《再掲載》【防災の心理06】あなたの中の抵抗勢力(#1368)
前回記事【防災の心理05】では、大地震発生時の行動シミュレーションについて、明らかな「誤り」の例を挙げました。今回は、それらのどこが「誤り」なのかを考えて行きます。「正解」は存在しないものの、より望ましいものは、一体どういうものなのでしょうか。
ここで望ましい行動シミュレーションを実現するには、ふたつの壁を乗り越えなければなりません。「知識の壁」、そして「心理の壁」です。
まず「知識の壁」を乗り越えるためには、災害時に何が起こるかを正確に知らなければなりません。今回の想定では、『直下型の震度6強、歩いて移動できず、四つん這いになるがやっと』という地震を想定しています。であれば、地震発生から1分後までに、徒歩で移動したというのは明らかな誤りです。『すぐにコンロの火を消した』というのも、不可能であった可能性も出てきます。
その時「できること、できないこと」を正確に知らなければ現実的な行動シミュレーションをすることはできず、そこから効果的な対策を導き出すことはできないのです。
それでは、例えば「自分は大地震が起きたら何もできないから、1分後には死亡している」と考えるのはどうでしょうか。常に「最悪を想定する」というセオリーからは、誤りとは言えません。ただ、そこで問題になるのは「なぜ死亡したか」ということです。
例えば家の中にいて、最も危険なものが転倒防止対策をしていない家具だとわかっていれば、その対策するという対策が導き出されます。コンロの火を消せないかもとわかっていれば、例えばIHコンロにする、自動消火装置が高性能のコンロにする、それが無理ならば近くに消火器を用意して、火災になった場合に初期消火の可能性を高めるなどで、危険を大きく減らすことができます。
このように、まず自分の周囲の危険度を正確に判定できなければ、効果的な災害対策のための望ましい行動シミュレーションとはならないわけです。危険を過小評価することが絶対にあってはならない一方で、イメージや恐怖感で過大評価してもいけません。
では、もうひとつの「心理の壁」とは。実はこれが実に厄介なもので、個人の災害対策を進める上の最大の壁と言っても過言ではありません。できましたら、前回記事の行動シミュレーション例を、もう一度読み返していただければと思います。ふたつに共通する、致命的とも言える誤りが存在するのです。
それは「やろうとしたことがほとんどできている」ということです。詳しくは後述しますが、例えば「子供と一緒に家を脱出する」、「防災グッズを持って避難所に入る」、「負傷者を救護する」、「たき火で寒さを凌ぐ」というようなことです。
実は、これらはすべて「こうありたい」という願望にすぎません。しかし、それができなくなることも多いのが、現実の大災害なのです。まずそれを受け容れなければなりませんが、口で言うほど簡単なことではありません。
何故なら、大災害時には自分や家族が苦しみの中で死んだり、築き上げた財産が失われるという、究極の非日常を現実のものとして考えなければならないからです。我々は本能的に生命の維持や平穏な生活を望んでいますから、それをぶち壊すシミュレーションは、ある意味で本能との戦いなのです。
そんな時、我々はある心理状態に陥り易くなります。それが「正常化バイアス」もしくは「楽観バイアス」と呼ばれるもので、これは生死に関わるような事態だけでなく、実は多くの人が日常的に経験しているものでもあります。平たく言えば、何か問題に直面した時に、具体的な根拠も無く「なんとかなる」と考えてしまう心理です。思い当たる節、ありませんか?
例えば、都市部に大雪が降ると、いつも夏タイヤのままの車があちこちで立ち往生します。これなど、大雪という非日常で起こることを受け容れず、「なんとかなる」と出かけてしまう人が少なくないことの一例と言えます。また、強力な台風があなたの居場所に接近しているような時でも、心のどこかで「きっと逸れる、直撃しても大したことない」と考えたりしていませんか?
「正常化」や「楽観」とは、はすなわち「なんとかなる」、つまり正常な日常が継続する、して欲しいという願望が勝ることで、目前の問題から目を逸らしてしまうということです。ましてや、いつ起こるかわからない大災害を自分の目前の問題と認識すること自体が難しいので、「まあ、そのうちに」という感覚に陥りがちです。
さらに、大災害では自分や家族が死んだり傷ついたり可能性が高いと潜在的に考えていますから、「そうなって欲しくない」という願望が、危険を現実のものとして受け容れることに無意識の抵抗をするのです。その究極が、何の根拠も無く「自分だけは大丈夫」とうそぶいたり、「今まで何も無かったから、これからも大丈夫」というような言動になるわけです。
しかし一旦大災害が起きれば、個人のそんな考えなど何の関係もありません。単純にその場での危険要素が少ない人の生き残る確率が上がり、そうでない人の犠牲が増えるだけであり、それは冷徹な確率論にすぎません。ですから、「その時」の危険要素を減らすために、徹底して現実的なシミュレーションをすることが必要であり、そのためには、これまで述べた通り「知識の壁」と「心理の壁」を乗り越えることが必要なのです。
今回述べたような、「正常化バイアス」や「楽観バイアス」と呼ばれる心理状態に陥りやすいという知識だけでは、実際には役に立たないトリビアの類です。それだけでは意味がありませんので、次回は前回記事の行動シミュレーション例のどこがどう「誤り」なのか、具体的に細かく考えて行きます。
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