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2016年2月

2016年2月25日 (木)

【再掲載】小説・生き残れ。【22/22最終回】(#1149)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


地震の発生から6時間ほどが過ぎ、大津波警報が解除された。既に夏の太陽は大きく西に傾き、一見すると穏やかさを取り戻した海を、茜色に輝かせている。しかし沿岸の街は、それまでに3回に渡って押し寄せた津波によって、ほとんど破壊し尽くされていた。

高台の津波避難所に避難していた観光客や地元住民は、少しずつ街へ、いや街だった場所へ戻り始めた。海岸近くの、水に漬かったままのビルの上空で、紺色に塗られた航空自衛隊のヘリコプターがホバリングして、屋上から避難者を吊り上げているのが、遠くに見える。

陽はさらに西に傾き、空が夕焼けに染まり始めた。
「これから、どうしようか…」
呟く衛に、隣で破壊されつくした街を見つめていた玲奈が答えた。
「とりあえず、ここの避難所に行くしかないわね…」
「いつ東京に戻れるかな」
「そうね、早くても3日か4日…もっと長くかかるかも…」
ラジオで聞いた情報によると、東京や横浜も震度5強から5弱の揺れに見舞われ、かなりの被害が出ているらしい。交通機関の復旧の目途も立っていない。この辺りの震度は、6強だったという。

「それまで避難所で、ただ待つしかないのか」
衛が言うと、玲奈は衛の方を向いて、口元に少しだけ笑みを浮かべながら言った。
「大丈夫。十分忙しいから。助けが必要な人が、たくさんいるわ」
衛は、なんだかこんなのはすごく久しぶりだと思いながら、敢えて軽口を返した。
「玲奈の“ひとり災害派遣”は続く、か」
「バカ。わたしたちはひとりじゃないわ」
玲奈は広場の奥にいる、須田と恵子を振り返りながら言った。
「それにもちろん、あなたもいるし」
恵子はもうすっかり元気を取り戻し、起き上がって須田と何やら話している。恵子の左の太ももに巻かれた、白い包帯が痛々しい。衛もふたりの姿を振り返りながら、思った。
《いろんな意味で、でかい夫婦だ…》
身体の大きさはもとより、鍛え上げられた身体と精神、仲間への信頼、そしてなによりお互いを思いやる、大きく深い愛情。

衛は、あまりにも目まぐるしく過ぎたこの数時間の内に、自分の中にひとつの決意が芽生えたことを感じていた。須田夫婦が見せた極限の姿も、その決意に大きく影響しているのは間違い無い。恐らく玲奈や恵子、もちろん須田ほどには無理だろうけど、もっと強くなりたい、人のために役立てるようになりたい、そして、大切な人を守り抜きたいという決意だった。そして衛には、それを実現するために、今ここでやらなければならないことがあった。

太陽が山の陰に落ち、空が茜色に染まっている。辺りが薄暗くなり始めた。玲奈が言う。
「そろそろ行きましょうか。恵子も大丈夫そうだし」
衛は慌てた。せりふ覚えが十分でないままに、いきなり本番の舞台に送り出された役者のような気がする。でも、今しかない。衛は、腹を決めた。

変わり果てた街を見下ろす崖の上で、衛は隣に立つ玲奈に向き直ると、言った。
「れ、玲奈」
声がうまく出ない。玲奈は少し怪訝そうに、衛を見た。
「なあに?」
「おれ、もっと強くなりたいんだ…」
「衛は十分に強いわ」
「いや、ぜんぜんだめだ。もっと、もっとだ」
「どうしたよの、急に」
玲奈はきょとんとしている。

「おれに、もっといろいろ教えてくれ。鍛えてくれ」
玲奈は、なあんだというように笑顔になって言った。
「ええ、いいわ。でもわたし、厳しいわよぉ」
最後はおどけて、少し眉間に皺を寄せて衛を睨むようにした。
「頼む。ただし…」
「ただし…?」
衛は一呼吸置いた。自分の心臓の音が、頭のなかにがんがんと響き渡るようだ。

衛は大きく息を吸い込んでから、続けた。
「これから、ずっとだ」
「え?」
「これから一生、ずっとだ!」
「一生…」
玲奈は目を大きく見開いて、衛を見る。視線が、重なる。
「わからないのか」
「…わからないわけないじゃない…」

玲奈はいきなり、衛の胸に飛び込んで来た。その勢いに衛は2~3歩後ずさりしたが、それでもしっかりと玲奈の身体を受け止め、力を込めて抱きしめた。玲奈は、乾いた泥がこびりついた衛のTシャツに顔をうずめながら、搾り出す様に言った。
「…こんなときに…いきなり…バカ…バカっ…」
「ゴメン…でも、今、伝えたかった」
玲奈は何も答えず、衛の身体に回した腕に力を込めてきた。衛は玲奈の埃まみれの髪を撫でながら、頭の隅で、思った。
《この先、何回バカって言われるのかなぁ…》
いいさ。玲奈にだったら、何千回、何万回だって言われてもいいさ…。

Sunset

少し離れた場所で、ひとつのシルエットになったふたりの様子を見ていた恵子と須田は、ふたりの声こそあまり聞こえなかったが、すっかりと“状況”を理解していた。須田が半ばあきれ顔で言う。
「あーあ、衛くん、ここでキメるかなぁ」
「なんだか、私たちの時と少し似てるかも」
「そうか?」
「演習の真っ最中に、泥まみれの時にプロポーズされた私の身にもなってよ」
「いけなかったか?」
恵子は、笑いながら言う。
「ああいうのは服務規程違反にはならないんですかね?
「泥だらけのプロポーズ、俺たちらしくていいじゃないか」
「衛さんも、これで仲間ね」
「でも大変だぞ、小さな巨人、玲奈班長の旦那になるのは」
「そうかもね」
ふたりは声を殺して少しだけ、笑った。

「さてと!」
しばらくして、須田がわざとらしい大声で言う。衛と玲奈は、びくっとして身体を離した。
「そろそろ移動するぞっ!」
恵子が、ふたりに声をかける。
「玲奈さん、お幸せにっ!衛さん、玲奈さんを泣かせたら、私が承知しませんからね!」
そうは言いながら、恵子には衛が玲奈の厳しさに泣かされているシーンしか想像できない。あたふたした衛が、決まり悪そうに言った。
「お、お手やわらかに…」
玲奈は、少し泣き腫らした目でそんな衛の様子を見ながら、晴れやかな笑顔だ。

手早く荷物をまとめて、近くの中学校に開設されているはずの避難所へ移動する準備が整った。須田が恵子に肩を貸して、立ち上がらせる。生活の糧をすべて津波に流されてしまった須田と恵子には、これから長いこと過酷な日々が続くだろう。それでも、あのふたりならぐいぐい力強く乗り越えて行ける、衛はそう確信していた。そしておれと玲奈もこれから、―ちょっと大変そうだけど―新しい生活を築き上げて行くんだ。

衛は、三人の顔を見回しながら、言った。
「自衛隊ではこういうとき、あれ、言うんですよね」
「…?…ああ、覚えたのね」
玲奈が笑っている。
すぐに衛の考えを理解した恵子が提案する。
「じゃあ、みんなで発令しますか!」
須田も笑顔でうなずく。

玲奈が音頭を取った。
「では、せーのっ!」
「状況ーっ、開始っ!」

少しずれた四人の声が、暮れかけた夏の空に吸い込まれて行った。


【完】


当ブログ開設一周年記念企画で掲載した「小説・生き残れ。」の再掲載は、今回で終了です。お読みいただき、ありがとうございました。後ほど、あとがき的な解説をアップしたいと思っております。また、ご感想、ご意見、ご質問などお寄せいただければ幸いです。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

【再掲載】小説・生き残れ。【21/22】(#1148)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


駿河湾沖を震源とするマグニチュード8.2の地震によって引き起こされた津波は、静岡県の太平洋沿岸部で、高いところで10メートルの波高を記録したらしい。ラジオから次々に各地の被害状況が流れる。玲奈がいるこの街でも津波は高さ6メートルに達し、海沿いの街はほとんど壊滅した。

高台の津波避難所から見下ろす水が引いた後の街は、古い木造家屋のほとんどが土台から引きちぎられるかその場で半壊していて、所々に濁流と瓦礫の衝突に耐えた頑丈な建物が、いくつか残っているだけだ。そして、あちこちの瓦礫の山の上に漁船や自動車が引っかかっている、およそ現実とは思えない光景だった。

水が引いてから30分近く過ぎたが、まだ大津波警報は解除されていない。引き波で海水面が大きく下がり、遠浅の砂浜が海岸から200m以上も露出している。その沖には、陸地から引き波で流された大量の瓦礫が漂い、その中から幾筋かの黒い煙が立ち上っている。海上でも、燃え続けているのだ。

玲奈と須田は、高台の広場に集まった観光客と地元住民二百人ほどに対して、警報が解除されるまで絶対に低地に降りないように伝えて回っていた。津波は、何回にも渡って押し寄せるのだ。容態が落ち着いた恵子と彼女が助けた少年には、看護師の経験があると申し出た地元の中年女性が寄り添って、怪我の手当てをしている。津波が引いた街の惨状を目の当たりにした人々は、最初はろくに言葉が出ず、泣き崩れる人も少なく無かった。でも今は変わり果てた街を眺めながら、周りの人とあれこれ言い合っている。それは想像もしていなかった凄惨な光景を、なんとか現実のものとして受け容れるための、苦痛に満ちた作業でもあった。

衛は崖際の手すりにもたれて、ぼんやりと瓦礫の街を眺めていた。まだローンが残っている自分の車を失ったことも悔しいが、それよりもあまりに凄まじい自然の力と、その中で繰り広げられた、鍛えられ、強い意思を持った人間たちの極限のドラマを目の前で見せ付けられ、自分があまりに何も知らず、何もできない事に腹が立っていた。
玲奈は
『衛が助けてくれなかったら、ダメだったよ』
とねぎらってくれたが、自分の行動は玲奈の勢いに引きずられたようなものだと思っていたから、ほとんど慰めにもならなかった。何より、玲奈が恵子を濁流の中から引っ張り上げようとしているその時、衛は足がすくんで動けなかったのだ。それが、深い自己嫌悪の念に繋がっていた。

《人を守るって、簡単にできる事じゃないんだな…》
そう思いながらふと瓦礫の街に目をやると、海岸の近く ―すっかり見通しが良くなってしまっていた― に、いくつかの人影が見えた。何人か固まって、どう見ても楽しげな雰囲気だ。手に持ったビデオカメラや携帯電話を、瓦礫の山に向けているようだ。さらに目を凝らすと、津波に耐えた鉄筋コンクリート造りの建物から人影が出てきては、瓦礫の上に打ち上げられた漁船を指差して大騒ぎしている。そしてついには、その前に並んで記念写真を撮りだす者も現れた。

《なんだよ、あいつら…》
衛は恵子の横で様子を見ている玲奈を振り返ると、叫んだ。
「玲奈!あれを見てくれ!」
玲奈はすぐに衛の所に駆け寄って来た。そして遠くで騒いでいる人影を認めると、目を剥いた。
「何やってるのよ!まだ津波が来るのに!」
人影は次第に数が増え、みな海岸へ向かって行く。ここから叫んでも、声が届く距離ではない。

その時だった。海を見ていた若者が叫ぶ。
「第二波、来るっ!」
水平線が再びむくむくと盛り上がり、白い波頭が沸き上がった。何人かの女が悲鳴を上げる。また、あの悪夢を見せ付けられるのか。高台にいる皆には、既にわかっていた。水平線に津波が現れたら、3分もしないうちに海岸に押し寄せる。そして今、海岸にいたら逃げ場はほとんど、無い。

もちろん玲奈にもわかっていた。しかし、言った。
「呼び戻しに行かなくちゃ!」
「ダメだ、間に合わない!」
「あのビルになら、間に合う!」
玲奈は衛がつかんだ腕を振りほどくと、崖の下り口へ向かって駆け出した。
「玲奈ダメだっ、行っちゃダメだぁっ!」
衛は玲奈を追った。行かせたら、終わりだ。しかし、全力で走る玲奈に、追いつかない。
「だれかっ!玲奈を止めてくれぇっ!」

玲奈が崖の下り口に達しようとしたとき、その前にふたつの人影が立ちはだかった。しわがれた大音声が響く。
「行ってはいかぁんっ!」
あの、老夫婦だった。玲奈はふたりの前で、足を滑らせながら止まった。衛が追いついて、後ろから玲奈の両肩を掴む。

老人は顔を真っ赤にして、先ほどまでの穏やかな表情からは想像もできない、まるで仁王のような形相で、それでも感情を押し殺して、静かな口調で言った。
「いいか、聞きなさい。わしはこう見えても、今年八十八になる。昭和二十年の空襲で、わしらの子供も仲間も、みんな失ったんじゃよ。あんたのような勇敢な若い人を、もう死なせるわけにはいかん」
玲奈は身体を硬直させて、目を見開いている。老人は続けた。

「わしは理系の学生じゃったから、兵隊には取られんかった。早くにこいつと一緒になったんじゃが、静岡で空襲に遭ってな、逃げる途中でわしの背中から赤ん坊を落としてしまったんじゃ」
老人の眉間に、苦悩の皺が刻まれた。70年近く前の、しかし未だ癒えない悔恨がにじむ。

「赤ん坊がいない事に気がついた時には周りはもう火の海で、とても戻ることは出来んかった。そうしたら、近所のせがれが、探しに戻ると言うんじゃ。そいつはな、身体が弱くて兵隊に丙種でも受からんかった。今の人にはわからんだろうが、兵隊に行けんということは、それはもう肩身が狭いものでな、そいつは常日頃から、何とかしてお国のために役に立ちたいと言っておった」

Airraid

老人の言葉に、衛の脳裏に写真で見た空襲後の焼け野原が蘇る。そういえばこの津波跡は、焼け野原にもそっくりじゃないか…。老人は続ける。
「わしらは必死で止めたが、そいつは『任せてください』と言って、戻って行ってしまったんじゃ。そしてそのまま、戻って来んかった…」
老人の表情から険しさが抜け落ち、目に涙が光った。さらに言葉を続ける。
「人間の気持ちや力だけでは、どうにもならん事もあるんじゃよ。それに、あんたのような人が生き残らんかったら、だれが子供たちやわしらのような老いぼれを守ってくれると言うんじゃ・・・」

老人は一旦言葉を切り、硬直したまま聞いている玲奈の目をまっすぐに見つめてから、続けた。
「だから、わかってくれるな。無駄に死んではいかん。この老いぼれからのお願いじゃ」
玲奈の身体が小刻みに震え始めるのが、衛の腕に伝わって来た。すると、それまで黙っていた老人の妻が、穏やかな表情で、孫を諭すように言った。
「あなたはもう十分にやりましたよ。十分すぎるくらいに。それに、あなたにもご家族があるでしょ。そんなに素敵な彼氏さんもいるし。そんな人たちを悲しませてはいけませんよ。あなたは本当に、ええ本当に立派にやりましたよ」

玲奈の身体の震えが大きくなり、見開いたままの目からは、大粒の涙が溢れ出した。そして玲奈の身体から力が抜け、衛の腕をすり抜けて、その場に崩れ落ちるように、ぺたんと座り込んだ。衛は立ったまま、玲奈の震える背中を見つめている。いつもより、ずっと小さく見える。白いTシャツが、泥だらけだ。今、玲奈にかける言葉は何も、思いつかない。

「…わたし…わたし…」
震える声が、唇から漏れる。玲奈は両手で顔を覆うと、声を上げて泣いた。今までずっと張り詰めていた気持ちが途切れ、抑えていた感情が一気に噴き出した。背中を丸めて、苦しそうにしゃくりあげる。衛は玲奈の横にひざまずき、震える玲奈の肩を優しく抱いた。それしか出来なかった。そして、穏やかな表情で見つめる老夫婦に向かって、深く頭を下げた。

その時、津波の第二波が海岸に到達し、第一波より大きな飛沫を空に吹き上げた。数秒後、辺りの空気を震わす轟音が崖を駆け上がって来て、玲奈の苦しげな嗚咽をかき消した。


☆☆ここまで21回に渡って再掲載して参りました「小説・生き残れ。」、次回はいよいよ最終回です。

■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年2月24日 (水)

【JAL機発煙事故】マニュアルに書いてない航空安全(#1147)

Evacuate_2
こんな状況で、軽装で放り出されたらどうなるか

2月23日、北海道の新千歳空港で、誘導路を走行中の日本航空ボーイング737型機の№2エンジンから発煙し、乗客が緊急脱出する事態となりました。

【この事故の原因は?】

事故機は離陸のために誘導路から滑走路へ向かっていましたが、激しい降雪による視界不良のため離陸を中止し、駐機スポットへ引き返そうとした時に、エンジンから発煙したとのことです。

情報を総合すると、誘導路で一旦停止した時に、アイドリング状態のエンジンに大量の雪を吸い込んで、それが№2エンジン内部のファンブレードに氷結したようです。そのために正常な空気圧縮ができず、一旦フレームアウトしたとのこと。フレームアウトとは、ジェットエンジンの燃焼が止まってしまうことで、自動車のエンストのようなものです。

そこで、スポットへ引き返すために№2エンジンを再始動しようとした時に、№2エンジンから「破裂音、煙、炎」が発生したとの証言があります。

後の調査で、空気圧縮機のファンブレードに雪の水分が氷結していたとのことで、安定した空気圧縮ができなくなっていたのは間違いなさそうです。

このため異常燃焼が発生し、破裂音と煙が発生したものと考えられます。炎については、エンジンから吹き出すようなものではなく、「排気口内で燃えていた」との証言があることから、未燃焼のジェット燃料が溜まって着火したか、エンジン異常によって噴出した潤滑オイルが燃焼していたものと考えられます。


【臭いの正体は】
エンジンの異常燃焼が発生した後、機内にも異臭が入って来ました。

ジェットエンジンで圧縮されて高温になった空気(ブリードエア)の一部は、外気と混ぜて適当な温度にした後、機内に導かれて空調に使用されます。

このため、エンジン内部の発煙、着火で発生した異臭が、機内にも入って来ました。乗客の証言によると、「プラスチックが燃えるような」、「鼻にツンと来る」、「焦げ臭いような」臭いだったというものが多く、一部に「灯油の燃えるような」臭いという証言もありました。

