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シリーズUDL

2016年6月15日 (水)

【シリーズUDL38】心理編10・寄り添うにもハードルがある(#1209)

Vollunteer
被災地でボランティアは感謝されている・・・とは限らない?(画像はイメージです。本文とは関係ありません)


■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

東日本大震災以降、UDLにおいて「被災者に寄り添う」という表現が、多く聞かれるようになりました。

それは、被災者を励ますこととは、全く異なる行為です。


『寄り添う』とはどういうこと?


前記事(#1206)で述べた通り、傷ついた人に寄り添う方法には、こうやれば大丈夫、というような方法論はありません。

非常に単純化してしまえば、傷ついた人に寄り添うということは、あなたが一緒にいることで、相手の気持ちが楽になることと言っても良いでしょう。

それは大抵の場合、すぐにはできません。最初は相手に不快に思われたり、怒鳴られたりするかもしれません。そんな場合でも、程々の距離を保ちながら、出しゃばり過ぎず、「気がついたら近くにいる」くらいの距離感で、必要な支援があれば、さりげなく行う。できれば、頼まれる前に気を利かせて先回りしたい。

そういう段階では、あなた自身の考え方ややり方は、基本的には封印しなければなりません。

相手の状態や感情に合わせ、押しつけがましくならないように、できる限りニュートラルに接するのです。

被災者にとって、あなたは余所者。仮に家族や親類であっても、実際に被災していない人との間には、心理的な高い壁ができています。まして初対面だったら、まずあなたが ”邪魔にならない”人間であるということを、行動でわかってもらわなければなりません。

そのような行動は、あなた自身にもかなりのストレスとなるでしょう。支援する方も、忍耐が必要なのです。


そうしているうちに、あなたが相手にとって“邪魔にならない”ということがわかってもらえたら、相手が自分の体験を話してくれたり、相談ごとを持ちかけられたりなど、”自分のことを”話してくれるようになって来るでしょう。そうなれば少しだけ、寄り添えたということです。

自分のことを他人に話すのは、信頼関係なくしてはあり得ません。これは、あなた自身に置き換えてみればわかること。 そして、寄り添うことの大きな目的のひとつが、この“自分のことを話してもらう”ということです。

災害で激しく傷つき、強いストレスに晒された心を癒す最も効果的な方法のひとつが、自分のことを他人に話す、ということだからです。

深く傷ついた時、人は心のバランスを取るために、自分のことを話せる相手を、本能的に求めています。でも、体験が過酷なほど、言葉にしづらくなる。

それを、辛いことでも安心して心ゆくまで話せて、決して薄っぺらな同情ではなく、『共感』してあげられる存在になる。『共感』とは、相手の話に意見したり、すぐに解決策を提示するのではなく、ただ話を聞き、一緒に泣き、一緒に笑い、時には一緒に怒ることです。

この、『自分のことを話してもらう』ことに対して、『共感』を返す。

それが、寄り添うということの本質と言えるでしょう。


相手の気持ちを何より大切に


では、具体的にはどうするか。 ここでは、ボランティアなどで被災地の支援に入る場合を考えましょう。

寄り添うことをマニュアル化はできないものの、被災地ににおける禁忌事項は、ある程度明文化できます。もちろん、『自己完結』など基本的なことは押さえた上でのことです。

■最初に自己紹介を忘れてはいけない(被災地はいろいろな人が集まっているので、得体の知れない人は不安)

■同情・励ましの声はかけない(あなた以外にもさんざん言われて、うんざりしています。特に「ガンバレ」、「元気出して」は怒りを買うワードくらいの認識をせよ)

■あなた自身の体験や考えは、聞かれるまで言わない(自分は、最初は“異物”なんだくらいの気持ちで)

■相手の話の腰を折らない(一度やったら、多分次は無い)

■社会人としての礼節、相手に対する敬意を忘れてはならない(当然のようですが、そうで無いボラなども多いのです)

■聞いた話は、どんなに一般的なことでも決して他言してはならない(そんな奴に誰が本心を話す?)

■他の被災者の悪口や愚痴は絶対に言わない
(他を悪く言う人は、他で自分もネタにされているかもと思われる)

まずは、これくらいでしょうか。話ができたら、とにかく大袈裟にならない程度の相槌をうちながら、腰を折らずにじっくりと聞くことが大切です。ですから、片手間でできることではありません。時間はたっぷりと必要です。


被災地に入ると、支援者にもいろいろ理不尽なことが降りかかり、とてもストレスが溜まります。でもそれを表に出してしまうと、誰も信用してくれなくなります。特に、被災者の秘密は絶対に守ること。秘密と思わなくても、他言しないこと。これは絶対です。

実は、これで失敗したボランティアなどは、過去にかなり多いのです。他人に聞こえるように話すなど言語道断ですが、仲間内だけの話や、中にはボランティア団体内限定の落書きノートに悪口を書いたら、巡り巡ってそれを知られてしまったとかいう話も。

とにかく、支援者は支援者で、はけ口の無いストレスに晒されるのが、災害被災地なのです。


どうやってきっかけを作るか


ボランティアなどで被災地に入ったあなたは、とりあえず被災者から感謝される対象ではありますが、あなた個人のパーソナリティが必要とされているわけではありません。

しかし、寄り添うためには、あなたのパーソナリティが必要なのです。ではどうやって、相手にあなたを知ってもらうきっかけを作れば良いのでしょうか。

すぐに思いつくのが、御用聞き。「何かお手伝いすることはありませんか?」と聞いて回りたくなります。

しかし、特に発災初期においては、被災者が個人で支援を頼むことはそれほど無いのです。その段階では、状況も気持ちも落ち着いておらず、ある意味で興奮状態ですから、個人にじっくり寄り添うことは、ほとんど求められません。

この段階では、話したい人の話を聞いてあげて、気持ちの整理を手伝うような感じでしょうか。

家の片付けなどが始まる段階になると、組織的な支援が必要になり、派遣体制もできてきます。しかし、その頃になるとボランティアの数も急増して、仕事が無い人もたくさん出てきます。

