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2016年6月

2016年6月23日 (木)

久々に管理人ひとりごと(#1212)

Speaker
今日は防災行政無線で、全国一斉緊急地震速報訓練がありました。皆様聞こえましたか?


今日はちょっと息抜きみたいで恐縮ですが、久々に管理人ひとりごとなど。


選挙ですね


当ブログは、政治、民族、宗教などに関しては、一切ニュートラルな立場です。

それにしても、今度の参院選はいろいろ重要かと考えています。どんなお立場、お考えの方も、とにかくがっつり投票しましょうね。

防災に関する政策は、主な争点になるような話ではありませんが、良く見るといろいろ違いますし、そういう見方もあるかと。

18、19歳の方は、初の10代有権者ですね。私事ながら、管理人にとって初めての国政選挙は、なんと20歳になる誕生日が投票日でした。

この場合選挙権があるのかとドキドキしていたらw、ちゃんと通知が届きました。そんなわけで、年齢基準は投票日時点、ということがわかった次第。

かなりの数の高校生が投票するかと思うと、なかなか感慨深いものがあります。

とにかく、みなさん投票に行きましょうね。邪道ではありますが、支持したい候補者がいなければ、白票を投じるというのも、意思表示の方法です。


愉快じゃなくなってきたご老人


当ブログでは、まともに分析する対象ではない、『愉快なご老人』くらいの扱いにした、あの村井氏。

最近、関連記事を上げていませんが、ネタが無くなったわけではありません。むしろ、ネタの宝庫化してきています。

でも、シャレじゃなくて本当にヤキが回って来たようで、最近の発言は、ある意味で全然愉快じゃなくなって来ました。いよいよ○○症ですか?という感じ。

とにかく自己矛盾、事実誤認、ピントのズレ、空気読めない化が激しい。

自分で言ったことを、後に自分で否定し出すなどザラなのです。元来確固たるたる理論もなく、御仁の頭の中の妄想レベルですから、理屈がころころ変わるだけでなく、どうもご自分の発言も覚えていない感がアリアリで。

最近のツイートでは、あちこちの講演会に呼ばれた(測量界では“重鎮”ですから)という、おれはスゴいぞ的なアピールに終始してますし、学生時代にやっていたらしいボートネタのシリーズツイート、『楽しく生きる』でも、いかに自分が優秀だったかというアピールが目につくようになってきました。

メディアのアオりに乗って大インチキを世にバラまいた結果、激しい批判に晒されて、メンタル的に相当やられているのかなと。まあ、自業自得ですがねw

ちなみに、NTTドコモの株主総会で開示された事業計画の中には、地震予知だの研究だのという、すなわち村井への基地局座標データ提供に関わるものは無かったそうです。

あれは、村井に心酔してしまった文系出身のネットワーク推進部長だかなんだかが、個人的にゴリ押しして通した企画だそうで、でも発表したら世間や有識者の猛反発を食らって、慌てた上層部がフェードアウトさせた、という流れでしょうか。

そんな流れで、そろそろまともなメディアが手のひらを返すタイミングが近づいて来たのかなと。あんな意味不明発言を繰り返す奴をヨイショしたら、それだけでヤバいですって。

もうそろそろ、都市伝説や人工地震などと同等のw、『ネタ化』が近いでしょう。

そんなわけで、“オワコン”(*「きょうの言葉」参照w)を面白おかしくツッコむのもどうか?って思っています。やたら不快な対象ではありますが、なんか哀れなんですよね。東大名誉教授にまでなって、晩節を汚したなと。別に同情はしませんが。

それでも、特に熊本地震以降の無茶苦茶をお知りなりたい方がおひとりでもいらっしゃれば、まとめ記事やりますよ。誰もが「こりゃヤバいわ」と思われるでしょう。


*きょうの言葉w
『オワコン』とは、“終わったコンテンツ”を意味する、主に若年層の俗語。流行から外れた、時代にそぐわなくなった状態を、その存在意義が”終わった”として、そのような状態の情報や企画という意味で使われる。村井に加え、渡辺、山村なども『オワコン』の一種ww


訓練ですよー


この記事をアップするのは、6月23日の午前10時くらいになりますが、その直後、23日の午前10時15分頃、緊急地震速報の全国的な訓練放送が実施されます。

予告メールなどでご存じの方も多いかと思いますが、基本的には防災行政無線で、訓練放送が流されます。

果たしてあなたの居場所で訓練放送が聞こえるか、内容まで聞き取れるか、みなさまチェックしてみてください。


訓練をご存じ無かった方は、もし非常放送に気づかなかった、内容がわからなかったらば(そういうことが少なくないかと)、その状態を普段から認識しておく必要があります。

地震だけでなく、これから多発しそうな豪雨水害などの場合は、さらに聞き取り条件が厳しくなるわけですから。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2016年6月18日 (土)

【東京防災ってどうよ04】巨大な敵に立ち向かう覚悟はあるか(#1211)

『東京防災』は、巷ではかなり好評のようですね。ネット上でも、批判はほとんど見かけません。

でも良く良く見ると、行政の企画としてはかなり突っ込んだ内容やデザイン性の高さ、企画自体への賛辞などが主で、危機管理本としてのクオリティや、情報の質、見せ方に言及した的確な意見は、ごく少ないようです。

要は、今まで見たこと無い行政の企画と情報にちょっとびっくりして、「東京都やるじゃん」という感じが多数かと。


それでも叩っ斬る


管理人は、あくまで「何をやらせたいのかさっぱりわからない」と叩っ斬ります。

おまえの理解力が無いんだろうと言われそうですが、曲がりなりにも管理人、こんな変態防災ブログをやるくらいの防災ヲタですよw

じゃあ見方がマニアックすぎるのか。でも、どんな世界でもそうですが、表向きは一見簡単そうなことの裏に何が隠れているか、それを見いだすには、マニアックな視点が不可欠です。

例えばスポーツ中継では、なにげないプレイの裏にある技術や修練などを説明できるのは、深い知識と経験を持った解説者であって、アナウンサーではありません。

そう。この本はまるで、アナウンサーが原稿を読んでいるだけみたいなんですよ。とにかく平板で、卒なくまとめているけれど、その裏の“熱”が感じられない。

そうなる理由のひとつに、行政が無償配布する本だということがありそうです。

内容や言い回しにクセが出ないよう、既存の市販防災本などと露骨にカブらないよう、特定の人の見解に偏らないよう、とにかく「ここはあれと似てる」とか思われないように、ものすごく気を遣っているように見えます。

情報ソースが限られている世界だけに、それは結構難しいことだったかと。その他にも、“関係各方面への配慮”が見え隠れしていて、切れ味を鈍らせているような。

だってこの本、東京での防災関連本の売り上げを、確実に激減させてますよ。講演にしても、聴衆の防災知識レベルを確実に押し上げてますから、半端な『専門家』は、相当やりずらくなっているはずです。『商業ベースの防災の専門家』にしてみれば、ものすごい民業圧迫w

だから、著作権がどうのとか言われないようにしないと、ということでしょう。なんたって、巨大企画『東京防災』を訴えて勝てたら、それはぶっといシノギになりますぜダンナwwまあ、D通様はそんなヘマやらんでしょうが。

でもどうせなら、この際半端な『専門家』には、ぜひ引導を渡していただきたいものですw

と思ったら、コンパスでおなじみのw渡辺実氏は早速、『東京防災』に難癖つけて商売やってますよ。この大企画に呼ばれなかった恨みでもあるのでしょうかwでも、元手はタダで話題性抜群だからな、あの連中にはオイシイね。

