そこで、倒れる可能性のある家具がある部屋で寝る場合の究極の方法は「耐震ベッド」や「耐震フレーム」の設置です。これはベッドや寝床を強固なフレームで囲んでしまう方法で、家具の直撃など問題にせず、もし建物が倒壊した場合でも、高い確率で生存空間を確保できるものです。様々なタイプがありますので、上記キーワードで検索してみてください。

同じような考え方で、例えば子供部屋のベッドを頑丈な二段ベッドやロフトベッドにすれば、周囲の倒壊物から効果的に防御することができます。その場合、ボルトで組み立てる鉄パイプフレームよりも、太い木製フレームの方が、揺れに対抗する力も周囲からの打撃にも強いと管理人は考えています。

それができなければ、家具の配置が重要です。前掲の実験動画でもわかるとおり、家具は基本的に長手、つまり一番長い辺の方向に倒れます。タンスは、その方向に引き出しが飛び出して来ることもあります。ですから、その方向に倒れても下敷きにならない場所に寝るか、倒れる家具を確実にブロックできる配置にします。その場合に有効なのが、前述の耐震フレームや、頑丈な二段ベッドなどではあります。しかし、二段ベッドやロフトベッドはともかく、耐震フレームの設置はあまり現実的でないかもしれません。

そうなると、最も必要なのが家具の固定ということになります。でもそれ以前に、家具の上に物を置かない、というのが鉄則です。タンスの上に衣装ケースがあったり、ガラスの人形ケースがあったりしませんか?これなどどちらの方向に飛ぶかもわかりませんし、家具固定用の「突っ張り棒」や壁にボルトを植え込んで固定するアンカーベルトを使っている場合は、それに激しく衝突して吹っ飛ばしたり、ボルトを引き抜いてしまうかもしれません。

ひとつの方法として、服などを入れた段ボール箱を、家具と天井との隙間に詰めるという方法も紹介されていますが、これが効果を発揮するためには、段ボール箱がほとんど変形しないくらいにものが詰め込まれていること、家具と天井の隙間が1センチの違いも無くぴったりのサイズであること、天井板が衝撃で外れない構造であることの三条件が揃っていることが必要です。

もし揺れで段ボールがずれたりすれば、物が詰まった重い箱は、あっと言うまに凶器に早変わりしてしまいます。段ボール箱と天井の間に詰め物をするという方法も考えられますが、揺れによって力が加わる面が増えるということは、それだけ「ずれる」部分を増やし、揺れに対する脆弱性を増すことになりますから、それも含めて管理人としてはあまりお勧めしたくない方法です。

では、家具の具体的な固定方法はということになりますが、効果的な転倒防止対策のためには、その前に「家具はなぜ倒れるか」について知っておく必要がありますので、次回はその点について考えます。


■このシリーズは、カテゴリ【地震・津波対策】です。

2013年11月 5日 (火)

小説・声無き声 第一部【4】

犬たちを散歩させる時間が始まった。30匹ほどの犬を佐竹と玲奈、それに飯田夫妻の4人で手分けして行うので、ひとり7~8匹を担当することになる。佐竹が玲奈に言った。
「この人数なら、一匹あたま5~6分くらい敷地の周り歩いてくればいっから。うんこ袋もってくの忘れずにな」
「わかりました!」

散歩の時間だとわかった犬たちは、みな体の置き場が無いような喜びようだ。玲奈はウォーミングアップくらいのつもりで、最初は小型のビーグル犬から始めることにした。じゃれつこうとする犬の前にしゃがんで首輪にリードをつけようとした時、玲奈は、はっとして手を止めた。それまでじゃれついていた犬は、リードをつけようとすると急に大人しくなってちょこんとお座りして、玲奈を見上げながらじっと待っているのだ。

一見、あまりに平和そうなこの場所の雰囲気のせいで、忘れていた。この犬たちは、震災後の大混乱の中で飼い主と引き離され、理由もわからぬままこの場所に連れて来られた犬たちなのだ。この犬はきっと、いつも散歩の前はお座りしてリードをつけてもらうようにしつけられていたに違いない

