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2016年1月

2016年1月30日 (土)

【再掲載】小説・生き残れ。【8/22】(#1122)

少し蒸し暑さを感じる6月半ばの週末、衛と玲奈は仕事帰りに渋谷駅前で待ち合わせた。昨年末の地震で損傷した駅前広場に鎮座する緑色の電車はとうに修復されていて、衛は玲奈との初デートの時と同じ、運転席の前で玲奈を待っていた。

そしていつも通り、約束の時間のきっちり5分前に玲奈が現れた。これはどこでも毎回ブレない。ちょっと几帳面すぎないかとも思うけど、大抵は早目に待ち合わせ場所に来ている衛にすれば、安心できるのも確かだ。

衛と玲奈は、駅近くで食事をしようと特に当てもなく良さそうな店を探しながら歩き出した。すると駅前のスクランブル交差点を渡り切った時、玲奈が突然言った。
「ねえ、今度の連休、海行かない?衛の車でさ」
今度の連休と言えば、7月第二週の三連休だ。

衛は《いきなりどうした?》と思ったものの、話を合わせた。
「ん、いいねぇ。でもちょっと気がはやくね?ツユも明けてないだろ」
「うん。でもあまり混まないうちがいいかなって。それにね、あまり日焼けしたくないし…」
ここで歳の話に振ると、玲奈は一気に機嫌が悪くなるのを、衛は今までの経験から学習している。

実は付き合い始めてしばらくしてから知ったのだが、玲奈は衛よりひとつ年上だ。見た目の印象から二十代後半と決めてかかり、自分から玲奈に歳を聞いたことは無かった。でも、ふたりの共通の話題のひとつでもある車の話になった時に、玲奈がどんな免許を持っているかを知りたくて、免許証を見せてもらったのだ。

ためらいがちに差し出された玲奈の免許証を見て、衛は四回も驚かされた。まず、写真。五年近く前の、今よりずっと髪が短かい玲奈の写真は、どう見ても女子大生かと思いたくなるような可憐さだった。

そして、年齢。生年月日を見て、衛はしばらく意味が理解できなかった。自分のひとつ上、31歳?ウソだろ・・・。衛は口をポカンと開けて、免許証と玲奈の顔を何度も見比べてしまった。それは玲奈が実年齢よりずっと若く見えることに対する感嘆からが大半だったものの、玲奈にはその態度がいたく気に障ったらしく、その後しばらく機嫌を損ねていたのだ。

そのゴタゴタのせいでその場では話が及ばなかったが、玲奈が持っている免許の種類に、衛はあと二回まとめて驚かされていた。まず10トントラックとかも乗れてしまう『大型』に加えて、ハーレーダヴィッドソンでも乗れる『大型自動二輪』まで持っている。

自称"車好き”の衛はちょっと嫉妬する気持ちもあって、その後自分からその話題に振ることは無かった。でも、玲奈が過去にどんな暮らしをして来たのか、いつも心の隅にひっかかってはいた。まさか玲奈がトラックドライバーだったわけじゃないだろうし、バイクに乗り始める女性は、結構"彼氏”の影響だったりするし・・・。


そんなこんなで衛は、その後年齢の話は意識して避けて来た。だから今も少しドキドキしながら、そ知らぬ顔で続けた。
「そうだなあ…じゃあ…新潟とかどうよ?」
玲奈はちょっと考え込んだあと、言った。
「ねえ、静岡に来な…行かない?」
そう言えば、玲奈の家は今は東京郊外に引っ越して来ているが、元は静岡の出身だ。でも日頃から東海地震とか気にしている玲奈にしては珍しい提案だと思って、そこは敢えてストレートに聞き返した。
「地震大嫌いの玲奈にしては、珍しいじゃん」
「地元への愛は、地震なんかに負けなくてよ。すごくいい所があるの」
「玲奈がそう言うなら、お邪魔しますか」
「衛も気に入ってくれると思うよ」
そう言いながら目を輝かせて衛を見上げる玲奈の表情に、衛は胸がキュンとする。

《こいつ本当にこれで三十路過ぎかぁ》と、例によって絶対に口には出せない言葉を呑み込みながら、あの日、地下鉄の車内で二人を出会わせてくれた“地震の神様”に、ちょっと感謝したくなった。そんな神様が本当いるのならだが。


「ここにしようか」
衛が見つけたのは、宇田川町のシーフードレストランだった。道路沿いから白い螺旋階段を上がった二階部分の店はほとんどガラス貼りで、そこそこ客が入っている店内が見える。悪く無さそうだ。衛が玲奈の返事を待たずに、螺旋階段を上がろうとして振り返ると、玲奈は歩道から店を見上げたまま、立ち止まっていた。

玲奈は時々、不思議なオーラのようなものを突然発するときがある。今がそれだ。そのオーラを一言で表現するなら、“毅然”が最も相応しい。あの地下鉄の中の混乱をほんの数語で鎮めた時の迫力が、黙っていても全身から放射されているようだ。口元に少しだけ笑みが浮かんでいるものの、ちょっと声を掛けずらいような雰囲気が漲っている。衛は螺旋階段の一段目に足をかけたままの格好で、そんな玲奈を見つめていた。

数秒後、玲奈の表情がほころんだと同時に、玲奈が発していたちょっと硬質のオーラは、街のざわめきに溶け込むかのように、ふっと消え去った。
「ええ、ここにしましょう!」
玲奈は衛に小走りに駆けよると、衛の左腕に自分の右腕を絡めた。衛は左の二の腕に、玲奈の胸の豊かさを感じる。ふたりは腕を組んで螺旋階段を上って行った。

ブラックアウトされたガラスの自動ドアから店に入ると、黒服のギャルソンがふたりを恭しく迎えた。そして二人を従えて店内を進み、
「こちらのお席はいかがでしょうか」
と、一番奥まった窓際の席を勧めたことに、衛は満足した。正解だ。賑わう通りを見下ろす窓からの眺めも良く、他の客の出入にも煩わされない。ゆっくりと食事ができそうだ。

ギャルソンが玲奈のために椅子を引こうとすると、玲奈が突然言った。
「ごめんなさい、あのお席にしていただいていいかしら?」
玲奈が左手を上げて示したのは、窓から離れた奥の通路沿いの席だった。窓際より静かで落ち着くかもしれないが、ちょっと味気ない気もしないでもない。でも衛が言葉を挟む間もなく、玲奈は衛の組んだ腕を引っ張るようにして奥の席へ向かった。

Restaurant

食前酒に白ワインを飲みながら、衛は玲奈に聞いた。
「なんでこの席にしたの?窓際は嫌?」
「なんでかなー」
「窓際を避けるのは、狙撃を恐れているから?」
「バカ。ゴ●ゴ13じゃないんだから」
「気になるなぁ」
「ね、それよりワインもう一杯いただいていいかしら?
「おう、のめのめ」
なんだかうまく誤魔化されたようだけど、まあこの席も静かで、それほど悪くは無い。トイレに行きやすいし。

衛がギャルソンを呼ぼうと右手を上げた時、ズボンのポケットに入れた携帯が震えたような気がした。その次の瞬間、突然ドシンという突き上げるような震動と共に、テーブルの上のグラスが少し飛びあがった。衛は一階で何か爆発でもしたのかと感じたが、すぐにドン、ドン、ドンと激しい突き上げが続いて来た。衛は右手を顔の横に上げて口をぽかんとあけたまま、状況を全く理解できずに、固まった。

そのまま、目の前の玲奈が素早く左右と天井に視線を走らせながら一動作ですっと椅子から腰を外し、流れるような動きで床のカーペットに片膝をつくのを呆けたように見つめていた。膝丈のフレアスカートの裾が乱れるのも、全く意に介していない。

そこでやっと、衛は理解した。地震だ。しかも、でかい。衛は
「逃げよう!」
と叫ぶと、椅子から立ち上がろうとした。するといつのまにか衛の右横に移動していた玲奈は、衛の耳元で
「動かないでっ!」
と鋭く言い、衛を椅子から引きずりおろすと、衛の身体を頭からテーブルの下に押し込んだ。自分もテーブルの下にもぐりこむ。その素早さと迫力は、あの時地下鉄の中で見せた、あのままだ。

一瞬の静寂のあと、いきなり激しい横揺れが襲ってきた。横揺れというより、たてと横が混じりあった、沸騰するウォーターベッドの上に乗っているとでも表現したくなるような無茶な揺れだった。食器が砕け散る派手な音が厨房から響いた時、照明がふっと、消えた。いきなり頭から暗幕をかぶせられたような闇に覆われ、何も見えなくなる。

その時、女の引き裂くような悲鳴が暗闇に響き渡った。まるでそれが合図だったかのように、七分ほどの入りだった客の大半は激しい揺れの中で席を立ち、非常口の表示灯だけが緑色に光る出口へと、狭い通路に殺到する。しかしその多くが揺れに足を取られて転び、そこへ後から来た客がつまづき、折り重なった。暗闇に怒号と苦痛の呻きが交錯した。

■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年1月28日 (木)

【再掲載】小説・生き残れ。【7/22】(#1121)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。

「ねえ、ちょっと不動産屋さんに寄っていかない?」
5月末の土曜日、郊外のイタリアンレストランで食事をしようと、ふたりは衛の車で出かけていた。店までもう少しというところになって、助手席の玲奈が突然、妙な事を言い出した。

夕方の渋滞を見越して時間に余裕を持って出てきたものの、思いのほか車の流れが良かったおかげで、席を予約した時間にはまだしばらく間がある。衛は運転しながら、ちらっと玲奈を見て聞き返す。
「不動産って…なんで?」
「この辺って、住むのにいいかな…って」
「住むって、誰が?」
玲奈は助手席から前を見たまま、ひとつ小さく息を吸ってから、続けた。
「そろそろ考えていいかな、なんて」

衛は、慌てた。ボクシングの試合をしていたら、いきなり見えないところから繰り出された蹴りを顔面に喰らったようなものだ。完全に想定外だ。ハンドルを握る手に思わず力が入り、車が少しぐらぐらと蛇行する。あの地震の日に地下鉄車内で玲奈と出会ってから半年ほど経ち、ここまでとても順調な交際だとは思っていた。でも結婚とか一緒に住むとかは、正直なところまだ一度も考えたことも無い。
とにかく何か言おうとして口を開いたものの、
「あ…あの…住むなら…いやその…」
しどろもどろだ。

玲奈は少しだけ衛の方に顔を向け、横目で軽くにらむような、それでいてちょっと寂しそうな顔をして、言った。
「そういうこと、考えたくない?」
「いや、だから、そうじゃなくて…」
しばらく沈黙が流れた。車のFMラジオから流れる男性DJの軽快なおしゃべりが、いきなり耳障りに感じる。この場面にふさわしいBGMがあるとすれば、あれだ。チゴイネルワイゼンの、第一楽章。

衛がなんとか取り繕おうと口を開こうとしたとき、玲奈はいきなりけらけらと笑い始めた。
「…?」
あっけにとられる衛を尻目に、玲奈は言った。
「うそ、うそよ。ごめんね。実はね、会社の社宅代わりのアパートを探しているの。この辺なら新宿出るのに便利でしょ」
そういえば、玲奈の仕事は総務担当だった。

衛は大きく息を吐きながら言った。
「なあんだ…おどかすなよ…」
「おどかす?そんなに想定外だったのかなぁ?」
「あーもう、だからそうじゃなくて!」
「でもあの慌てぶり、覚えておこっと」
「いじめるなよお…だって心の準備ってものが…」
「それはどちらかというと、女のセリフね」
「うっ…」
完敗だ。

「あそこ、行ってみようか」
衛の狼狽を尻目に玲奈が指差す先に、大手不動産会社の派手な店舗が見えた。広い駐車場に車を停める。二人で肩を並べて自動ドアをくぐると、揃いの派手な黄色いジャケットを着た数人の店員が、すっと起立して丁寧に頭を下げた。

応対に出た40歳くらいの、髪を七三にきっちりと分けた男は、ふたりをもうすっかり新居を探しているカップルだと決めてかかっているようで、やたらと愛想がいい。こういう客は女を乗せるに限る、そう思っているかのように、まず玲奈に丁寧な仕草で椅子を勧めた。

Counter

「どんなお部屋をお探しですか?」
男は二人を見比べながら、満面の笑顔で聞いてくる。お若いカップル向け、新婚さん向け、マンションから一戸建てまで、いろいろ取り揃えておりますよ。
「えーと、この近くで、ワンルームか単身者向けのアパートなんですけど」
玲奈が言うと、一瞬、カウンター越しに微妙な空気が流れた。

「…おふたりのためのお部屋ではなくて?」
「ええ。社員寮代わりのお部屋を探しています」
「そうですか。わかりました」
そう言う男の顔からは、つい先ほどの満面の笑みが見事に消えて事務的な笑顔になって立ち上がると、オフィスの奥から何冊かの物件ファイルを抱えて来た。

男と向き合って立地、価格、契約諸条件などテキパキと確認していく、すっかり仕事モードの玲奈の隣で、完全に蚊帳の外に置かれた衛は実に居心地が悪い。いたたまれなくなってトイレにでも立とうと思った時、玲奈が突然聞いてきた。
「ねえ、あなたならどのお部屋がいい?」

「おれに聞くなよ」
不機嫌丸出しで答える。
「でも、住むのは男の子だから。男性の意見も聞きたいわ」
やっと少し居場所ができた。いや、玲奈が作ってくれたと言うべきか。
…そういえば、今“あなた”って言ったな…

カウンターの上には、三冊のファイルが開かれていた。どれも間取りは同じような感じで、独身男性向けとしては甲乙つけ難い。ならば駅から近くて、コンビニが近くにあって、バストイレが別で、駐車場があって、当然、家賃も安い方がいい。あと足音とか気にしないでいいから一階がいいな。衛は自分が住むつもりになって考え、家賃が一番安い物件を選んだ。その他の条件も、悪くない。

「やっぱり、そうよね…」
玲奈は納得したような表情を浮かべると、晴れやかな笑顔で男に言った。
「週明けにまた連絡します。それだけじゃあれだから…」
玲奈はハンドバッグから名刺を取り出すと、カウンターの上に置いた。どうやら本気で契約を考えているようだ。きっとおれの選んだ部屋だな…二人はまた全員の礼に見送られながら店を出て、車に乗った。

 
目的のレストランに向かいながら、衛は切り出した。
「おれの選んだ部屋、一番いいよな。安いし。あれで行くんだろ?」
「本当にそう思う?自分で住むならあそこでいい?」
「だって便利だし安いし、どこに問題がある?」
「残念でした。あの中で一番高いお部屋にしようかと思ってるのよ」
「なんでだよ。会社が儲かりすぎて税金対策かよ」
「バカ。今時そんなわけないじゃない」
「バカって言うな」
「じゃあ、考えが甘いわ」
「もっと悪い」
衛はかなりむっとしたが、まっすぐな道の先に、イタリア国旗の色に塗り分けられた看板が見えて来たので、話はそこで途切れた。

ゆっくりと時間をかけてコース料理を楽しんだ後、二人は仕上げのエスプレッソをすすっていた。玲奈が切り出す。「ねえ、さっきの話、正解おしえてあげようか」
「部屋の話?」
「そう。あなたには知っておいて欲しいわ」
…あれ、また“あなた”だ…

「それではお説を拝聴いたしましょうかね」
「もう。茶化さないで。衛さんの選択は、一面では正解でした」
「じゃあどこが甘いのさ」
甘い、はバカよりずっと衛のプライドを傷つけていた。バカは地下鉄で出会った瞬間に言われて以来、何かにつけて言われていた。だからもう挨拶代わりみたいなもので…って、ひょっとしておれ、玲奈に飼い慣らされてきてないか?

