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2013年11月26日 (火)

小説・声無き声 第一部【7】

■この物語は事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体等はすべて架空のものです。


被災動物保護シェルターのボランティア二日目の朝が来た。玲奈はいつも通り、午前6時にセットしておいた携帯電話のアラームが鳴る直前に、自然に目を覚ました。窓の外を見ると、見事な五月晴れだ。

昨晩は、ボランティア用借り上げアパートの女性部屋に泊まるのは玲奈だけだった。玲奈は、どんな場所でもぐっすりと眠れるのが"特技”だったが、部屋にひとりになってからは、"歓迎会”中の地震の事を思い出し、しばらく寝付けなかった。突き上げるようなたて揺れと振り回されるような横揺れという、震源近くならではの強い揺れは、初めて体験するものだったのだ。でも震災後には、ここではあれが"日常”なのだという。夜中にも何度か小さな地震があったようで、玲奈はその度に目を覚ましていた。

そのせいで多少の寝不足を感じてはいるが、体調は良い。玲奈は手早く身支度を整えると、隣の男性部屋のドアをノックした。するとドア横の小窓が開き、眠そうな顔の佐竹が、歯ブラシをくわえたまま顔を出した。玲奈が挨拶する。
「おはようございます!」
「おはふぉ・・・すまねぇ少し寝坊したわ。下で待っててくれぇ・・・」
どうやら"猫部隊”の青年と、遅くまで呑んでいたらしい。

相変わらず眠そうな佐竹の運転でシェルターに着くと、まずは犬たちを犬舎から外に出すことから朝の作業が始まる。人の気配を感じた犬たちは、早く外に出たくてケージの中で大騒ぎだ。ケージの扉を少し開けると、その隙間から飛び出そうとする犬を捕まえ、ぐっと押さえ込んでリードをつける。その勢いは凄まじく、確かにおとなしい小型犬しか扱ったことが無い人には大変な作業だ。それでも、中にはお座りして静かに待つ犬もいる。

犬を外に出すと、周辺をちょっと歩いておしっこやうんちをさせてから、それぞれ決まった場所に繋いで行く。犬を出す順番も決まっていて、例えば中の悪い犬同士がなるべく近付かないように配慮されているのだ。玲奈は佐竹の指示を受けながら、犬たちを外に出して行った。ラブラドールリトリバーなどの大型犬に思い切り引っ張られると、小柄な玲奈は抑えるのに一苦労だ。でも、そんな犬たちの元気さが、何より嬉しかった。

そこへ、別の場所に宿を取っている飯田夫妻の、銀色のワゴン車がやってきた。しかし、何故か妻の美咲の姿は無かった。挨拶もそこそこに、とりあえず三人で手分けして犬を外に出し終えると、次は犬舎の掃除だ。指示を受けた玲奈は、犬舎の床をモップで水拭きする。その間に、飯田がケージ内のすのこを外へ出して、水洗いして行く。ケージの中には抜け毛や糞尿が溜まっているから、その掃除もする。玲奈は、子供の頃に憧れた、動物園の飼育員をしているような気分になった。確かに"ダーティ・ジョブ”だが、好きなればこそだ。

中にはケージの中で下痢をしていたり、昨日の餌を吐いている子もいる。掃除をしながらその記録も取り、佐竹に報告する。佐竹はそれをノートに記録すると、三十匹分の朝ごはんの準備を始めた。仕出し弁当を入れるような大きなプラスチックケースの中で、大量のドッグフードを混ぜ合わせる。さらに特別メニューが必要な犬用に各種の缶詰を開け、それらを一匹分ごとに量と内容を調整しながら、ステンレスボールに取り分けて行く。佐竹はすべての内容を記憶しているようで、実に手際良く進めて行く。

その頃になると、腹をすかせた犬たちが餌の臭いを嗅ぎつけ、早く早くと大騒ぎが始まっている。三人で餌を配り終えると、一匹ごとにボウルに入れた飲み水を配り、周辺の糞をバケツに集めて行く。それが終わると餌のボウルを回収しながら食べ残しをチェックして記録する。そして、ボウルを水洗いして片づけると、朝の作業はやっと一段落という感じだ。

玲奈にとって初めてのそんな作業は、自宅で犬を飼うというイメージとはほど遠い、思っていた以上に大変な作業という感じではあった。しかし自宅と違うのは、こんなにたくさんの犬たちと身体ごと触れ合えることで、その喜びの方が大きかった。玲奈は《動物園の飼育員のやり甲斐ってこんなのかな》と感じていた。

一通りの作業を終えて、犬たちの様子を見て回っている玲奈に、飯田が近づいて来た。改めて挨拶を交わした後、玲奈は飯田に尋ねた。
「・・・今日は、奥様はどうされたんですか?」
「いや、実はちょっと体調を崩しましてね。今日は宿で休ませてる。ちょっと張り切りすぎて疲れが溜まったみたいで」
「・・・そうなんですか。お大事にされてください」
飯田夫妻は震災の一ヶ月後からここへ来て、連日被災地域を回っては放浪動物を保護して来たという。ボランティア活動への参加はあくまで自由意志だが、この状況では、ましてや美咲のあの感じでは、きっと休み無く駆け回っていたに違いないと、玲奈は思った。

すると、飯田が言った。
「今日も"中”へ行くんだけど、玲奈さん、一緒に行きませんか?」
「え、わたしが?」
「実は、美咲が言うんですよ。玲奈さんを連れて行ってあげてって。もちろん無理強いはしません。いろいろリスクはありますから、そこは玲奈さんのご判断で」
飯田の言葉に、玲奈は即答した。
「ぜひ、ご一緒させてください!」
そうと決まれば、すぐに準備だ。飯田と玲奈は、銀色のワゴンの荷室にブルーシートを敷き、荷物の積み込みを始めた。

ドッグフードを40キロ、キャットフードを20キロ、水をポリタンクふたつに40リットル、100円ショップで仕入れたボウルを30個くらい。さらに、犬猫を保護した時のためにリードと大小のバリケン(筆者註:プラスチック製の犬猫運搬用ボックス)を積めるだけ。それらはすべて、全国の有志から寄贈された援助物資だ。

そして、あの白い防護服にブーツカバー、カップ型マスクと防護ゴーグルも新品を二セット積み込んだ。それを手にした時、玲奈は少し身体が震えるような思いがした。震災後、報道でいやというほど目にした、福島の異常事態を象徴するようなあの防護服を、自分が着ることになるとは。陸上自衛隊時代にも、化学防護演習で迷彩柄の戦闘防護服を着た経験はあったし、あちらは防毒面も含めた完全装備だ。しかしあくまで演習だった。今度は、ある意味で"実戦”なのだ。

準備が整うと、玲奈はシェルターに一人で残る佐竹に詫びた。
「こちらのお手伝いができなくてすいません」
佐竹は笑顔で言う。
「なぁに、ひとりは毎度のこったぁ。気にすんな。それより、腹すかせて待ってる奴らがいるから、頼むよ」
「はい、わかりました」
「"中”の様子をしっかり見てきてくれよ。ニュースなんかじゃあ本当の事は何もわからねぇ」
「はい。では、行ってきます!」


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