実は、それが被災者にとんでもない負担になることが多いのです。

一日中、次から次へと「お手伝いすることありませんか?」と声をかけられまくって、断るだけでもうんざりと。わざわざ助けに来てくれて、好意で言ってくれているので無碍にもできず、でも本音は「もうかんべんして!」という。

皆、被災地の役に立ちたくて張り切りまくっているから、ある意味で余計に厄介だと。

ちょっと脱線しますが、人手がやたら余っていると、中には頼んでもいないのに家周りなどを片付けられてしまって、罹災証明に添付する家の被害状況の写真が撮れなくなって大騒ぎ、などということが、過去にも、今回の熊本でも実際に起きてます。

これもちょっとニュアンスは違いますが、炊き出し支援をボランティア団体に任せてたら、備蓄していた食材を全部使われてしまったとか、同じことをやるグループが重複して、食事が大量に余って仕方なく廃棄したとか、継続的に炊き出しをやってもらえる話だったのに、グループの都合でさっさと引き上げてしまって、後の手当てが大変だったとか、ほとんど報道はされませんが、ボランティアや支援者も、被災地に結構迷惑をかけていることも、確実にあります。

これが個人レベルの話になると、もっと酷い話も多いのです。阪神・淡路、中越、東日本、そして熊本でも、いろいろ起きているんですよ。

というわけで、支援にかけつけてくれる人々には感謝したくても、こんなのだったら来なくてもいい、みたいに思われていることも少なくありません。だから、被災者は必然的に、とりあえず警戒しますよ。このボラはまともなのか?と。

そんな中で、被災者と寄り添うためのきっかけ作りは、想像以上に気を遣うことが求められる、というわけです。


次回に続きます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年6月13日 (月)

【シリーズUDL37】心理編9・『寄り添う』ということ(#1207)

しばらくお休みしていた、シリーズUDLを再開します。災害後に、被災者に『寄り添う』とはどいういうことかを考えている中で熊本地震が発生し、実際に被災者に寄り添うことが必要な状況になりました。そこで、実際の状況も取り入れつつ、改めて『寄り添う』ということを、考え直してみましょう。

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熊本地震被災地では、日本赤十字社などの、心のケア専門チームが活動している(画像は日本赤十字社サイトからお借りしました)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

肉親や友人を失い、生活が破壊され、これからの先が見えない疲れきった人々に『寄り添う』こと。それはどういうことなのでしょうか。


正解は無い


いきなりですが、“寄り添うにはこうしろ”という、正しい答えはありません。

目的は行動ではなく、疲れきった人の心を少しでも軽く、楽にすることです。そのためには、たくさん話をすることも、黙って話を聞くことも、時には、ただ黙ってそばにいる、ということもあるでしょう。

場合によっては、その場からいなくなった方が良いこともあります。


心を助けること


災害被災地に支援に入ると、無意識のうちにヒエラルキーを作ってしまいがちです。

『かわいそうな人々を助けてあげている自分』というような。中には、それは当然だとばかりに、露骨に態度に出す人もいます。

それでも、具体的支援が必要な人々は、来てくれたことに感謝して、じっと助けてもらわざるを得ません。そんな支援によって水、食べ物、生活は助かっても、一方で心は傷んで行きます。

誰だって、できることなら助ける側でいたい。人の助けに感謝しながらも、惨めな気持ちも感じざるを得ないのです。

東日本大震災後、支援する人々は言いました。「今はどんどん甘えてください」と。それはまったく正しく、それが必要でした。しかし、否応なしに他に甘えなければならないことが、自分の心を削り取ることになることも、少なくありませんでした。

そしてそれは、熊本地震でも、一部で繰り返されているのです。しかしその一方で、東日本大震災の時には無かった、被災者に寄り添って心のケアを行う専門チームが活動するなど、教訓を生かした変化もあります。

一般のボランティアにしても、東日本大震災前より深く心のケアについて考え、行動しようとする人々も増えています。あの巨大災害は、被災地支援はモノだけでなく、心も大切なのだということを、大きな教訓として残したのです。


支援する側としては、とにかく被災者が目先の危機を乗り越える手伝いをします。そこから、復興へ向けて立ち上がってくださいという気持ちでしょう。

でも、巨大災害で失われるものはやはり巨大で、あまりにも『先が見えない』。立ち上がって歩き出したくても、どちらへ一歩を踏み出せば良いのかさえわからない。

これまで述べた通り、危機の時に、精神的に最もストレスフルなのが、『情報が無い』こと。そしてその次の段階では、『先が見えない』ことです。

そういう状態で必要なのが『心のケア』であり、その入り口となるのが、『寄り添う』ことなのです。


マニュアル化はできない


『寄り添う』ことは、心の問題です。

もし、あなたが助けられる側だったとしたら、どうでしょうか。支援を受け続けることでプライドが傷つき、しかも『先が見えない』という、強いストレスに晒されているかもしれません。

そんな状態でうるさい奴、押しつけがましい奴、横柄な奴などと一緒にいたり、話を聞いて欲しいとは思いませんよね。

この『話を聞いて欲しい』ということが、鍵となります。当シリーズでこれまで述べた通り、どんなことでも思いを言葉にすることが、心を軽くするための、自分でできる最良の方法なのです。

ですから、相手にとって『話を聞いて欲しい』存在になること、それが災害支援において、被災者に『寄り添う』ということの究極の目的であり、本質であると言えます。

しかし、その方法をマニュアル化などできないのです。では、実際にはどうしたら良いのでしょうか。


技術ではなく人としての力


基本は相手の立場に立つ、すなわち自分の身に置き換えてみることです。

もちろん、元気な自分ではありません。深く落ち込んだ、疲れ切った自分です。そんな時に、何が必要でしょうか。

少なくとも「ガンバレ」の連呼ではありませんよね。励ましてくれる気持ちは嬉しいけれど、繰り返されると確実にイラつきます。 もう、十分に頑張ってきたのです。

俗に、『悲しみを知るほど、人に優しくなれる』と言われます。悲しさや苦しさを多く知るほど、他の苦しみを我が身に投影して、“同化”しやすくなる。 そして同化、すなわち「この人はわかってくれる」と感じればこそ、人は口を、心を開くのです。

