小説・声無き声 第一部【6】
■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体等はすべて架空のものです。
ボランティアの宿舎になっている二階建てのアパートは、静かな住宅街の中にあった。二階の二部屋を借り上げていて、男女ひと部屋ずつ、六畳間で雑魚寝というスタイルだ。
玲奈は女性部屋でシャワーを浴びてジャージに着替えると、隣の男性部屋を訪ねた。佐竹が、ちょっとした歓迎会を開いてくれるという。部屋に入ると、二十代後半くらいの、色白で痩せた青年がいた。青年は、佐竹の紹介によると、東京から来ている"猫部隊”の常駐だという。
程なく、スーパーで買い込んだ惣菜と缶ビールを開けて、ささやかな玲奈の歓迎会が始まった。アルコールが回るにつれて佐竹はさらに饒舌になり、震災の日からこれまでに見たこと、聞いたことをあれこれ語り始めた。それは、新しいボランティアが来る度に語られたのだろう。まるでひとつの"話芸”とも言えそうな滑らかさだった。
「・・・原発がはねたってテレビで見ても、こっちゃぁどうすりゃいいのかわかんねぇし、逃げろってもどっち行きゃいいのかわかんねぇし、北風だから南かと思ってたら、北側の飯舘の線量計振り切ったとか言うし、そりゃもう大騒ぎでなぁ・・・」
その口調は、まるで祭りの裏側のドタバタを語っているかのようで、傍目には楽しげでさえあった。聞いている玲奈も、つられてつい笑ってしまいそうになるが、なんとか堪えた。
そんな玲奈の様子に気付いたのか、佐竹が言った。
「玲奈さん、笑ったっていいよ。しかめ面しててもはじまらねぇ」
「でも、やっぱり・・・」
佐竹は玲奈の言葉を遮るように言った。
「不謹慎だとかは外で考えりゃいいって。ここじゃあこれが日常なんだよ。津波で何もなくなっちまった街も、人が消えちまって牛が群れてる街も、戦場みてぇに自衛隊が走り回ってるのも、最初はなんだこりゃって思ったけど、二ヶ月も経ちゃ慣れっこだ」
玲奈は答えた。
「でもやっぱり・・・たくさんの方々が亡くなったし・・・」
すると佐竹は急に真顔になると、言った。
「すまねぇな。気ぃ遣わせて。でも正直なところ、こうして聞いてもらえるだけで、こっちも少しは助かるんだわ」
佐竹の言葉に、玲奈はあることを思い出した。自衛隊でも、災害派遣で過酷な体験をした隊員には、宿営地に帰った後、とにかくその体験を話させるという。辛い思いを自分の中にため込み続けると、精神的な負担が大きくなりすぎるので、言葉にして泣いたり笑ったりすることで、精神のバランスを保つ効果があるからだそうだ。だから佐竹が凄惨な状況を饒舌に語るのも、あまりにも異常な現実と自分の気持ちの折り合いをつけるための、実は苦痛に満ちた作業なのだと、玲奈は思った。
話が途切れて、一瞬の静寂が訪れた。その時、ズシンという突き上げるような衝撃が襲って来た。同時に軽量鉄骨製のアパートがギシっと音を立てて歪む。すぐにドドドっという細かい突き上げが続く。地震!大きい!玲奈は弾かれたように腰を浮かして片膝を着くと、一瞬で考えを巡らせた。
《ここは二階だからこのまま待機、揺れが大きくなったら玄関ドアから脱出、脱出経路障害なし!》
雑魚寝用のアパートだから、家具らしい家具も無い。
すぐさま、ぐわっという感じで振り回すような横揺れが来た。アパート全体がギシギシと音を立てる。玲奈が佐竹たちに脱出準備を促そうとしたが、佐竹と"猫部隊”の青年は、平然とあぐらをかいたままビールを煽っている。揺れが続く中、佐竹はふうと大きく息を吐くと、言った。
「浜通り南部、深さ10km、震度5弱。マグニチュードは5の半ばぐれぇだ」
玲奈はあっけにとられて訊いた。
「なんでわかるんですか?」
「なんでって、あの日から何千回と揺すられてるんだぜ。いいかげん揺れの感じで規模も場所も大体わかるようになってらぁ。テレビつけてみぃ」
青年がテレビをつけると、程なく地震速報のテロップが出た。
それは佐竹が言う通り、福島県浜通り南部、震源深さ10km、マグニチュード5.6で、福島市の震度は5弱だった。玲奈は佐竹の正確な判断に、言葉が出なかった。すると佐竹は、うんざりしたように言った。
「ここじゃあ、これが日常なんだよ」
■このシリーズは、【ディザスター・エンタテインメント】です。
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