そんな犬の態度に飼い主の存在を、つい二ヶ月前まで飼い主と平和に過ごしていた時間を感じた玲奈の胸に、こみ上げるものがあった。
《飼い主さんは、いまどこでどうしているんだろう・・・》
ここの犬たちは、原発事故の警戒区域だけでなく、海沿いの津波被災地で保護されたものも少なくないという。もしかしたら・・・玲奈はふと浮かんだ悪い想像をあわてて振り払った。いや、きっとどこかでこの子のことを想っている。きっとどこかの避難先で、また会える日をじっと待っている。もう一度再会させてあげたい。そのためにも、命を繋がなければ。

もし自分が飼い主だったらと考えると、あんな大災害で生き別れになったペットが、まだ生きているとは思わないかもしれない。実際、あまりに多くの動物たちが命を落とした。でも、この命は繋がっている。生きていれば、いつかきっとまた会える。そう信じるしかない。

玲奈はじっとお座りしているビーグル犬の首を思わず抱きしめると、リードをつけた。するとその途端弾けるように駆け出して、玲奈をぐいぐい引っ張って行った。
《いつもこんな風にお散歩していたのね・・・》
玲奈は、改めてこの犬と飼い主との平和な時間に思いを馳せた。でもあの日から、何もかもが変わってしまったのだ。

他の犬も、ひたすらお手を繰り返す犬、玲奈の左側にぴたりと寄り添って歩く犬、周りの犬に吠えかかるので、ちょっときつく叱るとすぐに大人しくなる犬など、それぞれがみな人間と暮らした長い時間を感じさせた。中には大きな傷を負っていたり、なかなかなつかずに、いつも半分逃げ腰の犬もいる。そんな犬たちは、放浪している間に何を見て、どんな体験をしたのだろう。人間には、ましてやあの日ここにいなかった人間には、想像もできない。

それでも、元気いっぱいに玲奈を引っ張る犬たちと駆け回っていると、犬たちの溢れんばかりの生命力が、そんな玲奈の複雑な思いを吹き飛ばすようだった。生きていれば、きっとまた会える。この子たちはその日を信じて、健気に待ち続けているのかもしれない。心の底からそう思わせてくれるような力強さを、玲奈は感じていた。

散歩が終わると、ごはんの時間だ。佐竹はステンレスのボウルに餌を取り分けると、ひと皿ずつ犬の名前を指示しながら三人に配った。中には別メニューもある。それぞれの犬が食べる量や体調がすべて把握されていて、きめ細かく対応されていることに、玲奈は感心しきりだった。ここではただ飼っているだけではない。すべての犬が健康に過ごせるように、医療も含めて細心の注意が払われているのだ。

餌をあげるのは、世話をしている人間にとっても幸せな時間だ。
「ごはんだよー!」
と声をかけた時の、犬たちのうれしそうな顔といったらない。玲奈はまだ犬の名前を良く覚えていないので、飯田夫妻に聞きながら餌を配っていった。そしてここでもまた、よだれを垂らしながらもきちんとお座りして待つ犬も少なくなく、ここが飼い主と生き別れになった被災動物シェルターだという現実を突きつけて来るのだった。

ごはんが終わると、食べ残したり吐いている犬がいないかチェックして、佐竹はそれを記録する。ノートに書き込みながら、佐竹はぶつぶつ言っている。
「・・・サンちゃんは医者連れてかなければなんめぇかなぁ・・・」
玲奈は佐竹に尋ねた。
「お医者さん、多いんですか?」
「ああ、いつでもいるよ。腹こわすだけでねくて、怪我もあるし皮膚病の子もいる。医者代がバカになんねぇんだこれが」
「大変なんですね・・・」
「いろんな所から寄付はもらってるけど、実際足りねぇ。持ち出しも多いんだ。医者もだいぶ協力してくれてはいるんだけどね」
「私も東京に帰ったら、寄付集めるお手伝いします」
「ああ、頼むよ」
そう言う佐竹の横顔には、震災直後からずっと常駐が続いている疲れが滲んでいるように、玲奈には思えた。こういう人たちの身を削るような努力で、命が繋がれているんだ・・・。

