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日記・コラム

2017年4月23日 (日)

THE CRISIS OF WAR !?(#1324)

朝鮮半島情勢が、一気に緊迫度を増しています。

真偽は未確認ながら、中国と米国が、北朝鮮に対して過去に無いレベルの圧力をかけているという情報があり、ひとつのヤマ場が4月末だという説もあります。

状況によっては、突然戦闘が発生したりミサイル等の攻撃が行われ、我が国も巻き込まれる可能性が出てきました。

日本政府も、弾道ミサイル攻撃への対処情報を広報するよう各自治体に要請し、既に多くの自治体ウェブサイトに情報が掲載されはじめています。

一気に、戦争の危機が高まっているのです。


これだけは知っておこう


当ブログでは、過去にシリーズ【東京防災ってどうよ】の番外編で、テロや武力攻撃に対処する方法をまとめています。

それらの記事は、『東京防災』の内容ではなく当ブログのオリジナルですので、番外編としています。

この先状況が急変したときにもパニックを起こさないように、最低限の対処法を知っておくべきです。

以下にリンクする3本の記事を、是非ご一読ください。


【東京防災ってどうよ番外編】テロ・武力攻撃解説【1】(#1244)

【東京防災ってどうよ番外編】テロ・武力攻撃解説【2】(#1245)

【東京防災ってどうよ番外編】テロ・武力攻撃解説【3】(#1246)


誰もがあまり緊迫感を持っていないかもしれませんが、朝鮮半島周辺は朝鮮戦争以来の危機にあると言っても過言ではないのです。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2017年4月 4日 (火)

不適格な“ベテラン”がはびこっていないか(#1322)

かなりの憤りを込めて、敢えて書きたいと思います。

8人もが死亡した那須の雪崩事故に関して、非常に杜撰な管理体制が明らかになって来ました。


完全に人災ではないか


正直なところ、管理人もそんなに詳しくニュースを追っているわけではありませんが、現時点での問題点を列挙してみます。

もし事実誤認がありましたら、ご指摘ください。

■大雪で登山訓練を中止した後、一部の教員の独断に近い形でラッセル訓練へ代替された。

■事故斜面は、地元の救助隊によると雪崩の危険が大きく、救助隊でさえ近寄ったことが無い場所とされるが、教員側にそのような認識は全く無かった。

■ラッセル訓練を行う前に、通常は行っている、雪崩の危険性を判断する『弱層テスト』が行われていなかった。

■生徒への事前の講習で、雪崩避難の方法、雪の上層に身体を浮き上がらせる動き、鼻と口を手で覆って呼吸を維持する方法など、雪崩対策の知識は一切与えられていなかった。

■雪崩ビーコンの装備は、最初から全く考慮されていなかった。

■雪崩発生時、引率の教員が「伏せろ!」と言い、それに従った生徒がそのまま巻き込まれた。

これだけでも、いかに杜撰な行動だったかが明らかです。

しかし、管理人はさらに別の問題を指摘したいのです。


エセ“ベテラン”の跋扈?


事故後、『登山のベテラン』とされる責任者は、自らの判断が致命的誤りだったにも関わらず、「絶対安全だと思った」と、何度も強調しました。

しかも、8名もの命が失われたことについては、「反省しなければならない」という、まるでちょっとした失敗のような言辞をしています。

あくまで自分のベテランとしての判断は正当であり、雪崩は“想定外”だった。しかし、その“想定外”を読みきれなかったことは反省するという、どこかで聞いたような言い訳に終始しているのです。

しかし、少なくとも事故に至る準備と行動においては、ベテランとしての知識も判断力も不足していたことを露呈しています。

果たして、責任者や引率者は、本当のベテランだったのでしょうか。


これも老害のひとつか


最近、中高年ライダーの事故が増えています。

そんな長年バイクに乗り続けているか、若い頃に乗っていてリバイバルしたようなライダーはそれなりに経験を積んでおり、ベテランと言われる人種ではあります。

確かに近年のスポーツバイクは高性能化が顕著であり、昔の感覚では手に負えなくなってきているのも一因でしょう。ただパワーが大きいだけでなく、総合性能が高くなって、昔よりずっと簡単に超高速走行ができてしまうので、ちょっとした判断ミスや反応の遅れが大事故に繋がるのです。

なにしろ、あまり“上手くない”ライダーが昔のレーシングマシンよりよハイパワーでスピードが出せるバイクに乗っているのですから、ある意味で事故が増えて当たり前なのです。昔より反応速度なども確実に落ちているのに。

それでも、ツーリングや街乗りが主体でライディング技術や判断力がそれほどでもない層でも、長年乗っていれば”ベテラン”とされ、それなりのステイタスを持つようになる。

いきおい初心者を指導したり、引率したりすることも増えるわけです。


一方で管理人は、最近は小さなバイクしか乗っていないものの30年来のバイク乗りであり、かつてはレースにも盛んに出場しました。仲間にもそのような人が多いのですが、今もビッグバイクに乗っているような人でも、事故を起こすような人は聞いたことがありません。