ちなみに、『本冊子掲載の漫画・図・写真の無断複製、転載、複写、借用などは、著作権法上の例外を除き禁じます』と明記されてますから、そういうの得意な『専門家』の皆様、講演とかでもやっちゃだめですよww

ライブショーで放送禁止用語とか言っちゃうのとは、訳が違いますから。そういうとこ、見る人は見てますよ。管理人も含めてね。

ちなみに、当ブログでも多少は画像を掲載させていただきますが、画像による内容の提示が主目的ではないので、記載内容が鮮明に判別しづらい画像を使うことと、個人による非営利目的であることで、事実上、上記には該当しないと判断します。

でも、東京都さん問題あったらいつでも言ってくださいね。


体裁は整っている


さておき、『東京防災』の構成は、一応理にかなっています。

01章は、大震災シミュレーション
”その時”何が起こるか、そこでどうすべきか、避難生活の心得、生活再建へ向けての知識が示されます。

02章は、今やろう、防災アクション
防災用備品・備蓄、室内・室外の対策、地域・職場等でのコミュニケーションの必要性など、『今やろう』という優先度の高い、具体的情報が示されます。この本のメインと言えるでしょう。

03章は、そのほかの災害と対策
大雨、暴風、土砂災害、落雷、竜巻、大雪、噴火、感染症、そしてテロ・武力攻撃に対処するための知識が示されます。

04章は、もしもマニュアル
応急救護法など緊急、水やトイレなど衛生、被災生活での代用技術など生活、通信に関する各項目についての情報が示されます。

最後の05章は、知っておきたい災害知識
地震、津波、台風などのメカニズム、大規模災害の記録、被災時に役立つ行政対応や支援制度、各種行政窓口、外国人向け情報などの、各種インフォメーションです。

そして巻末に、かわぐちかいじ氏描き下ろしの劇画『TOKYO X DAY』という構成。

このように、最初に状況が示され、それに対する優先度の高いアクションが示され、その他の知識が示され、最後にお役立ち情報的な構成です。

特に優先度が高い情報には、『今やろう』マークがついていますし(でも多すぎますw)、章構成自体には、それほど問題は無いように見えます。


誰に何を伝えたいのか


なのに、なんでこんなに大切なことが頭に入りづらく、印象も弱いのでしょうか。これは管理人だけの印象でしょうか?

さらに、既に知識を持っている人や、現場での経験がある人が見れば、「ここは足りないだろう」とか「これはいらないだろう」、「なんでアレが無いかなぁ」などと思う部分も多いはず。

もっとも、制作側も本の内容がすべて読者に伝わるなどとは考えていないでしょう。極端な話、イラストの印象だけ残って、『こういうことが起こるよ、何もしてないと大変だよ』くらいに思われれば良いとか。つまり“ゆとり向け”的な。

でも、普段から防災について考えていない層を目覚めさせる効果は、あまり無さそうです。そんな層は大半が、パラパラとめくって終わりか、開くことさえ無いかもしれない。

こういう企画でコアターゲットになるべきは、巨大災害には不安を感じているけれど、具体的な知識や対策が後手に回っていることを自覚している、きっかけさえあれば能動的に動き出す層のはずです。

そして、そのような層が最大多数になるはず。

果たして、そういう人たちに、本当に役に立つ情報を効果的に伝えられる媒体かというと、とても効果的とは言えないと、管理人は考えます。

端的に言うと、情報が総花的で、その多くが“尻切れトンボ”になっていることが、大きな問題のひとつ(具体的には、後記事で指摘して行きます)

はじめに文字数ありきで(それも少なすぎ!)、項目による情報量の差には対応していません。多くの項目が、すべて同じ文字数で語られること自体がナンセンス。 必然的に、要約しすぎになる。

ですから、読者がこの本を読んで、ある程度の知識を得たことや、多少は具体的な行動を始められたことに満足していても、『本番』で“本当に役に立つとは限らない”ということです。 大半はこんな感じです。
Tb1
Tb2
とりあえず、もうちょっとイラスト小さくして、その分文字情報量増やせよ、という感じですね。 絵本じゃないんだから。


敵はあまりに巨大だ


もちろん、どんなことでも何も知らない、何もしないよりははるかにマシ。

でも、最大の危険を効果的に避けられるようになるためには、すなわち、本当の意味での『今やろう。災害から身を守るすべてを』を実現するためには、この本の伝え方も、情報の分量も内容も、全く不十分だと考えます。

なにしろ、『東京防災』の主戦場は、世界有数の人口と間違いなく世界最高の集積度を持つ巨大都市の真下で起こる巨大地震、言うなれば人類史上最大の被害になり得る超巨大災害なんですよ。その“覚悟”はあるのか。

甘過ぎます。


次回へ続きます。


■『東京防災』は、東京都防災ホームページからデジタル版が無料で閲覧できます。また、PDF版や電子書籍版も無償で配布されています。詳しくは下記リンクからご覧ください。

東京都防災ホームページ

■当記事は、カテゴリ【『東京防災』ってどうよ】です。

2016年6月16日 (木)

北海道・内浦湾で震度6弱(#1210)

本日6月16日午後2時21分頃、北海道の内浦湾(渡島半島東沖)の深さ11kmを震源とするマグニチュード5.3の地震が発生し、函館市川汲町(かっくみちょう)で最大震度6弱を観測しました。
Oshima
(震央図は気象庁ウェブサイトからお借りしました)

気象庁の発表によると、発震機構は『北東-南西方向に圧力軸を持つ逆断層型』とのことです。


地震がとても少ない地域


内浦湾を震源とする地震は非常に少なく、2006年から数えても、今回の震度6弱が20回目の有感地震です。

過去10年の有感地震は、震源深さはほとんど10km程度(1回のみ20km)、陸上の揺れはすべて震度1~2でした。

なお、6月16日の午前9時12分と16分に、ほぼ同じ震源でマグニチュード2.3と2.5の地震が発生し、それぞれ震度1と震度2を観測しています。タイミング的に見て、震度6弱の前震であった可能性があります。

気象庁が6月10日に発表した、『今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率』によると、函館市川汲町を含む渡島半島東岸は、『0.1~3%』という、最低に近い評価となっています。


地震は予知も予測できない


その6日後に震度6弱が起きてしまうという皮肉なことになりましたが、これは、現在気象庁などが算出している、大規模地震が起きる確率は、基本的に統計的手法によるものだからです。

過去に起きた地震が少なく、活動の痕跡が鮮明な活断層が見つかっていない場所ならば、必然的に低い確率となってしまうのです。

しかし、このようなことが起こるのが現実です。

現在算出されている確率数値は、統計的には“正しい”と言えるものです。しかし、残念ながら地震の発生は、それだけでは予測できないものだと認識しなければなりません。しかも、まだ発見されていない、動くかもしれない活断層は、いくらでもあるのです。

現時点では大規模地震の時期や規模を『予知』できないのは当然ですが、その地域に大きな地震が来るかどうかを『予測』することさえ、少なくとも現時点での人類の知見と統計的手法では不可能、それが言いすぎならば、極めて不完全なのです。

逆の例でも、周期性があると言われるプレート境界型地震である『東海地震』が近いと言われてからもう40年ほど、目立った兆候さえ見えないということも起きています。

では『東海地震』はしばらく無いかというと、今この瞬間起きても全くおかしくないし、10年後20年後でもおかしくない。地震の確率予想数値とは、その程度のものだと考えるべきでしょう。