■この作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2013年11月 4日 (月)

☆再掲載☆高層ビル編07【首都圏直下型地震を生き残れ!33/54】

■当記事は過去記事の再掲載です■


今回は、高層ビルでの地震対策における「考え方」ですが、特に後半部は、高層ビルに限らないすべての災害対策に共通するものですので、どたなもお読みいただれればと思います。

前回記事のyoutube動画、ご覧いただけたでしょうか。ご覧いただけない方がありましたら、ごめんなさい。高層ビルの中層階以上で強い地震波を受けると、あのような状態になる可能性が高いのです。

イメージとしては、家具類が動くというより、物体は慣性の法則で静止しつづけようとしているのに、床の方が激しく動くので、仕方なく床の上を滑ったり転がったりしてしまう、という感じです。特にオフィスのキャスターつきコピー機の動きがすさまじいですね。あの動きは、揺れの速度と揺れ幅そのものと言っても良いでしょう。あのような場合の対策として、どなたもまず「家具類の移動・転倒防止」を考えられたと思います。もちろんそれは正解ですが、果たしてそれだけで良いのでしょうか。

家具類の移動・転倒防止方法としては、チェーンやベルトで壁と結着する、脚の下に防滑パッドを入れる、天井との間に突っ張り棒を入れる、床との間にくさび状の器具をはさみ、壁によりかからせる、ジェル状の防震パッドを入れるなどの方法があるのはほとんどの方がご存じでしょうし、当ブログでも過去に「家の中の地震対策」シリーズで紹介しています。

ただし、当ブログではその問題点も指摘して来ました。一戸建てでも集合住宅でも、そして特にオフィスでは、それらの器具の能力を最大限に生かせる環境は、意外に少ないのです。つまりそれらの対策をしても、ある程度の時間は持ちこたえても、最終的には揺れに「負けて」しまう可能性が高いと思われます。さらに問題がもうひとつ。あの実験動画は、高層ビルにおける大地震のシミュレーションとして最もリアルなのは間違い無いのですが、現実と異なる可能性がひとつだけあります。それは揺れの持続時間。

実験では、強い揺れがせいぜい数十秒程度で収束していますが、強く長い「長周期地震動」が発生し、ビルが共振現象を起こした場合など、あのような揺れが数分間にわたって続くこともあり得ます。その間、すべての移動・転倒防止対策が完全に機能しつづけるとは、あまり思えません。どこかに破綻が生じる可能性が高いと思われます。

また、内陸直下型地震のような「短周期地震動」が加わった場合、中層階では「二次モード振動」の発生により、さらに速く、周期の短い強い揺れに襲われることもあります。東日本大震災で、壁の破損などの被害を受けた高層マンション中層階居住者の証言では、「ぐるぐる回るように、振り回されるような揺れだった」というものがあります。「二次モード振動」が発生した場合、ビルが身をくねらせるように揺れますから、ビルの構造など様々な条件により、一定方向の揺れではなくなることもあるのです。

これらのことを考えると、家具類をとりあえず「固定」すれば安心、とは言えないのはおわかりいただけるでしょう。
では、どうするか。まず最初に考えなければいけないのは、人が無防備な状態をできるだけ無くす、ということです。前出動画のような場合でも、家具がある程度「固定」されていれば、動画のようにすぐに倒れかかって来ることは無いでしょう。でも、もしあの人が「動けなかった」としたら。赤ちゃん、幼児、お年寄りや病人はもちろん、酔っていたり、第一撃で怪我をしてしまったり、気を失ってしまったりしていたら。そうでなくても、気が動転して動けなくなることは、十分に考えられます。

