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2014年2月24日 (月)

小説・声無き声 第一部【22・最終回】

■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


"おばあちゃん”は、陽当たりの良い事務所前の椅子に腰掛けて、ぽつぽつと語り始めた。玲奈はその脇に佇み、じっと耳を傾けている。

「わたしはね、南相馬市の小高(おだか)という所の海沿いに、ずっと住んでいたの。わかるかしら」
それは玲奈も目の当たりにした。国道6号線沿いに、津波で内陸まで打ち上げられた漁船が並んでいた辺りだ。
「はい。先日私も行って来ました」
「そう。ご覧になったのね。酷かったでしょう」
「はい。もう言葉が無いというか・・・」
「長年住んだ家も全部流されてしまってね。飼っていたわんちゃん、トイプードルのモモちゃんというんですけどね、一緒に流されてしまったみたい。助ける時間が無かったの」
玲奈には、返す言葉が無い。

"おばあちゃん”は続けた。
「今はこっち、福島市の娘夫婦のところでお世話になっているの。ええ、良くしてもらってますよ。でもね、主人の位牌もモモちゃんもみんないなくなっちゃってね、一時はもう生きて行くのをやめようかって・・・」
玲奈は、息を詰めたまま黙って聞いている。この人の身に起きたこと、見たこと、そして計り知れない心の傷に対してかける言葉など何ひとつ、思いつかない。

「最初はね、ここの事を聞いて、もしかしたらと思って、来てみたの」
この人はやはり、行方知れずの愛犬を探しにこのシェルターを訪れたのだ。そんな人に対して、自分はなんという事を言ってしまったのだろう。玲奈は、取り返しのつかないことをしてしまったという自責の念に苛まれた。
「そうしたら、日本中から、すごく遠くからもいろんな人たちがたくさん来てくれているのね。そして、一所懸命に動物を助けて、世話をしてくれているじゃありませんか。そんな姿を見ていたらね、考えが変わってきたの。せっかく助かったわたしが、そんなことじゃだめだ、がんばって生きて行かなくちゃだめだって思えるようになったのよ」

"おばあちゃん”はそこで、一旦言葉を途切れさせた。そして遠くの空 ー浜通りの方角ー をしばらく眺めた後、言った。
「だから、みなさんはわたしの命の恩人なの」
大震災の後、全国各地から駆けつけたボランティアの存在が、たくさんの大切なものを失い、生きる力を失いそうになっていたこの人に、その力を取り戻させた。それは、玲奈が思ってもいなかった言葉だった。

その言葉に、玲奈の胸の中に何か暖かいものが広がって行った。こんな風に感じてくれていた人もいたなんて・・・。すると"おばあちゃん”は玲奈の方を向いて、その目をじっと見つめながら、言った。
「もちろん、あなたもなのよ」
優しい目だった。そして、想像を絶する苦難をも乗り越えようとする、しっかりとした光をたたえた目だった。

玲奈は突然、立っていられなくなった。椅子に座った"おばあちゃん”の横に、崩れるようにひざまづく。身体じゅうで、様々な感情が激しく渦を巻いている。悲しさ、悔しさ、怒り、驚き、やりきれなさ、後悔そして、喜び。被災地の想像を絶する状況に、今まで言葉にならなかった、できなかった全てが、一気に溢れ出した。

涙が、溢れた。もう泣かないなどというちっぽけな意地など押し流すように、もっとずっと深い場所からただ、涙が溢れた。玲奈はひざまづいたまま"おばあちゃん”の小さな手を自分の両手で包み、絞り出すような、震える声で繰り返した。
「ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」

そんな玲奈を穏やかな目で見下ろしながら、"おばあちゃん”は言った。
「お礼を言わなければならないのはわたしの方よ。ほんとうに、ありがとう。わたしもがんばって、負けずに生きていきますよ」
福島に来た時からずっと探し続けていた答えを、聞きたかった“声”を、最後に聞けたのかもしれない。

