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2014年7月24日 (木)

【防災の心理30】どうしたら“本気”になれるのだろう

前回は全然防災の話じゃなかったのですが、ちょっとまとめましょう。

社会的存在としての人は、良くも悪くも他人との相互関係の中で自分の存在、立ち位置を確かめています。するとどうしても「他人の不幸」に目が行きがちになり、無意識のうちに「他人の不幸」と比較することで、「自分の幸福」の量を測ろうとしてしてしまいます。そのための象徴的なツールが、ワイドショーというわけです。もちろんワイドショーなど観ないという方も多いと思いますが(管理人もです)、生活の中で何かにつけて、そういった見方をしていることは少なく無いでしょう。

では、それは何故か。これはもう人は誰でも幸福になりたい苦しみたくない悩みたくない楽に生きたいという、根源的な願望があるからと言えるでしょう。できるだけ、自分の「不幸の影」など感じたくない。当然、災害なんかに遭いたくないし、もし遭ってしまっても、できるだけ楽でいたい。

個人の災害対策の中で、水、食料や防災グッズの備蓄は、まず自分が災害から生き残るという幸福を前提として、苦しい状況をある程度回避することができるという、確かな満足感=幸福を感じることができる行動なわけです。ちょっと下衆な言い方をすれば、備えていない人に比べて「自分の方がマシ」という優越感を感じることもあるでしょう。

だからこそ、防災というと自然にモノの備蓄から入りがちです。そこには、「これがあればこれができる」という、わかりやすい「幸福」があります。もちろんそれでも良いのですが、それだけではダメなのです。


前々回の記事で、阪神・淡路大震災と東日本大震災での実例を挙げました。そこでの多くの犠牲者は、モノの備えでは回避できない理由で命を落としました。阪神の場合は主に建物の耐震強度、東日本の場合は、主に津波に対する知識と行動です。

建物の耐震補強もある意味で「モノ」の範疇ですが、その費用と手間を考えると、経済的、時間的にやりたいこと、優先順位の高いことをさしおいてやらなければならず、しかもそれが本当に役に立つかは大地震に遭ってみなければ実感できないという、かなり満足感=幸福を感じにくいものでもあります。

そして、知識と行動。地震が来たらテーブルや机の下に、というレベルなら誰でも知っています。では、実際にテーブルの下に飛び込んだおかげで生き残った人がどれだけいるかというと、統計は無いものの、ごく一部でしょう。

さらに、東日本大震災での「ピックアップ行動」のように、社会的な理由によって、自分の身を守るための最良の避難行動が為されなかったことも少なくありませんでした。他を助けるために犠牲になった方も多いのですが、自分が生き残るためには、ある段階で救出を諦めなければなりません。それは人の社会的存在を放棄することであり、とてつもない不幸です。


現実の災害では、ありとあらゆる場面でありとあらゆる危険があなたに迫って来るわけで、そこから「生き残る」ためには、場面場面に見合った正しい知識と、秒単位の正確な判断と行動が必要なのです。しかし、すべての場面で最良の判断と行動ができる力は、一朝一夕に身に付くものではありません。しかも、仮に最良の知識を持って最良の行動をしたとしても、生き残れるとは限らないという現実。災害が巨大になるほど、どうにもならない場面が増えるのです。

現実の災害で多くの犠牲者を出した危険を回避するためには、少なくない費用と手間をかけ、あらゆる場面で遭遇する危険を知り、それを最も効果的に避ける方法を体系的に学ばなければなりません。さらに、危機に直面しても「頭の中は真っ白で、身体が固まる」ことが無いような、メンタルの強さも求められます。

そのレベルに到達するのは、多くの人にとって遠い道のりでしょう。管理人とて、何も備えていない人よりははるかに「強い」のですが、いざという時に本当に最良の行動ができるかと問われれば、絶対の自信があるとはと到底言えません。さらに悪いことには、考えられる備えをすべて行い、必要な知識をすべて会得した、言わばレスキュー隊レベルの備えをしていても、生き残れるとは限らないという現実を直視しなければならないのです。

そんな、いつもなら自分の幸福を補強するために利用していた「他人の不幸」を、「自分の不幸」として認識しなければならないというパラダイムシフトが、面白いわけがありません。ワイドショーを観て溜飲を下げるような心理の対極です。しかしそれが、災害から「生き残る」ために、本当に必要な災害対策の根源なのです。

ではそんな心理を乗り越え、個人の災害対策をしっかりしなければならないと心の底から思うためには、どうしたら良いのでしょうか。結論を先に言えば、すべての人がそれを実現することは不可能だと、管理人は考えています。ただ、「やらなければいけないことはわかっている。でも、なんだか面倒で手がつけられない」のように考えていて、何かきっかけを求めている方ならば、やりようがあると思うのです。


■当記事は、カテゴリ【防災の心理】です。

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コメント

チリの大地震のときは日本を見習って逃げたので被害が少なかった
現代の日本人は 大きく揺れればにげますが 沖合の地震などで 震源地が大きくても陸地が揺れないなら逃げないという
地震についての知識が乏しいようです

>だんごさん

震災後、「津波地震」や遠地地震による津波の知識もだいぶ広まったとは思います。全国的にはまだまだでしょうね。ちょっと知っていれば助かる、知らなければ危機に陥る。ただそれだけの違いなのですが。やはり生死に関わる事態は敢えて避けて通る人が多いのが現実ですね。最後は、すべて自分や家族に降りかかって来るのですが。

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