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2018年11月29日 (木)

《再掲載》【防災の心理01】防災なんてやってられない!?(#1359)

再掲載シリーズを始めます。まずは2014年2月から連載した【防災の心理】シリーズ、全39回です。正直、あまり閲覧数は伸びなかったシリーズですが、効果的な災害対策を考える上で基礎となる考え方、感覚、行動を改めて見つめなおすものです。災害対策は、なぜ『わかっちゃいるけど手をつけづらい』のか?それならばどうすればやりやすいのか?を考えます。


新シリーズ、『防災の心理』を始めます。

初回からかなりあざといタイトルではありますがw、これは長年に渡って半分「趣味」で災害対策を考えて来た管理人の、本音のひとつでもあるのです。

誰でも、地震を始めとする自然災害の被害など受けたくないし、できることなら、そんなこと考えたくありません。そして、多くの人は自然災害で生命や財産の危機に晒されることもなく、とりあえず平穏な暮らしを送っています。

遭遇する確率で言えば、はるかに危険と言える交通事故や火災にさえ遭うことも少なければ、そんなのを目にする機会も滅多にありません。それでも、やっぱり無視できない。無理矢理に意識の外に追い出そうとしても、その恐怖は獅子身中の虫のごとく何かにつけて頭をもたげ、じわじわと心を蝕んで行きます。

たとえ誰かが「大地震なんか来ない。絶対に安心」と自信満々に言い切っても、それを素直に信じられる人など滅多にいないでしょう。仮にそれが、例えば本当に地震が滅多に来ない米国東海岸の人ならともかく、我々は「地震大国」である日本列島に生きているのです。そして我々は、大地震が人間の寿命くらいでは計れない時間の流れの中で繰り返されることを、事実によって知らされてしまいました。

思い出してください。1995年の阪神・淡路大震災が起きる前は、「関西には大地震は来ない」というのが、なんとなく定説になっていたことを。しかし歴史をひもといて見れば、関西でも過去何度にも渡り、多くの死傷者が出るレベルの地震に襲われているのです。それは他の地域でも例外ではなく、頻度や規模の差こそあれ、日本列島のどこでもいわゆる「大地震」と言えるレベル(現代の尺度で言えば震度6弱以上)の地震が繰り返されています。ただ、その多くが致命的な大被害では無かったために、広く口伝されていないだけなのです。そして「千年に一回」レベルと言われる(実はもっと短いらしいのですが)東日本大震災。

では、そのような現実を真摯に受け止めて、災害対策を進めるとしましょう。すると、これがまた難儀な話になります。

まず、大地震はいつ来るか、どのくらいの規模で来るか、それどころか本当に来るのかどうかさえわかりません。日常生活の中で「予定の決まっていないこと」への対応は、どうしても後回しにしたくなります。そうでなくても多忙な毎日です。

それでも気持ちを強く持って、「予防安全」の発想で対策を進めるとどうなるか。まず、費用がかかります。本当に役に立つ時が来るのかわからないものに、それなりの投資をしなければなりません。そして、手間がかかります。家具の転倒対策をして、防災グッズを揃えて時々点検し、居場所周囲の危険要素を調べ、地震発生時の行動を学び(それも居場所の状況ごとに違う!)、避難訓練や応急手当の訓練をして、家族などとの連絡手段をできるだけ多く確保して、帰宅困難対策もして・・・やることはいくらでもあります。

ところが、いくらやっても「これで絶対大丈夫」というゴールは見えません。いつまでも「とりあえず大丈夫(かも)」というレベルを抜け出せないから、ろくに達成感もない。それどころか、地震災害について知れば知るほど、対応すべき、しておきたくなる要素が増えて行くのです。基本的に、大災害の状況は人間の力でコントロールし切れるものではありませんから。これでもし現実の大災害の知識や教訓が無かったら、誰がカネと手間かけてやるかという話です。

管理人は、きっと臆病なのでしょう。昔、小松左京氏の「日本沈没」を読んで以来、大地震への恐怖がすっかり刷り込まれてしまい、それ以来、いわゆる「防災意識の高い人」です。防災マニア、防災ヲタと呼ばれることもあります。そのモチベーションの源は、もちろん自分や家族が無事でいたいという思いと、過酷な状況を正しい知識と行動で乗り越えたい、それができれば「カッコいいじゃないか」、突き詰めて考えれば、そういうことかもしれません。

では、そんな管理人(と、同じような人々)が、周りからどう思われるか。

基本的に、あまり尊敬されませんw感心はされますが、その裏に「心配しすぎ」、「臆病すぎ」、「所詮偏ったマニア」だというニュアンスがいつも見え隠れしています。それにはふたパターンあって、本当にバカにしている場合と、バカにするつもりは無いけれど、管理人の存在ができれば忘れていたい、考えたくない大地震への恐怖を呼び覚ましてしまう場合です。後者の場合、自分があまり備えていない、もしでかいのを喰らったら危ないという意識が、それなりに備えている人を見下す形で現れるのです。

そうやって、自分の「負い目」を帳消しにしようとするのも、災害対策に限らず人間心理の一面ではあります。しっかりと災害対策を進められている皆様、周囲からそんなニュアンス感じること多くありませんか?もっとも、管理人は自分と家族のためにやっていますから、全然気になりませんが。でも、決して気分の良いものじゃありませんよね。

それが関係の薄い人からの反応ならともかく、家族や近しい関係者の中だと、さらに難儀なことになります。実は管理人、防災意識の高いママさんから相談を受けることが結構あります。ママさんは大抵、いわゆる「マニア」ではなく、ただ家族を守りたいという意識が強い訳なのですが、特にだんなさんが理解してくれない、バカにされる、何も協力してくれない、頼りにならないという嘆きが聞こえて来て、それが家庭不和の原因になっていることもあったりします。

念のため申し添えますと、男性である管理人の防災意識が高い我が家は平穏かというと、それはそれで別の問題があるんですけどねw

そんなわけで、地震災害対策はカネも手間もかかる、でも「これでいい」という到達点がない、達成感も絶対の安全も無い、尊敬もされないしバカにされることさえあるという、「壁」だらけの作業だと思うのです。普通ならやってられないですよね。

でも、ほとんどの人が「自分には必要無い」とは言い切れないでしょう。何故なら、誰もが死にたくない、苦しみたくないからです。だから自分の気持ち、社会生活や人間関係の壁を全部飛び越えて、そのためだけに災害対策を進めなければなりません。しかし得られるメリットは「生き残る可能性が高まる」ことのみ。

当シリーズでは、そんな難儀な作業を少しでも円滑に進めるために、そこに立ちはだかる「心理の壁」と、それを乗り越える方法を考えて行きたいと思います。

■当記事は、カテゴリ【防災の心理】です。

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