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2016年6月 4日 (土)

なぜ少年は生き残れたのか?(#1203)

Mat
この宿舎とマットが少年の命を救ったが、それだけではない


北海道の山中で、行方不明になった小学校2年生の少年が、7日目になって無事発見されました。

正直なところ、一時はどうなるかと思っていましたが、なにしろ無事発見されて、本当にほっとしました。


サバイバル力とは?


発見を受けて、ネット上では「この少年のサバイバル力はスゴい」という意見が飛び交っています。

それに便乗して、明らかにPV稼ぎと思われる、サバイバル技術絡みのネット記事も散見されます。しかし、とりあえず合理的なことは書いてあるものの、最も大切なことが書いてある記事や『専門家』の見解は、少なくとも管理人は目にしていません。

ここで、なぜこの少年が「生き残れた」のかを検証してみます。


遭難時の条件


少年が親とはぐれたのは午後遅くで、これから日が暮れるという時間です。最低気温は連日10℃程度から一桁台にまで下がり、翌日以降、強い雨も降りました。

Tシャツとジャージしか着ていなかった少年が、もしずっと屋外にいたら、おそらく生還はできなかったでしょう。

そんな状況下で少年が生還、それも自力で歩けるほど元気で生還できたのは、何故でしょうか。まずは、一般的な見解から。

まず、遭難初日の晩に、自衛隊演習地内の宿舎に入ることができたことが、何よりです。

そこで得られた条件は、
■水道水で水分が補給できた
■雨と風を凌げた
■マットにくるまれた

という3点です。


条件の検証


まず、水分の補給ができたこと。

災害救助において、閉じこめられた人を72時間以内に救出せよと言われるのは、水の問題です。

人間は、水分を補給しないと、3日間程度で死亡する可能性が高く、子供や高齢者など、基礎体力に劣る人の場合は、さらに短くなりやすいのです。

その点少年は、きれいな水道水を十分に飲めるという、理想的な環境でした。もし水道水が無く、乾きに負けて沢の水や雨水、いわゆる生水をそのまま飲んだ場合、下痢を起こしたかもしれません。

下痢になると、体内の水分を大量に失い、体力も激しく低下しますので、生存可能時間は確実に短くなります。

食べ物が無くて栄養分が補給できなくても、水分が補給できれていれば、一般には3週間、21日程度は生存できるとされています。

健康な子供の場合、そこまで長くはもたなくても、水分さえあれば、絶食状態でも1週間程度で死亡することはまずありません。


次に、宿舎内に入れて、雨風を凌げたということ。

災害時もそうですが、サバイバル環境において体力を維持するためには、身体を“濡らさない、冷やさない”ということが鉄則です。

余談ながら、いわゆる『防災セット』や『防災の専門家』の指導などで、災害時における防水・防寒の要素が無視されているか、完全に不足している例が枚挙に暇がないことは、当ブログで以前から指摘していることです。

服や身体が濡れれば、蒸発する水分が奪う気化熱で、身体が激しく冷やされます。

さらに、風に当たれば体温がどんどん奪われます。風速が1m上がれば体感温度が1℃下がると言われる通り、体感的にも寒さを強く感じ、気力も奪われて行きます。

少年は、自衛隊宿舎に入れたことで、身体が濡れずに風にも当たらないという、サバイバル下における、理想的な環境が得られたのです。


そして、マットにくるまれた、ということ。

外は寒く雨も降り、最低気温は一桁台。そんな中でTシャツ姿では、屋内でも体温が低下して行きます。もし宿舎内に何も無かったら、低体温の危険に晒されたでしょう。

しかしマットがあったおかげで、その間に身体を挟んで、暖を取れました。体育で使うような分厚いマットですから、布団や毛布に比べたら、その保温力は劣ります。

でも、保温において最も大切なことは、冷たい外気に身体を直接晒さず、身体の周りにスタティックエア(動かない空気層)を作ることです。

マットにくるまれたおかげで、それがある程度は実現しました。身体の周りの空気が体温で暖められるのと同時に、動かない空気層は、外気の冷たさを遮断します。動かない空気層は、最良の断熱材なのです。


少年が自衛隊宿舎に奇跡的にたどり着き、これら3つの要素が揃ったことで、6日ぶりという生還に繋がったのです。

決して、少年が特にサバイバルスキルに長けていたわけではありません。道に迷って建物を見つければ入る、水があれば飲む、寒ければ何かにくるまるという、当たり前のことをしただけです。

では、そのような条件が奇跡的に揃ったことが全てかというと、実はそうではありません。

それは、報道でもネット上でも見たことがない見解ですが、実は、それがなければ、他の条件が揃っても生還できなかった可能性が高いという、最も大切なことなのです。


なぜしばらく見つからなかったのか?