その大きな理由として、高い技術と判断力を要するモータースポーツまでやった人は、早い話が“自分の限界”を正確に把握しているからでしょう。今この状況でどこまで行けるか、安全マージンはどれくらいあるかを正確に判断できるわけで、だから事故も起こさない。


今回の雪崩事故における責任者の言い訳に、その辺りと似た関係性を感じるのです。

責任者にどんな経験があるかは知りませんが、決定的に欠落していたのは、あの状況の危険を正確に推し量る知識と技術であり、その判断を裏付ける経験値です。

しかし「絶対安全だと思った」と繰り返し主張することが、自分には正当な判断ができる実力が無かったということを証明しているにも関わらず、“ベテラン”としてのプライドは曲げない。

そんな、経験年数は長いけれど、高いレベルまで突き詰めた知識や技術が無い連中がベテラン面して判断を誤る、しかもプライドだけは高くて自分の誤りは認めないというようなこと、世の中のあちこちで、確実に増えているのを感じるのです。

皆さんも、思い当たるフシがあるのではないでしょうか。


平時には大きな問題とならなくても、状況がある“しきい値”を超えた時、判断する人間の実力不足は、致命的な結果となって跳ね返って来ます。

今回のあまりに痛ましい雪崩事故は、管理人としては、そんな“老害”のひとつと考えざるを得ないのです。

もっとも、歳には関係なく、エセ“プロ”だのニセ“専門家”なんてのも山ほどいますけどね。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2017年4月 1日 (土)

【エイプリルフールネタ】大変申しわけありませんが(#1321)

本日をもちまして、当ブログを閉鎖させていただきます。

防災に関するウソつきやインチキを叩きすぎたせいか、各方面からの妨害が酷く、これ以上存続させることが困難になりました。

これまでのご愛読に、心より感謝いたします。

またどこかでお目にかかれる日まで、さようなら。


すいませんウソですw

◼️当記事は、カテゴリ【4月バカ】です。

例年はもっと趣向を凝らすのですが、今年は時間が無くてこんな手抜きをやってしまいましたすいませんw

2017年3月30日 (木)

【人気記事の補足】もっと効果的に救援を要請するために(#1320)

当ブログは記事数が1300を超えまして、おかげさまで過去記事もかなり閲覧していただいております。

その中で、特に多くの閲覧をいただいている記事について、少し補足させていただきます。


過去記事閲覧数ナンバーワン


閲覧数ランキングの中で、常にトップに絡んで来るのがこちら。

誰でも送れる救難信号とは?

2012年2月の記事ですが、今でも閲覧数が毎月3位前後と、安定した人気をいただいております。

この記事は、手持ちのもので太陽光を反射して救難信号を発する方法について述べたものですが、実はそれよりもっと簡単な方法があるのです。


あれ、忘れていませんか?


災害で孤立した地域の人々が、地面に大きくSOSなどのサインを描いて救援を求める映像を見ることがあります。下画像は、東日本大震災でのものです。
Sos

もしそこに管理人がいたら、それに加えて必ずもうひとつのサインを作ります。

それは狼煙(のろし)

火を焚いて煙を上げる、古代からずっと受け継がれている長距離識別サインです。それを使わない手はありません。

地面にサインを描いただけでは、航空機からはほとんど直上にまで来なければ見えませんし、高高度からではそれでも見えません。 しかし狼煙が上がっていれば、条件が良ければ数十km先の高空からでも目視できるのです。

下画像は、長野県飯田市のお祭りで上げたられたのろしです。小さなものでも、空からはっきり視認できるのがわかります。
Noroshi

特に災害直後には、煙が上がっている場所には、ほぼ確実に捜索救難機が状況を確認しに来ます。

夜間は煙もサインも見えませんが、大きな火を焚くことで、そこに人がいるか、何かが起こっているということが上空からわかるのです。


パイロットにも便利


そのような場合、ヘリコプターでの救援を求めることが多くなりますが、狼煙はそんな場合にも有効です。

ヘリコプターが飛行場外に着陸する時に、判断すべき要素は3つ。進入経路の障害物、着陸する地面の状態と強度、そして風向きと強さです。

着陸地点の近くから狼煙が上がっていれば、上空から地表付近の風向きと強さが推し量れますので、パイロットの判断の助けにもなります。

ただし、ヘリコプターの接近、着陸時には猛烈なダウンウォッシュ(下降気流)が発生しますので、狼煙はその影響を受けない、着陸地点から十分に離れた場所で焚く必要があります。

着陸地点の近くで火が焚かれていたら、接近したら確実に吹き飛ばしてしまいますから、ヘリコプターは進入できません。


災害時以外にも、例えば山中で遭難して孤立した場合でも、狼煙はとても有効です。 森の中にいる人を上空から目視することは困難ですが、狼煙が上がっていれば一発で見つかります。