構わずに玲奈は続けた。
「衛さんは、見えるところだけしか見ていませんでした」
「先生みたいな言い方するな」
「ごめん。つまり、大切なのは、見えない部分なのよ」
「というと?」
「衛が選んだのは、軽量鉄骨で1979年築の、古い建物なの」
「でも今っぽくリフォームしてあるようだし、いいじゃん」
「表向きはね。でも耐震補強はしてないわ」
「タイシンホキョウ?」

それから玲奈は10分ほどもかけて、建物の耐震性について説明した。どれも衛が知らない話ばかりだった。まとめると、こういうことだ。

1981年(昭和56年)に建築基準法が改正されて新しい耐震強度基準が適用となり、それ以後の建物は地震に対する強度が飛躍的に強くなった。1995年の阪神・淡路大震災では約10万棟の建物が全壊したが、1981年以降に建てられた新耐震基準建物は、そのうちたったの200棟、率にして0.2%に過ぎなかった。また、1981年以前の建物のうちでも、特に1971年(昭和46年)以前の建物に重大な被害が集中した。

建築基準法はさらに2000年(平成12年)に現行(2013年現在)の基準に改正され、耐震強度基準がより強化された。つまり2000年以降に造られた建物が、現在は地震に対して一番安心できる。

6434人が犠牲になった阪神・淡路大震災の犠牲者数を年齢別に見ると、基本的には年齢が上がるにつれて犠牲者数が増えるが、20~25歳の犠牲者数に不自然な突出が見られた。その後の調査で、その部分には仕事や学校に通うために神戸市内に住んでいた若者が多く含まれている事がわかった。

そのような若者は家賃が安く、耐震性が低い建物に住んでいることが多かったので、建物の倒壊に巻き込まれて犠牲が増えたのだという。このような事実があるので、住む家や部屋を選ぶ際は、家賃や利便性だけでなく、耐震性も十分に考えなければならない。

行政は1980年以前に建てられた、耐震強度が低い「既存不適格建物」の耐震補強を奨励しているが、東京都の場合は2012年現在で対象の約40%が未対策であり、南関東直下型地震や南海トラフ地震の発生が危惧されている今、防災上の大きな問題となっている。

そんなことを説明する玲奈の目は、あの地下鉄車内で見せた“毅然”モードに近いと、衛は思った。防災に対して、真剣なのだ。人の命に対して、と言っても良いだろう。衛は、惹き込まれるように聞き入っていた。

一通り説明を終えると、玲奈は急に穏やかな表情になって言った。
「と、いうわけで、わたしが選んだのは一番新しい平成14年の建物の、二階のお部屋でした」
「なんで二階?」
「万が一倒壊するようなことがあったら、一階からが多いから。念のためね」
「そこまで考えてもらえる社員は幸せだな」
「その分しっかり働いてもらいます」
「おまえは社長か」
ふたりは声を上げて笑いあった。

会計を済ませて店を出るとき、衛が思い出したように言った。
「そういや、おれのとこは平成16年築だよ、安心安心」
「うん、知ってる」
「え、なんで?」
「衛のマンション行った時、エントランスに“定礎”ってあるでしょ、あれでチェック済みよ」
「さすが」
「部屋の中もしっかり対策済みだしね」
そういえば玲奈が二度目に部屋に来た時、いろいろ「耐震グッズ」を揃えて来ていて、半日かけて一緒にタンスとかに器具を取り付けたんだっけ。

衛は玲奈の横顔を見ながら、頼りにしてますよ、というような表情で言った。
「玲奈のおかげですっかり安心だな。ありがとな」
すると玲奈は少しうつむいて、口ごもるように言った。
「…大切なあなたの事だから…」

しかし衛の反応が無いので顔を上げると、その言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、ひとりでさっさと店の前の駐車場に出て、あーっとか言って伸びをしている。

玲奈はそんな衛の背中を見つめながら、思った。
《本当にこの人でいいのかしら…》
そして思いの最後の一言だけは、小さく声に出して言った。
「バカ」


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。


2016年1月27日 (水)

【シリーズUDL32】心理編4・情報の土台を得よ(#1120)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。


被災直後にラジオを聴けても、その頃には広域の大まかな情報ばかり。それでも、心理的な意味はあるのでしょうか。

【土台が無いと組み立てられない】
もちろん、被災直後にはどんな情報でも欲しくなるものです。まず何が起きたかを把握できなければ、それからどうするかを考えることもできません。

でも、発災後しばらくの間はあまり詳細な情報は入りませんし、混乱によって錯綜することも普通です。ラジオを聴いていたとしても、放送されるのは下記のようなニュースの繰り返しだけになるでしょう。

以下、東京直下で巨大地震が起きた直後を想定した、ラジオニュース放送をシミュレーションしてみます。

『・・・先ほど、関東地方で非常に強い地震を感じました。このスタジオでも激しい揺れを感じ、棚が倒れたり、壁にヒビが入るなどの被害が出ています。現在は揺れを感じていませんが、この後も強い余震が繰り返し予想されます。どうか、落ち着いて行動してください。火の元を確かめてください。周りを見て、落ちて来るものに注意してください。家から避難される際は、電気による火災を防ぐために、ブレーカーを切ってください。

ただいま入りました情報です。気象庁によると、この地震の震源は東京湾北部、地震の規模はマグニチュード7.8、震源の深さは20kmと推定されています。なお、この地震によって、東京湾では若干の海面変動があるかもしれませんが、津波の心配はありません。この地震による、津波の心配はありません。しかし、念のため海岸や河口近くには近づかないでください。

この地震により、都内及び周辺部の交通機関は、軒並み運転を見合わせています。詳しい情報は、入り次第お伝えします。

消防庁によると、東京都墨田区、台東区、江東区などで多数の火災が発生しており、延焼しているということです。また、江東区などの埋立地では、地盤の液状化が発生している模様です・・・』

こんな放送、実際に聴きたくないですよね。この後に、凄まじい被害情報が飛び込んでくるのを予想させます。

これはあくまでシミュレーションですが、発災後5~10分くらいまでは、この程度の情報があれば良いくらいの感じでしょう。気象庁からの地震情報と津波情報は、発震から3分後くらいに発表されます。放送局などとの通信回線がダウンしていなければ、そのくらいで発表されるでしょう。

この放送を、あなたは海岸部でもなく、大火災危険地帯でも無い場所で聴きました。自分の周囲の情報は含まれていませんが、何が起きたか、という正しい情報が早い段階で得られることが、何より大切なのです。もちろん、近くに危険があることがわかれば、次の行動を選択しやすくなります。

この段階で、あなたが周囲を見て得られる被害状況とラジオ情報が統合されて、あなたの中で『情報の土台』ができます。自分にとって今何が危険か、これから迫って来る危険は何か、この場から移動すべきか留まるべきかなどの、基本的な情報です。

それが無いと、例えば誰かがパニックに陥って「津波が来る!」と叫んだだけで、あなたもパニックに陥って危険な行動をしてしまうかもしれませんし、避難するならば大まかにどの方向なのか、というような判断もできません。緊急時の避難行動は、あくまで“自分の意思で”決めなければなりません。

このように、特に発災害初期には大まかでも正しい情報を得て、あなたが得た周囲の情報と併せて考えることが、落ち着いて次の正しい行動に繋げるために絶対に必要なのです。そして、ラジオがあれば、引き続き正しい情報が得られるという、大きな安心感があります。

大災害に巻き込まれた直後で、しかも『情報飢餓』状態のあなたは、平時に思っている以上に簡単にパニックに陥ってしまうということを認識してください。それを防ぐための最良で最も確実な方法が、いつでもラジオ(可能ならばAMラジオ)情報を得られるようにしておくことなのです。


【利己的と言われようとも】
ここからは、実際の被災現場でのラジオの使い方を考えます。

まず、あなたが出先にいて、周りにも多くの人がいる場所だとしましょう。その場合、あなたはどちらのラジオを持っていたいですか?
Radioa

Radiob

ここではAM,FMという違いは抜きにして、管理人ならば、迷わず下のイヤホンタイプを持ち歩きます。実際には、管理人はFMラジオつき携帯音楽プレイヤーをEDCしており、もちろんイヤホン専用です。

なぜイヤホン専用かというと、まずスピーカー式より消費電力がずっと少ないということ。じゃあスピーカー付きをイヤホンで聴けばいいじゃないかとなりますが、今は大災害下、異常事態なのです。

もしあなたがスピーカー付きラジオを持っていて、周りは持っていないとしたら、何が起きますか?当然、音声をスピーカーに出してみんなに聴かせてくれということになる。当然、最大音量で。でも周囲は騒然としていて、大声で叫ぶ人もいる。単純に、小さなスピーカーではなかなか聴き取れませんし、電池の消耗も早い。

さらに、あなたがそこから移動しようとしても、ではラジオ情報はこれでおしまいと、周りが納得すると思いますか?皆、情報飢餓で興奮状態なのです。「もう少し聴かせてくれ!」だの「自分だけ良ければいいのか?」とか騒ぎ出すのは必至。

それどころか、「行くならラジオを置いていけ!」とか言い出したり、力づくで奪おうとする輩がいても決しておかしくない。

このような状況は、確実に起こります。既得権、この場合はラジオ情報を得られるという権利を得た群集は、群集心理もあって、確実にあなたに難題を突きつけてきます。好意でみんなに聴かせたのに、終わろうとした瞬間には、あなたは“情報が無い人々から情報入手手段を奪う悪人”という立場になってしまう。場合によっては、肉体的攻撃もあり得るでしょう。

災害被災者の声として、ラジオは常時聴いていないと不安だった、というものがあります。これは後述する避難所などでの対策にも関わってくるのですが、とにかく、一度聴かせてしまったらキリが無い、というのは確かなのです。

だから、最初から聴かせない。聴かせられないようなものにしておくべきです。もし周囲への情報の伝達が必要ならば、あなたの口からすれば良い。情報は、まずあなたが確実に得ることができなければ、EDCをしている意味もありません。他人より備えているあなたは、備えていない人よりアドバンテージを得る権利があるのです。


こういう考え方は、利己的で自分本位だと思われるでしょう。ある意味で、その通りです。「私はみんなに聴かせてあげる」というのも、自由です。

ただ、地域や会社などのコミュニティ内とかならともかく、雑多な人間が集まる大都市圏では、上記のようなことが起こってもまったくおかしくありません。その覚悟が無く、後で「こんなはずじゃなかった」という後悔をしたくなければ、まず自分が確実に情報を得て、行動の自由も確保しておける方法を採られることをお勧めします。

次回は、避難所の心理とラジオについてです。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年1月25日 (月)

プロドライバーの実際【2】(#1119)

Bus
旅客自動車の数だけ、様々なプロドライバーがいる(画像はイメージです)


今回は、旅客輸送ドライバーが持っている、第二種運転免許(以下、二種免許)の実際について考えます。

【プロの証ではあるけれど】
二種免許には、大型自動車(バス等)、中型自動車(マイクロバス等)、普通自動車(タクシー、代行車等)、大型特殊自動車(旅客用雪上車等)、牽引(連接バス等)の5種類があり、カッコ内の自動車等で有償旅客輸送をするドライバーが持っているものです。いわば、プロドライバーの証というわけです。

管理人は普通二種免許を持っていますが、実際に旅客輸送ドライバーをやった経験はありませんので、プロ見習いと言ったところでしょうか。でも、私用で運転も“二種持ち”のプライドがありますから、常に安全でスムースな走行を心がけています。

ちなみに、交通事故の経験は20年以上前の一種時代、無謀な割り込みをしてきた車と接触した物損事故1件のみで、自分が第一当事者(過失割合が大きい)となった事故は、一度もありません。

さておき、ほとんどの二種ドライバーは、プロとしての技術と意識を持っています。しかし、例えば東京都内のタクシーのように、混み合う場所を中心に1日250km以上走り、勤務も長時間に渡りますので、タクシーの事故発生率だけで比較すると、一般ドライバーの10倍近くに上るのです。

ただ、事故を起こすドライバーには、かなり偏りが見られるのも事実です。皆様も経験ありませんか?タクシーなどに乗って、「この運転手大丈夫か?」と思われたようなこと。実際、運転技術だけでなく、これでプロか?というようなドライバーも、確かにいます。

“二種持ち”なのに、何故なのでしょうか。


【免許はなんとかなる?】
一般的なイメージだと、二種免許を取るには、とても高いハードルがあるように思えるかもしれません。

でも、はっきり言いましょう。二種免許取得はそれほど難しくはありません。

もちろん、一種免許よりずっと高い技術と正確な操作が求められます。それでも、二種免許を取る人は最低でも3年の運転経験(免許期間)が無ければなりませんし、実際取得する人は、経験10年以上のベテランドライバーが大半なのです。

ですから、教習所では技術を覚えるというより、身体に染み着いた悪いクセを抜く方が、はるかに大変というくらいなものです。

それでも、該当する車両の運転経験がそれなりにある人ならば、きちんと練習すれば、誰でもとは言いませんが大抵の人は合格することができるでしょう。

もっとも、大人数を輸送する大型、大型特殊、牽引二種免許は、普通二種免許より技術的ハードルはずっと高くなります。少なくとも、バスなど大型車両の二種ドライバーは、運転操作の技術的にはかなりのレベルにあります。


【半分が落ちる?】
二種免許は難しいという“伝説”のひとつに、試験を受けても半分くらいは落ちる、というものがあります。実は、それも事実ではあります。

まず、大型以上の二種免許は、少し前まで運転免許試験場での検定、いわゆる『一発試験』でしか取れませんでした。これは、きちんと練習しても初回合格は難しく、練習していなければ何度やっても無理、というくらいの厳しさです。

なお現在は、大型二種免許は教習所を卒業することで実地検定免除になりましたが、大型特殊、牽引二種免許は、今でも『一発試験』のみです。


加えて、もうひとつの事実。普通二種免許も含めて、教習所卒業の人でも合格率は50%程度だと。教習所を卒業していれば、技能検定は免除されるのですが。

これはすなわち、多くの人が“学科で落ちる”からなのです。

二種の学科は、基本である一種のおさらいに加えて、旅客輸送のための法律や意識、技術を学びます。 例えば、現在は一種免許取得時に救命救急講習を3時間受講しますが、二種では倍の6時間。旅客が負傷した場合に、より高度な手当てをするための技術を学ぶわけです。

では、二種免許ならではの学科問題が難しいかというと、それほどではありません。実は、大抵の人が“一種問題でやられる”のです。教習所では、一種の内容はわかっているという前提で、短時間の詰め込みという感じですので、なおさらです。

さらに現実問題として、二種免許取得者は何年も前に一種免許に合格した、それなりの年齢になっている人が多いわけです。

そのため、学科試験をナメてかかって十分に復習しなかったり、自分が免許を取った時と法律や規定、解釈が変わっている部分を理解していなかったりすることによる落第者が、非常に多いのです。

10年以上前に免許を取った皆様、円形交差点(ランドアバウト)の走り方、わかりますか?w

Handsingal
この画像の手信号は、昔は全方向に対して赤信号と同じ、とされていましたが、現在は画像のように『警察官の正面に並行する交通に対しては黄信号と同じ』に変わっています。

そういうことも結構ありますので、しっかりと復習しておかないと、あっさりと落第してしまうわけです。

なお、学科試験の落第者は、普通二種免許受験者に偏っています。取得のハードルが大型などに比べて比較的低く、受験者も多いので、ナメてかかる人も多いというわけです。


【プロ意識の源とは】
ここまでお読みいただいて、いかがでしょうか。“二種持ち”でも、それほどのものじゃないとお感じになられたのでは。

その通りなのです。二種免許を持っているということは、旅客輸送に必要な最低限の技術と知識を学んだというだけのことで、残念ながらすべての二種ドライバーが高い技術とプロ意識を持っている、というわけではありませんし、仮に運転の腕が良くても、接客業としての意識や能力に欠ける人も散見されるのも現実です。