ジェットエンジンに使用する燃料は、言わば「高純度の灯油」で、臭いもそっくりです。普通の異常燃焼だけならば、あたかも灯油ストーブの排気のような臭いがするはずです。

しかし、焦げ臭い、刺激がある、ツンとくるなどの証言があることから、燃料だけでなく他のオイルや、エンジン周りの樹脂部品などが焦げた可能性が考えられます。


【乗客の対策は】

今回の事故(航空事故に認定)は、幸いなことに誘導路を走行中に発生し、火災に発展もしなかったので、乗客の脱出もスムースに行ったようです。

しかし、離陸滑走中などにこういう事態が起きないとは言えず、過去記事ではそのような場合の対処方法にも触れています。基本は、「離陸滑走中に加速が鈍ったら、自分の意思で耐衝撃姿勢へ移行せよ」ということです。


今回の事故はそこまでシビアではなかったものの、例によって「航空の専門家」が乗客はああせいこうせいとメディアでいろいろ言っていますが、何故か元CAとかでも全く言わないことがあるので、それを書くために、この記事を書こうと思ったのです。それはもちろん、管理人がずっと昔からやっていたことなのですが。


それは、防寒具。激しい降雪の中、乗客が脱出する映像では、シャツ姿やスーツ姿の人もいました。そういう方々は、上着を頭上の荷物入れ(オーバヘッドストウェッジ)に入れてしまっていたのでしょう。

緊急脱出時は、荷物を持たないのが基本です。ですから、脱出を前にしてオーバーヘッドストウェッジを開けようと立ち上がったら、確実にCAに制止されます。もし一人に許してしまうと、できればいろいろ持ち出したい人が一斉に荷物を出し始め、収拾がつかなくなるでしょう。

CAは、緊急時に全乗客を90秒以内に脱出させるために乗っている、と言っても過言ではありません。だから、ドアの数とCAの数は必ず同じです。機内サービスはあくまでオマケなのです。

さておき、緊急事態になってからは、手元にあるものだけが全てです。寒冷地を飛ぶのに、防寒着をしまいこんでいてしまっては、こういう時に着られないわけです。北海道でも、マイナス20度とかになることは、普通にありますし。


【常に脱出を想定しておく】
管理人は関東出身ですが、かつては札幌に住んでいた時期があるので、千歳・羽田間は頻繁に往復していました。冬は、常に防寒上着を手元におき、膝がけ代わりにしていました。もちろん、機外への脱出などを考えてのことです。

他の機内持ち込み荷物も、緊急脱出を考えたものになっています。最も重視したのがバッグ類で、できるだけリュックやたすきがけできるショルダーバックのように、行動の妨げにならないものにしています。

しかし、本来は緊急脱出時には身体ひとつで、というのが基本です。それでも、現実には手で持つ必要が無いリュックやショルダーバッグくらいなら持ち出せますし、リュックならば、身体のプロテクターにもなるのです。

でも、「荷物は持ち出し禁止」という前提があるから、「航空の専門家」はそんなこと言えないのですけどね。でも、素人の管理人は、こういうことも書いてしまいます。


【どこのマニュアルにも書いてないけど】
それから、防寒服などを手元に置くことのメリットをもうひとつ。飛行中に緊急事態に陥り、不時着などをしなければならなくなった場合に役立つのです。

航空機事故による身体の損傷部位のうち、シートベルトによる腹部の損傷は、かなり高い率に上ります。圧迫による損傷だけでなく、非常に激しい衝撃を受けた場合、バックルの金具が刃物のように働き、身体を傷つけることもあります。

それを防ぐため、緊急着陸前にはシートベルトと身体の間にモノを挟んで衝撃力を分散させることで、身体の損傷を軽減できる可能性があるのです。

すぐ手元にあるのならば、毛布が良いでしょう。雑誌などでも、かなり効果があります。そんな場合、防寒服など厚手の服が手元にあれば、すぐにシートベルトに挟むことができ、効果的なプロテクターになるわけです。

このように、緊急事態に陥ってからオーバーヘッドストウェッジを開けなくて済むだけのものは、常に手元に置いた上で搭乗したいものです。

こういうことは、建前上は決まりごとに反する部分もあるので、公式には一切言われません。でも、この程度ならばセルフディフェンスとして、周囲の安全を阻害しない範囲内に限り、自分の意思で備えておくべきことだと考えます。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

【再掲載】小説・生き残れ。【20/22】(#1146)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


恵子と須田が取り付いた屋根が、ゆっくりと崖に近付いて来る。しかし、崖にぶつかって渦を巻く水流に翻弄されて、回転している。どのタイミングが屋根に取り付いたふたりと崖の距離が最短になるのか、衛は難しい判断を迫られた。屋根がさらに近付いて来る。まだ少し遠いか。しかしこのまま待っていたら、屋根の回転のせいでふたりの位置が崖と反対側になってしまう。衛は腹を決めた。
「玲奈!あと少し!」

衛を振り仰いでいた玲奈は、屋根の方角に向き直ると、叫んだ。
「須田さん!離脱準備っ!」
この距離なら、玲奈の声は確実に届いているはずだ。
数秒後、衛が叫んだ。
「今だ!」
玲奈がすかさず叫ぶ。
「離脱っ!いまーっ!」
須田は恵子の身体を水に引き込み、仰向けに浮かせた。そして顎の下に手をかけると、恵子を引っ張りながら泳ぎ始めた。玲奈は方向を示すために、叫び続けた。
「須田さん、こっちです、こっちです!恵子、がんばれ!こっちだ!」

漂う瓦礫の影からふたりの頭が現れるのを、玲奈は見た
「須田さん!恵子!がんばれっ!あと5メートル!」
須田は必死の形相で泳ぐが、崖近くの渦に阻まれて、なかなか近付かない。ふと、ふたりの姿が、渦の中に消えた。玲奈は息を呑む。嫌だ…ここまで来て、嫌だ…

数秒後、須田の頭が渦の中から飛び出した。だが恵子の姿が見えない。その時、苦痛に歪む須田の口から、野太い、地の底から湧き上がるような叫びが轟いた。
「レンジャァぁぁぁーっ!」

レンジャー教育課程で叩き込まれる叫び。地獄のような状況の中で、苦しい時、怖い時、気持ちが折れそうになった時に、叫べ。叫んで、気合を入れろ。選ばれし者だけが名乗る事を許される、名誉と栄光の称号、レンジャー。おれはレンジャーだ。だから、負けない。須田は目の前の瓦礫を押しのけ、最後の力を振り絞り、水中に沈んだ恵子を引っ張って、ついに崖に取り付いた。

気がつくと、玲奈の周りには衛と数人の若者がいた。衛が連れて下りて来たのだ。すぐに全員で力を合わせて、須田の巨体を斜面に引っ張り上げた。すぐに恵子の頭が水面に現れる。須田の左腕は、しっかりと恵子の腕に絡み付けられている。しかし恵子は、意識が無い。

「恵子っ、わかる!?」
玲奈は恵子の頬を軽く平手で打つが、反応が無い。
「とにかく上へ!」
水から引き上げられて斜面に寝かされた須田は、数秒間激しく咳き込んだものの、すぐに立ち上がった。意識の無い恵子を担ごうとする。玲奈が止めるが、
「大丈夫だ」
の一言で撥ねつけた。鍛え上げられた戦士が、自らの命をかけて他を、それも自分の妻を守り抜こうとする鋼のような意思が溢れている。そしてその意志が、限界を超えさせた…。

恵子を背負った須田を皆で囲むようにして、広場へ上って行く。日陰には、誰かが気を回して、タオルを敷いた寝床が作られていた。須田は恵子をその上に寝かせると、すぐに呼吸と心拍を確認する。顔は真っ白で脈はほとんど触れず、呼吸が止まっている。

須田は玲奈を振り返り、
「CPRを実行する。玲奈、頼む」
と、無表情のままぶっきらぼうにも聞こえる調子で言った。玲奈は恵子の胸の横に膝をつき、大きなタオルを胸の上にかけてから、恵子のブラジャーを外した。そして膝をついて心臓マッサージの体勢を取る。須田は恵子の顎を持ち上げて気道を確保し、マウスツーマウス人口呼吸を準備した。
「現在十二時四十五分 CPR開始」
腕にはめたダイバーウオッチを見ながら、須田は静かに言った。

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玲奈は全身の力を込めて、恵子の胸骨の辺りをリズミカルに圧迫する。
「イチ、ニー、サン、シー、ゴー…」
玲奈の額から汗がしたたる。何度も訓練を繰り返した技術だが、本当に生死の境をさまよう人間に対して行うのは初めてだった。しかも恵子は大切な仲間だ。そして、その仲間を失うかどうかは、今自分がやっていることにかかっている。後は無い。玲奈は一押しごとに、生への願いを込めた。
《恵子、負けないで…!》

圧迫が30回をカウントし、玲奈は手を止めた。すぐさま須田が恵子の鼻をつまみ、唇を重ねて肺に息を吹き込む。須田が二回目の息を一杯吹き込んだ時、突然恵子は激しくむせ返りながら、身体を海老のように丸めた。口と鼻から白く濁った大量の水を吐き出す。なおも激しくむせ返りながら水を吐き出す恵子の身体を、須田と玲奈が横向きにして押さえ、回復姿勢をとらせた。

「もう大丈夫だ」
しばらくして、須田は恵子の首筋に指を当てて脈拍を取りながら、玲奈の目を見つめて言った。
「本当に、ありがとう。玲奈のおかげで助か…」
最後は声にならない。須田の目から、涙が溢れ出した。固まり始めた血がべっとりとこびりついた“和製ランボー”須田の顔は、それでも穏やかな、妻の生還を心の底から喜ぶ、ひとりの夫のものだった。須田はまだ朦朧とした意識の底を漂う恵子の手をしっかりと握りながら、歯を食いしばって、泣いた。

どんなに鍛え上げられた人間でも、自分の死に直面して怖くないわけが無い。大切な人の命の危機に直面して、心が乱れないわけが無い。しかしそれを乗り越える唯一の力は、“絶対に生き残る、絶対に助ける”という、愚直なまでの強い意志なのだと、玲奈は改めて思った。涙が、止まらない。ふと顔を上げると、衛と目が合った。衛の目も、真っ赤に泣き腫れていた。

■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。


2016年2月23日 (火)

【地震予知検証】チートをやれば誰でも勝てるけど(#1145)

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震災の3ヶ月後、2011年6月1日から過去1週間の震源等図。このようなデータを日々モニターしていれば、地震の「傾向」が見えるようになる(画像は東大ハーベスト震源図からお借りしました)

今回は、なぜ管理人の『地震予知』が高確率で“的中”したのかについて、検証してみます。

ここで念のため触れておきますが、文中でわざわざ記号つきで『地震予知』や“的中”などという表記をしているのは、これらの言葉が世間で安易に使われていることに対しての、アンチテーゼでもあります。


【驚異の“的中率”の理由とは】
管理人が今回行った『地震予知』は、1週間のうちに6つの地震が起こることを『予知』し、そのうち5つが実際に起こるという、驚異の“的中率”約83%を叩き出しました。

しかし管理人は地震学者でも超能力者でも予言者でも詐欺師でもありません。最近流行りの、電磁波やGPSデータ観測で商売している方々の理論も深くは知りませんし、それ以前に、完全には理解できない文系人間です。

では、なぜこんな“的中率”になったのか。単なる偶然だったのかというと、そうではありません。

正直言うと、“的中率”6分の5、約83%という結果には自分でも驚いていますが、それなりに有意な結果が出せるという自信はありました。

では、その理由とは。


【継続はやっぱり力なり】
当ブログを長くお読みいただいている皆様はご存じかと思いますが、管理人は東日本大震災の2ヶ月ほど後から毎日、日本国内で発生している地震のモニターをしています。

それは大した作業ではなく、基本的には気象庁などの有感地震データを閲覧し、直前2週間ほどの間に起きている地震のタイプと傾向を見ています。

さらに、ネットで公開されている無感地震も含めた震源、地震規模データを過去に遡ってチェックして、中期的な傾向も見ています。

これは文字通り「見ている」だけで、統計的にまとめているわけではありませんが、それでも毎日続けていると、その時々でどの辺りで地震が起きやすくやっているかが、見えて来るわけです。

この方法は、東日本大震災後という異常な地震多発期だからこそ、できたことでもあります。

過去には、その関連の記事も書いていたのですが、蓄積されたデータからは、未来の大規模地震を予測することはやはり不可能でしたので、現在はやっていません。

『地震予知』は、被害が出る規模の地震を、被害を防げるタイミングで予知できてこそ、意味があるのです。小規模地震で“的中”したなどと喜んでいるのは、つまるところゲームに過ぎません。

今回管理人は、そんなゲームをやってみたわけです。


【チートを使えば勝てる】
ゲームには、ルールがあります。それは、全てのプレイヤーに公平でなくてはなりません。

でも、『地震予知ゲーム』は、プレイヤーそれぞれが自分でルールを作って、それで皆が「当たった当たった」と主張しているようなもので、これはゲームで言うところの、いわゆるチート(=ズル)です。ですから、管理人もそうしましたw

でも、ご覧になっている皆様にウソつき呼ばわりされたくないので、『予知』内容と事実との整合性だけは厳密に考えています。すなわち、近いもの、似ているものまで“的中”などと言わず、完全に『予知』内容通りの地震だけを“的中”としたのです。

その上で、管理人が『予知』した6つの震源域、震源深さのうち、5つでその通りの地震が起きたことは間違いないのです。

管理人がやったチートは、戦う土俵を自らが有利な方法で作った、という方です。


【ある意味でマッチポンプ】
自分で火事を起こせば、自分ですぐに消してヒーローになれます。今回管理人は、実はそれをやりました。でも、自分で地震は起こせません。

ならばということで、自分なりのデータの蓄積から「今、最も地震が起きやすいと考えられる震源域」で「そこで最も起きる可能性が高い地震のタイプ」を『予知』したのです。

管理人、ギャンブルはやりませんが、競馬ならば鉄板の本命と対抗くらいに集中して賭けたようなもの。穴狙いは一切無し。そしてその結果が、前記事から再掲の下画像。まあ見事に、まんべんなく地震が起きてくれました。
Photo

毎日の地震をモニターしていると、それくらいはわかるようになるのです。そして今の日本列島は、その程度の“賭け”でも勝てるほど、どこでも地震が頻発しています。

それは、競馬ファンがレース結果を予想するよりもはるかに高い確率です。『地震toto』でもあれば、管理人は確実に大儲けですw

大地震は突然起こることがほとんどですが、多発する小さな地震には、確実に「傾向」があるので、こういうこともできるわけです。


具体的には、管理人が『地震予知』をしようと考えた1週間で、まず最も“的中”させやすい震源域はどこかと考えました。そして、普段のモニター結果から最も地震が起こる確率が高いと考えた、東北から関東の太平洋岸を中心とした地域と、そこで起きやすい地震のタイプを『予知』したわけです。

その結果が、“的中率”約83%という結果になりました。若干、出来すぎ感は無きにしもあらずですが、日々起きる地震から、発生の「傾向」を見いだすことは可能である、ということの証明ということもできます。

さらに、発生場所に最近多発傾向があるトカラ列島付近や、北海道の釧路周辺などを加えておけば、地震発生総数に対する”的中率”も上げることが出来たでしょう(対象期間中に、実際にそれらの地域での地震が発生しています)

でも、それはどちらかと言うと競馬の「穴狙い」に近いので、確実に勝てそうなものに集中したわけです。


【一体何のため?】
では、管理人はなぜ突然、こんな『地震予知ゲーム』などをやったのでしょうか。

ゲームの結果は、とりあえず管理人の“勝ち”と言えるでしょう。

実は、それが目的なのです。事実上、自分でルールを決められる『地震予知ゲーム』は、誰でも勝者になれるということを証明するためだったのです。

では、それは誰に対しての証明なのか。

もう、大体見えて来たかと思います。それはまた次回に。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


【再掲載】小説・生き残れ。【19/22】(#1144)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


男は土砂崩れの斜面もまるで平地のように駆け抜けると、ふたりの元にたどり着いた。
「玲奈、ありがとう!後は任せろ。早く上へ!」
恵子には、
「宿で負傷者が出て、遅くなった。すまん」
と声をかけるが、再び意識が朦朧とした恵子は、須田の方を見て少し微笑んだだけだった。

玲奈は、こんな場面でも思わず挙手の敬礼をしそうになった自分に驚きながら、
「恵子をお願いしますっ!」
とだけ言って、恵子を須田に託した。全力で恵子を支え続けた腕にうまく力が入らないが、四つんばいになってなんとか斜面を登る。上の広場の手すりから皆が乗り出して、大声でふたりに励ましの言葉を叫んでいたことに、今になって気付いた。

玲奈は斜面を登りきり、広場に上がった。衛が駆け寄って来る。玲奈はこのまま衛の胸の中に飛び込んで行きたかったが、その気持ちをぐっと堪えて崖を振り返ると、手すりから身を乗り出した。状況は、まだ、まだ終わってはいない。

須田は恵子のぐったりとした身体を水から引き上げ、うつ伏せにして左肩の上に担ぎ上げた。そして右腕で恵子の身体を押さえ、左腕を崩れた斜面についてバランスを取りながら、慎重に足を踏み出した。2メートルほど登った時、先程まで玲奈が踏ん張っていた石段が、押し寄せる強い水流に一気に飲み込まれて見えなくなった。あのまま須田が来なかったら、恐らく今が、玲奈と恵子の最後の瞬間となったに違いない。

しかし須田は確実に、恵子を担いで崩れた斜面を登ってくる。もう大丈夫だ。恵子の怪我が心配だが、レンジャー資格者は優秀な“衛生兵”でもある。須田が適切な手当てをしてくれるだろう。それに恵子が海の家から背負って来た陸自迷彩色の非常持ち出しリュックには、恵子がアレンジした衛生キットが入っているはずだ。

つい先ほどまでの、八方塞がりとも言えるような状況が嘘のようだ。芝居でもこうはいくまいと思えるくらいの、死の恐怖から生の希望への、鮮やかな場面転換だった。広場に張り詰めた先程までの緊張が幾分ほぐれて、笑顔で声援を送る者もいる。
「がんばれ!」
「もう少しだ!」