これは極論ですが、山中で孤立して捜索、救援が望めない時の最後の手段として言われるのが、これ。

山火事を起こせ

そうすれば、必ず誰かが見つけてやってきます。それで助け出されても後がいろいろ大変でしょうが、死ぬよりはマシ、ということで。

火を起こす道具が無くても、例えば良く晴れた日ならば、メガネのレンズと乾いた枯れ葉で火を起こせます。


狼煙の焚きかた


狼煙は、白煙でも黒煙でもOK。ただ、遠距離からの視認性は、黒煙の方が良いでしょう。

白煙を上げるには、火を大きくした後に生木や緑の木の葉を大量に投入します。 樹木が無い場所では、湿らせたダンボールや木材を入れたりしても良いでしょう。

黒煙は、プラスチックやゴム類を燃やします。破壊された車でもあれば、内装類やタイヤなどを外して燃やすのです。車ごと燃やすのは、燃料タンクが爆発する危険があります。

また、タイヤを燃やす際は、タイヤ本体のみで。ホイールごと燃やす場合には、必ず空気を抜いてからでないと破裂します。

どちらの場合も、常に火を焚いておいて、捜索が期待できる段になったら一気に火を大きくして、生木やプラスチック類を投入して濃い煙を上げるのです。


全く余談ですが


狼煙を上げるような状況では、ヘリコプターでの救援を受けることが多いでしょう。

校庭などにヘリポートのサインである、アルファベットのHを丸で囲んだサインを描いているようなこともありました。 下画像も、東日本大震災のものです。
H


ところでこのHサイン、ヘリポートを表すサインであると同時に、ヘリコプターの進入可能方向を示しているのです。 Hのたて棒2本が向いた方向のどちらか、もしくは両方から進入可能である、という意味になります。

もっとも、パイロットが飛行場以外に描かれたHの字の向きをそのまま信じることはなく、周囲の状況を確認してから降下しますので、実際には適当でも心配はありません。

しかし、特に自衛隊などの大型ヘリコプターは重量があるので、広ければどこでも着陸できるとは限りません。下手をすると、地面にめり込んでしまうのです。

そこで、救難ヘリを運用する組織では、災害の際に臨時ヘリポートになる可能性がある、校庭などの地面強度や障害物などを普段から調査していますので、そこはプロに任せておきましょう。

着陸に適さない場所でも大丈夫。救難ヘリは地面スレスレでホバリングしたり、ホイスト(ワイヤーロープ)で人や物資を吊り下げるなどで、必ず助けてくれるのです。

Photo_2
この画像はTVで生中継された東日本大震災の救難シーンですが、陸上自衛隊の大型ヘリが、着陸するだけの強度がない病院の屋上、しかもちょっと傾けばローターがフェンスに触れてしまう狭い場所で、床面スレスレにホバリングしながら救助している、神業とも言えるシーンです。

このような救難技術においては、我が国は世界最高レベルなのです。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム、災害対策マニュアル】です。


2017年3月29日 (水)

【那須雪崩事故】人災の側面が見え始めた(#1319)

Hyousou
典型的な表層雪崩の跡が見られる現場


2107年3月27日、栃木県那須町のスキー場で、登山訓練中の高校生グループが雪崩に巻き込まれて8人が死亡、40人がけがをするという、痛ましい事故が起きました。


雪山訓練中の惨事


現場のスキー場は今期の営業を終了しており、しかも事故現場はコース外の林の中で圧雪などの整備は行われていない場所であり、普通の雪山と同じ状態でした。

現場周辺では前日から大雪で、それまでに積もった雪の上に、新雪が20~30cm積もっている状態の中、新雪を踏み分けてルートを作りながら進む『ラッセル』訓練が行われていました。

その隊列を前方から雪崩が襲い、48人が巻き込まれたのです。


雪崩のメカニズム


この雪崩は、いわゆる『表層雪崩』と呼ばれるものです。

積もってから時間が経った雪は、雪自体の重量や気温変化によってある程度押し固められ、その表面は日射で溶かされて、摩擦力が小さくなります。

その上に新雪が大量に積もると、古くて固い雪と柔らかい新雪の境界面がはがれて、新雪だけが滑り落ちやすくなるのです。

新雪に限らず、ある程度積もった雪でも、積もる途中で少し時間が開くなど、途中に摩擦力が小さな層(『弱層』と呼ばれます)があると、その面から上の雪が滑り落ちる『表層雪崩』となることもあります。


これに対し、斜面に積もった雪が全部滑り落ちるのが『全層雪崩』です。

これは、特に春先などで雪解けが始まってから起きやすいもので、その場合には、雪解けの水が雪と地面の間に浸透して、摩擦力が低下することで起きやすくなります。


一般的には、雪解けが始まっている3月末のこの季節には、降雪地では『全層雪崩』の危険が大きくなります。

しかしこの事故の現場では、積もってから時間が経った雪の上に、真冬よりは水分が多くて重い新雪が短時間で大量に積もるという気象条件によって、『表層雪崩』が起きやすい状態になっていたものと思われます。


雪崩に遭ったらどうする?


