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2014年7月16日 (水)

☆再掲載☆【対災害アクションマニュアル15】避難所を襲う火災

■当記事は過去記事の再掲載です。内容は加筆修正しています。


今回は、避難所における火災などの危険について考えます。

大正12年の関東大震災で、東京市本所区(当時)の陸軍被服廠跡地で起きた火災旋風による大惨事は、避難所における典型的な火災の危険と言えます。

なお、火災旋風は阪神・淡路大震災で大火災となった神戸市長田区や、東日本大震災における宮城県気仙沼市などでも発生が確認されています。関東大震災のように避難場所を直接襲うことは無かったのですが、延焼を加速し、犠牲者を増やしたことは間違いありません。

火災旋風は「炎の竜巻」と呼ばれることもありますが、それだけではありません。炎を伴わない、数百度に熱せられた空気の竜巻となることもあります。それでも燃えやすいものは発火し、人間の呼吸器は重大なダメージを受けるでしょう。喉や肺が、内側から焼かれるのです。

意外に忘れられているのが、竜巻としての威力です。自然に発生する竜巻と同等以上の破壊力があります。過去の例から推測すると、竜巻の威力を表す藤田スケールF0~F1クラスになると思われ、木造家屋の屋根を吹き飛ばすくらいの威力があると考えられます。阪神・淡路大震災の大火災の中で発生した火災旋風の目撃談によれば、一度倒壊した家が再び立ち上がったように見えたとのこと。猛烈な上昇気流で吸い上げられてそのように見えたわけです。

火災旋風というある意味で特殊な現象でなくても、避難場所に火が迫って来ることは十分に考えられます。現代は大正時代より建物の耐火性ははるかに上がっている場所が多く、それは延焼しずらいという効果を生んではいるものの、大火災に発展しないということではありません。むしろ、あの時代より市街区域ははるかに拡大していて、一旦大火災に発展すると、より広い範囲が危険に晒されます。そして市街区域の拡大は、危険地帯からの脱出を当時より困難にしているということでもあります。

しかも、いわゆる「木密地域」では耐火性という面においては大正時代とあまり変わらず、それに加えて当時はあまり無かった電気、ガス、灯油、ガソリンなどの出火、延焼危険物が全域に存在しています。当時は、かまどや七輪などの裸火を使用している昼時に木造家屋が倒壊することで多くの火災が発生しましたが、現代では出火原因こそ激減しているものの、一旦火がつけば、より危険な状態になるケースも多いのです。


また、これは本当のワーストケースですが、海岸部のコンビナート地帯から海上に油が流出し、それが燃え上がることもあります。そしてそれが津波で内陸に運ばれたり、沿岸部に漂着して火を放つという可能性です。

可能性というよりも、これは東日本大震災において宮城県の気仙沼市周辺で実際に起きたことです。水面に広がった油だけでは燃えにくいのですが、そこへ瓦礫が混ざると木材などがろうそくの芯のように油を吸い上げ、とても燃えやすくなるのです。火災だけでなく、燃える物質によっては有毒ガスの発生も懸念されます。

また、これも東日本大震災で多発したことですが、プロパンガスのボンベが津波で流され、噴出したガスに引火してあちこちに火を放ったり、爆発したりしました。プロパンガスを使用している地域が津波に襲われたら、どこでも確実に起こる事態です。


東京湾をはじめとする海岸部のコンビナート地帯及び近隣地区では、プロパンガスボンベの発火を除いて、上記のような事例が東北地方よりもはるかに大規模に発生する条件が揃っています。東日本大震災での千葉県市原市の油脂タンク爆発炎上は、水上消防隊などの決死の活動によって延焼が最小限に食い止められ、海上への油の流出も無かったという点で、まさに幸運だったと言えるでしょう。もしあれが複数箇所で大規模に、同時多発的に発生していたら、しばらくの間は手のつけようが無くなってしまっていたかもしれません。

それらの影響は多岐に及びますが、まずは自分が行くべき避難場所にそのような危険、大規模建物火災、海上火災、有毒ガスなどの影響が及ぶ可能性があるのかどうかを、自分自身で確かめておかなければなりません。


行政側としては、基本的に避難場所は安全であるという立場を取ります。ただでさえ避難場所が足らないところが多いのに、「ここは危険だから行かない方がいい」などと公式には言えないのでしょう。

しかし現実には、住宅密集地のどまんなかの学校が避難所だったり、近くに化学プラントがあったり、沿岸部の津波到達予想範囲内だったりすることなど、ひと目見れば危険がわかる場所も少なくありません。特に港湾部近くであれば、津波で流された船や集積された大量のコンテナなどが衝突することもあり、その破壊力は東日本大震災で目の当たりにされました。

火災や津波だけでなく、避難場所が土砂崩れや土石流の到達予想範囲、または崩れる可能性のある崖の上だったりすることもあります。


このような多くの危険を突きつけられて、「そんなこと起きるはずない」と言ってしまうことは簡単です。人は巨大な危険に直面したとき、その危険を積極的に過小評価しやすくなります。対処しきれないと感じる、自分の能力を超える事象を過小評価することで、精神のバランスを保とうとするのです。これは心理学的には「正常化バイアス」と呼ばれるもので、誰でも陥る可能性があります。

しかしそれを理解した上で、恐怖や不安感に打ち勝って現実的な対処方法を考えておかなければなりません。それはかなり高いハードルであり、実は防災・減災活動を進める上で、心理的には最も大きな障害となるものでもあります。実は、いわゆる「防災の専門家」でも知らず知らずのうちに陥って、発想が甘くなってしまうことがあると指摘されています。


このように現実の危険を知れば知るほど恐怖、苛立ち、無力感に苛まれます。しかも、どうやっても「完全」な対処方法は見えて来ません。でも、それを乗り越えなければなりません。演劇の内容もせりふも知らないまま舞台に立たされるより、台本を読み込んで、リハーサルをしてからの方が上手に演じられる、突き詰めれば、ただそういうことです。

次回は、避難所の種類と火災の危険について、具体的に考えます。


■当記事は、カテゴリ【災害対策マニュアル】です。

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