しかし、ほぐれかけた空気は再び一瞬で凍りついた。恵子を背負った須田の足が次の一歩を踏み出した瞬間、足元の斜面が小さな崩落を起こした。足を取られた須田は、恵子を背負ったままずるずると斜面をずり落ちて行った。須田はすぐに身体全体を斜面に投げ出し、両手足でブレーキをかけようとするが、ふたりの身体は、そのまま渦巻く真っ黒な水の中に飲み込まれて行った。

あっという間の出来事に、誰も言葉が出ない。数瞬して、玲奈の振り絞るような叫びが空気を引き裂いた。
「いやあぁぁぁーっ!」
玲奈の身体が、がたがたと震え始める。
「うそ…うそ…」
目の前で起きた現実を全く受け容れられずに、玲奈はふたりが消えた渦巻く水を震えながら見つめている。玲奈の横で、衛はこんな理不尽な現実に、無性に腹が立った。そして、手すりから身を乗り出して、渦巻く水に向かって目を剥いて怒鳴った。
「ふざけるなよ!なんだよ!ふざけるなよ!」
自然の猛威の前に、人間の力などこんなものだと言うのか。

Tsunami3

少し離れた場所で、叫び声が上がった。
「あそこにいる!」
声の主が指差す方に、皆の視線が一斉に注がれるが、渦巻く瓦礫しか見えない。
「あそこだ!あの緑の屋根のとこ!」
流されて来た家の屋根の端に、恵子がしがみついている。ぐったりとしていて、屋根の端に両腕をかけているのがやっとの様に見える。しかし須田の姿は見えない。
「恵子っ!」
玲奈が叫んだ時、恵子のすぐ後ろに、頭がぽっかりと浮かび上がった。須田だ。ぐったりとした恵子を、濁流の中から屋根に押し上げたのだ。そうだった。濁流に呑まれても、それで諦めるはずは無かったんだ。恵子も須田も、最後の瞬間まで諦めるはずがない。

しかし須田も負傷しているようだった。水面に現れた頭からすぐに血が噴き出し、顔が真っ赤に染まって行く。須田は恵子を瓦礫からかばうように身体を寄せながら、辺りを不自然に見回している。その様子から、玲奈は須田の意図と状態を悟った。

須田は、つかまっている屋根が崖に近付くタイミングを計っている。そして崖に近付いたら恵子を抱えて屋根を離れ、崖に取り付くつもりなのだ。しかしおそらく、負傷のせいで目が良く見えないに違いない。水面下の両腕は、恵子の身体を支えることで精一杯で、顔に流れる血をぬぐうことも出来ないのだ。

ふたりが取り付いた屋根は、渦のなかでゆっくりと回転しながら崖に近付いて来る。おそらく、チャンスは一回だ。引き波が始まったら確実に、成す術も無く、海へ向かって流される。そうなったら生き残れる可能性は、ほとんど無い。

玲奈は、須田に向かって叫んだ。
「須田さんっ!離脱時期を指示します!そのまま待機っ!」
玲奈の声は須田に届いた。須田はこちらを振り向いて大きく頷いたが、顔の向きが微妙に違う。やはり目が良く見えていない。玲奈は息を呑んで見つめる周囲の人たちに向かって叫んだ。
「しばらく声を出さないでください!お願いします!」
状況を理解した皆は、強張った表情で黙って頷いた。

玲奈は踵を返すと、崖を滑り降りて行った。既に水かさの増加は止まっている。水深は、おそらく4メートルくらいだ。しかし水際まで降りた玲奈は、そこで自分が判断ミスをした事に気付いた。そこからでは、ふたりが取り付いた屋根が見えないのだ。玲奈は、崖の上にいる衛を振り返った。懇願するような目つきだった。衛にはすぐに、玲奈の思いが電流のように伝わった。

おれが、ふたりの運命を握るのか。おれに出来るのか。いや、やるしかない!衛は声を出さずに、思わず右腕をあげて、親指を突きたてた。玲奈の唇が、《おねがい…》と言うように動くのが見えた。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年2月22日 (月)

改めて『大川小の悲劇』を想う(#1143)

管理人は、東日本大震災被災地や、その他防災関連のyoutube動画を公開しております。

その中で、最も多く閲覧していただいているのが、【石巻市 大川小】悲劇の現場を検証する映像集です。

これは、2012年10月12日に管理人が大川小学校跡地を訪問し、そこで何があったのか、何ができて何ができなかったのかの検証の一環として制作したものです。

この動画を公開したのが、2013年1月23日でした。

それから多くの閲覧をしていただき、約3年経った昨日、再生数が12000を超えました。

この機会に改めて『大川小の悲劇』に思いを馳せていただき、そこから得られる数多くの教訓を知っていただきたいと思います。

数多くの子供たちが、なすすべも無く犠牲になってしまった悲劇の状況は、皮肉なことに「そうならないための」教訓の宝庫なのです。

それを生かし、伝えて行くことが、失われてしまった多くの命に報いるための、生きている我々の義務なのだと考えます。

改めまして、犠牲になられた皆様の、ご冥福をお祈りしたいと思います。


youtube動画と、関連記事をご覧ください。

https://youtu.be/xHv6fV8kEvU

【大川小からの報告1】宮城・震災から1年8ヶ月
【大川小からの報告2】宮城・震災から1年8ヶ月
【大川小からの報告3】宮城・震災から1年8ヶ月


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


管理人、異常な高確率予知に成功?(#1142)

過日、管理人は突然『地震予知』をやってみると宣言しました。

その理由は後の記事で詳しく触れることにして、まずは管理人の『地震予知』の結果がどうだったか、検証してみることにします。


【一週間でどれだけ“的中”したか】
管理人は、Twitter公式アカウント(生き残れ。Annex@ikinokore_annex)で、2月12日から18日までの一週間に起こるであろう地震の一部を『予知』しました(下画像)

Tweet

上画像のツイート中、2月11日となっているのは、12日の誤りです。投稿した時点で、日付が12日に変わっていましたので。

ではまず、当該期間に管理人が『予知』した地震を、下記にまとめてみます。

■1 宮城県沿岸または沖、震源深さ40~70km

■2 福島県沿岸または沖、震源深さ40~70km

■3 茨城県沿岸または沖、震源深さ40~70km

■4 福島・茨城県境付近、震源深さ10km以浅

■5 茨城県南部、震源深さ40~70km

■6 栃木県北部または南部、震源深さ10km以浅

以上の6つです。文字にすると多いのですが、それぞれの震源域はほぼ連続しており、東北から関東にかけての太平洋岸から、内陸の一部に当たります。

予想される地震の規模は、すべて『震度4』程度以下ということにしました。

さて、一週間のうちにこれらの地震が、本当に起きたのでしょうか。


【出来すぎの予知結果?】
その結果は、記事『管理人の地震予知結果は果たして?(#1136)』に、随時追記してありますので、そちらもご覧ください。

まず、該当期間に日本全国で起きた有感地震(震度1以上)の数は、31回でした。

そのうち、上記6つの『予知』結果に該当するものは、下記の通りです(発生順)

☆1 2月12日 宮城県沖 震源深さ50km 最大震度1(■1が“的中”)

☆2 2月14日 福島県沖 震源深さ70km 最大震度2(■2が“的中”)

☆3 2月14日 茨城県北部 震源深さ60km 最大震度1(■3が“的中”)

☆4 2月18日 茨城県南部 震源深さ50km 最大震度1(■5が“的中”)

☆5 2月18日 茨城県北部 震源深さ10km 最大震度1(■4が“的中”)

以上の5回です。なんと、■6の栃木県以外は、発生場所、震源深さ共に“的中”という、まあなんとも出来すぎの『地震予知』結果となりました。

詳しくは、過去記事『管理人の地震予知結果は果たして?(#1136)』をご覧ください。

今回『予知』したエリア図に、実際に起きた地震の震央をプロットすると、下図のようになります。
Photo
やはり、管理人には特殊な能力があるのでしょうかww


【確率的に見てみる】
まず、該当期間中に起きた31回の有感地震のうち、管理人が『予知』して“的中”したのが5回。

その“的中”確率は、約16%です。この数字は、ちょっと微妙ですね。果たして確率的に高いのだか低いのだか、良くわかりません。

でも、100回の地震のうち16回しか当たらないと考えると、少なくとも実用的な『予知』方法として使えるとは、決して言えないわけです。

ちなみに、今回は東北から関東の地震のみを対象として『予知』してこの結果ですが、この確率、やりようによってはさらにアップさせることができます。その方法は後述します。

次に、『予知』した6つの地震のうち、該当期間中に実際に起きたのが5つ。その“的中率”は、なんと約83%にも上ります。 こちらの数値は、文句なしの高確率です。

こんなに高確率の『予知』ができれば、十分商売になりますねw


【予知内容にも注目して欲しい】
では、ついに【管理人式有料地震予知サイト 生き残れ。Quakes】とか始められるかというと、そうは問屋が卸してくれないのですがw


ところで、多くの『地震予知』では、大体この地方という大まかなエリアを指定するものが多く、震源深さはこのくらい、というものはほとんどありませんね。

でも、何故かマグニチュード値や震度を『予知』しているものは多いのです。

確かにそのほうが注目を集めますが、そんな『予知』の数値や発生場所がドンぴしゃで“的中”したことは、東日本だ大震災後に限っても、検証の結果、事実上一回も無かったということができます。これは、本当なんですよ。

少なくとも、被害が出るような震度5強以上の地震が、大まかなエリアでも『予知』されたことは、ただの一回も無いということは確かです。

メディアやネット上で“的中”と言っているのは、なんとなく近くで、なんとなく近い規模の地震が起きたのを、かなり無理してこじつけているだけなのです。


その一方で、管理人のスタイルは上記の通り。かなりピンポイントの震源域と、震源深さを明記しています。でも、地震の規模は『震度4程度以下』という感じで、ちょっと曖昧です。なぜなら、期間限定で規模まで『予知』することは、いかなる方法を使おうとも、現在は絶対に不可能だからです。

せいぜい、その震源域で起こり得る最大の地震規模を予想できるくらいなものでしょう。

なにしろ、震源深さが変われば、地震発生のメカニズムも異なりますから、管理人は起こり得る地震の種類まで『予知』できたということになります。

なお、管理人が『予知』した期間と地域において、上記6種類以外の震源深さで地震が発生したケースは、一回もありません。

しかも、例えば『東北地方の太平洋岸』というような『予知』エリアよりは、県単位というはるかに具体的なエリアですし、良くあるような『近いうちに』や『数ヶ月以内に』ではなく、『一週間以内』という、ほぼピンポイントの期間設定をしています。

そんなスタイルで、小規模地震とは言いながら、約83%も“的中”させられたのは、何故なのでしょうか。

そのカラクリは、また次回に。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

【再掲載】小説・生き残れ。【18/22】(#1141)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


倒壊したブロック塀に挟まれ、激しく出血している恵子の左足は、ほとんど体重をかけることができない。よたよたと、今にも倒れそうに、それでも歯を食いしばって足を前に踏み出す。“鬼神の形相”だと、息をのんで見つめている衛は思った。自分の身体など省みず、小さな命を救うために死力を振り絞る、正義の鬼神の姿だ。

Tsunami2

崖下まであと50メートル。ついに玲奈が駆け出し、崖を滑り下りた。衛もつられて後に続く。津波がすぐ目前に迫っていることは、もう頭に無い。なんとしてもふたりを助ける、それしか考えていなかった。恵子まであと10mほどに駆け寄ったその時、恵子が進んできた路地の奥に、白い軽自動車が現れた。しかしそれは走って来たのではなく、津波の奔流に押し流されて来たのだという事に、衛はすぐに気付いた。

見る間に路地に瓦礫が押し寄せ、真っ黒な水が一気に水深を増しながら、近づいてくる。真っ黒な水はそれ自体にまるで意思があるかのように、獲物を前にして舌なめずりするかのように、近づいてくる。残された時間は、あと十数秒。

最後の力を振り絞って、恵子はほんの数歩だけ、よたよたと走った。そして駆け寄る玲奈と衛に向かって、手負いの獣が最後の咆哮を上げるように叫んだ。
「うけとれえぇぇっ!」
そして少年をふたりの方に投げ出しながら、そのままうつ伏せに倒れこんだ。

宙を舞った少年の身体を、衛が受け止めた。その場に尻餅をつきそうになったが、なんとか踏ん張った。
「衛、早く上へっ!」
玲奈に言われ、衛は片腕で少年を抱えて階段を、そして崩れた崖を這い登った。
「恵子っ!」
玲奈は倒れた恵子に駆け寄ると、恵子の腕を自分に肩に回して立たせようと
する。しかし力が抜け切った恵子の大きな身体を持ち上げる事ができない。視線の隅に、濁流が迫る。

玲奈は恵子の腕を肩にかけ、空いた右腕でショートパンツのウエストを掴むと、中腰のまま恵子の身体を引きずり始めた。そして石段にたどり着くと、恵子の身体を仰向けに石段にもたせかけ、自分は恵子の頭の上に腰を下すようにした。そして両脇の下に腕を差し込むと、石段に両足を踏ん張って、恵子の身体を一段ずつ引っ張り上げ始めた。

いくら今でも鍛えているとはいえ、体重差が30キロ近くある恵子の身体を引き上げながら、玲奈の身体は軋んだ。しかし、休んでいる時間は全く無い。2メートルほど引き上げた時、真っ黒な水が瓦礫と共に階段の下に押し寄せた。見る間に水かさが増し、恵子の下半身が飲み込まれる。水は山にぶつかって渦を巻き、恵子を押し流そうとする。玲奈がどんなに力を振り絞っても、それ以上引き上げられない。水かさはさらに増して行く。

その時、朦朧としていた意識が戻り、状況を認識した恵子が叫んだ。
「…班長っ、手を離してくださいっ!」
玲奈にもわかっていた。このままここにいたら、せりあがって来る水と瓦礫に飲み込まれる。そうなれば、ふたりとも助かる道は無い。そして自分が助かるためには、恵子を離すしかないと。それでも玲奈は叫んだ。
「バカっ!一緒に帰るんだよっ!」
水かさはさらに増し、玲奈の両腕の力も限界になろうとしていた。一瞬でも力を緩めれば、恵子は瓦礫に飲み込まれる。玲奈は歯を食いしばって、力を込め続けた。


『限界は、超えられる。それを可能にするのは、気持ちの力だ。』
玲奈がまだ陸自に入隊したての頃、教育隊の基礎訓練で音を上げた玲奈に対して、訓練教官の三曹が言った言葉が甦ってくる。

…私はそれを信じて、今までいろいろな苦しい時を乗り超えてきた。1年あとから後輩の恵子も陸自に入隊し、私と同じ隊に配属になってからは、今度は玲奈がその言葉を恵子にかけながら、一緒にがんばったんだ。だから、ここで負けるわけにはいかない…

しかしどんなに気力を振り絞っても、恵子の身体はそれ以上は上がらなかった。水かさはさらに上がり、石段を踏ん張る玲奈の足にまで届き始めた。このままなら、あと1分も持たない。それ以前にも、流されて来る大きな瓦礫に直撃されたら、終わりだ。仰向けになった恵子の胸の上にまで、水が上がってきた。もう、どうしようも無いのか。


その時、玲奈の視界の片隅で、何かが動いた。人影の様だった。それは何か叫びながら、高台の避難所に続く低い木が生い茂った足場の悪い斜面をトラバースしながら、信じられないスピードでこちらに向かってくる。

身長が190センチに迫ろうかという大男だった。身長だけでなく、広い肩幅に分厚い胸、丸太のような腕というプロレスラーのような身体を、黒いランニングシャツとグリーンのバミューダパンツからあふれ出させている。しかしその体躯に似合わず、急斜面の低い木を飛び越え、岩を左右にかわしながら、猿のような軽快さで駆け抜けて来る。玲奈はその男の発する叫び声をはっきり聞き取った時、すべてを理解した。その男は、
「ケイコ!負けるな!」
と叫んでいた。
玲奈は、葉を食いしばって恵子の身体を支えながら、心の中で叫んだ。
《須田一尉!》
恵子の夫で、ふたりの元訓練教官。その後富士教導団のレンジャー課程教官を経て退官した、『和製ランボー』こと須田元一等陸尉が映画のようなタイミングで、とにかく現れた。この場面で、これ以上頼れる人はいない。


■この作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年2月15日 (月)

管理人からのおしらせ(#1140)

いつもご愛読ありがとうございます。

管理人は、今週ほとんど外出しております。関西から東海地方を車で移動しているため、ブログの更新ができません。大変申し訳ありませんが、何卒ご勘弁ください。

なお、『地震予知』公開実験の結果は、『管理人の地震予知結果は果たして?』(#1136)に随時追記しております。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/698386/543100/84576388

また、時々ネタや細かい情報は、下記twitter公式アカウントでつぶやいておりますので、そちらもご覧ください。

生き残れ。Annex公式@ikinokore_annex

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

【再掲載】小説・生き残れ。【17/22】(#1139)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


「自分が行きます!」
叫んだのは恵子だった。皆が恵子を見たとき、すでに恵子は崖に向かって駆け出していた。そして濛々を土煙を上げて崖を滑り下り、細い路地を子供に向かって駆けて行く。速い。

高台から皆が、声の限りに叫び出す。
「急げ!」
「がんばれ!」
「早く!」
しかし玲奈は、衛の隣で落ち着いた表情のまま黙っている。
「…間に合うのか?」
衛が言うと、玲奈はちらっと衛を見ただけで、言った。
「彼女なら大丈夫。津波は、あの辺なら時速100キロ、速くても150キロで、これからだんだん遅くなる。海岸に着くまでにあと2分はあるわ。恵子なら、大丈夫」
「ならいいんだけど…なんでそんな事知ってるんだ?」
「自衛隊は災害派遣も仕事です。ちゃんと勉強するのよ」
少しだけ得意気に言った玲奈は、視線は駆けていく恵子に向けたまま、何故か少しおかしそうに微笑みながら続けた。
「彼女、昔なんて呼ばれてたと思う?」
「なんて?」
「女レンジャー」