すなわち、確率が高い場所は、起き得る地震のメカニズムが比較的はっきりしていて、実際に地震の発生回数が多い場所であるということです。小さな地震が多発すると、大きな地震の確率が上がることは経験的に知られていますので、ある程度の信頼度はあります。

しかし、○○年のうちに△△%というような数値は、あくまで『過去の例が未来にも当てはまるならば』という前提の統計的数値に過ぎません。

一方、確率が低い場所は、早い話がまだ良くわからない場所、高い確率を算出する事由が見当たらない場所、という例が大半です。でも、未知の活断層もあれば、既知でも経験則から外れた動きをすることもある、というわけです。

しかし、少なくとも無根拠のエセ科学やインチキ予知とは全く異なり、整合性のある根拠を元に算出された科学的数値です。でも現時点では、あまりアテにするべきではないと、管理人は考えています。


もうどうでも良いことですが


最近、あまりに意味不明の発言ばかりする村井ネタに絡むのも不快になっていますが、ちょっとだけ。

村井インチキ予知では、北海道の渡島地方、内浦湾が『警戒ゾーン』に指定されていたことは、一度もありません。

しかし過去には、地震が比較的多い青森県三八上北地方などと絡め、青森の電子基準点に異常数値(ノイズです)が出ると、対岸の函館付近に連動して異常数値が出るとか、訳のわからないことを言っていたので、それに絡めて「予知していた」とか言い出す可能性が高いかと。

何しろ、震度5強以上はすべて予知してきたというブランドを背負っていらっしゃるからwww

みんなでウォッチしましょう。


■当記事は、カテゴリ【地震関連】です。

2016年6月15日 (水)

【シリーズUDL38】心理編10・寄り添うにもハードルがある(#1209)

Vollunteer
被災地でボランティアは感謝されている・・・とは限らない?(画像はイメージです。本文とは関係ありません)


■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

東日本大震災以降、UDLにおいて「被災者に寄り添う」という表現が、多く聞かれるようになりました。

それは、被災者を励ますこととは、全く異なる行為です。


『寄り添う』とはどういうこと?


前記事(#1206)で述べた通り、傷ついた人に寄り添う方法には、こうやれば大丈夫、というような方法論はありません。

非常に単純化してしまえば、傷ついた人に寄り添うということは、あなたが一緒にいることで、相手の気持ちが楽になることと言っても良いでしょう。

それは大抵の場合、すぐにはできません。最初は相手に不快に思われたり、怒鳴られたりするかもしれません。そんな場合でも、程々の距離を保ちながら、出しゃばり過ぎず、「気がついたら近くにいる」くらいの距離感で、必要な支援があれば、さりげなく行う。できれば、頼まれる前に気を利かせて先回りしたい。

そういう段階では、あなた自身の考え方ややり方は、基本的には封印しなければなりません。

相手の状態や感情に合わせ、押しつけがましくならないように、できる限りニュートラルに接するのです。

被災者にとって、あなたは余所者。仮に家族や親類であっても、実際に被災していない人との間には、心理的な高い壁ができています。まして初対面だったら、まずあなたが ”邪魔にならない”人間であるということを、行動でわかってもらわなければなりません。

そのような行動は、あなた自身にもかなりのストレスとなるでしょう。支援する方も、忍耐が必要なのです。


そうしているうちに、あなたが相手にとって“邪魔にならない”ということがわかってもらえたら、相手が自分の体験を話してくれたり、相談ごとを持ちかけられたりなど、”自分のことを”話してくれるようになって来るでしょう。そうなれば少しだけ、寄り添えたということです。

自分のことを他人に話すのは、信頼関係なくしてはあり得ません。これは、あなた自身に置き換えてみればわかること。 そして、寄り添うことの大きな目的のひとつが、この“自分のことを話してもらう”ということです。

災害で激しく傷つき、強いストレスに晒された心を癒す最も効果的な方法のひとつが、自分のことを他人に話す、ということだからです。

深く傷ついた時、人は心のバランスを取るために、自分のことを話せる相手を、本能的に求めています。でも、体験が過酷なほど、言葉にしづらくなる。

それを、辛いことでも安心して心ゆくまで話せて、決して薄っぺらな同情ではなく、『共感』してあげられる存在になる。『共感』とは、相手の話に意見したり、すぐに解決策を提示するのではなく、ただ話を聞き、一緒に泣き、一緒に笑い、時には一緒に怒ることです。

この、『自分のことを話してもらう』ことに対して、『共感』を返す。

それが、寄り添うということの本質と言えるでしょう。


相手の気持ちを何より大切に


では、具体的にはどうするか。 ここでは、ボランティアなどで被災地の支援に入る場合を考えましょう。

寄り添うことをマニュアル化はできないものの、被災地ににおける禁忌事項は、ある程度明文化できます。もちろん、『自己完結』など基本的なことは押さえた上でのことです。

■最初に自己紹介を忘れてはいけない(被災地はいろいろな人が集まっているので、得体の知れない人は不安)

■同情・励ましの声はかけない(あなた以外にもさんざん言われて、うんざりしています。特に「ガンバレ」、「元気出して」は怒りを買うワードくらいの認識をせよ)

■あなた自身の体験や考えは、聞かれるまで言わない(自分は、最初は“異物”なんだくらいの気持ちで)

■相手の話の腰を折らない(一度やったら、多分次は無い)

■社会人としての礼節、相手に対する敬意を忘れてはならない(当然のようですが、そうで無いボラなども多いのです)

■聞いた話は、どんなに一般的なことでも決して他言してはならない(そんな奴に誰が本心を話す?)

■他の被災者の悪口や愚痴は絶対に言わない
(他を悪く言う人は、他で自分もネタにされているかもと思われる)

まずは、これくらいでしょうか。話ができたら、とにかく大袈裟にならない程度の相槌をうちながら、腰を折らずにじっくりと聞くことが大切です。ですから、片手間でできることではありません。時間はたっぷりと必要です。


被災地に入ると、支援者にもいろいろ理不尽なことが降りかかり、とてもストレスが溜まります。でもそれを表に出してしまうと、誰も信用してくれなくなります。特に、被災者の秘密は絶対に守ること。秘密と思わなくても、他言しないこと。これは絶対です。

実は、これで失敗したボランティアなどは、過去にかなり多いのです。他人に聞こえるように話すなど言語道断ですが、仲間内だけの話や、中にはボランティア団体内限定の落書きノートに悪口を書いたら、巡り巡ってそれを知られてしまったとかいう話も。

とにかく、支援者は支援者で、はけ口の無いストレスに晒されるのが、災害被災地なのです。


どうやってきっかけを作るか


ボランティアなどで被災地に入ったあなたは、とりあえず被災者から感謝される対象ではありますが、あなた個人のパーソナリティが必要とされているわけではありません。

しかし、寄り添うためには、あなたのパーソナリティが必要なのです。ではどうやって、相手にあなたを知ってもらうきっかけを作れば良いのでしょうか。

すぐに思いつくのが、御用聞き。「何かお手伝いすることはありませんか?」と聞いて回りたくなります。

しかし、特に発災初期においては、被災者が個人で支援を頼むことはそれほど無いのです。その段階では、状況も気持ちも落ち着いておらず、ある意味で興奮状態ですから、個人にじっくり寄り添うことは、ほとんど求められません。

この段階では、話したい人の話を聞いてあげて、気持ちの整理を手伝うような感じでしょうか。

家の片付けなどが始まる段階になると、組織的な支援が必要になり、派遣体制もできてきます。しかし、その頃になるとボランティアの数も急増して、仕事が無い人もたくさん出てきます。

