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2013年12月 3日 (火)

小説・声無き声 第一部【9】

■この物語は事実を参考にしたフィクションであり、登場する人物・団体。設定等はすべて架空のものです。


ふたりの乗った銀色のワゴンは、津波跡を貫く南相馬市の国道6号線を南下して行く。時々すれ違う車は、そのほとんどが自衛隊か警察の車両だ。しばらくすると、まっすぐな国道の先に赤色灯が見えてきた。原発から20km地点に設けられた、国道を封鎖する検問だ。そこにはバリケードが何重にも並べられ、数台のパトカーや警察のバンが並んで赤色灯を灯している。そして白い防護服と防塵マスク姿の警官が10人ほど立ちはだかっている。検問というより、文字通り道路封鎖だ。

検問のすぐ手前の国道沿いにはコンビニがあり、意外なことに営業していた。この辺りは津波が到達しておらず、インフラも暫定的に復旧しているようだ。しかし地方のコンビニならではの広大な駐車場には一般車の姿は無い。そこには自衛隊のトラックや軽車両が20台ほど集結していて、その周りには白い防護服姿の自衛隊員が数十人も集まっている。中には防護服を脱いで迷彩服姿の隊員も見られるので、どうやらここは警戒区域内での活動を終えた自衛隊の集結地になっているようだ。

深緑色の車両群がカラフルなコンビニ前に集結し、周りに白い防護服姿の隊員が群れる光景は、とてもそれが今の日本の現実だとは思えない。自衛隊車両や隊員を見慣れた玲奈でさえ、どう見ても怪獣映画のワンシーンのように見える。放射線をばらまく怪獣と戦う自衛隊。しかしこれが現実だということが、この場所での異常事態を象徴しているようだった。

玲奈は、自分が陸自の現職時代にこんな事態が起こったら"あちら側”にいたのだと思い、疲れの色が見える隊員たちに向かって、心の中で挙手の敬礼をした。しかし、この場所ではさすがに女性隊員の姿が見えないことに、複雑な思いにとらわれた。自衛隊では女性の自分も男性隊員と同じ課業をこなして来たが、ここでは危険の種類が違うのだ。

そんなコンビニを横目で見ながら、車は検問に近づく。そこで玲奈は、かねてからの疑問に思っていたことを飯田に訊いた。
「あの…"中”へは、どうやって入るんですか?」
飯田の妻の美咲は、それを《蛇の道は蛇》とぼかしていた。玲奈の問いに、しかし飯田は黙っている。玲奈は続けた。
「何か特別な許可とか・・・?」
もしかしたら多少強引な理由をつけて、警戒区域内で活動できる許可を取っているのかと思ったのだ。飯田は素っ気なく答えた。
「そんなものありませんよ。おれらに許可なんか出るわけない」
「え、じゃあどうやって・・・」

飯田は答えずに、検問から100mほど手前で右折して国道を逸れ、車を細い農道に乗り入れた。警戒区域の北限に沿うようにしばらく走る。その辺りも津波は到達していないが、点在する農家にも全く人の姿は見られずに、静まり返っている。玲奈はそれ以上何も訊かずに、緊張して成り行きを見守っていた。

車は農家の生け垣に挟まれた、車一台分の幅しかない狭い道に入った。すると程なく前方に『災害通行止め』という看板が現れ、ガードレールで道が封鎖されている。警戒区域の北限だ。その両脇の農家の入り口には鉄管のバリケードが置かれ、門柱と太いロープで結ばれている。もう、先へは進めない。これからどうするのか、玲奈は息を呑んだまま助手席でじっとしていた。

すると飯田は、
「ちょっと待っていてください」
と言うと、車を降りた。そして農家の入り口のバリケードに結ばれたロープを手早くほどき、重いバリケードをずらす。そして足早に車に戻ると、農家の広い庭に車を乗り入れた。再び車を停めてバリケードを元に戻し、広い庭を母屋の裏手に向かってゆっくりと車を進める。するとそこには、あぜ道につながる裏口があった。裏口を抜けて車をあぜ道から農道に車を戻すと、飯田は助手席でじっと成り行きを見守っていた玲奈に向かって、マスクの下でにやりと笑いかけながら、言った。
「"中”へようこそ」

玲奈は、思いもかけなかった方法で"中”へ入ってしまったことに戸惑い、言葉が出なかった。避難した他人の家を無断で通り抜けてしまったことにも、強い後ろめたさも感じていた。そんな玲奈の様子を感じ取ったのか、飯田が言った。
「大丈夫です。あの家の方から許可をもらっています。実は、あの家の犬を預かっているんですよ」
「…え、そうなんですか…」
「シェルターにいるでしょ、ブチの雑種のハナちゃん。あの子です」
「ああ、あの子」
「実は、避難時にあの子はここに残されていたんです。あの時はそんなのが普通でしたから。それを佐竹さんが保護して、連絡先を残しておいたんですよ。この家は警戒区域ギリギリですから、後で家の方が一旦戻られて、連絡をくれたんです。それで、こんなことも許していただいたわけで」
「そうだったんですか・・・」

車を出しながら、飯田は続けた。
「まあ、私らはまだ幸運な方ですけどね。たくさんの人たちが、いろんな方法で"中”に入っています。もちろん不法入域ですから見つかったら強制退去だし、もしかしたら逮捕されるかもしれない。でも残されたペットを少しでも救うには、それしか無いんですよ」
「はい。私もここに来る以上覚悟はしています。警戒区域の法律も調べて来ました。ここへ来たのは誰の指示でも無く、自分の意志ですから。ただ、もしかしたら許可が出るのかな、なんて少し思っていましたけど」
「いえ、“中”へ連れてきてから言うのも申し訳ないですが、私たちはもう立派に"犯罪者"です」
飯田は"犯罪者"の所だけ、皮肉込めた調子で音を区切りながらゆっくりと言った。玲奈は飯田の皮肉を理解しつつ、答える。「なんだかちょっと複雑な気分ですけど、迷ってはいません。飯田さん、出発しましょう!」

正直なところ、玲奈はもっと"まとも”な方法で入域できるのかと思っていた部分もあった。でも、もとより覚悟はできている。迷ってはいない、その言葉を自分で口にして、改めて腹が決まった。


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