陸上自衛隊の“レンジャー”とは、能力の高い隊員の中から選抜され、サバイバル技術などの厳しい訓練課程を修了した者だけに与えられるエリートの称号だが、女性隊員にはその門戸は開かれていないという。しかし恵子は隊内でレンジャー並みと評される高い能力を示したというのだ。だから敬意を込めて、“女レンジャー”。
衛は玲奈の表情につられて、つい軽口が出た。
「女ランボーじゃないのか」
「そう呼ぶ人もいたのは確かね」
大当たりだ。

見る間に恵子は少年にたどり着き、その脇にしゃがんで一声かけると、一動作で肩に担ぎ上げた。そしてすぐに今来た路地を駆け戻り始める。少年を担いでも、そのスピードは全く落ちない。高台の上から見下ろすだれもが、これなら十分に間に合いそうだと息を抜いた時、山全体がズシンと震え、背後の崖から小石がぱらぱらと落ちてきた。玲奈はすぐに反応して皆の方を振り返ると、
「余震です!崖から離れて!」
と、叫びながら駆け出した。

玲奈は背後の斜面を少し登った所で恐怖で固まっているカップルに駆け寄ると、ふたりの手を取って広場に下ろした。そしてすぐに老夫婦に駆け寄り、いたわるように背中を押しながら、広場の真ん中へ促した。そうするうちにも揺れはどんどん大きくなり、山がゴーっとうなりを上げた。皆は広場の真ん中に集まってしゃがみ込み、女が悲鳴を上げる。今までで最大の余震だ…周囲をすばやく警戒しながら、玲奈は思った。山が崩れなければいいが…しばらくして、揺れが収まり始めた。もう大丈夫だ…

…恵子!
玲奈は崖に駆け寄って下を見下ろし、息を呑んだ。恵子は路地を塞ぐように倒壊したブロック塀に、下半身を挟まれて倒れていた。子供を守るために、判断がわずかに遅れたのか。横に座り込んだ少年の泣き声が、海からの弱い風に乗ってかすかに聞こえて来る。津波避難所の崖下までの距離は、約150メートル。玲奈はすばやくそう判断した。

Tsunami1_2

その瞬間、海岸に到達した津波の第一波が消波ブロックにぶつかり、高さ10メートルにも達しようかという巨大な飛沫を空中に吹き上げた。数秒遅れて、ドーンという腹に響く大音響が空気を震わせる。今から崖を下りて行っても、津波がここまで押し寄せるまでの間に重傷の恵子と少年をかついで戻る時間はおそらく、無い。

「けいこおぉぉぉーっ! 立てぇぇーっ!」
玲奈は声の限りに叫んだ。怪我を気遣ったり、状況を確認している暇は無い。そう、わたしたちはいつもこうやって、苦しい訓練を一緒に乗り越えて来た。訓練ではどんなに苦しくても、多少ケガをしていても、恵子はいつも大声で『平気っす!』と言い放って立ち上がった…お願い、立って…。

海からの逆風を突いて、玲奈の声が恵子に届いたのかどうかはわからない。しかし恵子は、動き始めた。頭を上げると、こちらに顔を向けて、何か言うように口が動いた。声は聞こえなかったが、玲奈にはわかった。“平気っす”恵子は、いつもの大声では無いが、確かにそう言った。

恵子は両腕で匍匐するようにして、崩れたブロックの下から這い出し始める。歯を食いしばり、表情が歪んでいるのがここからでもわかる。そのままなんとか身体を引っ張り出す事に成功したものの、すぐには立ち上がれない。ごろんと仰向けに転がると、ゆっくりと上体を起こした。
玲奈が叫ぶ。
「津波が到達ーっ!時間が無いっ!」
すると恵子はこちらに背を向けたまま右腕を真上に上げると、空に向かって親指を突きたてた。玲奈の声は届いていた。そして恵子は“大丈夫”とサインを送ってきた。

その時、砂浜を駆け上がった津波が、海岸の家並みを呑み込み始めた。土台から引きちぎられた家が波に押し上げられ、こちらに向かって押し寄せて来る。津波が家並みを引き裂く大音響が聞こえたのか、恵子の動きが少し早くなった。それでも、少しだ。かなりダメージを受けている。玲奈が叫ぶ。
「けぇいこぉぉー、がんばれぇっ!」
それには答えず、恵子は両手を地面につきながら、よろよろと立ち上がった。左足の太ももから、激しく出血している。

津波は陸に到達してその速度を落としたものの、時速数十キロで家を押し流しながら、近づいてくる。恵子は座り込んで泣いている少年によろよろと近づくと、腕を引っ張って立ち上がらせた。そして自分の胸に抱え上げると、こちらへ向かって歩き始めた。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年2月14日 (日)

【再掲載】小説・生き残れ。【16/22】(#1138)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


玲奈が率いる、30人ほどに人数が増えた隊列は、何十年も前から建っていたような古い家が何軒かぺしゃんこに潰れている、小さな集落を抜ける。玲奈はそこにいた屈強そうな中年男に声をかけた。
「この辺は…大丈夫ですか?」
潰れた家から誰かを助け出したのだろう。中年男は埃まみれになった顔をほころばせながら言った。
「ああ、みんな出られた。あんたらも早く山へ行かないと」
「はい!」
玲奈の顔が輝いた。

Evacuate

隊列は集落の裏手に迫った山肌を切り開いて造られた津波避難所の下へ到着した。斜面を上る30メートルほどの急な石段は、恵子の報告の通り、下から10メートルほどの部分から上が、崩れた土砂に覆われて見えなくなっていた。赤茶色の土で覆われた崩落斜面は、四つんばいにならないと登れないくらいの傾斜だ。足場も悪い。

《これは年寄りにはきついな…》
衛が思った時、崖の上から恵子の大声が降ってきた。
「はんちょーうっ!」
大きく手を振ると、赤いザイルの束を投げ落とす。ザイルはするするとほどけて、石段の下まで届いた。

玲奈は恵子を見上げて黙ってうなずくと、率いてきた集団に向かって言った。
「登れそうな方は、このロープを手がかりに先に登ってください。あなたとあなた、あなたは手伝ってください」
と、3人の若い男を補助者に指名した。指名された男たちは、緊張した顔で黙ってうなずく。最後の“あなた”は衛だ。

また、上から恵子の声が降ってくる。
「津波到達予想まで、あと3分っ!」
「了っ!さあ、急ぎましょう!まず、あなたたちから!」玲奈は若いカップルを指名した。
「途中でサンダルや靴が脱げても、止まらずに上まで登ってください!いいですね!」
体力のある者は、途中で少し足を滑らせたりしながらも、するすると斜面を登って行く。幼児は父親が背負い、背負う男がいない子供は、補助の若者が背負って登った。しり込みする中年女性は玲奈が一緒に励ましながら登り切り、すぐに玲奈は土埃を巻き上げながら下りてきた。

最後に、衛、玲奈と70代後半くらいに見える老夫婦が残った。玲奈が自衛隊だと衛に言った男と、その妻だ。
「お待たせして申し訳ありませんでした!」
玲奈はきちっと45度の礼をした。老夫婦はおだやかに微笑んでいる。玲奈は衛を向いて言った。
「あなたはご主人と一緒に先に上って」
「わ、わかった」

衛は老人を先に行かせ、うしろからその腰を押し上げるようにしながら、なんとか登り切った。玲奈は自分の腰のパレオを取り、折りたたんで老婦人の腰の後ろに当てると、ザイルの端をその上から巻きつけて、あざやかな手つきで身体の前に結び目を作った。
「ちょっと痛いかもしれませんが、少しだけ我慢してください」
「いいのよ。これくらい大丈夫」
老婦人が答えると、上から見下ろしている恵子に向かって右腕を上げ、握った拳の親指を立てた。

うなずいた恵子は両腕でたぐるようにして、ザイルをゆっくりと引き上げ始める。玲奈は老婦人のすぐ後ろについて、身体のバランスを崩さないように、足を滑らさないように気をつけながら押し上げる。何度も
「痛くないですか?」
「少し休みますか?」
「もう少しです!」
と、声をかけている。途中で何度か休みながら、ついにふたりは高台の広場へたどり着いた。周りにいた人々から拍手が巻き起こる。

恵子が玲奈に駆け寄り、すっと背筋を伸ばして言った。
「お客様の避難、完遂できました!ご協力ありがとうございました!」
玲奈は穏やかに微笑みながら答える。
「間に合ったわね。ありがとう」
恵子は挙手の敬礼をしそうな勢いでさらに背筋を伸ばすと、もう一度
「ありがとうございました!」
と言って45度の礼をした。拍手が大きくなる。

恵子は白い歯を見せて笑いながら言った。
「さすが玲奈班長です」
「いえいえ。わたしたち、がんばったもんね、あの頃」
「そうですね!がんばりました」
「でも…」
「は?」
「…やっぱりその“班長”はやめて…」
玲奈は視線だけで衛の姿を探しながら言った。

玲奈の背後で拍手をしながら、ふたりの遣り取りを聞いていた衛は、玲奈の困った様子を見て声をかけた
「玲奈!」
すぐうしろから聞こえた衛の声に、玲奈はびくっと肩をすくめて振り返った。つい先ほどまでの毅然とした玲奈ではなく、彼氏に隠し事がばれた女の子の困り顔になっている。衛が穏やかな表情で続ける。
「いいんだよ。もう知ってる。おれの彼女は自衛隊出身!」

「え…どうして…」
「あの人が教えてくれたんだ。おまえの彼女は凄いぞ、って」
衛は少し離れた日陰で腰を下ろしている、あの老夫婦を指差した。老夫婦は微笑みながらこちらを見ている。
「最高にカッコよかったよ、玲奈」
「…そんな…」
「でも、なんで隠してたんだよ」
「なんでって…」

その時、誰かが叫んだ。
「来たぞ!」
全員の視線が、眼下に続く家並みの向こうに見える海に注がれる。真昼の太陽に照らされてきらきらと輝く水平線がむくむくと盛り上がり、波頭が霧のように舞い上がるのが見えた。誰も、言葉を発しない。さわやかな夏の日にはあまりに不似合いな沈黙が、辺りを支配した。

沖から伝わって来るゴーっという海鳴りが皆の耳に届いた時、また誰かが叫んだ。
「子供が、子供がいる!」
全員の視線が、今度は家並みの路地を走る。
「あ、いた!」
300メートルほど離れた路地に、小学校低学年くらいの男の子だろうか、よたよたとこちらに向かっているのが見えた。怪我をしているらしく、足元がおぼつかない。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。


2016年2月13日 (土)

【再掲載】小説・生き残れ。【15/22】(#1137)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


浜辺から海沿いの県道に出ると、道路はあちこちで大きく波打ったりアスファルトにヒビが入ったりしていて、普通の車はとても走れそうもない。車高の高い衛の大型四駆車でも困難だろう。渋滞が無くてもすぐに身動きが出来なくなっていたはずだ。

道路沿いの古い家が倒壊して道路を半分塞いでいたり、電柱が大きく傾いて、電線が垂れ下がっている場所もある。街の方からは、火災と思われる黒煙が上がり始めている。
その時、玲奈が手に持ったトランシーバーから恵子の大声が飛び出した。
《サクラカラナデシコ カンメイイカガ オクレ》
え、なんだ?
玲奈はすかさずトランシーバーを口許に寄せ、反応する
「ナデシコ感明良好 送れ」
玲奈…なんだそれ…?

《○○町郵便局付近、道路陥没のため通行不能 ××スーパー前を北進し、 東方より迂回されたし 送れ》
「ナデシコ了 送れ」
《なおラジオ情報により、当地への津波到達予想時刻は 現在時よりヒトマル分後、ヒトフタサンマル時を予期せよ なお予想高さにあっては5メートル以上 送れ》
それを聞いた皆がざわめくが、玲奈は全く意に介さずに返信する。
「ナデシコ了 自身の安全を最優先せよ 送れ」
《サクラ了っ! 終わりっ!》

妙な言葉を使うふたりのスピーディーで無駄の無い交信は、それが経験に基づいたプロのものであることは、衛にもわかった。これが玲奈が言いかけたナントカ国家公務員…なのか?すぐにでも聞いてみたかったが、列の先頭を歩きながら時々後ろを振り返る玲奈の姿はあの毅然としたオーラに包まれていて、余計な質問など跳ねつける緊張感に満ちている。

だがそれどころではない。5メートル以上の津波が10分後に来るという。しかし本物の津波など一度も見たことが無いし、台風で大波が堤防に当たってくだけるみたいなイメージしかない。海岸から山に向かって進み続け、もうだいぶ高度を稼いでいるが、ここでもまだ危険なのだろうか。

その時、衛の脳裏に今朝見た『想定津波浸水高さ5m』の標識が甦った。車の中から見上げた水深5メートルを示す赤線の位置…。これは只事ではない。一刻も早く、少しでも高い場所に逃げなければ。衛は先頭の玲奈に叫んだ。
「玲奈、急ごう!」

しかし玲奈は振り返りもせずに、左手を軽く上げて
《わかった》
というような合図を返しただけだった。でもその直後、突然振り返って叫んだ。
「みなさん走って!早く!」
突然の事に皆訳もわからず、それでも玲奈の真剣な声につられて走り出した時、地面が突然歪んだ様に感じた直後、縦横に振り回すような余震が来た。揺れに足を取られてよろめく者もいたが、強い揺れの中をなんとか転ばずに駆け抜けた。衛も目の前にいた幼児を抱え上げて走った。

Crush

すると今駆け抜けて来たまさにその場所で、道路脇の古い木造の商店が道路に向かってメリメリと傾き、道路の三分の二を塞ぐように倒壊して濛々と土ぼこりを巻き上げた。大音響に皆が立ち止まって振り返り、ついで皆が玲奈を見た。皆が呆然とする中、若い男が玲奈に声をかける
「お陰で助かりました。でも、なんであれがわかったんですか?」
玲奈はなおも周囲に視線を走らせながら答えた。
「感じたんです。たて揺れを。で、傾いた家があったから…」

その遣り取りを聞いていた老人が、衛を振り返って言った。
「あんたのお連れさんは頼もしいのぉ」
「いえ、まあ、あ、ありがとうございます…」
まるで自分が頼もしくないと言われているような気がしないでもない。でも確かに玲奈は時々、野性的とも言える鋭さを見せる。今がまさにそれだ。衛は、ふたりが初めて出会った、真っ暗な地下鉄の中を思い出した。あの時から、何回バカって言われたかな…などと余計な事を考える。

老人は言葉を続けた。
「しかしさすがに鍛え方が違うのぉ、自衛隊さんは」
「…じ…じえい…?」
「そうじゃろ?あの無線交信は、陸さんじゃろ?」
「え…は、は…はぃ…」

周りはかなり埋まっているものの、真ん中の部分だけがほとんど空白のジグソーパズルのピースが衛の頭の中で飛び交い、一瞬ですべて正しい位置にはめ込まれたような気がした。完成した画は、まだらの迷彩服にヘルメット姿でにっこりと微笑む玲奈の姿だ。今まで玲奈に感じてきた多くの疑問が、一瞬ですべて解けた。今も見せている毅然とした力強さと鋭い判断力は、自衛隊で積み重ねた訓練で培われたものだったのだ。でも、なんでそんなこと隠していたんだろう…。

衛は左右に視線を走らせながら列の先頭を行く、玲奈の後ろ姿を見つめた。
《玲奈、すげえよ…》
そう思ったとき、玲奈が半分だけ後ろを振り返りながら言った。
「避難所まであと200メートルくらいです。慌てなくても大丈夫で…」
言い終わらないうちに、玲奈が左手に持ったトランシーバーから、恵子のかすれ気味の声が流れ出た。
《サクラからナデシコ 送れ》
「ナデシコ感明良好 送れ」
《サクラ第一目標地点に到達するも、小規模の山体崩落により階段使用不能。目標地点第二に変更の要あるか? 送れ》

玲奈は一瞬考えてから、トランシーバーを口元に寄せた。
「ナデシコ了 山体の登攀は可能か? 送れ」
《…補助等あれば可能と判断する 送れ》
「崩落部分の状況はいかが? 送れ」
《さらに崩落の危険は小さいと判断する 送れ》
「ナデシコ了 目標は変更せず。サクラはそのまま待機、登攀補助に当たれ。本隊はふた分以内に到達する 送れ』
《サクラ了 終わり!》

玲奈は足を止めずに、後ろに続く集団を振り返りながら言った。表情が少し、険しい。
「お聞きの通りです。でも、我々…私たちが補助します。少し急ぎましょう!」
玲奈は前に向き直ると、歩みを速めた。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

管理人の地震予知結果は果たして?(#1136)

ついに管理人が地震予知《・・・の実験ですよw》(#1134)で、大胆にもほとんど無根拠の“地震予知”に踏み切った管理人ですこんにちはw

ここでもう一度、管理人の“地震予知”ツイートを掲載しておきます。
Tweet


予知の結果は、この記事に随時追記して行きます。そう言っているうちに、早くも一発目が起こりました。なお、掲載している震央図は、気象庁ウェブサイトからお借りして転載したものです。

予知対象期間:2月12日~18日


■predicted quake#01

2月12日午後10時59分 宮城県沖 震源深さ50km マグニチュード3.0 最大震度1
122259

■predicted quake#02
2月14日午後3時29分 福島県沖 震源深さ70km マグニチュード4.3 最大震度2
Image_2

■predicted quake#03
2月14日午後11時33分 茨城県北部 震源深さ60km マグニチュード3.6 最大震度1
Image

■predicted quake#04
2月18日 午前3時47分 茨城県南部 震源深さ50km マグニチュード2.9 最大震度1
Image

■predicted quake#05
2月18日 午後7時18分 茨城県北部 震源深さ10km マグニチュード2.9 最大震度1
Image_2


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2016年2月12日 (金)

【再掲載】小説・生き残れ。【14/22】(#1135)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


その時、それと知らなければ、何かお知らせのチャイムにしか聞こえないような音が、波の音に混じってかすかに聞こえてきた。玲奈はびくっとして上体を起こすと、海の家を振り返る。すると開け放たれたガラス戸から、恵子が店のカウンターに置かれたマイクスタンドを引っつかむのが見えた。すぐに軒先に吊るされたラウドスピーカーから、恵子の声が大音量で叩き出される。
《緊急地震速報が出ました!すぐに海から上がってください!地震が来ます!すぐに海から上がってくださいっ!