プロドライバーとしての技術と意識は、あくまで個々人それぞれの研鑽や、所属会社の教育によって育まれるものなのです。

そして現実には、あのスキーバス事故のような会社(健康診断もせず、技術的に不安でも乗せ、運行管理もずさん)や、ガラが悪いと言われるようなタクシー会社も、少なからず存在します。

次回へ続きます。


■当記事は、カテゴリ【交通の安全】です。


2016年1月24日 (日)

【再掲載】小説・生き残れ。【6/22】(#1118)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


4月も半ばのある夕方。西新宿に建つ高層ビルの45階にあるオフィスで、衛は営業日報をまとめていた。昨日から上司が出張中のせいで、オフィスにはなんとなく緩んだ空気が漂っている。
《…ったく、あの”鬼軍曹”め、二度と帰ってこなけりゃいいのに…》
何かとウマの合わない上司に向かって、衛はパソコンのキーをたたきながら、心の中で毒づいた。

こんな日は、さっさと帰るに限る。実はつい先ほど玲奈にメールをしたら、玲奈も今日なら早上がりできるという。鬼の居ぬ間になんとやらで、今日は玲奈と近場で一杯やるつもりだ。玲奈が衛よりはるかに酒に強いことは、あの六本木での大失態以来良くわかっていたので、あくまで“軽く”だ。もっとも、もう玲奈を無理に酔わせる必要も無いのだけど。

ふと窓の外を見ると、暮れかけた西の空に、見事な春の夕焼けが広がっている。高層ビルで仕事をしているとすぐに見慣れてしまうが、都会の真ん中でこんな大パノラマを普通に見られるのは、実は贅沢なことなのかもしれない。

日報を書き終えた衛は、グループウェアで上司宛に送信した。さあ、"鬼軍曹”から電話など来ないうちに、脱出だ。パソコンをシャットダウンしてデスクの上を片付けていると、向かいの席から、もうすっかり帰り支度を済ませた、一期下の秋江が声をかけてきた。
「岩城さん、今日はこれからデートですか?」
衛はどきりとしながら、無理に平静を装って聞く。
「なんでそう思う?」
「明らかに顔がニヤけてます」
しまった、顔に出ていたか。照れ隠しに言い返す。
「そういう指摘をする女は、彼氏ができないぞ」
秋江は笑いながら応える。
「それセクハラですね。それに、間に合ってますし」
「そういう秋江ちゃんも今日はデートと見た」
「どうしてですか?」
「幸せな人は、その幸せを近くの人と共有したくなるものだ」
秋江は一瞬思案顔になってから、聞き返した。
「それ、誰かの言葉ですか?」
「今考えた」
「なーんだ。でも岩城さん幸せなんですね…岩城さんの彼女って、きっとしっかりした人なんだろうな」
「なんでよ」
「相対性理論です」
「なるほど…っておい…」
一瞬納得しかけた衛が言い返す間もなく、秋江は
「お先に失礼しまーす」
と言い放って席を立つと、小走りにオフィスのドアへ向かって行った。

その後姿を見送りながら、何か釈然としない思いで衛も席を立ち、椅子にかけてあったジャケットを羽織った、その時。

ズボンのポケットに入れた携帯電話から、あの耳障りな警報音が飛び出すのとほとんど同時に、はるか下の地面から伝わって来る、小さな突き上げを感じた。
「あ、地震だ…」
ビリビリと震えるような細かい突き上げはその後も次々にやって来たが、デスクの上の液晶モニターをガタガタと振るわせる程度で、大したことはなさそうだ。それでもエレベーターホールにいた秋江が、「地震です地震です!」
と大袈裟に騒ぎながら、オフィスに駆け戻って来た。

数人残っていた他の課員は、椅子から腰を半分を浮かせて様子を見ているか、全く無視して平然としているかだった。もしでかいのが来ても、この55階建ての高層ビルが崩れることなんてあり得ないから、特になにもしなくても大丈夫だ。皆がそう信じ込んでいた。
「落ち着けって。大したこと無いって」
そう秋江に声をかけた衛も、この地震でお気に入りの店が閉まったりしたら困るな、などと突っ立ったまま呑気に考えていた。

震えるような揺れは数秒で収まったが、すぐにふわふわとした横揺れが始まった。それはまるで大型船に乗って少し高い波に揺られているような、ゆっくりとしたつかみ所のない揺れだった。
秋江は立ったままデスクに両手をついて、
「やだ…酔いそう…」
と、早くも顔が青くなっている。

揺れ始めてから20秒ほど経ったろうか。衛は、秋江に多少は“しっかりした”所を見せてやるという考えもあって、落ち着いて声をかけようとした。
こんな時でも、おれは慌ててないぞ。しかし衛が秋江の「あ」の形に口を開いたその瞬間、それまでつかみ所のなかったふわふわとした揺れが、突然意思を持ったかのように、一気に振幅と速度を増し始めた。衛の声は、そのまま
「あっ、あっ、ああーーーーっ」
という叫び声に変わった。

足元の床が、逃げて行く。足をすくわれたようになってバランスを崩すと、次の瞬間、反対方向にぐぐっと押し戻される。そんな揺れというより”動き”がどんどん激しくなる。ぐらぐらという揺れではない。床が、あり得ないスピードで左右に動き出したのだ。

椅子から半分腰を浮かせていた課員が、床に転げ落ちる。キャスターつきのコピー機が通路に飛び出して動き回り、しまいには横倒しになって転写台のガラスが砕け散った。派手な音が響く。

10台が島になって置かれているデスク全体が床の上を滑り出し、窓際の壁に激突したかと思うと、今度は反対側に滑ってパーティションや観葉植物の鉢をなぎ倒す。キャスターつきの椅子がデスクに跳ね飛ばされ、あちこちに飛び散るように滑っては転がる。とっさにデスクの下に潜り込んでいた課員は激しい動きでもみくちゃにされ、最後にはデスクの下からはじき出されて、床をごろごろと転げ回った。壁際のスチールキャビネットが、ついに大音響と共に倒れてガラス片とファイルを床にばら撒いた時、秋江の引き裂くような悲鳴が響き渡った。

衛は立っていられず、窓際の壁に身を寄せて、四つんばいになって必死に揺れに耐えていた。ポケットの携帯に着信があったような気がしたが、それどころではない。このビル、本当に大丈夫なのか…?そう思った時、天井の化粧版にビシっとひびが入り、破片がばらばらと降り注いで来た。
「ヤバい…いや、きっと、なんとかなる…」
衛は自分に言い聞かせるように、無理に言葉を絞り出した。

揺れ始めから一分半ほどが過ぎても、最初の頃からは少し緩やかになったものの、まだ大波に翻弄されるような大きな揺れが続いていた。もうデスクが動き回るほどではなくなって来たので、衛はなんとか立ち上がろうとした。しかし長い時間振り回されていたせいで平衡感覚がおかしくなってしまっていて、デスクにしがみついて膝立ちするのがやっとだった。なおもゆっくりと大きく揺れ続けるオフィスの中が、奇妙にゆがんで見える。ビルの自家発電装置が作動したのか、こんな地震でも照明が消えていないことに、その時気づいた。

衛はデスクを支えにして、やっと立ち上がった。オフィスの中は、つい先ほどまであった整然とした秩序が消え去り、子供がおもちゃを散らかしたような無秩序の空間に変わっている。腕時計を見ると、揺れ始めからとうに3分以上が過ぎていたが、しかしまだゆっくりと左右に揺れている。地震はもう収まったはずなのに、ビルの揺れだけが続いているのだ。しかし確実に、少しずつ揺れは小さくなって行った。
「みなさん、大丈夫ですかぁ?」
デスクに両手をついてなんとか立ち上がった衛が、オフィス内に声をかけた。声が少し震えているのが、自分でもわかる。

「ああ、大丈夫だ。凄かったな…」
「おれはちょっとやられたよ。大したこと無いが」
そう答えた課員は、血が流れる額をハンカチで押さえていた。白いワイシャツの肩の辺りが、真っ赤に染まっている。デスクの下からはじき出された課員は、床にうつ伏せになったまま呻いていた。
「あっ!」
衛は駆け寄ろうとしたが、まだ続く揺れと狂った平衡感覚で足がもつれ、デスクに手をつきながらよたよたと進んで行った。すると、倒れていた課員は少し頭を持ち上げながら、
「なんとか…大丈夫だ」
と苦しげに言った。
「あちこちぶつけたが…骨は折れていないだろう」
そう言いながらゆっくりと上体を起こし、壁に寄りかかって座った。
「でも、こいつをくらっていたら死んでいたな…」
すぐ隣には、重いファイルがぎっしり詰まったキャビネットが、ガラスの破片の中に転がっている。

そういえば秋江の姿が見えない。衛が見回すと、パーティションで仕切った応接スペースの中で、ソファの横にうずくまったままがたがたと震えていた。衛はよたよたと近づいて、
「大丈夫か?」
と声をかけながら抱き起こし、ソファに横にならせる。顔面は蒼白で言葉が出ないが、大きな怪我は無いようだ。

ふと、衛は揺れている最中の着信を思い出し、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
『不在着信 三崎玲奈』
液晶画面の表示に、衛は胸が熱くなった。あの揺れの最中に…。すぐにコールバックしてみるが、何度やっても繋がらない。考え直して留守番電話センターにかけると、こちらは繋がった。受信時刻を告げる合成音声の後、玲奈の叫ぶような声が飛び込んで来た。
《こちらは無事、エントランスに行く!終わり!》
声のバックには大勢が騒いでいるようなノイズが入っている。外からかけて来たらしい。…エントランスって、このビルのエントランスか。降りなきゃ…しかし普段から地震の避難にはエレベーターを使わないようにという通達が回っていたし、あの揺れでは多分、止まっているに違いない。でも、“終わり”ってなんだ…?でも玲奈が下に来るにしてもすぐにではないだろうし、正直なところ45階から階段を下りたくはなかった。ここでもう少し様子を見よう。秋江も見ててやらないと…。

同じフロアにある他社のオフィスでは、重傷者が出たところもあるようだ。廊下で怒鳴り声が飛び交うのが聞こえる。今出て行ったら迷惑だよな…。衛は自分勝手な解釈をして、秋江が横になっているソファの横のスツールに腰を下した。大きくため息をつくと、天井のスピーカーから、緊張した男の声が流れ出た。
『こちらは、三友ビル防災センターです。ただいまの地震により、エレベーターはすべて運転を停止しております。非常階段をお使いください。なお、自家発電装置で給電中のため、現在エアコンの運転を停止しております…』

道理で、オフィスの中がだんだん蒸し暑くなって来た。こうなると、窓の開かない高層ビルは困り物だ。ソファに横になった秋江の顔からはすっかり血の気が失せ、冷や汗をかいて震えている。衛は床に散らばった空のファイルをひとつ拾い、それで秋江の胸元を扇いだ。
「…ありがとうございます…」
秋江は唇を僅かに動かして、ほとんど聞き取れないくらいの声で言った。

秋江は、それでもゆっくりとひとつ深呼吸すると、かすれる小声で言った。
「彼女のところ…行かなくていいんですか…?」
玲奈の無事はわかったけど、あまりのんびりしてもいられない。でも45階だしな…どうしよう。衛が黙っていると、秋江は続ける。
「行ってあげないと…きっとすごく怖かったはずだし…」
「う、うん…。そっちはどうなんだ?」
衛はそう聞着返してはみたものの、秋江はまだしばらく動けそうにもない。左手にはピンク色のスマホをしっかりと握り締めているが、電話もメールも不通のままだ。
「まだ、連絡つかないし…」
そう言いながら天井を見つめる秋江の目には、涙が滲んでいた。

Scape

どれくらい時間が経ったろうか。衛は、階段を下りて行く決心ができないままでいた。窓の外は、もう真っ暗だ。見下ろすと、周辺は見渡す限り停電していて、地上には自家発電しているビルの僅かな明かりと、渋滞でほとんど動かない車のライトしか見えない。新宿駅南口の方向に、火災と思われる炎が揺らめいて見える。そんな地上から煌々と明かりが灯っている高層ビル群をを見上げたら、一体どんな風に思うのだろうか。

衛がぼんやりそう考えた時、廊下をこちらに向かって駆けてくる、ピタピタという妙な足音が聞こえて来た。そしてすぐに、開け放ってあるオフィスのガラス扉に人影が現れた。振り返ってその姿を見た衛は、ぽかんと口を開けたまま、固まった。ウソだろ、おい…

人影はオフィスの入口で、乱れる呼吸を無理に押し殺すようにして、それでも良く通る大きな声で言った。
「岩城衛さんは・・・こちらにいますか?」
玲奈だった。長い髪を振り乱し、肩で大きな息をしている。黒いパンツスーツにハンドバッグを無理にたすきがけにして、両手にハイヒールを持っている。

「玲奈!」
衛ははじかれたようにスツールから立ち上がり、玲奈に駆け寄った。衛の姿を姿をみとめて、玲奈の瞳が大きく見開かれる。衛はそのまま玲奈を抱き締めてしまいそうになったが、周りの目を気にしてなんとか思いとどまった。
「…階段、上ってきたのか…」
ストッキングの爪先が破れて、むき出しになった足の指先に少し血が滲んでいる。階段の途中で、何度も座り込んだのだろう。膝が灰色の埃で汚れている。

「ど…どうして…来てくれなかったんですか…待ってたのに…」
玲奈は肩で息をしながら、とがめるような目をして言った。衛の身を案じて45階まで階段を駆け上がって来た玲奈に、衛はどんな言い訳もできない。
「凄い地震で、何かあったんじゃないかと思って…心配で…」
「ゴメン…」
衛は、今にも泣き出しそうな玲奈に、それだけ言うのが精いっぱいだった。

ソファに横になったままの秋江は、開けたままのパーティションのドア越しに、ふたりの様子を横目で見ていた。
そしてだいぶ気分が良くなって来たのも手伝って、クスっと笑いながら小さな声で呟いた。
「相対性理論は、今ここに証明された」
そして天井に顔を向けてもう一言、半ば呆れたように、ため息混じりで言った。
「でも、しっかり者じゃなくて、超人だったわ…」


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年1月23日 (土)

【再掲載】小説・生き残れ。【5/22】(#1117)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


その週末の土曜日。衛は、少し早めに待ち合わせ場所の渋谷駅前に着いた。穏やかに晴れた、12月としては暖かい一日が暮れようとしている。駅前広場に鎮座している緑色の電車は先週の地震でどこか損傷したらしく、白いシートで覆われて、少し角ばった巨大な繭のようになっている。デパートが入った駅ビルも外壁が何箇所か剥げ落ちたようで、足場が組まれて補修工事が行われている。ニュースによると、あの日ここで何人かけが人が出たらしい。

それでも渋谷の街は、いつもの土曜日とそれほど変わらない喧騒に溢れていた。衛はシートに覆われた電車の前にスペースを見つけると、行き交う人波の中に玲奈の姿を探した。今また大きな地震が来たらどうなるんだろうと、ぼんやり考えながらふと腕時計に目を落とすと、ちょうど午後5時25分になるところだった。

Shibuya

あと5分、と思った瞬間、全く意識していなかった左後ろから声をかけられた。
「岩城さん!」
衛は不意を突かれて、びくっと肩をすくめて小さく飛び上がった。慌てて振り返ると、玲奈の華やかな笑顔が衛を見上げていた。最初はシブく決めようと思っていたのに、なんだかひょっとこ踊りみたいな姿を晒してしまった。
「や、やあ…」
「もういらしてたんですね。すいません、お待たせしてしまって」
「いや、今来たところで…」
あまりにも陳腐な台詞しか出て来なくて、衛は自分ながらがっかりする。

今日の玲奈は、ベージュを基調にした少しフレアのかかったワンピースに黒革のハーフコートを羽織り、首の周りには柿色のスカーフをマフラーのようにゆったりと巻いている。意外に渋めのコーディネートだ。化粧も平日よりは控え目で、もっと女性的な、なんというか派手な服装を想像していた衛には意外とも言えるスタイルだった。でも、衛はコーヒーブラウンのジャケットとベージュのチノパン姿にグリーンのモッズコートを羽織っていたから、ふたりのバランスは悪く無い。