ひとつ確かなことは、それは技術だけでは決して成し得ません。最後には、“人間力”なのです。

でも、そんな禅問答のような話では何も解決しませんから、次回はある程度具体的に、『寄り添う』方法を考えてみましょう。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年4月25日 (月)

【被災生活対策リンク集】続・熊本地震被災者の皆様へ(#1187)

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4/25から過去7日間の震央分布図。熊本県熊本地方、熊本県阿蘇地方、大分県中部の三つの震源域に大きく分かれて来ている(防災科学技術研究所Hi-netよりお借りしました)


『平成28年熊本地震』は、4月14日の発生から10日間を過ぎても、未だ活発な活動が続いています。

避難生活も長期化するのは確実という状況であり、現地の皆様のご苦労、ご心労を思うに、言葉もありません。


こういう時のために


当ブログでは、被災生活全般の概念をUDL(Under Disaster Life)と呼称しております。

不自由なUDLをできるだけ安全・快適に過ごすための、現実的に必要な知識、装備、行動をシリーズ記事でお送りしており、現在は、ちょっと更新が止まっておりますが、『心理編』を連載中です。

今、まさに熊本の被災地の皆様が遭遇しているような状況を、想定して書いているシリーズです。

ひとつ前の記事では、主に感染症対策の『衛生編』をリンクしましたが、今回は、その他の記事のリンク集とさせていただきます。

当ブログのアクセス解析によれば、熊本県からの人口比アクセス率が飛び抜けて高い状態です。一人でも多くの被災地の皆様に、少しでもお役に立てていただければと思っております。

マスメディアにはあまり採り上げられない、しかし過去の災害現場とリアルUDLから学んだ知識や技術が中心です。

お役に立てていただけそうならば、どうか多くの皆様へ拡散していただければ幸いです。

では、以下リンク集です。


シリーズUDLリンク集


かなり分量がありますが、ぜひお役立てください。

■水編■
【シリーズUDL01】本当のUDLから学んだことを発信します(#1006)

【シリーズUDL02】UDLは“できないづくし”(#1007)

【シリーズUDL03】水編1・まずはとりあえず3日分(#1011)

【シリーズUDL04】水編2・UDLの水に潜む危険とは(#1016)

【シリーズUDL05】水編3・本当に作れる?自作ろ過装置(#1017)

【シリーズUDL06】水編4・ハイブリッドで安全な水を(#1018)

【シリーズUDL07】水編5・手軽で頼れる化学力(#1019)

【シリーズUDL08】水編6・水はとにかく重いということ(#1021)

【シリーズUDL09】水編7・UDLで水を長持ちさせるために+水編まとめ(#1025)

■栄養編■

【シリーズUDL10】キミは震災ディナーを知っているか?(#1031)

【シリーズUDL11】栄養編1・偏りまくるUDL食生活(#1035)

【シリーズUDL12】感謝と我慢の豚汁物語(#1040)

【シリーズUDL13】栄養編2・UDLだからこそ必要な栄養素(#1046)

【シリーズUDL14】栄養編3・ダイエットの敵を味方に(#1047)

【シリーズUDL15】栄養編4・UDL最強のスーパーフード(#1050)

【シリーズUDL16】栄養編5・食物繊維+αを摂取するために(#1061)

【シリーズUDL17】栄養編6・栄養より大切なこともある(#1062)


■心理編■

【シリーズUDL29】心理編1・UDLで心の安定を保つために(#1105)

【シリーズUDL30】心理編2・わからなければ動けない(#1110)

【シリーズUDL31】心理編3・心の安定を得る最強の方法とは(#1115)

【シリーズUDL32】心理編4・情報の土台を得よ(#1120)

【シリーズUDL33】心理編5・アレひとつあれば十分か?(#1125)

【シリーズUDL34】心理編6・復興の槌音の中で(#1129)

【シリーズUDL35】心理編7・一歩を踏み出すために必要なこと(#1133)

【シリーズUDL36】心理編8・言葉が、心をほぐす(#1153)

※心理編は現在も連載中ですが、更新はしばらくお休みさせていただいています。


■衛生編は、前記事でリンクしています。
【感染症対策リンク集】熊本地震被災者の皆様へ(#1186)
こちらからご覧ください。

まとめ記事のような読みやすい体裁でなくて申し訳ありませんが、皆様の健康と安全のために、少しでもお役立ていただければ幸いです。

ご意見、ご質問なども歓迎いたします。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年4月24日 (日)

【感染症対策リンク集】熊本地震被災者の皆様へ(#1186)

Breach
とりあえずこれがあれば、ほとんどの感染症を防げます


熊本地震被災地で、ノロウイルス感染症が拡大しているとの報道がありました。

トイレの環境が劣悪、手洗いも十分にできないという状況下では、ノロウイルスをはじめとする感染症が蔓延しやすくなります。

当ブログでは、過去記事で手軽にできるウイルス、感染症対策をまとめておりますので、記事をリンクします。

ぜひお役立ていただき、あなたとご家族の健康を守ってください。


過去記事リンク集


当ブログでは、被災生活をUDL(Under Disaster Life)と呼び、そこでの困難をできるだけ手軽に回避する方法を考えています。

下記は、その中でUDLの劣悪な衛生状態に対応するための方法を記した記事です。


【シリーズUDL18】衛生編1・UDLは見えない強敵との戦い(#1071)

【シリーズUDL19】衛生編2・まず“武器”を揃えよ(#1072)

【シリーズUDL20】衛生編3・敵の弱点と武器の効果を知れ(#1075)

【シリーズUDL21】衛生編4・こんなのならさらにお手軽(#1078)


