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2016年3月 4日 (金)

【小説・生き残れ。】あとがきと解説(#1151)

22回に渡って再掲載させていただいた「小説・生き残れ。」いかがでしたでしょうか。

この作品は、マニュアル的な意味も持たせたフィクションです。カテゴリを「ディザスター・エンタテインメント」としている通り、あくまで大災害を題材にした「娯楽作品」というスタンスで書きました。岩城衛と三崎玲奈が大地震に見舞われた地下鉄の中で出会い、それから半年とちょっとのうちに、なんと計4回も大地震に遭遇するという、あり得ない設定ではあります。一度の災害を描くだけでは遭遇する状況が限られますので、そこはフィクションであることを最大限に利用しました。

主人公の岩城衛、お気づきの方もいると思いますが、岩手の岩、宮城の城をつなげ、読みは福島県浜通りの旧名「磐城」と同じという姓にしました。ならば名前は「まもる」だろうなという、ある意味安易な命名ですが、管理人なりの、震災被災地への思いを込めました。

三崎玲奈には、特に意味は持たせていません、語感で決めました。芸能人に同じもしくは似た名前もありますが、特に関係ありません。なお、読みは「れいな」です。

ちなみに、ふたりともいわゆるアラサーの独身ですが、管理人がこの作品のターゲットとして想定したのが、その辺りの年齢層なのです。様々な仕事の前線にいて、身軽にあちこちに出かけ、繁華街などに出ることも多い、つまり最も多くの「状況」に遭遇しやすい層と考えて、そのような方に役立つ内容にしようと考えました。

構成的に管理人が狙ったのは、いわゆる災害小説とSFチックなライトノベルの中間辺りの線。あまり重苦しくならないように、状況のリアルさや詳細さにはあまりこだわらず、あくまでも大地震に遭遇したいち個人の心理や行動にフォーカスした構成です。犠牲者の描写も、意識的に避けました。

しかし、地震発生時の状況や、その時に取る行動、玲奈が語る災害の知識などに関しては、現実に即してリアルに描いています。お読みいただいた方が同じような状況に遭遇した時に、彼女たちの言葉や行動を思い出し、それを真似ていただければという思いがあります。


玲奈をはじめ、衛以外の主な登場人物はすべて元自衛隊員ということに違和感を感じられた方も多いかもしれません。管理人は元自衛官というわけではありませんが、自称「自衛隊サポーター」で、現職や予備自衛官とも交流させていただいていることもあり、さらにはご想像の通り結構ミリヲタでもありますので、そちら方面が得意という理由もあります。

要は、訓練された人間が取る的確で敏速な行動と、気持ちは熱いものの、能天気で知識不足の衛ができることとの対比をしたかったことと、的確な判断や行動無くして、非常時に自分を守ること、ましてや他を救うことがいかに困難なことかを描きたかったために、そのような設定にしました。

なお、自衛隊に関する専門的な記述や描写の部分は、あくまで管理人の知識だけで書きましたので、実際と異なる部分もあるかと思います。お詳しい方、その辺は大目に見てくださいw


最終章では、ふたりはついに「東海地震」に遭遇してしまいます。余談ながら、管理人がかつて通った中学校の修学旅行は、静岡方面が恒例でした。しかし当時、東海地震の危険が大きく叫ばれ始めために、東北方面に変更された経験があります(これだけで歳がバレますね)

そんな原体験もある関東在住の管理人としては、大騒ぎしたのにあれからずっと起きない「東海地震」に、ある意味で特別な思いがあります。東京大地震や富士山噴火を描いた方が一般受けするのでしょうが、当初から「東海地震」をメインの題材にすることを考えて、玲奈の出身地を静岡に設定しました。

しかし今にして思えば、管理人が中学生当時も宮城沖地震などが起きていましたし、東日本大震災級が起きてもおかしくない状況もあったわけです。地質学的時間軸では、数十年など一瞬に過ぎません。そう考えると、どこで何に遭うかは本当に運次第であり、それを意識的に避けることなど、少なくとも今の人間には不可能なのだという思いを強くします。我々ができることは、大災害に遭うという前提の意識と備えだけなのです。


管理人の究極の思いは、津波避難所で玲奈の前に立ちはだかる老夫婦の言葉に凝縮されています。なお、空襲からの避難中に背負った赤ちゃんを落としてしまったという話は、当時実際に少なからず起きた実話を元にしています。そのような、命がいとも簡単に消えて行く極限の状況を体験した老人の
「人間の気持ちや力だけではどうにもならないこともあるんじゃよ。無駄に死んではいかん」
という言葉が現実です。いくら備えていても、大災害への対策に絶対は無いのです。

すなわち、最後には可能性の問題なのです。どうにもならない状況に陥る可能性を減らし、どうにもならなくなる前に危険から離れ、どうにもならないと思える状況の中で、一縷の希望を見いだす可能性を大きくすること。それは普段からの正しい意識、正しい知識と正しい行動のみによって実現されるということであり、その象徴として、十分に訓練された元自衛隊員を登場させたわけです。


ラストシーンで、衛は新しい自分と生活に向かうことを決意して、玲奈にプロポーズします。傷つき、生活の糧を失った恵子と須田も元気に立ち上がり、声を合わせて、新しい状況に向かって一歩を踏み出します。「状況開始、状況終了」とは、自衛隊で演習などの開始と終了時に、司令官が発令する用語です。

大災害に打ちのめされた中から立ち上がる人間の強さと、「次」へ繋がる希望を感じさせて終わりにしたかったので、あのようなエンディングになりました。

改めまして、お読みいただいてありがとうございました。


よろしければ、この作品のご感想、ご意見などをコメントかメールでお寄せください。もしかしたらこの四人が、またどこかの「状況」で活躍する時が来るかもしれません。


■当記事は、カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】です。

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