衛は、いきなりどうかなと思いながらも、先程のみっともなさを帳消しにしようという考えもあって、思ったことをそのまま言葉にした。
「三崎さん、すごくきれいです。最高です」
玲奈は、はっとしたように大きな目を見開いて衛を見つめると、その頬にみるみる赤みが差した。
「え、あ、そんな…褒めすぎです…」
「本心ですって」
「あ…ありがとうございます…」
玲奈は頬を赤らめたまま、恥ずかしそうにうつむいた。

あの地下鉄の中で見せた鋭さからは想像もつかないような、なんだか小動物を思わせるような可憐な反応に、衛はできることなら今ここで玲奈を抱きしめたい衝動に駆られる。でもその気持ちをかなり苦労して抑えながら、言った。
「じゃあ、行きましょうか。お店、予約してあります」
「はい」
ふたりで肩を並べて歩き出しながら、衛は一昨日の電話で食事の約束をした後、玲奈が食べられないものが無いかをひそひそ声で確かめた時の事を思い出した。そう言えばあの時、誰か応接ブースの外を通ったような気がする。あれを先輩に聞かれたか。あの会話は、どう考えても得意先が相手ではないよな。まあ、いいか…。

混雑する駅前のスクランブル交差点を渡りながら、衛は左側を歩く玲奈に聞いた。
「でも、本当に居酒屋で良かったのかな?ちょっとおしゃれめな所にしたけど」
すると玲奈は首をひねって衛を見上げながら、にっこりと微笑みながら言った。
「はい、喜んで」
「あ、また出た」
ふたりは声を上げて笑いながら、夕暮れの雑踏に紛れて行った。


その日から、衛と玲奈はお互いの都合がつく週末はいつも、衛自慢の大型四駆車で日帰りのドライブに行ったり映画や芝居を観に行ったりと、あちこち連れ立って出かけるようになった。お互い結構趣味が合うし、衛は玲奈と一緒にいる時間がなにより楽しかった。衛の誘いにいつも乗ってくれる玲奈も、多分そうなのだろう。衛は会うたびに玲奈にのめりこんで行ったが、しかしそこから先へは、なかなか進めなかった。

一度などは“今夜こそ”と思って食事に誘い、そのまま六本木のバーに流れたのはいいが、衛の方が酔いつぶれてしまい、玲奈に朝まで介抱されるという大失態を演じてしまったこともある。それでも玲奈は別れ際、落ち込む衛に向かって笑顔で、
「今度は、どこへ行こうか」
と言ってくれたのが、衛にとって唯一の救いだったのだが。


年が明け、春めいた日が目立って多くなる頃には、年末に起きた地震のことはたまに関連のニュースを聞くくらいで、もうほとんど誰の口の端にも上らなくなっていた。そしてその頃には、ふたりはようやく、お互いを名前で呼び合うようになっていた。

玲奈が衛の想いを受け容れた日、玲奈はぽつりと呟いた。
「衛が地下鉄の中で『大丈夫、おれがついてる』って言ってくれた時から、たぶんこうなる、って思ってた…」


■この作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年1月22日 (金)

プロドライバーの実際【1】(#1116)

Cockpit
ここはプロの仕事場・・・のはずだけど(画像は観光バスの運転席イメージ)


今回は、バスやタクシーを運転するプロドライバーのことについての話です。

【旅客輸送ドライバーとは】
旅客輸送契約遂行、すなわちお金をもらって旅客を輸送する自動車のドライバーになるためには、いわゆる「二種免許」(正式には第二種運転免許)が必要になります。

二種免許には、大型自動車、中型自動車、普通自動車、大型特殊自動車、牽引の5種類があります。

二種免許を取るための条件は、一部の例外を除いて、21歳以上であること、決められた通常の免許(一種免許)を取得してから、3年以上経過していることが必要です。

つまり、成人して1年以上経過していること、基本的な運転経験が十分にあるとされることが必要というわけで、それだけ責任と十分な技術が必要な資格というわけです。ちなみに管理人は、タクシードライバーができる普通二種免許を持っています。

余談ながら、できることならバスドライバーもできる大型二種も欲しいのですが、普通免許や中型免許(8t限定)から大型二種を一気に取るとなると、教習所に入校して50万円近くかかるので、おいそれとは取れません。

路線バスや観光バスのドライバーは、そういう免許を持っているわけです。もっとも、社員ドライバーの取得経費に関しては、バス会社などの補助が受けられるケースも多いのですが。

既に大型トラックに乗れる大型免許を持っていれば、大型二種免許取得は教習所で30万円くらいです。

実際に、観光バスのドライバーはトラックドライバー(大型一種免許)からステップアップした人も多く、観光バスの繁忙期に乗務するドライバーには、その層の比率が上がります。

先回りしておきますが、管理人は何も元トラックドライバーが危険だと言いたいわけではありません。ただ、現実問題として、旅客輸送をするための意識が低いドライバーが含まれる比率が、高めになる傾向はあります。

もちろん、それはごく少ない数ではあるのですが。


【バスドライバーの“質”】
バスに乗る時には、普通はそのドライバーの腕前のことは考えませんよね。

プロとして十分な技術と知識を持ち、安全に目的地まで運んでくれるものと思っています。ある意味で、鉄道の運転士のようにその存在も意識せず、しかし確実に仕事をしてくれるはずだと。

しかし残念なことに、意識・技術がそのレベルに無いドライバーが含まれるのも、また事実です。加えて、過酷な労働環境によって、運転ミスや健康上のトラブルが引き起こされる可能性も高まります。


軽井沢バス事故のドライバーは、以前はマイクロバスの運転が中心で、「大型バスは不得意だ」と言っていたそうです。

都内で回送中に家に突っ込んだ路線バスドライバーは、「事故のことは覚えていない」と。

大分で、雨の中で観光バスがスリップして転覆しましたが、現場は見通しの良い直線でした。

兵庫では高速道路で観光バスが蛇行して、添乗員が10分もハンドル操作の補助をしてなんとか停止しましたが、70歳のドライバーは、「記憶が無い」と。

都内で中央分離帯に衝突した観光バスドライバーは、「ぼーっとしていた」と。

愛媛では観光バスがガードレールに衝突して路肩に脱輪しましたが、原因はまだ不明とのこと。


今年になってからたった20日の間だけでも、これだけのバス事故と異常例が起きており、少し以前には考えられなかった事態です。ちなみに、年末年始は観光バスの繁忙期まっただ中です。

すべてのドライバーが、普段からプロとしての意識や技術に欠けていたかどうかはわかりません。しかし、人材不足や勤務の過酷化もあり、健康上のトラブルも含めて、以前に比べてこのような危険が大きくなっていることは、否定しようのない事実なのです。


【タクシードライバーの“質”】
一方タクシーですが、やはり事故が多発しています。全国では年間でなんと約23000件に上り、これは全国のタクシーの7台に1台が事故を起こしていることになる、非常に高い事故率です。

一般車の事故率のなんと10倍近い事故が発生しており、その状況は悪化しつつあります。しかし、これは長時間、深夜に渡る勤務の特性や客の急な要望などの、タクシーならではの要素も大きく関係しています。決して、ドライバーの質が一般に比べて極端に劣るということではありません。

しかしその一方で、プロ意識や技術に欠けるドライバーや、高齢で運転に不安のあるドライバーが増えているのも、また事実です。その裏には業界の様々な問題もあるのですが、当ブログの範疇ではありませんので触れません。

ところで、上記の数字には接触などの軽い物損事故も含まれますし、第一・第二当事者双方、すなわちタクシー側の責任が小さい事故も含まれていますが、旅客輸送中は、いかなる事情でも事故があってはならないのです。

ですから、プロドライバーには周囲の交通状況などを予測して、事前に察知・回避する技術も求められるのですが、決して十分な意識や技術を持ったドライバーばかりでは無いと、言わざるを得ないのが現実です。


【需要増と高齢化】

この先、バス、タクシーも含めてドライバーの高齢化が進みます。若い人に人気がある仕事ではありません。

その一方で、観光客の増加やオリンピックの開催、高齢者の増加で、観光バスやタクシーへの需要が増加して行くでしょう。

もちろん、二種免許保有者はプロとしての意識や技術を持ったドライバーが大半です。しかし残念なことに、健康面も含めた不適格ドライバーや不適格行為の比率が高まって行くのは、避けられそうにもありません。

次回は、二種免許の実際についてです。


■当記事は、カテゴリ【交通の安全】です。

【シリーズUDL31】心理編3・心の安定を得る最強の方法とは(#1115)

Radio
被災直後の情報はAMラジオが最強(画像は静岡市緊急情報防災ラジオ)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

当シリーズ前回記事(#1110)をお読みいただければ、被災初期の心理的ストレスの大きな理由が『情報不足』であり、できるだけ情報を得ることがストレスを軽減し、行動の精度を上げるということがおわかりいただけたかと思います。


【極限からのアドバイス】
その話、どこに根拠があるんだと突っ込まれそうですので、明記しておきます。実はこれ、専門的な研究成果からでもなければ、被災者の生の声からでもありません。

この話は、情報不足による強烈なストレスを、おそらく日本で最も強く感じたことのあるかもしれない方のひとりから、アドバイスを受けたのです。その方は、陸上自衛隊のレンジャー隊員です。

少し解説しておきますと、陸自のレンジャー隊員資格とは、一般隊員から選抜された優秀な隊員の中から、さらに一般とは比べ物にならない過酷な訓練課程を修了した者にだけに与えられる、いわばエリート隊員の称号です。そういう方こそ、災害サバイバルにおいても“本当のプロ”なのです。


さておき、レンジャー訓練では、物資、情報不足のまま山中に放置され、その中で任務を達成するという訓練があります。

既に何日も寝ずに行動し続け、食料や水が不足する中で山中を移動し、『敵』に発見されずに目標に接近します。しかし目標や『敵』に関する十分な情報は与えられず、自ら偵察して判断しなければならない。

それでも十分な情報は得られず、情報不足のまま作戦を強行すれば、大きな被害を受けるかもしれない。しかし身体は疲れ切り、栄養も不足していて、ただでさえ判断力が鈍っている。それでも、決められた期限までに任務を達成しなければならないが、ひとつ不用意な行動をするだけで、すぐ『敵』に発見されて、任務は失敗する。

そのような、災害被災者が感じるよりも、遙かに過酷な極限状態を経験された方が、そういう場面で心を安定させるために最も効果的なのが『正しい情報』であると言われるのです。


参考までに、レンジャー訓練の過酷さを示すエピソードをひとつ。ある隊員がすべての訓練を乗り切り、『状況終了』(訓練終了)の声がかかった途端に倒れました。既に、精神も肉体も限界を超えていたのです。

そして抱き起こす上官に向かって、「自分は生きているんですか?死んでいるんですか?」と問うたと。選び抜かれた屈強な隊員が、そうなるまで追い込まれるのがレンジャー訓練なのです。

そういう方々の言葉には、素人が口を挟めない重みがあります。管理人がアドバイス元をこれまで強調するのも、こういった実体験や研究・訓練の成果のような根拠の無い、上っ面だけの言葉遊びみたいな情報がはびこっているからなのです。


【乾いたスポンジ】
ここで注意しなければならないのは、『情報は正しくなければならない』ということです。

水でも食事でも睡眠でも、不足すれば人は飢餓状態に陥ります。情報も然り。何もわからない中で何らかの情報がもたらされると、多くの人はその正誤を検証することなく、あたかも乾いたスポンジに水が染み込むように、すんなりと取り込んでしまうのです。

そして、かりそめの安定を得てしまう。その情報がさらなる危機を予告するような怪しいものであっても、何も知らないよりは、何か知る方が落ち着くのです。そして、心の安定が得られたからこそ、その情報を自信を持って拡散する。時として、大きな尾ヒレをつけて。

もうおわかりですね。それが大災害後にデマが拡散する最大の理由なのです。


それがわかっていれば、被災直後の情報飢餓状態で素人発信の情報を見ることなど、相当な知識と覚悟がなければ、判断の誤りに繋がる可能性が非常に高い、と考えなければなりません。

ですから、仮にネットが生きていても、特に被災直後は、素人発信のSNS情報など見るべではないのです。もちろん、正しい情報の方が多いでしょう。しかし、怪しい不良情報ほど、情報飢餓に陥ったあなたを虜にします。

その理由のひとつは、なにもかも曖昧な中で、根拠の無い不良情報ほど「○○が起こる」などと、“断言”されているからなのです。


【では何が必要か】

その答えはシンプルです。あらゆるインフラが停止した状況下で、正しい情報が最も確実に得られる方法は、AMラジオです。

なぜAMかと言うと、AMは電波の到達距離が長いため、近くの放送局が停波していても、大抵は他の局が受信できますし、山中でもかなりの確率で受信できるからです。NHKラジオならば、どこの局を聴いても同じ情報が得られます。

レンジャー隊員氏の言葉を借りれば、「災害時はAMラジオが最強」ということになります。家にAMトランジスタラジオを備えるのはもちろん、できることならEDC(常時携帯)していたいものです。

しかし、普段からAMラジオを聴いている方は少ないでしょうし、小型でも滅多に使わないものをEDCするのは、意外に負担が大きいもの。

そこで、都市部に限ればFMラジオでも良いかなと、管理人は考えます。FMラジオならば、携帯音楽プレイヤーなど他の器機に組み込まれていることもありますから、EDCの負担を軽くすることができます。NHK FMならば、大抵の都市部で受信することができます。

また、コミュニティFM局がある地域ならば、地域密着の情報が入手できます。もっとも、コミュニティFM局の取材力はそれほどでもありませんから、発災直後はあまり期待できないかもしれませんが。

注意しなければならないのは、スマホのラジオアプリです。あれはあくまでインターネット経由であり、電波を直接受信しているわけではありませんから、インターネット回線がダウンしたら使えません。


【ラジオ情報で十分?】
では、ラジオの情報があれば、それで十分なのでしょうか。それは誰もが思うことですが、もちろん十分ではありません。特に発災直後からしばらくの間は、ラジオで流される情報はいわゆるマクロ情報であり、大局的である意味で大雑把です。

あなたが今行動するための、あなたの居場所のミクロ情報が得られることは、まず無いでしょう。それでも、“正しいマクロ情報”を得る意味は大きいのです。

次回は、その理由と具体的で細かい行動方法について考えます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年1月20日 (水)

【再掲載】小説・生き残れ。【4/22】(#1114)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。

千葉県北西部を震源としたマグニチュード6.8の地震は、東京都内にも小さくない被害をもたらしていた。揺れの大きかった場所では最大震度6弱に達し、古い建物の倒壊や交通機関への被害によって犠牲者も何人か出ていた。しかし大規模な火災やインフラへの重大なダメージはほとんど無く、地震から数日が経つと、街は急速に落ち着きを取り戻して行った。

衛はあれから、どのタイミングで三崎麗奈に連絡をしようかと、そればかりを考えていた。早すぎてもなんだかがっついているようだし、遅すぎてあまり興味が無いとも思われたくない。結局、地震の次の週の木曜日、昼休み中に電話をすることにした。名刺に書いてある番号だから、きっと仕事用の携帯だろうし。

穏やかに晴れた木曜日、衛は外回りの途中で早めに昼食を済ませ、ビルの谷間にある小さな公園のベンチに陣取った。時間は、12時45分。普通なら、彼女もそろそろ昼食を済ませている頃合いだ。衛は名刺入れから彼女の名刺を抜き出し、ひとつ大きく深呼吸してから、携帯のボタンをプッシュした。心臓の鼓動が、少し早くなる。

