『東京防災』にツッコむ49回目は、『今できる?防災アクション』の16回目。
この『今できる?防災アクション』シリーズは、今回で終わりにします。
最後のテーマは、救護です。
これは『東京防災』だけでなく、世間に数多い、ハンパな防災マニュアルに対するツッコみでもあります。
何ができるのか?
傷病者の救護は、訓練を受けていても素人には難しいし、怖いものです。
どんな防災マニュアルにも、技術的なことはいろいろ書いてあるものの、あくまで基礎的なことに過ぎません。
管理人は上級救命救急講習を修了していますが、それよりずっと前からのバイク乗りでもあり、主に交通事故の、様々に過酷な現場に立ち会ってきました。
酷い方は、それこそ死戦期呼吸の瀕死状態や頭部坐滅による即死まで。そういうレベルになると、もう手の施しようもありません。でも 、骨折ひとつにしても多発、患部の変形、開放性(折れた骨がむき出し)といろいろ。
基礎的な訓練を受けていても、そういうレベルになって来ると、大したことはできないのです。
そして、大災害の現場では、そういうレベルのケガが普通に起こる。
現場に現れたイタい人
管理人はある時、おばあさんの自転車がスクーターと衝突した現場を、車で通りかかかりました。
居合わせた人は、例によって倒れたおばあさんを囲むだけで何もできない。地面にぶつけた側頭部から、かなりの出血があります。
管理人は、車載EDC装備からキッチン用ゴム手袋とレスキューシートを取り出し、近所の人が出してくれたキッチンペーパーで、頭部の圧迫止血をしました。
頭皮のケガは派手に出血するのでビジュアル的にビビってしまいやすいのですが、所詮は毛細血管がほとんどですから、大きな傷でなければ、圧迫していれば大抵はすぐ止まります。
そうしていたら、30代くらいの女性が、血相を変えて駆け寄って来ました。ご家族か何かかな?という感じで。
しかしそうではなく、いきなりハイテンションの命令口調で言うのです。
「心臓より高くして!」
そんなこと言うのは、当然ながら看護師などのプロではありません。要は、自分の(実は不十分な)知識で場を仕切りたいだけの、勘違い人間だなと直感しました。
ここ、笑うところですよ。倒れた人が頭から出血しているのに、患部を心臓より高くしろってwもちろん無視しましたけど。
マニュアルだけじゃ危険なことも
出血部を心臓より高くというのは、言うまでもなく手足からの、それも動脈出血の場合です。
多少なりとも出血部の血圧を下げて、圧迫止血の効果を上げるためにやること。
その女性は、『出血部を心臓より高く』というマニュアルの字面の知識だけで、その理由もわからずにやれと。まあ、何も知らないよりはマシかもしれませんが。
実はそのおばあさん、ショックで自分の名前もすぐ答えられないくらいの見当識失調(感覚の混乱)があり、その他のケガの状態も良くわからないので、すぐに起こすべきではないと判断していたのです。
バイクや自転車事故でよくある、脊椎の圧迫骨折の可能性もありましたから、あとは救急隊に任せようということで。その辺りは、バイク乗りならではの経験値です。
しかし、もしそのイタい女性が最初に救護していたら、おばあさんは有無を言わさず起こされてしまったわけですよ。
こういう事故の場合、頭部打撲による硬膜下出血、首への衝撃による頸椎損傷、地面との衝突による脊椎の圧迫骨折など、外から見えない症状が隠れていることもありますから、差し迫った危険でもなければ、まずは安静にして経過観察すべきなのです。
立ち向かう勇気・覚悟・知識
こんな感じで、実際の現場は、素人にとっては本当に難しい判断を迫られて、下手なことをすると状態を悪くしてしまうかもしれません。
そして大災害の現場では、ちょっとした交通事故よりはるかに酷いケガ人が、あちこちにいる可能性が高いのです。
しかも、恐らく救急車は来ない。
現実には、ケガ人を前にしても怖れて手を出さない人も多いわけですが、そこで敢えて手を出そうというあなたには、それなりの勇気と覚悟、そして知識が必要なのです。
小さなケガなら、マニュアルの内容でなんとかなります。でも、しつこいですが、外傷も骨折もやけども、おそらく大抵の人が一度も見たことがないくらいの重傷者があちこちにいるのが、大災害の現場だということです。
でも、そういう現実は当然ながらメディアには出ませんし、その場にいて力が及ばなかった人たちは、多くを語りません。だから、なんとなくスルーされている。
もっとも、他人の救護をするのは自由意志です。でも、倒れているのがあなたの家族や、大切な人だったら?