良く、”雪崩に遭ったら水泳のバタフライのように両腕で雪面を叩く”ようにして、できるだけ雪の表面へ身体を持ち上げろ、と言われたりします。

しかし、それなどほとんど机上の空論であり、実際にそれで助かった例などほとんどありません。もしあるとしたら、ごく小規模の雪崩だったのでしょう。


まず、もし雪崩と距離があったら、雪崩と直角方向に全力で移動して、流域から外れることです。 その際、大声で叫びながら、周囲にも雪崩の危険を知らせるべきです。

そして、雪崩と直角方向に逃げながら、僅かでも高い場所や岩の裏側など、直撃を受けづらい場所を探すのです。雪崩は水の流れと同じように、低い方に流れて行くからです。

最後の段階では、大きな木の幹に裏側から抱きついて身体を保持するだけでも、巻き込まれないための効果が見込めます。


できることはこれだけ


そして、雪崩に巻き込まれることが避けられなくなったら。

そこでできることは、ふたつしかありません。ここに記すのは、雪山のプロによる指導です。

まず、とにかくもがいて、少しでも雪崩の浅い場所へ身体を持ち上げるようにすること。顔だけでも雪面に出せれば理想的ですが、しかし激しい流れに巻き込まれたら、現実にはなかなか難しいのです。

もうひとつは、これだけは絶対にしなければならないことです。

それは、口と鼻を両手で覆って、顔の前にできるだけ空間を作ること。

それにより、雪が鼻や口に詰まって窒息することを防ぎ、顔の前に空気が残る空間を作るのです。運が良ければ、そこに外から空気が流れ込んで来ることもあります。

しかし、雪崩の後には雪が締まるので、実際に雪に埋まると身体はほとんど動かせず、深く埋まれば光も見えず、自分の体制も上下さえもよくわからなくなると言います。

そんな中で、顔の前と周辺の雪に残された僅かな空気が残っているうちに助け出されるかは、運次第。運良くごく浅く埋まった時以外は、自分では何もできないのです。

理屈の上では、そんな時にパニックを起こすと呼吸が荒くなって空気を無駄遣いして、さらに胸腔が広がってさらに苦しくなるので、とにかく冷静に救助を待てとは言われます。

でも、そこで冷静でいられる人、どれだけいるのでしょうか。考えるだけで、怖ろしいことです。

今回の事故でも、雪の中から声が聞こえた場所を仲間が掘り返して、生還した人もいたそうです。

冬山登山をする人たちですから、きっと皆が正しい雪崩対処法を行ったのでしょう。そして、近くに仲間もいました。

それでも、8人もが犠牲になってしまったのです。


運をサポートするもの


一般に、雪崩に埋まって生存できるのは、空気の供給がなければ5分以内、周辺の雪の中にある程度の空気があっても15~20分と言われますが、その間に救助側がサバイバーが埋まった場所を特定することは、現実にはかなり困難です。

それを補助する最良のデバイスが、『雪崩ビーコン』でしょう。

これをパーティの各人が装備していれば、雪崩に埋まった場合でも居場所を電波で発信しますから、受信機を持った救助側は、最短時間で場所を特定できます。

我が国でも、一部の山で冬季の入山時には『雪崩ビーコン』の装備が義務づけられています。

しかし、比較的高価なこともあり、あまり普及しているとは言えないのです。

今回の事故では、スキー場内での訓練ということもあり、『雪崩ビーコン』の装備は無かったようで、被害を拡大することにつながってしまったのです。 (3月28日夜の報道で、やはり雪崩ビーコン未装備であったことが報道されました)

冬山登山でなくても、スノボなどのバックカントリーツアーでも雪崩の危険は常にありますから、『雪崩ビーコン』を装備すべきなのです。


追記・3月28日の報道から


当記事の本文は、3月28日の午前中に執筆しましたが、その晩には、ニュースで『雪崩ビーコン』は装備されていなかったことに加え、信じられないような話が出てきました。

生還した生徒の証言として、雪崩が発生した際に、引率の教員が『伏せろ!』と叫び、それに従って伏せた生徒が、そのまま雪崩に埋まったと。

雪崩の際の対処法は当記事で述べたことしかなく、伏せるなど自ら深く埋まりに行くような自殺行為に他なりません。

引率の教員は冬山登山にも十分な経験を持つベテランだったそうですが、なぜそのような指示が行われたのでしょうか。

悪天候の中でラッセル訓練を強行したこと、訓練場所の選定も含め、残念ながらこの事故には人災の側面が見えはじめて来たようです。



■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


2017年3月24日 (金)

【管理人ひとりごと】難しい、でもそれが必要(#1318)

なんだかんだと更新が滞って申し訳ありません。一定のペースができるまで、もう少し時間が必要かな、という感じではあります。

今回は、つれづれにひとりごとなど。


本気になれるかな


防災に絡んでいろいろやっていると、一番の障害となるのが、気持ちの問題です。

実際の災害を経験でもしていなければ、なかなか本気で未来の災害に備えようという気になれないものです。

特に、自然災害に関しては「まさか自分にそんなことが起こるわけがない」という心理が働きやすく、むしろ積極的に災害のリスクを忘れようとしてしまうことも少なくありません。

自然災害よりもっと身近と言える交通事故にしても、事故はたまに見かけるし、時々路傍に花束が供えられていたりして、「ああ怖いな」と誰もが思うものの、それだけでは、そんな気持ちが現実のリスクを減らす行動として反映されることは少ないのが現実です。