Park_2

二回コールしたあと、繋がった。
《はい、MCコーポレーション総務課、三崎でございます》
やっぱり仕事モードだ。取り澄ましてはいるが、確かに良く通る、あの声だ。
「あの…先日お目にかかった、岩城です。今、大丈夫ですか?」
《あ…あの…ちょっとお待ちいただいてよろしいでしょうか?》

仕事中だったのか、周りにだれかいるのか、なんだか少し慌てた様子だ。声が少し素に戻っている。衛は彼女があたふたしている様子を想像した。かわいらしい人だ…。
「すいません。お忙しければ、またあとでかけ直します」
《…申し訳ございません。後ほどこちらから折り返させていただきます。お電話番号頂戴できますでしょうか?》
彼女の声はすぐに仕事モードに戻った。衛は自分の携帯の番号と、返信の時間はいつでも大丈夫だと伝える。
《…承知いたしました。申し訳ございません》
「いえ、お忙しいところすいませんでした」
《いえ、大変失礼いたしました。では後ほど…あの…》
「はい?」
彼女は、少し声をひそめるようにして、言った。
《…お電話、ありがとうございます》

衛はその声に、あの朝地下鉄駅で別れる時の、彼女の笑顔を思い出した。身体全体がじーんと熱くなる。でも声が上ずらないように、意識して低い声で答える。
「いえ、こちらこそ。では、お待ちしています」
《はい、失礼いたします》
電話を切った衛は、木立越しの冬の太陽を見上げて、大きくひとつ息を吐いた。そして思わず頬が緩んでしまうのを自覚しながら、呟いた。
「これって…脈アリだよな…」

その日の午後7時過ぎ、西新宿のオフィスに戻っていた衛の携帯電話が震えた。彼女の番号からの着信であることを確かめた衛は、すぐに席を立って人気の無い応接ブースに向かって歩きながら、少し大袈裟な声で応える。
「あ、どうも、岩城です。いつもお世話になっております!」
静かな時間帯に馴染みの顧客から電話がかかって来た時には、よくある行動。ごく自然に決まったはずだ。こんな電話をうわさ好きの女子社員に感づかれると、ろくなことが無い。

衛はパーティションで仕切られた応接ブースのひとつに入り、声のトーンを落として、それでも思い切り意識した低い声を作った。
「お待ちしてました、ありがとうございます。こちらは大丈夫です」
《まだお仕事中ですよね。ごめんなさい》
彼女はもう会社を出たようだ。声の後ろに、街の喧騒が聞こえる。
「いえ、大丈夫ですよ。もうすぐ上がりますし」
本当は、まだ当分帰れそうにも無いが。
《あの時は、本当にありがとうございました》
「いえ…なんだかバタバタしてしまって…」
《岩城さんに最後までお手伝いしていただいて、本当に心強かったんですよ》
少し強張ってた頬が緩む。
「そう言っていただけると…」
《あの後、大丈夫でしたか?》
「ええ。会社の中が少しやられましたけど、大した事も無くて。そう言えば、いただいたあれ、昼メシにいただきました。助かりました」

実際、あの地震の日はどこも店を閉めていて、弁当を持ってきている女子社員以外は、衛を除いて誰も昼食にありつけなかったのだ。
《お役に立ててよかった》
そう嬉しそうに言う彼女の笑顔が、衛の頭の中いっぱいに広がった。そろそろ、頃合か。あまりのんびり話してもいられない。衛は目をつぶって鼻から息をひとつ吸い込むと、切り出した。

「…あの…一度ゆっくりお話できたら…なんて思ってます」
ほんの少し、間が空いた。心臓がひとつ、どくんと大きく打つ。
「はい、喜んで…ってなんだか居酒屋みたいですね」
自分の言葉に突っ込みを入れてクスクス笑う彼女につられて、衛も声を上げて笑いそうになるが、それを慌てて呑み込みながら、調子を合わせる。
「では、そんな流れで」
「そうですね」
彼女の笑顔が、目に見えるようだ。ああ、12月なのにやたらと早い春が来たかも。

その後さらに声を潜めながら話し、明後日、土曜日の夕方に彼女と食事をすることに落ち着いた。展開が早い。こういう時は、きっと上手く行く。電話を切った衛は、小躍りしたいような気持ちをぐっと堪えて自分の席に戻ろうとすると、三期上の先輩がパソコンに目を向けたまま、仏頂面で声をかけて来た。
「岩城」
「はい?」
「女か」
しまった、ばれたか。とりあえず、誤魔化す。
「いえ…得意先と食事を…」
聞く耳を持たずに、先輩は続ける。
「ほどほどにしとけよ」
衛は、無理に半笑いになって言った。
「…決め付けてるし」
やり取りはそれで途切れたが、衛はあまり風采の上がらない先輩に向かって、心の中で毒づいた。
《うるせえっての。そっちこそ早く嫁もらえって》
なんだか、強気だ。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年1月19日 (火)

バス事故から生き残るためにこれだけは(#1113)

年始早々、長野県の軽井沢でスキーツアーバスが崖に転落して15名が犠牲になり、25名以上が重軽傷を負う大惨事となってしまいました。犠牲者と傷を負った人々は、ふたりのドライバーを除けば、ほとんどが10代から20代前半の若者でした。


【管理人が怖れていたこと】

当ブログ年始のごあいさつで、今年から交通関係のカテゴリを追加することを予告しました。

それは歩行者、自転車、自動車運転、公共交通機関利用時それぞれの状況で、命に関わる事故から『生き残る』ための方法を考えるカテゴリです。

その中で、公共交通機関利用時の危険として最も怖れていたのが、観光・長距離バスの事故だったのです。

既に多くの報道からおわかりかと思いますが、観光バス業界においては、国の規制緩和による参入業者増加、過当競争、運転手不足などにより、その安全性が相対的に低下していると感じていたからです。

現実に、今回ほどの大事故ではなくても、バスの事故発生数は確実に増加しています。

ですから、観光・長距離バスを利用する時には、「せめてこれだけはやっておこう」ということを記事で提案するつもりでしたが、その前に大惨事が起きてしまいました。

そこで、とり急ぎというのも変ですが、観光・長距離バス利用時の「これだけは」の部分だけを、先に書きたいと思います。


【バス事故の実際】
大きなバスに乗ると、乗用車などに比べてしっかりと守られているような安心感があります。

しかし実際に衝突や転覆などの事故が起きてしまうと、人体への衝撃や損傷は、より大きくなる可能性が高いのです。

まず、あまりシートベルトを締めていない。路線バス以外では、バス乗車時でも法律で装着が義務付けられているものの、実際にはつけていないケースが大半でしょう。

そして、衝撃を吸収するクラッシャブルゾーンが無い。特に側面衝突や転覆時、車体側面で衝撃があまり吸収されません。特に側面衝突や転覆時には、車体が変形しやすいのです。

さらに最近のバスは、眺望を良くするために窓ガラス面積が広くなっていることと軽量化のために、相対的に車体上部や天井部分の強度が低くなっています。

根本的な問題として、バスは車内が広いので、シートから投げ出されるような状況になると、身体の移動距離が長くなり、あちこちに衝突して身体の損傷が大きくなるということもあります。

そして窓が大きいということは、乗客の車外放出の可能性も大きくなっている、ということです。


これらの条件をわかった上で、今回の事故画像を見てください。
Bus1
バスは画像左側から走って来て、横倒しになりながら立木に天井部分から激突して停止

Bus2
立木に激突した天井部分はくの字型に陥没し窓枠も変形

Bus3
車体後方から。天井の陥没部分には、生存空間があまり残らなかったのがわかる

Bus4
転倒して下側となった車体右側面。ボディが大きく変形して窓際の席を押し潰している

これらの状況は、あたかもバスの弱点をことごとく突かれたような状況であり、それが多くの犠牲者を出す結果になったのです。

バスは大きく右に傾きながら右ガードレールに接触し、それをなぎ倒しながら、崖側に横倒しになって行きましたそして崖側に飛び出し、半ば空中に浮いた状態で、屋根の後部が立木に激突しました。

その時、おそらく時速50km以上は出ていたであろう速度が、一瞬でゼロになったのです。

天井部分の変形強度はそれほどありませんから、変形によって速度エネルギーが吸収されて減速する効果は、あまり無かったでしょう。

当初からそのような働きをするように設計されているわけでもありませんし、くの字型に大きく曲がった変形の様子からも、それがわかります。

そのような急減速によって、横倒しになった車内では、シートベルトを締めていない乗客が天井方向へ時速50km、秒速14mに近い速度で投げ出されて車体内部に衝突するか、車外へ投げ出されたのです。一部は、外れたシートごと車外に投げ出されています。

犠牲者を検視した医師によれば、頭部、頸部、胸部の激しい損傷が死因となったケースが多かったそうです。すなわち、高速で吹っ飛ばされて頭から天井部分などに衝突したり、窓枠やガラスに衝突しながら車外に投げ出されたのです。


【現実で解説できてしまう悲劇】

当ブログの新カテゴリで、バス乗車時の危険については、まさにこのような状況を想定していたのです。

それを現実の事故で説明できてしまうということは、悲劇以外の何物でもありません。しかし、そこから教訓を得て新たな犠牲を出さないための対策をすることが、生きている我々の責務なのです。

事故の発生自体を、乗客が減らすことはできません。できることは、規制緩和と過当競争によって、不良業者(今回のバス会社もその類でしょう)の参入や、無理な運行が行われている現実を、まず知ることです。

そして、実際に観光・長距離バスを利用する際には、相場よりも“安すぎる”ツアーや路線を避けることが、ひとつのリスクヘッジとなります。

もっとも、事故の発生率を考えればそれほど神経質にもなれないでしょうし、バス会社まで利用者が選べることは、まずありませんし、バス会社の良し悪しを判断するための情報もありません。

何より、特に経済的に豊かとは言えない若い人にとっては、価格の安さは何よりの魅力です。

阪神・淡路大震災において、家賃が安くて耐震強度が低いアパートに住んでいた20代の学生や単身者が、建物の倒壊によって数多く犠牲になってしまったのと、同じ構造があります。

では、どうしたら良いのでしょうか。


【せめてこれだけは】

今となっては後出しジャンケンと言われても仕方ないのですが、新カテゴリのバス編では、下記のことを提案しようと考えていました。

今回の事故でも、もしそれが完全に行われていたならば、犠牲者はまず半分以下になり、もしかしたら一人も出なかったかもしれません。

それは、とても簡単なことです。

『せめて寝る時だけは、シートベルトを締めよう』

ということです。もちろん、基本的には常時締めていなければなりません(法律で義務付けられています)、観光バスなどでは、なかなかそうも行かないでしょう。

だからせめて、完全に無防備になる寝る時だけは、シートベルトを締めようと提案したかったのです。

それだけで、身体がノーコントロールで吹っ飛ばされてあちこちに激突したり、ガラスや窓枠で身体を引き裂かれながら車外に投げ出されるという、最も危険な状況を回避できるのです。

すなわち、事故を『生き残れる』確率が、大きく上がるということです。


年始早々起こってしまった悲劇に際し、予定していた内容の一部を先に記事にさせていだきました。

皆様が観光・長距離バスを利用される際は、ぜひこれだけは実行されますことを、切に願う次第です。


■当記事は、カテゴリ【交通の安全】です。

2016年1月18日 (月)

大雪の中で防災の限界を想う(#1112)

Snow
画像はイメージです(1月18日朝の都内某所)


今朝の関東地方、大雪でした。

管理人在住の埼玉南部でも、昨晩からの雨は夜更け過ぎに雪に変わりまして、7~8cmの積雪という感じでしょうか。

でも明け方には強い雨に変わり、道路はシャーベットでぐちゃぐちゃです。


【この期に及んで】
そんな中、管理人は車で出かけました。近所までなので、道路の状態は経験的に知っていますし、管理人は北海道で冬道運転を鍛えましたから、この程度の雪道は訳ないどころか、楽しくて仕方ないくらいでw

ただ、何が怖いかというと歩行者、自転車に不慣れな車。

歩道や路肩に雪が積もっていると平気で車道を歩いていて、車が来ても振り向きもしない。

横断歩道まで行くのが大変なので、車が少ないのを良いことに、ぐちゃぐちゃの道路をどこでも渡ろうとする。

雪の積もった交差点の歩道では、雪が積もっている轍の線、雪が無ければ完全に車道上まで出て来る。しかし轍の中はあちこちで深い水たまりになっているから、車は歩くほどの速度に徐行しなければ、歩行者に泥水をぶっかけてしまう。

まあ、これも歩行者の立場になれば当然かもしれません。でも、ちょっと車がスリップでもすれば、一発で直撃される位置で平然としているというのは、ちょっと理解できない。そんなにドライバーの腕と運を信じているの?

で、それはまだしも、歩行者の足元を見ると、平底の革靴だったり(特に中高年男性!)、防水性の無いスニーカーだったりする。

不慣れな雪道でも、交通情報でも見ているのか、足元や周囲も気にせずに歩きスマホをしている。

自転車が雪の少ない、しかしシャーベット状の車道の轍をフラフラと走り、中には傘さし片手運転もいる。対向車があったら抜くこともできないから後ろは渋滞、いつ転んでもおかしくないから、車も下手に抜けない。

傾斜のある歩道では、自転車がずるずるスリップして、転んでいる人もいる。

車は車で、冬タイヤをはいていても異常にゆっくりとしか走れない車も結構いて渋滞を作っているし、それを無理に抜こうとして道路中央部のシャーベット帯に突っ込む車もいる。

センターラインも見えないので、轍を外して道路中央部に異常に寄り、シャーベットを盛大に対向車線や歩道に吹っ飛ばしながら走る、訳の分からない車もいる。

そしてSUVや大型四駆はイキがって車間を詰めてくる。管理人はかつて四駆乗りでもあったので、これには雪が降るたびに怒り心頭。下手な奴ほど、露骨にイキがるのがこの世界。


こんな感じで、昨日から明日は大雪になるぞとさんざん言われていたのに、それでも出勤とかしなければならないはずなのに、この期に及んで何も備えずにいつも通りのスタイルや時間で出かけて、泡食って危険にも気づかずに、周囲の迷惑も気にせずに無茶なことをする人の多いこと。

そういう人、やはり傾向としては中年以上の年齢が多いですね。あとは、周りことは関せずと言う感じの若い人。そこには、今まで大丈夫だったからこれからも大丈夫という、根拠の無い思いこみがあります。

なにしろ、こんな雪でも災害一歩手前、ひとつ間違えたら自分の身に危険が及ぶという感覚を、ほとんど持っていない人の多いこと。

実際に防災指導をしたことがある人ならおわかりでしょう。一見、熱心に聴いているようで、メモ取ったり盛んに頷いて見せたりしながら、結局は何の行動も備えもしない、というような人、結構いますよね、特に中高年に。


【小さな権利に拘る?】

かく言う管理人も立派に中年なのですがw、幸か不幸か防災ヲタです。だからこそ、逆説的にその感覚もわかります。

こんな雪の中を、いつも通り平底靴で出かける人、傘さし自転車で、ぐちゃぐちゃシャーベットの車道を平然と走れる人、車が通過する轍から1mも無い場所に、足場が良いからと平然と「私は歩行者、文句あるか」みたいな顔で立っていられる人。

そんな人々が、大災害に対して十分な備えをしていると思いますか?実際、していない層とほとんど重なるはずです。


特に交通の場面では、歩行者や自転車に優先権がある、もし事故になっても責任は車、という意識が強い。実際は、どちらの責任が大きかろうと、大きな被害を受けるのは歩行者や自転車なのは、言うまでもありませんが。

でも、実際に事故などを経験したことでもなければ、生き物としての危険察知能力よりも、社会生活者としての権利だ責任だという感覚に依存しきってしまっている。

それは、状況がある“しきい値”を超えた時に、すべてその本人に跳ね返って来るだけのことです。権利や責任ではなく、自分の身にふりかかる危険の量をきちんと測れる人は、単純にそれが怖いから対策をしているのです。

なお、ここではそんな層に中高年が目立つと書いてはいますが、若い人がすべて例外というわけでもない。年齢はともかく、あなたはどうですか?