実は、それが被災者にとんでもない負担になることが多いのです。

一日中、次から次へと「お手伝いすることありませんか?」と声をかけられまくって、断るだけでもうんざりと。わざわざ助けに来てくれて、好意で言ってくれているので無碍にもできず、でも本音は「もうかんべんして!」という。

皆、被災地の役に立ちたくて張り切りまくっているから、ある意味で余計に厄介だと。

ちょっと脱線しますが、人手がやたら余っていると、中には頼んでもいないのに家周りなどを片付けられてしまって、罹災証明に添付する家の被害状況の写真が撮れなくなって大騒ぎ、などということが、過去にも、今回の熊本でも実際に起きてます。

これもちょっとニュアンスは違いますが、炊き出し支援をボランティア団体に任せてたら、備蓄していた食材を全部使われてしまったとか、同じことをやるグループが重複して、食事が大量に余って仕方なく廃棄したとか、継続的に炊き出しをやってもらえる話だったのに、グループの都合でさっさと引き上げてしまって、後の手当てが大変だったとか、ほとんど報道はされませんが、ボランティアや支援者も、被災地に結構迷惑をかけていることも、確実にあります。

これが個人レベルの話になると、もっと酷い話も多いのです。阪神・淡路、中越、東日本、そして熊本でも、いろいろ起きているんですよ。

というわけで、支援にかけつけてくれる人々には感謝したくても、こんなのだったら来なくてもいい、みたいに思われていることも少なくありません。だから、被災者は必然的に、とりあえず警戒しますよ。このボラはまともなのか?と。

そんな中で、被災者と寄り添うためのきっかけ作りは、想像以上に気を遣うことが求められる、というわけです。


次回に続きます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年6月13日 (月)

【東京防災ってどうよ03】コンセプトは立派なんだけど(#1208)

今回から、『東京防災』の内容について考えるというか、ぶった斬って行きます。


何のために生まれた?


この『東京防災』は、東京都の全世帯に無償配布されました。

20億円という、ものすごい経費と手間をかけたビッグプロジェクトであり、小さな国以上の人口と財政規模を持つ、東京都ならではと言えるでしょう。

これだけのプロジェクトですから、行政だけでは困難です。実際に仕切っているのは、あの最大手の広告代理店。

それもあって、非常にこなれた部分も多いのですが、こと生命がかかった防災に関しては、その方向性で良いのか?という疑問も少なくありません。

なにしろ、『東京防災』本来の目的は、巨大都市東京をいずれ襲うことになる、巨大地震を主とした大災害から、都民が自ら『生き残る』力を養ってもらうことです。

ひとりひとりの『生き残る』力がアップすれば、犠牲者や負傷者が減り、被災生活の混乱も減り、ひいては行政への負担も減る(はず)。

『東京防災』は、そのための巨大な“先行投資”と言えなくもありません。


基本コンセプトとは


『東京防災』の表紙には、こう書いてあります。

『今やろう、災害から身を守るすべてを』

表紙を開くと、最初のページに、こう書いてあります。

『30年以内に70%の確率で発生すると予測されている、首都直下地震。あなたは、その準備ができていますか。』

次の見開きには、大きな文字で、こうあります。ちょっと長いですが、全文を引用させていただきます。

『もしも今、東京に大地震が起きたら。そのとき、家にいたら?地下鉄にいたら?真冬だったら?真夜中だったら?ひとりでいたら?守るべき誰かといたら?東京が一瞬にして姿を変えるその瞬間、あなたはどうする?今想像しよう。今正しい知識を得よう。今備蓄しよう。今家族や近所の人たちと話そう。一つひとつの小さな備えが、あなたを守る盾になる。人は、災害と戦える。今やろう。災害から身をまもるすべてを。』
Tokyodp
そしてご覧の通り、特大の文字で『今やろう』と。

表紙を開いて2ページで、この本のコンセプトが明快に示されました。こういうところが、行政だけの広報などではなかなかできない、実に“こなれた”部分です。

しかしこのコンセプト、当ブログがずっと提唱していることとカブるなあwいやもちろん、『東京防災』様(そしてD通様が)が素人のブログをパクったなんて言うつもりはありませんよ。

個人レベルの効果的な災害対策は、突き詰めれば常にこういう考え方になるのです。むしろ、こうじゃなかったらおかしい。これがもし、どアタマで『東京大地震の恐怖!』とか脅しているようでは、中身も推して知るべしでしょう。

派手なアイキャッチで注目を集める必要のない、ある意味で行政ならではの、望ましいスタイルと言えましょう。


そのために役立つのか?


コンセプトはわかりました。ならば、中身がついて来てくれないと。

『今やろう、災害から身を守るすべてを』というくらいですから、その『すべて』を明快に指導してくれなければなりません。

この時点で、『すべて』はとても多岐に渡りますよ、そんなに簡単じゃないですよ、ということが暗に示されています。災害対策は、『一つひとつの小さな積み重ね』なのです。

とにかくこの本を読めば、ひと通りのやるべきこととその理由がわかる。そうでなくてはなりません。


覚えてますか?


ではここで、『東京防災』がお手元にある方に質問です。

340ページあるこの本、全部読まれましたか?

複数回目を通された方はいますか?

目を通された後に、どの部分が記憶に残っていますか?

とりあえず、巻末の劇画、太陽の・・・じゃなかったw『TOKYO X DAY』は皆様お読みでしょうし、一番印象に残っているはずです。強烈なビジュアルの効果ですね。

あ、ちなみに、崩壊した東京の下町のシーン、さすがかわぐち氏という感じのリアルな表現ですが、あの、“危機管理ジャーナリスト”を名乗る渡辺実氏は、こういう状況で方位磁石(コンパス)が必要だって力説されてるわけですね。

(画像を掲載したいけど、いろいろアレなので断念w)

スカイツリーが見えなくても、帰る方位がわからなくなるようなランドマーク全崩壊などあるわけないというか、世界のどこの都市災害でも起きていないのに、あの御仁のアタマの中だけでは起きてるらしいですよwアホくさい。


さておき、管理人は思いました。

全文を読まれた方は、ほとんどいない。

複数回通読された方に至っては、ほぼゼロ

劇画以外で記憶に残っているのは、乾電池のサイズ変換とか、代用リュックサックの作り方辺りだけじゃないですか?いわゆるトリビアの類ですね。

あと、「テロ・武力攻撃」編。あれは、多くの人が初めて触れる情報でしょうし。でも、そういう情報があったと記憶していても、具体的な必要行動は覚えていないのでは?


はっきり言って、読んでいてつまらなくないですか?管理人のような防災ヲタでも、じっくり読もうというという気にならない。

ブログのための情報収集と思っても、集中力が続かない。

こういう情報に初めて触れる方でも、興味を持ってどんどん読み進んだ、という方はほとんどいないんじゃないかと。

内容だけでなく、構成がふんわりとしていて流れが見えず、いつの間にか違う話になっているような。

しかもユルくて緊張感の無いイラストばかりで、「ゆとり用教科書かよ!」という感じ。若い世代は文字ばかりじゃ読まないからイラスト多用しましたみたいで、なんだか若者バカにしてないか?

基本構成は、ユルいイラストがドカンとあって、それに関連するテキストが少々ということの繰り返し。しかし幅広い災害や状況を網羅しているから情報は総花的で、実用レベルでは無い、あくまで知識のための知識みたいで、じゃあ実際にはどうやるんだ?みたいのが多数。

では、被災後など困った時に調べやすい構成かというと、決してそうでもない。

『今やろう。災害から身を守るすべてを』という割には、本気でわからせる、やらせるつもりあるのか?と、ツッコみたくなる内容と構成ではないかと。

というか、身を守るすべてを一度に、それもすぐになんかできるわけ無い、ってのが現実ですけどね。

『東京防災』をご覧になった皆様、いかがですか?「これは役に立つ」と思われましたか?

