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2013年12月14日 (土)

小説・声無き声 第一部【12】

■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体、設定等はすべて架空のものです。


車の外は、五月晴れの明るい光に満ちている。しかしそこは、詳しい数値はわからないものの、かなり高いレベルの放射線にも満たされているはずだ。短時間で危険というレベルでは無いことは理解しているが、それでも玲奈はマスク越しに軽く息を吸い込むと、ふっとひとつ吐き出してから意を決して助手席のドアを開け、車から降りた。

飯田は、ワゴンのリアゲートを開けながら言った。
「ドッグフード20キロ袋を下ろしてください。水は私が運びます」
飯田は玲奈が女性だという事を意識せず、当たり前のように力仕事を指示したことが、玲奈にはむしろ心地良かった。玲奈がドッグフードの大袋を身体の前に抱えて敷地内に入って行くと、建物の軒下には既に餌や水用のボウルがいくつも置かれていた。どれもきれいに空になっている。玲奈は飯田の指示で、ボウルにドッグフードを入れて行った。飯田は20リットルのポリタンクから、ボウルに水を注いで行く。そして、雨がかからない場所にボウルを集めていく。

一通り作業が終わると、飯田が言った。
「ここは、3匹のグループが根城にしています。人なつこいんですが、グループを引き離す訳にはいかないので、とりあえず様子見てます。いずれ、一緒に保護できればと思ってますが・・・あ、来た来た」
玲奈が飯田の視線を追うと、人の気配を感じたのだろう。茶色の濃淡2匹と白が1匹の雑種が3匹、寄り添ってこちらを見ている。みな首輪をつけていて、少し痩せているようだが毛並みは良い。3匹とも身体はかなり大きく、確かに一緒に保護するのは大変そうだ。

飯田が犬たちに声をかける。
「ご飯持ってきたよ!食べな!」
すると犬たちは、少し頭を下げて警戒の様子を見せながらも、おずおずとこちらに近づいて来た。例の、身体を横に向ける様子は全く見られない。何よりその視線は、人間をまだ仲間だと思っていることを示す、穏やかなものだった。餌をくれる人間に対する、恭順の態度。飯田のことは知っているが、見慣れない玲奈の姿と匂いに、少しだけ警戒しているという感じだ。

ふたりが餌から少し離れると、犬たちはすぐにボウルに駆け寄って餌を食べ始めた。その間、時々顔を上げて警戒するようなこともない。安心し切っている。人が消えたこの場所で、動物と人の縁もすべて断ち切られたように感じていた玲奈は、その姿に目頭が熱くなった。ここにもまだ、人を頼る命がある。

ドッグフードときれいな水を一通り満喫した犬たちは、玲奈たちに近づいて来た。人間が大好きな犬が見せる、穏やかな表情だ。玲奈はゴム手袋をした手で犬たちをさすり、抱きしめた。マスクとゴーグルが邪魔だったが、外す気にもなれなかった。この子たちも、人が与える餌だけで十分という訳では無いだろう。普段は、ここでどんな過酷な生活をしているのだろうか。明るい日差しの中で犬たちをかまう玲奈と飯田の姿はごく日常の、人と犬の触れ合いだった。ふたりが奇妙な白装束という格好であることを除けば。

その後、何カ所かのポイントに犬猫用の餌と水を置いて回った。しかし遠巻きに見守る猫の姿は何度か見たものの、犬の姿を見る事は無かった。しかし、どこでも前に置いた餌はきれいに食べ尽くされていて、それが命を繋ぐ役に立っていることだけはわかった。もしカラスなどの鳥が食べたのなら、ボウルの周りに餌が飛び散っているのだか、そういう事も無かった。

"中”へ入って2時間程が経過した時、飯田が言った。
「そろそろラストにしましょうか。ちょっと面白い所です」
「面白いところ?なんですか?」
「まあ、行ってのお楽しみです」
飯田はマスク越しでもわかるほどニヤニヤしながら言う。
玲奈は附に落ちなかったが、それ以上は問わなかった。
飯田は一軒の農家の前に車を停めると、言った。
「ここは、すごいんですよ」

