新幹線火災事件についての考察(#1023)
東海道新幹線車内で男が焼身自殺をするという、ショッキングな事件が起きました。
巻き込まれて亡くなった方のご冥福と、心身に傷を負われた方の早期快癒をお祈りいたします。
【事象面からの考察】
事件の原因や背景は、当ブログの範疇ではありません。しかし、日本が世界に誇る新幹線システムが、たったひとりの暴挙のために危機に陥ったという事実について、あくまで事象面から考察してみます。
まず、巻き込まれて犠牲になってしまった方について。
この方の死因は、当初は一酸化炭素中毒と報道されていましたが、出火後短時間で2両目方面へ移動していることから、その可能性は無いと判断していました。
一酸化炭素中毒は、不完全燃焼などで発生する一酸化炭素をある程度の時間吸引することで、まず意識混濁が起こります。
しかし現場はガソリンが一気に燃焼している状況で、被害者はすぐに火点を離れていますから、死亡するような量の一酸化炭素を吸引した状況とは思えません。
しかも、その後に出火車両に残った乗客に、重篤な一酸化炭素中毒者は出ていないのです。一酸化炭素が発生していなくても、もし他の有毒ガスが発生していたら、他の乗客もあの被害では済まなかったでしょう。
なお、一酸化炭素中毒で死亡した場合は、皮膚が鮮紅色に変わるという著しい特徴がありますから、判断はしやすいのです。なぜあんな報道が出たのかは、理解に苦しみます。
その後、犠牲者の死因は「窒息死」と訂正されました。火災で窒息したというと、煙を吸い込んで息ができなくなったというイメージですが、この場合はそうではありません。
これは、我々が遭遇することもある状況ですので、敢えて解説します。
犠牲者の死因は、「気道熱傷による窒息死」でした。火点のすぐ近くにいたために、炎そのものか数百度に達する熱気を吸い込んでしまい、気道、すなわち気管から肺の内部に重いやけどを負ってしまったのです。
このため、損傷した気道が塞がってしまったか、もしくは肺の内部まで熱で損傷したために呼吸ができなくなり、窒息に至ったのです。
【息を吸うな!】
この状況は、我々が大火災などで遭遇することがあります。
例えば、大きな火災のすぐ近くを通って逃げなければならない場合です。火の周囲の空気は数百度になっていますから、そこで息を吸い込んでしまうと気道内部を焼かれ、短時間で動けなくなります。
板などで火の輻射熱を遮断したとしても、熱い空気までは遮断できません。仮に気道熱傷が軽く、その場を離れられたとしても、その後に大変な苦しみが襲って来ます。
体内の熱傷による苦痛に加え、呼吸が十分にできないのです。対処方法は、病院で気道を切開してチューブを通し、人工呼吸器で呼吸を確保するしかありませんが、大災害下ではそのようなチャンスも無いと考えなければなりません。
とにかく、近くに大きな火が迫ったら、まず「息を止めて速やかに火点から距離を取る」ことが必要です。
1923年の関東大震災では、東京市本所区(当時)の陸軍被服廠跡で4万人近くが火災旋風の犠牲になりましたが、この場合もすさまじい熱気による気道熱傷で、多くの人がその場を動くこともできずに倒れました。
そのような規模ではどうにもなりませんが、もし小規模ならば、火災旋風でも生き残れる可能性が多少は出てきます。なによりまず、息を止めて熱気を吸い込まないことです。 それはもちろん、有毒ガスが含まれるかもしれない煙を吸い込まないことでもあります。
この状況は、火山噴火で火砕流に襲われた場合も同様です。御嶽山噴火では、火口近くでの死因の一部が、気道熱傷による窒息でした。
火砕流が大規模だったら対処のしようもありませんが、規模が小さい、温度があまり高くならない、居場所が火砕流の端だったなどの状況ならば、生き残れる可能性が出てきます。
その場合はなるべく厚い自然素材の布で鼻と口を覆う、ほら穴や窪地に入る、頑丈な箱やリュックなどに頭を入れるなどして、とにかく熱気と火山灰を直接吸い込まないようにすることです。
あとは運を天に任せるしかありませんが、自ら生き残る可能性を高めることはできるのです。
犠牲者のSNSなどを晒して騒いでいる場合ではありません。理不尽な犠牲から我々が学ぶべきことは、他にあるのです。
【新幹線の脆弱性】
次に、新幹線について。
新幹線は、飛行機や海外の一部の高速鉄道のように、手荷物検査などせずに気軽に乗れるのが大きな魅力です。
しかし、そこに脆弱性が潜むことは、以前から指摘されて来ました。今回の事件は、その脆弱性を露わにしたと言えるでしょう。
【新幹線だからこそ】
しかし、「この程度」で済んだのは、新幹線だからこそという部分が大きいのです。
車内でガソリンを10リットル以上も撒いて火をつけたというのに、大きく延焼もせず消火器一本ですぐ消せる程度の火災で済んだこと。
車内設備が激しく燃えたのに、致命的な有毒ガスが発生していないこと。
事故車両が、そのまま自走できたこと。
これは、大変なことなのです。
画像は消火後の車内です。一時は猛烈な炎が上がったはずですが、焼けたのは火点の周りだけに限られ、樹脂製の内装材が熱で溶けて垂れ下がっているものの、引火はしていません。
我が国の鉄道車両の不燃・難燃化対策は世界でもトップレベルですが、中でも新幹線車両の対策は厳重です。
そして、報道にもありますが、2003年の韓国地下鉄放火事件による惨事を受けて、我が国の対策はさらに強化されているのです。地下鉄車両や、地下鉄に乗り入れる車両の不燃・難燃化対策も、基本的には新幹線と同レベルと言って良いでしょう。
その成果が、今回の事件では最大限に発揮されたと言えます。
【防ぐことはできるのか】
それについては、多くの問題があります。
そこには利便性を取るか、安全性を取るかという大きなジレンマがあります。
ここで、一冊の小説を紹介したいと思います。
1975年(40年も前です)に刊行された、『動脈列島』(清水一行著)です。
この小説は、義憤に駆られたある男が東海道新幹線を脱線転覆させることを計画し、日本政府と国鉄(当時)を脅迫するというストーリーです。
犯人は、それが実行可能であるということを証明するために、新幹線の脆弱性を突いて、予告通り何度も新幹線を止めて見せるのです。
そして要求が通らなければ、脱線転覆させると警告します。果たしてそれは可能なのか。
この小説は、企業小説の大家である清水一行氏が、詳細なリサーチを元にすべて“実行可能”な方法で描いています。
当時と現代では、新幹線の細かいシステムや警備体制は異なります。しかし基本的には変わっておらず、この小説で描かれた新幹線の脆弱性は、現在でもほとんど存在すると言って良いでしょう。
最大の脆弱性は、冒頭の「最初の事件」で語られ、それは今回の火災事件にも通じることでもあります。
古い小説ですが、新幹線の問題についてお知りになりたい方は、ご一読をお薦めします。鉄道ファンでなくても楽しめる、秀逸なミステリーです。 パニック小説ではありませんから、ご安心ください。
なお、原作のエッセンスをすべて再現できていないきらいはあるものの、田宮二郎主演で映画化もされています。
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