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2016年2月25日 (木)

【再掲載】小説・生き残れ。【22/22最終回】(#1149)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


地震の発生から6時間ほどが過ぎ、大津波警報が解除された。既に夏の太陽は大きく西に傾き、一見すると穏やかさを取り戻した海を、茜色に輝かせている。しかし沿岸の街は、それまでに3回に渡って押し寄せた津波によって、ほとんど破壊し尽くされていた。

高台の津波避難所に避難していた観光客や地元住民は、少しずつ街へ、いや街だった場所へ戻り始めた。海岸近くの、水に漬かったままのビルの上空で、紺色に塗られた航空自衛隊のヘリコプターがホバリングして、屋上から避難者を吊り上げているのが、遠くに見える。

陽はさらに西に傾き、空が夕焼けに染まり始めた。
「これから、どうしようか…」
呟く衛に、隣で破壊されつくした街を見つめていた玲奈が答えた。
「とりあえず、ここの避難所に行くしかないわね…」
「いつ東京に戻れるかな」
「そうね、早くても3日か4日…もっと長くかかるかも…」
ラジオで聞いた情報によると、東京や横浜も震度5強から5弱の揺れに見舞われ、かなりの被害が出ているらしい。交通機関の復旧の目途も立っていない。この辺りの震度は、6強だったという。

「それまで避難所で、ただ待つしかないのか」
衛が言うと、玲奈は衛の方を向いて、口元に少しだけ笑みを浮かべながら言った。
「大丈夫。十分忙しいから。助けが必要な人が、たくさんいるわ」
衛は、なんだかこんなのはすごく久しぶりだと思いながら、敢えて軽口を返した。
「玲奈の“ひとり災害派遣”は続く、か」
「バカ。わたしたちはひとりじゃないわ」
玲奈は広場の奥にいる、須田と恵子を振り返りながら言った。
「それにもちろん、あなたもいるし」
恵子はもうすっかり元気を取り戻し、起き上がって須田と何やら話している。恵子の左の太ももに巻かれた、白い包帯が痛々しい。衛もふたりの姿を振り返りながら、思った。
《いろんな意味で、でかい夫婦だ…》
身体の大きさはもとより、鍛え上げられた身体と精神、仲間への信頼、そしてなによりお互いを思いやる、大きく深い愛情。

衛は、あまりにも目まぐるしく過ぎたこの数時間の内に、自分の中にひとつの決意が芽生えたことを感じていた。須田夫婦が見せた極限の姿も、その決意に大きく影響しているのは間違い無い。恐らく玲奈や恵子、もちろん須田ほどには無理だろうけど、もっと強くなりたい、人のために役立てるようになりたい、そして、大切な人を守り抜きたいという決意だった。そして衛には、それを実現するために、今ここでやらなければならないことがあった。

太陽が山の陰に落ち、空が茜色に染まっている。辺りが薄暗くなり始めた。玲奈が言う。
「そろそろ行きましょうか。恵子も大丈夫そうだし」
衛は慌てた。せりふ覚えが十分でないままに、いきなり本番の舞台に送り出された役者のような気がする。でも、今しかない。衛は、腹を決めた。

変わり果てた街を見下ろす崖の上で、衛は隣に立つ玲奈に向き直ると、言った。
「れ、玲奈」
声がうまく出ない。玲奈は少し怪訝そうに、衛を見た。
「なあに?」
「おれ、もっと強くなりたいんだ…」
「衛は十分に強いわ」
「いや、ぜんぜんだめだ。もっと、もっとだ」
「どうしたよの、急に」
玲奈はきょとんとしている。

「おれに、もっといろいろ教えてくれ。鍛えてくれ」
玲奈は、なあんだというように笑顔になって言った。
「ええ、いいわ。でもわたし、厳しいわよぉ」
最後はおどけて、少し眉間に皺を寄せて衛を睨むようにした。
「頼む。ただし…」
「ただし…?」
衛は一呼吸置いた。自分の心臓の音が、頭のなかにがんがんと響き渡るようだ。

