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2014年2月21日 (金)

小説・声無き声 第一部【21】

■この物語は、事実を参考にしたフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


5月も半ばの土曜日。福島市郊外の被災動物シェルターの上には、さわやかな五月晴れの空が広がっていた。玲奈が福島の動物救援ボランティアに来て一週間が経ち、そして今日が最終日だ。

いつものようにシェルターに出て、もうすっかり日常になった朝の作業をしながら、玲奈はこの一週間の出来事を思い出していた。それはここへ来る前の想像をはるかに超える、過酷な現実ばかりだった。しかしその一方で、そんな中でもたくましく日々を生きる人々や動物たちに出会い、逆に励まされたりもした。震災から二ヶ月が経ち、未だ先が見えない混乱のただ中でも、そこには"負けない命”の輝きがあった。それは遠くから報道を見ているだけでは決してわからないものだと、玲奈は思った。福島へ来て、本当に良かった。

玲奈は、作業のひとつひとつがとりあえず最後になるという思いで、丁寧に進めて行った。玲奈にすっかりなついて、それぞれの性格も良くわかって来た犬たちとも今日でお別れというのが、なんだか信じられない。玲奈は、一匹一匹を抱きしめながら、心の中で別れの言葉をかけて行った。言葉を口に出したら、泣いてしまいそうだ。

犬たちを抱きしめながら、玲奈は、ふと思った。私がここへ来て、ほんとうに小さいけれど出来ることをやって、苦しんでいる人たちの役に立てたのだろうか。もちろん感謝や見返りを求めているのではないし、そんな感覚は普通ならば思い上がりの類なのだろう。でも、このあまりに巨大な苦しみと悲しみの中にいる間、そんな思いが頭の隅にずっとこびりついている。一週間前、福島駅に着いた時に思った《私なんかが来て、いったい何になるんだろう》という思いの答えを、ずっと探し続けているような気がする。

それは、この過酷な環境で生きる人々や動物たちが、少しでも楽になって欲しい、早く笑顔と安らぎを取り戻して欲しいという、祈りなのかもしれなかった。でも、やはりそれは思い上がりだ。あまりにも小さな自分の存在への言い訳のようなものだろう。ここへ来て、できることをやった。それが全てだ。

シェルターの様子は、玲奈が最終日ということなどお構いなく、いつも通りだった。佐竹は相変わらず眠そうな目をこすりながら、犬たちの朝ごはんを作っている。飯田夫妻も、いつものように警戒区域へ向けて出発して行った。まだ不慣れな学生ボランティアが、吠えかかる犬に少し及び腰で、バケツに入れた飲み水を配っている。きっと今日もこのまま、いつものように一日が過ぎて行くのだろう。

朝の作業が一段落して皆が一息入れていると、シェルターに白い軽自動車がゆっくりと入って来た。佐竹が言う。
「あ、おばあちゃん来た」
特に仕切りなどないシェルターには、時々近所の人が顔を出して、犬をかまって行ったりする。中には毎日のようにやって来て、犬の散歩を手伝ってくれたりする人もいる。その"おばあちゃん”も時々やって来ては、犬たちを眺めてのんびり過ごして行くのだという。

車を下りて来たのは、七十歳くらいだろうか、白髪の目立つ髪をきちんとまとめ、ベージュのコートを着た身なりの良い小柄な女性だった。おばあちゃんと言うより、老婦人という雰囲気だ。その女性は、じゃれつく犬を軽くかまいながら、こちらへやってきた。佐竹が挨拶する。
「おはようございます。いい天気ですね」
女性はにこやかな表情で答えた。
「おはようございます。皆さんいつも本当にありがとうございますね」
ここに犬を預けている人なのだろうか。

佐竹と"おばあちゃん”が話し込んでいる間、玲奈は糞集めや飲み水配りをしていた。水のボウルを蹴飛ばして、こぼしてしまう犬も多い。それが一段落してふと見ると、"おばあちゃん”は事務所前に出した椅子にひとりで腰掛けて、穏やかな表情で犬たちを眺めている。玲奈は、"おばあちゃん”と話してみたくなって、歩み寄った。

「こんにちは。本当にいい天気ですね」
「そうですね。それにみんな元気そうで。あら、あなたは初めてお目にかかるかしら」
「はい。東京から来ています。でも、今日で最後なんです」
「そうですか。それは残念ね」
「もっといたいんですけど・・・」
「でも、お仕事もあるでしょうしね。遠くからお手伝いに来ていただけるだけでも、本当にありがたいですよ。ここは大変ですから」
そう言いながら、"おばあちゃん”は丁寧に頭を下げた。
「いえ、大したお力にはなれませんが・・・」
玲奈も頭を下げながら、"大変”という言葉の裏にあるこれまでの過酷な体験を想像し、身震いするような思いがした。

玲奈は、気になっていたことを尋ねた。
「ここに犬をを預けられているんですか?」
"おばあちゃん”は一瞬、遠くの空を眺めるような目をしてから、答えた。
「うちの子は・・・津波で行方がわからないの」
しまった。余計なことを訊いてしまった。玲奈は慌てた。
「・・・ごめんなさい・・・失礼しまし・・・」
玲奈は言葉に詰まった。失礼?失礼ってなに?大地震と津波、それに原発事故で大変な思いをして、しかも愛するペットを失ったかもしれない人の傷口に塩を塗り込むような、なんてバカなことを言ってしまったのだろう。シェルターに来るのも、もしかしたらどこかで保護されているかもしれないという、一縷の望みにすがっているのかもしれないのだ。
「申し訳ありません・・・」
謝っても、取り返しがつかない。玲奈はそれでも、深く頭を下げるしかなかった。誰かの役に立つどころか、目の前の人を苦しめてしまった。どうしよう・・・。

そんな玲奈の様子を見て、それでも"おばあちゃん”は穏やかな声で言った。
「いいんですよ。お顔を上げてくださいな。うちの子のことは、もう諦めました。でも、ここで元気なわんちゃんたちを見ていると、なんだか落ち着くの。それに、ここへ来るのはそれだけじゃないのよ」
玲奈は顔を上げたものの、何も言えない。"おばあちゃん”は続けた。
「ごめんなさいね。気を遣わせちゃって。良かったら、話を聞いてくださるかしら」
玲奈は強ばった表情のまま一言だけ、答えた。
「・・・はい」

"おばあちゃん”は、穏やかな五月晴れの空をゆっくりと見上げた後、ぽつぽつと話し始めた。


※次回は、最終回となります。

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