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2019年9月

2019年9月27日 (金)

台風15号と千葉大停電《その2》(#1381)

2019年9月の台風15号による千葉県を中心とした大被害は、その全貌が中央に伝わる経緯において、1995年1月の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の時と良く似ていると、管理人は感じたわけです。

■想定自体の誤り■
千葉県南部を中心とした被害の種類は、まず暴風による建物被害が甚大でした。屋根瓦が飛んだり、屋根ごと吹き飛ばされたりという被害が、広い範囲で多発したのです。

台風における暴風被害は当然『想定内』ではありますが、発生した件数と範囲が、行政などの想定をはるかに超えていたのではないかと思われる節があります。

その一方で、これまでの台風被害の"定番”である豪雨による浸水、河川の氾濫、山崩れなどは、想定していたほどではなかったのではないでしょうか。これはもちろん幸いだったのですが、そのせいで自衛隊への災害派遣要請が遅れたきらいはありそうです。過去や他所の経験則から、最も危惧された『想定内』の災害が『想定以下』だったわけです。

そのような“定番”の災害は、国土交通省や消防、警察、自治体などのネットワークにより比較的把握しやすい体制になっていますし、行政側としては主にその辺りにフォーカスした防災体制を組んでいたはずです。

しかし、家屋の被害については、基本的に当事者からの通報が無いとわかりにくい。ところが、広範囲に渡る停電に加え、固定電話も携帯電話もネット回線もダウンして、被害を通報したり情報を発信する手段が奪われたのです。あたかも携帯もネットも無かった1995年当時のように。


■意外な想定外■
そのような状況の原因となったのが、電柱や送電線など送電設備への甚大な被害なわけですが、それを引き起こした大きな原因が、『倒木』でした。もちろんそれ自体は『想定内』ではありますが、その規模が尋常ではなかった。

房総半島の山はあまり高くないものの実はかなり急峻で、海岸の市街地近くにまで山が迫っていたり、山間部に集落が点在していたりなどの地域的特性もありますが、後の専門家の調査によれば、倒れた主に杉の木の多くが、幹の中が空洞になる病気にかかっていたそうです。これなど、完全に『想定外』の状況でした。

一方、台風接近中には各地から「電柱から火花が出ている」という通報が相次ぎました。これはいわゆる『塩害』で、台風が巻き上げた電気を通しやすい海水が吹き付けられたために、電気設備の絶縁破壊、つまりショートが起きていたのです。

この現象は過去の台風でも経験がありますから、電力会社側は当初、広範囲に起きていた停電の主原因はこの『塩害』のせいである、という誤解をしたのではないかと、管理人は考えます。すなわち設備自体の損傷はそれほどでもないと判断し、しかし大量の倒木により設備が広範囲で損傷しているのを知る手段はごく限られ、特に山間部の被害状況調査は範囲の広さと道路の寸断などで進まない状況だったので、当初は電力は数日内で完全復旧できる、という誤った発表をしてしまったのでしょう。

ところが、各地から正しい状況が徐々に集まるにつれ、過酷な事実が見えてきました。この頃には電力会社は各地の電力会社に復旧工事の応援を呼びかけ、短時間のうちに総力戦とも言える規模の応援部隊が、全国から集結しつつありました。

ところが、そこでまた大きな問題が見えてきたのです。それについてはまた次回。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。


2019年9月25日 (水)

台風15号と千葉大停電《その1》(#1380)

ご無沙汰しております。本当に久々の更新です。実は今回、長年の読者の方からリクエストをいただきました。当ブログを忘れないでいていただいて、ありがとうございます。

そのリクエストは、2019年9月関東を直撃した台風15号がもたらした大被害について総括せよ、というものでした。もっとも、管理人も報道されたこと以上の情報を持っているわけではありませんが、せっかくお声がけいただいたので、管理人なりの分析をさせていただきます。なお、以下の記事は特定の個人、団体、行政組織等を批判または擁護する意図は全くありません。あくまで知り得た事実のみから、この『巨大災害』を俯瞰していきます。

■何が起きているんだ?■
大型で非常に強い台風が関東地方を直撃する、それも陸上を進んでくるのではなく、海上からほぼ直接上陸するというケースは、かなり長きにわたって記憶がありません。少なくとも、台風による豪雨災害以外で大きな被害が出たことは、ほとんど無かったはずです。