“いつも通り”の暮らしを続けていれば、きっと自分には何も起きないと思いこんで、それが一番楽だから、そこからなかなか一歩を踏み出せないのです。


その言葉の意味


管理人は、東日本大震災で被災した方に、たくさんのお話を伺ってきました。その中で、とても印象に残っている言葉があります。

それは、「朝は絶対にケンカするな」というもの。

その意味が、おわかりになりますでしょうか。

朝の出がけに家族などとケンカして、イヤな気持ちのまま別れてしまっても、その人が晩にまた帰って来るとは限らない。だから、朝は必ず笑顔で気持ち良く別れよう、ということです。

死者・行方不明者が2万人を超えた巨大災害の中では、そういう負い目を負って生きている人が、とてつもなく多いのです。

そしてそんな人々も、実際に災害に遭うまでは、今朝のあなたと同じだったのです。


想像力の問題


しかし、実際にそういう体験をしたり、そういう人が身近にいたりでもしなければ、その感覚をなかなか現実のものとして受け止めることは難しいものです。

朝の出がけにムッとすることがあっても、もしかしたらこれが最後の別れになるかもしれない。だから我慢して笑顔で別れよう。

それが実践できる人、普通はなかなかいないのかなと。管理人も、そういう境地にはほど遠いのです。

でも、もし自分がそういうことになってしまったら、どれだけ苦しむのだろうか。一生、後悔しながら生きなければならないのではないか。それは、どんなに苦しいことなのか。

それを、想像することはできます。

そう考えれば、いつも笑顔ではいられないにしても、時々は次の一言を、ぐっと飲み込むことはできるかもしれない。

たとえごく僅かでも、できることから少しずつやってみよう。それが、一生後悔を背負って生きる確率を少しでも減らすことに、確かにつながる。


高いハードルを超えて


つまるところ、自主防災とはそういうことなのかな、と思います。

自分が災害や事故に遭った時の苦しみをできるだけ現実的に想像し、自分の中にそんな目に遭いたくないという意識を生み出し、ならばそれを避けるためにはどうすれば良いか、何が必要かを考えて、行動する。

現実の恐怖を想像するための情報は、いくらでもあります。 そんな情報に接する時に、他人事と思わずに、どれだけ我が事として受け入れられるか。

しかし、平穏が続いて欲しいという意識を超えて、他で起きた恐怖や苦しみを我が事として考えるには、想像以上に高い心理的ハードルがあります。

でも、根源にそんな恐怖がなければ、効果的な災害対策にはつながりません。

災害対策とは、モノではありません。モノを備えることも含めた、総合的な行動なのです。

大して役に立たないものも多い『防災セット』を備えただけで、あなたの災害対策は止まっていませんか?


とりあえずやってみる


例えば朝の出がけに、相手にひとこと言いたいことがあっても、それをぐっと飲み込んでみる。

それが一度できれば、次もきっとできます。実際には相当に面白くないでしょうが。

それでも、その気持ちと行動がすべての災害対策につながって行くと言っても、決して過言ではないのです。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2017年3月13日 (月)

あれから6回目の311を迎えて(#1316)

あれから、6回目の3月11日が巡ってきました。今回は、私的なことを記させていただきます。


手も足も出ない


過去記事でも何回か触れたのですが、管理人はあの日、日本にいませんでした。

本来ならば東京付近にいて震度5強を経験し、帰宅困難に巻き込まれていたかもしれません。

管理人は米国ワシントンD.C.のホテルで、地震発生後2時間くらいの段階で家族からのメールで情報を得て、CNNやNHK Worldで次々に流される凄まじい映像に、ただ呆然とするしかありませんでした。

自分の国が”壊れていく”のを海外からリアルタイムで見るという、手も足も出ないあの感覚。その時点では、確認された犠牲者数は1000人に満たなかったのですが、映像からは万単位の犠牲者数になることを、確信せざるを得ませんでした。

その前年、2010年2月のチリ地震津波で、東北地方の太平洋沿岸に史上初の大津波警報が出された時、実際に避難した人は10%以下だったという事実があり、今回は巨大地震の後とはいえ、大半の津波避難が間に合わなかったことが想像されました。

もしかしたら、10万人単位での犠牲者が出るかもしれない。そんな恐怖に囚われていたのです。

管理人は、幸いなことに3月13日(成田空港再開日で計画停電開始前日)に帰国できたのですが、そういうわけで”あの瞬間”のことは何も経験していません。

米国東部時間の3月11日午前5時40分頃、眠れないままに観続けたCNNの画面撮り映像です。
■11/3/2011 CNN Japanese tsunami report recorded in Washington D.C.