管理人としては、都民や読者に何を伝え、何を、何から、どのようにやらせたいのか、さっぱりわからないのです。


次回は、個別の内容に入って行きます。

■『東京防災』は、東京都防災ホームページからデジタル版が閲覧できます。また、PDF版や電子書籍版も無償で配布されています。詳しくは下記リンクからご覧ください。

東京都防災ホームページ


掲載当初は143円だったけど、なぜか193円に値上がりしているのは何故なんでしょうね・・・


■当記事は、カテゴリ【『東京防災』ってどうよ】です。

【シリーズUDL37】心理編9・『寄り添う』ということ(#1207)

しばらくお休みしていた、シリーズUDLを再開します。災害後に、被災者に『寄り添う』とはどいういうことかを考えている中で熊本地震が発生し、実際に被災者に寄り添うことが必要な状況になりました。そこで、実際の状況も取り入れつつ、改めて『寄り添う』ということを、考え直してみましょう。

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熊本地震被災地では、日本赤十字社などの、心のケア専門チームが活動している(画像は日本赤十字社サイトからお借りしました)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

肉親や友人を失い、生活が破壊され、これからの先が見えない疲れきった人々に『寄り添う』こと。それはどういうことなのでしょうか。


正解は無い


いきなりですが、“寄り添うにはこうしろ”という、正しい答えはありません。

目的は行動ではなく、疲れきった人の心を少しでも軽く、楽にすることです。そのためには、たくさん話をすることも、黙って話を聞くことも、時には、ただ黙ってそばにいる、ということもあるでしょう。

場合によっては、その場からいなくなった方が良いこともあります。


心を助けること


災害被災地に支援に入ると、無意識のうちにヒエラルキーを作ってしまいがちです。

『かわいそうな人々を助けてあげている自分』というような。中には、それは当然だとばかりに、露骨に態度に出す人もいます。

それでも、具体的支援が必要な人々は、来てくれたことに感謝して、じっと助けてもらわざるを得ません。そんな支援によって水、食べ物、生活は助かっても、一方で心は傷んで行きます。

誰だって、できることなら助ける側でいたい。人の助けに感謝しながらも、惨めな気持ちも感じざるを得ないのです。

東日本大震災後、支援する人々は言いました。「今はどんどん甘えてください」と。それはまったく正しく、それが必要でした。しかし、否応なしに他に甘えなければならないことが、自分の心を削り取ることになることも、少なくありませんでした。

そしてそれは、熊本地震でも、一部で繰り返されているのです。しかしその一方で、東日本大震災の時には無かった、被災者に寄り添って心のケアを行う専門チームが活動するなど、教訓を生かした変化もあります。

一般のボランティアにしても、東日本大震災前より深く心のケアについて考え、行動しようとする人々も増えています。あの巨大災害は、被災地支援はモノだけでなく、心も大切なのだということを、大きな教訓として残したのです。


支援する側としては、とにかく被災者が目先の危機を乗り越える手伝いをします。そこから、復興へ向けて立ち上がってくださいという気持ちでしょう。

でも、巨大災害で失われるものはやはり巨大で、あまりにも『先が見えない』。立ち上がって歩き出したくても、どちらへ一歩を踏み出せば良いのかさえわからない。

これまで述べた通り、危機の時に、精神的に最もストレスフルなのが、『情報が無い』こと。そしてその次の段階では、『先が見えない』ことです。

そういう状態で必要なのが『心のケア』であり、その入り口となるのが、『寄り添う』ことなのです。


マニュアル化はできない


『寄り添う』ことは、心の問題です。

もし、あなたが助けられる側だったとしたら、どうでしょうか。支援を受け続けることでプライドが傷つき、しかも『先が見えない』という、強いストレスに晒されているかもしれません。

そんな状態でうるさい奴、押しつけがましい奴、横柄な奴などと一緒にいたり、話を聞いて欲しいとは思いませんよね。

この『話を聞いて欲しい』ということが、鍵となります。当シリーズでこれまで述べた通り、どんなことでも思いを言葉にすることが、心を軽くするための、自分でできる最良の方法なのです。

ですから、相手にとって『話を聞いて欲しい』存在になること、それが災害支援において、被災者に『寄り添う』ということの究極の目的であり、本質であると言えます。

しかし、その方法をマニュアル化などできないのです。では、実際にはどうしたら良いのでしょうか。


技術ではなく人としての力


基本は相手の立場に立つ、すなわち自分の身に置き換えてみることです。

もちろん、元気な自分ではありません。深く落ち込んだ、疲れ切った自分です。そんな時に、何が必要でしょうか。

少なくとも「ガンバレ」の連呼ではありませんよね。励ましてくれる気持ちは嬉しいけれど、繰り返されると確実にイラつきます。 もう、十分に頑張ってきたのです。

俗に、『悲しみを知るほど、人に優しくなれる』と言われます。悲しさや苦しさを多く知るほど、他の苦しみを我が身に投影して、“同化”しやすくなる。 そして同化、すなわち「この人はわかってくれる」と感じればこそ、人は口を、心を開くのです。

ひとつ確かなことは、それは技術だけでは決して成し得ません。最後には、“人間力”なのです。

でも、そんな禅問答のような話では何も解決しませんから、次回はある程度具体的に、『寄り添う』方法を考えてみましょう。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年6月11日 (土)

【東京防災ってどうよ02】もう少し攻めないと(#1206)

東京都の全世帯に無償配布された防災マニュアル『東京防災』は、その後の有償販売分も、あっと言う間に品切れとなりました。

現在は大増刷され、東京都庁、都内主要書店、ネットショップで入手できるようになっています。また、東京都書店商業組合加入の書店(都内に約400店舗)で注文可能です。

B6版で340ページもあるこの冊子、価格は、都庁や指定書店で購入の場合、なんと140円という超特価。これはもちろん、東京都の税金が投入されているからです。

熊本地震の発生後は、その人気が急上昇しているようで、関東以外からの注文も多いそうです。


ドリンク一本分で得られる知識


たった140円、ペットボトルドリンク1本分の出資で、得られる知識はどれだけのものでしょうか。

果たして、これを読んだ人は災害から『生き残る』力を、どれだけアップさせることができるのでしょうか。

これからばっさりと叩っ切ろうとしてはいるものの、いや十分にお得な内容だと思いますよ。購入しても、とりあえず損は無いでしょう。

少なくとも巨大災害が来る来ると恐怖をアオりながら、お体裁程度の知識を載っけた防災本や、低レベルの『専門家』がしたり顔で語るトリビア集みたいなのより、何分の一かの出資でも、はるかに役に立つでしょう。

そうは言うものの、じゃあ諸手を上げて絶賛かというと、全然そうじゃないんですね。


もっとはっきり書こうよ


もとより、困難な企画だと思います。

非常に幅広い年代の知識レベルも様々な人々に対して、巨大災害から身を守り、その後できるだけ自活するための情報を、わかりやすく伝えなければなりません。

ただ、当然というか、基本的には若い年代に向けた構成ではありますね。この企画のプロモーションに、5人組の人気アイドルグループを起用したりしていますし。
Mcz
(諸般の事情により画像を加工しましたw)