衛は大きく息を吸い込んでから、続けた。
「これから、ずっとだ」
「え?」
「これから一生、ずっとだ!」
「一生…」
玲奈は目を大きく見開いて、衛を見る。視線が、重なる。
「わからないのか」
「…わからないわけないじゃない…」

玲奈はいきなり、衛の胸に飛び込んで来た。その勢いに衛は2~3歩後ずさりしたが、それでもしっかりと玲奈の身体を受け止め、力を込めて抱きしめた。玲奈は、乾いた泥がこびりついた衛のTシャツに顔をうずめながら、搾り出す様に言った。
「…こんなときに…いきなり…バカ…バカっ…」
「ゴメン…でも、今、伝えたかった」
玲奈は何も答えず、衛の身体に回した腕に力を込めてきた。衛は玲奈の埃まみれの髪を撫でながら、頭の隅で、思った。
《この先、何回バカって言われるのかなぁ…》
いいさ。玲奈にだったら、何千回、何万回だって言われてもいいさ…。

Sunset

少し離れた場所で、ひとつのシルエットになったふたりの様子を見ていた恵子と須田は、ふたりの声こそあまり聞こえなかったが、すっかりと“状況”を理解していた。須田が半ばあきれ顔で言う。
「あーあ、衛くん、ここでキメるかなぁ」
「なんだか、私たちの時と少し似てるかも」
「そうか?」
「演習の真っ最中に、泥まみれの時にプロポーズされた私の身にもなってよ」
「いけなかったか?」
恵子は、笑いながら言う。
「ああいうのは服務規程違反にはならないんですかね?
「泥だらけのプロポーズ、俺たちらしくていいじゃないか」
「衛さんも、これで仲間ね」
「でも大変だぞ、小さな巨人、玲奈班長の旦那になるのは」
「そうかもね」
ふたりは声を殺して少しだけ、笑った。

「さてと!」
しばらくして、須田がわざとらしい大声で言う。衛と玲奈は、びくっとして身体を離した。
「そろそろ移動するぞっ!」
恵子が、ふたりに声をかける。
「玲奈さん、お幸せにっ!衛さん、玲奈さんを泣かせたら、私が承知しませんからね!」
そうは言いながら、恵子には衛が玲奈の厳しさに泣かされているシーンしか想像できない。あたふたした衛が、決まり悪そうに言った。
「お、お手やわらかに…」
玲奈は、少し泣き腫らした目でそんな衛の様子を見ながら、晴れやかな笑顔だ。

手早く荷物をまとめて、近くの中学校に開設されているはずの避難所へ移動する準備が整った。須田が恵子に肩を貸して、立ち上がらせる。生活の糧をすべて津波に流されてしまった須田と恵子には、これから長いこと過酷な日々が続くだろう。それでも、あのふたりならぐいぐい力強く乗り越えて行ける、衛はそう確信していた。そしておれと玲奈もこれから、―ちょっと大変そうだけど―新しい生活を築き上げて行くんだ。

衛は、三人の顔を見回しながら、言った。
「自衛隊ではこういうとき、あれ、言うんですよね」
「…?…ああ、覚えたのね」
玲奈が笑っている。
すぐに衛の考えを理解した恵子が提案する。
「じゃあ、みんなで発令しますか!」
須田も笑顔でうなずく。

玲奈が音頭を取った。
「では、せーのっ!」
「状況ーっ、開始っ!」

少しずれた四人の声が、暮れかけた夏の空に吸い込まれて行った。


【完】


当ブログ開設一周年記念企画で掲載した「小説・生き残れ。」の再掲載は、今回で終了です。お読みいただき、ありがとうございました。後ほど、あとがき的な解説をアップしたいと思っております。また、ご感想、ご意見、ご質問などお寄せいただければ幸いです。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

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