何ができるのだろう


あの大惨事を、自分は何ひとつ体験していない。それは幸いだったのですが、管理人の中には、負い目のようなものがありました。

自分には、何ができるのだろう。その思いが募っていきます。

そして選んだのが、福島で動物救援ボランティアをすることでした。管理人は動物好きですが、いわゆる動物愛護活動をしているわけではありません。

管理人の考えは、飼い主と離ればなれになったペット動物を救って再び飼い主と巡り逢わせることで、人の心を救いたいと思ったのです。あくまで、人間のために。

多くの人間が犠牲になっている中、被災地ではペットのことなど嘆くこともできません。特に福島は、自分で探しに戻ることもできないのです。ならば、誰かがやらなければ。

福島を選んだのは、報道されない真実をこの目で見てやる、という考えからでもありました。放射線に関してもそれなりの知識がありますから、現実的な危険は避けられると判断していましたので、可能な限り”入って行く”つもりでした。

震災から2ヶ月が過ぎた5月初旬、福島の動物保護ボランティア団体のお手伝いをすることが決まりました。もっと早く行きたかったのですが、それまでは『自己完結』できる体制がとれなかったのです。


震災関連記事


その後しばらく、週末ごとに福島に通って動物保護ボランティア活動を行う一方、宮城県の被災地にも行って、現地のボランティア仲間の支援もしました。

当ブログでは、管理人の被災地での活動の一部を、カテゴリ【被災地関連情報】にまとめてありますので、リンクします。

■カテゴリ【被災地関連情報】

さらに、今まで非公開にしていた、福島の最前線での動画もご覧いただきたいと思います。 あれから6年、初公開です。

作業をしながらの撮影なのでごく短時間の映像ばかりですが、我々に限らず、多くのボランティアが危険を承知で、“ あの中”で活動した、いや現在もまだ、それは続いていることを知ってください。

場所は明らかにしませんが、我々の格好から、どういう場所かはご判断ください。すべて、2011年5月中の撮影です。

なお、音声はカットさせていただきました。

■Minami Souma Fukushima 2011


当ブログには、福島の状況を題材にした小説も掲載しています。管理人の災害小説の2作目『声なき声』です。

これはフィクションであり、各種設定は創作ではありますが、主人公の三崎玲奈が目にすることは、そのほとんどが管理人が見てきた事実です。

作品中、パトカーから逃げるシーンだけは、運転している男が管理人そのものです。

なお、警戒区域に入る際のシーンは完全なフィクションであり、事実とは全く異なります。

上にリンクした動画のシーンも出てきます。全22回連載の中編ですが、よろしければお読みください。

福島の警戒区域内で起きたことの一端が、ご理解いただけるかと。

下記リンクから、『小説・声なき声 第一部』(全22回)をご覧ください。なお、『小説・生き残れ』は管理人の完全創作の初回作です。

■カテゴリ【ディザスター・エンタテインメント】


東日本大震災から6年。

まだまだ、何もかもが途上なのです。

■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


2017年1月27日 (金)

もう少しお時間ください(#1308)

ご無沙汰しております。管理人です。

このところ、記事の更新が滞ってしまって大変申し訳ありませんが、管理人は無事ですw


もう少しお待ちください


昨年中からお伝えしている通り、今年から管理人の体制が変わりまして、現在諸々の作業に追われております。

2月前半くらいまでには一段落できるかと思います。その後は、昨年までほどではなくても、一定のペースで更新して行けると考えておりますので、もう少しお時間をいただければと。

これまでにも、大雪のことなど書きたいことはいろいろ出てきていまして、書けないのはえらいストレスではありますw


これだけは覚えてください


やはり大雪についてひとこと。我慢できないw

大雪でスタックした車のニュース映像を見ていて、北海道で豪雪や地吹雪の中走り回った管理人がテレビに向かって、いつも「ああっそれじゃダメだぁー!」と叫んでしまうこと、ふたつだけ覚えてください。

ひとつめ。

スタックした車を押し出す時は、完全に脱出するまでハンドルは絶対に中立で!

埋まってしまったら、脱出の方向を自分で定めることはできません。車が向いている方向の前後どちらかしかに、ハンドル中立で押し出すしかないのです。

タイヤを曲げると抵抗が急増しますから、脱出できる状況でも、よりドツボにはまることもあります。

タイヤの前後の雪を掘ってできるだけ取り除くと、脱出できる確率が高まります。


ふたつめ。

タイヤが空転して止まってしまったら、それ以上アクセルを踏まない!

雪で空転したタイヤがグリップを取り戻すことは100%ありません。踏み込むとより深く埋まるか、摩擦熱で溶けた雪の水分が潤滑剤となってしまいます。

その場合は一旦ゆっくりとバックして、グリップする場所を探します。後進方向には、大抵グリップしますから。

埋まってしまったら、セレクターを前後に入れ替えながら細かく前後進を繰り返す、雪国用語で言う『しゃくり』をしてやると、特に後進方向へ脱出できる確率が高まります。


とにかく、雪でスタックしたら

ハンドル中立・アクセル戻し

これだけは覚えてください。


それでは、雪道でもご安全に。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。

2017年1月17日 (火)

【管理人ひとりごと】あの日から22年(#1307)

あれから、22回目の1月17日が巡って来ました。

でも、そんな日だから防災情報云々というのは愚かなことです。災害対策は、日常でなければ意味を成しません。

そんな気持ちも込めて、あの日の個人的雑感などを【管理人ひとりごと】として綴らせていただきます。


観測史上初の震度7


1995年1月17日、午前5時46分。淡路島北部から兵庫県神戸市にかけての直下、深さ16km付近でマグニチュード7.3の地震が発生しました。

阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)です。

最大震度は観測史上初の7に達し、主に建物の倒壊、火災、土砂崩れにより6434人が犠牲になり、負傷者は43,792人に上りました(公式記録による)。

当時の気象庁震度は現在と異なる震度0~7の8段階で、当初は震度6と発表されました。 しかし巨大被害の状況が明らかになり、後に震度7に訂正されたのです。


誰も想定していなかった?