伸び放題の草木が鬱蒼と茂る、薄暗い裏庭へドッグフードと水タンクを運んで行くと、そこには特大のボウルが置かれていた。大型の洗面器ほどもある。飯田は、ちょっと様子見を見てくると言い残し、家の裏手に消えた。ひとり残された玲奈が特大のボウルにドッグフードを盛っていると、背後に何か気配を感じた。そして突然、尻を触られた。玲奈はビクっとしてそのまま固る。誰もいない警戒区域内で、しかも鬱蒼とした茂みの中で男性とふたりだけだということに、その時改めて気づいた。そんなまさか・・・

玲奈が意を決して振り返ろうとすると、さらに尻の辺りを柔らかいもので突っつかれた。防護服の中で、全身に汗がどっと吹き出す。
《うそ?なに?》
玲奈が恐る恐る振り向くと、そこにいたのは飯田ではなかった。頭までの高さが1メートル近くもある茶色の秋田犬が、玲奈の臭いをくんくんと嗅いでいる。すると秋田犬はのっそりと顔を上げ、振り返った玲奈と目が合った。その目は大型の日本犬特有の、すぐには感情が読みとれない目だった。懐いているのか怒っているのか、全くわからない。しかも、飯田の姿は見えない。もし私を敵だと見なしていたら・・・。

玲奈の身体に、再びどっと汗が吹き出す。威嚇はしていない。でも、怖い。逃げ出したら、いきなり襲われるかもしれない。玲奈は、固まったままなんとか震える声を絞り出した。
「・・・ぃ、飯田さぁぁぁん・・・!」
玲奈の声に、飯田が家の裏から小走りに駆け戻って来ると、明るい声で言った。
「なんだ、ここにいたのか」
「だ・・・大丈夫なんですかぁ?」
玲奈は、振り返った姿のままま動けない。すると飯田は秋田犬につかつかと歩み寄ると、その首を抱きながら話しかけた。
「元気だった?あきたくん」
秋田犬のあきたくん。そのまんまだ。

相変わらずほとんど無表情だが、飯田に懐いている秋田犬の様子に、玲奈はやっと全身の力が抜けた。膝の力が抜けてそのまま座り込んでしまいそうだ。半笑いで、飯田に抗議する。
「もう・・・。先に教えてくださいよぉ」
飯田は秋田犬の首をさすりながら答えた。
「すいません。ちょっと驚かせてやろうと思っちゃいました。この子は大丈夫ですよ」
「一瞬、襲われるって思いましたよ。でも、なんでまだここにいるんですか?」
「いや、この子くらいになると、しっかり信頼関係築いてからじゃないと危ないですからね。暴れたら抑えきれないから、しばらく面倒見てたんです。近いうちに佐竹さんと軽トラで保護しに来ますよ。うちの車に乗るようなケージじゃ、こいつには小さすぎて」

それを聞いて、玲奈は昨日の佐竹の言葉を思い出した。秋田犬クラスはちょっと怖いという玲奈に対して、《そんなのも、そのうちお目にかかれっぞ》言ったのは、こういう意味だったのだ。いきなり翌日会えるとは思っても見なかったが。飯田に首をさすってもらいながら、すっかり懐いている様子の『あきたくん』だったが、玲奈はいきなり手を出す気にはなれなかった。こういう犬は、甘く見てはいけない。玲奈はその代わり、特大のボウルにさらにドッグフードを盛り、飲み水用のボウルにもたっぷりと水を注いであげた。すると、秋田犬は飯田を離れ、ドッグフードをがつがつとむさぼり始めた。時々顔を上げて玲奈を見るが、その目つきは、つい先ほどより少しだけ穏やかになったように、玲奈には感じられた。

その様子をしばらく見てから、ふたりはその場を離れた。ドッグフードも水もほぼ全部撒き終えていたが、車の中で飯田が言った。
「この後、ちょっと寄って行きたいところがあるんですが、いいですか?」
玲奈は即答した。
「ええ。もちろんです。ご一緒します」
そう答えたものの、つい先程とは打って変わった飯田の厳しい表情に、玲奈は胸騒ぎを覚えていた。


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