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2017年3月13日 (月)

あれから6回目の311を迎えて(#1316)

あれから、6回目の3月11日が巡ってきました。今回は、私的なことを記させていただきます。


手も足も出ない


過去記事でも何回か触れたのですが、管理人はあの日、日本にいませんでした。

本来ならば東京付近にいて震度5強を経験し、帰宅困難に巻き込まれていたかもしれません。

管理人は米国ワシントンD.C.のホテルで、地震発生後2時間くらいの段階で家族からのメールで情報を得て、CNNやNHK Worldで次々に流される凄まじい映像に、ただ呆然とするしかありませんでした。

自分の国が”壊れていく”のを海外からリアルタイムで見るという、手も足も出ないあの感覚。その時点では、確認された犠牲者数は1000人に満たなかったのですが、映像からは万単位の犠牲者数になることを、確信せざるを得ませんでした。

その前年、2010年2月のチリ地震津波で、東北地方の太平洋沿岸に史上初の大津波警報が出された時、実際に避難した人は10%以下だったという事実があり、今回は巨大地震の後とはいえ、大半の津波避難が間に合わなかったことが想像されました。

もしかしたら、10万人単位での犠牲者が出るかもしれない。そんな恐怖に囚われていたのです。

管理人は、幸いなことに3月13日(成田空港再開日で計画停電開始前日)に帰国できたのですが、そういうわけで”あの瞬間”のことは何も経験していません。

米国東部時間の3月11日午前5時40分頃、眠れないままに観続けたCNNの画面撮り映像です。
■11/3/2011 CNN Japanese tsunami report recorded in Washington D.C.


何ができるのだろう


あの大惨事を、自分は何ひとつ体験していない。それは幸いだったのですが、管理人の中には、負い目のようなものがありました。

自分には、何ができるのだろう。その思いが募っていきます。

そして選んだのが、福島で動物救援ボランティアをすることでした。管理人は動物好きですが、いわゆる動物愛護活動をしているわけではありません。

管理人の考えは、飼い主と離ればなれになったペット動物を救って再び飼い主と巡り逢わせることで、人の心を救いたいと思ったのです。あくまで、人間のために。

多くの人間が犠牲になっている中、被災地ではペットのことなど嘆くこともできません。特に福島は、自分で探しに戻ることもできないのです。ならば、誰かがやらなければ。

福島を選んだのは、報道されない真実をこの目で見てやる、という考えからでもありました。放射線に関してもそれなりの知識がありますから、現実的な危険は避けられると判断していましたので、可能な限り”入って行く”つもりでした。

震災から2ヶ月が過ぎた5月初旬、福島の動物保護ボランティア団体のお手伝いをすることが決まりました。もっと早く行きたかったのですが、それまでは『自己完結』できる体制がとれなかったのです。


震災関連記事


その後しばらく、週末ごとに福島に通って動物保護ボランティア活動を行う一方、宮城県の被災地にも行って、現地のボランティア仲間の支援もしました。

当ブログでは、管理人の被災地での活動の一部を、カテゴリ【被災地関連情報】にまとめてありますので、リンクします。

■カテゴリ【被災地関連情報】

さらに、今まで非公開にしていた、福島の最前線での動画もご覧いただきたいと思います。 あれから6年、初公開です。

作業をしながらの撮影なのでごく短時間の映像ばかりですが、我々に限らず、多くのボランティアが危険を承知で、“ あの中”で活動した、いや現在もまだ、それは続いていることを知ってください。

場所は明らかにしませんが、我々の格好から、どういう場所かはご判断ください。すべて、2011年5月中の撮影です。

なお、音声はカットさせていただきました。

■Minami Souma Fukushima 2011


当ブログには、福島の状況を題材にした小説も掲載しています。管理人の災害小説の2作目『声なき声』です。

これはフィクションであり、各種設定は創作ではありますが、主人公の三崎玲奈が目にすることは、そのほとんどが管理人が見てきた事実です。

作品中、パトカーから逃げるシーンだけは、運転している男が管理人そのものです。

なお、警戒区域に入る際のシーンは完全なフィクションであり、事実とは全く異なります。

上にリンクした動画のシーンも出てきます。全22回連載の中編ですが、よろしければお読みください。

福島の警戒区域内で起きたことの一端が、ご理解いただけるかと。

下記リンクから、『小説・声なき声 第一部』(全22回)をご覧ください。なお、『小説・生き残れ』は管理人の完全創作の初回作です。

■カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】


東日本大震災から6年。

まだまだ、何もかもが途上なのです。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


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コメント

まさに「これまで」と「これから」ですね。
今のテレビは政治一色で11日に申し訳程度に防災を取り上げましたが、それっきりです。NHK(或はローカル局で)で都道府県別の防災専門番組でもつくればいいのに。

>ハンマード様

コメントありがとうございます。

数百年に一度クラスの巨大災害でも、話題性のあるトピックでもないとメディア的には扱う気は無いんですよね。とりあえず311絡みには過去映像の特番とエセでも専門家のコメントとかで簡単な番組作って。

別に、過去を追わなくてもいいと思いますよ。何が起きたか、何が必要かを検証し、それを具体化するような、骨のある情報番組ないですかね。

基本、お涙頂戴か恐怖をアオるだけだし。だから余計にバカやインチキがはびこるんだよな。

ビデオを見せていただきました。福島に行かれたのですね。当時あの近くに住んでいた親戚は、小さい子供がいるためか、放射線をすごく心配していました。シンチレーションカウンターで空間線量を測りながら親戚の所に行きましたが、数値がぐんぐん上昇してちょっと怖くなりました。大きな地震がある度に、福島原発は大丈夫かと未だに心配になります。汚染水の問題もありますが、それよりも冷却が止まって再臨界になることの方が心配です。
 あれから6年が過ぎました。東海や南海トラフの地震・津波の影響を受けそうな浜岡や伊方の原子力発電所は、二度とあのような悲惨な事故が起きないように、完璧に備えてほしいと思っています。事故が起きてからでは、取り返しがつきません。
 福島からの避難者に対する、横浜でのいじめが大きく報道されました。自分が実際に経験していないので、他人事なのでしょう。悲しいことです。
 いわきや相馬などには、おいしい地物の魚を出してくれる店がいろいろあり、家族で食べに行くのが楽しみでした。現状では厳しいですね。

>hide様

コメントありがとうございます。

私は埼玉県在住ですが、震災後しばらくは、週末ごとに福島に通っていました。福島市内を拠点に、南相馬方面に何度も行きましたが、飯舘を通る114号線は放射線量が高かったので、北側の115号線で相馬市から6号線を南下していました。

当時、空間線量で福島市が1.5マイクロシーベルトくらい、飯舘村は3.5を超えていました。

自前の線量計は無かったのでわかりませんが、「あの中」では、場所によっては200〜300マイクロシーベルトに達するホットスポットも多かったようです。

でも、私たちは被爆時間がごく限られていたので、現実的な影響は事実上無いと判断しています。

それにしても、本当にくだらない放射線アレルギーが、未だにはびこっているのには暗澹たる気持ちになります。子供の言動には、大人の言動が反映するものですし。

いわきや相馬の海沿いは、当時から空間線量は0.5マイクロシーベルトくらいでしたし、海産物の試験操業でも問題となるような放射線量は検出されていませんので、もうほとんど大丈夫でしょう。

いわきや相馬、南相馬の警戒区域外では街も復興していますし、海産物のお店もやっていますよ。また足を運ばれてはいかがでしょうか。

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