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2013年11月 5日 (火)

小説・声無き声 第一部【4】

犬たちを散歩させる時間が始まった。30匹ほどの犬を佐竹と玲奈、それに飯田夫妻の4人で手分けして行うので、ひとり7~8匹を担当することになる。佐竹が玲奈に言った。
「この人数なら、一匹あたま5~6分くらい敷地の周り歩いてくればいっから。うんこ袋もってくの忘れずにな」
「わかりました!」

散歩の時間だとわかった犬たちは、みな体の置き場が無いような喜びようだ。玲奈はウォーミングアップくらいのつもりで、最初は小型のビーグル犬から始めることにした。じゃれつこうとする犬の前にしゃがんで首輪にリードをつけようとした時、玲奈は、はっとして手を止めた。それまでじゃれついていた犬は、リードをつけようとすると急に大人しくなってちょこんとお座りして、玲奈を見上げながらじっと待っているのだ。

一見、あまりに平和そうなこの場所の雰囲気のせいで、忘れていた。この犬たちは、震災後の大混乱の中で飼い主と引き離され、理由もわからぬままこの場所に連れて来られた犬たちなのだ。この犬はきっと、いつも散歩の前はお座りしてリードをつけてもらうようにしつけられていたに違いない

そんな犬の態度に飼い主の存在を、つい二ヶ月前まで飼い主と平和に過ごしていた時間を感じた玲奈の胸に、こみ上げるものがあった。
《飼い主さんは、いまどこでどうしているんだろう・・・》
ここの犬たちは、原発事故の警戒区域だけでなく、海沿いの津波被災地で保護されたものも少なくないという。もしかしたら・・・玲奈はふと浮かんだ悪い想像をあわてて振り払った。いや、きっとどこかでこの子のことを想っている。きっとどこかの避難先で、また会える日をじっと待っている。もう一度再会させてあげたい。そのためにも、命を繋がなければ。

もし自分が飼い主だったらと考えると、あんな大災害で生き別れになったペットが、まだ生きているとは思わないかもしれない。実際、あまりに多くの動物たちが命を落とした。でも、この命は繋がっている。生きていれば、いつかきっとまた会える。そう信じるしかない。

玲奈はじっとお座りしているビーグル犬の首を思わず抱きしめると、リードをつけた。するとその途端弾けるように駆け出して、玲奈をぐいぐい引っ張って行った。
《いつもこんな風にお散歩していたのね・・・》
玲奈は、改めてこの犬と飼い主との平和な時間に思いを馳せた。でもあの日から、何もかもが変わってしまったのだ。

他の犬も、ひたすらお手を繰り返す犬、玲奈の左側にぴたりと寄り添って歩く犬、周りの犬に吠えかかるので、ちょっときつく叱るとすぐに大人しくなる犬など、それぞれがみな人間と暮らした長い時間を感じさせた。中には大きな傷を負っていたり、なかなかなつかずに、いつも半分逃げ腰の犬もいる。そんな犬たちは、放浪している間に何を見て、どんな体験をしたのだろう。人間には、ましてやあの日ここにいなかった人間には、想像もできない。

それでも、元気いっぱいに玲奈を引っ張る犬たちと駆け回っていると、犬たちの溢れんばかりの生命力が、そんな玲奈の複雑な思いを吹き飛ばすようだった。生きていれば、きっとまた会える。この子たちはその日を信じて、健気に待ち続けているのかもしれない。心の底からそう思わせてくれるような力強さを、玲奈は感じていた。

散歩が終わると、ごはんの時間だ。佐竹はステンレスのボウルに餌を取り分けると、ひと皿ずつ犬の名前を指示しながら三人に配った。中には別メニューもある。それぞれの犬が食べる量や体調がすべて把握されていて、きめ細かく対応されていることに、玲奈は感心しきりだった。ここではただ飼っているだけではない。すべての犬が健康に過ごせるように、医療も含めて細心の注意が払われているのだ。

餌をあげるのは、世話をしている人間にとっても幸せな時間だ。
「ごはんだよー!」
と声をかけた時の、犬たちのうれしそうな顔といったらない。玲奈はまだ犬の名前を良く覚えていないので、飯田夫妻に聞きながら餌を配っていった。そしてここでもまた、よだれを垂らしながらもきちんとお座りして待つ犬も少なくなく、ここが飼い主と生き別れになった被災動物シェルターだという現実を突きつけて来るのだった。

ごはんが終わると、食べ残したり吐いている犬がいないかチェックして、佐竹はそれを記録する。ノートに書き込みながら、佐竹はぶつぶつ言っている。
「・・・サンちゃんは医者連れてかなければなんめぇかなぁ・・・」
玲奈は佐竹に尋ねた。
「お医者さん、多いんですか?」
「ああ、いつでもいるよ。腹こわすだけでねくて、怪我もあるし皮膚病の子もいる。医者代がバカになんねぇんだこれが」
「大変なんですね・・・」
「いろんな所から寄付はもらってるけど、実際足りねぇ。持ち出しも多いんだ。医者もだいぶ協力してくれてはいるんだけどね」
「私も東京に帰ったら、寄付集めるお手伝いします」
「ああ、頼むよ」
そう言う佐竹の横顔には、震災直後からずっと常駐が続いている疲れが滲んでいるように、玲奈には思えた。こういう人たちの身を削るような努力で、命が繋がれているんだ・・・。

■この作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

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コメント

ご無沙汰をいたしておりますが記事はキチンと拝見しております。

我が家はペットがいない(ドジョウはいますが)ので今一つ理解が及んでいなかったのですが、先日知り合いの家で産まれて数ヶ月の柴犬とじゃれ合う機会があり、別れ際に寂しそうにグズられて連れて帰りたくなりました。
それ以来散歩している飼い主さんとワンちゃんが目に留まるようになりましたが、福島に残された動物たち、残さざるを得なかった飼い主さんたち、てばさん始めとする支援者の方達の想像を絶する負担というか想いには頭が下がる思いです。
謹んで連載を拝見していこうと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

>tntさん

きっとご覧いただけていると思っておりました。犬好きとしては、生まれて数ヶ月の柴犬なんて聞いただけで悶えそうになりますw柴犬大好きですし。

現地の様子を細かく伝えるのには、こういう小説形式がいいんじゃないかと思って始めました。私などできる範囲のお手伝いしかしていませんが、生活の重点をそこに置いている方々の努力あってのことなんですよね。本当に頭が下がります。主義主張のためとはいえ、実際の手間は本当に大変なんですよ。

まもまく、福島の被災動物支援チャリティーも始めますので、よろしければご協力をお願いします。

ここでひとつネタバレしちゃいましょう。現在は「第一部」となっていますが、「第二部」は舞台が宮城県に移ります。内容はかなり実験的な、だれも私がこんなの書くとは思っていないようなものになります。

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