福島駅前は、相変わらず人の姿は少なかった。東京に帰る玲奈を、佐竹が土埃で薄茶色に汚れた白いワゴンで送ってくれた。駅前のロータリーで、佐竹が笑いながら言った。
「まあ、できたらまた来てくださいね。いつでも人手は足りねぇから」
そんな言い方は佐竹の照れだと思いながら、玲奈は言った。
「はい。お約束はできないんですけど、ぜひまた来たいと思ってます」
「待ってますよ」
「シェルターの子たちにも、また会いたいし」
「この先ずっと、長い戦いになるしな」
戦い。そう、戦いなのだ。先の見えない状況の中で人手を集め、資金を集め、途切れなく動物たちの世話をしながら、ひたすら命を繋いで行く戦いなのだ。玲奈は言った。
「東京からでも、できるだけお手伝いします」
「ああ、よろしく頼みます」

その時、ロータリーを回って来た黄色いフォルクスワーゲンビートルが、ワゴンの後ろにつんのめるように停まった。勢いよくドアが開き、三十代半ばくらいに見えるジーンズ姿のすらりとした女性が、ストレートの長い髪をなびかせるように下りて来るなり、良く通る声で言った。
「あー、間に合ったぁ!」
佐竹がびっくりしたように言う。
「あらぁ利香さんでねえの!」
アニマルレスキューの代表者、藤堂利香だった。普段は資金集めのために各地でイベントや講演に出ている事が多く、シェルターには滅多に来られないと、玲奈は聞いていた。

利香は、福島なまりで言った。
「佐竹さんがね、すごい別嬪さんがボラに来てくれてるって言うから、せめてお見送りでもって思って」
それを聞いた佐竹が、慌てて言った。
「そんなことバラさんでもいいっぺよぉ」
がらんとした駅前に、三人の笑い声が響いた。

玲奈は、ぎりぎりで初対面となった利香と挨拶を交わしながら、動物ボランティア団体の代表者が、こんな都会的な雰囲気の女性だということに、失礼ながら正直、驚いていた。利香と話しながら、玲奈はふと、ある思いを口にした。
「・・・いつまで続くんでしょうか・・・?」

すると、それまで笑顔だった利香の表情が急に引き締まると、言った。
「阪神・淡路大震災の時は、最後の被災ペットが引き取られるまでに三年かかったの。でも、福島はいつまでかかるかわからないわ。もっと長くなるのは間違いない。警戒区域の動物もいるし」
「長い戦いになるんですね」
「うん。長くかかるわ。でも、終わるまでやる。それだけよ」
そう言う利香の瞳には、戦い抜く決意を秘めた強い光が漲っている、玲奈はそう思った。

ふたりと別れた玲奈は、ずしりと重いリュックを背負って、がらんとしたコンコースをひとり、新幹線のホームに向かった。歩きながら、この一週間の様々な記憶が脳裏に蘇る。シェルターの犬や猫たち、津波跡の惨状、見えない放射線の恐怖、警戒区域で潰えたたあまりに多くの命と、生き抜いている命、危険を省みず無償でそんな命を支える人々。そして、再び生きる希望を取り戻した"おばあちゃん”。

自分がここへ来て、本当に役に立てたのかはまだ良くわからないけれど、これだけは改めてはっきりと言えた。福島へ来て、本当のことをこの目で見て、良かった。そして、これからは私も本当のことを皆に伝え、苦しんでいる人も動物も、できるだけ支援し続けて行かなければ。


東京行きの新幹線が、ホームに滑り込んで来た。いよいよ福島ともお別れだ。玲奈はシェルターの方角を振り返りながら、小さく声に出して、言った。

「また、来るね」


【完】

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コメント

今回のお話も面白かった!というと語弊があるのですが、今まであんまり考えてこなかったテーマでした。
人へのケアについてはアレコレと考えるし活動の様子も伝わってくるのですが、ペットや家畜がどうなったのか?については表には出てこないようです。おそらく報道機関の怠慢というよりも、かなり凄惨な現場の事情ということもあるのかな?と思ったりもしました。

父方の実家が福島市にありましたし、私自身も中学の頃3年間住んでました。震災時には祖母は仙台で父たちと同居してたのでここ何年も墓参り以外に行くことはなくなりましたが、盆地ならではの夏の暑さと抜けるような青空は思い出す度に胸苦しいような不思議な感覚が蘇ります。福島県民にはあの輝きを是非とも取り戻して欲しいと心の底から思います。
あれこれ書いてるうちに夏にまた行きたくなりました。信夫山をくぐる新幹線のトンネルの真上からの絶景を子供たちにも見せてやりたい!