ところで、『東京防災』が企画された裏には、東京で巨大地震が起きたら、居住者の避難所なんか全然足りませんよ、ましてや流入人口などお手上げですよ、公的支援が行き届くには、発災4日目じゃ全然無理ですよ、などという、“暗黙の”現実があるわけです。

だから、できるだけアテにしないでね。ギリギリまで自分で頑張ってね、というのが行政のホンネかと。

管理人としては、もう巻頭にでもそういうことはっきりと書いちゃって良いと思うのですけど、そういう負の情報はありませんね。

防災も含めた危機管理の鉄則は、『最悪を想定』することです。でも、それに目をつぶった内容だと、現実の知識が無い人に対して、巨大災害下でも、こういう知識があればなんとかなる、ヤバかったら避難所に行けばなんとかなると、危機を矮小化してしまう危険があります。

それは結果的に、事前に備える行動のモチベーションを殺ぎ、それが多数になるほど、発災後に行政への負担を増やします。

防災知識とは、あくまで最悪の状況を少しだけ改善できるもの、というくらいの意識を啓蒙する覚悟が、こういう企画には必要だと思うのです。

もちろん、批判が巻き起こるでしょう。“税金ドロボー”的な。でも、経費、人員、施設の限界を超えた支援は、どう転んでも無理なのですから。

そして住民が多く、流入人口も多く、観光客や外国人も多い東京は、そんな混乱が最も顕著に起こる場所、ということです。もちろん、“人為的な危険”も、日本一大きいと言っても過言では無いでしょう。

すなわち、東京の防災は、他の地域とは一線を画す、東京ならではのアプローチが必要なはずですが、この『東京防災』には、そういうオリジナリティはありませんね。みんな、どこかで見た内容ばかり。

まあ、初の試みとしては、大きな意味があるとは思います。


やっぱアレだよねw


『東京防災』には、巻末に短い劇画が掲載されています。

タイトルは『TOKYO X DAY』。東京を巨大地震が襲うその日を描いていて、作者はなんと、かわぐちかいじ氏です。

ビジュアルがっつり載せたいんだけど、まあいろいろアレなので、本当にちょっとだけw
Xday

戦闘や災害モノを得意とするかわぐち氏の起用は適任だと思いますし、短いながらも、なかなか濃い作品ではあります。

ただ、かわぐち氏の作品をいろいろ読んだことのある人には、どうにも『太陽の黙示録』の一場面にしか見えない、という感じではありますがw


次回からは、『東京防災』の内容にツッコんで行きます。


■『東京防災』は、東京都防災ホームページからデジタル版が閲覧できます。また、PDF版や電子書籍版も無償で配布されています。詳しくは下記リンクからご覧ください。

東京都防災ホームページ

■当記事は、カテゴリ【『東京防災』ってどうよ】です。


2016年6月10日 (金)

【東京防災ってどうよ01】お待たせしました始めます(#1205)

かねてから予告はしていたものの、インチキ地震予知をイジったり、熊本地震関連の記事をやっているうちに、すっかり出遅れてしまったシリーズ、始めます。

いよいよ、あの『東京防災』にツッコむ、題して【東京防災ってどうよ】です。


実はベストセラー


『東京防災』とは、東京都の全世帯に、無償で配布された防災冊子です。
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地域によって内容に若干の差があり、ネットオークションでは、なんでも渋谷区のものが一番高値がつくそうでw確かに、渋谷駅周辺など、防災的には都内有数の危険地帯ではありますね。

その後、東京都庁や都内の主要書店で有償販売されましたが、予想以上の人気であっという間に品切れとなり、重版の予定も立たない、という状態がしばらく続きました。

埼玉県民の管理人は、その頃都庁や主要書店の在庫を探し回ったのですがどこにもなく、結局人伝てでお願いして譲ってもらい、やっと入手しました。タダじゃありませんw

現在は大量に重版されて取り扱い書店も増え、ネットショップでの取り扱いもあって、比較的簡単に手に入ります。

熊本地震の発生後は、またかなりの勢いで売れているようですが、それは、もちろん東京都以外からの需要ですから、もう決して、東京都民だけの話では無いのです。

なお、有償頒布されている版は、地域による違いが無い共通版です。


このように、防災本としては事実上、史上初のベストセラーであり、“防災本のマスターピース”のような存在になっているわけですが、じゃあ内容に文句無いかというと、これがまたいろいろアレなわけです。

もちろん、大半の内容は“きちんと使えば役に立つ”ものです。でも、それが、誰にでも本当に役に立てられるようになるか?というと、大いに疑問なんですね。

その辺り、これからシリーズでツッコんで行きます。


そして真打も登場


参考として比較対照とするのは、民間防災・防衛マニュアルとしては、究極とも言える本です。

永世中立を宣言し、国民皆兵制度を敷くスイス国民必携の『民間防衛』です。もし、より高いレベルでの自主防災を目指されるのならば、早い話が『東京防災』では満足できないあなたの参考資料として、これ以上のものはありません。
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お値段は10倍以上しますが。

『民間防衛』は、ある意味で『東京防災』が一番比較されたくない対象でしょうね。もちろん、バックグラウンドが異なるので、一概には比べられませんが。なにしろ、ビギナーとプロフェッショナルくらいの違いです。

その違いを一言で言えば、“真剣さとノウハウが違う”のです。


■『東京防災』は、東京都防災ホームページからデジタル版が閲覧できます。また、PDF版や電子書籍版も無償で配布されています。詳しくは下記リンクからご覧ください。

東京都防災ホームページ

■当記事は、カテゴリ【『東京防災』ってどうよ】です。

2016年6月 8日 (水)

できもしないことが計画されていないか?(#1204)

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上画像は、今朝(6月8日)、出先にあった読売新聞のトップ記事と、社会面の関連記事です。


国の指針は知らん顔?


熊本地震で、避難所などで“食料難”が発生したことを受け、47都道府県と20政令都市について、公的備蓄の調査をしたとのこと。

一面のリードを、一部引用させていただきます(太字部分)

食料3日分を確保するとの目標を定めているのは約3分の1の21自治体にとどまり、他の自治体は2日分以下とするなど備えが不十分なことがわかった。国は道路の寸断などが予想される大規模地震に備えて3日分程度の備蓄を促しているが、熊本地震では発生から2日間で各自治体の備蓄が底をついた。

注目すべきは、多くの自治体で3日分の備蓄が無いのではなく、3日分確保するとの目標も無かったということ。


自治体の責任?


国の指針では、各自治体で3日分備えて、4日目以降に“届くはず”の、外部からの支援まで自力で凌げ、ということになっていますが、その目標さえ無い自治体が多数派だった、というわけです。

では、これは自治体の怠慢なのか?何とかしろと責めれば済むのか?

でも、自力で3日分を確保していない自治体でも、決して手をこまねいているだけではありません。記事によれば、域内の民間業者が持つ食品の『流通在庫』、すなわち倉庫や大型店舗にある食品類を、災害時に放出してもらうような算段をしている所も多いそうです。

でも、それで量が確保できれば良いのか?

住民からは、「何をやっているんだ!」とか声が上がりそうですが、多くの自治体は財政難です。公的備蓄の不備を批判する人々にしても、保育園、病院や道路の整備など社会インフラ整備をさしおいて、災害時備蓄を優先せよと言う覚悟はありますまい。

備蓄食品は、あのいまいましいw賞味・消費期限が来たら入れ替えなければなりませんから、大変なコストと手間もかかるのです。


見えない部分に困難がある


実は、熊本でも民間業者とそういう協定は結ばれていたそうですが、現実には多くの場所で、3日以下で食料が底を突いたのです。

それは何故なのか?