真っ黒に日焼けしたライフガードの男が、監視やぐらの上から弾かれたように飛び降りて波打ち際へ駆け寄ると、海に入っている人に向かって大きく手を振りながら、トランジスタメガホンで叫び始める。
《地震が来ます!海から上がってください!すぐに!地震が来ます!》
続いて店のスピーカーからは、大音量のサイレンが鳴り響いた。

「玲奈…どうしよう…」
突然のことにうろたえる衛に、砂の上に片膝を立てて周囲をすばやく見回しながら、玲奈は言った。
「今はこのまま待機。砂浜にいる方が安全。荷物まとめて…」
玲奈が言い終わらないうちに、ズシンという衝撃を感じた。それがどんどん大きくなって行く。岬の崖から小さな岩がばらばらと落ちて、海面で水しぶきを上げる。玲奈は海の家の方に振り返ると、鋭い声で叫んだ。
「恵子!退避!」
すぐに大声で返事が来る。
「退避誘導中っ!」
恵子は店の中にいた数人の客を屋外に誘導しているようだ。

下からの突き上げが収まらないうちに、振り回すような横揺れが来た。
《近い…》
緊急地震速報から数秒で最初のたて揺れである初期微動が来た。それもかなり強い。しかもその後にやって来る横揺れ、主要動との時間差がほとんど無かった事を感じた玲奈は、震源地がここからそれほど遠くないと判断した。ということは、ついに“あれ”が来たのか…。玲奈の頭の中に、次に取るべき行動が電光のように走った。

横揺れが始まってから数秒後、最大の地震波が到達した。衛は、四つんばいになったまま動けない。砂浜が風をはらんだ巨大な旗のように波打って見える。並んだ海の家が揃って身もだえするようにねじれ、大きなガラス窓が鋭い音と共に砕け散った。周囲の空気を震わせるドーンという大音響に振り返ると、海の近くにまで迫った山の斜面が幅20mくらいに渡って崩れ落ち、濃い緑の山肌に赤茶色の爪跡が刻まれた。青空に、濛々と土煙が沸き上がる。

海の家の中で一番簡単な造りの一軒が、海に向かって開いた縁側に向かってメリメリと押しつぶされるように倒壊して行くのを、四つん這いのままの衛は口をぽかんと開けて見つめていた。現実感がまるでない。一分ほど経って、揺れが収まって来た。玲奈はさらに周囲の状況を観察する。ライフガードが、波打ち際で座り込んでしまった家族連れを励ましている。倒壊した海の家の周りでも、慌しい動きは無い。どうやらこの浜で重傷者は出ていないようだ。良かった。

Lifesaver

「衛、行くわよ!」
「え、どこへ?」
地震の揺れが収まったので、衛はもうすっかり危険が去ったものと息を抜いていた。
「津波が来るわ。すぐに高台へ避難するよ!」
半信半疑ながらビーチパラソルを畳もうとした衛に、玲奈は怒鳴るように言った。
「そんなのいい!持てるものだけ持って!時間が無いっ!」
ふたりが恵子の店まで砂浜を駆け上がって来ると、店の裏手の方から、ボリュームを一杯に上げたラジオの音が聞こえてきた。そこから流れる緊張した男性アナウンサーの声に、玲奈は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

『…ただいま、神奈川県、千葉県、静岡県、愛知県、三重県の太平洋沿岸に大津波警報が発表されました…巨大な津波が予想されます!命を守るために、すぐに高台へ逃げてください!』
ついに、この時が来た…。防災無線のスピーカーから、けたたましいサイレン音が鳴り響き始めた。砂浜の監視やぐらには大きな赤い旗が掲げられ、ライフガードがトランジスタメガホンで叫んでいる。
『大津波警報が出ました!すぐに高台に、山に避難してください。時間がありません!大きな津波が来ます!すぐに避難を…』

「恵子!」
玲奈が叫ぶと、店の裏手の駐車場から
「はいっ!こちらです!」
と返事が返ってきた。ラジオは恵子が持っているらしい。貼り付けたガムテープに“非常持出”とサインペンで書かれた、迷彩色の大型リュックを背負った恵子は、既に駐車場に店の客を集めていた。皆、水着の上にシャツなどを羽織っただけだ。着替えている時間は無い。衛と玲奈もすぐに水着の上にTシャツだけ着て、マリンシューズを履いた。玲奈はいつのまにか腰のパレオを外して、一本にまとめてTシャツの上から腰に巻きつけている。

衛は当然車で避難するものだと思っていたので、玲奈に言った。
「玲奈、早く車に乗って…」
言い終わらないうちに玲奈が言った。
「車はダメ!身動きが取れなくなる」
「でもおれの四駆なら水にも強いし…」
「渋滞したらどうするの!それに、車なんてタイヤ半分くらいの水で流されるのよ!」
初耳だった。
「じゃあ、車は水浸しに…?」
「バカっ!車と命のどっちが大事なの!」
玲奈が衛に初めて見せる、凄まじい剣幕だった。衛は玲奈に気圧されて、腹をくくるしかない。確かに、生き残れなければ車どころでは無い。しかしまだ、半信半疑でもあった。

恵子が玲奈の脇に駆けて来て、ピンと背筋を伸ばして言った。
「自分は先行して、目標地点までの経路を偵察します。班長はお客様の誘導を願います。目標地点は…」
「もちろん、わかっているわ」
「では、これを」
恵子は、玲奈に黄色い小電力トランシーバーを渡した。
「呼び出し符号は…」
そう恵子が言いかけると、玲奈はかすかに微笑みながら、言った。
「…当然、あれで」
「リョウっ!では」
「状況開始っ!」
玲奈が鋭く言うと、恵子は一瞬白い歯を見せて笑い、回れ右をして山へ向かって駆け出した。重そうなリュックをものともせず、大柄な身体からは想像できないリスのような機敏な動きだと、衛は思った。それにしても、さっきの妙な遣り取りはなんだ?

玲奈はすぐに、十数人ほど集まっている客に向かって、良く通る声で言った。
「これから津波避難所へ移動します。距離は約1キロ先の、山の中腹です。私について来てください!」
そして衛に向かって言う。
「衛は列のうしろにいて。途中、急な階段があるから、遅れる人がいないか、いたら手を貸してあげて」
「わ、わかった」
客の中には年配の夫婦や、小さな子連れの家族もいる。大津波警報発表から1分後、津波避難所に向かう隊列が動き出した。

海から県道に上がる途中では、古い木造の納屋がぺしゃんこに潰れていた。玲奈はだれかを見かけるたびに、
「大きな津波が来ます。すぐに山へ避難してください」
と声をかけている。そのまま玲奈たちの隊列に加わる者もいて、だんだん人数が増えて行った。

■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

ついに管理人が地震予知《・・・の実験ですよw》(#1134)

最近、一応科学者が監修などをしているのに、やたらと広い範囲で地震警報を出して、その近くで地震があれば、強引に「的中」と主張する“地震予知”科学者が目立ちます(全然近くじゃないのに的中と騒ぐ人もいます)。

もし仮に、その予想が本当に的中していたのだとしても、その手の“地震予知”に共通しているのは、大はずれしているはるかに多くの“予知”結果の存在を無視していることです。

早い話が『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』としか言えないものばかり。

科学者なのに、そこに科学的態度は見えません。みんな話題になっておカネ集めたいだけなのかな?

そんなわけで、そういうのは本当に“地震予知”なのかどうか、ついに管理人もやってみようじゃないか、ということになりました。

Twitterの方で大風呂敷を広げてみましたので、そのスクショをこちらにも掲載します。
Tweet

ツイートでは2/11と書いてしまいましたが、もう日付変わってますから2/12ですね。2/18までにどのような結果が出るか、乞うご期待です。


上記ツイートで実験的に「予知」した震源域表す図も掲載しておきます。
Photo
ツイートで「予知」したのはピンク、黄色、緑、オレンジの震源域での地震です。なお、栃木県の震源域はこの図では表記されていません。


なお、これは一部の“地震予知”の実態がどういうものかを明らかにする一環としての社会実験であり、明確な根拠があっての地震予想ではありませんのでご注意ください。

言うまでもなく、上記で予想した地震が起きないこともありますし、予想の場所もしくは他の場所で、さらに大きな地震が起こることもあります。


当ブログのTwitter公式アカウントでは、ブログの記事にするほどでもない細かいネタや時事ネタなどを結構頻繁に呟いていますので、よろしければ是非フォローしてみてください。(宣伝w)

生き残れ。Annex公式@ikinokore_annex


■■なんだかタイトルだけで誤解されそうなので、記事タイトルを一部変更しました。これはあくまで公開社会実験ですから。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2016年2月11日 (木)

【シリーズUDL35】心理編7・一歩を踏み出すために必要なこと(#1133)

Kasetsu
次へ向けて動き出さなければならないけれど・・・(画像はイメージです)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

UDLも後期になって、全体の復旧・復興が本格化して来ると、個人レベルでも復興へ向けての『同調圧力』が生まれて来ます。

しかし、災害で大きなダメージを受けた被災者には、なかなか動き出せない人も少なくありません。これからどうなるか、『先が見えない』からです。


【最前線からの声】
このことは、東日本大震災で被災された方、災害派遣で被災者の精神的ケアにも従事された自衛隊員、その他復興支援に従事された方などから、同じような声が多く聞かれました。

しかし、『先が見えない』ことの心理的ダメージは、あまり表からは見えないことが多いのです。

一見、元気で前向きに見える人でも、それは周囲に気を遣って“演じている”ことも少なくありません。責任が大きな人ほど、ひとりになった時などに、不安で押しつぶされそうになっていたりします。

そしてそれが、“災害うつ”とでも呼べるような状態にまで、悪化してしまうこともあります。

そうなると、外からの情報はあまり役に立ちません。あくまで、自分に課せられた、自分自身の問題だからです。むしろ、外からの励ましが、負担になることもあります。

「がんばれ」、「負けるな」、「前を向け」、「ひとりじゃない」

だから何だ。全部わかっているし、がんばってきた。でも、なんで自分がこんな目に遭わなければならないんだ。もう十分ひどい目に遭ったのに、この先どれだけ苦労しなければならないんだ・・・


【ひとりでは抜け出せない】
しかし残念なことに、そんな状態に対する特効薬はありません。そして、多くの場合でひとりではどうにもならないのです。そんな思いを吐き出す場所が無いと、さらに深みにはまってしまいやすい。

ならば、吐き出す場所があれば良いのでしょうか。いや、そんな簡単なものではありません。「あなたの話を聞きますよ」とか「ここでは立場を忘れて自由にやってください」などとお膳立てされて吐き出せるくらいならば、まだなんとかなるのです。

では、どうしたら良いのでしょうか。周りの助けが必要です。しかし、特効薬は無いのです。


【いろいろな方法で】
管理人は、そういう方々のケアに当たった方々に、お話を伺いました。『先が見えない』不安と恐怖、そして疲労に苛まれて気力を失ってしまった人々には、何が必要なのか。

それは単純化できるものではなく、その相手の状態に合わせて、いろいろな方法があるそうです。簡単にマニュアル化したり、トリビアで解決できるものではありません。

ただ、その中で「これはかなり効果的だった」と言える方法が、いくつかあると伺いました。

次回は、その方法です。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


【再掲載】小説・生き残れ。【13/22】(#1132)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


海沿いの県道をしばらく走ると、海に突き出た小さな岬の向こうに、こじんまりとした砂浜が見えてきた。海水がエメラルドグリーンに澄み切っていて、海面から数メートルの深さにある岩までが見通せる。それを見た磯が大好きな衛は、早くもテンションが上がりまくっている。

玲奈の案内で、県道から逸れて海に向かって進むと、程なくして白くペイントした木造二階建ての、洒落た海の家に着いた。衛と玲奈が車を降りた途端、まるで待ち構えてでもいたように、建物の中からグリーンのタンクトップにベージュのショートパンツ姿の大柄な女が駆け出して来た。そして玲奈の前で急ブレーキをかけたようにピタリと止まって背筋をピンと伸ばすと、少しかすれた大声で言った。

「お待ちしておりました!玲奈は…いえ、玲奈さん!」
玲奈は衛に気付かれないように、人差し指を立てて自分の唇に当てながら、言った。
「久しぶりね、恵子」
「は、お久しぶりです!」
「だからぁ…」
玲奈は少し困ったような顔で笑っている。
「…すいません。あ、彼氏さんでいらっしゃいますか?」
恵子と呼ばれた女は衛に向き直り、
「初めまして!この海の家をやっている須田恵子と申します。玲奈さんは高校の先輩で、あと…とにかくいろいろお世話になってます!どうぞごゆっくりなさってください!」
と、きっちり45度で頭を下げる。やたらと元気がいいというより、体育会系丸出しだと、衛は思った。

肩幅が広くて筋肉質で大柄、頭の後ろでひとつにまとめた、細かいウェーブがかかったセミロングくらいの髪型を見て、衛の中で恵子のあだ名はすぐ決まった。
『女ランボー』
陸上部なら絶対に砲丸投げか槍投げか、とにかくパワー系の選手だったに違いない。小柄な玲奈と並ぶと、なんだか質量が2倍以上あるようにさえ感じる。とはいえ良く日焼けした丸い顔だけ見ると、その身体の迫力をほとんど感じさせずに普通にかわいらしいのが、妙にアンバランスだ。

「恵子はね、こっちで結婚して、民宿と海の家やってるの。民宿がだんなさんで、恵子が海の家担当」
玲奈が説明する。衛はそれには答えず、ニヤニヤしながら恵子に聞く。
「玲奈って、意地悪な先輩だったでしょう?」
すると恵子は何故か再び背筋をピンと伸ばして、
「と、とんでもありません。いえ、自分は頭が悪いものですから、課業中も玲奈班長には良くしかられまして…」
それを聞いている玲奈は、唇をへの字にゆがめてヤレヤレという困り顔だったが、“班長”が出た時には心臓が止まるかと思った。せめて先輩と言って…。

でも、どうやら衛はカギョウとかハンチョウという耳慣れない言葉はあっさり聞き流したようだ。恵子の言葉に、相変わらずニヤニヤ笑っている。もう、余計なこと聞くから…。危うく玲奈の秘密がばれるところだった。あとで念押ししとかなくちゃ。昔の事はいまのところあの人には秘密なんだから!宿を予約する時に良く言っておいたのに、これでは先が思いやられるわ…。玲奈は何食わぬ顔で車からバッグを取り出すと、衛に言った。
「さあ、早く海へ行きましょう!」

Beach

その海水浴場は、小さな岬に挟まれた差し渡し300メートルほど入り江の中にきれいな白い砂浜が続いていて、その奥に数軒の海の家が並んでいる。客はほとんど近場の家族連れかカップルのようで、7月初旬の今は、まだあまり人影は多くない。衛は先に着替えを済ませて砂浜に降り、恵子の店で借りたビーチパラソルを砂浜に立てながら、ここに来ることを提案した時の、玲奈の言葉を思い出していた。
『ちょっとした穴場よ』
確かに、こうやって砂浜から海を眺めている分には、どこかのホテルのプライベートビーチ気分だ。この辺の海って、こんなにきれいだったんだ。

玲奈は“全身塗り塗り”だろうから、まだしばらく降りて来ないはずだ。衛は砂の上に敷いた大きなタオルの上に寝転がって、サングラス越しのまぶしい太陽に目を細めているうちに、いつの間にかまどろんでいた。
「お待たせー!」
玲奈の声に衛はっと目を覚まし、上体を半分ひねって玲奈を見た。そして初めて見る玲奈の水着姿に、思わず感嘆の声が口をついた。
「ほー」
さすがにビキニでは無かったが、胸元が深く切れ込んだ、鮮やかで大きな花柄があしらわれたワンピース水着の腰に揃いのパレオをゆったりと巻き、つばの広いストローハットを少し傾けてかぶっている。その姿は、何かのグラビアから抜け出して来たみたいだと、衛は本気で思った。水着が玲奈のスタイルの良さを見事に強調しているし、着こなしもこなれている。清楚で、かわいらしい。

《これで本当に三十路過ぎかよ…》
と、いつもながら口に出せない言葉を呑み込みつつ、こんな“いい女”が自分の連れであることに、なにかくすぐったいような、周りに自慢しまくりたいような気分だ。でも幸か不幸か、玲奈に羨望のまなざしを送りそうな若い男は、周りにはひとりもいなかったが。衛は、隣に腰を下ろした玲奈に一言だけ言った。
「この浜、いや、静岡イチだ」
「バカ…」

ふたりはエアマットにつかまって波にゆられたり、衛は磯場で指を挟まれながらワタリガニを捕まえてきたりして、海の休日を十分に堪能した。ひとしきり遊んだ後、パラソルの下にふたりで寝そべっていると、玲奈が話しかけて来た。
「ねえ衛」
「ん?」
「わたし、むかしのこと、あまり話して無かったよね…」
「そう言えば、そうだな」
久しぶりに地元に帰ってきて、玲奈の中には様々な思い出が蘇っていた。そして、衛とのこんな楽しい時間。今ならもう、昔の自分の事を話していいかな、そんな気になっていた。それに恵子のあの様子だと、明日帰るまでに、衛に気づかれてしまうかもしれない。ならばその前に、自分からきちんと言わないと。

もちろんあの頃のことは玲奈の誇りでもあり、本当ならば隠し立てする必要は無い。ただ、衛と知り合っていきなり言う気にもなれなかった。ああいう仕事に偏見を持つ人もいるのは確かだし。でも、衛ならきっと「ふーん」の一言くらいで受け入れてくれる、そう思えた。

「高校出て、東京の短大に行ったまでは話したよね」
「うん」
「その後、今の仕事する前に、ちょっと別のところにいたの」
「…どこ?」
「特別職国家公務員」
「…? なにそれ。お役所かなにか?」
「あのね…」


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。


2016年2月10日 (水)

【再掲載】小説・生き残れ。【12/22】(#1131)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


7月初旬の三連休。衛と玲奈は、衛の車で早朝に都内を発ち、東名高速道路に乗った。

6月中旬に起きたマグニチュード6.5の東京直下型地震では、都内を中心にかなり大きな被害が出ていて、一ヶ月近く経った今も混乱が続いている。そんな中で旅行に出るのはどうか・・・という思いもあったものの、ふたりで話し合った末、予定通り出発することにした。

あの地震の後は、ふたりとも様々な後始末のために連日深夜まで働きづめでもあり、この辺で気分転換をしたいという思いもあった。それでも最後まで迷っていた玲奈の背中を押したのは、衛の
「玲奈の育った街を見てみたいな」
という言葉だった。

「見て!海が見えるよ!」
「お、いいねえ。盛り上がるねえ!」
ふたりの大型四駆車は御殿場の手前で左に分岐して、新東名へ入った。しばらく山間の高台を走ると、視界の左側はるか先に、朝の陽光にきらきらと光る海が見下ろせるようになった。はるか眼下に並ぶ製紙工場群が、まるで未来都市のミニチュアセットのようにも見える。

ふたりの行き先は、玲奈が生まれ育って高校卒業まで過ごした、静岡県の小さな街だ。玲奈の家族は、10年ほど前に東京郊外に引っ越している。玲奈の両親がまだその街にいたら、ちょっと引いちゃったかもな…と、衛は思っていたが、もちろん口には出していない。

まだ梅雨は明け切っていなかったが、この日はもうすっかり真夏のような陽光が肌を刺す、雲ひとつない晴天だった。サングラス越しでも、アスファルトからの反射がまぶしい。
「天気がいいのはうれしいけど、早くも紫外線くんは全開ね」
「全身、塗れ塗れ」
「もちろん、対策はばっちり」

助手席の玲奈は、カールした長い髪をひとつにまとめて肩に流し、青い花柄のゆったりとしたスリーブレスのワンピースに身を包んでいる。露わになった肩に白いレースのカーディガンを羽織っているが、その肩口は、意外なほどの量感を感じる。
《玲奈って、やっぱり着痩せするタイプだな…》

衛は初めて玲奈の身体を見た時のことを思い出す。小柄で、少し華奢にさえ見える雰囲気からは想像できないくらいに、筋肉の存在を感じるしっかりした身体だった。なんでも高校までは陸上部で短距離走をやっていて、その後もずっとトレーニングは続けているという。一度、衛が『他にはなにかやってたの?』と聞いたとき、玲奈は冗談めかしてこう言ったことがある。
『穴掘り』
その場はそれだけでごまかされたけど、ありゃ一体どういう意味だったんだ…?

