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2013年12月19日 (木)

小説・声無き声 第一部【13】

■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体、設定等はすべて架空のものです。今回は刺激的な描写がありますので、皆様のご判断でご覧ください。


飯田と玲奈が乗った銀色のワゴンは、田園地帯をさらに南下して、浪江町に入った。道路は丘陵地帯を縫うように走る。緑濃い長閑な山間に、農地や牛舎が点在している。しかしそんな美しい里山も今は無人だ。玲奈は、この国の美しく大切な財産が、理不尽な力で蹂躙されている、そう感じていた。

すると突然、飯田が茂みの脇で車を停めた。辺りには特に何も無い。訝しがる玲奈に、運転席の飯田は前を向いたまま言った。
「玲奈さん、ここの現実をご覧になる勇気はありますか?」
「現実・・・ですか?」
「ここではある意味で日常ですが、一切表沙汰になることのない現実の、ほんの一部です」
玲奈は、飯田の表情が歪んでいるのを、マスク越しにも見て取った。そして、どのような"現実”なのか大筋を理解して、言った。
「はい。本当のことを知りたいと思っています。覚悟はあります」
飯田は玲奈の目を無言でしばらく見つめると、そのまま車を降りた。玲奈も続く。

飯田は道路脇の草地に歩み寄り、玲奈を振り返りながら地面を指さした。玲奈が見ると、そこには茶色のボロ布のようなものが落ちている。さらに一歩踏み出した玲奈は、全身に電流が走るような衝撃を感じた。そして、息を呑んだ。そのボロ布のようなものは、赤い首輪をつけたままの、干からびたダックスフントの死骸だった。しかし、それは死骸というより“残骸”と表現した方が良いほどの状態だった。

玲奈は思わずその傍にしゃがみ込み、手を合わせた。静寂の中、玲奈の頭の上から、飯田の声が響いた。
「この子は行き倒れたか、強い奴に襲われたんでしょう。目玉が無いのは、多分カラスでしょう。鳥は最初に目から食います。腹は、鳥か強い奴に喰われたんです。どの死骸も大抵同じような状態ですよ」
死骸の腹は喰い破られ、内臓は食べ尽くされて全く残っていない。空っぽになった赤黒い胴体の中に、白い肋骨が裏側から見えている。飯田は続けた。
「ここでは、これが普通なんです。ちょっと前は、もっとあちこちで見られました。犬も猫も、時には牧場で飼育されていたダチョウも。こんな風に、生存競争に負けた奴から死んで、喰われて行くんです。私たちが餌撒きをするのは、こういう子を少しでも減らしたいということでもあるんです」

普通の愛玩犬が、野性化した飼い犬に食い殺される。これが今の日本の現実なのだろうか。しかし人間が消え、食物が限られる場所では、必然的に起こる現実なのだ。そして、ここではそれが現在進行形であり、この先もずっと続く。玲奈は、文字通り言葉を失った。死骸の脇にひざまづいたまま、マスクの中で歯を食いしばった。こんな悲惨な現実を、一体どれだけの人が知っているのか。そして、知ろうとしているのか。

飯田が言う。
「小型の愛玩犬は、避難時に家の中や敷地に繋がれたまま残されたことが多くて、そのまま大半が死にました。外に出られても、こういうことになりやすい」
それを聞いて玲奈は、保護犬に中型以上の雑種が多かった理由を理解した。それはつまり"強い個体”なのだ。それを図らずも説明するように、飯田の言葉は続いた。
「田舎では雑種が多く飼われていたのも確かです。農家の番犬みたいに。そんな家では、避難時に連れて行けない犬を逃がすことも少なくありませんでした。庭に繋がれていた犬も、農家って庭に簡単に入れちゃうでしょ。だから保護しやすかったんです」
強い個体は、繋がれたままでも比較的長く生き残り、そして人間に発見されて保護され易い状況が多かったということだ。

静まり返った中で、玲奈はぼろ布のような死骸を見つめたまま、ゴーグルの中で溢れそうになる涙を堪えていた。そしてふと思いつくと、ゴム手袋をした手で周りの草をかき集めて死骸にかけ、見えないように覆い隠した。決してこの子だけじゃない。こんなのは気休めなのはわかっている。でも、これ以上こんな姿を晒させるのは耐えられなかった。一通り覆い隠すと、改めて手を合わせた。そして、飯田を見上げながら、訊いた。
「牛は、大丈夫なんですか?」
飯田はすぐに答えた。
「牛を襲える犬なんていませんよ。子牛は狙われる可能性もありますが、いつも親が一緒ですから。ただし、外に出られた奴の話ですが」
玲奈はそれ以上訊かなかった。牛舎に閉じ込められた牛の末路は、想像すればわかる。しかし、実際にどんな状態なのかは、想像もつかなかった。

玲奈が草で覆われた死骸を見つめていると、飯田が促した。
「さあ、早く行きましょう。長居して良いことはありません。もう、原発から10km圏内に入るくらいですから」
『10km圏内』と聞いて、玲奈は思わず軽く身震いした。ニュースで何度も聞いた、関わらなければ全く“異世界”であったはずの場所に、今まさに自分がいることが信じられなかった。時刻は午後2時を回り、辺りは暖かな五月の陽射しに溢れていが、そこに満ちる放射線もさらに強くなっているはずだ。飯田が言う。
「もう少しだけ、奥に行きます」


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