では仮に、こういう調査をやった結果が、全ての自治体で十分な公的備蓄がありました、という結果だったとしたら?

災害時も食品は十分あります、良かったねと、問題提起はそこで終わりだったでしょうね。

これは、災害対策にありがちな、わかりやすいことだけやって、それで満足してしまうということの一例。防災知識が、面白味のあるトリビアだけ偏るのも、全く同じ理由です。

しかし、これは個人じゃなくて、行政の話です。そして、それを指摘する、メディアの話でもあります。


幸せは歩いてこない


こういうフレーズが出るだけで歳がバレそうですがw、被災時の“幸せ”である支援食品も、自分では歩いて来てくれないのです。

熊本地震でも、当たり前ですが県内の食品がすべて底を突いた訳ではありません。被災地へ、届ける手段が無かったのです。ロジスティクスの問題です。

具体的には、道路の寸断、トラック不足、燃料不足、ドライバー不足、そして、不要不急の車までが集まることによる大渋滞が、支援物資の輸送を阻みました。

ならば自衛隊のヘリでと、誰もが考えます。最大のCH-47型ヘリは、約10トンの貨物を積めるのです。しかし、都市部や山間部には、広さや地面強度、猛烈な下降気流などの問題で、満載の大型ヘリが下りられる場所が少ないのです。

でも、自衛隊のヘリは機外に貨物を吊ることもでき、CH-47ならば、7トンくらいは吊れます。じゃあそれを使えばという話も、航空法やらなんやらで、市街地上空はダメだとか、いろいろあるわけです。

しかし、このような事態は、事前に十分に想定できるものです。でも、その対策が存在しません。

民間の流通在庫に頼るにしても、その輸送方法や人員、機材確保は業者任せで、不安定な上非効率なことおびただしく、行政側も何がどのように動いているか、ほとんど把握できませんでした。

物資の量だけそこそこ確保していても、平時よりはるかに困難な状況での輸送方法は、ほとんど考えられていなかったのです。困難が事前に想定できるにも関わらず。

でも、そういったロジスティクス、平たく言えば輸送の段取りは、調整だらけでやたら手間がかかり、平時はその成果も見えないので、本当は誰もやりたくないし、住民だって気にしていない。

もっと言えば、行政にしっかりとしたロジスティクスを組める能力に欠けている例が、決して少なくない。

公的備蓄が3日分あるとされた自治体住民の皆様、ほっとされているかもしれませんが、それが本当に、3日以内にあなたの手元に届くのですか?

既に3日分の公的備蓄が完了している自治体でも、災害時の困難な状況下で、対象地域に3日以内に配布するためのロジスティクス計画まで持っているところは、どれだけあるのでしょうか?

計画があったとしても、果たしてそれは実効性のあるものなのでしょうか?メディアの取材は、そこまで突っ込んで、初めて本当の問題提起となるのです。


自治体が悪いのか?


では、このような状況は国の指針に従わない、調整能力に劣る自治体が悪いのでしょうか。

過去記事にも書いたのですが(文末にリンクします)、国の指針も無茶苦茶ですよ。

自治体で3日分の食品を備蓄せよというのも、被災地外部からの支援が4日目には届くというのが前提なのです。それは、太平洋岸の広大な範囲に被害を及ぼすであろう『南海トラフ地震』の場合でもです。

国の計画では、発災初日に被災地以外での支援物資集積を開始、2日目には被災地へ向けて輸送、3日目に被災地周辺の集積拠点に到着、4日目には避難所などへ届けるというもの。

その前提となっているのが、高速道路や幹線道路が使えること、災害時優先道路(一般車通行止め)が機能すること、トラックのドライバーと燃料が確保できること、被災地内の道路が通行できることなどです。

すなわち想定、いやすべてが”計画通りに”行った場合に機能するというわけですが、「これなら大丈夫だ」と思った方、いらっしゃいますか?


はっきり言って、おめでたい


東日本大震災で、東北自動車道が復旧したのは、発災から7日後でした(それでもとんでもない早さですが)。

熊本地震では、九州自動車道が全線復旧したのは、発災から15日後でした。

かつて、東京都内で幹線道路の災害時通行止めの社会実験をやったら、収拾のつかない大渋滞となりました。なにせ、通行止めと言われても、他に行く道も場所もありません。

車がいなくなったらなったで、帰宅困難者の大行列が道路を塞ぐでしょう。

幹線道路沿いの建物は耐震強度を高くして、倒壊による通行不能を防ぐという方針もまだ完全ではなく、1カ所で倒壊が起きれば終わりです。

被災地では、土砂崩れ、地割れ、段差などが多発し、家屋や電柱が倒壊し、あちこちで火災も起き、津波の被害もあります。特に海沿いでは、海岸部の道路がダメになると、到達困難な場所が急増します。

これらは決して『想定』ではなく、すべて現実に起きていることなのです。

これに対し、大災害時には指定道路上の放置車両や残骸などは、持ち主の許可なく消防や自衛隊が撤去できるように法整備がなされたり、東日本大震災時にも大活躍した国土交通省の道路啓開部隊の整備も進んでいます。

しかし、道路支障はどこで起きるかわからず、その場に機材や人員が到達することも困難で、道路啓開に大きな力となる、民間の重機もどこにでもあるわけではありません。

そんな状況で、4日以内に救援物資が全被災地に確実に届くと計画する方も、さらに言えばそれを信じる方も、“オメデタイ”としか言えません。


結論はやはりここ


語弊を承知で言えば、比較的限定された地域の災害である熊本地震でも、発災3日以内の救援ロジスティクスは、まともに機能しなかったのです。

それが、さらに広範囲の大災害になったら?

ならば、我々はどうしたら良いのか。

もう、結論は言うまでもありませんね。

■関連記事■
政府が南海トラフ地震災害応援計画を発表(#960)(2015年3月31日)

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


2016年6月 4日 (土)

なぜ少年は生き残れたのか?(#1203)

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この宿舎とマットが少年の命を救ったが、それだけではない


北海道の山中で、行方不明になった小学校2年生の少年が、7日目になって無事発見されました。

正直なところ、一時はどうなるかと思っていましたが、なにしろ無事発見されて、本当にほっとしました。


サバイバル力とは?


発見を受けて、ネット上では「この少年のサバイバル力はスゴい」という意見が飛び交っています。

それに便乗して、明らかにPV稼ぎと思われる、サバイバル技術絡みのネット記事も散見されます。しかし、とりあえず合理的なことは書いてあるものの、最も大切なことが書いてある記事や『専門家』の見解は、少なくとも管理人は目にしていません。

ここで、なぜこの少年が「生き残れた」のかを検証してみます。


遭難時の条件


少年が親とはぐれたのは午後遅くで、これから日が暮れるという時間です。最低気温は連日10℃程度から一桁台にまで下がり、翌日以降、強い雨も降りました。

Tシャツとジャージしか着ていなかった少年が、もしずっと屋外にいたら、おそらく生還はできなかったでしょう。

そんな状況下で少年が生還、それも自力で歩けるほど元気で生還できたのは、何故でしょうか。まずは、一般的な見解から。

まず、遭難初日の晩に、自衛隊演習地内の宿舎に入ることができたことが、何よりです。

そこで得られた条件は、
■水道水で水分が補給できた
■雨と風を凌げた
■マットにくるまれた

という3点です。


条件の検証


まず、水分の補給ができたこと。

災害救助において、閉じこめられた人を72時間以内に救出せよと言われるのは、水の問題です。

人間は、水分を補給しないと、3日間程度で死亡する可能性が高く、子供や高齢者など、基礎体力に劣る人の場合は、さらに短くなりやすいのです。

その点少年は、きれいな水道水を十分に飲めるという、理想的な環境でした。もし水道水が無く、乾きに負けて沢の水や雨水、いわゆる生水をそのまま飲んだ場合、下痢を起こしたかもしれません。