玲奈の育った街は、もうすぐだ。玲奈は眼下を流れる街並みを眺めながら、先程からしばらく黙ったままだ。
《昔の彼氏のことでも思い出しているのか?》
高校時代の玲奈は、この辺りでどんな青春を過ごしたのだろう。玲奈のことだから、言い寄る男にはこと欠かなかったはずだ。衛は少し、嫉妬した。

「次のインター、下りてね」
運転席の衛に向き直った玲奈は、なんだかとても嬉しそうに言った。衛は、玲奈の想像の過去に嫉妬している“小さな男”を気取られないように、それでもちょっと不機嫌に、前を向いたまま
「あいよ」
とだけ答えた。玲奈が真顔に戻って言う。
「ねえ」
「ん?」
「衛って、なんでそんなにわかりやすいの?」
「なにが」
「どうせ私が昔の彼氏のこととか思い出してると思っているんでしょ」
「うっ…」
見事に図星だ。何も言い返せない。
「安心して。こっちを出るまで、つきあった人はいなかったわ。いいとこグループデートまでね」
「そ、そうか」
「でもね、この辺りには大切な思い出がいっぱいあるの」

Seaside

ふたりの乗った車は、インターチェンジを下りて市街地に入って行った。いまだ昭和の匂いが色濃く残る街を走っていると、衛は自分が玲奈の思い出の一部に取り込まれて、その登場人物のひとりになって行くような気がする。隣に座っているのは、セーラー服を着てショートカットの ―衛の勝手な想像だが― 高校時代の玲奈。

海沿いの道を右に折れ、左手を流れる集落のすぐ先に海が見える道路を走っているときに、玲奈が言った。
「私が住んでいたの、あの辺よ」
玲奈が指差す方を見ると、海の近くまで迫る山の麓に、マンションが何棟か建っている。
「あの辺りは、昔とはだいぶ変わっちゃったけどね」
「いわゆる再開発って奴?」
「まあ、そんなとこ」
玲奈一家が東京に引っ越したのも、そんな事情が絡んでいるのだろうと衛は思ったが、自分がそんな仕事にも少しは関わっているだけに、車窓を過ぎていく瀟洒なマンション群を横目で見ながら、それ以上は何も言わずにいた。新しい街を造ることは、誰かの思い出を傷つけることにもなるんだな…。

すると衛の気持ちを見透かしたように、玲奈が言った。
「でもね、良かったのよ。昔のままだったら、津波が来たら大変だった」
「津波なんて来るのかよ」
「あら、この辺りは有名な東海地震の本場ですのよ」
妙な言い方をする。
「有名って…、そんなにか?」
「ええ、30年も前から」
「ふーん」
「再開発のおかげで、裏山に上がる道も広くなったし、津波避難所もできたし。ほら、あれ見て」

玲奈が指差す先に、道路上にオーバーハングした大きな標識が見えた。それには天気予報に出るような高波のイラストと共に、『想定津波浸水高さ 5m』と大きく書かれていて、標識を支える白い支柱の上の方に、赤い帯状のペイントがしてある。あれが5mなのか。
「つまり、津波が来たらこの辺は水浸しだと」
「水浸しで済めばいいけどね…」
そう言う玲奈の表情からは笑顔が消え、少しだけあの“毅然”とした表情になっていた。


■この作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年2月 9日 (火)

【再掲載】小説・生き残れ。【11/22】(#1130)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


三十代後半に見える調理師は、倒れている男の脇にかがんですばやく脈拍と呼吸を確かめた。そして頭に巻かれたスカーフの代用三角布を指さして、ふたりに向かって言った。
「これ、どなたが?」
「あの、わたしです」
玲奈が答える。
「見事な手際ですね。ご経験あるんですか?」
その言葉に、玲奈は衛をちらっと横目で見ながら、なぜかしどろもどろになりながら言った。
「え、まあ、あの・・・講習受けたりとか・・・」
調理師は少し白い歯を見せて笑顔になると、言った。
「プロ並みですよ。すばらしい」
「・・・は、あ、ありがとうございます・・・」
玲奈の目が泳いでいる。

玲奈、どした?褒めてくれてるのに。衛は男に向かって訊いた。
「あの、プロの方なんですか?」
調理師は少しはにかんだように笑いながら、答えた。
「昔ね。クウジ・・・いや航空自衛隊の救難隊でした。いわゆる衛生兵ですよ。ヘリとか乗って」
それを聞いた玲奈の表情が少し緩むと、背筋がすっと伸びたように、衛には思えた。

調理師は続ける。
「そんなわけで、この場は私に任せてください。店にはいろいろ資材も用意してありますし」
「はいっ!よろしくお願いします!」
玲奈は妙に力の入った調子で言うと、深く頭を下げた。つられて、衛も最敬礼してしまう。まさか、ここで元とはいえプロに会えるとは。良かった・・・。

それから三人は床に畳んだ段ボール箱を敷いて、その上に動けない怪我人を寝かせた。意識の無い男は三人で少しずつ段ボール箱の上に乗せた。そしてそれを引きずって、一階の廊下の中まで全員を移動した。そこまで終わると調理師は一旦店に戻り、紙の手提げ袋を持ってくると、言った。
「ご協力ありがとうございました。あとは任せてください。これ、どうぞ」

調理師が差し出した紙袋を衛が受け取って中を見ると、ミネラルウォーターの1リットル入りペットボトルと、店用の食材なのだろう、海外ブランドのソーセージなどの缶詰が数個入っていた。缶詰はもちろん、缶切りのいらないプルトップ缶だ。プラスチック製のスプーンとフォークにペーパーナプキンの束まで入っている。

「ありがとうございます!」
衛と玲奈が同時に礼を言った。実際、これは本当に助かる。よく考えたら食事前に地震が来たので、実はものすごく腹がすいているということに、衛はその時やっと気づいた。衛の腹がぐーっと鳴る。

「この坂の上のNHKが帰宅困難者支援拠点ですし、代々木公園は広域避難場所ですから、そちらへ行けば支援が受けられるでしょう。どうぞお気をつけて」
衛と玲奈は、元"衛生兵”の調理師に、もう一度深々と頭を下げた。すると調理師は、笑顔で付け加えた。
「落ち着いたら、また店にいらしてくださいね」
「ええ、もちろん」
「必ず、来ます」
ふたりも笑顔で答え、レストランを後にした。

宇田川町の坂を上ってNHKに向かう途中、渋滞する車のライトだけが照らし出す歩道には、ところどころにビルから落ちた窓ガラスの破片や壁材が散らばっている。それを踏むたびに、ジャリっという冷たい感触に背筋が寒くなる。これを浴びたら、ただでは済まない。ビルの壁から落ちた、ひしゃげた袖看板が転がっていることも少なくない。こんなのを食らったら、即死だ。

ふと上を見ると、ビルの壁に半分ひっかかったまま、今にも落ちそうになっている看板類も少なくない。そんな場所に来ると、玲奈は必ずその手前で衛の腕を引いてピタリと足を止め、数秒間様子を見てから、その下を小走りに駆け抜けた。玲奈は頭上も警戒しているんだ・・・。確かに、頭上はかなり意識していないと見えていないことに、衛は気づいた。

不思議なことに、衛たちとは逆方向に、坂を下って渋谷駅の方向に向かう人の方がずっと多い。この地震では電車やバスが動いているはずもないし、タクシーがつかまるとも思えない。仮につかまったとしても、大渋滞で動けないはずだ。この地震では、幹線道路は一般車両通行止めじゃないのか?車好きの衛は、それくらいは知っている。

それでもわずかな可能性に賭ける・・・というより、ただ人の流れについて行ってしまっているように、衛には思えた。大勢が行く方向が必ずしも安全とは限らないし、人が密集した繁華街で大きな余震が来たら、かなりヤバいだろうに。衛は歩きながら、先ほど暗い店の中で思ったことを、心の中で反芻していた。

《慌てずに、考えろ、よく考えろ・・・》

その時、足元にズシンという衝撃を感じた。来た!でかい余震だ!今度は衛もすぐに身体が動いた。ふたりは同時に、すぐ脇の頑丈そうなビルの暗いエントランスに駆け込んだ。ここなら落下物を避けられる。

本震ほどではないと感じたが、すぐに振り回すような激しい揺れが始まった。歩道では走り出す人も少なくない。坂の下の方からガラスがばら撒かれる鋭い音や、何かが大きなものが落ちるような金属音が響いて来て、男女の悲鳴が重なる。それを聞いた玲奈の身体が固くなり、音のした方角に顔を向けた。きっと玲奈は、揺れが収まったら負傷者が出た現場へと駆け戻るに違いない。

その時、ハイヒールにタイトスカート姿で坂を駆け下って来た若い女性が、ふたりの目の前で、悲鳴と共につんのめるように転倒した。あっと思う暇もなく、女性の背中の上に、ビルの壁からはがれ落ちた外装タイルがバラバラと降り注いだ。玲奈の肩を抱いていた衛は、玲奈の全身の筋肉が緊張するのを感じた。衛の腕を振りほどいてすぐに駆け出すかと思ったが、しかし、動かない。

Debri

玲奈はそのまま、揺れが収まるのを待っていた。しばらくして揺れを感じなくなると、
「衛、ちょっと待ってて」
と言い、ハンドバッグを頭上にかざして駆け出した。そのまま転んだ女性の脇を駆け抜けると、ガードレールの切れ目から一旦車道に出て振り返り、渋滞する車のライトの反射でぼんやりと照らし出されているビルの外壁を見上げた。それ以上落ちて来るものが無いか確かめているのだ。そしてとりあえずの安全を確認すると、歩道に駆け戻りながら
「衛、お願い!」
と叫んだ。

玲奈の行動から、衛はひとつ学んだ思いだった。こんな時はすぐに怪我人に駆け寄ってしまいそうだが、まずは自分の安全確保をしなければならないということだ。それは臆病でも卑怯でもなく、自分が倒れてしまったら他を救うことはできない、ただそれだけの理由なのだとも。

衛と玲奈は、うつぶせでコンクリートの粉まみれになって呻いている女性に駆け寄った。転んだ直後だったのが幸いして、頭は直撃されていないようだ。背中の痛みを訴えている。ふたりは女性をゆっくりと抱き起こすと、ビルのエントランスに運んだ。

表情をゆがめて喘いでいる女性に、玲奈はにっこりと微笑みながら
「もう大丈夫ですよ」
と、穏やかに声をかけた。数秒前までの厳しい表情からは思いもつかないような、穏やかな表情だ。不安のどん底にある負傷者は、救護者の微妙な表情も読み取ってしまう。口では大丈夫と言っても、厳しい表情を見せたら《本当は大丈夫じゃなんだ》と思ってしまうこともあるのだ。

特に重傷者は、気の持ちようで容態が大きく変わるから、救護者はできるだけ自分の不安や動転を表情に出さないように、負傷者を励まさなければならない。軽い怪我でなかったら、怪我の程度を本人に伝えるなど言語道断。

玲奈は、女性の意識がしっかりしているのを確認すると、身体を軽く触りながら、痛みのある場所を確かめて行った。どうやら、ちょっとひどい打撲だけで済んだらしい。しばらく休めば、自力で歩けるようになるだろう。衛と玲奈は、ほっとした表情で顔を見合わせた。


結局、衛と玲奈がNHK本局に開設された帰宅困難者支援拠点にたどり着いたのは、夜半を大きく回ってからだった。


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【シリーズUDL34】心理編6・復興の槌音の中で(#1129)

Backhoo
復旧・復興に“心の復興”はなかなか追いつかない(画像はイメージです)

■UDLとは、Under Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。


今回からは、UDL後期における心理と、その対策を考えます。


【いろいろ落ち着いて来ると・・・】

被災からしばらく経ち、自分の置かれた状況は、なんとか受け入れられつつあります。不自由なUDLも、ふと気がつければそれが日常となっていて、それなりに慣れてきました。

被災家屋の修理や仮設住宅への入居も始まり、少しずつ“次の段階”へ進みつつあります。

しかし、家に戻れても、この災害で失ったものは少なくありません。人的、経済的、社会的などのダメージが大きくて、被災以前と完全に同じ暮らしには、もう戻れません。

そして、状況はまだまだ流動的。この先どうなるか、まだはっきりとはわかりません。たとえ経済的には心配ないとしても、人は家と食べ物だけあれば、生きていけるわけではないのです。

そんな段階で最も心を苛むことは、なんでしょうか。それは、

『先が、見えない』

ということです。


【抜け落ちたピース】
被災者は、周囲から多くの支援を受けます。それとセットで、もちろん善意からなのですが、多くの応援も受け取るというか、受け取らざるを得ません。

「がんばって」
「負けないで」
「前を向いて」
「元気出して」

そんな応援で、苦しくても「よし、負けないでがんばろう!」と思えたり、「負けてたまるか!」と歯を食いしばれるあなたは、その先も恐らく、大丈夫でしょう。

でも、そう思えない人も多い、と言うより、思えない人の方が多いのかもしれません。 もちろん誰でも、がんばって前向きに元気に進んで行きたいのです。でも、そういう気力が沸いてこない。 被災からしばらく経って、失った人、モノ、関係は、頭の中では受け入れつつあります。でも、元気は出ない。


【能動的行動へ】
被災後ある程度の間までは、周囲で起きたことの情報を得て、それに合わせて行動することが主でした。言わば、受動的に状況に対応していたのです。ある意味で、やるべきことと結果が決まっていた、と言えます。

そしてその段階が過ぎると、復旧・復興への歩みが始まります。その段階では、やるべきことや進む道は人それぞれ違って来て、自分でそれを決めなければなりません。 能動的行動の段階です。

しかし、今や被災前のあなたを作っていたパズルの、多くのピースが抜け落ちてしまい、その穴を埋めて新しい絵を描くにはどうしたら良いのか、そもそも新しい絵とはどんなものなのか、それさえまだ思い浮かばないことの方が多いでしょう。

『先が、見えない』

のです。そんな中、復旧・復興へのかけ声は大きくなって行きます。それは、ある意味で同調圧力と言っても良いでしょう。

でも、なかなか元気は出ないのです。次回へ続きます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年2月 6日 (土)

台湾南部でM6.4の直下型地震(#1128)

日本時間の2月6日午前4時57分ごろ、台湾南部、高雄市の直下約17kmを震源とするマグニチュード6.7の地震が発生しました。


【阪神・淡路大震災と似た直下型】
この地震は典型的な直下型地震で、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)とほぼ同じく、陸地直下の約17km付近の断層が震源という、良く似たタイプの地震です。

なお、阪神・淡路大震災の当初の震源は淡路島沿岸の海底でしたが、そこから断層破壊が神戸市直下まで進んでいます。

揺れの主成分も、阪神・淡路大震災と同様の震動周期1~2秒程度の短周期地震動だったと思われ、耐震強度が低い建物に、大きな被害をもたらしました。揺れている最中の映像や、「立てないほどの揺れ」だったとう証言からも、短周期地震動が卓越していたことが推測できます。

短周期地震動は、固有震動周期が近い低・中層建物に、最も大きな破壊力をもたらします。なお、激しい揺れの持続時間30秒以下と比較的短かったようで、これも直下型地震の特徴です。

地震の規模はマグニチュード6.4で、阪神・淡路大震災のマグニチュード7.3に比べると約30分の1程度で、地表面の揺れは、我が国基準で最大震度6強~6弱程度だったと考えられます。


【大被害は台南市に集中】
当初の震源は高尾市直下でしたが、大きな被害は被害は震源から北へ約40km離れた台南市に集中しています。これは地盤強度などに加えて、断層の破壊が高雄市直下から台南市方面に向かって進んだ可能性も考えられます。

建物の破壊状況は、ビルの低層階が押しつぶされるように坐屈していたり、低層階の一部が押しつぶされて大きく傾くなど、阪神・淡路大震災における旧耐震基準建物の破壊と似た状況が多く見られます。