【シリーズUDL22】衛生編5・環境の敵を排除せよ(#1082)


【シリーズUDL23】衛生編6・“命の水”を創りだせ(#1085)


【シリーズUDL24】衛生編7・身体の衛生を保つために(#1091)


【シリーズUDL25】衛生編8・身体の汗と汚れをなんとかしたい(#1093)

【シリーズUDL26】衛生編9・これを使わない手はないでしょう(#1095)

【シリーズUDL27】衛生編10・ほとんどこれだけなんです(#1097)

【シリーズUDL28】衛生編11・2トップ体制で戦おう(#1099)

その他の内容は、カテゴリ【シリーズUDL】でシリーズ化してお送りしておりますので、ぜひお役立てください。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年3月 7日 (月)

【シリーズUDL36】心理編8・言葉が、心をほぐす(#1153)

Hole
UDLで心の安定を保つために、時にはこういうことも(童話『王様の耳はロバの耳』より)


■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

『先が見えない』UDLにおいて、いかにして前向きな気持ちを作り出して行くか。それは、想像以上に困難なことなのです。

人が動くためには、心にも身体にもエネルギーが必要です。しかし過酷なUDLの状況は、特に心のエネルギーを蝕み、食い潰して行きます。


【補給する方法はない】
身体のエネルギーならば、食事をすればとりあえず補給できますが、心のエネルギーは、補給できません。あくまで、今自分の中にある、疲れきってズタズタになった心のヒビを修理しながら、だましだまし動かして行くしかないのです。

その修理の方法も、外からつぎはぎをするようなことはできません。

唯一の方法は、自分の心の中から沸き出す修復剤で、ひとつひとつヒビを埋めて行くだけです。そのために、3つの方法が効果的だという、UDLからの声があります。


【声は心の解毒薬】
まずひとつめは、自分自身でやる方法。これは、いろいろな場面で良く語られる方法でもありますが、とにかく『声を出して話すこと』。

これまでに見聞したことでも、ついさっきあったことでも、心の中にふと浮かんだことでもいい。そして、誰かが聴いてくれなくてもいい。とにかく、なんでも言葉にしてみるのです。

そこに感情があっても無くてもかまいません。ただ起きたこと、思ったことをなんでも言葉にすることに効果があるのです。 一度言葉のきっかけができれば、あとは自然に出て来るものです。

それを誰かが聴いてくれれば、より話しやすいかもしれません。でも、ひとりの方が良いこともある。独り言を言っている自分を、おかしいなんて思わないでください。ひとりでも言葉が出て来るということは、あなたの中で処理しきれない現実を、あなた自身が噛み砕き、現実と整合して行こうとする、意思そのものなのです。

ですから、それを無理に抑えないでください。

ひとりで話していても、必ず聴いている人がいます。それは、あなた自身。自分の声を自分で聴くことで、第三者的な立場から自分の状態を俯瞰する効果もあり、それがまた、心の安定に繋がるのです。


でも、一見簡単な『話すこと』ですが、実際のUDLでは、そう簡単ではありません。

まず、周りにいるのは自分と同様、もしくは自分よりひどい目に遭った人か、外部から来た人など、状況を実感としてわかっていない人。なかなか「話したい」と思えるような人には出会えないかもしれませんし、誰にでも話せるほど図々しくもなり切れない。

さらに、これはみなさん似たような経験があると思いますが、心が痛めば痛むほど、言葉にしずらくなるのです。ですから、UDLにおいては、話をしたくなくても、ちょっと無理をしてでも話すことを習慣にするくらいでなければなりません。

心がガチガチに固まってしまう前に、少しずつ言葉にして行けば、それだけ心がほぐれやすくなるのです。

時には、童話『王様の耳はロバの耳』のように、ひとりで穴の中に向かって叫んでも良いのです。とにかく思いを言葉にすることが、過酷な状況下で心を修復し、せめてもの安定を得るための、最良の方法なのです。

【自分でできなくなってしまったら】
体験や思いを言葉にする行為を、自分だけでできるうちは、まだ良いと言えるでしょう。

過酷なUDLでは、何事も言葉にする元気も失われてしまうことも、少なくありません。 そんな場合には、周りの助けが必要です。それが、ふたつめの方法です。

それは、『寄り添う』こと。

これは、身体的な距離はもちろんですが、心を寄り添わせる、ということでもあります。では、具体的にはどういうことなのでしょうか。


東日本大震災後、この『寄り添う』という言葉や概念が、かなり多く語られましたが、その多くは、ありがちな失敗例を伴ったものでした。ある人が被災者に『寄り添おう』として、結果的に心を閉ざさせてしまったり、却ってストレスの原因となってしまったことも、少なくなかったのです。

最大の失敗は、励まし。心に元気が残っている人は、つい「がんばれ」、「前を向け」、「ひとりじゃない」、「みんながついている」などという、次に繋がるような言葉を投げかけてしまい、それに対する前向きなリアクションを、無意識に期待してしまいがちです。

でも、現実にはそういうことをイヤというほど考えようとして、その上で全然『先が見えない』状況に打ちひしがれている人には、逆効果どころかストレスそのものでしかありません。それでも、励ましてくれる気持ちはありがたいので、文句も言わずにじっと聴いている人も少なくありません。

現実のUDLでは、特に外部から来た人からの、ある意味で無遠慮とも言える励ましに対して、感情的なトラブルに発展したケースも少なく無いのです。


では、実際に『寄り沿う』とは、どういうことなのでしょうか。そのことと、3つ目の方法は、次回お送りします。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年2月11日 (木)

【シリーズUDL35】心理編7・一歩を踏み出すために必要なこと(#1133)

Kasetsu
次へ向けて動き出さなければならないけれど・・・(画像はイメージです)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

UDLも後期になって、全体の復旧・復興が本格化して来ると、個人レベルでも復興へ向けての『同調圧力』が生まれて来ます。

しかし、災害で大きなダメージを受けた被災者には、なかなか動き出せない人も少なくありません。これからどうなるか、『先が見えない』からです。


【最前線からの声】
このことは、東日本大震災で被災された方、災害派遣で被災者の精神的ケアにも従事された自衛隊員、その他復興支援に従事された方などから、同じような声が多く聞かれました。

