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2013年11月11日 (月)

小説・声無き声 第一部【5】

4人で手分けして約30匹の犬たちの散歩が終わり、すべての犬を犬舎のケージに戻すと、もう夕方の5時半を回っていた。佐竹が大きく伸びをしながら、皆に言った。
「お疲れさんでした!さぁて、さくっと後片づけして上がるべ!」
今日半日、初めてシェルターの作業を体験した玲奈は、心地良い疲れを感じながらも、思っていた以上に大変な仕事だとも思っていた。それでも犬好きにとっては、普段の生活ではあり得ないほど"犬まみれ”になれることもあって、辛いという感覚は無い。

後片づけを済ませ、宿舎になっているアパートに向かう車中、玲奈は運転する佐竹に訊いた。
「佐竹さんは、ずっと常駐なんですか?」
佐竹は答えた。
「ああ。震災の一週間後くらいかな。ありがてぇことにうちは無事だったんで、それからずっと」
玲奈は、気になっていたことをさらに訊いた。
「お休みとか・・・取れるんですか?」
すると佐竹は、前を見たまま小さなため息をつくと、言った。
「正直、ほとんど無ぇ。人手がある時とか、ときたま引っ込ませてもらうけど、なんか気になっちゃって、休んでる気ぃしねえんだこれが」
「大変なんですね・・・」
「最初の頃は、ほとんど毎日津波跡とか原発周りまで行ってな、ぼろぼろの奴ら集めて来たりしてたんだわ」
「佐竹さんだけで?」
「まあ、その頃から来てくれる人はいたけど、いっつも手は足りねえな。自衛隊さんから引き取り頼まれることも結構あった」
「え、自衛隊から?」

被災地に災害派遣されている自衛隊には、放浪動物を保護するという任務は無いはずだ。しかし佐竹によれば、活動中に見つけた犬猫はかなりの数が保護され、保健所を通じてボランティア団体に引き取り依頼が来たそうだ。そんな場合は警戒区域の境界まで出向いて犬猫を引き取り、保健所で放射線スクリーニング検査を受けた上で連れて来るのだという。
「自衛隊さんも人の子さぁ。遺体の収容とか大変なことやってる時に、生きてる奴を見捨てる気にはなれねぇってことだな。上の人も、その辺は堅いこと言わねぇんだろ」
佐竹は続けた。
「若い隊員とか、泣きながら『この子を頼みます』とか言うんだわ。俺もちょっとは見てきたけど、"中”はほんと無茶苦茶な状態だからな。人は誰もいなくなって、出会うのは遺体ばかりだ。そんな中で見つけた命は、とりわけ大切に思えるんだっぺな」

佐竹の言葉に、玲奈は被災地の最前線で今も過酷な任務に従事しているはずの、かつての仲間たちのことを思った。報道には一切乗らないが、最前線ではこんな、自衛隊とボランティアという普通ではあり得ない連携も生まれていたのだ。そこにあるのは理屈ではなく、ただ"命を繋ぎたい”という強い思いだけだ。震災から二ヶ月が過ぎ、いまだ行方不明者の正確な数さえわからない時に、なんで動物なんだ?人間が先だろうという声も当然ながらある。でも、誰かがやらなければならないのだ。


二人の乗ったワゴンは、夕食の買い出しのためにスーパーマーケットに立ち寄った。夕方にしては客の姿が少ない感じはあったが、店内はどこの街の店とも変わらないように、玲奈には思えた。違っていたのは、『がんばろう福島』という大きなバナーがあちこちに掲げられていることと、客のほとんど、特に女性がマスクをしていることだった。

その頃の福島市内の空間放射線量は、ラジオによると1.5マイクロシーベルト毎時程度だったが、雨水が集まる場所や木立の中などで、数十マイクロシーベルト毎時にも達する"ホットスポット”があちこちに見つかっていた。そんな中でも、当然ながら日常生活が営まれている。しかし子供たちは外で遊ぶことや屋外の部活動を事実上禁止され、登下校の一時間程度の外出に限られていたし、大人もできるだけ外出を控えることが勧められるなど、不自由な生活を強いられている。

それでも、日々の暮らしがある。客のほとんどがつけた白いマスクが、先の見えない人々の不安を象徴しているかのように、玲奈には思えた。とにかく、報道を見ているだけではわからないことが、あまりにも多い。そんな現地の空気のようなものに触れられただけでも、ここまで来た甲斐があると玲奈は思った。異常事態はまだ始まったばかりで、この先も延々と続いて行く。そして、外野の大騒ぎとは関係なく、ここに生きる人々の暮らしも粛々と続いて行くのだ。


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