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2014年4月11日 (金)

【防災の心理09】誰も一人では生きられないけど…

今回から、新しいテーマについて考えます。

前回までは、個人が災害対策を進める上で最大の壁と言っても過言では無い「正常化バイアス」、「楽観バイアス」について考えました。これは効果的な災害対策の大前提となる、災害時に自分の身に降りかかるであろう危険の想定を甘くし、対策の焦点をぼかしてしまうことにつながります。「本当に必要なこと」から、目を逸らさせてしまうのです。

今回からは、管理人が「その次の壁」と考える心理です。これは実際に災害などの緊急事態に陥った時に、顕著に現れるものです。

東日本大震災で、ある海沿いの街を大津波が襲いました。その時にはまだ多くの人が低地に残っていて、津波に追われるように一斉に避難を始めました。しかし、その街では200人以上が犠牲になってしまいました。低地にいて生き残った人は、ほんのわずかだったのです。

その中で九死に一生を得た一人、60代の男性は、後にこう証言しました。
「みんなが行く方向に逃げた人は、みんな死んでしまった」と。その男性は、逃げまどう人々が次々に津波に呑まれて行くのを、逃げた場所からすべて見ていたのです。

ではなぜ、この街で多くの犠牲が出て、その中でこの男性は生き残れたのでしょうか。先に申し上げておけば、その理由はひとつではありません。様々な要因の積み重ねの結果ではありますが、そこにある心理と、それに対処する方法が大きく影響していたのは疑いありません。


震災の日、東京都内では公共交通機関がほとんど止まり、大量の帰宅困難者が出ました。その時、大きな駅前などにはどんどん人が集まり、激しい混雑となりました。ではなぜ、人が集まったのでしょうか。交通機関が動き出したら、できるだけ早く乗りたいから?それもあるでしょう。でも、最大の理由は「そこに人が集まっていたから」ではないですか?


2001年9月11日、米国で発生した同時多発テロの時は、旅客機が突入したWTCビルから、退路を断たれた多くの人が飛び降りるという、あまりにも悲惨な状況になりました。そこでは多くが誰かと手を繋いで、時には何人もの人が手を繋いで、生還の見込みの無いジャンプをしたのです。

この時はすぐ背後に致命的な危険が迫っているという、その場にいたら生き残れる可能性がゼロという究極の状況だったのですが、そこで人々は「死のジャンプ」へ向けて、なぜ手を繋いだのでしょうか。


ここに挙げたようなことに繋がる心理が、大災害からの緊急避難時には、結果的に「壁」となることがあるのです。それは誰もが持っている普通の気持ちですすが、それが生き残れる可能性を狭めるならば、乗り越えなければなりません。

そんな心理と、それを乗り越える方法について考えます。


■当記事は、カテゴリ【防災の心理】です。

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