しかし、『先が見えない』ことの心理的ダメージは、あまり表からは見えないことが多いのです。

一見、元気で前向きに見える人でも、それは周囲に気を遣って“演じている”ことも少なくありません。責任が大きな人ほど、ひとりになった時などに、不安で押しつぶされそうになっていたりします。

そしてそれが、“災害うつ”とでも呼べるような状態にまで、悪化してしまうこともあります。

そうなると、外からの情報はあまり役に立ちません。あくまで、自分に課せられた、自分自身の問題だからです。むしろ、外からの励ましが、負担になることもあります。

「がんばれ」、「負けるな」、「前を向け」、「ひとりじゃない」

だから何だ。全部わかっているし、がんばってきた。でも、なんで自分がこんな目に遭わなければならないんだ。もう十分ひどい目に遭ったのに、この先どれだけ苦労しなければならないんだ・・・


【ひとりでは抜け出せない】
しかし残念なことに、そんな状態に対する特効薬はありません。そして、多くの場合でひとりではどうにもならないのです。そんな思いを吐き出す場所が無いと、さらに深みにはまってしまいやすい。

ならば、吐き出す場所があれば良いのでしょうか。いや、そんな簡単なものではありません。「あなたの話を聞きますよ」とか「ここでは立場を忘れて自由にやってください」などとお膳立てされて吐き出せるくらいならば、まだなんとかなるのです。

では、どうしたら良いのでしょうか。周りの助けが必要です。しかし、特効薬は無いのです。


【いろいろな方法で】
管理人は、そういう方々のケアに当たった方々に、お話を伺いました。『先が見えない』不安と恐怖、そして疲労に苛まれて気力を失ってしまった人々には、何が必要なのか。

それは単純化できるものではなく、その相手の状態に合わせて、いろいろな方法があるそうです。簡単にマニュアル化したり、トリビアで解決できるものではありません。

ただ、その中で「これはかなり効果的だった」と言える方法が、いくつかあると伺いました。

次回は、その方法です。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


2016年2月 9日 (火)

【シリーズUDL34】心理編6・復興の槌音の中で(#1129)

Backhoo
復旧・復興に“心の復興”はなかなか追いつかない(画像はイメージです)

■UDLとは、Under Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。


今回からは、UDL後期における心理と、その対策を考えます。


【いろいろ落ち着いて来ると・・・】

被災からしばらく経ち、自分の置かれた状況は、なんとか受け入れられつつあります。不自由なUDLも、ふと気がつければそれが日常となっていて、それなりに慣れてきました。

被災家屋の修理や仮設住宅への入居も始まり、少しずつ“次の段階”へ進みつつあります。

しかし、家に戻れても、この災害で失ったものは少なくありません。人的、経済的、社会的などのダメージが大きくて、被災以前と完全に同じ暮らしには、もう戻れません。

そして、状況はまだまだ流動的。この先どうなるか、まだはっきりとはわかりません。たとえ経済的には心配ないとしても、人は家と食べ物だけあれば、生きていけるわけではないのです。

そんな段階で最も心を苛むことは、なんでしょうか。それは、

『先が、見えない』

ということです。


【抜け落ちたピース】
被災者は、周囲から多くの支援を受けます。それとセットで、もちろん善意からなのですが、多くの応援も受け取るというか、受け取らざるを得ません。

「がんばって」
「負けないで」
「前を向いて」
「元気出して」

そんな応援で、苦しくても「よし、負けないでがんばろう!」と思えたり、「負けてたまるか!」と歯を食いしばれるあなたは、その先も恐らく、大丈夫でしょう。

でも、そう思えない人も多い、と言うより、思えない人の方が多いのかもしれません。 もちろん誰でも、がんばって前向きに元気に進んで行きたいのです。でも、そういう気力が沸いてこない。 被災からしばらく経って、失った人、モノ、関係は、頭の中では受け入れつつあります。でも、元気は出ない。


【能動的行動へ】
被災後ある程度の間までは、周囲で起きたことの情報を得て、それに合わせて行動することが主でした。言わば、受動的に状況に対応していたのです。ある意味で、やるべきことと結果が決まっていた、と言えます。

そしてその段階が過ぎると、復旧・復興への歩みが始まります。その段階では、やるべきことや進む道は人それぞれ違って来て、自分でそれを決めなければなりません。 能動的行動の段階です。

しかし、今や被災前のあなたを作っていたパズルの、多くのピースが抜け落ちてしまい、その穴を埋めて新しい絵を描くにはどうしたら良いのか、そもそも新しい絵とはどんなものなのか、それさえまだ思い浮かばないことの方が多いでしょう。

『先が、見えない』

のです。そんな中、復旧・復興へのかけ声は大きくなって行きます。それは、ある意味で同調圧力と言っても良いでしょう。

でも、なかなか元気は出ないのです。次回へ続きます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年2月 4日 (木)

【シリーズUDL33】心理編5・アレひとつあれば十分か?(#1125)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。


心理編では、被災直後に心理的な安定を得るためのファクターの筆頭として、正しい情報を得る方法、具体的にはトランジスタラジオを備えることの大切さを考えています。

今回は、避難所におけるラジオの効用と使い方です。


【多機能だから安心?】
家に備える防災グッズの定番になっているもののひとつが、これでしょう。
Radio

画像は一例ですが、手回し発電式のラジオとライトが一体化した製品です。乾電池が入手できない状況では、とても有用なものではあります。

かつては携帯電話(ガラケー)の充電機能も魅力でしたが、はるかに大電流が必要なスマホが主流になった今では、充電機能は残念ながらあまり使いものになりません。スマホ用としては、発電量が小さすぎるのです。