【ここが自主防災の限界か】
我が国は何度も大災害に襲われ、そのたびに国土やインフラは強化されてきました。

一方で、災害大国だからこその、人間の“慣れ”もあります。

いくら大災害に備えよと声高に叫んでも、実際に有効な自主的対策を行っている人は、増えてはいるものの、ある一定の割合で足踏みをしているはずです。

そしてその不動層は、多分これからも動かない。 それが社会の現実ならば、管理人ごときがどうこう言っても始まりません。

でも、慣れない雪道での交通事故という、ある意味で非常にわかりやすい危険さえも眼中に無い人は、危険は知っていても実感できない、もしかしたら一生遭わないかもしれない自然災害への対策なんか、するわけないのでしょうね。

しかし実際に被災してしまったら、備えの無い人は「自分は備えていなかったのだから仕方無い」なんて、決して思わないわけです。現実には、備えた人の負担になってしまうのです。

果たして、自分の責任で災害に備える時、被災前は馬耳東風だった人々に対し、実際の物理的負担をどこまでやるべきなのか。だれもが「困ったときはお互い様」と割り切れるのか。

その答えは、実際の被災現場で初めてわかるのでしょうね。

ぐちゃぐちゃのシャーベット道を走りながら、市民レベルの自主的な防災活動の限界を感じてしまった、今朝の管理人なのでした。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


【再掲載】小説・生き残れ。【3/22】(#1111)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


衛と彼女は、六両編成すべての負傷者が駅員によって搬出されるまで、車内に留まって手助けをした。他にも数人が残って手伝っていたが、最後の担架と一緒に皆が車両を出て行った。衛が駅員から借りていたマグライトを返して、“彼女”のLEDライト一個の明かりだけになった車内は急に、不気味なほど静まり返った。衛は改めて、暗い車内を見回した。つい先程までの混乱がまるで夢の中だったように思えるし、張り詰めていた気が少し緩んだ今も、自分が置かれた異常な状況をどうにも理解することができない。

Subway_2

これは現実では無く、まるでパニック映画の助演男優、それも駆け出しの役者になって、必死に演じ続けていたような気がする。しかしパニックシーンが終わった今も、監督のカットの声も無ければ、スタッフからのお疲れ様というねぎらいも無い。あるのは無言の闇だけ。ひとつだけ映画のようなことがあるとすれば、暗がりの車内には自分と『ヒロイン』のふたりきりだということだ。しかし衛には、次のシーンを演じ始める余裕は無い。衛は自分のワイシャツの袖口についた、負傷者の小さな血のシミに目を落とした。そこだけがただやたらと生々しく、これがフィクションの世界ではないことを物語っていた。


"彼女”は車内をぐるりとLEDライトで照らして最後の確認をすると、衛の方へ向き直った。そして衛の目の前まで歩み寄り、
「手伝っていただいて、ありがとうございました」
と、丁寧に頭を下げた。カールした長い髪が数本、彼女の形の良い唇にまとわりつく。
「い、いえ」
「突然、救護をお願いしてしまって、すいませんでした」
衛は、“そこのキミ!”の迫力は凄かったぞと言いたかったものの、自分の反応のみっともなさも思い出して、それは言わずにいた。
「役に…立てたかな…」
「ええ、もちろん。本当に助かりました」
小柄な彼女は少し見上げるようにして、衛の目をまっすぐ見つめた。床に向けたLEDライトの反射が彼女の大きな瞳に飛び込み、きらっと光る。

《やっぱり、かわいい…》
衛の胸の中に、再び熱い衝動が広がった。脱線した真っ暗な地下鉄車内という、異常な状況で始まる…恋。そんな勝手な思いが衛の中に湧き上がる。なんだか本当にハリウッドのパニック映画みたいじゃないか。せめて名前を聞こうと衛が口を開こうとした時、彼女は
「さあ、わたしたちも早く脱出しましょう!」
促した。その言葉に衛は、はっとして現実に引き戻された。
《そうだった。おれたちも被災者なんだよな…》

右に傾いて床にガラスの破片が散乱する先頭車両を通り抜け、車両正面のドアに備え付けられた避難用はしごから線路に降りる時、衛は前に出て、彼女に手を差しのべた。衛の手に乗せられた彼女の手のひらは、もう汗ばんではいなかった。でも、その手は彼女の見かけから想像するよりもずっと厚みがあり、暖かな量感を伴って、衛の手をしっかりと握り返してきた。


駅員の誘導で暗い階段を上って地上に出ると、朝の街中は人々が右往左往し、異様な空気に包まれていた。停電で信号が消え、渋滞した大通りの車列は全く動いていない。サイレンの音があちこちから響いている。それほど遠くない場所で、黒い煙の筋が何本か立ち上っている。この辺りはビル街なのでひどく損傷したり倒壊している建物は見当たらないが、窓ガラスが割れ落ちているビルは思いのほか多かった。

つい今しがたの騒ぎは地下鉄の中だけの出来事ではなく、かなり大きな地震が発生して、広い範囲で被害が出ているのだということを説明するかのような光景を見て、衛はまたもや映画を演じ続けているような気分になる。まるで深夜の暗がりから騒乱の朝のシーンへ、いきなり場面転換したかのようだ。あまりに非日常的な光景をそのまま現実として受け入れるを、思考のどこかが拒否している。できることなら、この辺でカットの声がかかって欲しい。

それでも衛は少し芝居がかって、もうかなり高く上った朝日に手のひらをかざした。そして眩しさに顔をしかめて空を見上げたまま、彼女に聞いた。
「これから、どうしますか?」
「そうですね…とりあえず、会社に向かってみます」
衛もそのつもりだったので、次に彼女の勤め先の場所を聞いてみて、落胆した。同じ電車に乗っていたのだからこの先一緒に行けるかと思っていたが、その駅からは、衛の会社とは別方向だったのだ。このまま別れたら、もう二度と会えないかもしれない。

その時、ふたりが同時に、同じ言葉を口にした。
「あの…」
彼女ははっとして、すぐにクスっと笑うと、言った。
「そちらからどうぞ」
「…じゃあ…あの…お名前を教えてください」
彼女の顔に微笑みが広がる。
「わたしも同じ事を聞こうと思っていました」
彼女の微笑みが、刺々しく張り詰めた冷たい街の空気をそこだけ暖かい陽だまりに変えたように、衛には思えた。

「わたしは、ミサキレイナといいます」
うわ、アイドルみたいな名前。
「おれ…いや僕は、岩城衛です。岩に城に、衛は人工衛星の衛」
「素敵なお名前ですね」
「いや、ありふれてますけど・・・」
反射的にそうは言ったものの、普段ならば唯の社交辞令でしかないそんな言葉も、衛の目をまっすぐに見つめる彼女の口から出ると、どんな褒め言葉よりも衛の胸を熱くしていた。

彼女は、大きめの黒いハンドバッグから濃いグリーンの名刺入れを取り出して、一枚を抜き出すと衛に渡した。衛も慌てて自分の名刺を出し、彼女に渡す。
「あ、それから」
彼女はそう言いながらハンドバッグから黄色い紙箱を取り出すと、それを開けてアルミパックをひとつ、衛に渡した。高カロリーのエネルギーバーだった。
「お礼と言ってはこんなもので申し訳ないですけど、今日は役に立つと思うので」
「あ、ありがとうございます」
衛は受け取りながら、彼女のハンドバッグからそんなものが出てきたことに、心底驚いていた。

「それでは、行きますね。岩城さんも、気をつけて行ってくださいね」
衛は慌てた。これが映画なら、このまま別れる場面では無い。衛は大きく息を吸ってから、言った。
「あの…落ち着いたら…連絡させてもらってもいいですか?」
彼女は一瞬目を伏せたあと、衛を見た。華やかな微笑みが広がる。
「ええ。では名刺の携帯番号にお願いします」
「か、かならず連絡します」
「はい。お待ちしてますね。では、本当に岩城さんも気をつけて」
「ありがとう。ミサキさんも、気をつけて」

するともう一度、彼女の大きな目が、衛をまっすぐに見つめた。稟とした強さの中に、少女のような可憐さも感じさせる瞳だ。明るい場所で見る彼女の顔は暗がりで見るよりずっとかわいらしいと、衛は思った。ただ、最初に思ったより少しだけ、歳が上のようだけど。

彼女は白い歯を少しだけ見せて微笑みながら頭を下げると、すっと踵を返して歩き出した。その後ろ姿を、衛は呆けたように見つめている。背筋をきれいに伸ばして、ベージュのコートのうしろ姿が、朝日に照らされて遠ざかって行く。カールした長い栗色の髪が、背中で揺れている。すると彼女はビルの角を曲がる前に足を止め、こちらを振り返った。そして佇む衛の姿を認めると、軽く頭を下げた。そしてそのまま数秒の間こちらを見つめたあと、ふわりと角の向こうへ消えた。

衛は、彼女が消えた曲がり角をしばらく見つめていた。そしてふと我に返ると、左手に持ったままの彼女の名刺に目を落とす。そして彼女の名前をゆっくりと一文字ずつ、記憶に刻み込むように、声に出してみる。
「三・崎・玲・奈…さんか…」

彼女が消えた曲がり角から救急車が現われ、渋滞の車をかき分けるように、けたたましいサイレンが近づいて来た。もしこれが本当に映画だったとしても、ふたりの始まりのシーンとしては、それほど悪くないんじゃないか。そう思いながら、目の前で停まった救急車から救急隊員が飛び降りて来るのをぼんやりと見ていた衛の頭の中で、今度は想像の映画監督の声が響いた。

《カット!OK!》


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年1月14日 (木)

【シリーズUDL30】心理編2・わからなければ動けない(#1110)

Kitakukonnan
情報不足は大きな心理的ストレスと行動の停滞を生む(画像は東日本大震災直後の新宿駅前)


■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

今回は、当シリーズ前回記事で触れたふたつのストレスのうちのひとつ、主に被災直後の心理的ストレスについて考えます。


【何が起こっている?】
あなたは、大災害に遭遇してしまいました。自宅や職場、もしくは出先かもしれません。でも、幸いなことにあなたも周りの人も、身体的には被害を受けませんでした。

しかし電気、ガス、水道、通信などのインフラも交通機関も、すべて止まってしまいました。

仮に、今の居場所に目に見える危険はなくても、もしかしたら、そこに二次的な危険が迫っているかもしれません。

その危険とは、地震ならば強い余震による建物の崩壊や土砂崩れ、津波、土石流、ガスもれ、火災、化学物質による汚染などです。場所によっては、群集のパニックに巻き込まれるかもしれません。

とりあえずの安全は確保できているようでも、まだ状況は流動的です。さらにこれが夜間ならば、真っ暗闇で周囲の状況はよくわからず、その中を無闇に移動すれば、また別の危険も生じます。


いわゆる防災の話ではあまり取り沙汰されませんが、特に大都市圏においては、『人的な危険』も考えなければなりません。

被災直後には、人々はある種異様な興奮、そして困窮状態にあります。その中で、自分に必要なものを、他人から得ようとする人がいてもおかしくありません。

さらに、平静な社会秩序が崩壊した状況では、それだけで自分本位の非道徳、非合法行為に走る人が出てくるのは、ある意味で当然と考えるべきなのです。

世の中には、一般的な社会通念が通用しない層が間違いなく存在しますし、そのような層による他に危害を与える行為は、現実の大災害下では確実に起きているのです。ただ、報道にほとんど乗らないだけの話です。

本題とは少し離れますが、過去記事で触れた内容をもういちど書いておきます。東日本大震災の救援活動に従事した自衛隊員氏から、管理人が直接聞いたことです。

その方は、被災後に必要なことの筆頭として、こう言われました。

(特に女性は)「まず、自分の身を守ることを考えてください」

繰り返しますが、被災後の、災害による直接的な危険が去った後の話です。

巨大災害の現場を目の当たりにした人がこう言うことの意味を、十分に考えてください。少し語弊がある言い方になりますが、東北地方の中小都市でも、それが必要だったのです。

これが、さらに大都市圏ならばどうなるか。状況がより悪くなることしか考えられません。

そういう状況になることに対する心理的ストレスも、決して無視できないのです。

さらに、あなたの家族や知人などの安否がわからないということも、強烈なストレスとなります。


【わからない、わからない】
大災害直後の被災地は、このように“非日常”のオンパレードです。そして、当初の危険から逃れた後の最大の心理的ストレスは、『わからない』ということに尽きます。

今何が起きているのかわからない、これから何が起こるかわからない、どうして良いかわからない、どこへ逃げれば良いかわからない、みんなが無事かわからない。わからない、わからない。

当ブログ過去シリーズ【防災の心理】でも触れましたが、人間をある意味で“効率良く”不安に陥れ、パニックを誘う方法としてとても効果的なのが『情報の遮断』であり、被災直後には、それがあなたの身に起こるのです。

さらに、そこへデマ、誤報や誇張された情報が飛び交い(これは必ず起こります)、さらに混乱し、不安が助長される。


【それでも、動かねば】
そんな中でも、あなたは身の安全を確保するために、生きるための物資を手に入れるために、家族などの安否を確かめるために、動かなければなりません。

でもそこで、あなたが自分で見ることができる範囲以上の情報が一切なく、不確実な“情報らしきもの”だけが飛び交っていたとしたら、そのストレスは想像を絶します。

それでは、そんな状況に陥ったあなたの心を救うのは、どんな行動と、どんなグッズなのでしょうか。

もちろん、欲しい情報がすべて手に入ることはありません。何をやっても、得られるのはほんの一部の情報でしょうし、ストレスから完全に解放されることも無いでしょう。

それでも、少しの備えとグッズがあれば、ずっと楽になるのです。

次回は、その具体的な方法を考えます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

北海道浦河沖で震度5弱(#1109)

本日1月14日午後12時25分頃、北海道の浦河沖、深さ50kmを震源とするマグニチュード6.7の地震が発生し、函館市などで最大震度5弱を観測しました。

この地震により、若干の海面変動が起こる可能性がありますが、津波は発生していません。


【"北海道一"の地震の巣】

浦河沖と言えば、おそらく北海道周辺で最も地震が多発してきた”地震の巣”と言えます。ここでの主な震源深さは、30~70km程度です。

東日本大震災(東北地方太平洋地震)の発生前から、中小規模の地震が震災前としてはかなり頻発していましたが、震度5クラス以上になることは滅多にありませんでした。しかし、震災後には発生頻度、規模ともに活発化が見られていました。

震災後には、道東の根室周辺での地震が急増したので、発生回数としては北海道一という感じではなくなりましたが、現在でもかなり活発な震源域であることに変わりありません。

震災後最大の地震は、震災から約5ヶ月後の2011年9月7日の震度5強(震源深さ『ごく浅い』、M5.1)でした。その後、2011年11月24日には震度5弱(震源深さ30km、M6.1)が発生し、今回の地震はそれ以来の震度5弱となります。


【震源が深くて助かった】
今回の地震は、マグニチュード6.7とかなり大規模であり、もし深さ10km以浅で発生したら地上の揺れは震度5強~6弱レベルに達し、かなり大きな津波が発生したはずです。

しかし震源深さが50kmと深かったために、海底の大きな変形は伴わず、若干の海面変動の可能性程度で済みました。これが深さ30kmだったら、1~2m以上の津波が発生したかもしれません。

もし深さ10km以浅でこの規模だったら、3mを超える大津波になる可能性もありました。

浦河沖の震源域は、海岸に非常に近い海底のために、もし津波が発生した場合は、数分以内に陸地に到達します。


【沿岸部はしばらく警戒を】
今後しばらくは余震が発生する可能性がありますが、震源深さが30km程度より深ければ、今回の本震より小規模の余震で、津波が発生することは無いでしょう。