しかし台風の通過から時間が経つにつれて、主に房総半島南部で広域に渡る暴風被害と停電の情報が「徐々に」入ってきました。その一方で、東京周辺の鉄道の計画運休や高速道路の通行止めによる混乱や、一部の建造物に生じた暴風被害が報道されてはいたものの、少なくとも管理人の感覚では「この程度で済んで良かった」というレベルでした。

台風15号の規模と勢力からすれば、東京都内でも巨大被害が生じるかもしれない、という危機感があったのです。しかし、少なくとも都心部やその周辺では、多くの人にとって『最悪の想定をかなり下回る』レベルの被害という感覚だったはずです。

しかし、時間の経過と共に千葉県内の惨状が明らかになるにつれ、多くの人が「おいおい千葉が想像以上ヤバいぞ」という感じになってきたのではないでしょうか。

結果論から言えば、特に千葉県南部は台風通過後すぐに自衛隊に災害派遣を要請すべきレベルの災害だったのですが、政府も千葉県も、あきらかに初動が遅れたと言わざるを得ません。


■あの日を思い出した■
そんな中、管理人は『あの日』とよく似ている、と感じていました。1995年1月17日朝、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の日です。あの日、テレビの東京キー局では、朝ワイドショーの中などで『関西地方で大きな地震が起きた』と速報されたものの、ほとんど通常編成でした。

インターネットも携帯電話も無い時代、有線電話がほとんど途絶した中では、テレビ局とて被害の中心部からの情報はほぼ無く、現場から衛星中継できるSNG車も無く、マイクロウェーブ中継回線が生きていなければ映像素材も送れない時代では、現場からはるかに離れた東京では、その甚大な被害を把握するまでに何時間もかかったのです。

鮮明に覚えているのは、日本テレビ系の朝ワイドのエンディング。発災から2時間以上経過した午前8時の段階で、やっと神戸の街を遠望するお天気カメラのライブ映像が繋がり、キャスターが大して緊張感の無い声で「大きな火災が起きているようですねぇ」と言いながら、それでもその段階で初めて、「これは大変だぞ」という空気に変わって行きました。

そしてその後、遅々としながらも情報が入るにつれて、未曾有の都市直下型地震であるということがわかって行ったのです。


■なんだかよく似ている■
なぜそんなことになったかというと、あの当時は前述の通りインターネットが実用になる前の時代だったこと【当時のネット環境はNifty-serveなどのパソコン通信の時代。事実上ほぼ文字通信のみの環境で、アナログ電話回線を使っていたので、音声通話と共に広い範囲でダウンした。余談ながら、日本初のウェブサイトは1993年に茨城県の高エネルギー研究所(KEK)が作成したもの】

携帯電話もなくて個人が情報、ましてや映像を発信することなど夢の時代だったこと、地元の放送局も、撮影した映像素材をマイクロウェーブ中継回線に乗せなければ他所へ送信できないが、被災地周辺では停電や機器の障害などで支障していたことなどが大きな理由です。

そして忘れてならないのは、今の若い方には信じられないかもしれませんが、あの当時は『関西では大地震は起きない』というのが半ば定説というか、普通に信じられていたのです。

歴史をひもとけば、関西でも大規模地震が起きていないわけではありません。でも人々の記憶に残るような大地震は事実上ほとんど無く、普段もごく小さな地震がまれに起きる程度で、そんな関西の人が地震が比較的多い関東へ来て震度3くらいに遭ってパニックを起こしたとかが、笑い話になっていたくらいです。

管理人も、あの当時は特に根拠もなくそう考えていました。それが突然、神戸で大地震。多少の情報だけでは、にわかには信じられなかったのです。

つまるところ、阪神・淡路大震災の正しい情報がなかなか東京に伝わらなかったのは、情報伝達手段の途絶に加え、「そんなことが起きるはずがない」という、想定の不備と思いこみのせい、と言えます。

これ、今回の台風15号被害における千葉県の状況と似通っていませんか?それについては、次回に続きます。


■当記事は、カテゴリ【気象災害】です。

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