これは管理人の印象ですが、当時の感覚では、震度7など事実上あり得ないという空気があったのではないかと感じます。

1923年(大正11年)の関東大震災(大正関東地震)でも東京の推定震度は6クラスですし、1948年(昭和23年)の福井地震が震度6、1964年(昭和37年)の新潟地震が震度5(いずれも旧震度基準)と、過去に大きな被害が出た直下型地震でも、震度7に達してはいなかったのです。

加えて、お役所仕事的に、なるべく大事(おおごと)にしたくない、という意志が働いたようにも感じます。

最初に高いレベルで発表して、それに対応する体制を動かしてしまうと、実際にそこまでの規模でなければ、判断ミスとして責任問題にもなりますから。

とにかく、当時としては未曾有の、しかも現役世代は誰も経験したことが無い大都市直下での巨大地震が、本当に突然起きたのです。

しかし、戦前から長きに渡って関西では被害が出る規模の地震はほとんど起きておらず、小規模地震もごく少なかったので、世間でも「関西で大地震は起きない」という思い込みがあったくらいです。

管理人も、当時は小規模地震の発生状況などから単純にそう思っており、そういう意味では関西がうらやましいなと。関東大震災の記録があり、普段から震度3くらいは珍しくなかった関東では「いつかまた起きる」と思っていましたから。

公式にも、関西地方の断層で30年以内に大規模地震が起きる確率はどこも10%かそれ以下くらいなもので、誰も地震の危機など感じていなかったでしょう。

その後の大規模地震を見ても、そんな確率数値がいかにアテにならないか良くわかりますが、それは決して地震学者の怠慢ではなく、人類は地面の下で起きていることをまだほとんど知らないというだけのことであり、その状況は現在でもあまり変わっていません。

そんな場所で起きた巨大地震が、現地の人々にどれだけ大きな心理的ダメージを与えたのか、本当のところは未だに想像さえできません。


その頃の情報速度


阪神・淡路大震災は1995年。インターネットはごく黎明期で、機能的にはその前身とも言えるパソコン通信を、一部の人が使っているだけでした。

携帯電話は少し普及が加速しはじめた時代であり、一般への普及はまだまだ、という時代です。

すなわち、停電して固定電話回線がダウンした現地から情報を発信する、ましてや個人がそれを行う手段はほとんど無かったのです。

管理人は、その頃から趣味でパソコン通信をやっており、仕事の関係もあって携帯電話も使っていました。

当時、名古屋に住んでいた管理人は、未明に速くて鋭く感じる揺れで目を覚ましました。公式には名古屋は震度4とされていますが、今で言えば震度5弱と言っても良いくらいだったと記憶しています。

すぐにテレビをつけても、東京キー局の放送は特に反応していません。朝のワイドショーも通常編成のまま、合間に神戸で大きな地震が起きたというニュースを流すのみです。映像も入ってきません。

東京をはじめ他の地域では、放送局でさえ、その時起きていることを把握できていなかったのです。

とても印象に残っているのは、午前8時に日本テレビのワイドショーが終わる直前、かなり遠くのお天気カメラでしょうか、超望遠で神戸市街を撮った映像が初めて入ってきて、大きな火災が映し出されました。

それを見たキャスターが「大きな火事が起きているようですねぇ」と緊張感が無い、しかしこれは意外に被害が大きいかもしれないぞと、初めて気づいたような様子でコメントしたこと。

発生から2時間以上経っても、そんなものだったのです。

象徴的だったのは、TBSテレビの話。地震の発生を受け、すぐに現地レポーターとして、当時人気だった女子アナ(雨宮塔子アナ)を送り込んだのですが、同時に現地入りしたカメラクルーから送られて来た素材映像に、これは女子アナが立ちレポするレベルの災害ではないと初めて気付き、急遽男性アナを送り込んだという。

その判断まで、発生から3日以上かかっているわけで(道路の大渋滞により、現地へはなかなか入れなかったのです)それくらい、他の地域には『本当のこと』がほとんど伝わっていなかったのです。


当時の最先端


一方、管理人は現地の友人から、発災害直後から断片的ながら情報を得ていました。

発生当日の夜には、神戸市の友人からパソコン通信で発信がありました。部屋の中、自宅周辺の様子、市街地の被害状況が、仲間内の掲示板に書き込まれたのです。

現在のSNSのように、誰もが見られる公開掲示板のようなものは無い時代です。

パソコン通信は、基本的にはアナログ電話回線を使用します。神戸の仲間は、周辺の様子をモバイル端末(知る人ぞ知る『ザウルス』です)で記録して回り、奇跡的に生きていた自宅の電話回線から発信したのです。

通信の殺到により、音声通信はかなり規制されましたが、モデム通信のアクセスポイントへはなんとか繋がったようです。被災地内から外部への発信ということも、繋がりやすかった理由でしょう。