最も大切なことの前に、なぜ少年がいる場所が早い段階で捜索されなかったのか、ということについて。

少年がいた演習地内の宿舎は、はぐれた場所から山を登る方向でした。

普通、山中で道に迷った場合は、多くの人が山を下る方向に進もうとします。そして、無意識に低い方低い方へと向かおうとして、狭い谷筋や沢に迷い込み、進むことも戻ることもできなくなって、遭難することが多いのです。

このため、主な捜索範囲は山を下る方向に設定されましたが、これは合理的なことです。登る方向へは、林道などを自衛隊の偵察部隊が捜索したようですが、山狩りのようなことは行われませんでした。

山狩りに自衛隊が投入されたのは、林道沿いなどのわかりやすい場所の捜索では発見されなかっため、さらに深い谷筋や沢まで捜索するために、自衛隊員の高い不整地行動能力が必要だったためです。

なにしろ、道がわからず、日が暮れかけている山中を、少年が登って行ったということは『想定外』とは言い切れなくとも、『想定しずらい事態』だったというわけです。

しかし、その少年の行動が、演習地の宿舎にたどり着くという僥倖に繋がったわけで、本当に良かったとしか言いようがありません。


では、道も居場所もわからない山中で迷ったらどうするか、ということですが、まずは先に進まずに、道がわかる場所まで戻ってみる、ということ。それでもわからなくなったら、『その場をなるべく動かない』というのが基本です。夜間や悪天候で、視界が効かない場合は尚更。さらに深い場所に迷い込んだり、転落したりする危険が大きくなります。

そして、雨風や寒さをなるべく凌げる場所を探し、そこで持ち堪えるのが基本ではあります。そして、自分の居場所をできるだけ見つけ易くすることです。

具体的には、開けた場所に石や枝で矢印など目印を作ったり、レスキューシートや衣服などを置いて、近くにいることを示す、上空に向けてレスキューシートなどを広げて、空から発見しやすくする、たき火を焚いてのろしを上げるなど、とにかく目立つようにすることです。

あなたが山にいることを知っている人がいれば、必ず捜索が行われるのです。決してあきらめずに。

では、本題に戻りましょう。


生き残るために最も大切なこと


奇跡的にもサバイバルに理想的な環境が得られ、無事生還した少年。しかし、物理的条件だけが少年を救ったのではありません。

過酷な環境から「生き残る」ために、最も大切なこと。

それは、『希望』です。

この少年は、行方不明の7日間、ずっと『希望』を失わなかったはずです。もちろん、不安だったでしょう。「このままひとりで死ぬのか」、とも考えたでしょう。

でも、それをひとりで乗り越えたはずです。「きっと助けに来てくれる」、「きっと大丈夫」だ、もしかしたら、「家に帰ったら○○をしよう」などと思ったかもしれません。

とにかく、「もうダメだ」と思わずに、先のことを考え続けられていたはずです。

そうでなければ、あんな元気な状態でいられなかったでしょう。人の手が入った痕跡のある自衛隊宿舎にいたことも、『希望』を膨らませたでしょう。ここにいれば、きっと誰か来ると。


『希望』、すなわち生きる気力を失ってしまえば、人間の生命力は、激しく失われるのです。少年がもし「もうダメだ」とあきらめていたら、あの条件でも生還できなかったかもしれません。

とにかく、少年が元気で生還したこと、それが『希望』を失わなかったことの、何よりの証明と言って良いでしょう。

それなど、大人が見習わなければならないことです。

大人は、いろいろ余計なことを考えて悪循環に陥ってしまいそうですが、むしろ子供は「助かりたい」という純粋な気持ちだけで頑張れたのかもしれません。

サバイバルにおいて最も大切なことは、物理的環境以前に、決してあきらめない、「絶対に生き残る」という、強い気持ちなのです。

それは同時に、現状を取りあえず受け入れて、「きっと、なんとかなるさ」と、楽天的に考える力でもあります。

それが、災害下などサバイバル環境において、悪条件の中から一筋の光明を見いだすために、あなたの生命力を最大にし、持てる能力を極限まで発揮させる、不可欠の条件なのです。

無事生還した少年は、改めて我々にそのことを教えてくれたと言えるでしょう。


■ちょっと追記
報道された内容からこの記事を書いたのですが、正直なところ、まだちょっと不可解なことが残るのも事実。少年が発見されるまでに、第三者の介在があった可能性も捨て切れません。

そんな可能性を、twitter公式アカウント生き残れ。Annex公式@ikinokore_annexでつぶやいております。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


