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2013年12月12日 (木)

小説・声無き声 第一部【11】

■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体、設定等はすべて架空のものです。


警戒区域の一番北側当たる南相馬市小高区の市街では、それ以上犬猫の姿を見ることは無かった。車は市街を抜け、川に沿って南下して田園地帯へ入る。すると河川敷の草地で茶色の牛が10頭くらい、のんびりと草を食んでいるのが見えた。肉牛として主に浪江町などで飼育されていた牛だ。子牛の姿もある。

事情を知らなければ、放牧された牛が平和に暮らしている、そんな風にしか見えない。しかしそれは、警戒区域の設定によって取り残された牛たちが、牛舎から解き放たれているのだった。飯田が言う。
「あいつらは、街中にも群れで現れますよ。興奮させるとちょっと危ないこともあります」
「突っ込んで来るとか?」
「ええ。こないだも警戒中のパトカーが体当たりされたってニュースで言ってました。ボラも、車を牛に追いかけられた人がいます」

玲奈も、福島に来る前から警戒区域の放逐牛のことはニュースで何度か見ていた。ごく普通の街中で群れを成して歩く牛たちの姿は、この異常事態を象徴する映像のひとつとも言えた。しかしニュースでは、何故牛たちが解き放たれたのかについてははっきり触れられない。柵を壊して逃げ出したのだろうとか、飼育者が逃がしたのだろうという推測程度だ。玲奈は、答えを聞くのがちょっと怖いと感じながらも、飯田に訊いた。
「牛さんたち、どうやって外に出たんでしょうか?」
飯田は数秒間沈黙した後、私たちのことではありませんがと前置きした上で、話し始めた。マスク越しにも、表情が少し歪んでいるのがわかる。

「逃げ出せない牛もたくさんいました。そんな牛舎では、あれから2ヶ月経った今、どんな状態かわかりますよね」
訊かれた玲奈の脳裏に"全滅”という言葉が浮かんだ。しかし、実際のイメージは想像しようもなかったし、気持ちの深い部分がそれを拒絶しているようでもあった。飯田は続ける。
「本当に酷い状態ですよ。そうなることがわかっているのに、手をこまねいていられない人たちもいます。もちろん、私たちも何とかできればと思ってきました」
「ということは・・・」
「工具を持って"中”に入る人たちもいたということです」
飯田の言葉に、玲奈はすべてを理解した。何も言えなかった。

一般社会の解釈ならば、それは“悪”だ。しかし、その行為のおかげで多くの命が繋がっている。人間に頼って生きていた動物たちが、人間が引き起こした事態で命の危機に晒された時、それを人間が救った。その結果、また新たな問題も持ち上がった。しかし、それをただ“悪”だと、誰が断罪できるのだろうか。少なくともここは、一般社会の“常識”ではかれる世界ではなくなってしまっている。玲奈は、改めてのんびりと草を食む牛の群れを見つめた。その向こうに広がる広大な田園風景には、人の姿がただ見えないのではなく、本当に誰ひとりいないのだ。今、自分たちはそこへ入り込んだ“異物”なのだろうか。誰もいない、何があっても誰にも気付かれない。そう思うと、玲奈は急に心細さを感じた。

会話が途切れたまま、車は川沿いを進む。川の中には、ここまで遡上してきた津波が運んで来た瓦礫の山がいくつもできているが、そこはすでに捜索済みのようだ。突き立てられた竹竿にあのリボンが結ばれていて、その中には、いくつか赤いリボンもあった。飯田が口を開いた。
「この先で、最初の餌まきやります」
「はい」
いよいよ、車の外へ出る。
「この少し先の浪江町の空間放射線量は8から10マイクロくらいだとニュースでやってました。この辺りもそれほど変わらないと思います。もちろん、地面の近くや場所によってはもっと高いはずです。手早くやりましょう」
飯田の言葉に、玲奈は緊張した。窓の外は五月晴れの明るい光に溢れている。そこに放射線という“見えない敵”が満ちているということは、まったく実感できない。それが、放射線の恐ろしさの最たるものだ。

車は再び小さな市街地へ入って行く。閉鎖された小学校の脇を通る時、おそらく1年生くらいが描いたと思われる、交通安全の看板が玲奈の目に留まった。つたない文字で『くるまにちゅうい』とある。それは、あの日までここで営まれていた普通の生活を、子供たちの歓声を強烈に思い起こさせた。
《・・・いったい、なんでこんなことになってしまったというの・・・》
防護ゴーグルの中で、玲奈の目に涙が溢れた。

その時、飯田が言った。
「つきましたよ。ちょっと力仕事ですけど、お願いします」
玲奈は防護ゴーグルを少しずらして指先で涙を拭うと、ゴム手袋をはめた。そしてゴーグルとマスクを改めてしっかり顔に密着させながら、気を取り直して言った。
「はい。お願いします!」
銀色のワゴンは、小さな自動車修理工場の前に停まった。


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