しかし、同じ震源域で10kmより浅い地震も発生していますから、今回の地震が浅い地震を誘発する可能性もあります。

その場合、前記のように深さ10kmより浅く、マグニチュード値が6台後半以上の規模になると、かなり大きな津波が、もっとも近い陸地には数分以内で到達するでしょう。

このため、北海道の太平洋岸及び青森県、岩手県北部沿岸などでは、浦河沖も含めた周辺の震源域の動きに対し、1週間程度は地震及び津波警戒レベルを上げておくべきかと考えます。

この地震について、気象庁からの発表がありましたら追記します。


■気象庁発表■
この地震は、震源深さ52km、マグニチュード6.7、西北西-東南東方向に圧力軸を持つ逆断層型とのことです。

以下は管理人の判断ですが、基本的には太平洋プレートの西向きの圧縮力によって太平洋プレート岩盤内で発生した、圧縮力による逆断層型『スラブ内地震』と思われます。

東日本大震災前から地震が多発している震源域ですが、当該震源域は震災後に活発化も見られることから、非常に広い意味において震災の余震のひとつと見ることもできます。

■1/14 2250時追記
本震の発生から10時間以上経過しても、余震と思われる有感地震は発生していません。しかし、これはプレート岩盤内で発生する『スラブ内地震』の場合には珍しいことではありません。可能性はあまり高くないものの、今後しばらくの間は、近隣震源域での誘発地震を警戒すべきかと考えます。

■当記事は、カテゴリ【地震関連】です。

2016年1月11日 (月)

【再掲載】小説・生き残れ。【2/22】(#1108)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定などは、すべて架空のものです。

六両編成の地下鉄電車は先頭車両がふたつの台車ともに脱線して右に傾き、二両目も前方の台車が脱線していて、重傷者の多くはその二両に集中していた。ほとんどは急減速や脱線の衝撃で投げ出されて車内のどこかに激突したり、なだれかかった乗客の下敷きになって負傷したものだが、割れた窓ガラスの破片で深い切り傷を負った者もいた。

衛の乗った三両目では、大半が人の下敷きになって負傷したようで、骨折するような重傷者も出ているようだったが、ほとんど暗闇の、しかも人がぎっしり詰まった車内では負傷者に近づくどころか、倒れている負傷者の脇にかがむことさえ容易ではない。それでも、皆が取り出した携帯やスマホのディスプレイが放つ薄ぼんやりとした明かりを集め、少しずつ負傷者の様子を見る者も出始めた。

そこへ、トランジスタラジオの音声をイヤホンで聞いていた若い男の声が響いた。
「津波の心配は無いそうです!津波は来ません!ラジオで言ってます!」
その声に、張りつめていた車内の空気が揺れた。だれもが大きく息を吐き、さざ波のようにざわめきが広がる。携帯やスマホでネットに接続しようとしていた者も一斉に顔を上げた。ネット回線は生きていたようだが、地下であることと激増した通信トラフィックのために、情報が得られそうなサイトには全く接続できていなかったのだ。

この地下鉄線は海に近い低地を走っている区間があるために、東京湾で大きな津波が発生した場合、トンネルの一部が水没する危険性が指摘されていた。しかし現在電車が止まっている区間は浸水する可能性は無かったし、それ以前にほとんどの乗客はその事実を知らなかったのだが、とにかく大きな危険がひとつ無くなったということが重要だった。薄明かりの中で黒い人波の動きが激しくなり、窓を開ける者、周りに声をかけて負傷者を楽な姿勢にしようとする者など、早くもひとつの"秩序”が生まれつつあった。

衛が乗った電車は幸いにして駅のすぐ手前で止まったため、程なく支援の駅員が駆けつけた。傾いた先頭車両のドアにはしごをかけて、乗客の救出が始まる。駅員が持つ強力なライトの光が、暗闇のトンネル内を交錯する。自力で歩ける乗客がぞろぞろと車内から出始め、15分ほどかかってほぼ全員が車外へ出た。しかしあの“彼女”はその間も車内に残り、動けない人の脇にしゃがんでは、皆の身体に手を置きながら、声をかけて回っている。
「どこか痛みますか?すぐに助けが来ますから、がんばって!」
「ゆっくり息をしてください。大丈夫ですよ」
「もう大丈夫です。すぐに手当てしてもらえますよ」
と、実にテキパキとした動きだ。衛はその様子を、突っ立ったままぼんやりと見ていた。手伝おうにも、何をして良いのかわからない。

しばらくして、ヘルメットのヘッドランプを光らせながら、担架を抱えた二人の駅員が貫通扉から車内に入って来た。“彼女”はすぐに床に横たわる一人の男の足をLEDライトで照らすと、
「あの方からお願いします。ちょっと、急がないと」
と伝えた。どうやら皆の怪我の程度を見ながら、救出の優先順位を決めていたらしい。きっと看護師か何かに違い無い。それにしては髪型とか派手だけど…ぼんやりとそんなことを考えていた衛に顔を向けると、女は強い口調で言った。
「キミ、ちょっと手伝って!」
「…は、はいっ!」
Subway

またもや小学生のように声が裏がえった返事をしながら、衛は暗い車内を小走りに近づいた。負傷者を担架に乗せるのを手伝うのかと思ったら、
「これ持ってて。顔を直接照らさないでね」
と、“彼女”は衛の右手を包むようにしながら、銀色に光る小さなLEDライトを手渡した。衛はその時、"彼女”の温かい手のひらがじっとりと汗ばんでいるのを感じ、はっと気付いた。
《この人も、怖いんだ…》
この混乱の中でテキパキと気丈に動いていても、当然ながら強い恐怖を感じている。でもそれを意思の力で押し殺して、他を救うために行動しているのだ。

そう気付くと、衛の胸の中にじわりと暖かいものが拡がった。そして思わず、自分でも意外な言葉が口をついた。
「大丈夫です。おれが、ついてます」
床にしゃがんで担架に乗せられた負傷者の様子を見ていた“彼女”は、はっとしたように顔を上げて衛を見た。見下ろす衛の視線の中で、彼女の大きな瞳が、ライトの反射できらりと光る。すると彼女は少しだけ目を細めて、微笑んだ…と、衛には思えた。

「では、お願いします」
しかし彼女はすぐに駅員に向き直ると、担架の搬送を促した。それを見送ると、シートにもたれて泣きじゃくっている女子高生の肩を抱いて、
「もう少し待ってね…もう大丈夫だから。足、痛む?」
と、優しく声をかけた。それを見た衛も、駅員が置いていったマグライトを手にして、床にうずくまったり、ドアにもたれて座り込んでいる負傷者の横にしゃがんでは、励ましの声をかけて回った。
「もうちょっと待ってくださいね。助けが来ますから」
彼女がやっているように、やればいい。

「心配無いですよ。おれら、最後までここにいますから」
足首を強くひねったらしく、シートに座ったまま動けずに不安そうな表情を浮かべている中年女性にそう声をかけた時、"彼女”が顔を上げて、衛の方を見た。衛がそれに気付いて見返すと、小さなライトふたつだけが照らし出す薄ぼんやりとした闇の中で"彼女”は、今度は確かに、にっこりと微笑んでいた。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。


青森県三八上北で震度5弱(#1107)

2016年1月11日、午後3時26分頃、青森県三八上北地方、深さ約10kmを震源とするマグニチュード4.5の地震が発生し、青森県青森南部町で最大震度5弱を観測しました。

この震源域は、東日本大震災(東北地方太平洋地震)の後に活発化した震源域のひとつですが、最大震度が5弱に達したのは、震災後初めてです。


【小規模地震が散発的に】

この震源域は、震災前は震度1~2程度の地震が1年に1~2回発生する程度でした。

震災後は明らかに活発化ましたが、それほど多発していたというわけではありません。でも、『三八上北』(さんぱちかみきた)という耳に残りやすい名称でもあるせいか、結構頻繁に起きているような印象がありました。

そこで、今回改めて調べてみたところ、2011年3月11日以降に発生した有感地震は、今回の震度5弱で22回目に過ぎませんでした。

それも、震災直後から震度1~2の小規模地震がほとんどで、震災直後の5月に震度3が1回あったのみという、かなり静かな震源域でした。


【ポテンシャルはどこにでも】
言い尽くされたことではありますが、しばらく静かだった、または全く動きが無かった震源域でも、こういうことが起こるわけです。

今回は震度5弱で済みましたが、これがさらに巨大化しないという保証はどこにもありませんし、火山活動も含めて、日本列島のどこで起きてもおかしくない状況が続いています。

大被害をもたらす規模の地震や噴火を引き起こすポテンシャルを持った断層や火山は、日本中どこにでもあるのです。


■気象庁発表■
この地震について、気象庁から発表がありました。

この地震は、震源深さ約10kmで東北東-西南西方向に圧力軸を持つ逆断層型、マグニチュード値は4.6となっています。

基本的には、ほぼ東西方向に圧縮力が加わった浅い断層による地震であり、東日本大震災(東北地方太平洋地震)後の地殻変動による、広義における余震活動ということができます。

■■お詫びと訂正■■
当初アップした記事中、過去の地震と同じマグニチュード値で震度が大きく違っているという記述をしましたが、過去の同規模地震の震源深さは90km、今回の地震は深さ10kmですので、震度の差は合理的は範囲です。

このため、記事の該当部分を削除させていただきました。お詫びと共に、上記の通り訂正させていただきます。

■当記事は、カテゴリ【地震関連】です。

2016年1月10日 (日)

【再掲載】小説・生き残れ。【1/22】(#1106)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。

Rush

「ぐっ…いでぇ…」
衛は呻いた。電車が線路の分岐に差しかかって大きく揺れた途端、すぐ隣の男が肩にかけたバッグの角が、脇腹に思い切り食い込んできたのだ。毎朝のことながら、この線の無茶な混雑にはうんざりだ。衛は手すりのポールをしっかりと両腕で抱えこみ、つま先にぐっと力を入れて押し寄せる人の圧力に耐えた。男の自分でもこんなに苦しいのに、よくもまあ女性が乗っていられるものだと、いつも思う。年の瀬も近い今頃はみんなかなり着膨れしているせいで、尚更だ。
 
次はやっと地下鉄への乗り換え駅に着く。見ず知らずの人とのおしくらまんじゅうから、やっと開放される。衛が両足の間の床に置いたショルダーバッグを取ろうとしてもぞもぞと動き始めたその時、車内のあちこちからくぐもった、しかし神経を鋭く逆なでするような音が一斉に鳴り響いた。携帯電話の緊急地震速報。車内の誰もが一瞬息を呑み、何人かがもがくような手つきで慌てて携帯を取り出した。一瞬固まった衛も、なんとかズボンのポケットから自分の携帯を取り出して、ディスプレイを開く。

『千葉県で地震発生。強い揺れに注意してください。』
ディスプレイに表示された無機質な短い文章を一瞥してから、思わず顔をあげて周りを見た。周囲の乗客も不安を宿した目できょろきょろと見回しているが、それ以上の動きは無い。
《まあ、大したことはないだろう…》
《今までにも大きい地震来たことないし…》
《前に鳴った時も小さかったし…》

突然頭をもたげて来た不安を、誰もがそんなふうに考えて打ち消そうとしているようだった。だれにとっても、ここで地震など来てもらっては困るのだ。今は仕事場や学校に遅刻せずに行くことが最優先課題だ。地震ごときに今日の予定を邪魔されるわけにはいかない。それに周りの誰も動かないし ―そもそもほとんど動けないが― 騒ぎ出さない。だからきっと大丈夫だ。そう、きっと大したことは無い。現に、揺れなんか全然感じないじゃないか…。

衛もそう思って息を吐いた時、電車の揺れとは明らかに異質の、足元がぐいっと持ち上げられるような動きを感じた。次の瞬間にはドスンと落ちるような衝撃が来て、車内の空気が再び一瞬で凍りついた。
「で…でかい…!」
衛が思わず声に出した途端、いきなり電車ごと大きく振り回すような揺れが来て、車体がギシっと軋んだ。車内がざわめき、女の短い悲鳴が響く。その時、電車に急ブレーキがかかった。地震を感じた運転士が、非常ブレーキをかけたのだ。

普段駅に止まる時の数倍の減速度に、すし詰めの乗客は身構える暇も無く、車内前方に向かってドドドっと押し寄せた。吊革や手すりにつかまっていなかった乗客が人の壁に向かって投げ出され、何人かは転び、さらに後方から押し寄せる人波にのしかかられた。肺から空気を叩き出される、ぐえっと言うような奇妙な呻きが車内に満ちる。

車両前方のドア脇に立っていた衛は、後方から押し寄せる人の波に押されて手すりにしがみついている腕を振りほどかれそうになったが、なんとか踏ん張った。しかし右腕がポールと男の背中の間に挟まれて、骨が折れるんじゃないかというほどの苦痛に呻いた。
《うぅっ…ウソだろおい…》
衛が普段からなんとなく想像はしてはいた“大地震”のイメージがいきなり現実になり、頭の中は真っ白で、身体は硬直していた。窓から見える電線と架線柱が、ぐらぐらと揺れている。電車の速度はかなり落ちたが、揺れはさらに激しくなり、このまま電車が脱線転覆するんじゃないかと思ったが、衛はシート脇の手すりにしがみついたまま、足を踏ん張っていることしかできなかった。

電車は、車輪を軋ませながらなんとか停止した。揺れは次第に収まって行く。どうやら、大地震と言うほどではなかったらしい。車内では皆が一斉に携帯やスマホで地震情報を確認し出す。遅刻するかもしれないと、早速勤め先に電話をし出す気の早い者もいる。衛は携帯を持ったまま相変わらずポールにしがみついているだけだったが、周りから聞こえて来る声によると、今の地震はこの辺りで震度5弱だったらしい。でも感覚的には、それよりずっと大きかった気がした。
「なんとかなった…」
ざわめき始めた車内で、衛はやっと一言だけ、つぶやいた。
 
電車は数分間その場で停車した後、既に目の前に見える次の駅に向かって、人が歩くような速度で動き出した。それにつれて、車内の空気は急速に“日常”に置き換わって行く。これなら遅刻せずに済むかもしれない。電車が駅に着くと、開いたドアから溢れ出した乗客は我先にと地下鉄ホームへ続く階段を駆け下りた。

今の地震で地下鉄が動いているかわからないが、とにかく行ける所まで行く、それがサラリーマンの本能でもあるかのようだ。ホーム上では幾人かが座り込んだり倒れたりしているが、それを気にかける人はあまりいない。きっと誰かが助けるだろうし、自分がわざわざしゃしゃり出ることは無い…。

衛は人波に押されるように階段を駆け下りながら、自分の後ろの方で女の悲鳴と男の怒号が飛び交うのを聞いた。
《ここで転んだらヤバイな…》
頭の隅でそう思いながらも、振り返りもせずに階段を駆け下りた。実際、こんな人の流れの中で、立ち止まることなどできはしない。だから、何もできないのは仕方ない…。


地下鉄ホームは、人が線路にこぼれ落ちそうなくらいの混乱だった。でも、少しの間だけ施設点検のために止まっていた電車は、既に動き出しているようだ。電車の入線を知らせる放送ががなり立てる。衛は二本目の電車になんとか乗り込んだが、車内は先程よりひどいすし詰めだ。電車が動き出すと、車体が大きく揺れる度に車内に呻き声が満ちた。電車が遅延回復のためにいつもより速い速度にまで達したその時、車内のあちこちからまた、あの警報音が鳴り響いた。しかし車内の空気は先程よりは張り詰めなかったし、それは衛も同じだった。
《またかよ…きっとさっきの余震だ。大したことはない…》