さておき、これがあれば避難所で情報飢餓に陥ることは無いから安心、なのでしょうか。


【抹殺された教訓】
UDLには不可欠の機能を集約したこのような製品は、その機能故の、大きな問題があるのです。

それは、阪神・淡路大震災後に被災者から上がった声であり、東日本大震災後にも繰り返されたはずです。

しかしその声は、この“定番防災グッズ”を販売する上での障害になるものですから、販売業者から利益を受けている『商業ベースの防災の専門家』は、ほとんど抹殺したのです。

それ以前に、そういう声があったことさえ知らない、低レベルの『防災の専門家』もいるわけですけど。


さておき、そんな被災者の声として最も大きかったのが、ラジオとライトが一体化されていることの問題でした。

夜、避難所でラジオを聴いていると、誰かがトイレに行くからライト貸してと。特に被災直後は、いつも何か情報を得ていたい時です。でも、誰かがライトを使うたびに強制的に中断させられる。

避難所のトイレは過酷な状態のことが多く、時にはどこか遠くへ用を足しに行ったりもする。だから一度行ったら時間がかかるし、いつ戻って来るかわからない。その間、避難スペースは真っ暗で情報もない。

他人のラジオから漏れてくる小さな音が、余計に神経を逆撫でする。やっと帰って来たと思ったら、今度はケータイを充電するから貸してと。

しまいには子供が携帯ゲーム機を充電したいと。そんなこんなで、もういい加減にしろ!ラジオが聴けないじゃないか!ということが多発したのです。

そんな本当の話、ご存じでしたか?


【“防災セット”には無いもの】
では、その解決策とは。上記のエピソードには、多機能故の問題と、もうひとつの問題が隠れています。

まず、機能の問題。阪神・淡路でも東日本でも、被災者の生の声は、当然のようにこう言っています。

「ライトはいくつあっても良い」

停電下では、多機能ラジオライトひとつだけでは、下手をすると何も無いよりもストレスが大きくなることもあるのです。

夜間は、何をするにもライトが必要ですから、ひとり1本どころか、それ以上にたくさん欲しかった、という声が多かったのです。それならば行動の制約も少なくなりますし、いつでもラジオを聴いていられます。

でも、市販の防災セットには多機能ラジオライトひとつか、なんだか安物の懐中電灯1本みたいのが普通ですよね。そんなものを売る側が、こんな教訓を伝えるはずがない。


もうひとつの問題。そんなラジオにスピーカーしかないか、イヤホンが無いこと。

考えて見てください。被災直後の避難所では、ラジオなどの有無で大きな情報格差が生まれています。何もわからない人のそばから、ラジオの音が漏れ聞こえて来る状態。

夜になっても、情報は聴いていたい。でも寝ている人もいるし、夜は小さな音でも大きく響く。そんな中では、ごく小さな音で聴く方も漏れ聴かされる方も、大変なストレスなわけです。

実際の避難所では、ラジオがうるさいとかのケンカも多発したのです。被災のショック、身体疲労、情報飢餓に不慣れで不自由な避難所生活。ストレスが爆発して当然、というような環境です。

そんなわけで、周りに迷惑やストレスを与えないためと、夜間も聴いていられるように、ラジオにはイヤホンが必須なのです。でも、“防災セット”のラジオにはイヤホンがついていなかったり、イヤホンジャックさえ無いものもあります。

そんなもの売るのにも、猛烈に邪魔な教訓というけで、見事に抹殺されてますね。


【だったら分けてしまえ】
多機能ラジオライト、ひとつはあっても良いでしょう。電池が無くても作動するのは、何よりのメリットです。

でも、そこで思考停止しないでください。上記のような“抹殺された現実”があるのです。

ですから、避難所生活を前提とした装備には、十分な数の、最低でも家族数のライトと予備乾電池、そして手回し式充電式ラジオライトを備えましょう。

そしてラジオはイヤホン式か、必ずイヤホンを接続できるものを。避難所で聴くには、それが必須と言えます。

被災後しばらく経てば、大抵の避難所には大きめのラジオやテレビを置いた情報コーナーのようなものができるはずですから、自分用はイヤホン式で、ある意味で“こっそりと”聴くのが、自分と周囲のストレスを軽減することになります。


【グッズの話ではないのですが】
なんだか防災グッズがテーマのようになっていますが、もちろん心理編です。

特に被災初期において、精神の安定のためと、精度の高い行動をするために必須の情報源としてのラジオの大切さと、現実的な使い方をまとめてみました。

要は、市販の“防災セット”では現実には問題が多すぎるので、自分や家族に合わせた機能と数の装備を、自分で備えなければならない、ということです。 それが、被災初期の精神の安定に大きく貢献し、自分にも周囲にも、余計なストレスを感じさせないために必須なのです。

ついでに、商売のためには大切な情報をも抹殺する『防災の専門家』もぶった切ってみましたw あの手の連中は、必要無い情報を垂れ流すだけでなく、必要な情報を言わないことも多い、ということを忘れずに。


次回からは、UDL後期の心理について考えます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年1月27日 (水)

【シリーズUDL32】心理編4・情報の土台を得よ(#1120)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。


被災直後にラジオを聴けても、その頃には広域の大まかな情報ばかり。それでも、心理的な意味はあるのでしょうか。

【土台が無いと組み立てられない】
もちろん、被災直後にはどんな情報でも欲しくなるものです。まず何が起きたかを把握できなければ、それからどうするかを考えることもできません。

でも、発災後しばらくの間はあまり詳細な情報は入りませんし、混乱によって錯綜することも普通です。ラジオを聴いていたとしても、放送されるのは下記のようなニュースの繰り返しだけになるでしょう。

以下、東京直下で巨大地震が起きた直後を想定した、ラジオニュース放送をシミュレーションしてみます。

『・・・先ほど、関東地方で非常に強い地震を感じました。このスタジオでも激しい揺れを感じ、棚が倒れたり、壁にヒビが入るなどの被害が出ています。現在は揺れを感じていませんが、この後も強い余震が繰り返し予想されます。どうか、落ち着いて行動してください。火の元を確かめてください。周りを見て、落ちて来るものに注意してください。家から避難される際は、電気による火災を防ぐために、ブレーカーを切ってください。

