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2014年8月27日 (水)

【防災の心理38】全てを乗り越えるチカラ

人はできれば関わりたくなかったり、想定外の出来事に遭遇した時、周りに傍観者が多いほど、自らも傍観者となってしまいやすい。さらに傍観者の集団は群集心理を呼び起こし、危機の過小評価や行動の遅滞を招きやすい。

それが普段の生活ならともかく、事件、事故、災害などの危機に遭った時には、致命的な判断の誤りや行動の遅れに繋がりやすい。

そんな”がんじがらめ”の心理から抜け出して、『生き残る』、そして『生き残らせる』ために必要な行動を率先して起こすためには、一体どうしたら良いのでしょうか。


これまで当シリーズでは、そんな心理から抜け出すために共通する方法として、現実的な情報を『知る』ことが必要だと述べて来ました。しかし、こと『傍観者効果』から抜け出すためには、知っているだけではダメなのです。

『傍観者効果』に陥る場合には、大抵の場合はそこで何が必要か既に知っていて、その上で「それは誰かがやるだろう」という”逃げ”の心理が頭をもたげます。しかも、大抵の場合は「今、自分は傍観者になろうとしている、判断を避けている」という自覚さえある。


成功者と言われる人の座右の銘には、良く『迷ったら、動け』という意味あいの言葉がありますが、要は動かなければ状況は変わらない、動くことで状況を打開できる可能性も出てくるという意味でしょう。しかし迷いの中で動き始めることで、小さくない失敗のリスクも負うことになります。その結果の責任は自分で負う、という覚悟あってこその考え方かと思います。

問題は、その”覚悟”ができるかどうかですが、例えば目の前の負傷者に関わるかどうかという状況では、心理を抜きにしても、リスク要素があまりに多すぎるのです。

まず多くの場合、十分な救護知識・技術が無い。多少心得があっても実地経験はあまり無く、必要とされる処置が正しくできるか自信が無い。判断を誤って悪い結果になったら精神的負担だけでなく、社会的責任を負わされるかもしれない。ましてやリーダーになって、周りに正しい指示をする自信など無い、これだけ人がいれば、自分より適した人がいるに違いない、などと言う要素をひとつひとつ乗り越えようとしたら、とても動き出すことなど出来ないでしょう。

しかし、動かなければならない時もあるのです。そこで必要なのが、『別系統の思考』ではないでしょうか。上記のようなリスク要素を無視して、一気に飛び越える考え方です。


負傷者の立場になって考えてみましょう。事故などでケガをして、動けない。とても痛いし、ケガがどんな状態かわからない。もしかしたら死ぬかもしれない。後遺症が残るかもしれない。仕事ができなくなるかもしれない。なんて不運に遭ってしまったんだ。自分は、仕事は、家族は、これからどうなるんだ・・・というような、強い苦痛、不安、怒りに襲われているはずです。

負傷した直後は見当識の混乱、つまり何が起きたのか、自分がどうなっているのか理解できないことも多く、そんな場合はとにかく不安で、錯乱状態になることもあります。

そこへ人が集まって来たら、とにかく助けて欲しい。安全な場所へ動かして欲しい。救急車を呼んで欲しい。すぐに手当をして、楽にして欲しい。できることなら、「大丈夫。大したことないですよ」と言って欲しいと、周りの助けを強く望んでいるのです。


ならば、助ける。何ができるか、どうなるかはわからなくても、そんな理屈を飛び越えてとりあえず駆け寄り、(大丈夫でなくても)「大丈夫ですよ」と声をかけ、身体に手を当てる。

『手当て』という言葉は苦痛のある場所に手を当てる行為が語源であり、救護技術云々ではなく、大昔から人間が必要としたことです。それが実際に苦痛を和らげることもありますし、それ以上に精神的に落ち着かせる効果が大きいのです。

医学的な考え方では、状態のわからない負傷者は『さわるな、動かすな』が正解かもしれませんが、人間はそんなにヤワではありません。苦しむ人の身体をさすったり、手を握るくらいは全く問題ありません。もちろん、そうしながら痛む場所を聞いたり目視することによって、負傷の状態をできるだけ把握します。

要は、“負傷者”ではなく“人”として接することです。技術は二の次。まずは苦痛と不安をできるだけ取り除いてあげる。そうしてあげたいという気持ちは、たとえ『傍観者』とて、ほとんどの人が持っているはずですし、それが救護の本質です。

言うなれば、助けを求めている人がいる、ならば理屈抜きにできる助けをするというストレートな思考こそが、『別系統の思考』なのです。

そして、あなたのその行動が『傍観者』の気持ちを揺り動かして次の行動を促し、助けの輪が広がって行くのです。決して、あなたひとりではありません。それが間違いないことは、管理人自身も何度も経験しています。


一方、交通事故などの規模をはるかに超える大災害下では、近隣の人々による救護が最も大きな力となります。そのレベルになると、もう人は傍観している余裕さえ無く、とにかくできることをやろうと動き出すのです。しかし、日常の中でいきなりそのモードに入るのが難しいことを、ここまで心理面から考えて来ました。

そんな心理も理屈もまとめて乗り越える方法は、大上段から言わせていただければ、「なんとかして助けたい」という気持ち、すなわち”愛”ではないでしょうか。


■当記事は、カテゴリ【防災の心理】です。

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