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2014年2月 5日 (水)

小説・声無き声 第一部【18】

■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


金曜日の朝。空気が少し冷んやりと感じる、薄曇りの朝だった。玲奈と飯田、そして美咲は、シェルターで警戒区域へ運ぶ餌や水を車に積み込んでいた。一通り準備が終わると、美咲が玲奈に声をかけた。
「玲奈さん、じゃ、よろしくおねがいね」
「はい、がんばってきます」
玲奈そう答えたものの、思わず口にしたがんばるという表現が適当なのかどうか一瞬、迷った。美咲は続ける。
「うちのだんなも、よろしくね。玲奈さんと行くのが満更でも無いようだし」
横で聞いていた飯田が、慌てて口を挟む。
「な、何言ってるんだよ」
美咲はにやにやしながら答える。
「だって、また玲奈さんと行きたいって言ったのはあなたでしょ?」
「変な言い方するなよ」
さらに慌てる飯田に向かって、少し離れたて犬たちの餌を作っていた佐竹が畳みかけた。
「こんなべっぴんさんとまたドライブしたくなるのも無理ねぇよな」
「や、やめてくださいよ佐竹さんまで!」
しどろもどろの飯田の様子に、美咲と佐竹は声を上げて笑った。ネタにされた玲奈は、半笑いするしかない。

そんな楽しげな雰囲気は、端から見れば"被災地”には全くそぐわないかもしれない。不謹慎との謗りを受けるかもしれない。でも、どんなに過酷な環境でも、そこに入ればそれが日常になる。そして環境が過酷であればこそ、こんな笑いこそが必要なのだ。そうやって、人は精神のバランスを保つ。ここは報道の中の演出された世界ではなく、生身の人間がもがきながらも生きる世界なのだ。

玲奈と飯田が乗った銀色のワゴンは、手を振る美咲と佐竹、さらに犬たちの盛大な吠え声に見送られて、シェルターを出発した。シェルターを出ると、すぐに飯田は玲奈に言った。
「玲奈さん、誤解しないでくださいね。私がまた玲奈さんをお連れしたいと言ったのは本当ですけど」
玲奈は微笑みながら答えた。
「ええ、ご心配なく。美咲さんからきちんと聞いています」
「そ、そうですか・・・ならいいんですが」
玲奈は、昨日のうちに美咲からいきさつを聞いていた。警戒区域での玲奈の様子を見て、飯田は玲奈のためにもう一度行かせた方が良いと提案したのだと言う。強いショックを受けたまま終わりにしないで、改めて見て、感じることで気持ちの整理をさせた方が良いと。それに対し、美咲も自分自身の体験からもそうした方が良いと同意したのだという。玲奈は、その心遣いに感謝していた。

それでも玲奈は、少しいたずら心を起こして言った。
「飯田さん、"中”で何かあったら、私を守ってくださいね」
玲奈の思いもかけない言葉に、飯田は明らかに狼狽しながら言った。
「え・・・ああ、もちろんです」
飯田はひとつ深呼吸をすると、続けた。
「でも、冗談でもそう言ってもらえると、男としちゃあうれしいですね。うちの美咲は、何か起こったら自分から前に出て行くタイプだから」
玲奈は、自分も美咲と結構似たタイプだと思いながらも、言った。
「頼もしい奥様ですよね」
「いや、頼もしすぎるのもどうかと」
いろいろ含みがありそうな飯田の言葉に、玲奈は声を上げて笑った。飯田も笑う。しかしその笑いの裏で、これからまた目にするはずの過酷な世界のイメージが、どす黒い澱のようになって頭の隅で渦巻いている。

ふたりの車は山間を抜けて、浜通りの国道6号線を南下して行った。南相馬市に入ってしばらくすると、津波被災地域に入る。その光景は数日前と全く変わっていなかったが、海が全く見えない国道沿いに並ぶ漁船や破壊された建物群という異常な眺めも、二度目となる玲奈には少し違って見えた。初めて見た時はそのあまりの異常さに圧倒され、ショックで思考が停止していた。ただ、その光景を漠然と眺めることだけで精一杯だった。でも今回は、ショッキングであることには変わりは無いものの、より深く見て、何が起きたのかを考えられている。少しだけでも現実を理解し、受け入れられるようになっていた。

そこで、飯田が自分をもう一度警戒区域に連れて行こうとした意味を、玲奈は実感した。一度だけでは、ショックだけが残る。でももう一度見れば当初のショックは薄れ、過酷な現実をより理解し、受け入れやすくなると言うことだ。そう。外の人間である私は、この現実をできるだけ良く見て、伝えて行かなければならないのだ。上っ面だけを見て、酷い酷いと騒ぐだけでは意味が無い。

銀色のワゴンは、コンビニ前の検問に近づいた。今回は先にコンビニに寄って、飲み物を買ってトイレを済ませた。今日も、コンビニの駐車場には深緑色の自衛隊車両と白装束の隊員が集まっている。そんな光景も、数日前に初めて見たばかりだというのに、玲奈には何か懐かしささえ感じられた。相変わらず怪獣映画のワンシーンのように見えるが、それ以上に、白装束の隊員の顔が良く見えるようになった。彼らも、この異常な状況に関わるひとりひとりの人間なのだ。そして私も。また、戻ってきた。そんな思いが強かった。

銀色のワゴンはコンビニを出ると国道を逸れて農道を走り、"入り口”の農家に近づいた。玲奈は飯田に頼まれるまでもなく、言った。
「バリケードは任せてください!」


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