書き込みによると、部屋はめちゃめちゃ、古い家や電柱は軒並み倒壊、あちこちで犠牲者が出ている、あちこちで煙が上がっているなど、現地の映像が来ないテレビではわからない、住人が見た『本当のこと』が綴られていました。

通信状況が悪いのはわかりますから、受信の負担をかけないために、外部の仲間はほとんど返信せずに、ただ恐るべき情報を見ていたのです。限られた人だけがやっていたパソコン通信時代には、そういうリテラシーがありました。

しばらく経つと、名古屋の管理人宅は、関東方面から被災地へボランティアに入るバイク仲間やパソコン通信仲間の中継拠点となりました。

被災地から戻る途中の仲間からも、報道には乗らない、想像を絶する過酷な現実をたくさん聞いたのです。


そして現代


現代は、誰もがインターネットで簡単に情報を発信できます。それも画像や動画をつけて。

大規模災害が起きても、モバイル通信網の物理的被害に対しては、比較的速やかにバックアップが行われますし、テレビは衛星回線で画像を送ることもできます。

その一方で、特にネットおいてはあまりの情報過多のために取捨選択が事実上できず、自分に有用な情報を見いだすことも困難になりました。

さらに、デマなどの不良情報が大量に紛れ込みます。

発災から少し時間が経てば、必ず「○月○日に大きな余震が来る」というようなデマが、お約束のように登場し、拡散されるのです。

それは、22年前のクチコミによるデマから、ネット時代の東日本大震災を経ても、そして熊本地震に至るまでも、何の進歩もなく繰り返されています。

もっとも、あの頃よりは、不良情報に踊らされる人が確実に減っているのも事実です。多くの人が、「デマが紛れているぞ」という前提で情報に接するようになったからで、それは悲惨な経験を繰り返したことによる経験則ということができます。

いずれ、また次の巨大災害がどこかで起きるでしょう。

もしその場に居合わせてしまい、首尾よく第一撃から生き残ることができたなら、その後は果たして自分は最良の情報を得て最良の行動ができるのか。

普段からあれこれ考えてはいますし、当ブログの記事にもいろいろ書いてきましたが、次々に起きる過酷な現実を前に、まだまだ自信が無いというのが本音ではあります。

全くまとまりがありませんが、あの日の記憶など諸々を、徒然と記させていただきました。


■当記事は、カテゴリ【日記・コラム】です。


2017年1月13日 (金)

【ネタバレあり】ありがとう5周年(#1306)

昨日1月12日は、当ブログスタートから5周年の日でした。おかげさまで、6年目に突入です。

累計PVは間もなく140万PVに到達します。皆様のご愛読に感謝いたします。

ブログ開設記念日をなんだか毎年忘れてしまって後から慌てるのですが、特に周年記念企画があるわけでもないので無理もないと、言い訳してみたりしますw

この5年で、一部に再掲載記事も含みますがエントリは1300本を超えました。我ながら、随分書いたなと。過去記事も是非ご覧ください。


実は、という話


ここでひとつ、裏話をしてしまいましょう。

実は以前、当ブログのコンテンツを中心とした書籍化のお話をいただき、実際の制作も少し始まっていたのです。イラストを描いていただく漫画家さんとの打ち合わせも繰り返し、一部のラフも上がっていました。

しかし諸般の事情により、企画は立ち消えとなってしまったのです。管理人は本出して儲けよう、名を売ろうというような気もない一方で、『本当に役に立つ』防災情報をお伝えしたいなという気持ちは強いので、企画中止はそういう意味でショックではありました。

出版不況と言われる時代でなければ、実現していたのかもしれません。でも、またいつか日の目を見る時が来るかもしれません。その時はよろしくw

ただ、書籍化するに当たっては、どうしても情報を端折ったり、不本意な演出をしなければならないことも出てきます。だから管理人は、基本的にはブログという形で、文字数も構成も気にせずに、自由に書くスタイルが一番だと考えています。

管理人がお伝えしたい情報のエッセンスは、すべてここにあります。


今後の記事について


正直なところ、これまでの記事で様々な災害から『生き残る』ための具体的な対策や心構えの基本は、ほとんど語り尽くしたという感じでもあります。

ですからこの先、全くブランニューの災害対策というのもあまり思いつかないのですが、時間の経過と共にアップデートすべきことや、過去には無かった新しい危険要素なども出てきていますので、まだまだお伝えしたいことはたくさんあります。

また、人々の不安心理につけこんでカネ儲けしようとするような詐欺的不良情報や、肩書を利用した売名行為のようなものも多々ありますので、そういう部分にも、さらに斬り込んで行きたいと考えています。

今年からは、管理人の生活パターンの変化により、従来に比べて更新の頻度が落ちてしまいそうですが、決して書くことが無くなったわけではありません。

大切なことは、角度を変えながら繰り返しお伝えして行きます。

というわけで、6年目に突入した『生き残れ。Annex』を、今後ともよろしくお願いいたします。


ここから始まりました


なんとなく、第1号記事をリンクしてみます。防災情報ブログを始めようと思っていたら、ご挨拶の前に地震が起きてしまったので、いきなり地震関連記事から始まるという、まあ「らしい」スタートではありました。

第1号記事(2012年1月12日)
地震関連情報1/12


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