ただいま入りました情報です。気象庁によると、この地震の震源は東京湾北部、地震の規模はマグニチュード7.8、震源の深さは20kmと推定されています。なお、この地震によって、東京湾では若干の海面変動があるかもしれませんが、津波の心配はありません。この地震による、津波の心配はありません。しかし、念のため海岸や河口近くには近づかないでください。

この地震により、都内及び周辺部の交通機関は、軒並み運転を見合わせています。詳しい情報は、入り次第お伝えします。

消防庁によると、東京都墨田区、台東区、江東区などで多数の火災が発生しており、延焼しているということです。また、江東区などの埋立地では、地盤の液状化が発生している模様です・・・』

こんな放送、実際に聴きたくないですよね。この後に、凄まじい被害情報が飛び込んでくるのを予想させます。

これはあくまでシミュレーションですが、発災後5~10分くらいまでは、この程度の情報があれば良いくらいの感じでしょう。気象庁からの地震情報と津波情報は、発震から3分後くらいに発表されます。放送局などとの通信回線がダウンしていなければ、そのくらいで発表されるでしょう。

この放送を、あなたは海岸部でもなく、大火災危険地帯でも無い場所で聴きました。自分の周囲の情報は含まれていませんが、何が起きたか、という正しい情報が早い段階で得られることが、何より大切なのです。もちろん、近くに危険があることがわかれば、次の行動を選択しやすくなります。

この段階で、あなたが周囲を見て得られる被害状況とラジオ情報が統合されて、あなたの中で『情報の土台』ができます。自分にとって今何が危険か、これから迫って来る危険は何か、この場から移動すべきか留まるべきかなどの、基本的な情報です。

それが無いと、例えば誰かがパニックに陥って「津波が来る!」と叫んだだけで、あなたもパニックに陥って危険な行動をしてしまうかもしれませんし、避難するならば大まかにどの方向なのか、というような判断もできません。緊急時の避難行動は、あくまで“自分の意思で”決めなければなりません。

このように、特に発災害初期には大まかでも正しい情報を得て、あなたが得た周囲の情報と併せて考えることが、落ち着いて次の正しい行動に繋げるために絶対に必要なのです。そして、ラジオがあれば、引き続き正しい情報が得られるという、大きな安心感があります。

大災害に巻き込まれた直後で、しかも『情報飢餓』状態のあなたは、平時に思っている以上に簡単にパニックに陥ってしまうということを認識してください。それを防ぐための最良で最も確実な方法が、いつでもラジオ(可能ならばAMラジオ)情報を得られるようにしておくことなのです。


【利己的と言われようとも】
ここからは、実際の被災現場でのラジオの使い方を考えます。

まず、あなたが出先にいて、周りにも多くの人がいる場所だとしましょう。その場合、あなたはどちらのラジオを持っていたいですか?
Radioa

Radiob

ここではAM,FMという違いは抜きにして、管理人ならば、迷わず下のイヤホンタイプを持ち歩きます。実際には、管理人はFMラジオつき携帯音楽プレイヤーをEDCしており、もちろんイヤホン専用です。

なぜイヤホン専用かというと、まずスピーカー式より消費電力がずっと少ないということ。じゃあスピーカー付きをイヤホンで聴けばいいじゃないかとなりますが、今は大災害下、異常事態なのです。

もしあなたがスピーカー付きラジオを持っていて、周りは持っていないとしたら、何が起きますか?当然、音声をスピーカーに出してみんなに聴かせてくれということになる。当然、最大音量で。でも周囲は騒然としていて、大声で叫ぶ人もいる。単純に、小さなスピーカーではなかなか聴き取れませんし、電池の消耗も早い。

さらに、あなたがそこから移動しようとしても、ではラジオ情報はこれでおしまいと、周りが納得すると思いますか?皆、情報飢餓で興奮状態なのです。「もう少し聴かせてくれ!」だの「自分だけ良ければいいのか?」とか騒ぎ出すのは必至。

それどころか、「行くならラジオを置いていけ!」とか言い出したり、力づくで奪おうとする輩がいても決しておかしくない。

このような状況は、確実に起こります。既得権、この場合はラジオ情報を得られるという権利を得た群集は、群集心理もあって、確実にあなたに難題を突きつけてきます。好意でみんなに聴かせたのに、終わろうとした瞬間には、あなたは“情報が無い人々から情報入手手段を奪う悪人”という立場になってしまう。場合によっては、肉体的攻撃もあり得るでしょう。

災害被災者の声として、ラジオは常時聴いていないと不安だった、というものがあります。これは後述する避難所などでの対策にも関わってくるのですが、とにかく、一度聴かせてしまったらキリが無い、というのは確かなのです。

だから、最初から聴かせない。聴かせられないようなものにしておくべきです。もし周囲への情報の伝達が必要ならば、あなたの口からすれば良い。情報は、まずあなたが確実に得ることができなければ、EDCをしている意味もありません。他人より備えているあなたは、備えていない人よりアドバンテージを得る権利があるのです。


こういう考え方は、利己的で自分本位だと思われるでしょう。ある意味で、その通りです。「私はみんなに聴かせてあげる」というのも、自由です。

ただ、地域や会社などのコミュニティ内とかならともかく、雑多な人間が集まる大都市圏では、上記のようなことが起こってもまったくおかしくありません。その覚悟が無く、後で「こんなはずじゃなかった」という後悔をしたくなければ、まず自分が確実に情報を得て、行動の自由も確保しておける方法を採られることをお勧めします。

次回は、避難所の心理とラジオについてです。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。

2016年1月22日 (金)

【シリーズUDL31】心理編3・心の安定を得る最強の方法とは(#1115)

Radio
被災直後の情報はAMラジオが最強(画像は静岡市緊急情報防災ラジオ)