次の瞬間、いきなりドン!と地の底から突き上げられるようなたて揺れが来た。厚いフェルトで包んだ巨大なハンマーで下から叩き上げられるような衝撃で、電車が線路から飛び上がるのではないかと誰もが感じるほどだった。電車の轟音に重なってトンネル全体がゴーっと唸りを上げ、車内の悲鳴をかき消す。
《さっきより、でかい…》
衛が、そして誰もがそう悟ったとき車内の照明が消え、いくつかの小さな非常灯の明かりだけになった。誰もが息を呑み、もうほとんど悲鳴も上がらない。すぐに非常ブレーキがかかり、すし詰めの乗客は激しく前方に圧縮される。たて揺れと横揺れが混ざった振り回すような激しい揺れが、どんどん強くなって行く。

その時、電車の前の方からガーンという衝撃音とも爆発音ともつかない轟音が車内を駆け抜け、そのままガガガガガっという鋭い金属音と共に、車体が飛び上がるように感じた。実際に先頭車両では乗客が飛び上がり、天井や荷物棚に頭から衝突した者もあった。その他の車両には激しい減速ショックに襲われ、ほとんど暗闇の中で真っ黒な人波がなだれ落ちるように、車両前方に押し寄せた。

トンネルの天井から落ちたコンクリート塊に乗り上げた先頭車両が脱線して、傾いた車両がトンネル壁に接触していた。ガガーっという轟音と共に激しい火花が長く尾を引き、車内がまだらなオレンジ色に照らし出される。とっさに手すりを掴んで、なんとか衝撃に耐えた衛が視線だけで車内を見回すと、想像もしていなかった状況に、呆けたような表情がいくつも目に飛び込んできた。しかし、衛自身も同じような顔をしているということには気付かなかったが。

電車は飛び上がるような激しい震動を繰り返しながら次第に減速し、やっと止まった。脱線によって車両間に渡した電線が切れ、いつの間にか非常灯も消えている。自分の手元も見えない。文字通りの真っ暗闇だ。車内放送も沈黙している。辺りが静まると、たくさんのうめき声が暗闇の中から湧き上がるように、衛の耳
に届き始めた。
「い、いてえよう…」
「ううぅ…やられた…くそ…」
「助けて…おねが…たすけ…」
すぐ足下の暗がりから聞こえてくる若い女の声に向かって、衛は気休めとは思いながらも
「大丈夫だ。なんとかなる」
とかすれる声で言葉をかけたものの、どうして良いのかは全くわからない。

その時、トンネルの奥からゴーっという地鳴りが聞こえて来るのと同時に、再び振り回すような激しい揺れが襲ってきた。視界ゼロの暗闇で誰もが息を呑んだ瞬間、車内に野太い男の声が響き渡った。
「トンネルが崩れるぞっ!」
その声に、多くの脳裏にはっきりと“死”、それも暗闇で電車ごと押しつぶされる、苦痛に満ちた最悪の死のイメージが浮かび上がった。何も見えない中、倒れている人などかまわず踏みつけながら、だれもが近くの窓を開けようとしたが、脱出用の窓は車両中央部と車端部にしかなく、それも人ひとりがやっと通れるくらいの広さしかない。それでも、暗闇でパニックを起こしかけた乗客は、窓を開けようと遮二無二人を掻き分けた。踏みつけられた人々が上げる悲鳴など、もうだれの耳にも届かない。誰かが
「非常コックだっ!」
と、ドアを手動で開けられるコックの存在を叫ぶが、それがどこにあるかわからず、探そうとしても、人間がぎっしり詰まった暗闇ではろくに動くこともできない。

「ヤバいぞ…これはマジでヤバイ…」
ひたすら手すりにしがみついていただけの衛も、とにかく脱出口を捜そうと真っ黒な人波を掻き分け始めようとした時だった。突然、衛からほんの2メートルほど離れた場所で、強く白い光の束が天井に向かって放たれた。白い天井で反射した光が、暗闇の車内を薄ぼんやりと照らし出す。その光に皆が息を呑み、一瞬車内が静まる。ほとんど同時に、よく通る若い女の声が響き渡った。
「全員その場を動かないっ!トンネルは崩れませんっ!必ず出られます!指示があるまで静かに待機するっ!」

衛は、手のひらに収まるほど小さいけれど、強力なLEDライトを左手に掲げる女の横顔を見た。カールした長い髪が肩にかかる、ベージュのロングコートを着た小柄な女だった。しかしその横顔には、この状況をまったく恐れていないような、凛とした強い意志がみなぎっている、衛にはそう思えた。

すると女がくるりと顔を衛の方に向け、再び叫んだ。
「まず負傷者を救護してくださいっ!」
衛と女の目が合った。衛は自分が置かれた状況も忘れ、思った。
《か、かわいい…》
女はそのまま、大きな目で衛をまっすぐ見据えながら言った。
「そこのキミ、すぐに負傷者救護!」
衛は女の迫力に押されて、先生にしかられた小学生のように、あたふたしながら反射的に返事をしていた。
「は、はい…でも、救護ってどうすれば…」
「そんなこともわからないの?バカっ!」
「…すいません…」

女の剣幕に、衛は固まったまま動けなかった。30歳の自分より年下の女に、こんなに本気で怒鳴られたのは初めてかもしれない。それでも衛は、女の瞳の中に恐怖や怒りとは全く異質の、なにか暖かい光のようなものも感じ取っていた。どこか人をほっとさせるようなその光が、一度は圧倒された衛の背中をやさしく押し返した。
「…教えてください。手伝います」
思わず、そう口が動いていた。

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突然始まりましたこの小説は、2013年1月から全22回に渡って連載した、管理人オリジナル『防災小説』です。2016年の新年企画として、これから全文を再掲載させていただきます。作中、登場人物の知識、意識、行動や備えが、そのまま現実の被災時に役立つ内容になるように書いています。

物語をお楽しみいただきながら(面白いかどうかは保証しかねますがw)、具体的な部分を是非ご参考にされてください。既にお読みいただいた方も、よろしければ是非また。

もちろん、通常の記事も更新して参ります。決して記事数稼ぎの手抜きではありませんw


■当記事は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年1月 7日 (木)

【シリーズUDL29】心理編1・UDLで心の安定を保つために(#1105)

Kesennuma
UDLでは肉体的、精神的に強いストレスに晒される (画像はイメージです。宮城県気仙沼市にて)


■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。


今回から新テーマ、心理編を始めます。

【避けられない心理ダメージ】
UDLでは、生きるために必要な物資が入手困難になり、まず身体へのダメージが加わります。

そして家や財産、時には家族や知人を失い、心に大きなダメージを負うことも多いでしょう。

避難所やインフラ停止下での生活自体も、非常にストレスフルなものでもあります。


では、そのようなことが無ければUDLの心理は安泰なのかというと、そうでもありません。

とりわけ、UDLに特有のふたつの理由によって、多くの人が強いストレスを受けてしまいます。

それに加えて、前記のような強い肉体的、心理的ダメージやストレスが加わることもあるのですから、UDLで安定した心理状態を保ことは、とても困難だと言わざるを得ません。


【手軽で効果的な方法とは】
時々見かけるUDLの心理対策に、『好きな本を非常持ち出しに入れておけ』というものがあります。

その理由は、皆様すぐにおわかりになるでしょう。過酷な現実から目をそらし、わずかな時間でも自分の好きな世界に没頭できる方法であり、それは被災者の生の声でもあります。

その効果は、本を読んでいる時間だけに留まりません。過酷な現実を一時的にでも忘れ、それ以前の“平和な”時代の、本にまつわる様々な記憶や感情が呼び起こされることが大切なのです。

その結果、少しでも穏やかだったり前向きな気持ちになれたなら良いですし、もし泣きたくなったら、泣いてもいいんです。 泣くことは、心の洗濯です。特に男性の方、人前で泣くのが嫌ならば、ひとりの場所を探して、思い切り泣いてください。我慢してはいけません。

女々しいとかそういうことは関係ありません。人間の脳の生理機能として、泣くことによって確実にストレスの影響が軽減できるという、ただそれだけのことです。


必要なことは、感情を揺り動かすこと。強いストレスに晒される中、自分を守るためにガチガチに固まった“心の殻”にヒビを入れる、きっかけを与えることなのです。

強いストレスに対してただ感情を押し殺しているだけでは、心の安定は保てません。無理をして抑え続けると、いつかは破綻します。そこに何らかのはけ口が必要であり、そのきっかけとなる手軽な方法が、UDLにおいて好きな本と接することなのです。

もちろん、本以外の方法があればなんでも一向にかまわないのですが、インフラ停止下で最も手軽な方法が、本というわけです。


【誰にでも共通するふたつのストレス】
UDLにおいて被災者が受けるストレスは、置かれた状況や被害の程度などによって様々です。その一方で、大災害に遭遇した人全てに共通すると言っても良い、ふたつのストレスがあります。

それらは、人間の本能と社会生活を営むための根源的な能力に根ざした、避けようの無い強いストレスと言えるでしょう。

しかしその理由を知り、心とモノの対策をしておくことでそれらのストレスを軽減し、より積極的で合理的な心理と行動へ繋がるきっかけにすることもできるのです。

それらふたつのストレスは、UDLの初期に強く感じるものと、後半期に強く感じるものに大きく分けられます。心理編では、このふたつのストレスを知り、具体的な対策をしておくことで、過酷なUDLでもできるだけ心の安定を保つ方法を考えます。

それは、特に珍しい方法ではありません。ただ、そこにちょっとした気遣いと工夫をすることで、より効果的にできるのです。


次回から、具体的に考えて行きます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年1月 4日 (月)

新年あけましておめでとうございます(#1104)

Shinjyuku

新年あけましておめでとうございます。2016年、平成28年の記事を始めさせていただきます。トップ画像は、なんだかあまりめでたくない感じで恐縮です。

実はこの画像、友人が撮影した新宿の夕景(朝日じゃなくてすいません)でして、色彩加工無しのオリジナルに文字を入れたものです。どんよりとした雲が割れて明るい夕日が差し込んだ瞬間の、ちょっとドラマチックな風景ではありますが、やっぱりあまりめでたい感じじゃないですねw


【東京湾は静かですが】
昨年末は、少し早めに締めさせていただいた途端に東京湾直下で5連続地震が発生し、年末くらいまで、ちょっとドキドキしながら過ごすことになりました。

状況は追加記事と当ブログのTwitter公式アカウントでお伝えしつつ注視しておりましたが、結局はその後本日(1/4 1900時)に至るまで東京湾での有感地震は発生しておらず、天候も含めて穏やかな新年を迎えられています。

しかし、東京湾直下でのごく短時間における連続地震は、少なくともここ10年は発生しておらず、それ以前でも管理人は記憶しておりません。

何より、現在は日本列島全体が東日本大震災(東北地方太平洋地震)による巨大地殻変動の影響下にありますから、過去に無かったことがどこで起きても、全く不思議では無いということを、改めて肝に銘じなければなりません。

それは東京湾や南関東に限らず『日本中どこでも一緒』です。地下でエネルギーを貯め、しかし沈黙している断層は日本中どこにでも存在しますし、我々が知っているのは、あくまでその一部に過ぎない、ということです。


・・・というような『定番ネタ』は、もう耳タコですよね。もう誰も危機感など煽られないのに、メディアでこういうこと言うだけでいい商売になる、実践できもしない対策を垂れ流すだけで商売になるような現状に、管理人と当ブログは今年も抵抗して参ります。

『何が起こるか』は、もう十分。そこで『何をするか』も、意識が高い方々にはそれなりに広まっているでしょう。では、それを『どのようにやるか』については、あなたは自信がありますか?

あなたが災害時に『こうしよう』と考えていること、それは『本当にできますか?』そのような視点で見直せば、巷の防災情報など、ゴミだらけです。


【今年も変わらずに】

そんなわけで、当ブログとしては今年もそんなゴミ情報(と、それを垂れ流す輩)を叩きつつ、あらゆる場面で
『どのようにやるか』、『そのためには何が必要か』という現実的な情報にこだわって、記事をお送りして行きます。

当ブログをお読みいただいた方の多くから、「他に無い情報が書いてある」というご感想をいただけます。そんな情報をお役立ていただけておりましたら、なぜそういう情報が他に無いかという理由も、考えていただければと思います。

ものすごく単純化してしまえば、情報の出し手の多くが、“その程度”に過ぎないということです。

しかし管理人とて、お出しする情報の大半は他から得た情報です。すなわち、正しいテーマの下に情報を集める手間をかければ、正しく有用な情報は巷にいくらでもあるのです。

さらに、それをできるだけ実践することで現実的な問題点を見いだし、できるだけシンプルに加工しながら、皆様にお送りして参ります。


【今年から変わること】
さらに今年は、これまでの枠を超えます。

当ブログのタイトルでありテーマは、『生き残れ。』です。対象とするリスクは、何も自然災害に限りません。我々の生命や安全を脅かす、すべてのリスクが対象です。

これまでも、折りに触れてテロ攻撃や交通機関の事故への対処法を考えて来ましたが、それらをさらに強化して行きます。

特に強化するのは、自動車の交通事故。近年、自動車事故による死者は減り続けていますが、長年に渡って日常的に車や二輪車に乗ってきた管理人の感覚では、交通事故のリスク自体は、むしろ急増しているように感じます。

その大きな理由のひとつが、いわゆる団塊の世代の高齢化。車や二輪車に乗る比率の高い層が高齢化し、高齢ドライバーが一気に増えているのです。

資料によれば、今日では高速道路などの逆走は、ほとんど毎日どこかで起きているという状況ですし、アクセルとブレーキの踏み間違い事故も急増しており、それらが今後、さらに増加することは確実です。

そのような注意力が低下したドライバーの増加により、歩行者への危害リスクも、確実に増加しています。

さらに、自転車の車道通行による事故リスクも急増する一方、歩道を通行する一部の自転車に対する注意が散漫になることによる事故も急増しています。

最近の街中でのそんな危険、皆様気づかれていますか?予備知識を持って見れば、「あのドライバー(自転車)危ないな」と感じることはいくらでもありますし、それは猛烈に増えているのです。

そんなわけで、現実的には自然災害に遭遇するよりも大きいとも言える、交通事故のリスクに対してどうセルフディフェンスして行くかについても、当ブログの主要テーマとします。


【実はちょっとプロです】
ひとつカミングアウトしますと、管理人は専業ドライバーとして仕事をしたことは無いものの、主にタクシーや代行車ドライバーの免許である普通二種免許を持っており、だいぶ昔ですが、二輪車安全運転準指導員として活動したこともあります。

実際の運転経験も車は乗用車、スポーツカー、トラック、大型四駆、二輪は原付から1200ccまで、オンロードにオフロード、街中からモータースポーツまで幅広い経験があり、北海道で輸送機器関係の仕事をしていた経験もあるので、特に寒冷地や悪条件下の運転にはウルサいのです。

そんなわけで、とりあえずプロの視点から交通を見て、語ることができます。実は防災の方が趣味なんですw


大災害の現場を実際に見た人は、全体から見れば多くはありませんし、一生見ないかもしれません。しかし、交通事故ならば誰もが見たことがあるでしょうし、経験された方も多いでしょう。確率論で語る以前に、それは自然災害よりも、はるかに身近な危険なのです。

そんな急増する交通事故リスクに対して、ちょっとした意識と行動の変化でセルフディフェンスするためのシリーズも、今年はお送りして行きます。

そんなシリーズを始めるのも、最近特に「これはヤバいなぁ」と、肌で感じるからなのです。

路上に転がっているのが、あなたやあなたの大切な人になることが無いように、真剣に考えるべきテーマです。


【今年もよろしくお願いします】
というわけで、今までのテーマに加えて交通事故対策を大きな柱に加えつつ、必要に応じて生活の中の様々なリスクに対処する方法をお送りして行きます。

本年も『生き残れ。Annex』を、よろしくお願い致します。

管理人も含め、我々に巨大なリスクが降りかかるのは、今年かもしれません。などという思いもあるせいで、あんなトップ画像にしたのかもしれませんw

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


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