メディアのカメラは大被害ばかりを追うので、台南氏全域に甚大な建物被害が出ているような印象もありますが、実際には倒壊した建物はそれほど多くなく、中小被害を受けただけの建物が大半のようです。大火災も発生していないようなのも幸いです。


【構造に問題か】

この地震で、17階建てのマンションが倒壊し、多数が生き埋めになりました。しかし、生存空間もかなり残っていたようで、救助活動が進んでも、現時点では犠牲者数はそれほど増えていません。

また、2月6日夕方の時点の報道では、台南市で倒壊した建物は「少なくとも11棟」となっており、市内全体に甚大な被害が及んでいるという訳では無いようです。

Taiwan_quake
上画像は、倒壊した16階建てのマンションですが、柱の破断・坐屈面にはあまり鉄筋が見えておらず、床面との結合も弱いものだったようです。

また、倒壊前の画像を見ると、低層部と高層部の構造が異なり、さらに中央部と両翼の構造も異なるという、耐震的には問題のある構造だったようです。さらに、手抜き工事の痕跡が見つかったという報道もあります。

なお、この建物の他には、ビル全体が崩壊するような被害は出ていないようです。この建物の倒壊は、地震の規模のためと言うより、構造の根本的な問題があった可能性が高いものと考えられます


【義援金詐欺に警戒を】

東日本大震災の際、台湾の皆様からは人口1人当たり1万円にも上る、合計金額でも米国とほとんど同額という、膨大な支援をしていただきました。

それをお返しする機会かと思いますが、くれぐれも義援金詐欺には気をつけてください。既に民間の募金サイトなどが立ち上がって寄付が集まり始めているようですが、募金の主体がよくわからないものもあります。

民間団体や企業の場合、寄付金が本当に現地に送られているのか、一部もしくは大部分が差し引かれてはいないかなどを、チェックする方法がありません。そして、過去にはそういう義援金詐欺も多発しています。

また、電話や訪問で義援金を集める(と見せかける)詐欺手口もあります。ですから、原則として完全に信用がおける先以外へは、募金しない方が良いでしょう。

どこへ募金するか迷ったら、日本赤十字社をお勧めします。募金窓口の立ち上げには少し時間がかかりますが、慌てる必要はありません。急いで募金しても、あまり意味はありません。善意の募金が役立てられるのは、災害からの復興が本格化してからなのです。


■当記事は、カテゴリ【地震関連】です。


2016年2月 5日 (金)

【再掲載】小説・生き残れ。【10/22】(#1127)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。


玲奈は、白い大理石が張られたエントランスの床に叩きつけられて呻いている、数人の男女に駆け寄った。衛は足元がまだ覚束ず、少しよろめきながら後に続く。玲奈はまずLEDライトの白い光で全周と上の方を照らしながら、指をさして危険が無いかを確認して行った。幸いにして、余震で落ちてきそうなガラスや壁材などは見あたらない。

倒れているのは四人だった。うち三人は意識がはっきりしており、
「頭を打っていませんか?」
という玲奈の問いかけに、皆しっかりと頷いた。ひどい打撲か、どこか骨折しているかもしれないが、大きな出血も身体の変形も無いので、さし当たって生命の危険は無いと玲奈は判断した。問題は、うつぶせに倒れたまま苦しげに息をしている、40歳くらいに見えるスーツ姿の男だ。短く刈った髪の毛の中から流れ出る血が、白い大理石の上に濁った紫色の血だまりを作っている。頭を強く打っている可能性が高い。

頭の皮膚のすぐ下には毛細血管が密集しているので、小さな怪我でも血がどっと出て慌てやすいが、普通なら止血もそれほど難しくはない。傷口をしばらく圧迫すれば、大抵は大丈夫だ。しかしこの男の出血は小さな傷のレベルをはるかに超えている。傷はかなり大きそうだ。

玲奈が男の脇にかがんで、肩口を叩きながら
「もしもし、わかりますか?」
と耳元で言っても、わずかに手足を動かして呻くだけだ。・・・意識レベル200。玲奈はつぶやくと、衛を振り返って
「衛、レジ袋と、ペーパーナプキンと、タオル・・・できれば手ぬぐいをできるだけたくさん探して来て!」
と鋭く言った。任せとけとばかりに駆け出そうとした衛だったが、ビルの中に戻ろうにも、停電で真っ暗闇だということに気づいた。思わず
「無理だよそんなの・・・」
と泣き言が出る。

すると玲奈は、自分のハンドバッグから何かを掴み出した。
「これ、使って」
と手渡されたものを見て、衛は驚いた。なんと、二本目のLEDライトだった。少し小振りなものだったが、点灯すると10メートルくらい先まで見通せて、これなら暗闇のビル内でもなんとかなる。その白い明かりに勇気づけられた様子の衛に、玲奈は言った。
「余震が来たらすぐに頭を守って、姿勢を低くして落下物を警戒してね」
ただ"余震に気をつけて”とか漠然としたことを言わないのが、実に玲奈らしい。

でも、衛にはわかっていた。玲奈の本心は、衛を危険な場所へ戻らせたくはないのだ。衛を見る玲奈の瞳は、あの"毅然”モードがそこだけほころんだように、少し潤んでいるように見えた。でも今は、玲奈ひとりだけでは対処しきれない。いいよ玲奈、わかってる。なんだかいつも情けない姿ばかり見せちゃってるけど、ここで少し挽回させてもらうよ。正直言うとかなり怖いけど、よし、ここは行っとけ!

Stair

衛は螺旋階段を見上げてひとつ大きく息を吸い込むと、意を決してLEDライトをかざしながら駆け上がった。半分開いたレストランの自動ドアをすり抜けると、暗闇の店内ではもうひとつのライトの光がうごめいている。客のひとりが、店員と一緒に店内で怪我をした人の手当をしているようだ。
《玲奈みたいな人、いるんだな・・・》
怪我をして動けなくなった時、そばにそんな人がいてくれるかどうかで、その後は大きく変わる。生死を分けることがあるかもしれない。でも他人を頼るより、自分でできるようになった方がいいよな・・・。

そう思いながら、衛に気づいた白衣の調理師に言って、開封前のペーパーナプキンの包みをふたつ、レジ袋の束と、調理用の木綿布を数枚出してもらった。木綿布は、怪我の手当ならこれがいいだろうと調理師が選んでくれたものだ。衛はその調理師の落ち着き払った態度を見て、自分が異様に興奮していることに気づかされた。今まで自分では意識していなかったが、心臓がどくどくと早鐘を打っている。

いけない。なに慌ててるんだ。おれも落ち着かなきゃ。そう思ってひとつ深呼吸すると、調理師に礼を言った。そして、今何が必要かもう一度頭を巡らせて、戻り際に
「できたら下も手伝ってください!」
と、付け加えた。いいぞ、おれ。そうだ。慌てるな。慌てずに考えるんだ。

衛がエントランスへ駆け降りると、玲奈は男の脇にひざまづいて、頭の傷を自分のハンカチで圧迫していた。淡い色のハンカチは大量の血を吸ってどす黒く変色し、玲奈がはめているラテックス手袋も血まみれだ。駆け寄る衛の姿を見て、玲奈はわずかに微笑んだ。しかしその目には困惑の色が浮かんでいる。
「出血が・・・止まらないの・・・」
そう言う口調には、つい先ほどの鋭さは無い。
「これ、持ってきた」
衛が抱えてきたものを床に置くと、それを見た玲奈の表情が少し明るくなった。
「ありがとう。すごくいいわ」

玲奈は続けた。
「衛、傷の圧迫を代わって。レジ袋を二重にして手にはめてから、ハンカチでここを圧迫するの」
「わ、わかった!」
衛はレジ袋を手に被せようとしたが、急に手が震えだしてうまく行かない。血まみれの怪我人に触ると思うと、いきなり怖じ気が頭をもたげて来た。自分が触った途端に容態が悪くなり、急に死んでしまうんじゃないか、そんな考えに囚われる。

それを見越したように玲奈が言う。
「大丈夫よ。出血を押さえるだけだから。でも、あまり力を入れすぎないでね」
その加減がわからないから怖いのだが、とにかくやるしかない。衛は腹を決めた。血を直接触って血液感染しないように、レジ袋を被せた手で玲奈から血まみれのハンカチを受け取ると、頭の傷を圧迫し始めた。

出血はまだ続いている。血液の温度が、レジ袋を通して手に伝わってくる。血って、こんなに暖かいのか。衛は、その暖かさに"命”を感じた。すると、怖さがふっと消えた。そして、この流れ出す"命”を押し止めたい、見ず知らずのこの男の命をなんとしても救いたいという気持ちが沸き上がって来て、圧迫する手に少しだけ力がこもった。どこかにこの男の"命”を、待っている人がいるんだ。

その間に、玲奈はペーパーナプキンの袋を開けて束を取り出し、それを白い木綿布で包む。見かけは、文字通り木綿豆腐のようなものが出来上がった。そして自分の柿色のスカーフを広げ、三角形にふたつ折りにした。そして衛に声をかける。
「ありがとう。もういいよ」
「わ、わかった」

衛が手をどけると、玲奈は“木綿豆腐”を頭の傷口に当てた。そしてスカーフの三角布を鮮やかな手つきで男の頭に巻いた。結び目をきつく縛って、しっかりと傷口が圧迫されていることを確かめる。そして、大きく息をつきながら言った。
「とりあえず、これで大丈夫」
「本当に大丈夫なのか?」
「出血は止められると思うわ。でも頭を強く打っていたら・・・これ以上は、ここでは無理・・・」
玲奈の眉間に、苦悩の皺が刻まれる。目の前の坂道を埋めた渋滞の車列はほとんど動いておらず、救急車を呼んでも来るはずもない。それ以前に、固定電話も携帯も繋がらなくなっていることが、周りから聞こえて来る声でわかっていた。

「できるだけ身体が冷えないようにしないと」
玲奈はそう言いながら周りを見回すが、保温に使えそうなものは見あたらない。そこへ、先ほどの調理師が畳んだ段ボール箱の大きな束を抱えて、螺旋階段を降りてきた。渡りに船とはこのことだ。玲奈が声をかけるより早く、
「これを保温に使ってください」
と言いながら、調理師は野菜や調味料の名前がプリントしてある段ボールの束をどさりと置いた。


■当作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

2016年2月 4日 (木)

【再掲載】小説・生き残れ。【9/22】(#1126)

■この物語はフィクションです。登場する人物、団体、設定等は、すべて架空のものです。

激しく揺れる暗闇の中、最初にレストランのエントランスへたどりついた男が停電で開かない自動ドアに手をかけて力ずくで半分ほど引き開けると、身体をねじ込むようにして通り抜けた。そのまま続く何人かは通り抜けられたが、一人が転ぶと次々に折り重なり、真っ暗なドアの前で文字通り黒山になった。背中を踏みつけられた女が、絶叫する。

ドアを出られた客は表の螺旋階段を下りようとしたが、激しい揺れで手すりにしがみついていることしかできない。そこへ後ろから駆け下りようとした数人の客がつまづき、悲鳴と共に階段を転げ落ちて、大理石貼りの床に叩きつけられた。どすっという鈍い音が続けざまに響く。

衛と玲奈は、テーブルの下で必死に耐えていた。正確には、恐怖で身動きができない衛の頭を玲奈がしっかりと胸に抱いて、脱出のタイミングをはかっていた。衛は頬に玲奈の胸の柔らかさと重量感を感じながら、
「玲奈ぁ…助けてくれ…」
と搾り出すように繰り返していた。身体が、全く動かない。と言うより、恐怖に混乱した頭が、身体を動かす指令を出すことを完全に放棄していた。
「玲奈ぁぁ…」

頭上で狂ったように跳ね回っていた豪奢なシャンデリアの鎖がついに切れ、二人のテーブルの上に落ちて派手な音を立てて砕け散った。さすがの玲奈もそのはじけるような大音響に全身をビクっと固くしたが、すぐに
「大丈夫!、もう少し、もう少し待って!」
と、自分に言い聞かせるように声を絞り出した。息が荒い。壁にかけられた大きなリトグラフの額が吹っ飛び、観葉植物の鉢が床を転げ周る。

狂ったような揺れが少しずつ収まって来るのを、二人は感じた。衛はやっと少しだけ我に返り、一刻も早くここから逃げ出さなければと思った。玲奈から身体を離そうとすると、しかし玲奈は衛の頭をさらに強く抱き寄せながら、叫ぶように言った。
「バカっ!まだ、まだよっ!」


やがて揺れは潮が引くように小さくなって行き、完全に収まった。辺りに静寂が戻る。玲奈は肩にかけていたハンドバッグから小型のLEDライトを取り出し、点灯した。あの地下鉄の中で放たれたのと同じ、白く強い光の束が辺りを走る。衛はその光がなんだか懐かしくさえ感じたが、店の中はあの時の車内どころでは無い。あちこちで人が倒れ、椅子やテーブルが散乱しているのが見える。その様子を見た玲奈は一瞬迷ったようだったが、
「とにかく一旦出ましょう」
と言い、ふたりはテーブルの下から這い出した。

すぐに自動ドアを目指そうとする衛の腕をつかんで、玲奈は
「こっちよ!」
と、店の奥へと衛を引っ張って行った。

Exit

店の一番奥まった場所に来た時、衛はそこに非常口のサインが緑色に点灯しているのを見た。二人の席からは全く見えていなかった。衛は、その時初めて気付いた。玲奈は、席に座る前に奥の非常口の場所を確認していたのだ。そして大きな地震が来たら、店の出入り口と表の螺旋階段からの脱出は困難だと考えて、裏手の非常口に近い席をリクエストしたのだ。

この店に入る前に玲奈が立ち止まったのは、こんな時のために建物の造りを見て、脱出路を考えていたのだということにも気付いた。食事の内容を考えていたんじゃないんだ…
《玲奈…すげえよ…》
衛はライトで非常口ドアの周囲を照らしている玲奈の真剣な横顔を見ながら、心の中でつぶやいた。
 
すると玲奈は、非常口のドアノブにそっと、右手の甲で触れた。そして
「大丈夫ね、熱くない」
そう言うとドアノブを回して、装飾のために木製のラティスで覆われた鉄製のドアを開けた。一階へつながる非常階段は真っ暗だったが、煙や異臭は無い。ふたりはライトを持った玲奈を前にして、階段を下りて行った。

店の外は、大混乱だった。ビルが大きく損傷するほどの被害は無いようだったが、袖看板やガラス片が路上に散らばり、あちこちで人が倒れている。螺旋階段から転げ落ちた客が、何人もうずくまって呻いている。周辺のビルから続々とあふれ出てくる人々が、車のライトの明かりだけの暗い路上で、右往左往している。あちこちから消防車や救急車のサイレンが聞こえて来るが、一体どこへ向かっているのかわからない。

衛は厳しい表情で周りを見回している玲奈に言った。
「は、早く逃げよう!」
すると玲奈はキッと衛を振り返って言い放った。
「バカ!負傷者救護が先!」
見ると、玲奈はもう、半透明のゴム手袋をはめている。血液感染防止用のラテックス手袋だ。それを見て、衛はひとこと、今度は声に出してつぶやいた。
「玲奈…すげえ…」


■この作品は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

【シリーズUDL33】心理編5・アレひとつあれば十分か?(#1125)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。


心理編では、被災直後に心理的な安定を得るためのファクターの筆頭として、正しい情報を得る方法、具体的にはトランジスタラジオを備えることの大切さを考えています。

今回は、避難所におけるラジオの効用と使い方です。


【多機能だから安心?】
家に備える防災グッズの定番になっているもののひとつが、これでしょう。
Radio

画像は一例ですが、手回し発電式のラジオとライトが一体化した製品です。乾電池が入手できない状況では、とても有用なものではあります。

かつては携帯電話(ガラケー)の充電機能も魅力でしたが、はるかに大電流が必要なスマホが主流になった今では、充電機能は残念ながらあまり使いものになりません。スマホ用としては、発電量が小さすぎるのです。

さておき、これがあれば避難所で情報飢餓に陥ることは無いから安心、なのでしょうか。


【抹殺された教訓】
UDLには不可欠の機能を集約したこのような製品は、その機能故の、大きな問題があるのです。

それは、阪神・淡路大震災後に被災者から上がった声であり、東日本大震災後にも繰り返されたはずです。

しかしその声は、この“定番防災グッズ”を販売する上での障害になるものですから、販売業者から利益を受けている『商業ベースの防災の専門家』は、ほとんど抹殺したのです。

それ以前に、そういう声があったことさえ知らない、低レベルの『防災の専門家』もいるわけですけど。


さておき、そんな被災者の声として最も大きかったのが、ラジオとライトが一体化されていることの問題でした。

夜、避難所でラジオを聴いていると、誰かがトイレに行くからライト貸してと。特に被災直後は、いつも何か情報を得ていたい時です。でも、誰かがライトを使うたびに強制的に中断させられる。

避難所のトイレは過酷な状態のことが多く、時にはどこか遠くへ用を足しに行ったりもする。だから一度行ったら時間がかかるし、いつ戻って来るかわからない。その間、避難スペースは真っ暗で情報もない。

他人のラジオから漏れてくる小さな音が、余計に神経を逆撫でする。やっと帰って来たと思ったら、今度はケータイを充電するから貸してと。

しまいには子供が携帯ゲーム機を充電したいと。そんなこんなで、もういい加減にしろ!ラジオが聴けないじゃないか!ということが多発したのです。

そんな本当の話、ご存じでしたか?