■UDLとはUnder Disaster Lifeの頭文字。被災生活の概念です。

当シリーズ前回記事(#1110)をお読みいただければ、被災初期の心理的ストレスの大きな理由が『情報不足』であり、できるだけ情報を得ることがストレスを軽減し、行動の精度を上げるということがおわかりいただけたかと思います。


【極限からのアドバイス】
その話、どこに根拠があるんだと突っ込まれそうですので、明記しておきます。実はこれ、専門的な研究成果からでもなければ、被災者の生の声からでもありません。

この話は、情報不足による強烈なストレスを、おそらく日本で最も強く感じたことのあるかもしれない方のひとりから、アドバイスを受けたのです。その方は、陸上自衛隊のレンジャー隊員です。

少し解説しておきますと、陸自のレンジャー隊員資格とは、一般隊員から選抜された優秀な隊員の中から、さらに一般とは比べ物にならない過酷な訓練課程を修了した者にだけに与えられる、いわばエリート隊員の称号です。そういう方こそ、災害サバイバルにおいても“本当のプロ”なのです。


さておき、レンジャー訓練では、物資、情報不足のまま山中に放置され、その中で任務を達成するという訓練があります。

既に何日も寝ずに行動し続け、食料や水が不足する中で山中を移動し、『敵』に発見されずに目標に接近します。しかし目標や『敵』に関する十分な情報は与えられず、自ら偵察して判断しなければならない。

それでも十分な情報は得られず、情報不足のまま作戦を強行すれば、大きな被害を受けるかもしれない。しかし身体は疲れ切り、栄養も不足していて、ただでさえ判断力が鈍っている。それでも、決められた期限までに任務を達成しなければならないが、ひとつ不用意な行動をするだけで、すぐ『敵』に発見されて、任務は失敗する。

そのような、災害被災者が感じるよりも、遙かに過酷な極限状態を経験された方が、そういう場面で心を安定させるために最も効果的なのが『正しい情報』であると言われるのです。


参考までに、レンジャー訓練の過酷さを示すエピソードをひとつ。ある隊員がすべての訓練を乗り切り、『状況終了』(訓練終了)の声がかかった途端に倒れました。既に、精神も肉体も限界を超えていたのです。

そして抱き起こす上官に向かって、「自分は生きているんですか?死んでいるんですか?」と問うたと。選び抜かれた屈強な隊員が、そうなるまで追い込まれるのがレンジャー訓練なのです。

そういう方々の言葉には、素人が口を挟めない重みがあります。管理人がアドバイス元をこれまで強調するのも、こういった実体験や研究・訓練の成果のような根拠の無い、上っ面だけの言葉遊びみたいな情報がはびこっているからなのです。


【乾いたスポンジ】
ここで注意しなければならないのは、『情報は正しくなければならない』ということです。

水でも食事でも睡眠でも、不足すれば人は飢餓状態に陥ります。情報も然り。何もわからない中で何らかの情報がもたらされると、多くの人はその正誤を検証することなく、あたかも乾いたスポンジに水が染み込むように、すんなりと取り込んでしまうのです。

そして、かりそめの安定を得てしまう。その情報がさらなる危機を予告するような怪しいものであっても、何も知らないよりは、何か知る方が落ち着くのです。そして、心の安定が得られたからこそ、その情報を自信を持って拡散する。時として、大きな尾ヒレをつけて。

もうおわかりですね。それが大災害後にデマが拡散する最大の理由なのです。


それがわかっていれば、被災直後の情報飢餓状態で素人発信の情報を見ることなど、相当な知識と覚悟がなければ、判断の誤りに繋がる可能性が非常に高い、と考えなければなりません。

ですから、仮にネットが生きていても、特に被災直後は、素人発信のSNS情報など見るべではないのです。もちろん、正しい情報の方が多いでしょう。しかし、怪しい不良情報ほど、情報飢餓に陥ったあなたを虜にします。

その理由のひとつは、なにもかも曖昧な中で、根拠の無い不良情報ほど「○○が起こる」などと、“断言”されているからなのです。


【では何が必要か】

その答えはシンプルです。あらゆるインフラが停止した状況下で、正しい情報が最も確実に得られる方法は、AMラジオです。

なぜAMかと言うと、AMは電波の到達距離が長いため、近くの放送局が停波していても、大抵は他の局が受信できますし、山中でもかなりの確率で受信できるからです。NHKラジオならば、どこの局を聴いても同じ情報が得られます。

レンジャー隊員氏の言葉を借りれば、「災害時はAMラジオが最強」ということになります。家にAMトランジスタラジオを備えるのはもちろん、できることならEDC(常時携帯)していたいものです。

しかし、普段からAMラジオを聴いている方は少ないでしょうし、小型でも滅多に使わないものをEDCするのは、意外に負担が大きいもの。

そこで、都市部に限ればFMラジオでも良いかなと、管理人は考えます。FMラジオならば、携帯音楽プレイヤーなど他の器機に組み込まれていることもありますから、EDCの負担を軽くすることができます。NHK FMならば、大抵の都市部で受信することができます。

また、コミュニティFM局がある地域ならば、地域密着の情報が入手できます。もっとも、コミュニティFM局の取材力はそれほどでもありませんから、発災直後はあまり期待できないかもしれませんが。

注意しなければならないのは、スマホのラジオアプリです。あれはあくまでインターネット経由であり、電波を直接受信しているわけではありませんから、インターネット回線がダウンしたら使えません。


【ラジオ情報で十分?】
では、ラジオの情報があれば、それで十分なのでしょうか。それは誰もが思うことですが、もちろん十分ではありません。特に発災直後からしばらくの間は、ラジオで流される情報はいわゆるマクロ情報であり、大局的である意味で大雑把です。

あなたが今行動するための、あなたの居場所のミクロ情報が得られることは、まず無いでしょう。それでも、“正しいマクロ情報”を得る意味は大きいのです。

次回は、その理由と具体的で細かい行動方法について考えます。


■当記事は、カテゴリ【シリーズUDL】です。


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