人が一番無防備な状態は、寝ている時ですから、まず最初に、寝室や寝床周りの危険を「取り除く」ことが必要です。できれば、危険なものが周囲に無いのが理想ですが、様々な事情でそう簡単なことではないでしょう。しかしまずは「防災の断捨離」をするという考えで、家の中を見直してください。「生き残る」ためには、思い切りも必要です。危険なものをできるだけ取り除いたら、その次に、残ったものの危険を減らすのです。そこで重要なのが「予防安全」(フェイルセイフ)の考え方です。

旅客機の操縦系統は三重、四重になっているのが普通ですが、これはどれかが故障しても、常に代わりの系統で操縦が続けられるようにするという、「予防安全」の典型的な事例です。このように、「あれがダメならこれ、それもダメならその次」というふうに、「安全の多重系」を構築するのです。特に高層ビルにおいては、揺れが長時間続くことが考えられますから、危険の「第二波、第三波」への対策が重要です。

そしてその中に、「ヒューマンエラー」の可能性も織り込まなければなりません。これは、人間が「その場で期待される行動をしない、あるいはできない」ケースを想定するということです。例えば、赤ちゃんが寝室で寝ている時に大地震が来たら、台所にいるお母さんは真っ先に赤ちゃんを助けに行くのが当然だから、その間だけ家具が倒れなければ良い、という前提ではいけないということです。

これはエラー、つまりミスでは無いのですが、何らかの事情で望まれる行動ができないことを想定するのです。この場合には、揺れが収まるまで赤ちゃんに危害が及ばない状態を作っておかなければならないということになります。平常時でも人間はとんでもないミスをするものです。ましてや緊急時に冷静な行動ができる人など、そうはいないのです。あなたも、もちろん管理人とて例外ではありません。その前提で、対策を考えていかなければなりません。

では、その考え方を具体的にどう生かしていくかについては、次回へ続きます。


■このシリーズは、カテゴリ【地震・津波対策】です。

2013年11月 1日 (金)

☆再掲載☆高層ビル編06【首都圏直下型地震を生き残れ!32/54】

■当記事は過去記事の再掲載です■


それでは今回から、高層ビルにおける地震対策の実際について考えます。とはいえ、特に新しい話が出てくるわけでもありません。あくまで、既存の手段をより効果的に組み合わせるということになります。

まずは、改めて高層ビルでの危険や障害をまとめてみましょう。
■多くの場合で、低層建物よりも揺れが大きくなる。
■「長周期地震動」が発生した場合、特に上層階では振幅の大きな揺れが長時間続く。
■直下型地震などの「短周期地震動」の場合は、中層階の揺れがひどくなることもあり、建物構造が損傷を受けることもある。

以上が地震の揺れに関する特徴です。次に避難行動などの障害ですが、
■地上への脱出に時間がかかる。
■周辺部での大火災や、下層階で火災が発生した場合、逃げ遅れやすい。
■停電、断水下で物資を上層階へ運ぶのが困難。
以上のようなことが考えられます。

なお、高層ビルのオフィスにおける災害対策は、当シリーズの「オフィスで生き残れ」編の内容とほどんと共通となりますので、ここでは主に高層、超高層ビルの住居における対策について考えます。

では、高層ビルに「長周期地震動」が加わると未対策の室内はどうなるか、防災科学技術研究所の実大三次元震動破壊実験施設(Eディフェンス)による実験の映像をご覧いただくのが一番かと思いますので、youtube映像をリンクさせていただきました。
■youtube実験映像はこちらから

リンク先映像の実験では最大の震動を加えているのではないと思われ、オフィスのデスクやリビングのソファなどが動いてはいませんが、さらに大きな揺れになった場合は、それらが床の上を高速で動き回ることも考えられます。少なくとも、キャスター付きのものはすぐに高速で動き出し、固定していない家具類は揺れの初期で一気に倒れることがわかります。

高層ビルに「長周期地震動」が加わった場合、条件によってはこのような揺れが3分以上続くことになるのです。物だけでなく、人はどうするべきか。それも考えてみてください。家具や重量物の動きからも想像できるように、揺れが最も大きい時には、立っているのはもちろん、四つん這いになるのも困難な状態になります。

■このシリーズは、カテゴリ【地震・津波対策】です。

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