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コメント

世の中には、小児癌で苦しむ子供達が居ます。
手術や抗ガン剤の後遺症と闘っています。
いわゆる、がんサバイバーです。
そんな子供達の中には、自らブログを公開している子もいます。
書いてある事は、日常の一コマだったり、闘病生活の辛さだったり、様々ですが、読んでいると、元気をもらえている気がします。
もしかすると、子供達が抱く希望や将来の夢への想いが、読む人にも伝わってくるのかもしれませんね。

かく言う私自身も、がんサバイバーの一人です。
だから、入院中には、闘病する子供達を院内で見る事もありました。
私が入院していたのは2年余り前ですので、あの時の子供達も退院し、将来を思い描きながら頑張っていてほしいと思っています。

不穏な噂も流れてたりしましたが、無事生還出来て本当に良かったですね。電車の中で少し泣けてきました。立ったままおにぎりを頬張る写真、ホントいい絵だと思います。よそのお家の子ですが保存してしまいましたw

昔群馬に住んでた時にトレーニングと称して毎週赤城山に登ってた時期がありました。いつも同じルートでぐるっと回ってくるのですが、たまたま逆ルートで登ってみたことがあり、モノの見事に迷ってしまいました。
いきなり見晴らしのいいところに出たのでどうしようかと途方に暮れて景色を眺めてたのですが、足元を見ると土砂崩れのてっぺんで、辛うじて木の根っこで支えられてるオーバーハングしてる部分だったことに気付き腰を抜かしました。チビりそうになりながらも何とか生還しましたが、見慣れたつもりのルートでも街中とは違いますので、山歩きはホント油断大敵ですね。

>伊牟田勝美様

何か大きな壁に突き当たった時、それを乗り越えるための最大の力は、「○○したい」という意志なのだと思います。

それなくしては、いかなる知識や技術も最大の力を発揮できません。ましてや、人間の身体の能力を最大に引き出すためには、意志の力が不可欠です。

私も、重病の子供たちと触れあったことがありますが、どうしてこんなに前向きになれるんだと思ったことも多々ありました。

子供にとっては、身体の不自由はある意味でそれが当たり前の状態であり、それを素直に受け入れた上で、まったく別の次元で学校へ行きたい、友達と遊びたいなどの純粋な願望を持っていて、自分のそんな思いに疑いを持っていない。

大人になって知識と経験が増えると、なかなかそうは行かなくなりますね。先々のことを、いろいろ考えてしまって、答えの出ない迷宮に迷い込みやすい。

そんな極限時、なにがなんでも○○してやる、絶対にできるという、子供のような純粋な願いが持てるかどうか。それは大きな分かれ目だと思います。

生物には生存本能がありますから、理屈を超越してそれを呼び覚ませるか、ということなのかなと。

なにしろ、子供は皆元気に育ち、命に関わるような辛さを味わって欲しくないものです。


ところで、実は私もがん経験者です。ただ、早期で完治して後遺症もほぼ無いので、大病をしたという自覚さえ未だにありませんがw

でも、突然やってくる想定外の事態で、日常を断ち切られた人の精神がどういう影響を受けるのか、どうコントロールして行けるのかなどを、いろいろ考えることができたと思っています。

災害時もそうですが、生死をかけた環境では、理屈なんか大して役に立たないのかもしれません。防災グッズがどうのと騒ぐ前に、そんな時でも負けない、そう思えるメンタリティを自分の中に育てておくこと、それが一番大切な災害対策なのかもしれません。

>tntさん

いやほんと、これはどう見てもアレだろう、というように見えたのは事実ですね。遭難だとしても、こんなに日数が経っていては・・・と、多くの人が思ったのも事実でしょう。

とにかく、あの自衛隊宿舎にたどり着いて良かった、としか。それにしても、本当にしっかりした子ですね。

私は瞬発型で持久力が無いのでw、本格的な登山の経験はありません。高尾山くらいで十分ですww赤城榛名妙義でさえ、徒歩で登ったことがない。

でも、里山みたいなところで遊んで育ちましたから、知らない山の中で道に迷ったりする恐怖は、結構身にしみてます。「迷ったら動くな」とは言いますが、夜の山中でひとりでじっとしているなんて、今でもやりたくありません。

とりあえず、そういう時にはのろしを上げるのが最良かと思いますので、どこでも火を焚けるようにはしておきたいなと。

震災直後の福島で、福島市の山の上の崖っぷちに立ったら、足下にい幅1mくらいの大きな地割れがあって、慌てて戻ったことがあります。

あそこが崩れていたら、私は一巻の終わりでした。でも、その地割れ、5年経った今でも崩れていないようですけど。


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