【“防災セット”には無いもの】
では、その解決策とは。上記のエピソードには、多機能故の問題と、もうひとつの問題が隠れています。

まず、機能の問題。阪神・淡路でも東日本でも、被災者の生の声は、当然のようにこう言っています。

「ライトはいくつあっても良い」

停電下では、多機能ラジオライトひとつだけでは、下手をすると何も無いよりもストレスが大きくなることもあるのです。

夜間は、何をするにもライトが必要ですから、ひとり1本どころか、それ以上にたくさん欲しかった、という声が多かったのです。それならば行動の制約も少なくなりますし、いつでもラジオを聴いていられます。

でも、市販の防災セットには多機能ラジオライトひとつか、なんだか安物の懐中電灯1本みたいのが普通ですよね。そんなものを売る側が、こんな教訓を伝えるはずがない。


もうひとつの問題。そんなラジオにスピーカーしかないか、イヤホンが無いこと。

考えて見てください。被災直後の避難所では、ラジオなどの有無で大きな情報格差が生まれています。何もわからない人のそばから、ラジオの音が漏れ聞こえて来る状態。

夜になっても、情報は聴いていたい。でも寝ている人もいるし、夜は小さな音でも大きく響く。そんな中では、ごく小さな音で聴く方も漏れ聴かされる方も、大変なストレスなわけです。

実際の避難所では、ラジオがうるさいとかのケンカも多発したのです。被災のショック、身体疲労、情報飢餓に不慣れで不自由な避難所生活。ストレスが爆発して当然、というような環境です。

そんなわけで、周りに迷惑やストレスを与えないためと、夜間も聴いていられるように、ラジオにはイヤホンが必須なのです。でも、“防災セット”のラジオにはイヤホンがついていなかったり、イヤホンジャックさえ無いものもあります。

そんなもの売るのにも、猛烈に邪魔な教訓というけで、見事に抹殺されてますね。


【だったら分けてしまえ】
多機能ラジオライト、ひとつはあっても良いでしょう。電池が無くても作動するのは、何よりのメリットです。

でも、そこで思考停止しないでください。上記のような“抹殺された現実”があるのです。

ですから、避難所生活を前提とした装備には、十分な数の、最低でも家族数のライトと予備乾電池、そして手回し式充電式ラジオライトを備えましょう。

そしてラジオはイヤホン式か、必ずイヤホンを接続できるものを。避難所で聴くには、それが必須と言えます。

被災後しばらく経てば、大抵の避難所には大きめのラジオやテレビを置いた情報コーナーのようなものができるはずですから、自分用はイヤホン式で、ある意味で“こっそりと”聴くのが、自分と周囲のストレスを軽減することになります。


【グッズの話ではないのですが】
なんだか防災グッズがテーマのようになっていますが、もちろん心理編です。

特に被災初期において、精神の安定のためと、精度の高い行動をするために必須の情報源としてのラジオの大切さと、現実的な使い方をまとめてみました。

要は、市販の“防災セット”では現実には問題が多すぎるので、自分や家族に合わせた機能と数の装備を、自分で備えなければならない、ということです。 それが、被災初期の精神の安定に大きく貢献し、自分にも周囲にも、余計なストレスを感じさせないために必須なのです。

ついでに、商売のためには大切な情報をも抹殺する『防災の専門家』もぶった切ってみましたw あの手の連中は、必要無い情報を垂れ流すだけでなく、必要な情報を言わないことも多い、ということを忘れずに。


次回からは、UDL後期の心理について考えます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年2月 2日 (火)

THEこの程度~お笑い大寒波対策~(#1124)

Kanpa
1月下旬、西日本に強力な寒波襲来。その対策アドバイスは・・・「お笑い」だった


1月下旬にかけて、西日本を中心に「40年ぶり」とも言われる寒波に襲われ、九州、山陰地方を中心に、広い範囲で雪による交通障害や、長時間に渡る断水などの被害が出ました。

その、直前の話です。


【“メディアでおなじみの”トリビア大会】

西日本では不慣れな寒波への対策が、あちこちのメディアで流されました。その中で管理人の目についたのが、あるネット記事。

記事の監修は、『防災アドバイザーで危機管理コンサルタント』のT.T氏という人物で、なんでも「テレビなどメディア出演多数で、わかりやすい解説に定評がある」そうです。知らなかったけど。

『備える.jp』とかいうサイトやってるらしいです(特定w)


さておき、まず記事自体が変。いよいよ明日には寒波が来るという日、その中で入学試験なども行われるので、リード文には「外に出る際に注意するポイントなどを求めている保護者も多いのでは」とあります。

そこで登場したT氏、寒波で想定される被害として、3つを挙げました。
・水道管凍結による断水
・電線への着雪、断線による停電
・公共交通機関の停止と流通マヒ

あれ?外出関係の優先順位が下がってますね。それが筆頭の記事じゃないの?まあ、これは記事をまとめたライターの能力や打ち合わせの問題ですけど。


【なんだそれ?】
さて本文。「原則としては、外出しなくて済むように食料品や生活用品を、数日分買い足し」をしておけと。だから外出するんだってばw

しかし、本文はなだれを打つように備蓄の話へ傾きます。基本は、停電、断水下に備えて「調理しなくても食べられるもの」や「ペットボトルの水」を備えよと。まあ、その通りではあります。

その次が凄い。「パンや果物、お茶などは、凍結しないように箱に入れて毛布をかぶせるか、冷蔵庫に入れて」おけと。

おい、どこの寒冷地の話だよ。家の中マイナス10度かよw食べ物が凍る以前に、人間が低体温症でやられるww

冷蔵庫の中の方が凍りにくいというのは、マイナス20度とかになる北海道の寒冷地などの話だし、今回は停電に備えての話だから、冷蔵庫の機能も当然止まっているわけです。

それでもしばらく保冷庫にはなるけれど、凍らせないために入れておけというのは、どこかで拾った寒冷地の話をなんの検証もなく、現実にアジャストもせず、当然本人の経験もなく、ただ垂れ流しているだけ。そうでなければ、ただの阿呆ですね。

これでカネもらえるんだから、『防災のプロ』はオイシイ、って話です。でも、まだ続くんですよ。


【死語の世界も】
寒波対策で用意するものとして(襲来前日の記事ですが)、「カセットコンロとガス、上にものが置けるタイプのストーブなど、停電時に使える調理器具を用意」しろと。

現実には、調理関係はカセットコンロと十分なガスだけで大丈夫なんですけどね。でも、「上にものが置けるストーブ」って、あの円筒形の奴とかかな。それ用意しろって。そんなもの、停電下の暖房用に欲しいと、子供でも思ってます。それでも“プロ”が言うと、立派な“アドバイス”になるんだからやりきれない。

で、そんなストーブを「調理器具」と言う辺り、実際にやった経験など皆無というか、ただの思いつきに過ぎないわけですよ。あんなの、お湯沸かすだけで、どれだけ時間かかると思ってるんだ。 日々の食事は、お汁粉作るのとは違うんだよ。

現実には、暖房はエアコン、床暖房、灯油やガスのファンヒーターとかが主流ですから、停電したら多くの家で全滅なわけです。電気を使わない暖房器具は、調理以前に暖房のためだろう。なんたって、野菜が凍る寒波を予想しているんだろあんたはwww

調理云々以前に、暖房が途切れた家の中をどれだけ暖められるか、という方がずっと重要なのは、言うまでもありません。まあ、防寒服着てろってことなのでしょうwそこに、お年寄りや子供を気遣う視点は全くありませんね。


そしてついに、死語の類まで登場。お湯を沸かしたら、「魔法瓶につめておけ」と。魔法瓶て、若い人はわからないかもw

しかも、「魔法瓶を毛布などで巻いておけ」と。だからどこの寒冷地なんだってば。これも、どこかで拾った寒冷地のトリビアを垂れ流しているだけ。本人はやったどころか、今まで考えたこともないでしょうね。

それ以前に、現代の「魔法瓶」は、大抵は電動で注ぐタイプですよね。停電したら、上ふたを開けなければ使えない。開け閉めすれば当然、冷めやすい。毛布で保温とかの話じゃない。

しかも、直接注ぐようには全くデザインされていない電動ポットから、熱湯を注いで使えと?そんな危険なことを、『防災アドバイザー・危機管理コンサルタント』様がやれと?

これなど、考えたこともやったこともないネタを、記事要請があったから、どこかで拾って垂れ流している象徴的なものですね。

調理とかの話にしても、実際に調理する人の視点は皆無なわけです。こういう話、当ブログ記事で何度も指摘していますが、防災の世界は、有り体に言えば『男性の理屈』が主なわけですよ。

自分でやったことも無い、机上の空論やトリビアだけで仕事できるから、まあそうなります。でも、女性の『防災の専門家』でも、「あんた実際にやったことないだろう」系の、おかしなこと言う人いますけどねw


【本格的なトリビア登場】

まだ続くんですよ。皆様、『モーリアンヒートパック』ってご存じでしたか?管理人、名前は初めて知りました勉強になりましたありがとうございますw

要は、一部のお弁当とかの容器に入っている、ひもを引っ張ると強烈に発熱して、短時間で食品を加熱できる奴です。原理的には、水と鉄粉などを化学反応させて発熱する、使い捨てカイロと同じようなものです。

なにしろ、ヒートパックの発熱量は凄くて、容器を手に持っていると確実にヤケドするくらい。でもそのおかげで、どこでもアツアツの食事をすることができるわけです。

さておき、T氏はそれを見つけたら買っておけと。ちなみに、1個200円くらいしますし、店舗には専門的な防災ショップくらいにしか無いでしょう。ホームセンターでは、ヒートパック単体で売っているのは見たことありません。ネット販売がほとんどかと。

とはいえ、そこじゃないのです。寒冷対策として、そんなものを用意する必要は、機能的にもコスト的にも無い、ということなのです。これなど、「いざとなったらこんな便利なものがありますよ」的な、文字数稼ぎ的なトリビアに過ぎません。

これまでの内容は、カセットコンロと十分な数のガスボンベがあれば、それだけでほとんど解決できることであり、それが現実的なアドバイスです。まあ、こういうネタがあった方が、記事としてはウケるのでしょうけど。


【まあこの程度】

その後、水道管の凍結・破裂対策とか車の運転とかいろいろ書いてますけど、まあこんなものは誰でも書けます。ネットでいくらでも拾えるネタですし。ちなみに、北海道で冬道運転を鍛えた管理人は、個人的には「こいつ本格的な雪道運転経験ないな」というニュアンスを感じました。

そう言えば、この記事は外出時の情報でした。それに関しては、「公共交通機関の多くが止まる可能性があるので、どうしても外出が必要な場合は複数のルートを検討しておく必要があります」だけでした!

それにしても、複数のルートを選択できるのは都市部だけだし、大雪でも降ればそれもみんな止まるし。

豪雪対策においては、雪の影響が及ばない複数のルートなんてほとんど無理です。できるのは、地下鉄がある場所くらいで。現実には、公共交通機関もしくは自家用車かタクシーと言う選択肢しかありません。それがヤバそうなら、雪になる前に目的地に移動しておくしか方法は無いのです。

こんな風に、現実的にはできないことでも、基本的に間違いじゃなければ、垂れ流しておけばOKの世界。商業ベースの『防災の専門家』の情報など、まあこの程度のものばかりです。

こんなのが、カネもらってるプロの仕事なんですよ。本とか出してるって?本出してようが講演してようが、中身はこんなのばかりだしな。

もうひとつ付け加えましょう。

「停電しても明かりにろうそくは使うな」
と。もちろん火災防止のためですが、T氏は「積雪がひどいと消防車が出動できない恐れがあるため」だって。

思わず「そこか!」とツッコミ入れたくなりますなwこれも、どこの豪雪地だという話。しかし豪雪地でも、積雪のせいで逃げ遅れたり、消火活動を支障したことはあっても、消防が出場できなかったことはありません。

万全の体制で待機している消防が聞いたら怒るぞ、という話です。

おかげさまで、この程度の連中が当ブログのネタと存在価値を補強し続けてくれますw異論反論ご意見は大歓迎します。まだ言いたいことあるけど、さすがに長くなったのでこの辺で。

そういえばこの御仁、お台場の放送局御用達みたいな。なるほどなw


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


プロドライバーの実際【3】(#1123)

Lisence
管理人の運転免許証の一部です。中型8t限定の解除がしたいw


これまでの話だと、プロの資格無し、というような不良ドライバーがいくらでもいるような印象を受けられるかもしれません。

もちろん、そんなことはありません。大半のプロドライバーは、十分な意識と技術を持っています。

ただ、これはドライバーに限らない世の常ですが、ごく一部に不適格者がいるのも事実です。本来ならば、そういうドライバーは淘汰されなければならないのですが


【旅客自動車業界の現状】

観光バスとタクシー業界は、政府の規制緩和によって大きく変わりました。 どちらも、それまでの規制を緩め、自由競争を促すことによってサービスの向上を図るというのが、その目的でした。

しかしその結果、観光バス業界は参入業者が急増して価格競争が激しくなり、薄利多売の傾向が強まって利益が減り、運転手などへの報酬も目減りました。

その一方で、薄利多売と運転手不足のために乗務数が増え、さらに重大事故の発生によって乗務時間や運転距離が制限されたりしたため、運転手不足より深刻になるという悪循環になっています。

しかも、軽井沢事故のバス会社のように、「人の命を預かる」という意識に欠けた、不十分な意識と体制で参入する業者も少なくありません。

あの会社、国交省の監査の結果、バス事業許可が取り消しとなりましたが、それ以前にバス事業に関しては廃業を発表しています。しかし、業界の事情に詳しい人は、こう言います。

「また違う会社作って始めるだけだ」と。


一方タクシー業界は、規制緩和されても料金は一定に保たれたものの(同一地域同一運賃)、車両数の制限が事実上無くなり、車両数が急増しました。

体力のあるタクシー会社は、増車によってその地域の主導権を握ろうとしたのです。これも、自由競争の一環ではあります。

しかし無制限に増車された結果、車両当たりの乗客数が減り、ほぼ歩合制である運転手の収入が目減りしたため、ドライバーの流出や就業者の減少、ひいてはサービスの低下を招きました。

そして、運転手確保のために、質が良いとは言えないドライバーの採用も増えたのです。稼ぎにくい業界には、なかなか人は集まりません。

その後、過当競争を緩和するために、車両数に関しては再度、ある程度の規制が行われ、状況は多少改善はしています。

ここでひとつ注釈を入れておきますと、タクシードライバーは全然稼げない仕事ではない、ということです。大都市圏の場合、同じ時間乗務しても、ドライバーによってその収入には実に3倍近くの開きがあります。

ただ、稼ぐためには細かい営業努力が必要であり、その能力によって収入に大きな開きが生じます。もしタクシー業界に全然魅力が無いのなら、管理人も二種免許なんか取っていませんよw


【性善説と性悪説】
自由競争を促すために『護送船団方式』をやめて規制緩和をすれば、サービスの質を向上させる効果よりも、価格競争の激化によるサービスの質や安全性の低下を招くのは、ある意味で自明です。

我が国の場合、基本的に性善説、すなわち競争しながらも皆がルールを守り、不正や手抜きは滅多に起きないという前提で、監視や罰則の体制が組まれています。 たまに検査をして、その日程も事前に知らせて、主に書類をチェックして終わりのような。そこに隠蔽工作は存在しなような前提で。

しかし、軽井沢バス事故でも明らかになりましたが、まず業界を監視する人手が非常に少なく、不正や不備を見逃しやすい。さらに、不正や不備が見つかって行政指導や罰則を受けても、大して改善せずに業務が続けられているののが現実です。


これに対し、基本的に『護送船団方式』が少なく、自由競争が当たり前の欧米、特に米国のシステムでは、“自由にやらせれば不正や不備があって当たり前”という、ある意味で性悪説に基づいた、監視や罰則の体制があります。

監視体制がかなり充実していて、その判断も早く、罰則も厳しいのです。また、自由競争とは言いながら、不正や不備によって危険が予想される部分には、非常に厳しい規制が行われます。

また、社会の慣習として、事故や不正などの裁判では『懲罰的賠償』が命じられることも少なくありません。実際の損害額よりはるかに多額の賠償を命じられれば、大抵の会社は事業の存続どころか、破産することも珍しくないので、それも大きな抑止力になっています。


米国のシステムを一方的に礼賛するわけではありませんし、もちろん問題もあります。ただ、自由競争の裏には不正、不備がセットになっているから、しっかり監視しなければならないという、性悪説を前提としたシステムは、特にトラブルが起きたら人命に関わる業界には必要なのです。

廃棄食品を横流しして販売した、産廃業者や食品卸業者も然り。見ていなくても、末端まできちんとやっているとは限らない、むしろ、やっていない奴がいて当然くらいの体制がないと、致命的な事故や不正はなかなか無くならないでしょう。


【ユーザーはどうすれば?】
大局的な話はともかく、そのような現状に対し、我々ユーザーは、どうしたら良いのでしょうか。

まず大前提として、自由競争では質の低いサービスは淘汰されなければならない、ということです。

そのためには、ユーザーが良質のサービスを選択するための行動をしなければなりません。幸いなことに、最近はネット上での口コミなども手軽に見られます。もっとも、すべて正しいとも限らないので、なるべく多くの情報を得ることが必要ですが。

価格が高いサービスが必ずしも安全、良質であるとは限らないのですが、確率的にその可能性は上がります。一方で、低価格重視で選ぶ場合は、サービスの質が落ちる、場合によってはリスクも高まるという意識を、我々も持つ必要があります。

低価格は、基本的には営業努力の結果です。しかしそれは、どこかに無理がかかっていたり、場合によっては不正や不備の結果かもしれない、という意識を持たなければなりません。


料金が統一されているタクシーの場合は、管理人は車を選べる時はタクシー会社で選びますし、そのための情報は出先でも調べています。

会社を選べないことも多いですが、やれるときにやるだけでも、事故リスクやイヤな思いをさせられる確率を下げているのです。

余談ながら、関東では個人タクシーの質が良いというのが一般的ですが、西の方の某都市では個人タクシーの方が質が悪く、服装は適当で、不案内な観光客と見れば遠回りして、運転は荒く、愛想もろくに無いドライバーばかり、というようなこともあります。

そう言った情報を事前にネットなどで仕入れておくことで、多少ながらもセルフディフェンスできるのです。


しかし残念なことに、公共交通機関をユーザーが完全に選びきることはできません。しかし少しの手間で、リスクを減らせる部分はあります。そして、そういう自助努力がこの先もっと必要になる、そういう時代なのです。

別に、社会全体に覚醒を促そうwなどと言う大それたことは考えていません。ただ、あなたとあなたの大切な人のリスクを下げる方法があるならば、たとえ不完全でも是非やって欲しい。

管理人は、そう願っています。


■当記事は、カテゴリ【交通の安全】です。

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