下痢になると、体内の水分を大量に失い、体力も激しく低下しますので、生存可能時間は確実に短くなります。

食べ物が無くて栄養分が補給できなくても、水分が補給できれていれば、一般には3週間、21日程度は生存できるとされています。

健康な子供の場合、そこまで長くはもたなくても、水分さえあれば、絶食状態でも1週間程度で死亡することはまずありません。


次に、宿舎内に入れて、雨風を凌げたということ。

災害時もそうですが、サバイバル環境において体力を維持するためには、身体を“濡らさない、冷やさない”ということが鉄則です。

余談ながら、いわゆる『防災セット』や『防災の専門家』の指導などで、災害時における防水・防寒の要素が無視されているか、完全に不足している例が枚挙に暇がないことは、当ブログで以前から指摘していることです。

服や身体が濡れれば、蒸発する水分が奪う気化熱で、身体が激しく冷やされます。

さらに、風に当たれば体温がどんどん奪われます。風速が1m上がれば体感温度が1℃下がると言われる通り、体感的にも寒さを強く感じ、気力も奪われて行きます。

少年は、自衛隊宿舎に入れたことで、身体が濡れずに風にも当たらないという、サバイバル下における、理想的な環境が得られたのです。


そして、マットにくるまれた、ということ。

外は寒く雨も降り、最低気温は一桁台。そんな中でTシャツ姿では、屋内でも体温が低下して行きます。もし宿舎内に何も無かったら、低体温の危険に晒されたでしょう。

しかしマットがあったおかげで、その間に身体を挟んで、暖を取れました。体育で使うような分厚いマットですから、布団や毛布に比べたら、その保温力は劣ります。

でも、保温において最も大切なことは、冷たい外気に身体を直接晒さず、身体の周りにスタティックエア(動かない空気層)を作ることです。

マットにくるまれたおかげで、それがある程度は実現しました。身体の周りの空気が体温で暖められるのと同時に、動かない空気層は、外気の冷たさを遮断します。動かない空気層は、最良の断熱材なのです。


少年が自衛隊宿舎に奇跡的にたどり着き、これら3つの要素が揃ったことで、6日ぶりという生還に繋がったのです。

決して、少年が特にサバイバルスキルに長けていたわけではありません。道に迷って建物を見つければ入る、水があれば飲む、寒ければ何かにくるまるという、当たり前のことをしただけです。

では、そのような条件が奇跡的に揃ったことが全てかというと、実はそうではありません。

それは、報道でもネット上でも見たことがない見解ですが、実は、それがなければ、他の条件が揃っても生還できなかった可能性が高いという、最も大切なことなのです。


なぜしばらく見つからなかったのか?


最も大切なことの前に、なぜ少年がいる場所が早い段階で捜索されなかったのか、ということについて。

少年がいた演習地内の宿舎は、はぐれた場所から山を登る方向でした。

普通、山中で道に迷った場合は、多くの人が山を下る方向に進もうとします。そして、無意識に低い方低い方へと向かおうとして、狭い谷筋や沢に迷い込み、進むことも戻ることもできなくなって、遭難することが多いのです。

このため、主な捜索範囲は山を下る方向に設定されましたが、これは合理的なことです。登る方向へは、林道などを自衛隊の偵察部隊が捜索したようですが、山狩りのようなことは行われませんでした。

山狩りに自衛隊が投入されたのは、林道沿いなどのわかりやすい場所の捜索では発見されなかっため、さらに深い谷筋や沢まで捜索するために、自衛隊員の高い不整地行動能力が必要だったためです。

なにしろ、道がわからず、日が暮れかけている山中を、少年が登って行ったということは『想定外』とは言い切れなくとも、『想定しずらい事態』だったというわけです。

しかし、その少年の行動が、演習地の宿舎にたどり着くという僥倖に繋がったわけで、本当に良かったとしか言いようがありません。


では、道も居場所もわからない山中で迷ったらどうするか、ということですが、まずは先に進まずに、道がわかる場所まで戻ってみる、ということ。それでもわからなくなったら、『その場をなるべく動かない』というのが基本です。夜間や悪天候で、視界が効かない場合は尚更。さらに深い場所に迷い込んだり、転落したりする危険が大きくなります。

そして、雨風や寒さをなるべく凌げる場所を探し、そこで持ち堪えるのが基本ではあります。そして、自分の居場所をできるだけ見つけ易くすることです。

具体的には、開けた場所に石や枝で矢印など目印を作ったり、レスキューシートや衣服などを置いて、近くにいることを示す、上空に向けてレスキューシートなどを広げて、空から発見しやすくする、たき火を焚いてのろしを上げるなど、とにかく目立つようにすることです。

あなたが山にいることを知っている人がいれば、必ず捜索が行われるのです。決してあきらめずに。

では、本題に戻りましょう。


生き残るために最も大切なこと


奇跡的にもサバイバルに理想的な環境が得られ、無事生還した少年。しかし、物理的条件だけが少年を救ったのではありません。

過酷な環境から「生き残る」ために、最も大切なこと。

それは、『希望』です。

この少年は、行方不明の7日間、ずっと『希望』を失わなかったはずです。もちろん、不安だったでしょう。「このままひとりで死ぬのか」、とも考えたでしょう。

でも、それをひとりで乗り越えたはずです。「きっと助けに来てくれる」、「きっと大丈夫」だ、もしかしたら、「家に帰ったら○○をしよう」などと思ったかもしれません。

とにかく、「もうダメだ」と思わずに、先のことを考え続けられていたはずです。

そうでなければ、あんな元気な状態でいられなかったでしょう。人の手が入った痕跡のある自衛隊宿舎にいたことも、『希望』を膨らませたでしょう。ここにいれば、きっと誰か来ると。


『希望』、すなわち生きる気力を失ってしまえば、人間の生命力は、激しく失われるのです。少年がもし「もうダメだ」とあきらめていたら、あの条件でも生還できなかったかもしれません。

とにかく、少年が元気で生還したこと、それが『希望』を失わなかったことの、何よりの証明と言って良いでしょう。

それなど、大人が見習わなければならないことです。

大人は、いろいろ余計なことを考えて悪循環に陥ってしまいそうですが、むしろ子供は「助かりたい」という純粋な気持ちだけで頑張れたのかもしれません。

サバイバルにおいて最も大切なことは、物理的環境以前に、決してあきらめない、「絶対に生き残る」という、強い気持ちなのです。

それは同時に、現状を取りあえず受け入れて、「きっと、なんとかなるさ」と、楽天的に考える力でもあります。

それが、災害下などサバイバル環境において、悪条件の中から一筋の光明を見いだすために、あなたの生命力を最大にし、持てる能力を極限まで発揮させる、不可欠の条件なのです。

無事生還した少年は、改めて我々にそのことを教えてくれたと言えるでしょう。


■ちょっと追記
報道された内容からこの記事を書いたのですが、正直なところ、まだちょっと不可解なことが残るのも事実。少年が発見されるまでに、第三者の介在があった可能性も捨て切れません。

そんな可能性を、twitter公式アカウント生き残れ。Annex公式@ikinokore_annexでつぶやいております。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


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