少なくとも、『東京防災』を始めとする、防災マニュアル程度の救護知識程度で安心している場合ではありません。
こういうマニュアルに記載されるべきは、救護技術以前に
■大災害下の救護は困難で過酷なことが多く、救護者が精神的ダメージを受ける可能性もあること
■困難な状況でも、できることをできる限りやる覚悟をすること
■周囲の人に協力を求め、できるだけたくさんの人で、力を合わせて対処すること
などという、知識以前の話が大切なのだと、管理人は考えます。そういうことが書いてある防災マニュアル、ありますか?
この手の情報の定番として必ず出るのが、阪神・淡路大震災では発災直後に約27000人が閉じ込めや生き埋めになったが、その約80%が近隣住民の力で救出された、共助は大切だという話。
でも、救出された人がみんな無傷なわけはなく、酷い状態の人もいれば、そのままこと切れてしまった人もいたのです。一見、美談にもみえる数字の裏の過酷な現実は、ほとんど直視されていません。
そんな怖いこと言ったら救護する人が減るって?いや、この程度で逃げる人は、何言っても最初からやりませんから。
情報も不十分に過ぎる
例えば、救護に関する下画像のような定番の知識、
骨折時の固定方法ですが、これ、すべて単純骨折、すなわち骨がズレずに“キレイに折れた”場合だけですよ。
こんなのだけならば、患者の苦痛も少なくてある意味で楽なのですが、現実はそう単純ではない。外傷を併発しているのが普通ですし。
患部の固定にはポリラップ、週刊誌、段ボール、ガムテープなどが使えるなどという耳目を惹きやすいトリビアに偏って、本当に有効な処置ができるのか?という部分はお座なりというものばかり。
理屈の上では、素人の救護はできることだけやれば良いとされるかもしれませんが、お手上げになったら放置するのですか?
敢えてリアルに書きますが、特に二輪車の交通事故では、腕に肘が増えていたり、足に膝が増えていたり、あれ?足ってこっちに曲がるっけ?というようなことが普通に起きます。
そんな場合、変形した状態のまま患部に負担をかけない形で固定しなければならない、というのが理屈です。でもそんなこと、ありあわせの資材じゃほとんど無理なんですよ。しかし交通事故ならば、通報すれば救急車が来ます。
それが、交通も麻痺して被害が拡大しつつある大災害の最中だったら?
我々ができることはひとつ
いくら救護マニュアルを読んでも、できるようになることは止血、単純骨折の固定、症状に応じた体位を取らせることくらいでしょう。
胸骨圧迫(いわゆる心臓マッサージ)や人工呼吸、AEDの使用法も、字面を読んだだけでできるつもりになっているとしたら、大きな間違いです。
街中や大災害の現場で、倒れている人を見過ごしたくない、家族や大切な人を守る力をもっとつけたいとお考えの方は、まずは日本赤十字社、消防署、各種団体が行う救命救急講習を受講してください。
それでも、最良の対処が10としたら、できるようになるのは3か4くらいかもしれません。しかし、過酷な状況でも右往左往するだけの人では、確実になくなります。
本当に大切なこととは
『東京防災』に限らず、世の防災マニュアルの多くは、『こうすればカンタン!』的な、トリビアが主なようなものばかり。それが一番手軽に作れて、一番数字になるからです。すなわち、小難しいものは売れないのです。
もう一方の流れは、災害の恐怖をやたらとアオって、酷い話ばかりを並べて数字を取りに行くもの。その類に、具体的で『本当に役に立つ』対処法はまずありません。対処不可能に思わせるほど、怖いもの見たさの数字になりますから。
『東京防災』も、結局は似たようなものだったようです。
というわけで、『今できる?防災アクション』は、今回で終わりにします。この先、『東京防災ってどうよ』シリーズを続けるかどうか、ちょっと間をおいて考えますね。
続けるならば、具体的な間違いなどへのツッコみは終わりにして、あの『民間防衛』の緊張感溢れるコンセプトとの比較になるわけですが、根本的なコンセプトが現実を直視しておらず、情報の出し手も肩書優先でピントがズレたり机上の空論にやっつけ仕事だらけ、そんなものをいくら批判したところで、なんだか意味が無いんじゃないか、という気もします。
実戦を真剣に想定したものと、所詮は理屈とトリビア集の間の溝は、埋まるはずがないのですから。
『東京防災』はそんなのじゃない、今までとは違う『本当に役に立つ』防災マニュアルだ、という方がいらっしゃいましたら、このシリーズ約50回の内容に、是非反論してください。
■当記事は、カテゴリ【『東京防災』ってどうよ】です。