ところで衛くんは今回どこへ行ってしまってのでしょう?まさか捨てられてしまったとか…

>tntさん

お読みいただき、ありがとうございました。いえ、むしろ面白かったと言っていただける方がうれしいです。あくまでフィクションとして、いろいろ脚色していますし。ただ、このあと「あとがき」で詳しい事を書きますけど、描かれた状況自体は、かなり事実に近いものです。

大災害が起きれば、人間の救援が優先されるは当然です。ただ、特に福島の場合は原発事故という異常な状況で、過去に例の無い過酷な状態なのです。以前、雲仙普厳岳噴火の時には、山麓に長期間に渡って立ち入り禁止の警戒区域が設定され、家畜などがかなり犠牲になりました。でも、ペットなどはその前に避難する時間と手段が十分にありましたから、取り残された動物は多くは無かったのです。

しかし福島では、小説に書いた通り発災数日で立ち入り禁止となり、ペット同行避難も困難でした。しかも警戒区域は雲仙と比べものにならないほど広く、放射線という先の見えない危険により、この先ずっと広大な区域が閉鎖され続けるのです。世界的にもあまり例の無い過酷な状況です。当然ながら、そこは大量死と弱肉強食の世界となったのです。

さらに「厳重に閉鎖されている」はずの警戒区域に、実は出入りしてる人々がいるという事実は、行政や警察のメンツにも関わりますから、意識的に「無いこと」とされて、公式情報には一切乗りません。取り上げられるのは、「不法行為を厭わない過激なボランティア」が入り込むために、動物の野生化が進んで被害を及ぼしているというような、批判的な報道だけです。しかし、ボラの活動だけで野生化が極端に進むような影響などありはしません。ごく一部の命を繋いでいるだけです。むしろ、逆の意味での買いかぶりをして、「不法行為」に批判的な世論を盛り上げようというような意図を感じます。

でもそんな報道さえ地方レベルであり、キー局が取り上げることは無いのです。下手に報道すれば、動物に対する行政の無策を批判する声が出るからでしょう。もちろん、未曾有の異常災害の前に、人間にさえ手が回り切らないくらいで、動物愛護条例による救援など不可能に近いですから、それを批判する意図はありません。ある意味で、仕方無いのです。

加えて、警戒区域内の状況をそのまま映像にするのは、日本の放送コード的にも困難です。私が知る限り、日本ではケーブルテレビで英国BBCと米国のアニマルプラネットだけが放送しました。アニプラでは、死屍累々となった牛舎の映像を無加工で流しました。海外のケーブル局とは言え、良くやってくれたなと。もちろん、世界中に配信されています。

「不法行為」がダメならば、取り残された動物を放置して死を待つのを皆が支持するかと言えば、当然ながら違います。多くの人は、できればなんとかしたいと思っています。その中で、座視できずに、リスクを取ってでも無償で活動する人々がいるということです。そこにヒロイズムのようなものは存在せず、ただ愚直に命を守りたいという思いなのです。

tntさんは福島に縁がおありなんですね。私は震災後に関わるようになったのですが、本当に美しい場所だと思います。早く元気を取り戻して欲しい、そう願います。

衛くんですが、今回はストーリーが複雑になるのを避けるために、登場してもらいませんでした。前作と今作の時系列は別に考えているというのもありますが、きっと東京でドキドキしながら玲奈の帰りを待っているんじゃないかと思いますw

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